うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

青玉(せいぎょく)の笛~京都市井図絵~

2015年05月25日 | 澤田ふじ子
 2014年4月発行

 心根を惑わす美術品を巡り、ひたむきに生きる京の人々を描いた珠玉の短編集。

因果な茶杓(ちゃしゃく)
紙背(しはい)の帯
来迎図焼亡(らいごうずしょうぼう)
空海の妙薬
四年目の壺
青玉(せいぎょく)の笛 計6編の短編集

因果な茶杓(ちゃしゃく)
 北野遊郭に売られたお佳が、僧・月窓の予言どうりに、幸せを手にする。

紙背(しはい)の帯
 闕所により私財を失った、菱屋の女将・盈が、古い帳簿の裏に描かれた空海の筆を見出す。

来迎図焼亡(らいごうずしょうぼう)
 放蕩息子の扇問屋・十一屋宗太郎の遺言を巡り、番頭吉兵衛が策を巡らす。

空海の妙薬
 乞丐(物乞い)のような老人・八郎左衛門を父親のように面倒を見る七五郎と加奈夫婦。八郎左衛門が空海の書を携えていたことから騒動が。

四年目の壺
 青磁の壷を買いたいと手付けを打ったまま、行く方知れずになった芳助に代わり、毎年少しずつ代金を届ける清。

青玉(せいぎょく)の笛
 幼馴染みの佐七と所帯を持ち、一人息子・修平を授かった紀勢だったが、ある日、修平が勾引しにあったとの騒動から、佐七の大きな秘密を知る事になる。

 人の業の深さを描き、どの作品もじんわりと、読み応えのある短編集。どの作品も、明るい未来へ向けて筆を置いているので、晴れ晴れとした気持ちで頁を閉じることが出来る。



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忠臣蔵悲恋記

2014年03月08日 | 澤田ふじ子
 1991年12月発行

「忠臣蔵」としても知られている、元禄14(1701)年3月14日、播磨国赤穂藩主・浅野内匠頭長矩が、江戸城殿中において、高家旗本・吉良上野介義央に対し刃傷に及び、内匠頭は殿中抜刀の罪で即日切腹。
 それに伴い赤穂藩は改易となったが、遺臣である大石内蔵助以下47名が翌元禄15(1703)年12月15日未明に吉良屋敷に討ち入り、本懐を遂げた一連の事件。
 その陰に泣いた女たちの物語。
 
後世(ごせ)の月 小野寺十内の妻
しじみ河岸(がし)の女 橋本平左衛門とはつ
うそつき 内蔵助の娘
幾世(いくよ)の鼓(つづみ) 礒貝十郎左衛門と多佳 計4編の短編集

後世の月
 老齢を迎えた小野寺夫妻。夫が役目を退き、京の私邸で穏やかな老後を夢見ていた妻の丹であった。
 だが、浅野内匠頭の刃傷事件が起き、夫も討ち入りの後、切腹したと知ると、菩提を弔い食を断ち、京都本圀寺にて自害する。

主要登場人物
 小野寺十内...播磨国赤穂藩浅野家・京都留守居役
 小野寺丹...小野寺十内の妻

しじみ河岸(がし)の女
 赤穂藩が改易となり、父・善右衛門が職に就けぬばかりか病いを併発。一家に伸し掛かる借財返済のために、遊女へと身を落としたはつ。
 以前、女中奉公をしていた橋本家の嫡男・斎宮助は、そんなはつの窮状を知るや、はつを苦界より救い出すために金策に走るが、浪々の身では手助けも出来ず。
 ついに2人は死へと旅立つ。
 橋本平左衛門の実話から(大坂曽根崎新地淡路屋のお初という遊女と心中)。

主要登場人物
 はつ...播磨国赤穂藩浅野家・御台所方御肴焼き方・善右衛門の娘
 橋本斎宮助...播磨国赤穂藩浅野家・馬廻り役・橋本平左衛門の嫡男

うそつき
 お里は、奉公先の旅籠屋の総領息子・彦之丞と深い関係になるも、ててなし(父親)子を枡五屋の嫁には出来ないと、次第に彦之丞はお里につれなくなる。
 母親のお軽は、父親は播磨国赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助であると言ってはいるが、そのような嘘を付く母を嫌悪していた。
 やがて、赤穂浪士の討ち入りが世を騒がせ、大石内蔵助の庶子である事が知れると、枡五屋は態度を一転させるも、お里の誇りはそれを許さなかった。

主要登場人物
 お里...播磨国赤穂藩浅野家・筆頭家老・大石内蔵助の庶子、京・旅籠屋枡五の女中
 お軽...お里の母親、大石内蔵助の妾
 枡五屋彦之丞...旅籠屋枡五の若旦那 

幾世の鼓
 父の後添えにより継母虐めを逃れ、多佳は父と京で暮らし始め、教学院の稚児小姓の門六と出会い、次第に引かれ合い、やがて許嫁となるが、門六に士官の話が持ち上がり、播磨国赤穂藩主・浅野長矩の側小姓として、江戸で仕えるようになった。
 嫁入りの日を楽しみに待つ多佳の元に、浅野家改易の知らせが届き、それでも浪々となった十郎左衛門に嫁ぐ意志を貫こうとする多佳だったが、浅野家との関わりを避けたい義弟・酒之助の手にかかる。

主要登場人物
 尼野多佳...尼野彦十郎の長女(先妻の娘)
 門六(磯貝十郎左衛門)...京都愛宕山清涼寺教学院・稚児小姓→播磨国赤穂藩浅野家・物頭側用人
 尼野彦十郎...美濃国大垣藩戸田家・京都留守居役
 尼野酒之助...尼野彦十郎の長男(後添えの嫡男)

 実話を題材にした4つの物語。特に「幾世の鼓」のラスト。自刃と見せ掛けた殺害シーンは、こういったシチュエーションも有り得ると感慨深いと同時に作者の捻りに脱帽した。
 赤穂藩四十七士以外にも多くの藩士の家族の間で、このような不幸があったのだろうことを思い、同時にクローズアップされないが、討たれた吉良家家臣たちの家族の間でも、こんなことがあったのだろう。
 果ては戊辰戦争…全ての争いの陰に、泣いた涙を思わずにはいられなかった。
 さすが澤田氏である。
 




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天空の橋

2013年09月25日 | 澤田ふじ子
 2009年11月発行

 「虹の橋」、「見えない橋」、「もどり橋」、「幾世の橋』と続く、「橋」シリーズの完結編。江戸時代の京の工芸品や風俗、文化が作品の随所に綴られ、京焼の世界を描く。

第一章 春の翳
第二章 命の相客
第三章 えせの窯ぐれ
第四章 足引きの町
第五章 あの坂をのぼって 長編

 播磨国城之崎温泉で下働きしていた15歳の八十松は、湯治に訪れた京の積問屋の主・高野屋長左衛門に見込まれ、京・五条坂にある京焼の窯元・亀屋に陶工として預けるの。高野屋には、京焼を粟田焼を超える名陶にしようとの思惑もあり、八十松の感性を見込みそれを託したのだった。
 高野屋長佐衛門の目指すところの京焼きは、粟田焼随一の陶工であった喜助を引き抜き、五条坂・清水焼の窯元へと迎え入れる。
 喜助の技術力を失った粟田焼は衰退し、反して五条坂・清水焼隆盛に向かうのだったが、粟田焼側の陶工からの妬みを買う事になった。
 それら確執のある中、八十松は喜助の元で京焼の修行を積み、4年目、清水寺の大方丈で開かれた品評会で、近衛家諸大夫の進藤殿に一番で買いあがられ、高い評価を得るのだが、これが更なる陶工たちの妬みを買う事になる。
 妬みは苛へと発展するが、八十松はそれを撥ね除け己の道を進む。

 片田舎で下働きの貧しい八十松少年が、その素質を買われ、京で陶工として名を馳せるまでのビルドゥングスロマン小説である。
 一方で、京焼の発展に尽力する高野屋長左衛門の裏の顔も明らかとなり、美への執着と完成度の高さを究極する、彼の狂気の一面として、先妻、妾にまつわる毒々しい過去で描かれている。
 物悲しさ、切なさの募る高野屋長左衛門の選択で物語は締め括られているが、八十松のビルドゥングスロマンだけでは弱いからと、無理矢理付け足したようなエピソードであると感じて止まない。
 前回、確か「卒業」と書いたが、本のストックがあったので、読ませていただいた。当方の頭の回転の問題なのかも知れないが、このところ、澤田氏の作品がナチュラルではなく、小難しく感じて止まず、没頭出来なくなった。
 「見えない橋」、「討たれざるもの」、「花籠の櫛~京都市井図絵~」のような自然に胸の中から込み上げてくるものが欲しい。
 
主要登場人物
 八十松...播磨国城之崎温泉で下働き→五条坂・清水焼の陶工
 高野屋長左衛門...京の積問屋の主
 喜助...元粟田焼の陶工→五条坂・清水焼の陶工




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雁の橋

2013年09月14日 | 澤田ふじ子
  2002年12月発行

 お家に秘められた謎から、父母、妹を含む一族を葬られ、なお刺客に狙われた少年が、師を見出すもその師もまた、暗殺されてしまう。
 少年が何もかも失いながらも、ひとり凛々しく生きていく姿を描いた、長編時代小説。

上巻
幼童の涙
世間の蛇
闇の連理
黒い花
霧の系譜

下巻
奇妙な客
迷路の末
天の碑(いしぶみ)
去年(こぞ)の雪
不動の剣(つるぎ)

 小栗雅楽助は、女中・伊勢、中元・弥助に伴われ、京から若狭と急いでいた。だが、山中、国元から派遣された刺客に弥助は殺され、伊勢も深手を負う。
 その時、通り合わせた李鉄拐を名乗る見窄らしい男と、芸州広島藩浅野家臣下の3人に救われ、雅楽助は李鉄拐に従い、加賀山中村へと向かうのだった。
 李鉄拐は本名を木屋権左衛門といい、京で炭問屋として成功を収めると同時に、池坊の立花師として、名を上げたが、池坊からは破門されるや、惜しげもな店を番頭に譲り、己は新派を立ち上げるべく故郷へと戻るところであった。
 雅楽助は、権左衛門の幼名・八十助を名乗り、弟子として立花師の道を歩んでいた。しかし、師匠の権左衛門が池坊の息がかかった平沼陣十郎に暗殺され、雅楽助は、料理人として生きる道を選ぶ。

 小栗の秘密から、家は断絶。一族は主藩によって囲み討ちにされ、ひとり生き延びた少年が刺客に命を狙われるといった始まりで、小栗家にまつわる秘密とは何ぞやを最後まで引き摺るのだ。
 代々の嫡男は廃嫡され、二男が家を継ぐ。そこにも大きな秘密がありそうだと終始匂わせる。
 発行が2002年と大分前なので、謎解きをすると、小栗家の先祖が、豊臣秀頼の御落胤ではないかとの疑惑が発端である。しかし、既に6代も丹波国篠山藩松平家に遣えており、100年は経っているのだが、ここにきて篠山藩松平家が、徳川幕府を恐れて一族の血を絶やすといった暴挙に出たのだ。
 何だかなである。徳川政権100年も経ち、今更豊臣の遺臣もないだろう。しかも代々嫡男は廃嫡し、二男が家を継ぐって、それも何だかな。
 そして、伏線に赤穂浪士の討ち入りを謳っており、登場人物にも赤穂藩の主藩である芸州広島藩浅野家が、見方側として登場するも、討ち入りとは全くの無縁。
 何だかな。
 ただ、主人公の小栗雅楽助は、謂れなき刺客から命を長らえる事になったが、それを助けた木屋権左衛門が、謂れなき刺客に抹殺されるといった因縁の発想は頷ける。
 伊勢と菊蔵の悲恋など、全体的に、これでもかのお涙頂戴物から、小栗雅楽助の立身を描いたサスペンス&感動の長編を狙ったのだろうが、余話の詰め込み過ぎた事と、プロップの甘さが物語を嘘っぽく仕立ててしまっているようだ。
 加えて小栗雅楽助。8歳の子どもの台詞とは思えず、年齢的な成長後と全く人物的に変わっていないのも残念。
 木屋権左衛門に助けられ、師と仰ぎ、彼の死。そして仇討ち。これだけで良かったのではないだろうか。
 澤田氏は、史実を交えない「公事宿事件書留帳」や風情を織り込んだ「討たれざるもの」、「見えない橋」など、女性ならではの感性を感じさせる作品こそ、持ち味が如実に感じる。「花暦(はなごよみ)~花にかかわる十二の短篇~」は心打たれたのだが、氏が力を入れている「橋」シリーズはどうも…。
 感性の違いで、澤田氏の思い入れを受け入れられないだけなのかも知れない。卒業します。
 
主要登場人物
 小栗雅楽助(うたのすけ)、八十助...丹波国篠山藩松平家・勘定役・小栗頼母の嫡男
 木屋権左衛門(李鉄拐)...立花師(池坊から破門)
 伊勢...雅楽助の付女中
 菊蔵...富山の売薬人
 桃田庄兵衛...芸州広島藩浅野家・京都留守居役
 大槻左内...芸州広島藩浅野家・京目付 
 槙新久郎...芸州広島藩浅野家・京目付 
 藤掛似水...池坊会頭職
 平沼陣十郎...似水の付武士
 小栗平左衛門...雅楽助の伯父、奥能登鈴屋村・長光寺にて隠棲
 重十九...平左衛門の若党
 市助...能登山中村湯治宿・東山屋の奉公人 
 長吉...市助の息子
 政吉...能登山中村湯治宿・東山屋の料理人



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嫋々(じょうじょう)の剣

2013年06月02日 | 澤田ふじ子
 1990年10月発行

 実存した人物に絡め、彼らに縁を持つ無名の者たちの、生き様を描いた短編集。

末期の茶碗
安兵衛の妻
破鏡の女
嘘じゃとて
真贋の月
鳴弦の娘
世外の剣
嫋々の剣
凶妻の絵
不義の御旗 計10編の短編集


末期の茶碗

 豊臣秀吉の命により、切腹した千利休。その晒された首の傍らには、彼が末期の茶を嗜んだ黒茶碗が置かれていた。それを盗み、売り払おうとする喜三だったが、茶碗の中に利休の灰神楽が浮かび上がる。

主要登場人物
 喜三...盗人

安兵衛の妻

 赤穂浪士・堀部安兵衛の妻を名乗り、討ち入りの語り部として報酬を得ている妙海尼の夢は、孫の又蔵と安息に暮らす事であった。だが、又蔵は所帯を持ちたいと言う女(おふさ)が現れ、妙海尼に金子の無心を重ねるようになる。おふさに手玉の取られた又蔵は、それと気付くとおふさの情夫に殺害されてしまうのだった。

 偶然にも最近、この方を主人公に据えた小説を良く読む。

主要登場人物
 妙海尼(竹)...高輪泉岳寺境内に庵を結ぶ尼僧(堀部家下女)
 又蔵...日本橋富沢町鞘師の弟子、妙海尼の孫
 おふさ...小伝馬町小料理屋・魚半の女中、又蔵の情婦

破鏡の妻

 賄を受け取り、藩の執政を思うままに手中にする家老・曽我権太夫の悪事を暴こうとして逆に若い藩士が命を失っていることに、心を痛める菅沼外記は、意を決して曽我権太夫を打ち自刃する。
 だが、事実は遺恨と受け止められ、江戸藩邸に詰めていた馬廻り格小姓を務める嫡子・内記も切腹を申し付かる。
 数年後、事実が明るみとなり、外記の名誉は回復するも、畹は出家のままひっそりと生きる道を選ぶ。

主要登場人物
 菅沼外記(馬指堂・曲水)...近江国膳所藩本田家(康命) 中老、松尾芭蕉の高足
 菅沼畹(破鏡)...外記の妻→尼僧
 曽我権太夫...膳所藩本田家家老
 
嘘じゃとて
 花鳥風月を愛でる弥右衛門は、塀越しに花を褒め讃える声の主・伊東大炊助が、いつか花を手折るのではないかと気が気ではない。
 一方で、藩から借り受けた土地で薬草を栽培し治療に当たる町医者・佐和玄得から、土地の借用延長の申し出があり、藩内ではそれを認めない方針に動いていた。
 だが、偶然に玄得の治療の場に居合わせた藤波弥右衛門は、その人物に感服し、認めるべきと動き出す。
 そんな折り、玄得の全楽堂を視察した弥右衛門は、その薬草畑で甲斐甲斐しく働く愛娘の雪と大炊助の姿を目し、大炊助が弥右衛門が育てた一番美しい花(雪)を手折ったことに気付くのだった。

 見掛けや地位ではなく、人の本随(心根)を問う一編。ラストシーンが鮮やかに脳裏に広がり、また弥右衛門の言葉に痺れます。

主要登場人物
 藤波弥右衛門...美濃国大垣藩戸田家・勘定奉行所組頭
 伊東大炊助...大垣藩戸田家郡奉行助・伊東彦十郎の三男
 佐和玄得...鷹匠町全楽堂の町医者

真贋の月

 祖父の代から京詰めだった桃田平十郎に、帰国の命が下された。折しも家中では、財政逼迫の折り、数十名に永御暇が出されると噂されていた。
  身の振り方を危惧しながらも、国元に戻ると古書画の目利きである平十郎に藩庫に収められている茶具や書画を選別し、売り払って財政建て直しを計るという役目がくだされた。
 平十郎が役目を全うし、名を高める傍ら、永御暇の人選は進み、扶持を失えば明日の暮らしにも困る下士の斎藤孫七の名もあった。しかも彼の姉・妙蓮尼は孤児たちの面倒を見ていると知るや、平十郎は藤原定家の贋作を造り、それを藩庫に戻すと本物を孫七に餞別として与えるのだった。

 「あとはわたしの口先一つでごまかせる」。この台詞とエピローグが利いている明るい話である。

主要登場人物
 桃田平十郎...美濃国大垣藩戸田家・京藩邸詰め呉服購い方下役

鳴弦の娘

 家中仕置き替えにより、京藩邸にて永御暇を出された奈倉左兵衛兵は、娘の言栄と共に国元へは戻らず、京にて扇商・近江屋の扇に絵付けをしながら五条麩屋町明神社脇の長屋で生活していた。
 そこに行き倒れの侍が見付かり、長屋を上げて看病すると、男は近江国膳所藩藩士・中山弥一郎であり、親の仇討ちのために国元を出て8年が過ぎていた。
 国元の妹・雪於は、金策尽きついには借金のカタに身売りをしなくてはならないほどになっていた。
 左兵衛兵は金策のため、三十三間堂にて催される余興矢に出場しようと言栄と共に稽古を重ねるが、長屋の家主・田島屋の隠居が家庭内の不破で首を括ろうとするのを助けると、言栄の弓を金銭絡みで汚したくはないと悟る。

 中山弥一郎に仇討ちを諦めさせ、妹と生きる選ばせる。その兄弟のために覚えのある弓の大会で賞金を稼ぐ。ここまでのストーリは実に分かり易いのだが、田島屋の隠居の件からの終盤が理解し辛いと言うか、未だに理解出来ていない。文末は、妹の借金は弥一郎の腰の物(刀)でけりがつくだろうと結んでいるが、まあ、仇討ちを諦めれば刀もいらない訳だが…。
 書評を読んだら、人間の幸福が身分や物質で量れるものではないといった、著者のメッセージだそうだ。我が考え方は、凡人たる凡人故。目から鱗であった。
 
主要登場人物
 奈倉左兵衛兵...元美濃国大垣藩戸田家・祐筆下役
 言栄...左兵衛兵の娘
 中山弥一郎...近江国膳所藩藩士

世外の剣

 父・左衛門の仇討ち本懐を遂げ、家名存続がなったものの、討った相手が人違いと分かり、藩を出され隠棲の日々を過ごす事を余儀なくされた宗伯。
 その隠宅に、元同輩から、刺客に狙われる幼子・歌留を預けられるも、事情を知らされぬまま同輩は鬼籍に入る。そして十数年。またも刺客が歌留の命を付け狙う。

 藩内の政治力により、命を危険に晒される先代藩主・氏教の庶子・歌留が真実を知るシーンは、行数を割いておらずさらりと流されているにも関わらず、実に印象深く、かつ重要な意味合いを持つ。こういった手法が澤田氏の巧さ並びに持ち味である。

主要登場人物
 根来宗伯(根来武太夫)...大垣藩領春日村在住の薬草売り、元美濃国大垣藩戸田家江戸詰め祐筆・根来左衛門の嫡男
 歌留...宗伯の孫娘、大垣藩7代藩主・戸田氏教の庶子
 赤座弥右衛門...大垣藩戸田家普請奉行
 天野甚左衛門...大垣藩戸田家城代

嫋々の剣

 御附武士番頭として江戸から赴任中の浅野源太夫から、妾奉公を執拗に迫られている下級公家の娘・千佳。公家のプライドと、源太夫の卑劣な手段を晴らすため、源太夫の誘いに乗ったと思わせ、意外な行動に出る。

 公家が実は、吉岡流小太刀の名手であり、彼らはそれを隠し軟弱を装っている。澤田氏の作品は、史実の説明の箇所が難解であるのだが、それでも読むのを止められないのは、こういったこれまで知る事のなかった史実を織り込んでいるためであり、大変興味深い。
 そう聞かされてみれば、戊辰戦争の折り、有栖川宮熾仁親王が自ら東征大総督の職を志願したり、姉小路公知が朔平門外で暗殺された折り、太刀持ちが逃げ刀がないまま、笏で立ち向かっている事が理解出来る。
 単なる権力を握ったエロ武士の話ではなく、深さを感じた。

主要登場人物
 池尻千佳...定孝の娘
 池尻定孝...勧修寺十三家・従三位・御蔵米公家
 勘兵衛...池尻家の下男
 浅野源太夫...御附武士番頭、幕府旗本

凶妻の絵
 貧乏旗本の三男だった弥十郎は、小普請組の旗本・太田定於の二番目の夫として婿養子に入った。だが、先の夫が逃げ出した訳を思い知る事になる。定於には情を通じた男がおり、夫と寝間を共にしようとはしないのだ。
 不貞の妻を江戸に残し、京に赴任なった弥十郎は、日々妻への恨みが募り、習い覚えた「江戸琳派」の絵にて、妻への怒りを絵巻物にして送り付けるつもりでいた。
 そんな矢先、弥十郎が幼い頃より使えている下男の与惣に付き添われて、定於が京に現れる。

 妻の不貞をあからさまに罵れない、怒りを露に出来ない立場の弥十郎が、それを絵にする。この時の心境は、妻の改心を願うのか、それとも全てお見通しだと、妻を追い詰めるのか…。
 受け取った後の妻の心境、行動を描いて欲しかったが、陰惨な結末ではなく、発展的な終わり方なので、後味は良い。

主要登場人物
 太田弥十郎...二条御門番、幕府旗本・小普請組、太田家婿養子
 与惣...老僕
 太田定於...弥十郎の妻
 
不義の御旗
 幕末、和親条約が結ばれ、絹糸の値段が高騰。西陣の織屋も次々に廃業を余儀なくされていった。老舗・丹波屋もご多分に漏れず、先祖伝来の美術品を売り払い、奉公人を解雇しながらも、細々と暖簾を掲げている有様だった。
 弥兵衛は、元奉公人の彦七が、病いで死に掛けた娘に粥を食べさせたいといった無心を断りながらも、妾を囲うくらいには金銭的に余裕もあった。
 そんなある日、薩長から、錦の紋織物の依頼が高機八組(織屋組合)にもたらされる。薩長と幕府との戦を予感し、高機八組は断りを入れるが、弥兵衛はただひとりそれを受け入れるのだった。

 錦の御旗誕生秘話である。確かに、誰かが織らなければ新政府軍が御旗誕を掲げる事は出来なかったのだが、思いもよらない内容だった。読めば納得の話である。
 そしてもうひとつの話は、妾には惜しみなく金を使いながらも、元奉公人には僅かな金も与えない弥兵衛。物語上、それなりの酬いを受けるのだが、意地悪く断りながらも、その一方では自責の念に駆られる弥兵衛の心境が、手に取るように分かる話である。誰もが思い当たるような話ではないだろうか。

主要登場人物
 丹波屋弥兵衛...上京笹屋町・織屋の主
 雪園(おとめ)...弥兵衛の妾、祇園の芸妓、元丹波屋の奉公人
 彦七...元丹波屋の織職人

 読破までにかなりの時間を要した一冊。澤田氏の作品は、難しい。先にも書いたが、史実の説明部分を読解するのが困難なのだ。そして読み終えて「おやっ」と思う話もままあるのだが、それが実は「おやっ」は読み手の当方がつたない故であり、澤田氏の本意を知れば知るほど、その深さに感銘を覚えるのだ。


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世間の辻~公事宿事件書留帳十四~

2013年04月12日 | 澤田ふじ子
 2007年1月発行

ほとけの顔
世間の辻(つじ)
親子絆騙世噺(おやこのきずな だましのよばなし)
因果な井戸
町式目(ちょうしきもく)九条
師走の客 計6編の短編連作

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第14弾。

ほとけの顔
 千両ヶ辻の大店である糸問屋・櫂屋の主・宗三は、横柄傲慢な女房のお美佐に愛想をつかし、着の身着のまま櫂屋を飛び出してしまった。
 以後12年、六波羅密寺付近の長屋に住み、陶工として働いてた宗三が亡くなったと知り、お美佐は、世間体を考え櫂屋から葬儀を出したいので、宗三を取り戻して欲しいと鯉屋に依頼する。
 
世間の辻(つじ)
 御池両替町の裏店の長屋に住む石工の松蔵は、惚けた(認知症)母親・お登世を抱え、働く事も出来ずに日々貧窮していた。一時は長屋の店子たちがお登世の面倒を見てくれていたのだが、他人の手に余る奇行に、働く事も侭ならなくなっていったのだった。
 そしてついに八条村の親戚の許に身を寄せると、長屋を出て行くのだが、その実、母子は、無住の寺・妙泉寺に移り住み、供物を食べ糊口を凌いでいたのだ。
 だが、それも尽き、疲れ果てた松蔵はお登世を殺害し、自らも自殺を図るが死に切れずに、吉左衛門、佐之助によって鯉屋に運ばれる。
 そして全てを察した恩情ある奉行の裁きが下される。

親子絆騙世噺(おやこのきずな だましのよばなし)
 三条・富小路の大店であるやきもの問屋・檜屋のひとり娘・お鈴が病いの為に亡くなり、悲嘆に暮れる主・久兵衛であったが、店の将来を考え跡取りを据えなくてはならない。
 そこで、産まれ落ちると同時に養子に出したお鈴の双子の妹を探し出して欲しいと鯉屋に依頼する。
 当時の産婆に目星を付けた菊太郎だったが、産婆・お豊とその息子の卯吉は全うな暮らしをしておらず、檜屋から大金をせしめる腹積もりで一計を企てていた。
 漸く辿り着いた妹娘のお福は、実に真っ当な意見で、久兵衛の勝手な思いを否定するのだった。

因果な井戸
 呑み足りずに、ふと一軒の居酒屋に入った菊太郎は、そこで凄惨な呑み方をしている市助という俥(くるま)職人と、一見してならず者とわかる2人が気になった。
 話の内容に耳を澄ますと、市助は、賭博の借金を自らの死をもって購うらしい。ただ事では無いと、後を付けた菊太郎は、ならず者2人は、俵屋町の昆布商・枡屋彦十郎の屋敷へと入り込み、そこの井戸に市助を投げ込まんとしていた。
 それは彦十郎が、枡屋に隣接して豆腐屋を営む実弟・富之助に井戸の水を使わせず、商いが立ち行かなくなるようにと仕向けた作であった。
 寸でのところで、悪事を未然に防いだ菊太郎は、首魁である賭場の胴元・椹木や四郎右衛門始め、関係者を鯉屋に呼び付け裁定を下す。

町式目(ちょうしきもく)九条
 二条・麩屋町で筆屋・松栄堂の隠居・お栄は、実子がおらず、従兄弟の子・安二郎を養子に向かえ、成人してからは草履屋の娘お民を嫁に迎え、孫にも恵まれていた。
 だが、5年前に夫・久右衛門が他界し、家督を譲ってからは、久右衛門が慈善で行っていた寺子屋を閉めたばかりか、お栄に対しても親身ではない。
 ある日安二郎一家は、お栄に留守番をさせ、高尾に花見に出掛けてしまう。そんなお栄ひとりの留守宅に泥棒が忍び込み…。
 高瀬川筋の船荷人足・六助と名乗った泥棒は、生活苦の中、娘が病いに陥りその薬療代目当ての仕業と知り、お栄は臍繰りを六助に与え、彼におぶわせて大津の元奉公人の元に実を寄せるのだった。
 奉行所、鯉屋、そして町年寄を挟んで、お栄の行く末が明るい未来へと繋がっていく。

師走の客
 公事宿に頼み事を抱え、30余年振りに京の土を踏んだ近江彦根の金物屋の主・富屋宇兵衛は、偶然に出会った源十郎に伴なわれ、鯉屋の客となった。
 その依頼とは、30余年前に宇兵衛が渡り中間だった頃、喧嘩の助太刀に引き出され、5年の遠島刑を受け隠岐島へ流されている間に、行く末を誓い合ったお初が死んだと知り、線香のひとつも手向けたいのだが、お初の実家である小間物屋・丹波屋も火事で焼失し、家族の行方も分からないと言う。
 事が事だけに、源十郎、下代の吉左衛門、菊太郎、彼の異母弟・鐵蔵が内密に探索を行う。
 そして漸く突き止めたのは、お初が、屋宇兵衛の娘を産んでいた事実だった。父子の名乗りを上げずに、対面し、束の間の幸せの後、屋宇兵衛は当時の中間仲間に逆恨みされ、刺されてしまう。

 同シリーズを書かれた順に読んでいない為、つい前が九巻目だったのだが、家督を譲った店の隠居が、養子夫妻に邪見にされるといった話が続いた。
 こういった事例が当時は結構多かったのではないかと考えさせられる。
 余談ではあるが、江戸時代奉公人が主を殺傷した場合は、打ち首獄門。その逆の場合は然程の罪に問われないらしく、実に理不尽だ。命は身分には関係非ずと思っていたのだが、確か澤田氏の後書きだったと記憶するが、
奉公人が主を殺めて財産を盗んだりする事件が多かったのだろうと記されていたのを読み、目から鱗。
 そうだ。ひとつの事柄でも見方によって違い、あらゆる角度から分析しなくては判断出来ないと悟った次第。
 「町式目九条」の隠居・お栄の粋な計らいや、老齢とは思えぬ思い切った判断、そして行動力には笑みがこぼれる。
 そして同シリーズ中、本作品に、ついにやり切れない空しさや悲しさの募る話が登場した。「世間の辻」がそれである。これは冒頭から鼻の奥がつんとするような哀れな話であり、目頭が熱くなった。
 物語を読んで後にカバーを見ると、その挿絵さえも物悲しく見える。
 ただ、最期は澤田氏らしく、一筋の光を含めた終わり方をしているのが救われる。
 また、「師走の客」もラストシーンで宇兵衛が刺されるのだが、これは致死に至ってはおらずに、刺した相手を改心させるといった捉え方の出来る終幕である。
 
主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 幸吉...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お与根...鯉屋の下女
 お信...祇園新町・団子屋美濃屋の女将
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 小島左馬之介...京都東町奉行所・吟味役同心
 岡田仁兵衛...京都東町奉行所・吟味役同心
 曲垣染久郎...京都東町奉行所・吟味役同心



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悪い棺~公事宿事件書留帳九~

2013年04月09日 | 澤田ふじ子
 2003年12月発行

釣瓶(つるべ)の髪
悪い棺
人喰(ひとは)みの店
黒猫の婆
お婆の御定法
冬の蝶 計7編の短編連作

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第9弾。

釣瓶(つるべ)の髪
 川魚料理屋・美濃七の婿養子・清太郎に、やつれが
目立つ。身重の女房・お夏を亡くしたばかりではさなそうだ。
 田村菊太郎がお夏付きの女中であったお重の欲と嫉妬が生み出した幽霊騒ぎを見破る。

悪い棺
 米屋の主松野屋十左衛門の葬列に、石を投げたという少年・修平が鯉屋に連れて来られた。子ども同士の喧嘩から、狩野探幽の襖絵を破ったとして、十左衛門に多額の負債を負わされたのだ。
 菊太郎は件の襖絵をひと目見て、偽物と見抜く。と同時に屋十左衛門が私財を増やしていくに当たる嘘を暴くのだった。

人喰(ひとは)みの店
 最期の鰻を頬張った後、二条城の掘りに身投げをした母子4人を救った菊太郎。鯉屋に連れ帰り話を聞くと、姉娘が奉公先の瀬戸物屋・泉屋で些細な過ちを咎められ、下の弟妹をも泉屋に捕られるのだと言う。
 奉公人の過ちを逆手にとり無給で働かせる。あるいは死に追いやるなど評判の悪い泉屋と、口入れ屋・生田屋に菊太郎の制裁が下る。

黒猫の婆
 横諏訪町の棟割り長屋に、品の良い老婆・お里が黒猫一匹を抱き越して来た。古手問屋・伊勢屋の隠居であるお里だが、養女とその婿に店と屋敷を乗っ取られ、連日の嫌がらせに業を煮やして長屋に逃れて来たのだった。
 菊太郎は、理不尽な伊勢屋の若夫婦から、店を取り戻すために尽力する。

お婆の御定法
 欄間彫り師の利助の長男・岩松が何者かに勾引された。折しも利助は京都御大工中井家の下で、二条城の欄間を最中。これは、利助の腕を妬んでの仕業かと思われたが、当の岩松から、無事過ごしているという文が届いた。その中の一文に、菊太郎は、昔剣術の手解きを受けた亡き東町奉行所同心の坂上兵太夫を思い浮かべる。
 案の定、岩松は兵太夫の寡婦・お寿の元で下働きをしながら教育を受けていた。

冬の蝶
 お頭がおかしいお栄という娘と出会った菊太郎。五番町遊郭・末広屋の二女であった。近所の子から、「親の因果が子に報い」などと、稼業を嘲られているのに心を痛めた菊太郎は、同時にお栄の様子に疑問を抱く。
 早々にお栄の父親であり、末広屋の主・吉兵衛と膝を交える菊太郎。吉兵衛も幼き頃は遊女屋に疑問を抱いていたが、祖父が単身実を興した見世を閉める訳にもいかなかったと…。だが、そのために娘が狂人を装う程ならいっそ商い替えをすると誓う。

 いつになく、ホラーめいた話や謎が含まれた話が含まれ、かつ「お婆の御定法」以外は、店の主のありようを描いている。
 ただし、人の上に立つ者への戒めや心構えは、「お婆の御定法」にもしっかりと込められている。
 まずは、毎度の事ながら、季節感を織り込んだ序章から始まり、物語にしっかりと「色」や「匂い」を感じたところで、主題への流れとなる伏線が描かれていく。
 例えば、「釣瓶の髪」では、釣瓶に黒髪が絡んで上がってきたことから、女が殺されて井戸に投げ込まれるという事件が露見し、いずこも井戸浚えが大流行りであった。こんな序章から始まり、人の噂や女の怨念を織り込む憎い手法である。
 文章・ストーリの完成度の高さにと同時に、惨い結末がなく、爽やかな終わり方をしている点に、安堵感を抱きながら読むことができる。
 また、歴史的背景の説明も明確であり、かつ物語を遮る事なく、織り込む手腕は相当なものであり実に読み易い。
 同氏のシリーズ物の中では、好きな作品である。

主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 幸吉...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お与根...鯉屋の下女
 お信...三条鴨川沿い料亭茶屋重阿弥の仲居
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 小島左馬之介...京都東町奉行所・吟味役同心
 岡田仁兵衛...京都東町奉行所・吟味役同心
 松五郎...福田林太郎の手下
 曲垣染久郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 七蔵...染久郎の手下
 三浦六衛門...勝岩院脇道場の留守居番役





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あんでらすの鐘~高瀬川女船歌五~

2013年04月05日 | 澤田ふじ子
 2011年1月発行

 荷船や客船で賑わう、高瀬川沿いに集う人々の哀歓を描いたシリーズ第5弾。

奇僧の桜
蛍の夜
厄介な客
三日坊主
兄(あん)ちゃんと呼べ
あんでらすの鐘 計6編の短編連作

奇僧の桜
 桜が満開の角倉会所の作事場で、花見の宴を楽しんでいた宗因たちの前に、徳利を枕に昼寝をむさぼる塩たれた若い僧の姿が合った。そこに現れた、やきもの問屋筑後屋の若旦那・彦市郎が毒付く。
 一触即発を危惧して、僧に声を掛けた宗因。聞けば、元京都五山の医僧であったが、蘭法を用いたため、寺を追い出されたと言うのだ。
 角倉会所の頭取・児玉吉右衛門、宗因らは彼に町医者になる事を勧める。

蛍の夜
 四条小橋の東北に立つ石灯籠に腰掛ける老婆の姿が気になる宗因。思わず声を掛けるも、老婆は依估地であった。貧しさ故に衣食もままならないと見て取った宗因は、尾張屋に伴い食を給する。
 その老婆が、血を吐いて倒れたと聞くや、町医者となった明珠が駆け付け、その看護を申し出る。
 一方、老婆の行く末を案じた宗因は、件の石灯籠は老婆の祖父が祇園社に寄進したと知り、一計を案じて、老婆のための金子を工面するのだった。

厄介な客
 旅籠・柏屋に、曰くありげな男女が宿泊した。主の惣十郎は、駆け落ち者ではないかと心中を案じ、目を離さずにいた。
 お鶴が言い難い訳を聞いたところ、女は堂島の料理屋・大和屋の娘・お松であり、地廻りのならず者の若旦那に手込めのされた上に妾になる事を強要され、板前の蓑助と逃げて来たと言う。
 折しも、堂島からならず者の子分たちが高瀬川筋まで探索に現れ、尾張屋にも姿を現したのを幸いに、宗因の怒りが炸裂する。

三日坊主
 小料理屋・辰巳屋の女中・おまさは、岡っ引き・六右衛門の手先の源七に突き纏われていた。
 そして危ういところを救ってくれた、加賀藩京屋敷詰めの神崎清十郎が、病いに伏し藩邸にて冷遇されていると知ると、明珠を伴いその身柄を預かり受けるのだった。
 
兄(あん)ちゃんと呼べ
 小料理屋・松菱の女中・おふさは、幼い弟・市松との2人暮らしであるが、最近、油問屋龍田屋の二男坊・信二郎に毎夜送って貰っている事から、「送り狼に違いない」と危惧する市松との間で、姉弟の喧嘩が絶えずにいた。
 同じ長屋に住む重兵衛も、人事ではなく気に病んでいた。そんな折り、偶然にもおふさと信二郎の身が危ういと感じ取った宗因。
 調べれば、信二郎は庶子であり、嫡子の長兄に命を狙われていると判明する。
 龍田屋兄弟、親族を呼び出し、角倉会所にて児玉吉右衛門差配が下される。

あんでらすの鐘
 尾張屋にて明珠が、霍乱に効く煎薬延命散を煎じているところに、ならず者が現れ、明珠の命を貰い受けると嘯く。依頼主は、明珠の評判を良しとしない、明珠が医僧を務めていた妙法寺の後任であった。
 宗因、吉右衛門の機転で事なきを得た明珠に、吉右衛門は長崎で蘭法を極める事を進言し、後援するのだった。

 同シリーズは以前に、第1作目を読んだのみだったので、久し振りだったのだが、登場人物の背景が変化していたのに驚かされた。
 物語の主人公はお鶴であり、その実父の宗因は、庚申堂の半僧半俗。お鶴を補佐する役割の出番だったのが、シリーズが進み、本誌では彼が主役になっていた。逆にお鶴は、宗因の娘として脇に回っている。
 また、医僧の明珠であるが、タイトルが「奇僧の桜」とあるように、登場話では実に奇僧ぶりを発揮し、彦市郎への復讐とも思えるような行動にも出ており、そら恐ろしい人物に描かれている。
 だが、二話からは、奇僧の影が消え去り、人情味のある理想的な町医者へと代わり、連作中、準主役級の人物として明珠が登場し、物語を引っ張っている。
 このままシリーズの要となると思いきや、最終章にて長崎に行く事が決まり、今後の登場が気になるところだ。
 角倉会所というものが、どれだけの権限を持った名家なのかが、分からないのと、奉公人や抱える武士ら登場人物が多いので、混乱する部分もあるが、第1弾に登場した平太をほんのワンシーンにみではあるが登場させるなど、シリーズとしての配慮を欠かさない部分が嬉しい。
 また、これは澤田氏最大の特徴であるのだが、江戸時代の風習や言葉などを現代に置き換えたり、現代の言葉にかえて2、3行で簡潔に説明しているのが素晴らしい。
 そして、その2、3行を本文中に挟んでも、物語の流れを崩さず、前後の流れを止めない手腕は澤田氏にしか書けないだろう。
 こういった本格的な物語は、安定感もあり、何より読んでいてほっとする。

主要登場人物
 宗因(奈倉宗十郎)...木屋町筋居酒屋・尾張屋の主、元尾張藩京詰勘定役、お鶴の実父
 柏屋惣左衛門...二条高瀬川上樵木町 ・旅籠の主 
 惣十郎...惣左衛門の嫡男
 お鶴...柏屋養女、惣十郎の妻
 平太...角倉会所の手代見習
 児玉吉右衛門...二条高瀬川上樵木町・角倉会所の頭取
 佐兵衛...柏屋の番頭
 お里...柏屋の女中
 市助...柏屋の下男
 お時...角倉会所の女船頭
 弥助...角倉会所の船衆
 伊八...角倉会所の船衆
 重兵衛...元幕府御大工頭・中井家の組頭
 明珠...西船頭町・町医者、元京都五山・妙法寺の医僧 





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嵐山殺景 ~足引き寺閻魔帳~

2013年01月09日 | 澤田ふじ子
 2003年9月発行

 正義を全うし、強気を挫き弱気を助ける闇の仕事師たち。訳あり僧侶の宗徳率いる足引き寺一派の爽快時代小説第4弾。

第一話 白い牙
第二話 嵐山殺景
第三話 仲蔵の絵
第四話 色がらみ銭の匂い
第五話 盗みの穴
第六話 世間の河 計6編の短編連作

第一話 白い牙
 養女とその連れ合いに店を乗っ取られ、その日の暮らしにも事欠くやきもの問屋・大木屋の隠居・お吉の窮状に、豪が牙を剥く。

第二話 嵐山殺景
 姉小路通りのお堂にひたすら祈る娘・お雪を放っておけなくなったお琳。訳を訊ねると両の親に先立たれ、宛もないと言う。更に、昨今他界した父親・勘助(大工)の死因に疑念を抱く。

第三話 仲蔵の絵
 寺町錦小路の河村座に錦蛇が投げ込まれるなど嫌がらせが続いた。また、そこで下働きをする仲蔵の絵の才能を見出したお琳は、彼を世に出したいと支援するも、嫌がらせの狙いは仲蔵への妬みであることが判明する。

第四話 色がらみ銭の匂い
 ならず者たちに命を狙われた男・蔵人足の仁吉に加勢した豪だったが、自身も瀕死の重傷を負う。看病のかいなく仁吉は命を落とすが、彼の妹が入水自殺していたことが分かり、宗徳たちが深い遺恨を探る中、豪は復讐に走る。

第五話 盗みの穴
 墓所の供え物を漁り、寺社の縁の下で暮らす幼い姉弟・おふさと市松を枡屋に連れ帰ったお貴和。聞けば両の親を殺され、賊から逃れる為に身を隠していると言う。子どもたちの命を救う為、そして親を殺した悪党を退治するため、足引き寺一派は立ち上がる。

第六話 世間の河
 仇討ちの旅に出たが路銀が尽き、大道芸で日銭を稼ごうとしていた中間の弥七と出会った蓮根左仲は、弥七の清々しい心根に惹かれる。そして、仇討ちの空しさを感じる弥七と僅か12歳の幼き主・新十郎に、新たな生き方を進言するのだった。

 善と悪をテーマに正義感を貫く作品が多い筆者の中でも、典型的な正義の作品と言えるだろう。
 設定は「公事宿事件書留帳」シリーズと似通ってもあいるが、扱う事件で違いを現している。そして何よりも、闇を裁くテーマながら爽快感が全編を通じて感じられる。話の中には、悲しい場面も含まれるが。
 特徴的なのは、紀州犬の豪にも人格(犬格)を持たせているところ。
 ひと言で言うなら、ドラマ「必殺」シリーズの殺し屋たちが、損得なしに本来の正義心から動くといった話である。
 「仲蔵の絵」は切ない話であったが、「盗みの穴」、「世間の河」などは明るい締め括りに仕上がっており、わたしは好きです。このシリーズ。
 そして澤田氏の作品を何冊か読ませていただいたが、彼女の博識、そして時代考証には頭が下がる思いである。

主要登場人物
 宗徳(黒田小十郎)...東山知恩院末寺・綾小路地蔵寺住持、元西町奉行所与力・黒田長兵衛の二男、(足引き寺一派)
 蓮根左仲...西町奉行所定町廻り同心、(足引き寺一派)
 豪...宗徳の愛犬(紀州犬)、(足引き寺一派)
 お琳...扇絵師、大垣藩浪人の娘、(足引き寺一派)
 与惣次...羅宇屋、左仲の小者、(足引き寺一派) 
 黒田大十郎...西町奉行所与力、宗徳の実兄
 枡屋喜左衛門...四条旅籠の主
 お貴和...枡屋の養女
 伊兵衛...枡屋の番頭


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見えない橋

2013年01月06日 | 澤田ふじ子
 1993年9月発行

 妻が不義密通の末、出奔。藩命にて女敵討ちに出た岩間三良が旅の果てに出した結論とは…。

第一章 早春城画譜
第二章 仲秋夜能(やのう)
第三章 闇の足音
第四章 無明の旅
第五章 見えない橋 長編

 美濃大垣藩士・岩間三良は、家中屈指の剣の遣い手として知られる一方、生真面目な性格から上役や同輩との折り合いが悪く、郡同心へと役替になった。
 郡同心の役目は、領内の村々を視察することで、役目に邁進する三良だったが、役宅に残された新妻の加奈には、埋め切れない寂しさがあった。
 そんな折り、ふと出会った大蔵奉行の息子・大隅佐四郎に強い思慕を抱いた加奈は、あろうことか、三良の留守を良いことに不義密通を重ね、事が露見すると佐四郎共々出奔を果たす。
 藩から下されたのは、女仇討ち。宛のない旅に身をやつしながら三良は、その空しさを胸に抱え込むのだった。
 そして仇に巡り会った時、三良は苦渋の決断を…。

 表題、そして最終章の「見えない橋」の持つ意味合いが、大きく伸し掛かる作品であった。夫婦愛、藩内での政治、そこに文化・芸術を背景にした、壮大な時代が展開される。
 三良の役替前の務めである勝手方掛(納戸役)が、物語の終盤に大きな意味合いを持つばかりか、話の枝葉で、絵師を目指す子どもが登場するが、その子を通して物語全体の時代を芸術面から読ませるなど、深い内容の作品になっている。
 結果は、全く予期せぬ終わり方で、私個人としては、三良に刃を振るって貰いたかったの念が否めないが、作者は、当時の決まりの無意味さ、空しさ、そして命の尊さを説くと共に、そうならざるを得なかった事の過程を言いたかったのだと思われる。
 ひとつの結果に至までに、辿った道筋を、三良の旅を通して思い知ることが出来る。
 同時に、人もひとつの顔だけではなく、幾重もの表情を持ち備えながら、たまたま巡り合わせでそれが善にも悪にもなると受け止めた。
 読めば読む程、作者から投げ掛けられた人=生き方といったものを深く考えさせられる作品である。
 至極の作品に巡り会えた。

主要登場人物
 岩間三良...美濃大垣藩戸田家・郡奉行所同心
 岩間加奈(おきぬ)...三良の妻、大垣藩寺社奉行与力・生田平内の娘
 沖伝蔵...大垣藩・歩行横目付、三良の朋友
 浄円(飯森惣助)...京・知恩院派浄願寺住持、元大垣藩・足軽の五男、三良の朋友
 岩根帯刀...大垣藩大目付番頭、三良の義兄
 乙松...生田家下男
 小平太...大垣藩領平野村の百姓の息子→京四条富小路の絵師・松村景文の弟子
 杉田市兵衛...大垣藩・郡奉行所同心
 大隅佐四郎(佐助)...大垣藩・大蔵奉行・大隅太兵衛兵の庶子(四男)
 櫟屋七郎兵衛...京仏光寺烏丸西・諸道具目利屋の主 



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討たれざるもの

2013年01月03日 | 澤田ふじ子
 1983年3月発行

霧の中の刺客
闇の音
討たれざるもの
冬の鼓
扇の月
鬼火 計6編の短編集

 時代の桎梏のなかに生きる、男女の哀歓を綴った6編。

美濃大垣藩戸田家
霧の中の刺客
 西陣の紋織職人・菊臓は、好いたおしの父親の借金の為、美濃大垣藩の誘いに乗り、美濃へ向かおうとするも、 西陣の技術流出を許さない高機八組の雇う伊賀者に捉るのだった。

主要登場人物
 菊臓...織屋・橘屋の紋織職人
 おしの...大工・辰五郎の娘

闇の音
 出石又十郎は、亡き父・頼母の朋輩だった菊沢藤蔵の悪事を知る事になった。それは清廉な藩士に冤罪を押し付け、己の保身を計ったものであり、真実を暴く事が、亡き父への餞でもあると思い込んだのだが、真実は又十郎を破滅へと導くのだった。

主要登場人物
 出石又十郎...近江仁正寺藩(後の西大路藩)勘定所上納役郷村出役
 菊沢藤蔵...仁正寺藩郡奉行
 徳之助...仁正寺藩元勘定所役人・帳佐衛門の遺児

討たれざるもの
 素人離れした絵を描く大垣藩士・間宮十蔵。大商人・美濃屋嘉兵衛から別邸に襖絵を依頼されるが、その評判を耳にした前藩主氏英の側室・瑞泉院(寿々)に懇願され、白衣観音像を描く。だが、それを面白くない藩絵師・狩野唯雪から横槍が入り、十蔵の上意討ちが下される。その時十蔵は、唯雪を斬り脱藩する。

主要登場人物
 間宮十蔵...美濃大垣藩郡奉行下役
 美濃屋嘉兵衛...伝馬町海産物・雑穀商

冬の鼓
 先の嫁ぎ先に息子を取られ離縁された寿乃であったが、奈倉弥右衛門に再嫁し、弥右衛門の嫡男・弥一郎を育て上げ、平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、浪人のような風貌の実子・田中清十郎が膳所から目の前に現れる。

主要登場人物
 奈倉弥右衛門...美濃大垣藩勘定所詰
 奈倉寿乃...弥右衛門の後妻
 田中清十郎...寿乃の実子

扇の月
 北小路基安は、身分こそ正三位の官位をもつ朝臣であるが、内状は三十石三人扶持の無役の平堂上(公家)である。ために、扇面の絵付けをし、小銭を稼いでいた。
 ある日、扇屋・俵屋に居合わせた二条定番(二条城警固)の侍に密絵(あぶな絵)を依頼されるが、その無礼さに腹を立てた挙げ句斬り合いとなり落命する。
 真実をねじ曲げられた、妻・薫子は、復讐のために立ち上がる。

主要登場人物
 北小路基安...正三位・平堂上
 薫子...基安の妻
 甚十郎...日野西家・根来同心

鬼火 
 貧しい小作百姓の娘・おあきは、5年年期で祖父と孫ほども年の離れた料理屋・魚文の隠居・又左衛門の元へ妾奉公の出された。だが、わずか1年で又左衛門はみまかり、その後は、強欲な魚文の当代・安太郎の命で、更に僧了順の元へと妾に出される事になり、心を通わせていた織物師の重蔵が、おあきの借財を肩代わりする事となるのだが、そこには罠が仕掛けられていた。

主要登場人物
 おあき...下笠村・小作百姓の娘
 魚文安太郎...三条東洞院西・料理屋の主
 重蔵...西陣・織職人
 

 全話、切なくほろ苦い人間模様が描かれており、世の中の理不尽さに、胸が締め付けられる作品集であった。
 表題の「討たれざるもの」のみ、ほっと胸を撫で下ろす事が出来るものの、それぞれの話の主人公の選択は、もの悲し過ぎた。
 こういった市井に生きる人々を描く、澤田氏の情感をひしと感じられる作品集である。




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奇妙な刺客~祇園社神灯事件簿~

2012年12月15日 | 澤田ふじ子
 2000年3月発行

 公家の庶子として生まれた植松頼助が、祇園社の神灯目付役として境内や町の警護に務めながら、京の町を騒がす奇妙で不思議な事件を紐解くシリーズ第1弾。

八坂の狐
おけらの火
花籠の絵
奇妙な刺客 計4編の短編連作

八坂の狐
 見回り中に薬師堂の前で、狐のお面をつけた十歳ぐらいの子ども・吉松を捕まえた頼助。問い質すと、母親に命じられ、賽銭泥棒を。折しも吉松の母親の情夫が、勾引しを企んでいると知り…。

おけらの火
 暖簾分けを楽しみにしていた炭屋丹波屋の手代・源助が、何者かに脅されていた。更におけら詣りの夜、丹波屋から火の手が上がり、源助が焼死体で発見される。

花籠の絵
 絵師・円山応挙と知合った頼助。その場に居合わせた聡明な弟子の宗五郎が、船荷場で人足として働いている。問い質せば、兄弟子たちの苛めで、応挙の元を去ったのだと。だが、兄弟子たちの執拗な嫌がらせが。 

奇妙な刺客
 祇園祭り宵山(屏風まつり)にて披露される、大雲院の竹林虎図屏風から竹や虎の絵が年々消えているとの風評が立った。そこで下男働きをしている仲蔵が、妖術を使っているのではないか…。

 父親・植松雅久の正室が放った刺客・村国惣十郎をの目を潰したが故、その後、共に暮らし面倒を見ている頼助。故あって祇園社神灯目付の職に就いたところから物語は始まる。
 収録された4つのエピソードは、児童虐待、嫉妬、職場の苛めといった現代にも通じるテーマに、理不尽な裁きを腹に据えかねた男の復讐なのだが、この最後の話には落ちがある。
 嫌な後味を残さず、呆気なく爽やかな結末が、澤田氏の持ち味なのだが、「おけらの火」に関しては、手代の焼身自殺といった何時にない悲哀が感じられた。
 一過性の登場人物まで、名前は元より背景までも書いているので物語がややこしく、また物語の性質上、歴史的説明も多用されており、読者によってはやや難解に感じられるかもしれないが、リアリティを追求すつ作者の意図と作家魂としてであろう。
 頼助の動きに集中していれば、然程難解に感じることははなく読み進められる。
 京都の歴史を知る上でも、今後も読みたいシリーズだ。

主要登場人物
 植松頼助...祇園社神灯目付(犬神人=下級神職)、従三位・植松雅久(=幽水 華道松月堂古流家元)の庶子
 村国惣十郎...元出石藩納戸役
 うず女...祇園南楼門前東・料理茶屋中村屋の娘
 中村屋重郎兵衛...料理茶屋の主、うず女の父親
 五十緒...うず女の母親
 修平...三条堀川川魚屋修行中、うず女の弟
 孫市...祇園社神灯目付(犬神人=下級神職)
 吉松...団栗辻子の長屋の店子→車宿生田屋の奉公人
 大和内蔵亮...祇園社正禰宜
 安蔵...祇園社雑色小頭
 於稲...惣十郎の妻
 喜平太...惣十郎の嫡男



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遠い椿~公事宿事件書留帳十七~

2012年12月02日 | 澤田ふじ子
 2009年4月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第17弾。

貸し腹
小さな剣鬼
賢女の思案
遠い椿
黒猫
鯰大変 計6編の短編連作

貸し腹
 鍛治町の桂屋重十九は、狩野派、円山四条派、土佐派などの絵師を凌ぐほどの腕前の絵屋に成長していた。すると、彼を産み落として直ぐに追い出した、実母と祖父母が金子を強請り脅しにかかる。

小さな剣鬼
 大店の放蕩息子・七之助が遺骸となって発見される。以前、七之助らに因縁を付けられた浪人の息子・市郎助に嫌疑が掛るが、彼の田宮流居合抜の力量と実直な人柄に菊太郎は、嫌疑を否定する。

賢女の思案
 祝言を控えた呉服問屋・笹屋の娘・加世から、笹屋の両親からは実の子のように育てられてきたが、自分は捨て子であり、嫁ぐ前に本当の親と会いたいと、鯉屋に依頼があった。

遠い椿
 上嵯峨村の野菜売り・お杉に、金物問屋・十八屋の隠居・お蕗には、かつて駆け落ちしようとしたが、途引き裂かれた思い人・平蔵の面影を見る。

黒猫
 奉公に出るので、愛猫を菊太郎に託したいと申し出た孝吉。やがて古手問屋の俵屋に丁稚奉公に出たが、孝吉が店から三十両を持ち逃げしたと、俵屋は告げる。そして、いつしか俵屋のある夕顔町近辺で、化け猫の噂が上るのだった。

鯰大変
 薮入りが終わり、在所の堅田から京に戻った鯉屋の丁稚・正太は、在所で大鯰を捕獲した騒動の土産話を披露する。数日後、京では、万病に効く鯰の膏薬が高価な値段で売買され評判を博す。

 同シリーズを読むのは5冊目であり、一番新しい一冊なのだが、これまでのどの物語よりも洗練された感じで、印象深い。安定した面白さと読み応えがある。
 鯉屋も田村菊太郎は、事件の結末を付ける、所謂物語の決着人的存在の話が多く、市井の短編物としても成立している。菊太郎の出番もこれまで読んだシリーズの中では少なく感じた。
 さらには、因縁や巡り合わせなど、一編に織り込まれた要素が、不自然ではなく、進行も現在、過去が入り混じりながらも、決して読み手に混乱を与えない、澤田氏ならではの手腕も遺憾なく発揮されている。
 中でも、「黒猫」の話は胸に込み上げてくるものを押さえ切れずに、鼻の奥が痛くなった。同シリーズには珍しいホラー色が込められているが、恐怖ではなく温かさを感じた。孝吉と愛猫のお玉を主人公とした物語を読んでみたい。こういった子ども絡みの話に弱くなったのは年のせいか…。
 最期に、澤田氏の特徴として、悲惨な結末でも、妙にお涙頂戴に持っていかず、淡々と終わらせているのだが、僅か2行であっても、そこから読み手が受け止め、膨らませる想像力は行数の数十倍を超える程のインパクトである。
 
主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 田村次右衛門...元京都東町奉行所・吟味役同心組頭、隠居
 政江...次右衛門の妻、菊太郎の継母
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 宗琳(武市)...源十郎の父親、隠居
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お信...祇園新町・団子屋美濃屋の女将
 右衛門七...美濃屋の奉公人兼用心棒
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 小島左馬之介...京都東町奉行所・吟味役同心
 岡田仁兵衛...京都東町奉行所・吟味役同心




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火宅の坂

2012年11月26日 | 澤田ふじ子
 2001年10月発行

 藩士の切り捨て=永御暇の対象となった天江吉兵衛が、苦難を乗り越え新たな人生を切り開いていく様を描く。
 
第一章 京の夜寒
第二章 危うい足音
第三章 永御暇
第四章 初冬の鐘
第五章 世間の橋
第六章 深い霧
第七章 春の扇 長編

 藩の財政難に伴い、永御暇を発した美濃大垣藩。国元でも京屋敷でも、非情な切り捨てが相次ぐ中、町絵師の元で絵を学んでいた天江吉兵衛は、己の名が筆頭に上がることを自覚していた。
 案の定、永御暇を命じられた吉兵衛は、絵で生計を立てるべく、絵屋の主・墨斎の援助を受けながら、町絵師としての生活を始めたのだった。
 そんな吉兵衛の周りで、永御暇を命じられた元藩士たちの不遇のその後が始まる。
 有る者は行方をくらまし、また有る者は藩邸前で腹を斬るなど壮絶な生き様が描かれていく。

 物語の山場は、永御暇となった岩間正右衛門の切腹シーン。なぜか吉兵衛の母・友江の凛とした言動に涙が溢れた。そして、吉兵衛と親交を深める佐多林蔵、更には吉兵衛と相対する浅野多十郎に関わる出来事に、吉兵衛は関わっていくのだ。
 この天江吉兵衛、友江母子の生き方には、頭が下がる。反して、ここまでお人好しで良いのかと言えなくもないが、こういった人柄であるからこそ不遇の境遇に陥っても、助けてくれる人が後を絶たないのだろう。
 全くの物語ながらも、天江母子の懐具合が気になって仕方ない。
 ストーリーは、藩の実力者たちによる理不尽は仕打ちであり、それに伴う弱者の生き死にといった重いテーマであるが、主人公の人柄が、爽快感の残る物語に仕上げている。
 前回、「はぐれ刺客」の項でも書いたが、「火宅の坂」も、現代社会に置き換えられる内容である。「はぐれ刺客」の折りには、筆者の後書きを読んでいなかったのだが、そこにその旨もきっちり記されていた。
 やはり澤田氏からの痛烈なメッセージ性の強い物語だ。
 天江母子のような芯の強真っ正直な人物に、真底出会いたいと願いながら、静かに頁を閉じた。じわじわと深みが伝わる物語である。
 ただ、絵の説明や藩士の名前など、物語に登場しない人物までフルネームで登場するので、僅かに混乱を感じた。
 
主要登場人物
 天江吉兵衛...美濃大垣藩戸田家京詰勘定方下役
 天江友江...吉兵衛の母親
 佐多林蔵...京都東町奉行所同心
 孫市...林蔵の手先(岡っ引き)
 墨斎(元武蔵川越藩士・丸岡荘蔵)...建仁寺北門前町・絵屋の主、元武蔵川越藩士
 仁助...二条寺町界隈の荷売りそば屋
 内田小弥太...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 古藤田平次...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 奈倉東兵衛...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 内田小冬...小弥太の妹、吉兵衛の妻
 中沢将監...大垣藩京留守居役
 奥富長東左衛門...大垣藩京留守居役助
 浅野多十郎...大垣藩京目付
 岩間百合...大垣藩京詰家臣・岩間正右衛門の娘
 於勢...先斗町若狭の女郎
 浅吉...若狭の妓夫




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はぐれの刺客

2012年11月25日 | 澤田ふじ子
 1999年11月発行

 大垣藩戸田家祐筆の家に生まれながらも、二男であるため、部屋住みを余儀なくされた甘利新蔵の苦難の生涯を描く。
 
第一章 闇(やみ)の椿(つばき)
第二章 夜寒(よざむ)の部屋
第三章 因業(いんごう)の眼(め)
第四章 天明無頼(てんめいぶらい)
第五章 はぐれの仇討(あだうち)
第六章 京炎上(きょうえんじょう) 長編

 好いた娘を嫁に娶ることもならず、生涯を部屋住みの身でひっそりと生きなければならない身の甘利新蔵。
 武道に長け、道場でも破格の強さを誇りながらも、尋常でない太刀筋を師範に疎まれ、剣術での出世もままならず鬱屈とした日々を過ごしていた。
 そんなある日、藩内の富商宅に賊が押し入った。直ぐさま駆け付け賊を誅殺した新蔵は、その功績から将来への期待を抱くが、無惨な殺戮として、逆に藩から15日間の蟄居を命じられる始末。
 憤怒と絶望の果てに、脱藩を決意した新蔵であった。

 運命の歯車が絡み合い、数奇な巡り会いといった澤田氏独特のストーリー展開で物語は進行する。
 そして結末も最期の一文は、読者の想像性を書き立てる締め方。これも氏の特徴である。
 今回の主人公・新蔵は、家中随一の剣の達人、人柄も真っ正直ながらも、二男故陽の目を見ない男。現代に置き換えてもこういった人物は多々居ると思われる。
 ひとつの会社でスキルを高めていける人とは、長い物に巻かれる事の出来る人だ。そういった面で新蔵は、正義感の強い好人物であるにも関わらず、社会的は不器用であったのだ。
 また、秀でた才の為に、疎まれるといった面の現代社会に置き換えられるだろう。
 ただ、彼には大目付の天野将監といった良き理解者がいた。これは物語中の救いであり、新蔵の将来への明るい光となるのだが、それをも良しとしない彼の生き方は賞賛に値するだろう。これほどの強さを兼ね備えた人物はそうはいるまい。
 話は反れたが、物語はそんな新蔵の実直な性質と、妥協を許さない正義感が、彼に生死をかけた選択をさせていく。
 結末は遣る切なさが残るが、それでも新蔵の生き様には拍手を送りたい。 
 澤田氏の作品として、当方が初めて読んだ武家社会ものであったのだが、封建制度に対するを感じた。

主要登場人物
 甘利新蔵...美濃国大垣藩戸田家祐筆・甘利家の二男、部屋住み
 甘利弥左衛門...大垣藩祐筆、新蔵の兄
 中井三郎助...九右衛門の嫡男、新蔵の朋友
 中井九右衛門...大垣藩普請奉行、三郎助の父親
 戸田安之助...市大夫の嫡男、新蔵の朋友
 戸田五十鈴...市大夫の妹→三郎助の妻
 戸田市大夫...大垣藩御納戸頭、安之助・五十鈴の父親
 孫助...甘利家の下男
 天野将監...大垣藩大目付
 お種...戸田家下女
 白狐の岩右衛門(俵屋宗伯)...盗賊白狐の頭(京三条柳馬場絵屋の主)
 又造...盗賊白狐の小頭(俵屋の手代)
 市郎兵衛...盗賊白狐の一味(俵屋の番頭)
 佐市...盗賊白狐の一味(俵屋の下男)
 雪江...宗伯の女房
 お絹...盗賊白狐の一味(俵屋の女中)
 助五郎、清六、利三郎、宗助...盗賊白狐の一味(俵屋の奉公人)
 



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