<引作の大楠 ひきづくりのおおぐす>
およそ15mの幹回りを誇る
「引作の大楠」がそびえ立つ、
南牟婁郡・御浜町の巨樹信仰の聖地には、
かつてそれに匹敵するような大きさの
何本もの大樹が集まっていたそうです。
明治時代の神社合祀令により、
そのほとんどが伐採される中、
この大楠だけが奇跡的に
生き延びることができました。
伊勢・式年遷宮に関連する儀式の中で行われた、
ご用材の切り出しの様子を見てもわかるように、
私たち日本人が「木」に抱いてきた畏敬の念は、
神様に対するそれと同等です。
命ある「生き物」として丁寧に扱われ、
特に樹齢の長い木を切り倒す際には、
祝詞を詠みあげたり、お神酒を捧げたりと、
細心の注意を払ってきました。
自らの名に「楠」を宿す南方熊楠は、
引作の大楠の中に植物を超越した、
「生き物」としての鼓動を感じ取ったのでしょう。
単なる文化財保護の運動ではなく、
生きている「命」を守ろうとしたのです。
人間が他人の命を見捨てられないのと同様、
仲間たちを失った引作の大楠の無念の叫びを、
心を切り裂かれるような思いで
聞いていたのかもしれません。