たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

穏やかな融合

2016-02-29 13:56:18 | 名草戸畔・神武東征

<小野田地区 おのだちく>

 

志摩の磯部地区と同様に、この名草山周辺も、

海人族の一大居住地だったという話があります。

神武一行が日本にたどり着くはるか以前、

九州より移住してきた海人族の人々は、

名草の地で半農半漁の生活を送っていたそうです。

 

海人族といいますと、どうしてもその言葉の響きから、

「海外からやってきた渡来人」という印象が勝りますが、

海人族は古来より日本に住んでいた先住民であり、

渡来人と日本人とをつなぐ仲介者的な役目があったと、

個人的には考えております。

 

この名草の地でも、ニニギや神武天皇に先んじて、

イスラエルから日本に渡ってきていた

ニギハヤヒなどの初期の渡来人と共存しながら、

穏やかな縄文時代を過ごしていたのでしょう。