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現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」145

2016年03月22日 | 物語「水辺ノ夢」

湶と並んで
南一族の家への道を歩く。

「……」

どうして、ここに、
まだ、帰れるんだろう、と

病院で会った青年の言葉を思い出す。

会話の流れだ。
深い意味は無かったのだろう。

ただ、圭には

なぜ杏子を置いてきたのか
どうして西一族の村に帰らないのか、と
そういう意味で響いた。

「湶、あの」

南一族での生活が長い湶なら
彼の事を知っているだろうか。

「湶?」

「静かに」

呟くような声で
湶が言う。

「そのまま進め
 普通に、何事も無いように
 通り過ぎろ」

何事かと
聞き返す間もなく
ある一行とすれ違う。

黒い髪、黒い瞳
独特の衣装。

「……っ」

東一族。

通り過ぎろ、と
湶に言われたが
自然と目線が彼らを追う。

先頭を歩いていた青年と
一瞬目が合う。

「……」
「……」

彼らの姿が見えなくなってから
驚いたな、と湶が息を吐く。

「東一族の宗主と息子だ。
 南一族の村へは視察、と言った所か?」
「宗主、今のが?」
「あぁ、息子は次期宗主として護衛だろうか」

息子の歳は自分とそう変わらないだろう、と
圭は驚く。

なんだかんだ言って
今まで西一族の村を出たことが無かった圭は
他一族に触れる機会が少なかった。
敵対する東一族であれば尚のこと。

初めて会った他一族は
杏子だ。

「さすがに他の一族の村では
 あちらも問題は起こしたくないようだ。
 助かったよ」

「……湶」
「ん?」
「どうして今のが
 東一族の宗主の息子だと知っているんだ」

おかしい、と
圭は尋ねる。

「ああ」

東一族の宗主ならばまだしも
その息子まで。
普通の西一族が知り得る事ではない。

「そうだな、おかしいな」

案外、簡単に
湶は白状する。

まさか、と
圭は絞り出すように言う。

「まるで、諜報員みたいじゃないか」

諜報員は両親の仕事だ。
しかも
その両親でさえ、
比較的安易な南一族の監視という仕事。

「そうだ、諜報員だよ。俺も」
「なんで、湶まで」

諜報員の両親の元で育ったのなら
なおのこと
平穏な生活を望むだろう。

「俺の、せい、か」

圭は言う。

元々圭は
両親が裏切らない為の
保険として、西一族の村に一人残された。

それが、
今回両親と一緒に南一族の村に
越してくることが許されたのだ。

何か違う条件でも付いたのだろうか、と
ぼんやり考えていたが。

「違うよ、
 俺から頼み込んだんだ」

そうではないだろう。
圭が動く代わりに
今度は湶が犠牲になったのだ。

圭は村で過ごすだけで良かった。
立場は悪かったが
平穏な生活は送れていた。

湶は確かに狩りのセンスがある、
武器の扱いには長けている。
でも、
これから諜報員として生きていくなら
いつ命を落としてもおかしくないという事だ。

「大丈夫だって。
 東一族に忍び込む以外は
 案外気楽な物さ」

と言うことは
これからそういう業務が多くなると言うこと。

湶が皆より先に
南一族の村に帰ったのは
荷物の整理をするためか。

「湶、南一族での生活は
 長かっただろ」

幼い頃から今まで、
十数年。

「恋人は居なかったのか」

「別れたよ」

湶は言う。

「最近の話じゃない。
 村に戻る前の事だから」

「……」

「なんてな、
 俺が自分で決めた事。
 お前が気負う事じゃないよ」

な、と
肩を叩く湶に
圭は応えることが出来なかった。


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