今月夜の部では音羽屋(菊之助)さんが初役で『保名』を踊っていらっしゃいます。初日以来、何度か拝見させて頂きましたが、この踊り、私の大好きな演目の一つです。
恋よ恋 われ中空(なかぞら)になすな恋…とはじまる清元節も名曲ですし、長袴に病鉢巻、恋人の形見の小袖を手にした保名のこしらえも、実に美しいものです。
今月のように、六代目の尾上菊五郎さんの創られた演出も広く上演されておりますが、振り付け、演者によっていろいろと演じ方があり、装置や衣裳の色目、柄も変わるので、お客様には見比べる楽しさがございますでしょう。歌舞伎座では、昨年三月にも松嶋屋(仁左衛門)さんが演じられましたね。
師匠も本公演では二度踊られております。一番最近が平成十年十一月松竹座でしたが、私が入門して初めて携わる舞台でしたから、印象深く覚えております。…師匠の保名は、長袴は上が紫、下が藤色のぼかしで露芝の柄、黒地に葛の花の縫いの着付をの右袖を脱ぎ、下に着ている浅葱地に秋草の縫い模様の着付を見せます。病鉢巻きは古代紫、小道具の舞扇は黒骨、茶色地に金銀の箔置きというこしらえ。
多くは花道から登場するところを、舞台中央の桜の大木の陰からとし、最初から形見の小袖(緋色)を羽織って出ます。後見の使う差し金の蝶二匹をあしらいながら花道七三に行き、ここでひとくさり踊ってから、本舞台にもどり「なんじゃ、恋人がそこにいた」云々の、いつもの台詞となります。
後半「夜さの泊まりは」からは二人の奴がからみ、幕切れは左右を奴にはさまれ、小袖を左に持ち、扇子をかざした立ち姿、後ろにふたたび蝶をからませたまま幕。
奴が出る演出は昔よく見られたやりかたということで、より古風な趣きとなります。演者によっては四人になったりすることもございます。
その他、舞台後方に低めの土手を作ったり、鳥居や玉垣の装置を見せたり、最後に保名が花道を引っ込んだり。このような工夫が数多く見られるのは、「恋人を失った青年の悲しい心」という、現代でも共感できる内容と、ロマンチックな曲趣のためなのでしょうか。
(この踊りをいつか勉強会で…!)と心で願っているものの、一人しか踊れない演目は、大勢が参加する合同公演ではまず取り上げられない演目。私にとっての<見果てぬ夢>ということで、まずはコツコツ修行を続けて行きましょう!
恋よ恋 われ中空(なかぞら)になすな恋…とはじまる清元節も名曲ですし、長袴に病鉢巻、恋人の形見の小袖を手にした保名のこしらえも、実に美しいものです。
今月のように、六代目の尾上菊五郎さんの創られた演出も広く上演されておりますが、振り付け、演者によっていろいろと演じ方があり、装置や衣裳の色目、柄も変わるので、お客様には見比べる楽しさがございますでしょう。歌舞伎座では、昨年三月にも松嶋屋(仁左衛門)さんが演じられましたね。
師匠も本公演では二度踊られております。一番最近が平成十年十一月松竹座でしたが、私が入門して初めて携わる舞台でしたから、印象深く覚えております。…師匠の保名は、長袴は上が紫、下が藤色のぼかしで露芝の柄、黒地に葛の花の縫いの着付をの右袖を脱ぎ、下に着ている浅葱地に秋草の縫い模様の着付を見せます。病鉢巻きは古代紫、小道具の舞扇は黒骨、茶色地に金銀の箔置きというこしらえ。
多くは花道から登場するところを、舞台中央の桜の大木の陰からとし、最初から形見の小袖(緋色)を羽織って出ます。後見の使う差し金の蝶二匹をあしらいながら花道七三に行き、ここでひとくさり踊ってから、本舞台にもどり「なんじゃ、恋人がそこにいた」云々の、いつもの台詞となります。
後半「夜さの泊まりは」からは二人の奴がからみ、幕切れは左右を奴にはさまれ、小袖を左に持ち、扇子をかざした立ち姿、後ろにふたたび蝶をからませたまま幕。
奴が出る演出は昔よく見られたやりかたということで、より古風な趣きとなります。演者によっては四人になったりすることもございます。
その他、舞台後方に低めの土手を作ったり、鳥居や玉垣の装置を見せたり、最後に保名が花道を引っ込んだり。このような工夫が数多く見られるのは、「恋人を失った青年の悲しい心」という、現代でも共感できる内容と、ロマンチックな曲趣のためなのでしょうか。
(この踊りをいつか勉強会で…!)と心で願っているものの、一人しか踊れない演目は、大勢が参加する合同公演ではまず取り上げられない演目。私にとっての<見果てぬ夢>ということで、まずはコツコツ修行を続けて行きましょう!