うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

雪の夜のあと

2013年09月07日 | 北原亜以子
 1997年7月発行

 暴漢に手籠めにされ、自刃した愛娘・三千代の復讐に燃える同心森口慶次郎の執念の追跡を描いた「その夜の雪」から5年後、三千代の自刃の原因である喜平次が、常蔵と名を変えて、再び慶次郎の前に現れる。
 シリーズ「慶次郎縁側日記」の前哨とも言える長編作品。


生まれつき
小春日和
親心
秘密
三人三様
娘と娘
追いつめる
三年前
雪となる
雪解け 長編

 自刃した三千代の許婚・晃之助に家督を譲り、慶次郎は酒問屋・山口屋の寮の留守番役として根岸の寮で隠居生活を送っていた。
 ある日、知人を訪った折りに、愛娘・三千代を自刃へと追いやった常蔵が、名前を変えて住んでいる事を知る。
 一方、森口晃之助の手下(岡っ引き)を務める辰吉は、常蔵(喜平次)にまたも悪い虫が騒ぎ出し、その情婦であるおたきの息子・米蔵が常蔵を殺めようとした事に心を痛め、米蔵を下手人にしない為にも、常蔵の娘・おぶん(おとし)に常蔵の元へ戻り見張って欲しいと頼むのだった。
 だが、性根まで腐り切った常蔵。表面上はおたきと切れてもそれは、ほんの僅かの間に過ぎず、一方では娘ほども年の離れた大店・翁屋の娘・おりょうとも深間になり、恋いこがれたおりょうは、食も喉を通らない有様。そんな愛娘を案じる父・翁屋与市郎は、常蔵を婿に迎えると、腹を括るのだった。
 そんな常蔵父娘が暮らす裏店には、訳ありの駆け落ち者と見られる男女が住んでいた。おしまと新兵衛は、世間の目から逃れる為にも、問題を起こす常蔵に人々が注目をするそこが終の住処に思えたのだが、辰吉が出入りする事で危惧を覚え始める。
 そこには、旗本の嫡男でありながら、実父の借財の為、跡目を商家の息子に金で譲り、廃嫡された金六郎失踪の謎が秘められていた。
 常蔵を巡る女2人の恋の結末。金六郎は失踪なのか、殺害されているのか、その真相に関わる手掛かりは俵屋多左衛門と口入れ屋・長五郎にあると突き止めた島中賢吾の手下(岡っ引き)・太兵衛。
 だが、同時に強請、集りを常とす北町奉行所定町廻り同心・秋山忠太郎の手下(岡っ引き)・吉次も動きだし、常蔵までもが俵屋へ揺さぶりを掛ける。
 嫌が応にも巻き込まれた慶次郎は、常蔵(当時・喜平次)を成敗しなかった事へと、三千代の名誉を守る為に、喜平次の悪行を隠し、縄もかけなかった事へ後悔する。
 また、そんな父親の為に己を犠牲にせなくてはならないおぶん(おとし)。
 ふとした弾みで善人が極悪人に手を掛けてしまった。それは殺められても当然の所行の人間である。だが、それでも罪は罪。人ひとりの命は戻らない。
 しかし、目を瞑れば、善人は善人として生きていける。
 慶次郎は葛藤する。

 「慶次郎縁側日記」の根底にある娘・三千代の死の間接的な下手人である喜平次のその後を描きつつ、殺し隠蔽といった大きな2つのテーマの下で、母親を選ぶか女を選ぶかといった葛藤。
 父の為に己の人生を犠牲にしながらも、父の悪行を阻止しようとする娘。娘愛おしさに、身代を賭ける父。人を救う為に図らずも犯した殺人に人生を狂わされた男女。
 妬みや嫉妬など、人間の根底にある善悪を問う長編大作で、読み応えがあった。
 物語は、主に、慶次郎、常蔵(喜平次)、おぶん(おとし)、おたき、吉次の視点から分割されて描かれ、その切り替えは一行空けてのスタートなので、場面が変わった事は分かるのだが、その始まりがストレートではなく、繋がりへの執着がないといおうか、思わせぶるな為に、誰が何を思って、今どうなっているかを把握するのに頭をフル回転させる必要があり、中々に読み辛く感じた。
 正直、北原氏の作品で、こんなもどろっこしく難解な内容は初めてに感じる。わざと物事を難しく言おうとして、傍からは全く理解出来ない。そんな人を思い浮かべた。
 北原氏って、こんな感じだっただろうか…。
 ただし、謎解きから終焉までのラストスパートは見事な筆の運びで、ここまでくれば一気に読み終わる。
 そして心理描写の鋭さと洞察力は、凄みがあり、読む価値は高い作品であった。
 

主要登場人物  
 森口慶次郎...霊岸島酒問屋・山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心
 森口皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘
 森口晃之助...慶次郎の養子、南町奉行所定町廻り同心
 森口三千代...慶次郎の娘(故人)
 森口八千代...晃之助・皐月の娘
 佐七...霊雁島酒問屋・山口屋の根岸寮下男
 吉次(蝮の吉次)...北町奉行所定町廻り同心・秋山忠太郎の手下(岡っ引き)
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き)

 おぶん(おとし)...常蔵の娘、手内職・料理屋の女中
 常蔵(喜平次)...遊び人
 おしま(お勢)...新兵衛の情婦、元料理屋・如月の女将 
 新兵衛(新之助)...諏訪町入舟長屋の店子、俵屋の跡取り・多左衛門の息子
 俵屋多左衛門...新両替町・炭屋の主
 おたき...常蔵の情婦、仕立て内職
 米蔵...大工見習、おたきの息子
 翁屋与市郎...日本橋田所町・古道具屋の主
 おりょう...与市郎の娘
 長五郎(新木島の親分)...口入れ屋・新木島の主




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