うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

名もなき日々を~髪結い伊三次捕物余話~

2013年11月18日 | 宇江佐真理
 2013年11月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第12弾。

 俯(うつむ)かず

 あの子、捜して

 手妻師(てづまし)

 名もなき日々を

 三省院様御手留(おてどめ)

 以津真天(いつまでん) 計6編の短編連作 

俯(うつむ)かず 
 大掛かりな賭場の捕縛に向かった不破龍之進だったが、本所相生町と神田相生町を間違え、大失態を演じてしまう。
 お文は、大金の入った紙入れを無くしてしまう。
 伊三次は、若者の喧嘩の仲裁に入った隙に、何者かに台箱を盗まれてしまう。
 そして、師匠・歌川豊光がみまかり、身の振り方が決まらずにいる伊与太。
 だが、龍之進の元に義弟・笹岡小平太が訪い、俯き勝ちな龍之進に苦言を呈しながらも初めて、「兄上」と呼び、お文の紙入れも伊三次の台箱も無事見付かり、伊与太には、当代人気絵師の歌川国直から声が掛かる。
 そして不破家では、きいが待望の初子を身籠る。
 
 それぞれが、「禍い転じて福となす」。伊三次が、同じような1日でも、今日と明日は違う日であると感じるように、毎日時は進んでいると実感する仕立てになっている。決してドラマチックな話ではないが、人の心持ちや情の絡んだ、しっとりとした良い物語だ。
 あんなに怖かった不破友之進が、イメージチェンジか? 早くも、おとぼけなおじいちゃん的な登場(笑)。

あの子、捜して
 人別改めの季節がやってきた。伊三次は、10年前から行方の分からない子どもがいると、松助から手助けを求められる。生きていれば11、12歳くらいの平吉という男の子と知ると、伊三次は不憫に思い奔走する。
 複雑な大人の感情に振り回され、産みの親から引き離され、しかも引き取った父方からは厄介払いで、養子に出され、養子先の両親が死亡。その後、質屋に奉公に出されていた平吉を無事、母親の元に送り届けるも、平吉は、余り感情を露にしない。
 物心付いた時から、知りもしなかった母親が不意に現れても、感慨は無いと娘・お吉は言うのだった。

 やってくれました。このところ、伊与太や不破龍之進に主役の座を奪われていたシリーズだったが、久し振りに伊三次が完全復活。しかも、胸に沁みる奥の深い人情話でありながら、悲壮感を払拭させる明るい結末。
 これは泣けてくる。やはり伊三次はこうでなくっちゃ。

手妻師(てづまし)
 その南蛮仕込みの技も去ることながら、艶やかな容貌で人気の浅草・奥山の手妻師・花川戸鶴之助に、江戸の娘たちはすっかり逆上せ切っている。ご多分に漏れずお吉、そしておふささえもだ。
 その座主・強欲で無慈悲な権久郎が何者かに殺害され、鶴之助に容疑が掛かり、程なくして鶴之助ほか一座の者たちが連座する。
 死罪執行前夜、鶴之助の希望で伊三次はその髪を結う為に牢へ向かう。

 この話は、幕切れが素晴らしい。鶴之助の胸中を知りながらも、心安らかに逝くように諭す伊三次と、鶴之助の牢内での別れのシーンに、色紙の鶴がシンボリックな役割を果たし、薄暗い牢に鮮やかな原色の折り鶴が浮かび上がる、幻想的な光景が目に写る。
 そして、思いもよらないまさかの鶴之助の脱走。それを、「手妻師だからな」。と愉快そうに語る不破友之進の場面で物語は終わる。不破友之進も歳を取って丸くなったと、第1弾からの読者としては思わずにいられず、こちらも口元が緩むのだ。

名もなき日々を
 蝦夷松前藩では、病弱な嫡男・松前良昌を廃し、妾腹の章昌を跡目に据える策略があるらしい。そして良昌の側室に茜(刑部)を据える動きがあると知り、憤りを感じていた矢先、老女の藤崎が、御反下・しおりを茜(刑部)付きの部屋子として送り込んできたが、彼女は密偵であり、手文庫を開けられた茜(刑部)は、しおりを打ちのめし、騒ぎになってしまう。
 一方で、魚佐の末娘・おてんと、愛惚れの九兵衛だが、魚佐の援助で所帯を持とう、髪結い床の株も買ってやると言われ、魚佐で働く父親・岩次が肩身の狭い思いをするのではなど思い倦ねるうちに、おてんへの気持ちが冷めていくのを感じるのだった。

 蝦夷松前藩上屋敷にて、藩の政治力に巻き込まれる茜(刑部)の話を中心に、第二世代の子どもたちが、大人への階段を上り始め、背負うものや苦悩を噛み締めながら成長していく話である。

三省院様御手留(おてどめ)
 御半下のしおりを打ちのめした茜(刑部)は、本所緑町の下屋敷への奉公替えとなった。松前藩嫡男・松前良昌の側室へと藩の企みは消えてはいないが、前藩主・資昌の側室であった三省院鶴子が主の下屋敷は、ゆったりとした気風で、居心地が良い。
 そんなある日、鶴子の伴で寛永寺に詣った帰り、伊与太にばったり出会い、その声に涙を堪えるのだった。

 あの茜お嬢さんも、大人になったを実感させる、女心を描いている。幼馴染みとはいえ、同心の娘・茜と、髪結いの息子・伊与太の恋の行方はどう展開していくのか。宇江佐氏ならではの運びになっていくだろうが、先が読めずに楽しみである。

以津真天(いつまでん) 
 探索中の緑川鉈五郎から、鬼の顔、蛇の胴、巨大な翼を持つ怪鳥。 「いつまで、いつまで」と人間が叫ぶような鳴き声の怪鳥騒ぎの一件を耳にした龍之進。
 初めての出産に苦しむきいに、不破家の男たちは気が気ではない。龍之進は、産室で介添えを買って出る。果たして無事に産まれた初子に、ほっと安堵の不破家であった。

 きいの出産がメインであるが、鉈五郎の素の顔が見えたり、話半ばで尻切れかと思われた怪鳥・以津真天が、不破家に向かう伊三次の頭上に見えたりと、ストーリー運びの巧さを実感する。

 物語自体は、事件物ではなく、夫婦の絆を描いた穏やかでありながら人間の心に響く内容になっている。家族とは、そして、茜の運命は…。これが本書のメインになっている。
 また、龍之進の子の誕生により、シリーズはいよいよ第三世代に入る。今後は子の成長も物語の楽しみのひとつになるだろう。何せ、宇江佐氏描くところの子どもの姿は、実に愛くるしいのだ。
 伊与太の幼い頃など、仕草ひとつひとつが可愛らしく、また胸を打つシーンも多かったものだ。
 反面、下手人が己の師匠と知り隠し立てをした龍之進を、殴り飛ばした若か知り頃とは別人のように、あの友之進がすっかり丸くなり、お爺ちゃんになったのだなあと、月日の流れを懐かしむ思いである。
 これにて、伊三次の出番も少なくなっていくのだろうか。進行型のシリーズではあるが、やはり血気盛だった頃の伊三次と友之進が忘れ難い。
 この後に続く、「共に見る夢」「指のささくれ」「昨日のまこと、今日のうそ」も既に「オール讀物」にて読んでいるので、その後の展開が分かっている章もあるのだが、やはり素晴らしい進行・結末になっている。
 早くも同シリーズ次の作品が楽しみである。
  
主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 お梶...九兵衛の母親 
 お園...炭町髪結床・梅床十兵衛の女房、伊三次の姉
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破茜(刑部)...友之進の長女、本所緑町・蝦夷松前藩江戸下屋敷の奥女中(別式女)
 不破きい...龍之進の妻
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 松助...本八丁堀の岡っ引き(元不破家の中間)
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 佐登里...松助とおふさの養子
 歌川国直...日本橋田所町の絵師、伊与太の師匠
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 三保蔵...不破家の下男
 おたつ...不破家の女中
 和助...不破家の中間
 増蔵...門前仲町の岡っ引き
 おてん...新場魚問屋魚佐の末娘
 松前良昌...蝦夷松前藩藩主・道昌の嫡男
 三省院鶴子...蝦夷松前藩8代藩主・資昌の側室
 村上監物...蝦夷松前藩執政(首席家老)
 長峰金之丞...下谷新寺町松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 佐橋馬之介...松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 さの路...松前藩江戸上屋敷の御半下女中 
 藤崎...松前藩江戸上屋敷の老女
 おため...歌川国直家の女中
 葛飾北斎...浮世絵師
 お栄(葛飾応為)...北斎の三女、浮世絵師
 おとし...産婆






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