チマチマ毎日

木工屋と陶器屋の夫婦が作るセルフビルドの家と、まいにちの生活、道具のあれやこれや。

モノにたいする愛はヒトにたいする愛

2016年04月15日 | ちくちく縫い縫い

 

 春がはじまるころ、ちょっと遠出してとある美術館の「BORO展」を観てきました。

むかしからの友だちと待ち合わせしてふたりで。

 

  

行ってみたらこぎん刺しがすごかった。

 こぎん刺しー「こぎん刺し」は、江戸時代に端を発した津軽地方に伝わる

刺し子技法の一つです。藍染めされた麻の野良着「こぎん(小布)」に、

白い木綿糸を刺し込み、粗い布目を補強し保温性を高めました。

1年の半分近くを雪に閉ざされ、経済的にも社会的にも制約されていた

厳しい生活の中、こぎん刺しは農村の女性達の嗜みにもなり、

衣服を装飾する細かな幾何学模様が次々と生み出されました。

           東北standerdこぎん刺し」より

 

野良着ではあるけれど、作り手各々の個性、熟練がこまかい運針に

こめられていて、そのパワーにくらっと来る。

これを身につけてどんな日常を過ごしていたのだろう。想像がひろがる。

寒い寒い土地で、農作業ができない冬のあいだ、春を思って作業したんだろうなあ。

 

 

展示会のおわりに映像が流されており、そこにはさまざまな古い道具の積まれた倉庫に

ひとり満足そうに座って語るおじいさんが映っており

今回展示してあったたくさんのこぎん刺しした野良着のコレクションは

この方の集めたものであった。

 

 

このおじいさん、田中忠三郎さんは青森出身で20代の頃からアイヌや縄文、

そして江戸昭和にいたる生活道具を集め保存しているとのこと。

映像の中にもいっぱいそれが映ってる。

 

友だちと「ねえ、きっとこのおじいさん、家族から

『おとうさん、またこんなにもらってきて、どうするの?』とか言われたりしてるよ。

そいでこんなにたくさんの収集の中には、どうしようもないもんも

きっとたくさんあるはずだよ」

などと話していた。それはなんとなく見える。

観てるうちに、このひと、なんだか他人の気がしなくなってきた。

わたしも古いものに会うと、落ち着かない。

そしてきれいにしてあげたい、そして使いたい、ほかの誰かも使ってほしいとおもう。

放っておくとたぶんどんどん古いもの集めてもらってくる、拾ってくる(それはつれあいが「やめてくれ」

というので阻止されている)。

 

忠三郎さんは民家の小屋のすみでホコリをかぶって捨てられるのを待つばかりの道具たちを

ほうっておけなかったのだろう。

 

 

 

この田中さんが昔の繕いものをさして「昔は子どもが多くても食べさせることはできた。

でも着るものが足りなかったんだ。麻しかなくてね。

おばあさんが少ない衣類をだいじに繕ってぶあつくして着さすでしょう。

それは布が貴重だったこともあるけど、家族をだいじにおもうきもちなんだよね」

ああーこのおじいさんに会ってみたい。この倉庫の中を実際見てみたい。

しかし忠三郎さんは数年前に他界されていた。

 

 

 

またGパンがやぶけてきた。また繕った。何度目かしら。

でもこぎん刺しの域にはほど遠い。たどりつかないだろう。

この世の中、モノはあふれ、まだ用をなすのにゴミ袋に入れられる。

そのなかにわたしもいる。