うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

日月めぐる

2016年05月28日 | 諸田玲子
 2008年2月発行

 江戸末期、駿河国の小藩・小島藩を舞台に、不思議な色合いを見せて渦巻く川に、人生を巻き込まれる人々の姿を描いた珠玉の7編。


川底の石
女たらし
川沿いの道
紙漉
男惚れ
渦中の恋 計7編の短編連作


 若かりし頃、上役の悪事を暴こうとした友が、川で惨たらしい姿で発見されたことに、疑念を抱く武士。

川底の石
 迎えに来ると言い残した男を、10年待ち続けた女。歳月を経て現れた男の本性は。

女たらし
 生粋の詐欺師である男が、出会った人の心に触れ、全うな人生を歩み始める。

川沿いの道
 夫婦約束をしていた藩士を待ち続ける武家娘だったが、男は、藩命に抗えずに自分の兄を討ったがために、己の元を去ったことを知る。

紙漉
 男と出奔した母を「女敵討ち」のために、やって来たひとりの武士が、その真実を知る。

男惚れ
 武士に憧れていた百姓が、「男惚れ」していた武士が、女にうつつを抜かしていると思い込み、嫉妬から取った行動が、思いも寄らぬ悲劇を生んだ。

渦中の恋
 大政奉還後、小島藩へ移封となった旧幕臣たちが抱く憂いや抗い。そして、各々が選択を迫られる。

 一気に読み終えて、暫し呆然とした。情景、状況、心理といった何いずれの面からも、見事としか例えようのない珠玉の名作である。
 一話完結であるが、登場人物の人生が、ほかの作品にも折り重なって、観覧車のように回る。そして不思議な色を成す川の渦が、全作を通してシンボリックに描かれている。
 冒頭からの巧みな文章と構成に引き込まれ、また、登場人物にも無駄がないので分かり易く、時代小説ファンでなくても一気に読むことができるだろう。
 諸田玲子氏の底力を見せ付けられた思いである。


 
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帰蝶(きちょう)

2015年11月07日 | 諸田玲子
 2015年10月発行

 大胆な推理を交え、謎に包まれていた信長の正室の生涯を描く衝撃作!  女性の目線から、信長の天下布武と本能寺の変を描き切った力作長編。

歳月(さいげつ)
本能寺の変
阿弥陀寺(あみだじ)にて 長編

 斎藤道三の娘であり、織田信長の正室となった帰蝶。嫁して後は、美濃から来た姫ということで、濃姫と呼ばれた。
 美濃衆の期待を一身に背負い、戦乱の世の常として同盟の為の礎となった帰蝶は、夫・織田信長に怯えながらも、奥を取り仕切り、逞しく生きていた。
 だが、本能寺の変で信長が明智光秀に伐たれると、その運命は一転する。
 信長、嫡男・信忠の横死を安土城で聞いた帰蝶は、側室や子どもたちを連れて日野城へと逃れる。
 そして時代は、豊臣秀吉の天下から関ヶ原の戦いへとめまぐるしく移りゆくなか、帰蝶は、漸く己自身の生き方を見出していく。

 織田信長に嫁して後、プツリとその消息が消えた帰蝶。斎藤道三亡き後は、利用価値が無くなり、殺害された。美濃へ戻されたなどの推測がされていたが、近年、信長の三男・信孝の庇護にあったとされている。
 そんなミステリアスな帰蝶の生涯を、諸田氏が研ぎすまされた洞察力で生き生きと描いた逸作。
 個人的に、帰蝶のその後は、歴史上屈指の気になることであり、実に興味深く読んだ。



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破落戸(ごろつき)~あくじゃれ瓢六~

2015年07月07日 | 諸田玲子
 2015年6月発行

 大火で最愛のお袖を失ってから5年。前作で盟友・篠崎弥左衛門と再会した瓢六は、再び悪に立ち向かう。「あくじゃれ」シリーズ第5弾。

織姫
ちょぼくれ
恋雪夜
於玉ヶ池の幽霊
化けの皮
破落戸
熊の仇討 計7編の短編連作

 お袖の面影を忘れられない一方、惹かれ合う瓢六と奈緒。二人の恋の進展と、前作から引き続く、老中・水野越前守を後ろ盾に悪行を働く南町奉行の「妖怪」こと鳥居甲斐守と、水野の手下・青山組との闘いについに終止符が打たれる。

 悲惨なシーンも物語の進行上拭えないが、諸田氏ならではの人間描写が生き生きと描かれている。
 シリーズの終焉的な終わり方が気になるが、新たなるステージへ向けての第一シーズン終了と思えば、次回作が楽しみだ。
 
 お詫び 申し訳ありません。多忙につき、項毎のあらすじは、割愛させていただきます。

主要登場人物
 瓢六(六兵衛)...長崎の古物商・綺羅屋の息子、元長崎の地役人、弥左衛門の相棒
 奈緒...阿部正寧家・奥女中
 篠崎弥左衛門...北町奉行所定町廻り同心
 源次...岡っ引き、弥左衛門の手下
 菅野一之助...北町奉行所吟味方与力
 篠崎八重...弥左衛門の後添え、後藤忠右衛門の三女
 篠崎弥太郎...弥左衛門の嫡男
 勝小吉...小普請組旗本の隠居
 勝麟太郎(後の海舟)...小吉の嫡男、小普請組旗本
 阿部正寧(不浄斎)...備後国福山藩主・第六代藩主、隠居 
 ※お袖...辰巳芸者、瓢六の情婦
   ※は故人



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めおと

2015年06月27日 | 諸田玲子
 2008年12月発行

 諸田玲子氏の初期の作品を集めた男女にまつわる短編集。

江戸褄(えどづま)の女

佃(つくだ)心中
駆け落ち
虹(にじ)
眩惑(げんわく) 計6編の短編集

江戸褄(えどづま)の女
 駿河小島藩江戸詰めの夫・倉田有之助の腹違いの妹・久美が現れ、二人の仲を邪推する妻・幸江。だが、久美の正体は…。


 病いのために家督を弟に譲り隠棲する橘新左衛門。その妻・佳世には、誰にも知られてはならない秘密があった。新左衛門に忠節な下男の留吉にそれを知られたと同時に、留吉の企みに佳世は気付く。

佃(つくだ)心中
 浪々の山下半左衛門は、ふとしたきっかけで辻斬りで憂さを晴らすようになっていった。そして仕立物の内職で糊口を凌いでいる妻の鈴江には、夫には知られてはならない秘密があった。
 その二つが交差した時、夫婦の運命が一転する。

駆け落ち
 東海道吉原宿で旅籠を営む庄左衛門、紀代夫妻の元に、駆け落ち者と思しき男女・伊三郎とおみちがやって来た。自らも駆け落ちで結ばれた紀代は、何とか二人の力になりたいと尽力するも…。

虹(にじ)
 足軽の小助は、桶狭間の戦に駆り出され、恋女房の美貌のいねの在所の足軽たちが、いねの良からぬ噂話をし、小助を蔑むのに我慢がならず、戦の戦勝祝いに振る舞われた酒に下剤にもなる薬草を混入してしまう。だが、その酒が回り回って大将の口に入ったから大変。

眩惑(げんわく)
 八名郡矢萩城主・服部正昭の娘・小夜姫を警護しつつ富岡城まで落ち延びる草者の三郎太と伍助。逃避行の最中、身分を超えて男女となった小夜姫と三郎太を傍観していた伍助であった。
 歳月がは流れ、再度落城の憂き目に会う小夜姫を救い出すべく伍助は動くが、そこには老いた己を三郎太に見せたくはないといった小夜姫の思いが働き、三郎太が選んだ盲目の愛。

 御本人も恥ずかしいと後期に書いておられるが、確かに初期作品だけあり、冒頭から落ちが分かってしまうストーリ。だが、小袖などの小物を絶妙に使った情景描写は冴えている。





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青嵐

2015年04月03日 | 諸田玲子
 2007年3月発行

 侠客・清水次郎長一家の2人の松吉。ひとりは、森の石松こと美男で博打も喧嘩も強い三州の松吉は。もうひとりは、並外れた巨体な愛嬌者で豚松と 呼ばれた三保の松吉。
 青葉のころに吹く「青嵐」のように、動乱の幕末を駆け抜けた最後の侠客を描いた傑作時代長編。


三州の松吉
幕間
三保の松吉
幕間
石松人情
豚松の義理
跋 長編



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天女湯おれん

2015年04月03日 | 諸田玲子
 2007年12月発行

 八丁堀の湯屋・天女湯を舞台に、ひとり身の美人女将・おれんと訳ありの仲間たちの色めいた活躍を描く「天女湯おれん」シリーズの第1弾。

一章 雨夜の怪事件
二章 辻斬り退治
三章 師走のコソ泥
四章 宿敵、大黒湯
五章 湯船の決闘 計5本の短編連作

 辻斬り、窃盗、心中、お家騒動。次々と起こる騒動の中、天女湯の主・おれんの恋が進行する。

主要登場人物
 天女湯おれん...八丁堀北島町の湯屋の女将
 弥助...天女湯の三助兼釜焚き・色事師(役者崩れ)
 与平...天女湯の番頭(元盗賊)
 おくめ...天女湯の女中、与平の女房(元女郎)
 杵七...天女湯の小童
 与吉(鼬小僧)...天女湯の釜焚き、与平の息子
 栄次郎...岡っ引き
 深津昌之助...旗本の二男
 惣兵衛...日本橋薬種問屋・和漢堂の隠居
 為永春水...戯作者
 新村左近...某藩藩士



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王朝小遊記(おうちょうしょうゆうき)

2014年06月17日 | 諸田玲子
 2014年4月発行

 万寿二年(1025年)、藤原道長のライバルの下に参集した世のはずれ者たちが、鬼よりも悪辣な敵に立ち向かう。

ナツメとナマス
シコン
コオニ
ニシタカ
悩める家人、平広方
そしてだれもいなくなった!? 長編連作

ナツメとナマス
 下級官僚の父が亡くなり、物売女へと実を呈したナツメ。世を儚んで死に場所を探し歩くうちに、やはり先に希望の見えないナマスと呼ばれる老人と出会う。

主要登場人物
 ナツメ...物売女、元下級官人の娘
 ナマス...下級貴族
 仲助...元ナツメの父の家人
 千古姫...藤原実資の娘(小野宮)
 良円...小野宮弟の住職
 謎の男

シコン
 職を辞し、貧しさの中で隠遁生活を送るシコンの元に、時の人である藤原頼通邸で迎えたい旨の話が舞い込んだ。巧過ぎる話を訝しんだシコンは、昔馴染みを訪ねるが…。

主要登場人物
 シコン...元源憲定の姫の女房(紫紺内侍)
 楽水法師...宇治仏徳山の老僧
 謎の男

コオニ
 母の愛情に飢えている小麿は、流行病により奉公人が辞し、母娘だけで暮らす屋敷を訪い、自らを「コオニ」と名乗り、援助の手を差し伸べるが、暇を持て余した貴族の子息たち大蛇党に目を付けられ…。

主要登場人物
 小麿(コオニ)...母は内裏の女房勤め
 小麿の従兄弟...左衛門少尉の子息 
 ニシタカ...謎の男
 大蛇党

ニシタカ
 藤原隆家に遣えていた頃に情を交わした三の姫が怪しい僧都の祈祷を受けていると、三の姫の乳母から救いを求められたニシタカ。コオニと共に僧房に乗り込むと、恐ろしい光景が…。

主要登場人物
 ニシタカ...浮浪者(元藤原隆家の家臣)
 小麿(コオニ)...母は内裏の女房勤め
 家司...藤原隆家の家臣

悩める家人、平広方
 当主の愛娘・千古姫の命が何者かによって狙われていると知った平広方。当主の長子ながら出自が卑しいため、僧侶となっている良円の元を訪い、助けを請う。

主要登場人物
 平広方...小野宮弟当主・右大臣・藤原実資家人
 千古姫...藤原実資の末娘
 良円...小野宮弟の住職、藤原実資の長子
 源仲助...広方の妻女の間男

そしてだれもいなくなった!?
 ナツメ(物売女)、ナマス(博学爺)、シコン(貴族の元女房)、コオニ(不良少年)、ニシタカ(浮浪者)、平広方(家人)、良円(僧侶)は、小野宮弟にて、千古姫を守る為に謎の敵と対峙する。そしてその結果は…。

主要登場人物
 ナツメ...物売女、元下級官人の娘
 ナマス...下級貴族
 シコン...元源憲定の姫の女房(紫紺内侍)
 小麿(コオニ)...母は内裏の女房勤め
 ニシタカ...浮浪者(元藤原隆家の家臣)
 平広方...小野宮弟当主・右大臣・藤原実資家人
 千古姫...藤原実資の末娘
 良円...小野宮弟の住職、藤原実資の長子

後日譚
 別れの時…そしてそれぞれのその後。

主要登場人物
 ナツメ...物売女、元下級官人の娘
 ナマス...下級貴族
 シコン...元源憲定の姫の女房(紫紺内侍)
 小麿(コオニ)...母は内裏の女房勤め
 ニシタカ...浮浪者(元藤原隆家の家臣)
 平広方...小野宮弟当主・右大臣・藤原実資家人
 千古姫...藤原実資の末娘
 良円...小野宮弟の住職、藤原実資の長子

 5つの物語で、登場人物の置かれた状況を独立した形で進行させ、最終話にて、各話の主人公を出会わせ、これまでの短編集を一気に長編連作へと塗り替える作者の巧妙さに脱帽。
 王朝時代に興味がなくても、マンウオッチングを楽しめる小説である。


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相も変わらずきりきり舞い

2014年04月13日 | 諸田玲子
 2014年2月発行

 酒浸りで奇人の父親を持った事から悩みが絶えず、自らの婚期も逃しつつあり、焦りながらも玉の輿を夢見る十返舎一九の娘・舞と、葛飾北斎の娘・お栄らによる痛快人情コメディ。「きりきり舞い」の続編。

相も変わらず
祝言コワイ
身から出たサビ
蓼食う虫も
人は見かけに
喧嘩するほど
人には添うてみよ 計7編の短編連作

相も変わらず
 勘弥の代稽古をつける舞の元に、「泥棒が入った」とお栄が息を切らせてやって来た。だが、盗まれたのはお栄の枕絵のみ。鳶堂の鵜右衛門が、一九の戯作には目もくれずに銭になる枕絵を持ち帰ったのだった。
 お栄は、一九を慮って取り戻した枕絵を川に捨てる。

祝言コワイ
 老舗の呉服屋・八幡屋へ嫁ぐことになった勘弥の祝言に、弟子の舞はもちろん、身内に箔をつけるために、一九とお栄にも列席を求められた。奇人である一九とお栄が場をぶち壊しにするのではないかと舞は気が気ではないのだが、当日、勘弥の昔の情夫・安二郎が殴り込みにやって来て…。
 一九、尚武、お栄の奇人を生かした(?)機転が、婚礼の場を救ったばかりか、花を添える。

身から出たサビ
 舞の家の井戸に幽霊が出るとの目撃が後を絶たず、気味の悪い舞は、絵の題材にしろと、お栄をけしかけて寝ずの番をさせる企みが、なぜか自分が番をする羽目になる。
 どうやら子どもの仕業と分かるが、なんと、一九が記憶にも留めていなかった、品川宿の旅籠で働いていた女との間に出来た子の一九に復讐のための所行を分かる。
 既に母親は鬼籍に入り、行く宛のない丈吉だが、後添えのえつの気持ちを思んばかり、尚武が己の子であると告げ、養育することになる。
 
蓼食う虫も
 売り出し中の女形・外村呑十郎が、初めての立約に挑むとあり、お栄が役者絵を頼まれた。
 その出会いにり、呑十郎はお栄に惚れてしまったようで、稽古にも身が入らずに、恋いこがれていると聞き、舞は、お栄を着飾らせて呑十郎の舞台を観に連れ出すのだが、そこで素っ気ない呑十郎とその横に居る女房を目の当たりにしてしまう。
 呑十郎の悪い癖で、舞台の初日が開けるまで、不安な気持ちを紛らわす為に、女に現を抜かすのだそうだ。それも見目の悪い女が好みだと言う。
 すっかり気持ちを弄ばれたお栄は、舞とえつと共に酔って鬱憤を晴らすのだった。

人は見かけに
 弥次郎兵衛と名乗る男が、一九の弟子入り志願でやって来た。「東海道中膝栗毛」の弥次さんと同名なのが気に入り、一九は即座に弟子に取る。
 そんな折り、このところ無心に描いているお栄の亀が何者かに盗まれ、同時に長屋に越して来たばかりの浪人に、おいとが人質に捕られる。
 この浪人と弥次郎兵衛は一九の隠し財産を狙った泥棒であり、お栄の亀に入った木箱を金子と勘違いして盗み出したが、それと違うと分かるとおいとを盾に立て籠ったのだった。
 
喧嘩するほど
 おいとの命を救ってから、尚武とおいとが急接近。少しばかり胸のざわめきを感じる舞に、与五郎兵衛から嫁にしたいと打ち明けられる。武士の妻になることが夢だった舞は、有頂天になるが…。
 どうも話の辻褄が合わずにいると、与五郎兵衛は藩命で、北斎に屏風絵を書いて欲しいので、お栄から北斎を口説いて欲しいといった依頼だった。
 とんだ勘違いだった舞は、踊りの師匠として生きようと誓う。

人には添うてみよ
 今度は本当に与五郎兵衛からの嫁入り話が決まった舞い。 
 一方、悪名高き、阿久里屋尽右衛門の座敷の呼び出された一九と尚武。舞の懸念が当たり、荒れた座で一九を庇った尚武が大怪我を負った。
 慌てて駆け付け、懸命に看病する舞は、自分の尚武への思いを今更ながら知るのだが、片腕が使えなくなった尚武は在郷に戻ると言い出すのだった。
 それを、家計は踊りの師匠をして自分が支えると、言い切った舞。
 どうやら「きりきり舞」は、未だ未だ続きそうだ。

 第一作よりも更に面白みを増した続編。中でも葛飾北斎の娘・お栄が良い味を出している。浮世離れしながらも、鋭い洞察力とここ一番の判断力。そして、実は情もある。
 主役を喰った名傍役といったところだろう。作者がお栄のキャラを愛している様子が伺える。
 また、全てのキャラ設定が生き生きとしていて、読み易く、面白いシリーズである。

主要登場人物
 舞...十返舎一九の娘
 十返舎一九(駿河屋藤兵衛、与七、幾五郎、重田貞一)...戯作者
 えつ...一九の4番目の女房
 お栄(葛飾応為)...葛飾北斎の娘、浮世絵師
 葛飾北斎...浮世絵師
 今井尚武...一九の弟子・居候、駿府の浪人、旗本小田切家元家臣
 森屋治兵衛...地本問屋錦森堂の主
 勘弥...藤間流の踊りの師匠
 間与五郎兵衛...延岡藩内藤家の江戸勤番侍
 丈吉...一九の隠し子、尚武の子として認知




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山流し、さればこそ

2014年03月04日 | 諸田玲子
 2004年12月発行

 同僚の奸計により、左遷され、出世の道が鎖された矢木沢数馬が、無念と逆境の中で真実の人生を噛み締める。

第一章 山間(やまあい)の地へ
第二章 風変わりな隣人
第三章 新参いじめ
第四章 壁の耳
第五章 不意打ち
第六章 化物騒ぎ
第七章 八方ふさがり
第八章 鬼退治
第九章 甲府学問所
第十章 冬ざれの果て
終 章 天保(てんぽう)六年早春 長編

 寛永年間。小普請組世話役として出世の道を歩み始めた矢木沢数馬は、同僚の讒言により、役目を解かれ、「山流し」と忌避される、甲府勝手小普請を命じられる。
 初めての目にする甲府の地は、商いで繁栄する城下とは裏腹に、無気力な勝手小普請、事なかれ主義の上役や、乱暴狼籍を働く勤番衆。荒んだ武士たちの姿があった。
 着任早速数馬は、勤番衆による「新参いじめ」に遭うが、謎の女・都万に助け舟を出される。都万の存在が気になりながらも、城下を騒がす、妖の面を付けた盗賊や、辻斬りの事件解決へと、同輩の富田富五郎(無陵先生)、末高友之助らと立ち向かう。
 そして、次第に明らかになる無陵と都万、蕗との過去。
 やがて数馬は、出世や家名に振り回されてきた己の生き様を振り返り、甲府に残る決意をする。

 左遷の場面から物語はスタートし、同輩たちの讒言に憤り、未来に失望する主人公。
 どのような内容に仕上がっているのか、読み初めの題材は暗いのだが、内容は、「青雲上がれ」のような軽いタッチと面白さで、あっという間に読破。
 そして、結末もこれまた爽やか。
 脇役の設定も丁寧であり、どうして「山流し」の憂き目に遭ったのか、甲府でどのようにしているのかから、その人間性も伺える。
 「終章 天保六年早春」では、その後が描かれていることから、シリーズではない模様。

主要登場人物
 矢木沢数馬...甲府勝手小普請、元幕府・小普請組世話役
 矢木沢多紀...数馬の妻
 矢木沢文太郎...数馬の嫡男
 喜八...矢木沢家の下男
 富田富五郎(無陵先生)...甲府勝手小普請
 末高友之助...甲府勝手小普請
 都万...生糸買付問屋荒川屋の後添え
 蕗...柳町の旅籠の娘、無陵先生の手伝
 松田嘉次郎...甲府勤番





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楠(くす)の実が熟すまで

2013年10月16日 | 諸田玲子
 2009年7月発行

 禁裏・公家の不正の証しを掴もうとする幕府側が、最後の切り札として送り込んだ隠密・利津が、真実を探り当てるまでに女心を絡めたミステリーが展開する長編。

楠(くす)の実が熟すまで 長編

 安永年間、禁裏での出費増大に頭を悩ませた幕府は、公家の不正探索を図るも、密偵たちが次々と何者かにより殺害されてしまう。
 最後の切り札として目を付けたのは、幕府探索方の御徒目付・中井清太夫の姪・利津であった。無事、役目を果たさなければ清太夫は切腹。かつ上意であれば利津に選択の余地はない。
 利津の任務は、禁裏口向役人・高屋遠江守康昆の継妻として、同家に入り込み、不正の証しを捜す事だった。その期限は、楠の実が熟すまで。
 その輿入れの日に、康昆のひと粒種である千代丸が病いでもがき苦しんでいた。それを救った利津。
 それからは、千代丸の愛らしさ、そして何より康昆に惹かれていくのだが、夫の弟である右近が幽閉されている事を知り、高屋家に対する疑惑も抱き始める。
 そして蔵の中から、証しを見付け出すや、老僕の忠助、下女のなかが何者かに殺害され、時を同じくし、利津は、父の危篤の文を受け取るのだった。
 もはや夫への疑惑は覆せず、だが夫への思慕も覆せない。そんな利津が選んだのは、康昆の妻として千代丸の継母として生きる道だったが、夫が選んだのは、利津の命だった。

 元値の安い御戸帳を高値で買ったことにして、寺社へ寄贈し、差額を騙し取るというのが、不正の手法であり、私腹を肥やす公家たちと幕府役人との葛藤であり、高屋家は首謀ではいのだが、弟・右近幽閉の謎や、清太夫の小者・留吉の存在を表に出し、終盤まで謎解きが解らないといった深いミステリー仕立てになっている。
 また、密偵として割り切ったにも関わらず、康昆へ惹かれていく利津の女心に加え、千代丸といった幼児を登場させた事により、母性愛までをも組み入れた感動巨編と言える。
 全ての黒幕が、何であの人? といった不振はあるのだが、最後まで引っ張る力量と同時進行する恋。やはり諸田氏は凄い。
 序盤の小見出し3作目とは打って変わった本編。そしてその本編が序盤へと繋がる辺りの巧さ。唸らずにはいられない計算され尽くした力作である。
 主役は飽くまでも利津なのだが、康昆の人柄に深く感化されてしまった。
 ラストも悲壮感がないのが良い。やはり売れている作家さんって、こうなんだなと思わせる作品である。

主要登場人物
 中井利津...清太夫の姪、河内国楠葉村・郷士の娘
 高屋遠江守康昆...禁裏口向役人・御取次衆
 中井清太夫...幕府・御徒目付
 高屋千代丸...康昆の嫡男
 高屋右近...康昆の弟
 忠助...高屋家老僕
 なか...高屋家下女
 石上伝兵衛...立花町万屋の主、広橋家未勤家臣、康昆の母方の叔父
 山村信濃守良旺...京都西町奉行
 中井万太郎...河内国楠葉村・郷士、利津の父親
 留吉...清太夫の小者





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お順~勝海舟の妹と五人の男~(上・下巻)

2013年10月12日 | 諸田玲子
  2010年10月発行

 勝海舟の妹であり、佐久間象山の妻であったひとりの女性・お順が辿った女としての道。そして彼女を取り巻く幕末の動乱を描いた長編作品。

上巻
第一章 小吉の放蕩(ほうとう)
第二章 虎之助の野暮(やぼ)
第三章 象山の自惚(うぬぼ)れ
下巻
第三章 象山の自惚(うぬぼ)れ(承前)
第四章 隣太郎の人たらし
第五章 俊五郎の無頼
終 章 お順のその後 長編

 奔放ではあるが、情に深く義を重んじる父・勝小吉を崇拝するお順は、貧困の中にあってもそれを苦にもせず、当時の女性としては進歩的思考に育っていった。
 そんな彼女が思慕を抱いたのは、父親程も年の離れた剣客・島田虎之介であった。
 この初恋は実ろうかといった矢先、虎之介が病いに倒れる。
 そして、やはり親子程も年の離れた佐久間象山の正室として嫁すが、そこには妾の産んだ幼い恪二郎と、同じく妾のお蝶が先住しているのだった。
 いきなり恪二郎の母として家刀自として、一切を任されたお順。胸の奥に虎之介の思いを秘めながらも、象山を尊敬し、妻として相応しくあろうと努めるが、嘉永7 (1854)年、再び来航したペリーの艦隊に門弟の吉田寅次郎(松陰)が密航を企て、象山も事件に連座して伝馬町に入獄。更に松代での蟄居を余儀なくされる。 
 お順も松代まで同道し、江戸を離れ長い蟄居生活を送る。
 実母・信子の病い看病のため、単身江戸へと戻ったお順。時に、実兄の麟太郎(海舟)は、幕府の重鎮として出世を果たし、蟄居を解かれた象山は一橋慶喜に招かれて上洛し、公武合体論と開国論を説くも、尊皇攘夷派の志士・前田伊右衛門、河上彦斎等により暗殺される。
 再び勝家に戻ったお順は、山岡鉄太郎(鉄舟)の門弟であった村上俊五郎に亡き虎之介の面影を見出し、恋に落ちる。
 幕府が倒れ、駿府へと移住を余儀なくされた旧幕臣たちであったが、お順はここで俊五郎との生活を始めるも、俊五郎の身持ちの悪さに愛想を尽かしたお順はひとりで歩き出す事を誓う。

 愛した島田虎之介、尊敬する佐久間象山、女としての幸せを掴もうとした村上俊五郎。そして敬愛止まない父・小吉。勝家再興を果たし、先見の明のある兄・麟太郎(海舟)。
 お順に生涯に多大な影響を及ぼした5人の男たちである。
 さすが勝家の娘。ほかにも彼女を取り巻く人物がひとかどではない。当然なのだが、幕末で名の知れ人たちばかりである。
 物語は、お順の目を通して描かれており、幕末の政治や歴史をくどくどと論じる事もなく、自然に頭に入ってくるので、歴史が苦手な方でも難なく読みこなせるだろう。
 諸田氏渾身の作と感じ入った。
 大変に面白い作品である。
 
主要登場人物
 勝順子...勝家の二女、佐久間象山の妻
 勝小吉(夢酔)...順の父親、旗本・小普請組
 勝麟太郎(海舟)...順の兄、海軍奉行並、陸軍総裁、軍事取扱など歴任
 勝信子...順の母親
 勝はな...順の姉
 勝民子...麟太郎の正妻
 男谷信友...小吉の甥、幕臣、道場主
 島田虎之介...順の許嫁、剣客、武蔵忍藩藩主・松平忠敬の出入り師範
 島田菊...虎之介の娘
 佐久間象山...順の夫、松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家
 村上俊五郎...順の内縁の夫、元道場主、浪士組道中目付
 佐久間恪二郎(三浦啓之助)...象山の庶子、後の新選組隊士、松山県裁判所判事
 お蝶...佐久間象山の妾


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再会~あくじゃれ瓢六~

2013年10月02日 | 諸田玲子
 2013年7月発行

 長崎の古物商・綺羅屋の息子で、元は阿蘭陀通詞見習いもした地役人で、唐絵目利きで、蘭医学、天文学、本草学の心得もある上に世之介ばりの色男・瓢六が、その才覚を見込まれ、無骨な同心・篠崎弥左衛門と組んで、難事件を解決していく人気シリーズの第4弾。

再会
無念
甲比丹
縁者
でたらめ
毒牙
泣き所 長編
 
 あれから十数年。四十路となった瓢六は、大火により、内縁の恋女房・お袖を失い、不良旗本・小出家の店子となり、昔の縁を切り、自堕落な暮らしを送っていた。
 ある日、賭場の手入れの折りに救われた、奈緒の手引きに寄り、岡っ引きの源次や北町奉行所の同心・篠崎弥左衛門と再会を果たし、天保の改革を押し進め、この世を牛耳ろうとする老中・水野越前守忠邦、南町奉行に就任した鳥居耀蔵の陰謀に巻き込まれていくのだった。
 彼らの威を借りた大蛤の次助による非道で、源次は一命を落とし、篠崎弥左衛門は病いから右手が不自由になりながらも、一子・弥太郎に跡目を継がせるまではと同心を続けている。
 時の移り変わり、深く負った傷を封印し、瓢六は弥左衛門の小者として働く事に決める。そこには奈緒の存在もあった。
 そして水野越前守忠邦の改革に、危うい目に会う者たちを救うべく立ち上がるが、実家である綺羅屋もそれに巻き込まれ…。

 これは凄い。シリーズ最高傑作であると同時に、諸田氏にとっても屈指の作品と言える。
 江戸風情を織り込んだフィクション小説なので、受賞作品と比べるとネームバリューに欠けるだろうが、ところがどっこい。背景の時代考証は素晴らしく物語に生きており、勝小吉・海舟親子を交えての展開など、幕末・歴史ファンにはたまらない実存した人物とフィクションが見事に重なり合った。
 未だ、後作に続きそうな締め括りであったので、今後も見過ごす事の出来ないシリーズと言える。
 このところ、諸田氏らしくないと思っていたので、目から鱗。やはり底力を感じる作家である。歴史的背景と搦めての展開が続けば、諸田氏の代表作になるだろうと思われる。一気に読み終え、読んで良かったと実感出来た。

主要登場人物
 瓢六(六兵衛)...長崎の古物商・綺羅屋の息子、元長崎の地役人、弥左衛門の相棒
 篠崎弥左衛門...北町奉行所定町廻り同心
 源次...岡っ引き、弥左衛門の手下
 菅野一之助...北町奉行所吟味方与力
 篠崎八重...弥左衛門の後添え、後藤忠右衛門の三女
 篠崎弥太郎...弥左衛門の嫡男
 鶴吉...賀野見堂の手代
 平吉...元きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 作次郎...長崎の古物商・綺羅屋の奉公人、元きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 筧十五郎...元武士、絵師(瓢六の瓦版仲間)
 小出茂右衛門...小普請組旗本、瓢六の大家
 奈緒...阿部正寧家・奥女中
 勝小吉...小普請組旗本の隠居
 勝麟太郎(後の海舟)...小吉の嫡男、小普請組旗本
 男谷信友...麻布狸穴・道場主、幕府勘定方旗本、勝麟太郎の従兄弟
 阿部正寧(不浄斎)...備後国福山藩主・第六代藩主、隠居 
 都甲𨨞太郎...幕府御小人目付、元馬医
 ※お袖...辰巳芸者、瓢六の情婦
 ※杵蔵...深川亀久町・一膳飯屋きねへいの主
 ※ちえ婆...さんきねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 ※賀野見堂弐兵衛...深川亀久町・貸本屋の主
  ※は故人






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春色恋ぐるい~天女湯おれん~

2013年09月01日 | 諸田玲子
 2012年2月発行

 八丁堀の湯屋・天女湯を舞台に、ひとり身の美人女将・おれんと訳ありの仲間たちの色めいた活躍を描く「天女湯おれん」シリーズの第3弾。

女、貰い受け候
昇天、鼬小僧
ソにして漏らさず
ホオズキの秘密
春色恋苦留異
大姦は忠に似たり
忍法、天遁の術 計7編の短編連作

 八丁堀の湯屋・天女湯の表の商いは文字通りの湯屋であるが、その裏では、設えた隠し部屋にて色事の手引をしている。
 それは、よんどころない事情で金銭のために身体を売らねばならない女のために、男女の仲を取り持ちも行っているのだ。むろん、御法度の裏稼業である。
 そんな表と裏を知る天女湯の奉公人も、これまた脛に傷を持つ者ばかり。
 よっておれんを始め皆が皆、巷を騒がす義族・鼠小僧にはいたく執心していた。中でも、8年振りに再会した与平・おくめの息子・与吉に至っては、鼠小僧を兄と慕い、自らを鼬小僧と名乗って天女湯に盗みに入ったところを与平に取り押さえられ、そのまま釜炊きになる。
 鼠小僧捕縛から獄門までと、裏長屋の面々の日常や、湯屋に通ってくる少女への義父の性的虐待、人気戯作者を追い回す女、賊の首領が庄屋の息子と偽り大店の婿に納まるも、内状は火の車だったりと、色事の妬みなどを交えながら、人々の生業を描いていく。
 そして、誰もが天女と崇める美貌のおれんの3度目の悲恋。
 短編連作ではあるが、長編とも読み取れる一冊である。

 内容自体は、どろどろとしたきな臭さがあるのだが、おれん始め登場人物のあっけらかんとしたキャラが、それを「さもありなん」風に描いている。また、事件の結末にどんでん返しが絡み、悲壮感も払拭させていると言えるだろう。
 江戸の湯屋の2階では、男たちがこんな話題で持ち切りだったのだろうと思わなくもないが、エロチックなシーンも多く、諸田氏の作品では異色である。
 そして、おれん自身が恋に落ち、また恋から冷める件も実にあっさりとしており、人情家である筈の彼女が色恋には情が薄いとでも言おうか…1作目、2作目を読んでいないので、まあ今回に限っての印象だが。全体に、レギュラー陣のクールさが印象的だ。
 個人的には、諸田氏の持ち味を感じられなかった。

主要登場人物
 天女湯おれん...八丁堀北島町の湯屋の女将
 弥助...天女湯の三助兼釜焚き・色事師(役者崩れ)
 与平...天女湯の番頭(元盗賊)
 おくめ...天女湯の女中、与平の女房(元女郎)
 杵七...天女湯の小童
 与吉(鼬小僧)...天女湯の釜焚き、与平の息子
 栄次郎...岡っ引き
 深津昌之助...旗本の二男
 惣兵衛...日本橋薬種問屋・和漢堂の隠居
 為永春水...戯作者
 新村左近...某藩藩士




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べっぴん~あくじゃれ瓢六捕物帖~

2013年08月24日 | 諸田玲子
 2009年4月発行

 長崎の古物商・綺羅屋の息子で、元は阿蘭陀通詞見習いもした地役人で、唐絵目利きで、蘭医学、天文学、本草学の心得もある上に世之介ばりの色男・瓢六が、その才覚を見込まれ、無骨な同心・篠崎弥左衛門と組んで、難事件を解決していく人気シリーズの第3弾。

きらら虫
女難
春の別れ
災い転じて
金平糖
べっぴん
杵蔵の涙 長編

 旱魃により米の不作が続き、江戸では米の値段が急騰。米問屋を狙った打ち壊しが頻発していた。そんな中に、一膳飯屋・きねへいの主・杵蔵が仕組んだ打ち壊しで、大金が盗まれ、その犯人を目撃した商家の出戻り娘・おしずが殺される。
 おしずが目撃したという女に陰を追う瓢六の前に、きねへいでの食中毒騒動、貸本屋の主・賀野見堂弐兵衛が何者かに殺害され、杵蔵の包丁が傍らに落ちていたり…。
 そしてそこには必ず若くて美しい女の存在があり、きねへいの仲間たちが罠にはまっていく。その女の狙いが杵蔵にあると察した瓢六は、杵蔵の過去を探り、女を炙り出す策をとるが…。
 きねへいに務める仲間たちを巻き込みながら、謎めいた杵蔵の過去が次第に明らかになっていく。
 謎解きのため、奉行所の仮牢、霊雁島の寄場、小伝馬町の牢と、瓢六はまたも娑婆と牢を出たり入ったり。
 一方で、仲睦まじい瓢六とお袖が些細な事から口論となり、瓢六はお袖の元を飛び出し、篠崎弥左衛門の組屋敷に寝起きする。

 各章の冒頭に、一人称の短文が添えられており、その内容が何を意味するのか、最初は?であるも、それが謎の女の胸中である事が次第に分かると、杵蔵との関わりも明らかになっていく。
 それは、母親が惨めな境遇で死んでいったのは、杵蔵のせいだと逆恨みする、実の娘・おちょうであり、育ての父親が娑婆で杵蔵を殺す事は不可能だが、牢内で必ず仕留めると口にし、捕縛された為に、何としてでも杵蔵を牢送りにしようとするおちょうの仕業であったのだ。
 女房・お加代と弟弟子・万五郎の不義で夫婦別れし、己に娘がいたことも知らなかった杵蔵。一方、万五郎に育てられたおちょうは、万五郎から一方的に杵蔵を悪者に聞かされていたのだ。
 結果、杵蔵は侠気のある人物に相応しく、娘の怨念を受け入れ、抱き抱えるように共々大川へと身を投じるといった傷ましい終焉であった。
 中盤から終盤までの謎解き部分は、流石に諸田氏と言って良い素晴らしさであり、箸休めの用に挟み込まれる瓢六とお袖。篠崎弥左衛門を取り巻く婚礼騒ぎとユーモラスもあるのだが、以前に読んだ「あくじゃれ」ほどのインパクトを感じず、キャラ設定やその関係性に、宇江佐真理氏の「髪結い伊三次」がオーバーラップしてしまった。

主要登場人物
 瓢六(六兵衛)...長崎の古物商「綺羅屋」の息子、元長崎の地役人、弥左衛門の相棒
 篠崎弥左衛門...北町奉行所定町廻り同心
 お袖...辰巳芸者、瓢六の情婦
 源次...岡っ引き、弥左衛門の手下
 菅野一之助...北町奉行所吟味方与力
 沢田政江...弥左衛門の姉、賄い方・沢田与兵次の妻
 篠崎八重...弥左衛門の後添え、後藤忠右衛門の三女
 後藤忠右衛門...幕府・賄い組頭
 雷蔵...小伝馬町牢名主、元力士
 鶴吉...賀野見堂の手伝い
 杵蔵...深川亀久町・一膳飯屋きねへいの主
 平吉...きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 作次郎...きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 ちえ婆...さんきねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 十五郎...絵師(瓢六の瓦版仲間)
 賀野見堂弐兵衛...深川亀久町・貸本屋の主
 




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昔日(せきじつ)より

2013年08月21日 | 諸田玲子
 2005年4月発行

 江戸開府期から幕末まで、昔日のしがらみを背負って生きる8人を描いた、「其の一日」の姉妹篇とでもいうべき短編集。

新天地
黄鷹
似非侍
微笑
女犯
子竜
打役
船出 計8編の短編集

新天地
 関ヶ原の合戦で手柄を立てたという父・黒左衛門は、百姓に甘んじる事を良しとせず、武士になろうと息子・国太郎を伴い江戸へと足を向ける。
 だが、次第に働く事を止め、昔馴染みの如何わしい佐次郎と行動を供に知るようになると、そんな父を許せない国太郎は、父の情のなさや生き方に失望を抱くようになり、浜野屋で奉公する。
 父の言動のひとつ、ひとつが、時として善でもあり悪にも感じる国太郎の葛藤。そして、父・黒左衛門の神髄が見えるのだった。

主要登場人物 
 黒左衛門...信濃国小諸近くの百姓
 国太郎...黒左衛門の息子
 浜野屋金兵衛...江戸すみ町・小間物屋の主
 佐次郎...黒左衛門の昔馴染み

黄鷹(わかたか)
 徳川家康の側室であった清雲院は、同じ側室だった蓮華院の訃報を知り、寂しさを感じ入っている折り、町娘・ぎんから、恋路成就の手助けを頼まれる。
 時を同じくし、伊勢へと旅立った、恋の相手・多次郎が、ぎんに会いたさに番頭を殺害し路銀を元手に江戸へと戻っていた。
 それを匿う清雲院であったが、事は露見し捕り方に囲まれると、黄鷹は身を呈して多次郎を守る。
 ぎんには多次郎の死を隠し、瀕死の黄鷹は自ら出奔。清雲院が、流される人生よりも、意思を抱いた生き方を見出していく。

主要登場人物 
 清雲院(お奈津)...徳川家康の元側室
 黄鷹...清雲院付き老僕(下忍)
 ぎん...伊勢町呉服屋・伊勢屋の女中
 多次郎...伊勢町呉服屋・伊勢屋の手代 
 
似非侍(えせざむらい)
 門前にて助けを請うた武士・田所猪之助を助け入れた植村家。猪之助を匿うが、猪之助は日に日に植村家へと馴染み、石川弥次右衛門が恋しく思うおこよまでもが猪之助へと傾向する。
 傷の癒えた猪之助を植村家は在所へと逃すため、弥次右衛門は警護を買って出るも、当の猪之助から斬り掛かられ、「逃げろ」と告げられる。
 猪之助は工藤家の間者であり、植村家はそれを承知の上、猪之助を亡き者にする為待ち伏せをしていたのだ。
 武士の一分のために主家を捨てた弥次右衛門が、武士の一分のために、命を落とす猪之助を目の当たりにし、空しさを感じる。

主要登場人物 
 石川弥次右衛門...勘定組頭・旗本植村家の渡り中間
 田所猪之助...勘定吟味・旗本工藤家の家臣
 おこよ...植村家の縁者・女中奉公 

微笑
 今ではすっかり落ち着いて大番組頭を務める前島弥右衛門だが、若かりし頃は、旗本奴として乱暴狼藉を働いていた過去を持つ。幸運にも幕府の取り締まりの難を逃れたものの、同胞の・平井万之助は獄死していた。
 その平井万之助と同じ名前の宇田万之助という若い旗本の白州に立ち合う事になった弥右衛門。そこに、若かりし頃の平井万之助の生き様を垣間みる。
 弥右衛門は、友人への裏切りを背負いながら生きていく。

主要登場人物 
 前島弥右衛門(新三郎)...旗本・大番組頭 
 前島良江...弥右衛門の妻 
 平井万之助...弥右衛門の悪友 
 
女犯
 延命寺事件を耳にした朋代は、十数年前、御家人の妻・紀美の誘いで、一度だけ向林寺・文妙と過ちを犯し過去を思い出し、自然と足が向かった。
 そこには、深手を負った武士が倒れ込んでいた。その武士は朋代を抱きすくめ、(女の)本心を知りたかったと意味深な言葉を吐く。
 後に朋代は、夫・平十郎から、件の武士は妻を陵辱した上役を斬って出奔したため、寛大な裁きで一命を取り留めたが、潜伏した向林寺にて、女を犯したかどで切腹になったと聞くのだった。その証しとなったのは、朋代の落とした笄だった。
 朋代は、自分の過去を胸に秘めたまま日常を生きていく。

主要登場人物  
 安藤朋代...平十郎の妻
 安藤平十郎...御蔵奉行手代

子竜(しりょう)
 倫理道徳を謹厳に守り、質実剛健を訴えてきた、子竜こと平山行蔵は、老いて尚、自らの教えを我が身を持って実戦続けてはいたが、やはり老いには勝てず、手を抜きたさでいっぱいであった。
 それでも孫のような隣家の小林牛五郎の息女・里和にほのかな恋心を抱いていた。
 そこに、若き寺尾文三郎が、直弟子志願に現れる。そして、いつしか文三郎は、行蔵が老いらくの思いを抱く、里和と相惚れの仲となるも、方や御先手組頭の息女、方や同心の倅では身分が違い過ぎ、2人は駆け落ちを誓い合う。
 里和への思いを抱きつつ、千住まで2人に気付かれずに警護を買って出る行蔵。
 老いの寂しさや、苛立ちを行蔵がユニークな一人称で綴り、老いらくの恋心の行方を描く。

主要登場人物 
 平山行蔵(子竜)...忠孝真貫流剣術道場主
 増井新左衛門...行蔵の弟子
 寺尾文三郎...御持弓同心の三男
 
打役
 己の父が牢屋同心打役同心と知った時、杉浦吉之助は、父が家族に見せる穏やかな顔と、罪人を鞭打つ顔の二面性に戸惑いを感じた。
 だが、嫌でもいつしか家督を継ぎ、打役の役目に付き苦悩する。そんなある日、昔、父が百敲きの刑に処した男の娘と出会う。
 純朴そうな少女・おたきは、酌婦となり身体を売っていた。さらに、札差が盗賊に襲われた一件では、その娘は一味の引き込み役・鬼百合として捕縛される。
 おたきの転落を目の当たりにしながらも、己の家の役目が、一家を支えているジレンマに吉之助は無常を感じ入った折り、父が生前、武士を捨て町人として生きたいと洩らしていた事を知る。
 どうにもならない宿命を描く。

主要登場人物 
 杉浦吉之助...牢屋同心打役
 琴江...吉之助の妻
 早瀬作次郎...牢屋同心数役、吉之助の同輩
 おたき(お菊、鬼百合)...富岡八幡宮門前町の酌婦、盗賊

船出
 徳川幕府崩壊し、移封となった駿河に落ち伸びていく船内には、それぞれに遺恨を抱えた旧幕臣の家族が乗り合わせていた。
 吟味方与力であった夫を鳥羽伏見の戦で失った伊都子は、見知らぬ女の殺意を感じる。
 それは、井伊直弼暗殺で捕縛された水戸藩士の妻女が、夫の命乞いに屋敷を訪った折り、ぞんざいに追い返した事への意趣返しではないのか…。
 伊都子は、駿河まで無事に子どもたちを守り通さなければと胸に刻むも、ある夜、旧水戸藩士同士の仇討ちが行われ、その場に居合わせる運びとなった。
 すべてを海に捨てていく。男が言い残した言葉を噛み締める伊都子の前に、件の女が新たな家族との一歩を踏み出す。
 伊都子も、一切を海原に捨て、新たな門出を迎える。

主要登場人物 
 伊都子...旧幕府・吟味方与力の妻
 作太郎...伊都子の長男
 章三郎...伊都子の次男

 人生を考えさせられる、深い内容の話が8編。一気に読むと頭がくらくらする思いである。いつに時代も、どんな身分の者にも、個人の力では購えないものがある。そんな思いに駆り立てられた。
 「新天地」においては、讒言の怖さ。「黄鷹」では、かけ違いによる明暗。「似非侍」では、武士の一分は命より重いのか。「微笑」、「女犯」では、人に明かせない過去への懺悔を抱えても生きる道。「打役」では家督への葛藤の中で、父の思いを知りる絆。「船出」では、遺恨は捨て去る事が出来るや否やを問う。
 唯一ユーモラスな「子竜」であったが、実はここにも老いと葛藤する老人の姿を通しながら、人生の悲哀が如実に描かれ、切なさを笑いで描いた手法に感服した。
 脳天を強く打たれたような感覚で頁を閉じ、諸田氏の底力を強く実感した。
 



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