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2005年4月発行
江戸開府期から幕末まで、昔日のしがらみを背負って生きる8人を描いた、「其の一日」の姉妹篇とでもいうべき短編集。
新天地
黄鷹
似非侍
微笑
女犯
子竜
打役
船出 計8編の短編集
新天地
関ヶ原の合戦で手柄を立てたという父・黒左衛門は、百姓に甘んじる事を良しとせず、武士になろうと息子・国太郎を伴い江戸へと足を向ける。
だが、次第に働く事を止め、昔馴染みの如何わしい佐次郎と行動を供に知るようになると、そんな父を許せない国太郎は、父の情のなさや生き方に失望を抱くようになり、浜野屋で奉公する。
父の言動のひとつ、ひとつが、時として善でもあり悪にも感じる国太郎の葛藤。そして、父・黒左衛門の神髄が見えるのだった。
主要登場人物
黒左衛門...信濃国小諸近くの百姓
国太郎...黒左衛門の息子
浜野屋金兵衛...江戸すみ町・小間物屋の主
佐次郎...黒左衛門の昔馴染み
黄鷹(わかたか)
徳川家康の側室であった清雲院は、同じ側室だった蓮華院の訃報を知り、寂しさを感じ入っている折り、町娘・ぎんから、恋路成就の手助けを頼まれる。
時を同じくし、伊勢へと旅立った、恋の相手・多次郎が、ぎんに会いたさに番頭を殺害し路銀を元手に江戸へと戻っていた。
それを匿う清雲院であったが、事は露見し捕り方に囲まれると、黄鷹は身を呈して多次郎を守る。
ぎんには多次郎の死を隠し、瀕死の黄鷹は自ら出奔。清雲院が、流される人生よりも、意思を抱いた生き方を見出していく。
主要登場人物
清雲院(お奈津)...徳川家康の元側室
黄鷹...清雲院付き老僕(下忍)
ぎん...伊勢町呉服屋・伊勢屋の女中
多次郎...伊勢町呉服屋・伊勢屋の手代
似非侍(えせざむらい)
門前にて助けを請うた武士・田所猪之助を助け入れた植村家。猪之助を匿うが、猪之助は日に日に植村家へと馴染み、石川弥次右衛門が恋しく思うおこよまでもが猪之助へと傾向する。
傷の癒えた猪之助を植村家は在所へと逃すため、弥次右衛門は警護を買って出るも、当の猪之助から斬り掛かられ、「逃げろ」と告げられる。
猪之助は工藤家の間者であり、植村家はそれを承知の上、猪之助を亡き者にする為待ち伏せをしていたのだ。
武士の一分のために主家を捨てた弥次右衛門が、武士の一分のために、命を落とす猪之助を目の当たりにし、空しさを感じる。
主要登場人物
石川弥次右衛門...勘定組頭・旗本植村家の渡り中間
田所猪之助...勘定吟味・旗本工藤家の家臣
おこよ...植村家の縁者・女中奉公
微笑
今ではすっかり落ち着いて大番組頭を務める前島弥右衛門だが、若かりし頃は、旗本奴として乱暴狼藉を働いていた過去を持つ。幸運にも幕府の取り締まりの難を逃れたものの、同胞の・平井万之助は獄死していた。
その平井万之助と同じ名前の宇田万之助という若い旗本の白州に立ち合う事になった弥右衛門。そこに、若かりし頃の平井万之助の生き様を垣間みる。
弥右衛門は、友人への裏切りを背負いながら生きていく。
主要登場人物
前島弥右衛門(新三郎)...旗本・大番組頭
前島良江...弥右衛門の妻
平井万之助...弥右衛門の悪友
女犯
延命寺事件を耳にした朋代は、十数年前、御家人の妻・紀美の誘いで、一度だけ向林寺・文妙と過ちを犯し過去を思い出し、自然と足が向かった。
そこには、深手を負った武士が倒れ込んでいた。その武士は朋代を抱きすくめ、(女の)本心を知りたかったと意味深な言葉を吐く。
後に朋代は、夫・平十郎から、件の武士は妻を陵辱した上役を斬って出奔したため、寛大な裁きで一命を取り留めたが、潜伏した向林寺にて、女を犯したかどで切腹になったと聞くのだった。その証しとなったのは、朋代の落とした笄だった。
朋代は、自分の過去を胸に秘めたまま日常を生きていく。
主要登場人物
安藤朋代...平十郎の妻
安藤平十郎...御蔵奉行手代
子竜(しりょう)
倫理道徳を謹厳に守り、質実剛健を訴えてきた、子竜こと平山行蔵は、老いて尚、自らの教えを我が身を持って実戦続けてはいたが、やはり老いには勝てず、手を抜きたさでいっぱいであった。
それでも孫のような隣家の小林牛五郎の息女・里和にほのかな恋心を抱いていた。
そこに、若き寺尾文三郎が、直弟子志願に現れる。そして、いつしか文三郎は、行蔵が老いらくの思いを抱く、里和と相惚れの仲となるも、方や御先手組頭の息女、方や同心の倅では身分が違い過ぎ、2人は駆け落ちを誓い合う。
里和への思いを抱きつつ、千住まで2人に気付かれずに警護を買って出る行蔵。
老いの寂しさや、苛立ちを行蔵がユニークな一人称で綴り、老いらくの恋心の行方を描く。
主要登場人物
平山行蔵(子竜)...忠孝真貫流剣術道場主
増井新左衛門...行蔵の弟子
寺尾文三郎...御持弓同心の三男
打役
己の父が牢屋同心打役同心と知った時、杉浦吉之助は、父が家族に見せる穏やかな顔と、罪人を鞭打つ顔の二面性に戸惑いを感じた。
だが、嫌でもいつしか家督を継ぎ、打役の役目に付き苦悩する。そんなある日、昔、父が百敲きの刑に処した男の娘と出会う。
純朴そうな少女・おたきは、酌婦となり身体を売っていた。さらに、札差が盗賊に襲われた一件では、その娘は一味の引き込み役・鬼百合として捕縛される。
おたきの転落を目の当たりにしながらも、己の家の役目が、一家を支えているジレンマに吉之助は無常を感じ入った折り、父が生前、武士を捨て町人として生きたいと洩らしていた事を知る。
どうにもならない宿命を描く。
主要登場人物
杉浦吉之助...牢屋同心打役
琴江...吉之助の妻
早瀬作次郎...牢屋同心数役、吉之助の同輩
おたき(お菊、鬼百合)...富岡八幡宮門前町の酌婦、盗賊
船出
徳川幕府崩壊し、移封となった駿河に落ち伸びていく船内には、それぞれに遺恨を抱えた旧幕臣の家族が乗り合わせていた。
吟味方与力であった夫を鳥羽伏見の戦で失った伊都子は、見知らぬ女の殺意を感じる。
それは、井伊直弼暗殺で捕縛された水戸藩士の妻女が、夫の命乞いに屋敷を訪った折り、ぞんざいに追い返した事への意趣返しではないのか…。
伊都子は、駿河まで無事に子どもたちを守り通さなければと胸に刻むも、ある夜、旧水戸藩士同士の仇討ちが行われ、その場に居合わせる運びとなった。
すべてを海に捨てていく。男が言い残した言葉を噛み締める伊都子の前に、件の女が新たな家族との一歩を踏み出す。
伊都子も、一切を海原に捨て、新たな門出を迎える。
主要登場人物
伊都子...旧幕府・吟味方与力の妻
作太郎...伊都子の長男
章三郎...伊都子の次男
人生を考えさせられる、深い内容の話が8編。一気に読むと頭がくらくらする思いである。いつに時代も、どんな身分の者にも、個人の力では購えないものがある。そんな思いに駆り立てられた。
「新天地」においては、讒言の怖さ。「黄鷹」では、かけ違いによる明暗。「似非侍」では、武士の一分は命より重いのか。「微笑」、「女犯」では、人に明かせない過去への懺悔を抱えても生きる道。「打役」では家督への葛藤の中で、父の思いを知りる絆。「船出」では、遺恨は捨て去る事が出来るや否やを問う。
唯一ユーモラスな「子竜」であったが、実はここにも老いと葛藤する老人の姿を通しながら、人生の悲哀が如実に描かれ、切なさを笑いで描いた手法に感服した。
脳天を強く打たれたような感覚で頁を閉じ、諸田氏の底力を強く実感した。
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