<引作の大楠 ひきづくりのおおぐす>
熊野の巨樹信仰の名残を今に伝える、
引作の大楠を間近で目にしたとき、
思わず「巨大な恐竜の足だ…」と
心の中でつぶやいてしまったほど、
岩壁のようにゴツゴツとした肌を持つその古木は、
植物というより動物に近い波動を放っていました。
「境内にある大きな木」はたくさん見てきましたが、
もはや境内がどこにあるかすらわからないくらい、
圧倒的な大きさを誇る巨樹は、
なかなかお目にかかれるものではありません。
その「逆転現象」とでも表現すべき、
特異な神域の様子を眺めておりますと、
神社の境内や建物が祈りの対象なのではなく、
自然物そのものが信仰の大元であるということが、
誰に聞くまでもなくはっきりと伝わってきます。
日没間近の薄暗くヒンヤリとした空気の中で、
白黒のマンモスと化したその木は、
まるで永遠の心を宿した巨人のように、
足元にいる私のことを静かに見下ろしていました。