うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

日月めぐる

2016年05月28日 | 諸田玲子
 2008年2月発行

 江戸末期、駿河国の小藩・小島藩を舞台に、不思議な色合いを見せて渦巻く川に、人生を巻き込まれる人々の姿を描いた珠玉の7編。


川底の石
女たらし
川沿いの道
紙漉
男惚れ
渦中の恋 計7編の短編連作


 若かりし頃、上役の悪事を暴こうとした友が、川で惨たらしい姿で発見されたことに、疑念を抱く武士。

川底の石
 迎えに来ると言い残した男を、10年待ち続けた女。歳月を経て現れた男の本性は。

女たらし
 生粋の詐欺師である男が、出会った人の心に触れ、全うな人生を歩み始める。

川沿いの道
 夫婦約束をしていた藩士を待ち続ける武家娘だったが、男は、藩命に抗えずに自分の兄を討ったがために、己の元を去ったことを知る。

紙漉
 男と出奔した母を「女敵討ち」のために、やって来たひとりの武士が、その真実を知る。

男惚れ
 武士に憧れていた百姓が、「男惚れ」していた武士が、女にうつつを抜かしていると思い込み、嫉妬から取った行動が、思いも寄らぬ悲劇を生んだ。

渦中の恋
 大政奉還後、小島藩へ移封となった旧幕臣たちが抱く憂いや抗い。そして、各々が選択を迫られる。

 一気に読み終えて、暫し呆然とした。情景、状況、心理といった何いずれの面からも、見事としか例えようのない珠玉の名作である。
 一話完結であるが、登場人物の人生が、ほかの作品にも折り重なって、観覧車のように回る。そして不思議な色を成す川の渦が、全作を通してシンボリックに描かれている。
 冒頭からの巧みな文章と構成に引き込まれ、また、登場人物にも無駄がないので分かり易く、時代小説ファンでなくても一気に読むことができるだろう。
 諸田玲子氏の底力を見せ付けられた思いである。


 
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うずら大名

2016年05月21日 | 畠中恵
 2015年9月発行

 「御吉兆!」と鳴く勇猛果敢な鶉(うずら)を連れた若き隠居大名・有月。泣き虫で人に振り回されてばかりの村名主・吉之助。昔なじみだった二人が再会し、江戸を揺るがす難事件、背後に蠢く策謀に挑む!

うずら大名
御吉兆聞こえず
大根一万本
書き付けの数字
佐久夜の初泳ぎ
江戸の合戦 長編

 若き日に不動下道場に通った、貧乏武家の部屋住み・有月と百姓の三男・吉也。二人だけではなく、ほかの面々も、養子先でも見付けなければ先が開けぬ身の上だった。
 だが、運命とは分からぬもので、豊島村の村名主となった吉之助(吉也)は、然る大名家へ向かう途中に辻 斬りに襲われるも、「御吉兆ーっ」という鳴き声と共に飛び込んできた一羽の白い鶉とその飼い主である侍に命を救われる。そして、その侍こそが、十数年振り に再会した有月だった。
 部屋住みだった有月も、大名家を継ぎ、現在では若き隠居となっていた。
 そんな有月によって、吉之助は、「大名貸し」を強要されるやら、江戸近隣で相次ぐ豪農不審死事件に巻きこまれてるやら。
 そして、それらの事件に関わるうちに、豪農や商人による、武家の身分の売買を知る。御家人株ならいざ知らず、それは幕府を揺るがし兼ねない恐ろしい陰謀へと…。

 畠中氏の新シリーズとなるであろう、本作。分限者が事件を解決するのは、代表作の「しゃばけ」シリーズや、「まんまこと」シリーズでもお分かりの通り、氏の得意な分野である。
 そこに大名がプラスされ、更なるパワーアップ。大事件へと絡んでいけるといった新境地となるか…。
 本作の主人公の、吉之助と有月の関係が、「ちょちょら」の間野新之介(播磨国多々良木藩の江戸留守居役)と、岩崎(伊勢国久居藩の江戸留守居役)を彷彿とさせる。そう言えば、「ちょちょら」は史実をベースに描かれ、大層面白かったが、続編はなにのだろうか?
 間野新之介が多々良木藩士ということは、同作とのジョイントも期待できる。
 いずれにしても、続編が待たれる新作である。

主要登場人物
 高田家吉之助(吉也)…東豊島村名主(豪農)
 有月(浅山日向守有正)…播磨国多々良木藩・先代藩主(大殿)
 佐久夜(さくや)…有月が手懐けた白い鶉(うづら)
 左源太…有月の御付人
 お奈々…吉之助の姪
 山崎友衛…不動下道場師範
 榎本…不動下道場師範代




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うめ婆行状記 

2016年05月15日 | 宇江佐真理
 2016年3月発行

 北町奉行所同心の夫を亡くした商家出のうめは、堅苦しい武家の生活から離れ、気ままな独り暮らしを楽しもうとするが…。
 笑って泣いて…。家族や夫婦の絆を描いた、著者の遺作となった長編時代小説。

うめの決意
うめの旅立ち
うめの梅
うめ、悪態をつかれる
盂蘭盆のうめ
土用のうめ
祝言のうめ
弔いのうめ
うめ、倒れる
うめの再起 長編

 醤油問屋・伏見屋の長女として生まれ たうめは、「合点、承知」が口癖のきっぷのいい性格。
 縁あって武家に嫁いだが、その、北町奉行同心だった夫・霜降三太夫を、卒中で亡くした後は、堅苦しい武家の生活から抜け出してひとり暮らしを始める。
 気ままな暮らしを楽しもうとしていた矢先、甥っ子の鉄平に隠し子がいることが発覚する。
 それが、思わぬ大騒動となり、渦中に巻き込まれたうめ。ひと肌脱ごうと奔走するのだが…。

 2015年に急逝した著者の遺作となる長編時代小説。これが宇江佐ワールド、最期となってしまった。
 そして読むに連れ、やはり人物描写力や情景を表現する言葉の美しさに感銘を覚えずにはいられない。
 解説にて、諸田玲子氏も語っておられるが、
 「そうは言っても人には寿命というものがある。この先、生きていても、いいことなど、それほどあるとは思えなかった。死にたくはないが、かと言って生きているのも、うんざりする思いだった」。
 この節に、歳を重ね、麓が見えてきた人間の心理を正に言い得ていると感じ入る。
 本作品は、未完のまま幕を閉じられたのは残念でならないが、憚りながら、最期の作品のテーマに宇江佐氏が書かれた意図が分かったような気がした。
 「普通のご飯が食べられるから、あたしの身体は治ったも同然ね」。
 主人公のうめの最後の言葉である。宇江佐氏が心から、言いたかった言葉ではないだろうか。
 もう、新たな宇江佐流・江戸には出会えない虚脱感に包まれている。

 宇江佐先生、先生のお陰で、時代小説の素晴らしさを知ることができました。ユーモアあり、ほろ苦さありの素晴らしい作品の数々をありがとうございました。
 御病状を把握しながらも、未来へと繋がる前向きな作品を書かれた先生に、今更ながら頭が下がります。
 最後になりましたが、心より御冥福をお祈り申し上げます。合掌

主要登場人物
 霜降うめ…北町奉行所臨時廻り同心・故三太夫の妻、大伝馬町・酢、醤油問屋・伏見屋の長女
 伏見屋佐平…伏見屋の主、うめの長兄
 伏見屋市助…馬喰町・伏見屋の出店の主、うめの末弟
 きよ…佐平の女房
 つね…市助の女房
 鉄平…佐平、きよの長男
 ひで…鉄平の女房
 鉄蔵…鉄平、ひでの長男
 霜降雄之助…北町奉行所定廻り同心、三太夫、うめの嫡男、
 霜降ゆめ…霜降雄の妻
 雪乃…雄之助、ゆめの長女
 美和…三太夫、うめの長女
 りさ…三太夫、うめの二女
 介次郎…三太夫、うめの二男
 宇佐美光江…三太夫の妹、北町奉行所同心・文右衛門の妻
 徳三…元指物師
 おつた…徳三の女房



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チュウは忠臣蔵のチュウ

2016年05月14日 | ほか作家、アンソロジーなど
田中啓文


 2011年4月発行

赤穂浪士の討ち入りは本当に義挙だったのか? エピソードの大半が講談「赤穂義士伝」と史実との入り混じりなのだ。斬新な視点で「忠臣蔵」を読み替えたユーモア時代小説。

第一日
第二日
第三日
第四日
第五日
第六日
千秋楽 長編

 浅野内匠頭の刃傷から始まる、「忠臣蔵」。忠義の義士の美談として伝わるが、元禄でも平成でも、人は人。案外、現実はこうだったかも知れないと思える人間描写が実にユニーク。
 まあ、有り得ない出来過ぎのシーンはあるが。
 大石内蔵助率いる赤穂浪士達が向かった討ち入り先とは…。

 とにかく面白い。吉良贔屓の自分にとっては、「良くぞ書いてくれました」。の一冊。 

主要登場人物
 浅野内匠頭長矩…播磨赤穂藩・第3代藩主
 吉良上野介義央…高家肝煎
 大石内蔵助良雄…播磨赤穂藩・筆頭家老
 阿久里(壽昌院>瑤泉院)…浅野内匠頭長矩の正室、初代備後国三次藩主の浅野長治の三女
 柳沢吉保…江戸幕府大老格、甲斐甲府藩主
 徳川綱吉…江戸幕府第5代将軍
 徳川光圀…常陸水戸藩・第2代藩主

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