鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

東北地方について思うこと その3

2012-03-12 06:27:43 | Weblog
一つの仮想を設定してみたい。全国各地に原発が造られていった時に、東京湾岸部にも、原発が何基か造られていったとする。そして1年前の3月11日に、巨大地震と巨大津波による東京電力福島第1原発の事故が発生し、水素爆発による放射性物質によって広範囲の地域が汚染されるという事態が引き起こされる。静岡県御前崎の浜岡原発は、その立地上の危険性から稼働停止が命ぜられましたが、それは東京を中心とする首都圏の安全の確保を第一にはかるためのものでした。ということは、もし東京湾岸部に原発があったとしたら、東京直下型の巨大地震が発生した場合を想定して、福島原発のあの生々しい事故の深刻さから、浜岡原発と同様に即座に稼働停止命令が政府によって出されたはずです。では、福島第1原発の原子炉内の冷却水の温度が安定したことによって「収束」宣言が出され、また今後他の原発についてはストレステストなどで徹底的な安全性を確保していくという方向性が出されたところで、東京湾岸部の原発も含めた上で、その「再稼働を先頭に立って推進する」などといったことを時の総理大臣が宣言することができただろうか。東京を中心とする首都圏には、福島や福井とは比べものにならないくらいの人口が密集し、首都としてのさまざまな国家的機関や大企業の本店が一極集中し、そして皇居が存在しているのです。ここで巨大地震が発生し、それにともなう巨大津波が押し寄せ、浦安や潮来のような液状化現象が生じ、そしてあの福島のような原発事故が発生したとしたら、それによる被害や影響はそれこそ「想定外」のものとなることでしょう。東京湾岸部およびその周辺の人々は、その「東京原発」の再稼働をおそらく絶対に認めないはずです。政府もおそらくそうでしょう。この一つの仮想から考えられることは、国は国民全体の生活の安全・安心をはかることよりも、国の中心的な機能を守り、日本経済の発展ないし安定を第一にはかろうとしているということです。より一層の経済の発展こそが国民を豊かにし、国民全員の福祉充実をもたらすという思想はすでに破たんが明らかであるのに、その幻想にしがみついている人たちがいる。かつて「経済」とは「経世済民」の謂いではなかったか。 . . . 本文を読む