マイライフ

生きているだけで毎日少しずつ年をとっていく。そんな日々の出来事を書いてみようかな。

12-いよいよ帰る日

2015-10-01 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
9月15日(火)第10日目
ツアーもとうとう最終日となりました。

バスの座席は、遅くに乗り込むと座る席がなくなり、沖縄からの高齢者と4人でバスの最後尾の席に座ること2度。

今日こそは、と早くに行って乗ったはいいけど、空港までの30分だけ。
皆さん夫婦でも、一人で2席にゆったりと座っていて、こんな事が度々でした。
やはり、ちゃんと座席は決めてくれないと。

クラクフの空港は、大混雑。
人並みをかき分け乍ら、ガイドさんの後を追い、やっとこヘルシンキ行きの飛行機に乗り込む事ができました。

機内は、食事は勿論水のサービスもありません。
持参のパンを齧るしかないのです。

ヘルシンキから成田行きに乗り継ぎ。

機内では2度の食事が出ます。アイスクリームもね。

食事では、ミートと言ったら、ほんとにミートボールの食事でした。

ところが、当然ごはんが付いてませんね。
???隣のお兄さんにはごはんが付いてる。
うーん、ライスって言えばよかったかな?

成田に無事に到着。
自宅に送るスーツケースに仕分けるのに、息子宅に持って行くチーズを出すのを忘れてしまった。

ワルシャワで買ったチーズ、安かったので、かまぼこかもしれないね。
まあ、話の種に持って行こうって言っていたものです。

自宅に着いたかまぼこ風のもの、やっぱりスモークチーズでした。



殿は、チーズ削りで岩塩を削り、私はチーズを削り、美味しく食べています。





レストランで食べたパンに入ったスープでした。


非日常の旅、11日間はちょっと長過ぎた感じ。
これで旅の日記はおしまい。
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11-クラクフ観光とヴィエリチカ岩塩坑

2015-09-30 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
九月14日(月)第9日目
ノボテルホテル。さすがに4つ星ホテル。
今回のツアーでは、一番よかった。

部屋の暖房も調節できるし、何よりもお風呂であたたまれた事。
風邪気味だったのが、どうやら快方に向かいそう。

今日は、クラクフ市内観光です。
バベル城、聖マリア教会、中央広場。

市内を見下ろす場所で、画家が絵を売っていました。

岡山からのおじさん。なにか交渉している様子。

どうも絵を買ったようで、その絵に画家のサインをしてもらうのに、
岡山弁丸出しで、名前を聞き出しているけれど、現地の言葉なんぞ判るわけないよね。
添乗員さんが、間に入ってフォローするも、なんとも大変そうでした。

バベル城です。


中央広場は、ヨーロッパでも大きな方らしいわ。
2頭立ての観光馬車が何台も走っています。


さて、午後の観光までの時間は1時間。
その間にフリーで昼食をして下さいって。

「レストランを探し、メニューを決めて、出て来たのを食べ終えるまで1時間しかないなんて」と女性達の不満が出てきました。

それを聞いて、私どもは、広場で売っていた「プレッツェル」を買って、その辺のベンチで食べる事にしました。

最初は1個だけ買って、美味しかったので帰りに2個同じ屋台で買ったところ、
なんと、おつりをみたら、1個分しか払ってない。

どうやら、「1個はおまけよ」といった顔つきだったような?
すっかり気分が良くなり、クラクフの街も好きになっちゃった。

午後からは、40分かけてヴェエリチカにある岩塩坑の見学です。

オーストリアで買った岩塩を、まだ食べているけれど、ここにも岩塩坑があったなんて。
イケメンのお兄さんの案内で、暗い坑内を進むも、どこをどうやって進んでいるんだか?

坑内では、岩塩で出来た彫刻やらシャンデリア。すばらしい。
シャンデリアは制作に50年かかったのだとか?








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10-アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所

2015-09-29 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
9月13日(日)第8日目
ポーランドの首都ワルシャワから、南へ5時間半という時間をかけて
オフィエンシムに行きました。

移動中、添乗員さんが、「シンドラーのリスト」のビデオを見せてくれましたが、字幕が全く見えないので、ちょっと理解不足です。

途中2回、トイレ休憩で寄ったところは、立派なホテルでした。


2時半の見学予約時間を待って、空港なみの荷物検査です。

アウシュヴィッツ博物館の初の外国人公式ガイド・中谷剛さんに説明され乍らの見学です。最近は、若者の見学者が増えているそうです。
この時も、かなり沢山の見学者がいました。

入り口に「働けば自由になれる」の看板が。


ナチスドイツは、占領したヨーロッパ中のユダヤ人はもとより、共産主義者や反ナチス活動家、宗教家や「役に立たない」とした身体障害者を送り込み、600万人ともいわれる人々を、大量虐殺をしました。

身体障害者の装具の山。


靴の山。子供の靴ばかりの所は写せませんでした。



周りはコンクリートの部屋。裸で入れられたそう。


この缶には、農薬のチクロが入っており、この缶を天井から投げ入れてフタをして、全員殺したそう。





16時過ぎに、今度はアウシュヴィッツからバスでビルケナウの第2収容所に行きました。

トイレです。

ここは、貨物列車で運ばれた場所でした。


今、ドイツは、この時の償いのために、難民の受け入れをしているようですが、
なかなか難しい局面を迎えているようですね。

見学を終えて、今夜のホテルのあるクラクフに向かいます。

ノボテルホテル、やっと浴槽に浸かって暖まりました。






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9-ワルシャワでのフリーは

2015-09-28 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
午後からのオプションは、続けて2つあるものでした。

1、ショパンの生家見学(昼食付き)4時間
2、ショパンのピアノコンサート(夕食付き) 3時間

1つだけの人も、2つ共参加する人も居て、終了後20:50時に集合してからホテルに帰るというもの。
まあ、全員参加の前提で企画したもののよう。

お昼から20:50時まで、どうやって過ごせばいいの。
ホテルに帰ったら9時半にはなるわな?

ま、いいか、フリーを楽しもう。

雨も降っていて寒い、とにかくどこかレストランに入って暖まろう。

入った所は、どうも居酒屋風。
そこで、暖かいスープを注文。それも手まねと片言しながら。
パン付きスープ、プラスビール(又もビールか!25zt900円位ね)合計60zt。

次、広場の目の前にある王宮博物館へ。

王宮の広場では、この国の歴史をパネルで展示したイベントが開かれており、興味深く見入って来たわ。


チケットは、色々な種類があるようで、15ztの部屋のチケットを買って入場した所は、タペストりーばかりの部屋でした。

もっとお宝のある部屋にしたかったなー?

その後、メーンストリートを散策。
あ、両替やを見つけた。

成田で、とりあえずビールとトイレ代で5000円を140ztに両替えしていたけれど、ここで自前でタクシー50zt払うと、あとは心細くなる。

手持ちの30ドルを105ztに取り替えてもらった。ホッ。

ここで、宗教団体のデモ、その次に現れたのは、一般のデモでした。


小さなスーパーに入り、今夜の食料と息子へのチーズを買い。

更に歩くも、もう疲れた、ホテルに帰ろう。
さて、タクシーを呼んでもらうホテルは?

その辺のホテルに行くのに、更に人に聞く事に。
やはり地元の人に聞くのが一番いいよう。

30分かけて、やっとホテルに到着。

疲れた半日でした。

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8-ポーランドのワルシャワへ

2015-09-26 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
9月12日(土)7日目
昨日は、長時間をかけてリトアニアからポーランドに入りました。

この辺りは、山がないんですねー。
ちょっと高いかな?と思ったら、そこは丘なんですね。

山国の日本から行くと、平地ばっかりというのも、???でした。

ワルシャワの夜が開けて、まず、市内観光です。

聖十字架教会、ショパンの心臓をまつる教会、ショパン博物館、キュリー夫人博物館といった所。

ショパン博物館
道路のあちこちにあるベンチが、ボタンをスイッチすると、ショパンのピアノ曲が流れます。何度も試してみました。


館内に入ると、そこはデジタルの世界。
マイクみたいな所の前に立つと、曲がながれる。

引き出しを引くと、そこに楽譜があって、その曲が流れるなど、様々な工夫がされています。


キュリー夫人博物館
ご夫婦でノーベル賞を受けた方、そして、2度も受賞された方ですね。

右上の文箱の文様は、どうも日本の物でないかしら?


観光を終えて、午後からは、二つのオプションが設定されていました。

私どもは、どちらも申込していませんでした。
前日の説明では、「オプション不参加の方は、午前の観光が終わったらフリーで、各自で自前でホテルに帰ってください」というものでした。
日程表には、そこの所は書いてありません。

そこで、不参加者の方達の不満がでました。
会社は、ホテルに無事に届けるのが義務ではないか?
知らない土地で、放り出してしまうのは、無責任ではないか?と。

前日夕食の時に、殿は、添乗員とその件について話し合いました。
添乗員としては、なんとも対策がとれず、「帰ってから会社に報告します」

とだけ言っただけでした。
まあ、添乗員も派遣なんでしょうから、独断で判断は出来ないわね。

斯くして、中央広場で私たちは放り出されたのであります。

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7-杉原千畝氏の領事館へ

2015-09-25 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
9月11日(金)6日目

日本の台風や地震の状況がipadによってわかります。
ipadを皆さんとで回し読みして心配していました。

さて、レストランのシャンデリア。
なんと、コップを逆さまにした物を集めたものでした。


ヴィリニュスでは、最近杉原千畝氏の碑が建てられたそうで、これは、日本政府が建てた物ではなく、早稲田大学が建てた物だそうです。


まず、それを見学してからカウナスに向かいます。

日本のシンドラー杉原千畝氏ゆかりの旧日本領事館。

私どもの第一の目的は、この旧領事館でした。


カウナスに到着、ビデオを観た後、館内を見学してから、カウナス市内の観光です。

このツアー初めての日本語ガイドでした。

カウナス城、大聖堂、旧市庁舎広場など。


旧市庁舎は、現在は、結婚証明書を出す場所で、丁度結婚のカップルが出て来た所でした。


昼食のスープはすごい色。

ひき肉を芋餅で包んだようなお料理。巨大で一個しか食べられません。


午後は、6時間半かけてポーランドのワルシャワに向かいます。


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6-市内観光とトラカイ城へ

2015-09-24 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
9月10日(木)、第5日目
午前中は、ヴィリニュスの市内観光です。
聖ペテロ・パウロ教会、聖アンナ教会、夜明けの門、大聖堂など。
ヨーロッパのツアーは、様々な教会とお城がつきものです。


カメラ×となったら、全く思い出せませんね。

人間の鎖。
バルト3国で独立運動の一環として行われたデモ活動で、200万人の人が3カ国を通り、パリまで600km以上を手をつなぎ、鎖としたもので、ここが始発で、ここで3回回って手を合わせるとなんとか、という地点ですって。


とにかく、中世の街はどこまで行っても石畳がびっしり。
こんな道路を馬車でガタガタとなると、落ち着かないわね。




このツアーで唯一お店に入ったのは、「琥珀の店」でした。
日本よりもかなりお安いそうですよ。
我々は、全く入らずにその辺をうろうろしてから、お店のトイレ
に行ったら行列。
いっぱい買ってからのトイレだったようで。

昼食後、レストランの外に出たら、なにやら音楽が?
デモの行列でした。それぞれ団体毎に工夫を凝らしています。

手を振って「ガンパレー」と言うと、大喜びでした。


ガイドさんによれば、「難民受け入れ反対」なのだとか。
シリアの難民がヨーロッパに、大きな影響を及ぼしていますね。

午後からは、湖の上に建ったお城「トラカイ城」です。


集合時間に添乗員が来ない。
ツアーの一人が、トイレにバックを忘れたそうで、一緒に探しに
行ったそう。
見つかったらしく、お夫婦で頭を下げてました。


海外での忘れ物は、諦めるしかないのに、奇跡ですね。

再びヴィリニュスに戻り、希望者を旧市街で下ろして、我々は
そのままホテルへ。
隣接しているスーパーでお買い物。

水を買うのに、ガス入りとガスなしとの区別がつかず、困りました。
容器がボコボコと柔らかいのが、ガスなしだそうです。



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5-バウスカのルンダーレ宮殿へ

2015-09-23 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
夕べはちょっとした事がありました。
私のドライヤーが原因でした。

まあ、4日目の朝を無事に迎えました。

今日はバルトのベルサイユと呼ばれる、ルンダーレ宮殿に行きます。
この宮殿の名前は、聞いた事がないけれど?

リガから1時間半のバスの旅。

カメラは2ユーロ。殿は「写さなくてもよかった」って言っていたけれど
ちゃんと撮ってましたね。






うん、ベルサイユ宮殿に良く似てる。

館内からは、立派なお庭がみえるけれど、外にでたら全く見えない。

なるほど、庭園を見るには有料なんだって。
まだ、ばらが咲いているわ。

近くの、宮殿に似せたレストランで、優雅に昼食。

その後、4時間かけて、リトアニアのヴィリニュスに向かいますが、
国境は、建物があるだけ。
そのまま通過ね。

途中「十字架の丘」に立ち寄ります。

この丘全部が無数の十字架に埋め尽くされていました。


ホテルに到着。
やっと、浴槽のある部屋でしたが、途中でお湯がぬるくなって、殿はプンプンでした。
まあ、一斉にお湯を出したらそうなるわねー。

エー、洗面所にコップがないなんて。

部屋からタワーが見えるのが、まあまあかな?


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4-ラトビアの首都リガで

2015-09-22 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
エストニアからラトビアの国境は、気がつかないうちに越えたようです。

リガのホテル。
湯沸かし、冷蔵庫、アニメティなし、シャワーのみ、温度設定は25度以上は上がらない仕組み。

不満だらけのホテルで一晩を過ごし、リガの市内観光です。
ここの救急車は若草色ね。


聖ヨハネ教会(閉鎖してました)、聖ペテロ教会、リガ大聖堂、三人兄弟などの観光をしてから、午後はオプションで、我々はフリーです。


大聖堂の前で解散。
さて、昼食はどうしよう?

あ、寿司って書いてある。
即、「すし&居酒屋」に入る。
お、きれいに盛りつけたお寿司、それに南部鉄の鉄瓶にお茶。



ごはんがちょっと固すぎたけど、まあ満足ね。

それから地図を見乍ら、あちこち歩くも複雑な街だこと。
夕食までかなり時間があるから、市民市場に行こう。


4棟の建物の中は、全部市場。ぐるっと見て回って、外の野菜市場で
果物を購入。
夕食会場の近くで集合。ところが時間になっても添乗員が来ない。

ものすごく寒くなって来た。うーん、風邪引きそう。


日本でもいるのでしょうけれど、我が田舎では殆どみかけないのがストリートミュージシャン。

さすが中世の石畳の街。
あちこちで見かけました。
団体さんが来るとみると、さっと演奏始めます。
中には、珍しい楽器を演奏していた人もいました。


同行の方は、早速CDを買っていましたね。


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3-タリンへフェリーで

2015-09-21 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
濃霧の中、フェリーに乗ります。

チケットを渡されてから、どの位歩いたでしょうか?


大きなスーツケースを引っ張っている人も居て、延々と歩いて、着いた所は、フェリーの7階なんだって。


苫小牧からのフェリーにしか、乗った事がないので、
待合室がないとは知らなんだ。

まあ、バーのような店の前にはソファーやら、椅子やらが置いてあって、そこで、ながーくなって寝ている客も居ます。
9階まで上がって、そこの椅子に落ち着き、殿を置いて、船内をぐるぐると探検してきました。

店内には、コンビニらしきものもあり、免税店もあるようです。

あとでガイドさん曰く、「早朝のフェリーでよかった、
遅くなっていたら、海が荒れて大変だった」って。

エストニアのタリンに到着してから最初に行ったのは、「歌の広場」

広い広場は、誰もいませんでしたが、5年に一度ユネスコ無形遺産「歌と踊りの祭典」の会場ですって。

つい最近北海道新聞に記事として掲載されていました。

その後、アレキサンダー・ネフスキー教会、大聖堂、旧市庁舎、
聖ニコラウス教会、トームペア城、トームペアの丘など観光。


午後からは、ラドビアのリガに向けてバスは走ります。


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2-ヘルシンキへでトマトを買う。

2015-09-20 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
成田空港で、ポーランドの通貨ズウォッチに両替。
1zt=34円位。
11時20分、離陸。




狭い飛行機の中で過ごす事10時間20分。
着いた所は、フィンランドのヘルシンキ。

機内で2食の食事を摂ったので、3時過ぎに着いたら、今夜の夕食は、自由食だって。

希望者は市内中心地まで案内して散策しますって。トラム料は各自払いとしっかり書いてあります。

体力温存の為に、我々はパスして、スーパーへ。
駅の近くまで同行して、「いってらっしゃーい」

現地のスーパーは魅力なのよねー。
日本にないような野菜など、珍しいものが一杯。

巨大な細長ーい赤ピーマンや、なにやら判らない形の物など。


そこで、トマトを2個かうことに。
袋に入れたはいいけど?値段はどうやるの?

ウロウロしていたら、紳士が通りかかり聞きました。
親切に実演してみせて下さり、値札もちゃんと貼付けてくれました。

「ありがとうございます」と言ったら、このおじさん、「ありがと」と「ジャパン」の連発。

すっかりうれしくなりました。
でも、トマトの味はウーンでした。

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バルト3国・ポーランド・中世への誘い11日間の旅1

2015-09-19 | バルト3国・ポーランド・中世への誘い11
バルト3国・ポーランド・中世への誘い11日間
9月6日から9月16日まで+孫の顔を見てからの旅から帰ってきました。

高齢者には、ちょっと長過ぎたかな?といった感じ。

でも、なんとか無事。

さて、旅行のエピソードなどを。

まず、旅行保険の事を。

今まで、国内ツアーでは、殆ど入らなかったけど。
海外旅行では、必ず保険に入ってから行きます。

今回、ラトビアとリトアニアに入国するには、最低額の保険に入っていることが、義務づけられているよう。

保険証券の不携帯者は、入国を許可されないこともあるそうです。
でも、全く確認されませんでしたけどね。

クラツーの保険もあるけれど、ネットで検索してみたら、結構ありますね。

今回は、「t○bihoたびほ」というのを利用しました。
ヨーロッパ11日間、2人で計12,760円。

保険証券もプリントアウトしてバッチリ。

ところが、事前の添乗員からの電話で、英文の証券が必要なんだって。
えーーー、そのなん。

慌てて、サイトで探したら、英文の証券も用意してあったわ。
これで、保険の件は解決しました。

旅行保険も案外高額なのよねー。
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