2005年4月発行
深川に生きる人々の、平凡な日常に起きる素朴な泣き笑いを描いた、人情時代小説短編集。
永代橋帰帆
永代寺晩鐘
仲町の夜雨
木場の落雁
佃町の晴嵐
洲崎の秋月
やぐら下の夕照
石場の暮雪 計8編の短編集
永代の帰帆
赤穂浪士の吉良邸討ち入りに沸く江戸で、公儀に楯突いたにも関わらず、彼らが義士扱いされるのに腹を立てる大洲屋茂助。
だが、伊予松山藩松平家下屋敷へ、稼業の蝋燭を納めに行った際、偶然にも見掛けた白装束の大石主税。16歳の少年が見せた武士の姿に茂助は、深く感じ入る。
ほかの作品と比べ、真意が分かり難いものの、大石主税という歴史上のスターを登用し、死に逝く者の未練、切なさそして武士道を現している。
主要登場人物
大洲屋茂助(健太郎)...佐賀町河岸ろうそく問屋の4代目
吉田宗右衛門...伊予松山藩松平家家臣
永代寺晩鐘
幕府の米買い上げにより米価が沸騰。煎餅屋を営む武蔵屋では、材料の米が手に入らず頭を抱える日々。そんな悩みをおじゅんに打ち明けられた、旧知の僧侶・西悦は、永代寺に出入りの札差・増田屋を紹介する。
そして増田屋の跡取りに見初められたおじゅんは、その時になり、西悦への適わぬ思いを改めて知り、おじゅんは増田屋へと嫁ぐ。
思わず青春時代を思い出す秀作そろいであるが、中でも、この物語のラストシーンの美しい光景には感動を隠せない。
決して適う筈のない恋を、刻の鐘に万感の思いを込める打つ西悦。本文中、一度も感情の起伏を現さない西悦が、無言で刻の鐘を鳴らすシーンは痺れます。
短編ではあるが、山本氏の作品中、一番感動した作品となった。
主要登場人物
おじゅん...永代寺仲見世通り煎餅屋・武蔵屋の娘
西悦...富岡八幡宮別当寺・永代寺の僧侶
仲町の夜雨
好き合って夫婦になった政太郎とおこんだったが、幾ら立っても子を授からず、政太郎は子ども欲しさに妾を囲う。
既に子を産めない身体となったおこんは、おみよに子を設けるように頼みに出向くが、おみよは頑にそれを拒むのだった。そして、それは子を産んでも本宅に取り上げられる寂しさからだとおこんは悟る。
本妻、妾、それぞれの心の葛藤を、男性である作者が見事に表現している。
主要登場人物
おこん...政太郎の女房
政太郎...深川冬木町・町鳶の頭
おみよ...政太郎の妾
木場の落雁
行儀見習奉公先の吉野の気品と美しい所作・言葉遣いに感銘を受るさくらは、恋仲の弦太郎の粗野さが気になって仕方がない。一方の弦太郎も、さくらが滑稽に見える。
そして、大横川の畔で、子どもたちの会話を耳にし、自身が身の丈にそぐわぬ背伸びをしていたと気付くのだった。
違う世界に足を踏み入れたり、垣間見た時、人はこんな勘違いを仕勝ちである。そんな一話。
主要登場人物
さくら...深川汐見橋・大工の頭領・孝次郎の娘
弦太郎...孝次郎の弟子
吉野...木場・材木商妻籠屋の大女将
佃島の晴嵐
深川で暮らす新田正純は、住民の安全のためにも、近隣に橋の必要性を深く感じていた。そして、ある夏、川で妻・ききょうを亡くした正純は、その見舞金を投じて橋を架け、新田橋と名付けられた。
それから3年後、火事で父・正純をも命を亡くしたかえでは、町の景観に父母の面影をなぞし、それが変わる事に難色を示しながらも、安全性を最優先に、新田橋の架け直しに踏み切るのだった。
作者の意図とは違うだろうが、清廉潔白、世のため人のために生きている人の身にも不幸ってあるのだなあと、少し物悲しくなってしまった。
主要登場人物
かえで...正純・ききょうの娘、町医者
新田正純...永代寺門前仲町の町医者
ききょう...正純の妻
洲崎の秋月
厳助は、江戸の三味線屋の総元締同様の老舗・杵屋の、「難しい客」を持て成す座敷を、無遠慮な若い芸妓・仙吉の目付役も兼ねて務める事になった。
その難しい客とは、侠客・ましらの亥吉と、その代貸・亥三郎である。
無方図な仙吉は、案の定、失態を犯し亥吉の怒りを買うも、厳助の機転で、座敷を無事に務める事が出来た。
この一部始終を目の当たりした、杵屋の跡取り・清次郎から、落籍話が持ち込まれるが、厳助は大いに困惑する。そして、「芸者が好きだから」。芸妓として己を全うしたいと結論を出すのだった。
辰巳芸者の心意気を存分に堪能出来ると同時に、若気の至りーー何時の時代も人の口に上る、「今の若い者は」といった話である。
主要登場人物
厳助...深川・常磐検番の芸妓
仙吉...深川・常磐検番の芸妓
杵屋清次郎 三味線屋の跡取り
篤之助...杵屋の番頭
やぐら下の夕照
飛脚宿の主・遠藤屋良三は、27年前を思い起こしていた。それは、数度文のやり取りをし、1度だけ深川で会った事のある弘衛の事だった。恋と呼ぶには淡い思いと、良三の父・亮吉が亡くなり、遠藤屋を継ぐに当たり、疎遠になったほろ苦さの入り混じった若かりし日である。
良三は、27年振りに弘衛に文を出し、あの時と同じ、仲町の櫓の前で弘衛を待つ。
誰にでも覚えがある、青春時代のノスタルジックな思い出が、同じ場所、同じ人と見る景色の中で風化せずに蘇る。それは、それぞれが歩んだ27年の人生が満ち足りていたからこそ得られた充実感。そんな爽やかな話である。
主要登場人物
遠藤屋良三...北品川・飛脚宿の三代目主
弘衛...深川海辺大工町・大工の内儀
石場の暮雪
絵草子作者を目指す一清は、大横川黒船橋たもと新兵衛店で日がな、宮本武蔵を題材とした新作に没頭していた。そんなある雨の日、出先で雪駄の鼻緒が切れ、飛び込んだ履物屋で、輝栄と出会い、これまでにない胸の高鳴りを感じる。
名の知らぬ輝栄を「てる」と名付け、武蔵の物語に登場させた事で、これまで未熟だった作品が、版元・江木屋の目に止まるのだった。
同時に、毎日、「あなたを想いながら、武蔵の話を書いています」。同じ文を律儀に届ける一清の実直さに、輝栄の気持ちも傾いていく。
色恋沙汰とは無縁の実直な若者が初めて恋をし、それにより、人として深みを出していくといった、これまた「やぐら下の夕照」のような爽やかでありかつ若さって良いと微笑ましくなる内容である。
主要登場人物
一清...絵草子作者の卵
輝栄...深川古石場履物職人・信吉の娘
芳太郎...日本橋版元・江木屋の手代
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深川に生きる人々の、平凡な日常に起きる素朴な泣き笑いを描いた、人情時代小説短編集。
永代橋帰帆
永代寺晩鐘
仲町の夜雨
木場の落雁
佃町の晴嵐
洲崎の秋月
やぐら下の夕照
石場の暮雪 計8編の短編集
永代の帰帆
赤穂浪士の吉良邸討ち入りに沸く江戸で、公儀に楯突いたにも関わらず、彼らが義士扱いされるのに腹を立てる大洲屋茂助。
だが、伊予松山藩松平家下屋敷へ、稼業の蝋燭を納めに行った際、偶然にも見掛けた白装束の大石主税。16歳の少年が見せた武士の姿に茂助は、深く感じ入る。
ほかの作品と比べ、真意が分かり難いものの、大石主税という歴史上のスターを登用し、死に逝く者の未練、切なさそして武士道を現している。
主要登場人物
大洲屋茂助(健太郎)...佐賀町河岸ろうそく問屋の4代目
吉田宗右衛門...伊予松山藩松平家家臣
永代寺晩鐘
幕府の米買い上げにより米価が沸騰。煎餅屋を営む武蔵屋では、材料の米が手に入らず頭を抱える日々。そんな悩みをおじゅんに打ち明けられた、旧知の僧侶・西悦は、永代寺に出入りの札差・増田屋を紹介する。
そして増田屋の跡取りに見初められたおじゅんは、その時になり、西悦への適わぬ思いを改めて知り、おじゅんは増田屋へと嫁ぐ。
思わず青春時代を思い出す秀作そろいであるが、中でも、この物語のラストシーンの美しい光景には感動を隠せない。
決して適う筈のない恋を、刻の鐘に万感の思いを込める打つ西悦。本文中、一度も感情の起伏を現さない西悦が、無言で刻の鐘を鳴らすシーンは痺れます。
短編ではあるが、山本氏の作品中、一番感動した作品となった。
主要登場人物
おじゅん...永代寺仲見世通り煎餅屋・武蔵屋の娘
西悦...富岡八幡宮別当寺・永代寺の僧侶
仲町の夜雨
好き合って夫婦になった政太郎とおこんだったが、幾ら立っても子を授からず、政太郎は子ども欲しさに妾を囲う。
既に子を産めない身体となったおこんは、おみよに子を設けるように頼みに出向くが、おみよは頑にそれを拒むのだった。そして、それは子を産んでも本宅に取り上げられる寂しさからだとおこんは悟る。
本妻、妾、それぞれの心の葛藤を、男性である作者が見事に表現している。
主要登場人物
おこん...政太郎の女房
政太郎...深川冬木町・町鳶の頭
おみよ...政太郎の妾
木場の落雁
行儀見習奉公先の吉野の気品と美しい所作・言葉遣いに感銘を受るさくらは、恋仲の弦太郎の粗野さが気になって仕方がない。一方の弦太郎も、さくらが滑稽に見える。
そして、大横川の畔で、子どもたちの会話を耳にし、自身が身の丈にそぐわぬ背伸びをしていたと気付くのだった。
違う世界に足を踏み入れたり、垣間見た時、人はこんな勘違いを仕勝ちである。そんな一話。
主要登場人物
さくら...深川汐見橋・大工の頭領・孝次郎の娘
弦太郎...孝次郎の弟子
吉野...木場・材木商妻籠屋の大女将
佃島の晴嵐
深川で暮らす新田正純は、住民の安全のためにも、近隣に橋の必要性を深く感じていた。そして、ある夏、川で妻・ききょうを亡くした正純は、その見舞金を投じて橋を架け、新田橋と名付けられた。
それから3年後、火事で父・正純をも命を亡くしたかえでは、町の景観に父母の面影をなぞし、それが変わる事に難色を示しながらも、安全性を最優先に、新田橋の架け直しに踏み切るのだった。
作者の意図とは違うだろうが、清廉潔白、世のため人のために生きている人の身にも不幸ってあるのだなあと、少し物悲しくなってしまった。
主要登場人物
かえで...正純・ききょうの娘、町医者
新田正純...永代寺門前仲町の町医者
ききょう...正純の妻
洲崎の秋月
厳助は、江戸の三味線屋の総元締同様の老舗・杵屋の、「難しい客」を持て成す座敷を、無遠慮な若い芸妓・仙吉の目付役も兼ねて務める事になった。
その難しい客とは、侠客・ましらの亥吉と、その代貸・亥三郎である。
無方図な仙吉は、案の定、失態を犯し亥吉の怒りを買うも、厳助の機転で、座敷を無事に務める事が出来た。
この一部始終を目の当たりした、杵屋の跡取り・清次郎から、落籍話が持ち込まれるが、厳助は大いに困惑する。そして、「芸者が好きだから」。芸妓として己を全うしたいと結論を出すのだった。
辰巳芸者の心意気を存分に堪能出来ると同時に、若気の至りーー何時の時代も人の口に上る、「今の若い者は」といった話である。
主要登場人物
厳助...深川・常磐検番の芸妓
仙吉...深川・常磐検番の芸妓
杵屋清次郎 三味線屋の跡取り
篤之助...杵屋の番頭
やぐら下の夕照
飛脚宿の主・遠藤屋良三は、27年前を思い起こしていた。それは、数度文のやり取りをし、1度だけ深川で会った事のある弘衛の事だった。恋と呼ぶには淡い思いと、良三の父・亮吉が亡くなり、遠藤屋を継ぐに当たり、疎遠になったほろ苦さの入り混じった若かりし日である。
良三は、27年振りに弘衛に文を出し、あの時と同じ、仲町の櫓の前で弘衛を待つ。
誰にでも覚えがある、青春時代のノスタルジックな思い出が、同じ場所、同じ人と見る景色の中で風化せずに蘇る。それは、それぞれが歩んだ27年の人生が満ち足りていたからこそ得られた充実感。そんな爽やかな話である。
主要登場人物
遠藤屋良三...北品川・飛脚宿の三代目主
弘衛...深川海辺大工町・大工の内儀
石場の暮雪
絵草子作者を目指す一清は、大横川黒船橋たもと新兵衛店で日がな、宮本武蔵を題材とした新作に没頭していた。そんなある雨の日、出先で雪駄の鼻緒が切れ、飛び込んだ履物屋で、輝栄と出会い、これまでにない胸の高鳴りを感じる。
名の知らぬ輝栄を「てる」と名付け、武蔵の物語に登場させた事で、これまで未熟だった作品が、版元・江木屋の目に止まるのだった。
同時に、毎日、「あなたを想いながら、武蔵の話を書いています」。同じ文を律儀に届ける一清の実直さに、輝栄の気持ちも傾いていく。
色恋沙汰とは無縁の実直な若者が初めて恋をし、それにより、人として深みを出していくといった、これまた「やぐら下の夕照」のような爽やかでありかつ若さって良いと微笑ましくなる内容である。
主要登場人物
一清...絵草子作者の卵
輝栄...深川古石場履物職人・信吉の娘
芳太郎...日本橋版元・江木屋の手代
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