日曜日、祭り当日。朝7時に家を出てわたしは婦人部の集まり、
お父ちゃんは余興の準備。
こどもも一緒にハッピを着て花笠かぶって出発。
長い祭りの一日の始まりだ。
おしりかじり虫(自作)をかぶって子どもたちと練り歩くお父ちゃん。
まず第一の集会所で御神輿のおはらい、それぞれ練習して来た踊りの披露をし、そこから2キロあまり離れたお宮まで列を組んでゆ~っくり歩く。
歩く途中にも「道行(みちゆき)」という扇を持った踊りをしていく。
曇天だからよいものの、もう10時半にはヘロヘロに。
慣れない着物ということもあるけれど、ず~っと立ちっぱなしで
座るところもないし、帯の下に巻き付けてあるタオルが蒸さる。
お昼過ぎ、お宮の鳥居あたりからこんどは「ノーエ節」という踊りをしながら列は進む。
すべての踊りの奉納が終わったのは3時半(そう、すべての踊りは奉納なのだ)。
もう髪はぼさぼさ、顔は油でギラギラ、お父ちゃんはおしりかじり虫の被り物の中でさらに蒸されてニオイがする。
しかし終わった、これで終わったのだー(次は4年後)。
いままでわたしたち夫婦は、仕事も自由業で、核家族で、自分の時間をたーんまり持って日々過ごして来た。それを当たり前だと思って来た。
しかし今回祭りの委員長に父ちゃんがなり、わたしも婦人部に入り、
夜は誰かが集まりに出ていて、ゆっくりごはんを食べる時間も取れず
仕事も半分以上できなくなって、こんなに自分たちの時間を取られる自体に呆然としてしまった。
終わってから思うことは、自分たちだけの時間に固守するってことはどーでもよくなってきてるってこと。
笑ってしまうくらいに。
私たち家族は自分たちの親とは離れて住んでいるし
自分たち以外のために時間を使うということがほとんどない毎日。
むかしの日本の家族はおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に住んでて
自分のこと以外に農作業やら家の手伝いやら、他の家の手伝いやら地区の作業やらで、ほんと忙しかったんだろうな。
さいしょはわずらわしいと感じていたこういうことの
大事さみたいなものをちょこっと教えられたお祭りでした。
(しかしこんな祭りが毎年あったら勘弁して下さい、なんだけど。)
お父ちゃんは余興の準備。
こどもも一緒にハッピを着て花笠かぶって出発。
長い祭りの一日の始まりだ。
おしりかじり虫(自作)をかぶって子どもたちと練り歩くお父ちゃん。
まず第一の集会所で御神輿のおはらい、それぞれ練習して来た踊りの披露をし、そこから2キロあまり離れたお宮まで列を組んでゆ~っくり歩く。
歩く途中にも「道行(みちゆき)」という扇を持った踊りをしていく。
曇天だからよいものの、もう10時半にはヘロヘロに。
慣れない着物ということもあるけれど、ず~っと立ちっぱなしで
座るところもないし、帯の下に巻き付けてあるタオルが蒸さる。
お昼過ぎ、お宮の鳥居あたりからこんどは「ノーエ節」という踊りをしながら列は進む。
すべての踊りの奉納が終わったのは3時半(そう、すべての踊りは奉納なのだ)。
もう髪はぼさぼさ、顔は油でギラギラ、お父ちゃんはおしりかじり虫の被り物の中でさらに蒸されてニオイがする。
しかし終わった、これで終わったのだー(次は4年後)。
いままでわたしたち夫婦は、仕事も自由業で、核家族で、自分の時間をたーんまり持って日々過ごして来た。それを当たり前だと思って来た。
しかし今回祭りの委員長に父ちゃんがなり、わたしも婦人部に入り、
夜は誰かが集まりに出ていて、ゆっくりごはんを食べる時間も取れず
仕事も半分以上できなくなって、こんなに自分たちの時間を取られる自体に呆然としてしまった。
終わってから思うことは、自分たちだけの時間に固守するってことはどーでもよくなってきてるってこと。
笑ってしまうくらいに。
私たち家族は自分たちの親とは離れて住んでいるし
自分たち以外のために時間を使うということがほとんどない毎日。
むかしの日本の家族はおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に住んでて
自分のこと以外に農作業やら家の手伝いやら、他の家の手伝いやら地区の作業やらで、ほんと忙しかったんだろうな。
さいしょはわずらわしいと感じていたこういうことの
大事さみたいなものをちょこっと教えられたお祭りでした。
(しかしこんな祭りが毎年あったら勘弁して下さい、なんだけど。)