思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

佐藤亜紀『吸血鬼』安定の佐藤ワールド!

2018-09-07 15:22:54 | 日記
佐藤亜紀『吸血鬼』を読了しました。
一冊の小説を読んだといも言えますが、
「佐藤亜紀を読んだ」とも言える安定のクオリティ感!

今回の舞台は19世紀初頭のポーランド。
一言で説明できない混とんとしている場所と時代でありますが、
もちろん丁寧な説明はありません。
安定の突き放し感!
(でも読むのにさほど困らないし、佐藤亜紀読者はくじけない)

歴史に疎いながらに調べてみると、
ポーランド王国は18世紀に周辺大国(ロシア、プロイセン、オーストリア)
に蹂躙分割され国としてはすでに消滅しているようです。
小説の舞台は、不穏な独立の気運だけが燻っている
オーストリア管理下にあるガリチア地方の農村ジェキ。

その村に赴任した新任役人ヘルマン・ゲスラーとその妻、
村の支配者であり詩人でもあるクワルスキと妻ウツィア、
彼らに関連する助手や首切り人や医者や村人たちとともに
狭い村の中での不穏な数か月が描かれます。

物語の中心にあるのは、
貧しい村での不審死とそれにまつわる迷信ですが
わかりやすい「吸血鬼」は登場しません。
それが終始不穏な空気感を醸し出していて、
なんとなくざわざわする怖さがあります。

ジェキ村は本当に貧しくて、
大人になれるこどもが少ないと言われているような環境。
もちろん教育という概念もない。
村人が不審死を遂げると、家の壁に穴をあけて
棺を足の方向から出して埋葬する。
こうすることで死者は家へ戻る道がわからなくなるとか。

さらに首を切れば悪さをすることもない
(一方で死体を傷つけることは忌んでいるので
よそ者にお金を払ってやらせる)とか、
家の入口にすりおろしたニンニクを塗って魔除けとするとか、
なんとなく吸血鬼っぽいモチーフの迷信が散りばめられていますが
真面目に実行している村人は難しいことは理解してないし
理屈や説明などは期待もしていません。

領主であるクワルスキは迷信を理解しているけど、
だからこそ馬鹿にして無視します。
新任の役人ゲスラーは、理解したうえで村の空気を尊重して
採用したりしなかったり、柔軟に対応します。
そこにも、なんだか、不穏な空気が。

とにもかくにも、相変わらず美しく簡潔で読みやすい文章です。

一方で、村人の口語はものすごく訛っています。
日本の方言でここら辺?みたいな連想はできないのですが、
こういうキツイ訛りってあるあるという共感がある
絶妙な表現。
しかも頭の中では意外と読みやすい。
なんでだろう。

『残念な日々』も中途半端な関西弁にしないで
(そもそも関西の人は、あれ読んで怒らないのだろうか)
この『吸血鬼』を熟読してから翻訳したら
もっと良い感じの邦訳になったのではなかろうか。
余計なお世話ですが。

ところで、作中でもいじられていますが、
ヘルマン・ゲスラーという名前は
『ウィリアム・テル』に出てくる悪代官の名前であり、
息子の頭の上のリンゴを射掛けさせた人物だそうです。

『吸血鬼』でゲスラーとちょっと良い感じの距離感になった
クワルスキ夫人ウツィアは、詩の中で林檎に例えられており
ゲスラーにも初会で「林檎の君」と呼ばれます。
なんだか意味深な出会いからの、意味深なエンディングである。

佐藤亜紀作品内のベストではないと思いますが、
他作品も好きなら読んで損はない一冊です。

というか作者の文章や物語クオリティに
ゆるぎない安定感(というか圧倒感というか)があるので
背景や構成が不明だろうが理解できなかろうが、
安心して気持ちよく読み進められるのです。
ありがたいのである。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【読書メモ】2009年8月 ③ | トップ | 宮内悠介『ヨハネスブルグの... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事