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12月31日、2007年の撮り納めとして選んだ撮影地は、愛知県長久手町にあります長久手古戦場跡でした。
この地は、豊臣秀吉軍と徳川家康・織田信雄軍が激突した「小牧・長久手の戦い」の長久手合戦が繰り広げられた所です。
古戦場公園には郷土資料室が併設されていますが、あいにく休館日でした。
この公園は、戦いの中心となった地形を「縮景」という手法で表現したもので、プレートには家康の本陣地や主戦場の地が描かれています。
家康が見ていた風景とはずいぶん違いますが、現在の風景や訪れる人たちをご紹介します。
なお、説明やマップなどは「長久手町役場ホームページ」でご覧下さい。

「長久手合戦の地であることを示す史跡が建てられています。12月31日は風が強く、寒い日でした」

「丘の左は主戦場、中央は家康の本陣地、右は堀 秀政が布陣した地。プレートに説明されています」

「ここから家康が、雑木林や田畑の向うに陣取る秀吉を見ていたでしょうか。撮影した日は強風の中、カラスの大群が行き来していました」

「ちびっ子軍には打って付けの遊び場です。三人は虫を捕まえるといって、園内を走り回っていました」
※ 午前0時 分 秒、「ピィピィプ~」の時報を待つかのような更新は、名付けて「忍者ブログ」
12月31日、2007年の撮り納めとして選んだ撮影地は、愛知県長久手町にあります長久手古戦場跡でした。
この地は、豊臣秀吉軍と徳川家康・織田信雄軍が激突した「小牧・長久手の戦い」の長久手合戦が繰り広げられた所です。
古戦場公園には郷土資料室が併設されていますが、あいにく休館日でした。
この公園は、戦いの中心となった地形を「縮景」という手法で表現したもので、プレートには家康の本陣地や主戦場の地が描かれています。
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「丘の左は主戦場、中央は家康の本陣地、右は堀 秀政が布陣した地。プレートに説明されています」

「ここから家康が、雑木林や田畑の向うに陣取る秀吉を見ていたでしょうか。撮影した日は強風の中、カラスの大群が行き来していました」

「ちびっ子軍には打って付けの遊び場です。三人は虫を捕まえるといって、園内を走り回っていました」
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