うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

あした~慶次郎縁側日記~

2012年07月20日 | 北原亜以子
 2012年4月発行

 元南町奉行所定町廻り同心で「仏の旦那」と呼ばれた森口慶次郎が、養子の晃之助に家督を譲り、山口屋の根岸寮番になるも、何かと事件に関わる「慶次郎縁側日記」第13弾。

主要登場人物(レギュラー)
 森口慶次郎...霊岸島の酒問屋山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心
 森口晃之助...慶次郎の養子、南町奉行所定町廻り同心
 皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘
 八千代...晃之助の娘
 佐七...山口屋の根岸寮下男
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 吉次(蝮の吉次)...秋山忠太郎の手下(岡っ引き)
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き)
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 佐々木勇助...南町奉行所定町廻り同心
 秋山忠太郎...北町奉行所定町廻り同心
 弥五...辰吉の手下
 庄野玄庵...八丁堀の町医者

春惜しむ
千住の男
むこうみず
あした
恋文
歳月
どんぐり
輪つなぎ
古着屋
吾妻橋 計10編の短編集

春惜しむ
 お俊の紐だった磯吉だが、別れてからは心を入れ替え、懸命に生きていた。いつかお俊とよりを戻せると信じて…。だが、お俊は、磯吉の義理の弟源次と所帯を持つ事で、喜びを噛み締めていた。
 元妻が、漸く得た人並みの幸せを、断腸の思いで見守る磯吉。
 磯吉が漸く目覚めた時は、既に遅し。身近にある幸せは失ってからそれと気付く。気付いてからの磯吉の生き様が胸に沁みる。

主要登場人物
 薬研掘の磯吉...荷揚げ人足
 お俊...女髪結い、元磯吉の女房
 源次...船頭

千住の男
 妻子を愛しく思いながらも、遊女に身を引き裂かれる程に、心引かれた男は、予想だにしなかった犯罪へと走る。
 一寸先は闇。そんな言葉が当てはまる清三の半生だが、最期は父親らしく、娘に対しての親心を示している。ただ、愛娘と然程年端も変わらない小僧を殺めた事への、懺悔が触れられていないのがどうしたものか。

主要登場人物
 清三...奥州街道鬼怒川西の多功村の豪農の嫡男
 おちか...清三の女房
 おさよ...清三の娘
 おしん...宇都宮桐屋の遊女

むこうみず
 千之助の子を身籠ったおまきは、奉公先の若女将に問いつめられ、咄嗟に太一の名を出すのだった。
 太一を利用しようとしたおまき。そんなおまきを利用した千之助。色恋沙汰で、翻弄されるおまきの実直な思いと狡さが描かれている。
 が、千之助に関しては太兵衛の憶測で締め括られているのが、もうひとつ釈然としない。

主要登場人物
 結城屋礼三郎...上野池之端仲町煙管所の主
 おまき...結城屋の子守り女
 お紺...結城屋若女将
 千之助(修吉)...結城屋の手代
 太一...太兵衛の次男、煙管細工師善次の弟子
 善次...煙管細工師
 お琴...善次の娘

あした
 生きること自体が苦労だと呟き、空き巣稼ぎでその日の糊口を舐める老婆おみね。こんな筈ではなかった半生を振り返り孤独を噛み締めるおみねだった。
 おみねの重い生き様を前に、晃之助が己の悩みの小ささを思い知る。暗いテーマだが、晃之助の優しさと大きさが滲み出たラストに仕上がり、希望へと繋ぐ。

主要登場人物
 おみね...空き巣稼ぎ、山崎町泥棒長屋の店子
 おきみ...元今川町長屋の店子、煙草屋賃粉切り職人の女房

恋文
 身体を売るおぎんに、真底惚れ、所帯を持つと言う万吉に、佐七は端から「騙されている」と、否定し賭けをする。万吉はおぎんからの恋文を佐七に示すが…。
 己で己を騙し、それを信じようとする、純な万吉の心が切なくもある。

主要登場人物
 万吉...際物売り
 おぎん...下谷縄暖簾むらさきの女中

歳月
 13歳年下の亭主に、暴力を振るわれるおりゅう。それを助けた事から慶次郎は、おりゅうの聞き役になるのだ。おりゅうは、亭主の茂吉には、若い女が出来たと告げる。
 苛立ちを暴力でしか伝えられない幼い茂吉と、亭主は未だ未だ男盛り。日々老いていくおりゅうの、女としての苦悩が描かれている。

主要登場人物
 おりゅう...浅草並木町魚長の女将
 茂吉...おりゅうの亭主、元植木職人
 宗兵衛...下谷煎餅屋の主

どんぐり
 貧乏から這い上がるために、当たり屋となり、これぞという男を手玉に取って金を貯めようとするおゆき。だが、おゆきが最期に掴んだ幸せとは…。
 不器用ながらもおゆきを恋しく思い、身を引いた浅次。そして何よりもおゆきを見守り続けながらも、その表現方法も、馬鹿が付く程不器用な浅次。
 あっさりと、さっくりとながら、二人の別れのシーンは深い。

主要登場人物
 おゆき...下谷御切手町みみず長屋の店子、内職
 浅次...おゆきの亭主、元渡り中間
 忠右衛門...下谷油問屋柏屋の番頭

輪つなぎ
 空き巣稼ぎのおさわから、亭主にくれてやった十両を取り戻して欲しいと、蝮の吉次は依頼をされる。何でも、亭主の条吉は、おふじという茶屋の女に入れ込んでいるのだとか…。
 吉次が探りを入れる内に明らかになる、十両の金子にまつわる連鎖を、男女の色恋、商いを搦めながら描いた作品。
 登場人物の置かれた環境を分かり易く現し、実に自然に十両の流れを描いている。
 主録作品の内、最も得心の出来た章であった。

主要登場人物
 おさわ...空き巣
 条吉...おさわの亭主
 おふじ...条吉の情婦、両国水茶屋の茶汲み娘
 おとく...おふじの叔母、両国水茶屋の女将
 武蔵屋富太郎...おふじの間夫、西紺屋町馬具武具屋の若旦那
 武蔵屋万兵衛...富太郎の叔父、馬喰町飼葉屋の主

古着屋
 古着屋、三沢屋伝兵衛と番頭の仁右衛門は寄り添うように商いを続けていた。だが、喧嘩騒ぎに巻き込まれ、商い物が台無しになったり、盗人の汚名を着せられたり…。島中賢吾と手下の太兵衛は、二人の闇を感じ取る。
 仁右衛門の子のエピソードとの繋がりが、もうひとつ掴めず。

主要登場人物
 三沢屋伝兵衛...芝二丁目古着屋の主
 仁右衛門...三沢屋の番頭

吾妻橋
 10年前に人を刺し、島送りとなった民次と再会した慶次郎。事件は北町奉行所の管轄だったので、手出しは出来なかったが、慶次郎は、民次の人となりを見知っていた為、よくよくの訳が合ったのだと、調べていたのだった。
 だが、10年後、明らかとなった真実。そして、事件によって生き方が大きく変わってしまった人々。また、人の口さがない噂による人目の評価。
 ある意味で、人間を題材にした、最も怖い作品と言えるだろう。

主要登場人物
 扇屋与市郎...古道具屋の主
 民次...瓦葺職人、伊兵衛の弟子
 伊兵衛...中之郷瓦町瓦葺職人の親方
 竹蔵...元瓦葺職人、民次の兄弟子
 おちか...伊兵衛の娘、竹蔵の女房

 この計10編。とにかくラストが良い。全て前向き。新しい明日がやって来るといった発展的な終わり方なのだ。そして、慶次郎始め、晃之助、島中賢吾の人情味溢れる判断が罪人を出さない辺りも、既存の八丁堀物語と違い、縁側日記所以だろう。
 「慶次郎縁側日記」となっての短編を読むのは初めてで、しかもそれが最新作だったせいか、登場人物の相互関係に乏しい事もあるが、時折名だけで登場する人物の説明が不足していると思えなくもない。
 ただし、NHkでのドラマを何作か観たので、まっさらではないところで、慶次郎との繋がりは読み取れた。
 また、今回知ったのだが、ドラマでは出ずっぱりだった慶次郎だが、原作の「慶次郎縁側日記」では、ほんの相談役であったり、脇役であったり。
 晃之助、島中賢吾、蝮の吉次、弓町の太兵衛、天王橋の辰吉辺りが、仲裁役として交代に主軸になっているようだ。
 これまでの短編集もそうだったのだろうか? 今作品は、北原さんが、闘病生活後に書いた最初の作品だと聞く。作風が変わったのかは、これ迄の作品を読んでみたい。
 ただ、北原さんの他の短編集や、シリーズの「深川澪通り木戸番小屋」と比較し、登場人物が多すぎるのには難義した。
 個人的には、「恋忘れ草」、「妻恋坂」、「花冷え」といった女心の切なさ、儚さを描いて欲しいと願って止まない。
 




書評・レビュー ブログランキングへ



にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へにほんブログ村


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。