うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

夏雲あがれ

2013年03月03日 | 宮本昌孝
 2002年8月発行

 東海の三万石の某小藩を舞台に、少年たちの友情とほのかな恋心…。彼らの成長を描いた物語「藩校早春賦」から6年。若き藩士に成長した3人が、舞台を江戸に代え、藩士暗殺の陰謀と立ち向かう。

第一章 別れ

第二章 凶兆

第三章 蚯蚓出る

第四章 白十組、動く

第五章 旅立ち

第六章 道中異変

第七章 三友、再会

第八章 吉原往来

第九章 次善の剣
第十章 陰謀の輪郭

第十一章 竜の跫音

第十二章 決闘、山谷掘

第十三章 天野父子

第十四章 嵐の前

第十五章 千両対決

第十六章 暗殺の秋

終章 戻り夏 連作長編

 「藩校早春賦」から6年が過ぎ、幼なじみの筧新吾、花山太郎左衛門、曽根仙之助に別れの時が訪れた。仙之助は藩主の御供衆として、太郎左衛門は将軍家高覧の武術大会出場のためそれぞれ江戸へ立つ。ひとり空しく見送った新吾。
 そんなある日新吾は、鉢谷十太夫を訪ねた折、刺客に出くわし、刺客と思われる男と、十太夫の切ない過去に触れるのだった。
 その後、太郎左衛門が吉原で騒動を起こし、謹慎の身と成り、新吾は代役として武術大会に出場するために江戸に向かう。
 太郎左衛門の騒動の元となった旗本家の息子と、50年前の藩を巻き込んだ十太夫の苦い思い出、そしてさらには、蟠竜公の陰謀にも繋がるのだった。
 蟠竜公の藩政乗っ取りの魔の手はついに江戸屋敷へも伸び、誰が敵で誰が味方か分からぬ中、御家存続のため、新吾は奔走する。
 さらには、太郎左衛門が関わった吉原での諍いが、禿勾引しとなり、新吾も巻き込まれていくのだった。
 そこには、50年前、十太夫が身を切り裂く思いで対峙した亡き親友の死につながる天野家と、執拗な蟠竜公の密事もあった。

 とにかく面白い。筧新吾、曽根仙之助、花山太郎左衛門は元より、ほかの数多脇役のひとりひとりに関しても感情移入が出来るくらいに、緻密な設定がなされている。彼らがいきいきと、東海や江戸を闊歩する様が眼に浮かぶようである。
 また、かなりの長編で読み応えある「夏雲あがれ」だが、どのエピソードを拾っても、面白く、頁をめくる手を止められなくなった。
 50年前の出来事と、現在が巧く交差し、更には御家乗っ取りだけではなく、吉原までをも組み込んでいながら、無理なく物語は進行するのだ。
 複雑に絡み合った糸がほどける様は、読者が新吾と一帯となって知るうる寸法である。
 あわやといったシーンで、必ず助けが入るのだが、こんな出来過ぎなシチュエーションでさえ、「誰か助けてくれ」とこちらまで懇願しながら読んでいるので、ほっと胸を撫で下ろすのだ。
 ここまで、宮本氏の文章に入り込めるのは、各章の始めと終わり3行に、季節を織り込み、時代小説ならではの表現や史実の説明も、3行前後で簡潔にまとめてくれている辺りにもあると言える。
 また、新吾の心の呟きが実に利いていて良いのだ。
 自分たちが普段、耳にしないような言葉遣いも、簡潔に説明してくれる作家は少ないだろう。
 同シリーズは、「藩校早春賦」と「夏雲あがれ」のみで、続編は書かれていないようだが、未だ未だ読み足りない思いである。
 蟠竜公と天野家の企みは一件落着なのだが、未だ物語は続きそうな終わり方なので、幾許かの期待を抱きつつ、頁を閉じた。
 出番は少なかったが、新吾の次兄や太郎左衛門兄弟、石原栄之進辺りでも、面白いスピンオフが期待出来るのだが…。いや、ほかの誰をとっても面白い物語が出来るほどに、みなキャラが生きている。
 最後の最後に、銀次が、「こんな純なお侍えたち、見たことないぜ」と独りごちてそっと去るのだが、私も、そんな銀次に、己を重ね合わせた読者ひとりである。
 新吾と志保のほのかな恋心を現すキーワードである「関屋の帯」も、大ラスできちっと決着が着く辺りも、さすがである。
 こういったすかっとした青春物を読むと、本当に気が晴れる思いで、入道雲が立ち込める真夏の空を思いやった。文庫版上編の表紙のイラストが、まさにこの表題を現している。(記事使用は単行本表紙)

主要登場人物
 筧新吾...東海の三万石の某藩・徒組三十石の三男
 曽根仙之助...馬廻組百二十石の当主
 花山太郎左衛門(太郎左)...徒組三十石の嫡男
 花山淵二郎(千代丸)...太郎左の弟、神田松下町私塾懐誠堂・儒者・片脇澳園の内弟子
 鉢谷十太夫...鴫江村の隠居、元藩主・吉長の傅人(役)
 湯浅才兵衛(筧精一郎)...新吾の長兄

 筧助次郎...新吾の次兄
 恩田志保...徒組三十石の二女、新吾の隣家

 木嶋廉平...曽根家の若党
 河内守吉長...藩主
 石原織部...国家老

 石原栄之進...織部の嫡男
 井出庄助...石原家家士

 三次郎...石原家小者
 千早蔵人業亮...千早家当主、白十組頭

 阿野謙三郎...千早家御用取次、白十組

 赤沢安右衛門...武徳館教導方介添
 森小右衛門...江戸留守居役
 宮部太仲...江戸上屋敷御提灯番
 能瀬喜八郎...江戸御留守居役
 渋田弥吾作...小姓組頭
 篤之助...藩主庶子
 村垣嘉門...江戸上屋敷小仕置役
 蟠竜公...藩主の叔父、隠居

 梅原監物...江戸家老
 安富左右兵衛...江戸下屋敷奉行
 建部神妙斎...蟠竜公の近習

 土屋白楽(井上鈴鹿)...囲碁棋士、妖術使い

 妙馗...蟠竜公の二男、西泉寺住持
 江州屋(山野辺縫殿介)...深川三好町の材木商の主人、元蟠竜公の寵臣
 森小右衛門...江戸御留守居役
 膝付源八...勝山藩士、荻野流砲術
 関屋...吉原江戸町・万字屋の花魁

 梅...関屋の禿

 銀次...万字屋の妓夫
 天野能登守...五千石の旗本、御書院番頭→御側衆
 天野重蔵...能登守の嫡男
 
 


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藩校早春賦

2013年02月26日 | 宮本昌孝
 1999年7月発行

 東海にある三万石の某小藩を舞台に、15、16歳の少年たちの友情とほのかな恋心…。彼らの成長を描いた物語。

学びて時にこれを習う
巧笑倩たり、美目盼たり
剛毅朴訥、仁に近し
幸いにして免るるなり
たれか学を好むとなす
知者は水を楽しむ
君子は下流に居ることを悪む 計7編の連作

 筧新吾と花山太郎左は、高田道場に通う徒組の軽輩である。一方の興津道場には家禄の高い上士の子弟が集い、反目を繰り返していた。
 ある日、渡辺辰之進を首謀とする興津道場の面々が、腕の立つ花山太郎左衛門(太郎左)に大人数で制裁を加えようとしたところを救った筧新吾。
 2人の潔さに感服した、仲間内で馬鹿にされていた馬廻組の曽根仙之助も仲間に加わり、3人の身分を超えた友情が芽生える。
 折しも、藩では藩校を創立。藩校普請に際し、事故が多発する。犬馬心院さまの祟りだと人足たちがおびえ始め、新吾ら3人は原因を突き止めようとするも、藩主の元傅人であり、隠居してなお藩の御意見番の鉢谷十太夫に出会す。
 そして、剣術所の教授に高田清兵衛を押すか、興津七太夫かで、それぞれに門弟5人による御前試合が行われた。
 また、藩主・河内守吉長を失脚させ、実権を手中に収めようとする吉長の叔父・蟠竜公の企てを主軸に、新吾の幼馴染みの志保の姉・真沙と藩校の定番士・秋津右近との因縁、長沼流軍学の大山魁夷教授騒動。
 由姫と国家老・石原織部の嫡男・栄之進の失踪騒ぎなど、事件を交えながら、出来物の長兄・精一郎、いい加減で飄々とした次兄・助次郎と末っ子・新吾の筧家での日常。
 豪傑な太郎左とその兄弟や新吾、高禄の当主であるが些か情けない仙之助との友情。隣家の幼馴染み・志保との思慕など、思春期の青年の実情を描いた逸作。

 内容も作者も知らなかったのだが、表紙の絵が南伸坊氏によるもので、可愛らしく興味があって手に取った次第。
 読んでみて、とにかく楽しい。新吾たちが成長した、続編の「夏雲あがれ」がドラマ化されたのが手に取るように分かる。読んでいるだけで、静かで温暖なかの地での青春が脳裏に浮かび上がるのだ。
 悪役たる登場人物の設定も明確で、明確すぎる上に些か混乱するくらいに登場人物は多いのだが、それでも、主役の筧家のみならず、花山家、曽根家、恩田家の多くの人物像を見事に書き分けているのは、作者の技量である。しかも、その人物像の誰もが、見事に生き生きとしている。
 特に太郎左と花山家に関する記述は面白く、太郎左が蜜柑を15個食べ、皮の数が足りず、「皮まで喰ったのか」と新吾が心の中で思い描くシーンは、思わず声を立てて笑ってしまった。
 そのくらいに、全てのシーンが鮮烈で印象深い。
 読み終える前に、「夏雲あがれ」を注文した。それ以降、続編はないらしいが、是非とも書いて欲しいと切に願う次第である。
 真っ青な空が目の前に広がるような作品である。
 下町物で、切なさやほろ苦さが宗に込み上げる作品が好きなわたくしが、爽やかな青春ストーリに絶賛した初めての作品だった。

主要登場人物
 筧新吾...東海の三万石の某藩・徒組三十石の三男

 曽根仙之助...馬廻組百二十石の嫡男

 花山太郎左衛門(太郎左)...徒組三十石の嫡男

 花山千代丸...太郎左の次弟
 鉢谷十太夫...鴫江村の隠居、元藩主・吉長の傅人(役)

 お花...八幡村の百姓娘、十太夫の後添
 筧怱衛右衛門...新吾の父親
 筧貞江...新吾の母親

 筧精一郎...新吾の長兄

 筧助次郎...新吾の次兄
 恩田志保...徒組三十石の二女、新吾の隣家

 恩田ぬい...志保の母親

 恩田真沙...志保の姉
 曽根綾...仙之助の母親

 木嶋廉平...曽根家の若党

 曽根佐喜...仙之助の姉
 高田清兵衛...御弓町・直心影流高田道場主
 興津七太夫...追手町・直心影流興津道場主
 河内守吉長...藩主

 石原織部...国家老

 石原栄之進...織部の嫡男
 蟠竜公...藩主の叔父、隠居
 千早蔵人業亮...千早家当主

 阿野謙三郎...千早家御用取次

 赤沢安右衛門...武徳館教導方介添

 森小右衛門...江戸留守居役

 梅原監物...江戸家老



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