うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

昨日の恋~爽太捕物帖~

2012年10月24日 | 北原亜以子
 1995年4月発行

 鰻屋の入り婿だが、鰻が素手で触れない岡っ引き・爽太が、心に傷を負った男女が引き起こす事件に十手を振るう人情捕物帳第1弾。

おろくの恋
雲間の出来事
残り火
終りのない階段
頬の傷
昨日の恋
師走の風 計7編の短編集

おろくの恋
 芝露月町の質屋伊勢屋の女主人・おろくが蔵で殺されていた。男と会っていたのではと思われるが、外から鍵が掛けられており、密室であった。
 おろくの悪女(?)の深情と、藤左衛門の色香と理性の狭間での苦悩が描かれている。

雲間の出来事
妓夫の徳松は、柳原土手で返り血を浴びながら逃げていく男の姿を見た。だが、刺されたのは札付きの丈八であり、刺した煮染屋の嘉市の妹おはるが身投げした事と関わりがあるのか…。
 殺されても当然の人間であっても、止む無く刃を振るった善人であっても、罪は罪なのか…。辿り着く前の経緯は…を問う。

残り火
 金子をちらつかせるおしか。風貌人三化七ながら、女から金を騙し取る生業の定七(万七)は、近付き、騙し合いが始まる中、万七に騙された女が首を括った。
 狐と狸の騙し合い。どっちもどっちと達観していたが、終盤の定七の言動にはほろりとさせられる。

終りのない階段
 貧乏から抜け出すべく、幼馴染みのおあきから歯磨き売りの正六を奪い所帯を持ったおつやだが、暮らしに事欠き、正六を使い…。ほどほどにが出来ない女の、正に飽くなき欲望を描いている。
 この作品アンソロジー集にて読んでいたが、その時は1編だけだったので、爽太が主役のシリーズとは全く気が付かなかった。哀れな女の物語として読んだのだが、その時とは別の視線でも読む事が出来た。
 
頬の傷
 武家の出である志津は、深間となった左官職の又七と争い、頬に傷を負う。又七は、志津が自ら傷付けたと言い、志津は、「又七のせいだ」と。
 過去のしがらみから抜け出せない女が下した悲しい決断。全てを断ち切るには、これしかなかったか。

昨日の恋
 元女房だったおいとに復縁を迫った佐平次が刺され、現場には、おいとの亭主・紺屋職人の次助の手拭いが残されていた。
 思い込みが生み出した悲劇と、女の弱さそして浅はかさを描き出している。

師走の風
 見知らぬ女から赤ん坊を預かったは良いが、そのまま女が現れず困惑する爽太。そこに孝行息子で有名なの米松が、高利貸しから金子を盗み追われていると。
 男女の愛情、親子の絆を2つの出来事を巧みに噛み合わせて伝えている。

 「爽太捕物帖」は、単なる岡っ引きの捕物ではなく、人の深層心理に迫る内容であり、読み込むに連れ、全編がかなり深い。
 主役の爽太は、9つの時に壬申の大火で親兄弟を亡くし、13で鰻屋十三川の十兵衛に養子として引き取られ、21の年に十兵衛の娘おふくと所帯を持ち、娘2人に恵まれ子煩悩な26歳の父親の設定。
 生まれは、紅白粉問屋桐島屋の総領息子だっただけあり、育ちの良さがそこはかとなく漂う岡っ引きである。
 そして、この爽太親分。鰻を触れず、店では肩身が狭いが、十手を握れば人情裁決を下す。事件そのものより、むしろ過程を重んじるのだ。
 しかし、ほとんどを見逃してしまい、罪人をお縄にしなくては、御役御免にならないのだろうか…。といった邪念は捨てて、ここは、「こんな親分もいるなら、世の中そう捨てたものではない」と思いたい。
 何しろ、事件その物はどろどろとした部分が多々有るのだが、爽太の下す裁に救われる思いなのだ。すかっとした読み応えである。
 後編にて「消えた人達」が刊行されているらしいが、もっともっとシリーズ化して欲しい作品である。
 併せて、著者の情景描写の達筆さに、江戸の町が脳裏に浮かび上がるようである。

主要登場人物
 爽太...岡っ引き、芝露月町鰻屋十三川の入り婿
 十三川十兵衛...鰻屋の主、爽太の養父・義父
 おふく...爽太の女房
 朝田主馬...北町奉行所定町廻り同心
 徳松...女衒、元料理屋柏木の総領息子、爽太の朋友・手下
 竹次郎...蕎麦売り、爽太の手下
 梅吉...梅の湯の主、爽太の手下
 お良...爽太の長女
 お里...爽太の二女




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