うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

京劇がきえた日~日・中・韓平和絵本~

2013年06月20日 | ほか作家、アンソロジーなど
ヤオホン 文・絵/中由美子 訳

 2011年4月発行

 第二次世界大戦下の南京の町と人びとを鮮やかに描いた絵本。

 1937年、日本軍が迫る南京の秦淮河のほとりに住む少女の家に、京劇の花形役者・シャオおじさんがやって来る。少女は、祖母と叔父に伴われ、初めて京劇を観に行くが、その日限りで公演は中止になる。
 そしてシャオおじさんは、少女に京劇で使用する髪飾りを渡して去るのだった。
 その後、南京の町には日本軍の空襲が始まる。

 時代小説とは違うのだが、酷く胸を打たれた一冊だったので取り上げた。
 京劇に心躍らせる少女の視線で描かれた、平穏な村が突然に戦場になる恐怖を、いわさきちひろを思わせる、儚気(はかなげ)でありながらも、どこか温かい画で現している。
 いつもと変わらない日が瞬時に消え失せる。だが、子どもに読ませる絵本であるので、その後に幾許かの希望を描き、救いが含まれる。
 感慨深い一冊である。




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江戸恋い明け烏~新撰代表作時代小説19~

2013年06月06日 | ほか作家、アンソロジーなど
白石一郎、杉本苑子、伊藤桂一 、早乙女貢、永井路子、平岩弓枝、津本陽、郡順史、南條範夫、古川薫、三好京三、綱淵謙錠、安西篤子

 1999年10月発行

 人と人の巡り合わせ、奇妙な縁。そして情や、人への思いを描くアンソロジー集。

白石一郎 人まね鳥
杉本苑子 胸に棲む鬼 
伊藤桂一 黄色い蝶 
早乙女貢 虎の牙 
永井路子 足音 
平岩弓枝 御宿かわせみ 
津本陽 捨身の一撃 
郡順史 左利き 
南條範夫 双生児の夢入り 
古川薫 裏庭からの客 
三好京三 えみしの姫君 
綱淵謙錠 孤 
安西篤子 夏萩 計13編のアンソロジー集

白石一郎 人まね鳥
 釣りだけが趣味の夫・松尾安兵衛に見切りを付け、嫡子・百合之助の出世だけを夢見る妻・ゆり。息子に詰め込み式の学問や身の丈に合わない剣術を修得させる事に必死だが、安兵衛は、むしろ奔放でも子どもらしく成長をして欲しいと願い、初めて妻へ怒りを露にする。

 現代にも通じる、ホームドラマのような物語。最後に安兵衛が気炎を吐く。その時の安兵衛とゆりの描写が真に迫り面白い。

主要登場人物
 松尾安兵衛...筑前国黒田藩(福岡藩)黒田家・御馬回組お城番
 松尾ゆり...安兵衛の妻
 松尾百合之助...安兵衛・ゆりの嫡男

杉本苑子 胸に棲む鬼 
 多慈女は、筑前志賀島の洞窟にて、羅刹女を祀った祠に、嫡子・秋人と夏羽を一緒にさせるくらいなら、いっそ秋人を羅刹女に捧げると、戯れ言を口にしてしまった。
 その事で、秋人の身代わりに冬人が、実姉・夏羽と秋人の幸せを言い残し、自ら海へと身を投じた。だが、多慈女がそれを認める筈もなく、秋人の自刃の道を選ぶ。

 江戸時代中心の読書歴の当方には、神話的でもあり、馴染みの薄い作品となった。
 
主要登場人物
 高階多慈女...継麻呂の正妻
 高階継麻呂...太宰少弐
 秋人...継麻呂・多慈女の嫡子
 冬人...継麻呂の庶子(継麻呂との子)
 稲手...高階家の下婢

伊藤桂一 黄色い蝶
 小波は、以前逗留した大柴郁之助、仇らしい男を見掛けたら知らせて欲しいと、頼まれていた。そして、その仇らしい男が四宮源十郎と見定めると、郁之助に文を認める。無事本懐を遂げた郁之助であったが、小波は、四宮源十郎の人柄を知るにつれ、源十郎との巡り合わせを深く感じ入るようになる。

 小波の言動、感情などがもうひとつ理解し難く、かつ四宮源十郎を蝶に例えるのはひとつの手法であるが、何故に、源十郎が大柴郁之助と自分を見送っていると小波は理解するのだろうか。また、郁之助がそこまで小波に入れ込む訳も説明されていないように感じた。
 
主要登場人物
 四宮源十郎(篠塚源四郎)...上野国安中藩浪人
 小波...掛川宿妓楼・有明の女郎
 大柴郁之助...上野国安中藩藩士

早乙女貢 虎の牙
 時は幕末、戊辰戦争の最中、乱暴者で村の嫌われ者だった又蔵(虎又)が、猛虎隊中隊頭として仙台藩の威光を掲げ凱旋(?)した。そして相も変わらず、傍若無人な振る舞いの挙げ句、おとしを手込めにしてしまう。
 卯吉ら村人は、又蔵始め猛虎隊を仕留め、防虎隊を名乗り官軍の見方として、その首を長州兵へと捧げ出すも、長州兵に処刑される。

 幕末の動乱を背景にして、成り立つ切なくも理不尽かつ非情な話。直接物語と関係ないが、こうした理不尽な事をするのって、長州が多いですよね。

主要登場人物
 又蔵(虎又)...仙台藩猛虎隊(農兵隊)中隊頭、元福島藩領内の百姓
 卯吉...福島藩領内の百姓
 おとし...卯吉の女房

永井路子 足音
 幼い頃より、徳斎の嫡男・仙之助に嫉妬心を燃やす伍一は、江戸の茶問屋に修行に出たのを良い事に、そのまま江戸で絵師のなるべく住み着いていた。
 絵師に己の作品を見せるも、理解されず不遇のまま、胸の病を患い、死の床にあった伍一は、己の才に見切りを付け、みきに絵を全て焼き払って欲しいと言い残すのだった。だが、その時みきの目に、伍一が描きたかった画が写るのだった。

 良く放蕩息子と、家が傾き身を売った娘の話かと思いきや、最期に魅せてくれる。伍一の描きたかった物がキーとなった、さすがの作品。

主要登場人物
 戸島屋伍一...某地方の茶商
 みき...深川小料理屋・寿美吉の酌婦、元某地方の傘屋の娘、伍一の幼馴染み
 仙之助...某地方の手習所・徳斎塾師匠・徳斎の嫡男
 
平岩弓枝 御宿かわせみ
 薬種問屋中村屋の二男で5歳の正吉が、家出をしてかわせみの蔵で見付かった。畝源三郎によれば、後妻おとせの連れ子である正吉は、先妻の子で10歳の長松に、トリカブトの毒を盛り、それが発覚して家出をしたらしい。
 そしてその後、長松はまたも毒を盛られ命を失い、おとせが下手人として番屋に連れて来られる。東吾が、子どもを巻き込んだ中村屋の実情を探ると、主・中村屋伊兵衛と衆道の関係にあった番頭・長左衛門の嫉妬心が発覚する。

 超人気シリーズの「御宿かわせみ」だが、初めて読んだ。どちらが先は葉不明だが、澤田ふじ子氏の「公事宿事件書留帳」を連想してしまった。
 子どもが出て来ると、どうにも物悲しさが募るだが、衆道といった落ち。シリーズが長いのでネタを考えるのも大変だろうなと感じた。

主要登場人物
 神林東吾...南町奉行所吟味方与力・神林通之進の弟
 庄司るい...大川端旅籠・かわせみの女将、東吾の妻
 畝源三郎...南町奉行定町廻り同心、東吾の幼馴染み
 藤助...畝源三郎の手先(岡っ引き)、一膳飯屋の主

津本陽 捨身の一撃 
 香取神道流の太刀を広める諸国回遊中の塚原新右衛門高幹は、小田原宿にて、北条家お抱えのスッパ(夜盗土賊)による某弱な振る舞いに、生け贄にされた娘と老爺を救うべく、山崎左門と共に立ち向かう。

 どこかで見知ったような…と読み進めると、やはり「塚原卜伝」だった。NHKのドラマで少しだけ観たが、作品がどうこうではなく、武者修行に興味がないので、読み流した感じである。申し訳ありません。
 編集上の問題だが、タイトルのサブで「塚原卜伝」と入れなくて良いのだろうか。

主要登場人物
 塚原新右衛門高幹...常陸国鹿島藩宿老・塚原土佐守の養嗣子(鹿島神宮神職・吉川左京覚賢の二男)
 山崎左門...卜部吉川家の家臣

郡順史 左利き
 鍋島藩の長崎警備隊責任者として、長崎奉行に挨拶に伺う運びとなった笹塚十五郎には、ひとつ大きな隠し事がある。それは、武士にとっては進退極まり無い元来の左利きという事である。
 武門の習いとして、右への矯正をしてきたが、長崎奉行・和田稲葉守に謁見という大役への緊張から、十五郎は差料を左側に置いてしまった。これは、相手へ斬り付ける覚悟ありの意思表示である。この失態に十五郎は切腹を覚悟するも、奉行の粋な計らいで、役目を全うする。

 左利きが武家社会では御法度である。主人公は左利きであったがため、失態を犯し、失意、そして再生といったたわいもないストーリーだが、これが筆の力だろう。面白くかつ映像が脳裏に浮かび上がるような生き生きとしたキャラである。

主要登場人物
 笹塚十五郎...佐賀国鍋島藩・番方
 雪江...十五郎の妻

南條範夫 双生児の夢入り 
 大平山中腹の華清寺築造のため、仮小屋住まいとなった壮太と吉蔵は、子どもの頃のように、互いの夢に入り込み、その夢を見る遊びを思い付くも、吉蔵の夢に入り込んだ壮太は、吉蔵とおちかの不義を見せ付けられる。
 一方の吉蔵は、壮太の一方ならぬ殺意を目の当たりにし、2人の間の疑惑は深まる一方であった。
 ついに2人は、掴み合いの諍いとなり、そのまま崖から転落するが、大工仲間が見付けた遺骸はひとりのみ。そして、その顔には壮太・吉蔵2人の特徴が刻まれていた。

 人が抱える嫉妬や猜疑心が写し出されるといった、摩訶不思議な、夢うつつの物語。ホラー的ではなく、人の持つ本音の怖さである。
 ラストの落ちで生かされた序盤の設定。作者の計算が素晴らしい。
 
主要登場人物
 壮太...双子の兄、大工
 吉蔵...双子の弟、大工

古川薫 裏庭からの客
 難波小十郎は、役目の途中で、石崎勘兵衛に請われ立ち寄った我が家に、朋輩の相川文之進の姿があった。屋敷には妻の千鶴いちにん。文之進は廁を借りたと伝え、 小十郎もそれを信じるが、石崎勘兵衛があらぬ噂を流し、小十郎が進退窮まる中、千鶴が潔白の証しとして自ら命を絶つ。
 文之進を女仇として討たなくてはならないところまで追い詰められるた小十郎は、悪しき噂の主である石崎勘兵衛を千鶴の仇として討ち、覚悟を決めた文之進との一騎打ちに挑む。

 人の噂で進退窮まる。時には命までも失うといった、これまた人の怖さを描いた作品。飄々としながらも、武士道を重んじる文之進。噂などに耳を貸さず凛とした姿勢を崩さない小十郎。この侠気のある2人対照的に、小狡く、卑しい人間に描かれた石崎勘兵衛。
 現代社会でもありうる話だ。
 作家がやはり男性だなあと感じた。もし、女流作家であったなら、見せ場を決闘に持ち込まずに、千鶴の視線から、彼女の自刃のシーンに重きを置いただろうと思われる。いや、どちらが良いかではなく、捉え方、感性の違いで物語の結末は色々なパターンが生じると感じたまで。

主要登場人物
 難波小十郎...普請奉行配下
 相川文之進...普請奉行配下、小十郎の朋友
 石崎勘兵衛...普請奉行配下
 千鶴...小十郎の妻

三好京三 えみしの姫君 
 身分の違いはあれ、大森太郎に思いを寄せる由迦は、いつしか己を奪って逃げて欲しいと大森太郎に迫る。
 だが、父・安倍頼良の野心の為、由迦は藤原散仁経清との婚儀が決まる。そして太郎には既に妻がいると聞かされるのだった。
 父・頼良の策略により遠ざけられた由迦と太郎。己を連れ出してくれる事をひたすら願うが、それは、経清の背であった…。

 身分と立身出世が絡んだ、一筋縄ではいかない恋模様を描いた、恋愛小説。大森太郎の出番が少なく、藤原散仁経清の方が人間味が多く描かれている分、由迦は経清に惹かれていくのだろうと予想しながら読んだ。

主要登場人物
 安倍頼良...陸奥衣里の豪族
 安倍由迦...頼良の長女
 大森太郎...阿倍家郎党
 藤原散仁経清...亘理郡郡司

綱淵謙錠 孤
 目の前に現れた旅姿の老武士が気になり、声を掛けた不断院住職の回想。
 その人柄に惹かれ、塔頭の仕事も任せた程だったにも関わらず、その名すら思い出せない、不思議な出会い。
 室鳩巣の史書を引用し、また、蒲生氏郷の生涯を描きながら、結解十郎兵衛に迫る。
※ 申し訳ありません。当方には難解過ぎて読み切る事が出来ませんでした。

主要登場人物
 結解十郎兵衛...蒲生氏郷の寵臣
 不断院住職...芝西久保神谷町・光明山和合院天徳寺の末寺
 
安西篤子 夏萩
 部屋住みの三男だった柴山十右衛門は、家禄二十石の湯浅家に養子に入り、その遠縁の糸を娶り家督を継いだ。だが、苦しい生活を健気に切り盛りする糸に、微塵の愛情も覚えずにいたが、何時しか糸に不振を抱くようになる。
 案の定、ふいに帰宅すると糸は情事の最中であった。気が付いた時には、差料を糸に向けていた十右衛門。咄嗟の怒りに任せての出来事であったが、それが正しかったのだろうかと自問自答する。

 瞬時に妻を成敗した十右衛門。気が鎮まってから思い巡らす、己の所行の是非。終盤の事が全て収まってからの情景描写と、十右衛門の心理描写が素晴らしく、読ませてくれている。
 
主要登場人物
 湯浅十右衛門...下級武士
 真壁勘解由...仕置添役、十右衛門の朋友
 糸...十右衛門の妻


 表題の「江戸恋い明け烏」には、些か疑問あり。江戸の話ばかりではないのと、江戸時代以外の設定もある。また、恋とあるが、恋とは無縁の話もある。タイトルについてまたは編纂についてのテーマをご存じの方はご一報くださいませ。




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嫋々(じょうじょう)の剣

2013年06月02日 | 澤田ふじ子
 1990年10月発行

 実存した人物に絡め、彼らに縁を持つ無名の者たちの、生き様を描いた短編集。

末期の茶碗
安兵衛の妻
破鏡の女
嘘じゃとて
真贋の月
鳴弦の娘
世外の剣
嫋々の剣
凶妻の絵
不義の御旗 計10編の短編集


末期の茶碗

 豊臣秀吉の命により、切腹した千利休。その晒された首の傍らには、彼が末期の茶を嗜んだ黒茶碗が置かれていた。それを盗み、売り払おうとする喜三だったが、茶碗の中に利休の灰神楽が浮かび上がる。

主要登場人物
 喜三...盗人

安兵衛の妻

 赤穂浪士・堀部安兵衛の妻を名乗り、討ち入りの語り部として報酬を得ている妙海尼の夢は、孫の又蔵と安息に暮らす事であった。だが、又蔵は所帯を持ちたいと言う女(おふさ)が現れ、妙海尼に金子の無心を重ねるようになる。おふさに手玉の取られた又蔵は、それと気付くとおふさの情夫に殺害されてしまうのだった。

 偶然にも最近、この方を主人公に据えた小説を良く読む。

主要登場人物
 妙海尼(竹)...高輪泉岳寺境内に庵を結ぶ尼僧(堀部家下女)
 又蔵...日本橋富沢町鞘師の弟子、妙海尼の孫
 おふさ...小伝馬町小料理屋・魚半の女中、又蔵の情婦

破鏡の妻

 賄を受け取り、藩の執政を思うままに手中にする家老・曽我権太夫の悪事を暴こうとして逆に若い藩士が命を失っていることに、心を痛める菅沼外記は、意を決して曽我権太夫を打ち自刃する。
 だが、事実は遺恨と受け止められ、江戸藩邸に詰めていた馬廻り格小姓を務める嫡子・内記も切腹を申し付かる。
 数年後、事実が明るみとなり、外記の名誉は回復するも、畹は出家のままひっそりと生きる道を選ぶ。

主要登場人物
 菅沼外記(馬指堂・曲水)...近江国膳所藩本田家(康命) 中老、松尾芭蕉の高足
 菅沼畹(破鏡)...外記の妻→尼僧
 曽我権太夫...膳所藩本田家家老
 
嘘じゃとて
 花鳥風月を愛でる弥右衛門は、塀越しに花を褒め讃える声の主・伊東大炊助が、いつか花を手折るのではないかと気が気ではない。
 一方で、藩から借り受けた土地で薬草を栽培し治療に当たる町医者・佐和玄得から、土地の借用延長の申し出があり、藩内ではそれを認めない方針に動いていた。
 だが、偶然に玄得の治療の場に居合わせた藤波弥右衛門は、その人物に感服し、認めるべきと動き出す。
 そんな折り、玄得の全楽堂を視察した弥右衛門は、その薬草畑で甲斐甲斐しく働く愛娘の雪と大炊助の姿を目し、大炊助が弥右衛門が育てた一番美しい花(雪)を手折ったことに気付くのだった。

 見掛けや地位ではなく、人の本随(心根)を問う一編。ラストシーンが鮮やかに脳裏に広がり、また弥右衛門の言葉に痺れます。

主要登場人物
 藤波弥右衛門...美濃国大垣藩戸田家・勘定奉行所組頭
 伊東大炊助...大垣藩戸田家郡奉行助・伊東彦十郎の三男
 佐和玄得...鷹匠町全楽堂の町医者

真贋の月

 祖父の代から京詰めだった桃田平十郎に、帰国の命が下された。折しも家中では、財政逼迫の折り、数十名に永御暇が出されると噂されていた。
  身の振り方を危惧しながらも、国元に戻ると古書画の目利きである平十郎に藩庫に収められている茶具や書画を選別し、売り払って財政建て直しを計るという役目がくだされた。
 平十郎が役目を全うし、名を高める傍ら、永御暇の人選は進み、扶持を失えば明日の暮らしにも困る下士の斎藤孫七の名もあった。しかも彼の姉・妙蓮尼は孤児たちの面倒を見ていると知るや、平十郎は藤原定家の贋作を造り、それを藩庫に戻すと本物を孫七に餞別として与えるのだった。

 「あとはわたしの口先一つでごまかせる」。この台詞とエピローグが利いている明るい話である。

主要登場人物
 桃田平十郎...美濃国大垣藩戸田家・京藩邸詰め呉服購い方下役

鳴弦の娘

 家中仕置き替えにより、京藩邸にて永御暇を出された奈倉左兵衛兵は、娘の言栄と共に国元へは戻らず、京にて扇商・近江屋の扇に絵付けをしながら五条麩屋町明神社脇の長屋で生活していた。
 そこに行き倒れの侍が見付かり、長屋を上げて看病すると、男は近江国膳所藩藩士・中山弥一郎であり、親の仇討ちのために国元を出て8年が過ぎていた。
 国元の妹・雪於は、金策尽きついには借金のカタに身売りをしなくてはならないほどになっていた。
 左兵衛兵は金策のため、三十三間堂にて催される余興矢に出場しようと言栄と共に稽古を重ねるが、長屋の家主・田島屋の隠居が家庭内の不破で首を括ろうとするのを助けると、言栄の弓を金銭絡みで汚したくはないと悟る。

 中山弥一郎に仇討ちを諦めさせ、妹と生きる選ばせる。その兄弟のために覚えのある弓の大会で賞金を稼ぐ。ここまでのストーリは実に分かり易いのだが、田島屋の隠居の件からの終盤が理解し辛いと言うか、未だに理解出来ていない。文末は、妹の借金は弥一郎の腰の物(刀)でけりがつくだろうと結んでいるが、まあ、仇討ちを諦めれば刀もいらない訳だが…。
 書評を読んだら、人間の幸福が身分や物質で量れるものではないといった、著者のメッセージだそうだ。我が考え方は、凡人たる凡人故。目から鱗であった。
 
主要登場人物
 奈倉左兵衛兵...元美濃国大垣藩戸田家・祐筆下役
 言栄...左兵衛兵の娘
 中山弥一郎...近江国膳所藩藩士

世外の剣

 父・左衛門の仇討ち本懐を遂げ、家名存続がなったものの、討った相手が人違いと分かり、藩を出され隠棲の日々を過ごす事を余儀なくされた宗伯。
 その隠宅に、元同輩から、刺客に狙われる幼子・歌留を預けられるも、事情を知らされぬまま同輩は鬼籍に入る。そして十数年。またも刺客が歌留の命を付け狙う。

 藩内の政治力により、命を危険に晒される先代藩主・氏教の庶子・歌留が真実を知るシーンは、行数を割いておらずさらりと流されているにも関わらず、実に印象深く、かつ重要な意味合いを持つ。こういった手法が澤田氏の巧さ並びに持ち味である。

主要登場人物
 根来宗伯(根来武太夫)...大垣藩領春日村在住の薬草売り、元美濃国大垣藩戸田家江戸詰め祐筆・根来左衛門の嫡男
 歌留...宗伯の孫娘、大垣藩7代藩主・戸田氏教の庶子
 赤座弥右衛門...大垣藩戸田家普請奉行
 天野甚左衛門...大垣藩戸田家城代

嫋々の剣

 御附武士番頭として江戸から赴任中の浅野源太夫から、妾奉公を執拗に迫られている下級公家の娘・千佳。公家のプライドと、源太夫の卑劣な手段を晴らすため、源太夫の誘いに乗ったと思わせ、意外な行動に出る。

 公家が実は、吉岡流小太刀の名手であり、彼らはそれを隠し軟弱を装っている。澤田氏の作品は、史実の説明の箇所が難解であるのだが、それでも読むのを止められないのは、こういったこれまで知る事のなかった史実を織り込んでいるためであり、大変興味深い。
 そう聞かされてみれば、戊辰戦争の折り、有栖川宮熾仁親王が自ら東征大総督の職を志願したり、姉小路公知が朔平門外で暗殺された折り、太刀持ちが逃げ刀がないまま、笏で立ち向かっている事が理解出来る。
 単なる権力を握ったエロ武士の話ではなく、深さを感じた。

主要登場人物
 池尻千佳...定孝の娘
 池尻定孝...勧修寺十三家・従三位・御蔵米公家
 勘兵衛...池尻家の下男
 浅野源太夫...御附武士番頭、幕府旗本

凶妻の絵
 貧乏旗本の三男だった弥十郎は、小普請組の旗本・太田定於の二番目の夫として婿養子に入った。だが、先の夫が逃げ出した訳を思い知る事になる。定於には情を通じた男がおり、夫と寝間を共にしようとはしないのだ。
 不貞の妻を江戸に残し、京に赴任なった弥十郎は、日々妻への恨みが募り、習い覚えた「江戸琳派」の絵にて、妻への怒りを絵巻物にして送り付けるつもりでいた。
 そんな矢先、弥十郎が幼い頃より使えている下男の与惣に付き添われて、定於が京に現れる。

 妻の不貞をあからさまに罵れない、怒りを露に出来ない立場の弥十郎が、それを絵にする。この時の心境は、妻の改心を願うのか、それとも全てお見通しだと、妻を追い詰めるのか…。
 受け取った後の妻の心境、行動を描いて欲しかったが、陰惨な結末ではなく、発展的な終わり方なので、後味は良い。

主要登場人物
 太田弥十郎...二条御門番、幕府旗本・小普請組、太田家婿養子
 与惣...老僕
 太田定於...弥十郎の妻
 
不義の御旗
 幕末、和親条約が結ばれ、絹糸の値段が高騰。西陣の織屋も次々に廃業を余儀なくされていった。老舗・丹波屋もご多分に漏れず、先祖伝来の美術品を売り払い、奉公人を解雇しながらも、細々と暖簾を掲げている有様だった。
 弥兵衛は、元奉公人の彦七が、病いで死に掛けた娘に粥を食べさせたいといった無心を断りながらも、妾を囲うくらいには金銭的に余裕もあった。
 そんなある日、薩長から、錦の紋織物の依頼が高機八組(織屋組合)にもたらされる。薩長と幕府との戦を予感し、高機八組は断りを入れるが、弥兵衛はただひとりそれを受け入れるのだった。

 錦の御旗誕生秘話である。確かに、誰かが織らなければ新政府軍が御旗誕を掲げる事は出来なかったのだが、思いもよらない内容だった。読めば納得の話である。
 そしてもうひとつの話は、妾には惜しみなく金を使いながらも、元奉公人には僅かな金も与えない弥兵衛。物語上、それなりの酬いを受けるのだが、意地悪く断りながらも、その一方では自責の念に駆られる弥兵衛の心境が、手に取るように分かる話である。誰もが思い当たるような話ではないだろうか。

主要登場人物
 丹波屋弥兵衛...上京笹屋町・織屋の主
 雪園(おとめ)...弥兵衛の妾、祇園の芸妓、元丹波屋の奉公人
 彦七...元丹波屋の織職人

 読破までにかなりの時間を要した一冊。澤田氏の作品は、難しい。先にも書いたが、史実の説明部分を読解するのが困難なのだ。そして読み終えて「おやっ」と思う話もままあるのだが、それが実は「おやっ」は読み手の当方がつたない故であり、澤田氏の本意を知れば知るほど、その深さに感銘を覚えるのだ。


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