思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『タイガーズ・ワイフ』バルカン半島に息づく伝承たち

2021-02-02 17:09:28 | 日記

テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』

作者は紛争の絶えない旧ユーゴスラビアから
アメリカに移住した25歳の女性作家。
なかなかの才女でなかなかの美人でもある。

出版社の売り文句は、
史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、
驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。


話題性を狙っているのは重々承知だし、
そんな釣り餌にかかるのも癪だけど、やっぱり気になる。
どんなお話しなのかしら、と興味が津々である。

で、大人しく釣られて読んだ。
正解でした!
良かった!!

物語の舞台はバルカン半島にある
紛争の絶えない、とある小国。
(旧ユーゴスラビアっぽいのだけど、明言されない)。
戦争というか内紛というか、
ともかく戦火にさらされながら育った女医が
祖父の死とともに、祖父にまつわる二つのエピソードを振り返る。

ひとつは、祖父が語ってくれた「不死の男」の話。
不思議なコーヒーカップを持っていて、
万人を治す医者になろうとしたのに
いつの間にか死神の助手のような存在になっていた男。

もうひとつは、トラに不思議な愛着を抱いていた祖父の
幼い頃の出来事である「虎の嫁」の話。
辺境の村に現れた虎と、ろうあの少女と、熊狩りの男と、薬屋と。

後者は祖父が語ってくれることはなかったので、
女医が自ら取材したという体裁。

そして現在のお話。
祖父の急死のタイミングで
辺鄙な村を医療ボランティアとして訪れている女医の体験がある。

みっつの物語があちこち自由に行き来しながら
話者も視点もさまよいつつ、絡み合いつつ、紡がれていく。
それがまた、不思議と読みやすいんだな。不思議である。

物語のあちこちにはバルカン半島(?)の
伝承みたいなものが散りばめられていておもしろい。
出産直後の赤子は「けなす」もので、「褒める」と不吉とか。
こういう民間伝承って日本の田舎にもあったはず。
バルカン半島版なまはげみたいな話しもあったな。

そしておじいちゃんがステキ。
深夜の散歩でゾウを見て驚くものの、
こんな非現実的な話しでは友達に自慢できないと思う
思春期の主人公に対して。
「分かるだろう、こういう瞬間があるんだ」
「 どんな瞬間?」
「誰にも話さずに胸にしまっておく瞬間だよ」
おじいちゃんステキ!

おじいちゃんが若かりし頃に不死身の男と出会って
頑なに「不死身」を信じないやりとりや、
数十年後に再会した戦火の迫ったホテルで
豪勢なディナーを食べるシーンも。
特に好きです。

ルカの恋人は死神の叔父さんに連れていかれちゃったのかな。
おじいちゃんの「ジャングルブック」は賭けの払いになったのかな。
四つ辻には結局、死神はこないのかな。

ほどよく残った不思議の味を反芻する。
甘くてしょっぱい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする