TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「約束の夜」189

2020年01月14日 | 物語「約束の夜」

「文子(ふみこ)、すごいじゃない」
「ええ、そうかな。
 そうなんだけど」

うへへ、と文子は笑う。
苦笑いというか、なんというか。

「あの人と結婚するんでしょう」

おめでとう、と口々に言われて
ありがとう、と答える。

狩りを終えた西一族の広場。
肉も捌き終えて
皆それぞれに雑談を繰り広げているが
それじゃお先に、と文子は広場を後にする。

「………それで、なんでまた文子なの?」
「聞いた話しなんだけど、
 お見合いらしいよ」
「お見合い?はぁ?今どき?」

ええ?とその一角が盛り上がる。

「でもそれなら納得かな」
「あの人、誰かと結婚するイメージ無かったし」

「とか、なんとか
 言われているんでしょうけど」

もう、と村の大通りを
早足で通り過ぎる。

「そりゃ、私だって思うわよ」

なんで自分なのだろうと。

文子は肩を落とす。

「いやいや、でも
 OKしたって事は、
 悪くはないってことよ」

きっと、そう。

「案外どこかで
 見られてて、それで、
 ずっと気になっていたとかね」

狩りの腕はまあまあだけど、
一生懸命頑張っている所が良いとか、
至って普通の顔だけれど、
なにかこう彼の中で惹かれる何かがあったとか。

「―――」

ふと、彼の名前が聞こえて
思わず文子は身を隠す。

そっと辺りを見回すと
遠くで談笑をしているその人の姿が見える。

「おわあ、びっくりした」

文子は胸に手をあてる。
鼓動が早くなっているのが分かる。

「不意打ちはダメよ。
 私だってまだ慣れてないんだから」

離れた場所で
文子は彼らの会話を聞く。

今日の狩りの結果や
今度飲みに行こうなんて普通の会話。
なんてことの無い、雑談。

「………うーん」

少し安心して
少し期待はずれでもある。

友人達と結婚の話しになったら
彼が文子の事をどう思っているのか
聞くことも出来たのだが。

「いやでも
 無いわ~とか言われても落ち込むし」

狩りの腕があって、
少し歳も離れていて
顔はまぁ、文子の好みで、

遠い場所にいる、憧れの人だった。

だから、本当は嬉しいし
あまりにも突然の話しで
他人事のようにも思える。

「大丈夫なの?」

文子は自分に問いかける。

「大丈夫よ、きっと」

それでも、
彼に声など掛けられるはずもなく、
文子はその場を後にする。

そんな文子の後ろ姿など
見えなくなった後、ふと彼は顔を上げる。

「どうした?」

問いかけに、いいやと首を横に振る。

「何でもないよ」


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