うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

ウエザ・リポート

2012年06月30日 | 宇江佐真理
 2007年12月発行

 1997~2007年までに新聞、雑誌などに掲載された文章を集めたエッセイ集。

第1章 台所の片隅で
第2章 只今、執筆中
第3章 日々徒然
第4章 心の迷走
第5章 今日も今日とて
第6章 函館生まれ、函館育ち
第7章 読書三昧

 作風とは違い、ざっくばらんな気質の人らしい。嫌な事や腹立たしさもすんなりと書いている。「あれっ」と、良い意味で驚かされた。
 佐藤愛子さんの立て前のないエッセイも好きだが、宇江佐さんも、中々に似た部分があるようだ。
 そして、これだけひとりの作家にはまった経験は少ないのだが、このエッセイに取り上げられている題材には、共鳴する物も多く、やはり好きな物、興味を引かれる物が同じだったかとひとりごちた。
 中でも、江戸時代の言葉の美しさを宇江佐さんも感じ入っているといった章は、当方が宇江佐さんの小説にのめり込んだのと同じ理由である。
 宇江佐さんの実像の一部分ではあるが知る事が出来た。



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寂しい写楽

2012年06月29日 | 宇江佐真理
 2009年6月発行

 山東京伝(伝蔵)の洒落本が寛政の御改革に触れ、身代半減、闕所の沙汰を受けた板元の耕書堂蔦屋重三郎は、東洲斎写楽なる無名の絵師の役者絵で、一世一代の大勝負に出る。

寂しい写楽 長編
 
 伝蔵(山東京伝)の洒落本3冊が寛政の御改革に触れ、伝蔵は手鎖50日、板元の耕書堂蔦屋は身代半減、闕所の沙汰を受けた。
 耕書堂蔦屋の主である重三郎は、起死回生の勝負を試みようとするが、子飼だった喜多川歌麿と瀧澤馬琴とは袂を分かち、看板戯作者の伝蔵は、吉原から身請けした女房を亡くしたばかりで、どうにも戯作に身が入らず、吉原の馴染みの妓の元に居続ける有様。
 そこで重三郎は、無名ではあるがこれまでにない視点と画風で役者を描く東洲齋写楽の大首絵に、伝蔵、春朗(鉄蔵)、幾五郎が背景を付けた豪奢な錦絵で大勝負に出る。
 実は、現在迄に発行されている宇江佐さんの著書(エッセイの「ウエザ・リポート」は除く)を読み尽くしてなお、触手をそそられなかった作品である。
 それは、以前も書いたが、宇江佐さんの魅力は、巧みな表現力と状況描写であり、それが、現存した人物を取り込んだ作品になると薄れてしまうからである。
 そういった意味で、宇江佐さんのライフワークとも言える、蝦夷松前物と絵師物は苦手である。史実を描いた部分が、下町市井物と筆が違い、何とも読み辛いのだ。それで敬遠していたのだが、いよいよ手にしてみた。
 滑り出しこそ、伝蔵のプライベートな話で頁をめくる手が動いたが、次第に登場人物の名前の複雑さに何度も手を止める事になった(自分だけだろうが)。
 資料的には宇江佐さんの表現で正しいのだろうが、出来れば私のような鈍い読者も考慮して名前は号で統一するとかして欲しかった。
 そして最大の要因は、アクト毎に語り手が変わる手法である。誰の視線で物語を読んで良いのやら、どうにも尻が座らない感が否めなかった。
 肝心の写楽は添え物的であるのは否めないが、伝蔵の視点で重三郎を描いていると思えば、歌麿だったり、幾五郎だったり…。
 そして前記したように、常であれば風景やら、心情やらで、胸に沁みる文や、奇麗な日本語の表現が必ずある宇江佐作品に、そのような部分が見当たらず、駆け足で書いた感もあったのが残念。
 宇江佐さんにとっては、書きたかった題材と思い、それを理解出来ない当方がファンと言っていいのか阻まれるが、やはり市井物が良い。
 最後に、 物語とは別に、これだけの江戸を彩る文化人が揃った作品は珍しく、その繋がりを不自然なく組み上げたあたりはさずがである。

主要登場人物
 伝蔵(=山東京伝)...戯作者、絵師
 蔦屋重三郎...板元耕書堂の主
 春朗(=鉄蔵)...後の葛飾北斎、浮世絵師
 幾五郎...後の十返舎一九、黄表紙、滑稽本作家
 倉蔵(瀧澤“曲亭”馬琴)...読本作歌
 直次郎(大田南畝)...後の蜀山人、狂歌師
 歌川豊国...浮世絵師
 斉藤十郎兵衛(東洲齋写楽)...浮世絵師、武士
 勇助(喜多川歌麿)...浮世絵師
 俵蔵(鶴屋南北)...歌舞伎役者、戯作者


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澪つくし~深川澪通り木戸番小屋~

2012年06月28日 | 北原亜以子
 2011年6月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。「深川澪通り木戸番小屋」7年振りのシリーズ第5弾。

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の奉公人(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻

第一話 いま、ひとたびの 
第二話 花柊 
第三話 澪つくし 
第四話 下り闇 
第五話 ぐず豆腐 
第六話 食べくらべ
第七話 初霜
第八話 ほころび 計8編の短編連作

いま、ひとたびの
 5年前に中島町にやって来たおゆうは、錦絵に描かれるよりも美しい娘だが、右の頬と左の指に大層な火傷の痕がある。その火傷の訳には傷ましい事件があった。
 その件に関わりがある彦太郎と、偶然にも木戸版小屋で再会したおゆうは…。
 おゆうの決心で幕を閉じるが、明るい未来へ向けての進展を続編で描いて欲しいと願って止まない。

主要登場人物
 おゆう...三島町小売り米屋の娘
 彦太郎...賄い屋の奉公人、三島町料理屋の次男、おゆうの元許嫁

花柊
 大工の三郎助が現場で怪我し、寝付いたおちせの元に舅の儀兵衛が、看病を名目に家移りして来た。だがこの舅、看病どころか、おちせの言動に難癖を付け隣散らす毎日。頼みの綱の三郎助も、大工の仕事を続けられないとなると人が変わり、おちせは追い詰められていた。
 精神的に追い詰められたおちせ。我が侭放題で、己の事しか考えられない儀兵衛。そんな家の中を煩わしく思う三郎助。だが、何時か暗雲は晴れるとお捨の大らかな人柄が伺える一話。

主要登場人物
 おりつ...おちせの友人
 おちせ...三郎助の妻
 三郎助...大工
 儀兵衛...三郎助の父親

澪つくし
 離縁しひとりで暮らすお才は、思いも掛けずに雄之介に再会をする。その雄之介こそ、お才が思いを寄せた相手なのだが、実は5年前、雄之介の妻の萩江に不義の噂が立ち、雄之介と萩江は夜逃げ同然で姿を眩ませたのだった。そしてその噂の出所はお才とされていた。
 適わぬものであっても好いた男を守りたい。そんなお才の一途な思いがいじらしい。終盤笑兵衛の、「縁がありゃあ、また会えるさ」の台詞が利いている。

主要登場人物
 お才...おもちゃ作りの内職
 宇田(三根)雄之介...手跡指南所の師匠
 万次...小間物売り

下り闇
 男に縁のないおとき。所帯を持つと思っていた伊三には妻子がおり、次に出会った直吉は若い女と消えた。思い余りいろは長屋に戻ってみるが、日々は酒に溺れるだけだった。
 ひがみ妬みの激しい気質のおとき。強がっては居るものの、誰か口には出せない本音を見抜いて欲しいといった切実な悲鳴が聞こえてくる。

主要登場人物
 おとき...いろは長屋の店子
 伊三...大工、おときの元情夫
 直吉...小間物売り、おときの元情夫

ぐず豆腐
 おるいは、百姓を嫌って家を飛び出した息子の峰松を本所で見掛けたと聞き、探しに江戸までやって来た。深川の鼠長屋で知合ったお京は、おるいとは逆に親に探して欲しいと願っている娘だった。
 親子の絆を描いたこの作品には、シリーズにも時折顔を出す金兵衛の子育てと、子の親を思う繋がりも同時進行で描かれ愛らしい。

主要登場人物
 おるい...小島村の百姓
 お京...相川町縄暖簾の女中
 金兵衛...豆腐屋の主
 秀太...金兵衛の長男
 栄三...金兵衛の三男

食べくらべ
 亭主と息子を亡くし、仕立て直しを生業とするおはんは、ある日、待針を背に縫い込んだままだった事を叱咤され、己の衰えとひとり身の老後に不安を抱くのだった。

主要登場人物
 おはん...仕立て直し
 後家...佐賀町干鰯問屋の隠居
 おちよ...仕立て直し仲間
 おひさ...仕立て直し仲間
 おりゅう...仕立て直し仲間

初霜
 大人しく可愛らしかった嘉一が、大工の棟梁の元から実家へ逃げ帰ると、母親のおくにに殴る蹴るの乱暴を働く上に、昼夜反転の荒んだ生活を送るようになっていた。その訳は、おくににあった。
 現在の家庭内暴力であろう。嘉一、おその共に、母親の過去から振られるといった痛い思いが暴力へと突き動かしていったのだ。余り後味の良い作品ではないが、笑兵衛、お捨の包容力が嘉一を救う事だろう。

主要登場人物
 嘉一...無職
 おくに...嘉一の母親
 おその...嘉一の妹
 長五郎...嘉一の継父、小間物売り

ほころび
 兄の伊之助の朋友だった宗助を見掛けたお俊。その後ろには古着屋の出戻り娘おさわの姿が合った。その後、高熱を出したお俊は、亡くなった嫂だったおたねから、おさわの嫁した先の笠間屋の三好屋源太郎が見初めたのはお俊であり、宗助の気持ちもお俊にあると聞かされる。
 お俊の与り知らないところで、お俊の幸せを奪っていっていた幼馴染みのおさわ。こういう小狡い女は得てしているもので、そして男はそれに気が付かない。

主要登場人物
 お俊...佐賀町菓子屋大和屋の菓子の考案
 おたね...元お俊の嫂、板前の五平の妻
 宗助...畳職人、お俊の兄の朋友

 一話毎の主人公がどんな判断を下したのか、それを明確に言葉では現していない。だが、その思いは前向きに変わっていっている筈だと匂わせ、笑兵衛とお捨は、それにほんの少し手を貸すといった組み立て方になっている。
 今回は、思いを抱いてもそれを相手に伝えられない女が多く登場しているようだ。
 また、金兵衛と新たにその息子たちの出番もあり、自作に繋がる展開へと期待したい。



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夜の明けるまで~深川澪通り木戸番小屋~

2012年06月27日 | 北原亜以子
 2004年1月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。「深川澪通り木戸番小屋」シリーズ第4弾。

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の弁当運び(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻

第一話 女のしごと 
第二話 初恋 
第三話 こぼれた水 
第四話 いのち 
第五話 夜の明けるまで 
第六話 絆
第七話 奈落の底
第八話 ぐず 計8編の短編連作

女のしごと
 合巻本を読んだり酒を嗜んだりと、己の自由になる刻(とき)を堪能するおもよだったが、お艶が爪に火を灯して貯めた銭で見世を持つと聞くと穏やかではない。
 金に齷齪しながらも、見世の主となるか、それよりも、楽しみながら豊かな時を送るか。どちらが正かなど分からない生き方の違いを問う。

主要登場人物
 おもよ...永代寺門前仲町料理屋磯浜の女中
 お艶...黒江町居酒屋瀬川の女将

初恋
 武家であったが借金のかたに商家へ嫁いだ紫野は、そこでの居たたまれない日々を救ってくれた年松と駆け落ちをし、いろは長屋に住んでいたが、年松は重い労咳にかかっていた。
 おしず(紫野)の婚家での生活の辛いが、折角巡り会った「初恋」の人が労咳であるといった設定が悲しい。幸せになって欲しいのだが。

主要登場人物
 おしず(紫野)...年松の妻
 年松...下駄の歯入れ屋
 楠田勢之助...紫野の兄

こぼれた水
 出戻りのお京を、夫の江屋山左衛門が囲っているらしいとお加世は気付いていた。居たたまれずにお加世は山左衛門の跡を付けたが、それを知った山左衛門はついに店を空けたのだった。
 お京といった男を翻弄する女を相手に、憎々しい思いを抱くお加世の心中察するに余りある。そして残酷な山左衛門の言葉にが悲しい。
 
主要登場人物
 お加世...江屋山左衛門の妻
 山左衛門...横山町釘鉄問屋江屋山の主
 お京...馬喰町釘鉄問屋坂本屋修三郎の妹

いのち
 江戸留守居役の養子になり、将来を嘱望されていた木村寛之進は、火事で逃げ遅れたおせいを助け代わりに命を失った。一方助けられたおせいは老婆であり、身寄りもなく、周囲の嫌われ者である。自分を助け、若い命を失った侍のことを皆が嘆き悲しむ様を見ていると拗ねたくなった。
 寛之進は序盤に振りだが、それにしても悲しい。市井の金棒引きでなくても、おせいと寛之進の将来を計ろうというものだ。寛之進のような清廉な人は薄命なのだと思ってみても割り切れない思いが残った。
 
主要登場人物
 おせい...繕い物
 木村寛之進...某藩江戸留守居木村頼母の養子
 宇佐美要助...某藩江戸詰勘定方、寛之進の朋友

夜の明けるまで
 中島町の自身番の書役の太九郎に、好きな女が出来たようである。だが相手のおいとは不幸な結婚経験があり、人の親切を素直に受け入れられない。そして太九郎が自身番で倒れ…。
 意固地なまでのおいとだが、不幸な過去が人を信じられなくされるとは良くある事。そして口さがない噂に胸を引きちぎられるような思いなのだろう。物語に結末は描かれていないが、続編にて太九郎と結ばれて欲しい。
 ただ、ひとり息子の佐吉の世話をするおいとは、心優しい母である。二人で鰻を食べた帰りに身投げをしなくて良かったと胸を撫で下ろしたものだ。

主要登場人物
 おいと...仕立屋
 おかつ...大工磯次の妻


 店も傾き、家族も亡くした駒右衛門は、若かりし頃、追い立てるようにして暇を出した妾の生んだ娘を捜していた。だが、漸く見付かった娘は、定職を持たない亭主を繋ぎ止める為に、駒右衛門の持つ家作を売って金に換えるのが目的だった。 
 店が傾いたり、資金面での事情もあったのだが、大店の主らしく情を介さなかった駒右衛門が、何もかもを失ってたったひとりの娘の為なら何もかも投げ打つ覚悟を決めた矢先に、娘は父を恨み財産だけが目当てであった。おるいの生い立ちなれば、それも致し方ないと思う。が、ラストはほろりと出来る。

主要登場人物
 駒右衛門...元大島町材木問屋大和屋の主
 おるい...駒右衛門の庶子
 亀吉...おるいの亭主、無職

奈落の底
 おさわに深い恨みを抱くおたつは、おさわに復讐を遂げるべく、生真面目な荷揚げ人足の三郎助を抱き込むのだった。
 「止めて。こんな良い人を巻き込まないで」と叫びたくなった。それでも純な三郎助は、出来る範囲でおたつに協力をしてしまう。どうか三郎助を罪人にしないで欲しい。そう思いながら頁をめっくったものだ。

主要登場人物
 おたつ...相川町料理屋甲子屋の女中
 三郎助...荷揚げ人足
 おさわ...大島町蕎麦屋和田屋喜八の妻
 おとく...相川町長屋差配人長次郎の妻

ぐず
 婚家から離縁されたおすずは、一時は喰うにも事欠いていたが、今では絵双紙屋を繁盛させていた。だが、15年前、駆け落ちを誓った与吉を裏切った形になった事に心を痛め…。
 15年振りの与吉の言葉が良い。おすずさんの目に狂いはなかった。爽やかな終焉である。

主要登場人物
 おすず...熊井町絵双紙屋の女主
 四郎兵衛...日本橋室町乾物問屋大黒屋の主、おすずの兄
 おやえ...建具職人勘助の妻
 林三郎...本石町鰹節問屋大須賀屋の主、おすずの元夫
 与吉...京橋の指物師
  
 シリーズ4冊を読み、この作品が一番胸に響いた。愛情のない結婚生活に破れた女たちが3編描かれているが、婚家を去った訳は夫の不実と似通ってはいても、現在の生き様の違いが興味深い。
 わたくし個人は、「いのち」の木村寛之進を殺さないで欲しかった願って止まない。




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世話焼き長屋~人情時代小説傑作選~

2012年06月26日 | ほか作家、アンソロジーなど
池波正太郎、宇江佐真理、乙川優三郎、北原亞以子、村上元三


 2008年2月発行

 夫婦、家族のきびを描いた傑作精選集。
 
お千代 池波正太郎
浮かれ節 宇江佐真理
小田原鰹 乙川優三
証 北原亞以子
骨折り和助 村上元三 計5編の短編集

お千代 池波正太郎
 女房より猫のお千代を可愛がる松五郎。そんな寂しさを埋める為に、女房のおかねは間男した挙げ句、松五郎を殺めようと…。
 異常な程の猫への執着を持つ主人公、そして女房は不倫に、殺人未遂。グロテスクに進行するが、主人公の鷹揚な人柄がそれを感じさせず、ほろりとした情に包まれた、爽やかな結末。

主要登場人物
 松五郎...大工
 おかね...松五郎の女房
 お千代...松五郎の愛猫

浮かれ節 宇江佐真理
 無役の小普請組の三土路保胤は、唯一の特技が端唄であった。そんなある日、娘に武家屋敷への奉公の話が舞い込むが、その支度金もままならず、賞金目当てに唄合戦に参加する。
 「ずっと年を取った時、一生で一番忙しく過ごした一日を懐かしく思い出せればそれでいい。どうやら三土路は死ぬまで小普請組で終わりそうだった」。
 こういう考え方、素晴らしいと思う。

主要登場人物
 三土路保胤...小普請組御家人
 るり...保胤の妻、元料理茶屋増田屋の娘
 隠居...蝋燭問屋
 増田屋清六...るりの父親
 ちひろ...保胤の長女

小田原鰹 乙川優三
 始末屋で、暴力三昧の亭主の元から、息子の政吉もそして女房のおつねも逃げ出すのだった。
 とにかくけちで始末が悪い鹿蔵.。だが、政吉が幸せを掴み、そしておつねが自立する。何もかも失って漸く世間に染まろうとする鹿蔵の姿が、少し哀れではあるが、離れているからこそ思いやれる家族というものを感じられる。

主要登場人物
 鹿蔵...鰻の串削りの内職
 おつね...女房
 政吉...息子、池之端仲町料理屋江差屋の板前

証 北原亞以子
 ふと知合った、労咳を病んでいた娘を長屋で看病する市兵衛。その娘を見ていると、一度は絶った絵師の夢が膨らむのだった。
 不治の病とされた労咳に対する世間の風当たりがつぶさである。おりよを哀れに思いながら、お菜を差し入れする長屋の女房が、丼は返さなくていいと言う辺りが、それを如実に現している。
 おりよの生きた証しとして、絵姿を残そうとする市兵衛の優しさが、憂いを帯びた物語に一筋の光を放つ。

主要登場人物
 市兵衛(歌川芳広)...甘酒売り
 おりよ...針子

骨折り和助 村上元三
 親が残した大借金を、寝食を忘れ爪に火を灯しながら、5つの職を掛け持ちして返す和助だった。
 真面目で真っ直ぐ、何より前向きなな和助に、これ以上不運をもたらさないで欲しいと読み進めた。「お天道様は見ている」という表現が当てはまるだろう。江戸下町で逞しく生きる男を神は見放さなかった。

主要登場人物
 和助...紙屑買い
 山上長十郎...旗本、奥右筆
 おりん...和助の女房
 伊兵衛...貸元、吉原の始末屋





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だいこん

2012年06月25日 | 山本一力
 2008年1月発行

 父の安治が博打で借金を作り、つばきの一家は、借金を取り立てに来る渡世人に怯えながら、かつかつの生活を続けていた。
 だが、つばきが9歳の時、大火事が起こり、運命が転がり始める。
 安治の借金は帳消しになり、つばきは飯炊きの巧さをを買われ、自身番で火の見番たちの賄いの仕事を貰う。
 つばきは、大人になったら飯屋を開業する事を誓うのだった。
 17歳になったつばきは、賄いの給金を貯めた金で一膳飯屋「だいこん」を始め、商才を発揮し始める。
 主人公のつばきが、女でひとつで逞しく生きるサクセスストーリー。つばきの才知が光る。

主要登場人物
 つばき...深川木場一膳飯屋だいこんの女将
 安治...つばきの父親
 みのぶ...つばきの母親
 豊国屋木左衛門...江戸を仕切る渡世人の元締め
 閻魔堂の弐蔵(伸助)...深川渡世人の顔役


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欅しぐれ

2012年06月24日 | 山本一力
 2004年4月発行
 
 渡世人と大店の主。住む世界が違いすぎる二人に芽生えた、奇妙な友情は次第に揺るぎない信頼関係へと発展する。

欅しぐれ 長編

 桔梗屋太兵衛は、柴山光斎筆道稽古場でいきなり咳き込み筆を手にしたまま、突っ伏してしまった。その筆は、隣の男の半紙を汚してしまう。その男は、八尺を超える大男で禿頭。根縦縞の袷を、襦袢なしの素肌に着ており、見るからに渡世人であった。
 稽古の帰り、太兵衛は、男を酒に誘い、ひとの目利きにはそれなりの覚えがある太兵衛は、霊厳寺の猪之吉との親交を深めていく。
 猪之吉の賭場で、桔梗屋を巻き込んだ為替切手が使われた。桔梗屋に仕掛けてきた一味に、猪之吉は立ち向かう決意を固めるが、桔梗屋の後見を猪之吉に一任すると遺言を残し太兵衛が他界する。
 商人と渡世人の男気が炸裂の長編である。男性だから描ける男気を見事に表現し切っている。これが、松平健あたりの主演で映像化されたらたまらないだろうと読み進めた(映像化されていたら申し訳ない)。かなりの読み応えであった。
 状況描写は、素晴らしいが、やはり情景描写は女流作家の方が優れている感は否めない。ただし、山本さんの作品の目指す所はそれではないが。
 また、これだけ高名な山本一力さんの作品を初めて読んで、一番に感じたのは、山本さんは登場人物の身長にかなり拘りを持っているらしいということ。

主要登場人物
 
 猪之吉... 霊厳寺近隣を仕切る渡世人の大親分
 与三郎...猪之吉の手下、代貸
 安之助...猪之吉の手下、代貸格
 すがめの八郎...猪之吉の手下、探り屋
 太兵衛...履物問屋桔梗屋の主
 しず...太兵衛の妻
 
 誠之助...桔梗屋の頭取番頭
 
 雄二郎...桔梗屋の二番番頭
 
 正三郎...桔梗屋の三番番頭
 
 玄祥...浚い屋
 庄之助...鼈甲問屋柳屋の主
 
 咲哉...芸者
 柴山光斎...筆道稽古場の師匠
 
 善助...読売屋
 
 大野白秋...絵師
 
 岡添玄沢...町医者
 新兵衛...桔梗屋の縁者村越屋
 
 河五右衛門...桔梗屋の縁者野屋野屋
 治作...紙屑屋
 鉦左衛門...油問屋鎌倉屋の主
 信三...乾物問屋の三男
 



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千両花嫁~とびきり屋見立帖~

2012年06月23日 | 山本兼一
 2008年5月発行

 尊王攘夷に国中が揺れる幕末の京都で、とびきり屋という道具屋を構えた真之介とゆず。とびきり屋を立派な店にする為、智恵を絞り奔走しながら、維新の志士たちと関わり合っていく。
 京の都の商人を主人公にした、はんなり系痛快時代小説の第1弾。

千両花嫁
金蒔絵の蝶
皿ねぶり
平蜘蛛の釜
今宵の虎徹
猿ヶ辻の鬼
目利き一万両 計7編の短編集

千両花嫁
 奉公先だった、茶道具屋の愛娘のゆずと駆け落ちした真之介。ゆずの持参金にと千両を収めてたのだが、それが何者かに強請り取られてしまう。
 後の新撰組幹部で壬生浪士の近藤勇、土方歳三、沖田総司、芹沢鴨が登場。

金蒔絵の蝶
 芸妓から晴れて大店の若女将に迎えられた  だったが、そこには姑の執拗ないじめがあり、嫁入り道具一切を手放すか、婚家を去るかを迫られるのだった。
 高杉晋作が切ない恋の相手として顔を見せている。

皿ねぶり
 手代の鶴亀が、仕入れの金三十両で、勝手に古びた甲冑を買って来た。だが、その箱から天正大判十枚が見付かるり、真之介は、その甲冑を売った土佐藩士に返しに向かう。
 坂本龍馬が、とびきり屋の居候として住み着くと、刺客に狙われた勝海舟までもが…。

平蜘蛛の釜
 ゆずが、高杉晋作から、坂本龍馬へ渡して欲しいと言付かったの預かり物を、真之介が誤って売ってしまう。しかも買ったのは土方歳三だった。

今宵の虎徹
 虎徹13振りを手に入れた真之介。だが、本物は1振りだけで、後は贋作である。とびきり屋で奉公人が目利きをする中、近藤勇も目利きし1振りを所望した。

猿ヶ辻の鬼
 公家の姉小路公知を尊王攘夷に傾けるため、贈り物を選んで欲しいと、武市瑞山に持ち掛けられた真之介。一方のゆずは、姉小路公知を開国へなびかせるための贈り物を、坂本龍馬から所望される。薩摩の田中新兵衛らしき人物も姿を見せている。

目利き一万両
 己の出自を知る手掛かりである、辻が花染めの布を手に入れた真之介。その布の出所を調べていると、ゆずの兄である長太郎が、勤王派に加担したとして新撰組の屯所に引き立てられた事を知る。

 男性作家は、情景描写や言葉での説明では女流作家に及ばないと思っていたが、どうしてどうして。お見事である。
 僭越ながら、読ませる力と、確実な歴史力、そして発想力。グラフにしたら、ほぼ正確な丸になるだろう。
 また、実在の人物を名前を明かす前に、その風貌を文章で説明しているが、それも「うんうん」と思わず頷くほどに的を得ている。
 さらに彼らと、真之介とゆず夫妻との絡みも自然で、生臭い維新を感じさせずに、市井物として読めるのが嬉しい。
 実際に彼らは、京での日常をこんな風に送っていたのかも知れないと思えた。
 近藤勇の虎徹、芹沢鴨の押し込み、坂本龍馬の拳銃などなど、実存した人物のエピソードも巧みに織り込まれている。
 また、今回は池田屋総兵衛はワンシーンのみの顔見せだが、多分この流れでいけば次作では池田屋騒動が全面に描かれるのでは…と思わせているなと感じたら、やはりそのようである。第2弾「ええもんひとつ」では、池田屋騒動に真之介が巻き込まれていくらしい。
 そんな実存した人物像を見ていくと、真之介はどうにも近藤や、土方に良い印象を描いていない風が伺えるが、これは後作を意識しての事だろうか…。次第に打ち解けるとか。または、作者が京都の方なので、やはり京都の方は新撰組がお嫌いなのか…。それにしては、芹沢は傲慢ながらも、話が分からない男には描かれていない。
 山本兼一の作品に巡り会った初めてが、好きな市井物と幕末維新の合わせ技だったのも嬉しい。今後も山本兼一さんの作品を読んでいくつもりである。求めていた作品に出会えた喜びと同時に、シリーズを追って読み続けなくてなはならない。また発売までに気が揉めるといった嬉しい困惑が同時に浮き上がった。

主要登場人物
 とびきり屋真之介...三条木屋町道具屋の主
 ゆず...真之介の妻、茶道具商からふね屋の娘
 伊兵衛...とびきり屋の番頭
 牛若...とびきり屋の手代
 鶴亀...とびきり屋の手代
 俊寛...とびきり屋の手代
 鍾旭...とびきり屋の手代
 からふね屋善右衛門...知恩院新門前通り茶道具商の主、ゆずの父親
 琴...ゆずの母親
 長太郎...ゆずの兄
 市菊...祇園新橋置屋井筒屋の娘、芸妓
 小梨花(かね)...室町呉服問屋千倉の嫁、元井筒屋の芸妓
 近藤勇...壬生浪士、天然理心流宗家四代目(後の新撰組局長)
 土方歳三...壬生浪士、武蔵国多摩郡石田村の豪農の子息(後の新撰組副長)
 沖田総司...壬生浪士、陸奥白河藩阿部家家臣の子息(後の新撰組一番組長)
 芹沢鴨...壬生浪士、水戸藩徳川家脱藩(後の新撰組局長)
 高杉晋作...長州藩毛利家家臣(後に奇兵隊創設)
 坂本龍馬...土佐藩山内家脱藩(後に亀山社中→海援隊結成)
 勝安房守海舟...幕府旗本、軍艦奉行並(後に海軍伝習掛、海軍奉行並、陸軍総裁、軍事取扱を歴任)
 岡田以蔵...土佐藩山内家脱藩
 武市瑞山(半平太)...土佐藩山内家家臣
 池田屋総兵衛...三条木屋町旅籠の主
 藤村吉兵衛...寺町の表具師、幸吉の父親
 若宗匠家元...鴨川の側茶道家
 若宗匠宗春...家春の嫡男、ゆずの元許嫁 




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つばめや仙次~ふしぎ瓦版~

2012年06月22日 | 高橋由太
 2011年7月発行 

 怪しげな事件に首をつっこんでは、それを瓦版にして売り歩く、大店の次男坊の謎解きミステリー。

序 妖しや妖し
“つばめや”の次男坊
梶之進
小町娘
もののけ鬼一と猫ノ介
旗本
梶之進の弟子入り
拝み屋の正体
終 不老不死の瓦版 計9編の連作

 死人を蘇らせると評判の拝み屋が現れたお陰で、町医者の宗庵の診療所は、すっかり寂れていると知った仙次と梶之進。死人を蘇らせると言う、件の拝み屋の真相を探る。
 金持ちの若旦那に、腕の立つ剣術家。そして、二人のマドンナ的存在の町娘。良くある設定だが、こういった組み合わせがたまらなく好きな世代もあるだろう。
 見せ場(読ませ所)のミステリーの謎解きも浅い。Tだ、ベストセラー作家でもあり、評価が高い事から、ニーズの面では、こういったさらりと読めて、恐怖ではない「不思議楽しい妖物」が求められているのだろう。
 
主要登場人物
 仙次...深川薬種問屋つばめやの次男、瓦版売り
 辻風梶之進...辻風道場の道場主、仙次の幼馴染み
 お由...町医者宗庵の娘、仙次の幼馴染み
 宗庵...町医者、仙次と梶之進の親代わり
 津吉郎...つばめやの主、仙次の兄
 鬼一...正体不明の爺
 猫ノ介...鬼一の所に住み着いた野良猫
 おみよ...女郎
 三森主水...旗本
 乙丸...主水の嫡男
 小牧新左衛門...三森家の縁者
 小牧友三郎...新左衛門の息子
 八兵衛...拝み屋
 



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雷獣びりびり大江戸あやかし犯科帳~クロスケ、吸血鬼になる~

2012年06月21日 | 高橋由太
 2011年9月発行

 「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり」シリーズ第2弾。本所・深川を舞台に、江戸の町を妖怪から守る為、妖怪亡霊改方の若き同心の冬坂刀弥を中心に、人と妖怪が力を合わせる捕り物物語。
 
序 クロスケの災難
第一夜 江戸の吸血鬼
第二夜 京の妖かし斬り師
第三夜 こよりの恋
第四夜 染之助
第五夜 医者
第六夜 守り蛇のハク
第七夜 唐人の敵討ち
顛末 妖かしの森 計9編の連作

 市井の人々は、若い娘が次々と、血を吸われて殺されるのに恐れをなしていた。妖怪改方も懸命の探索をしていたが、件の吸血鬼を捕らえる事は出来ずにいた。
 そんな最中、刀弥は滅法腕の立つ異国人に出会う。夜ノ助の旧知で、京では指折りの妖怪退治師ミクニだと言う。
 ミクニも、吸血鬼を追って江戸へ入ったのだった。
 一方、紅猫長屋に住まうこよりは、危ういところを救ってくれた、得体の知れない浪人者の西上染之助に次第に引かれていくのだが…。
 第1話を読んでいないので、河童や落ち武者などとの亡者や妖怪との繋がりが分からないが、それでも進行上差し障りはないので読み飛ばす。
 コミックと言った方が良いのだろうか、ターゲットの読者層が若いのだろう。時代考証的にも?と思った場面が幾つかあり、時代物としては些か浅い面もあるが、切なさからファンタジックな展開は、はまる人にははまるだろう。
 人物設定も良く練られていると思う。
 だが正直、宇江佐真理さん中毒の情緒を重んじるわたくしには、物足りなかった。

主要登場人物
 冬坂刀弥...妖怪改方同心
 早乙女夜ノ助...妖怪改方長官
 仁科甚吾...妖怪亡方与力
 筧統子...料理屋稲亭の娘、刀弥の許嫁
 お園...料理屋稲亭の女将、統子の母親
 早乙女善鬼...元妖怪改方筆頭同心、夜ノ助の弟
 クロスケ...子どもの雷獣
 カタナ...刀弥の使い刀鬼
 九助...河童、稲亭の板前
 火の玉...稲亭の火元係り
 平家の落ち武者...稲亭の包丁方
 ミクニ...京の妖怪退治師(金髪碧眼)
 こより...紅猫長屋の店子、仕立物師
 西上染之助..浪人、紅猫長屋の店子
 



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その夜の雪

2012年06月20日 | 北原亜以子
 2010年5月発行

 ほろ苦さを胸に秘めた大人の生き様を描いた、割り切れない切なさが募る短編集。

うさぎ
その夜の雪
吹きだまり
橋を渡って
夜鷹蕎麦十六文
侘助
束の間の話 計7編の短編集

うさぎ
 摺師の峯吉は、昔、男と駆け落ちをした女房の事で娘と言い争いになった。そんな折り、寂しさを紛らわす為にうさぎを飼うお俊と出会い惹かれていく。
 男手ひとつで育て上げた娘が、己を捨てた母親に思慕を募らせる。峯吉の胸中が痛いように分かるが、そこからお俊に惹かれていく辺りは男性ならではなのか。

主要登場人物
 峯吉...摺師
 おひで...峯吉の娘
 お俊...縄暖簾の女中
 
その夜の雪
 半月後に祝言を控えた娘の三千代が手込めにされ、自害した。定町廻り同心の森口慶次郎は、娘の復讐を固く決意する。
 後の「慶次郎縁側日記」シリーズの序章である。
 慶次郎、三千代の痛烈な痛みが悲し過ぎる話である。だが、辰吉の男気に感銘した。

主要登場人物
 森口慶次郎...南町奉行所定町廻り同心
 三千代...慶次郎の娘
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 辰吉...岡っ引き、慶次郎の手下
 吉次...北町奉行所の小者

吹きだまり
 爪に火を灯して銭を貯めている、日雇い左官職人の作蔵。里の母親の見舞いと称し、暇を取るが、実は作蔵には秘密があった。
 夢の為に必要なだけの銭を貯める。先は見えないが、そんな生き方も悪くはないと思える一編。

主要登場人物
 作蔵...左官の日傭取り
 おみち...根岸料理屋春江亭の女中

橋を渡って
 夫には、若い女がいる。しかも、商いの手助けにもなっているらしい。おりきは、夫に疎まれた事をきっかけにある決意を固める。
 おりきは、江戸時代には稀な考えを持った女性と言えるだろう。

主要登場人物
 おりき...佐十郎の妻
 佐十郎...深川佐賀町干鰯問屋日高屋の主
 伊与吉 深川永代寺門前仲町酒味醂問屋の主、おりきの弟
 おなみ...伊与吉の妻
 おつゆ...鼈甲細工職人金三の娘

夜鷹蕎麦十六文
 噺家のかん生は、野暮を嫌悪し、粋を心情としていた。野暮な女房を蔑ろにし、芸者の間夫に溺れていたが…。
 そして、かん生は真実の粋に辿り着く。ほのぼのとしたラスト。

主要登場人物
 かん生...噺家、初代志ん生の弟子
 おちか...かん生の妻
 染八...辰巳芸者、かん生の情婦

侘助
 生きる事の厳しさ、空しさを抱いた杢助が辿り着いた生業は、無銭飲食だった。
 真面目で真っ直ぐな杢助が、極端ではあるが、何もかもから逃れ、しがらみのない生き方を選んだのも分かるような気がすると同時に、こういった不器用な生き方しか出来ない人も存外に多いのだと、胸に込み上げるものがあった。

主要登場人物
 杢助...下谷山崎町の棟割長屋に住まい
 おげん...元呉服屋の女中

束の間の話
 嫁に、甚く心を傷付けられたおしまは、家を飛び出し9年が過ぎた。高熱で寝込んでしまった折りに従兄弟を名乗る源七が訪ったのだが…。
 嫁の言いなりの息子。おしまが家を飛び出した経緯が、実に切なく、そして、寝込んだ折りには、己の取った短慮な行動を悔やむ。ありがちな人の心を如実に芦原している。

主要登場人物
 おしま...浅草阿部川町の長屋暮らし
 源七...板橋の板前

 全編、文頭2~3行の導入部分が見事であり、北原さんの巧みな表現力とセンスに恐れ入る。
 「その夜の雪」以外は、現代にも通じる話であり、親権問題、フリーター、離婚、浮気、引きこもり、嫁姑の確執を題材にしながら、心情的に追い詰められた主人公の前に、似たような境遇の人物が現れ、頑な心に雪解けの気配を見せるといった話になっている。


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ひとり膳~料理人季蔵捕物控~

2012年06月19日 | 和田はつ子
 2011年3月発行

 訳あって主家を出奔し、料理人として生きる季蔵。だが先代の塩梅屋長次郎からは料理だけではなく、北町奉行所同心の隠れ小者も引き継いだのだった。シリーズ第11弾。 

第一話 梅見鰤
第二話 饅頭卵
第三話 吹立菜
第四話 ひとり膳 長編集

 一膳飯屋の塩梅屋では、梅見弁当の時節に入った。季蔵は、「能代春慶、三段重堤げ弁当、梅見鰤、ひとり膳」という先代の長次郎生前の書き付けが気になってはいたが、分からず仕舞い。
 そんなある日、おき玖は父の長次郎を偲ぶ梅見へ出掛けたのだが、おき玖が訪っている亀可和が雷雨に見舞われたと知らせが入り、季蔵が大急ぎで駆け付けると、屋敷内で、夜光の珠が盗まれたと大騒ぎになっていた。
 この件が印象深い。
 
主要登場人物
 季蔵(堀田季之助)...日本橋一膳飯屋塩梅屋の主(料理人)
 おき玖...塩梅屋先代長次郎の娘
 三吉...塩梅屋の追い回し
 瑠璃...季蔵の許嫁
 烏谷椋十郎...北町奉行
 佐右衛門...薬種問屋良効堂の主
 豪助...船頭
 おれん...亀戸梅見茶屋亀可和の女将
 新蔵...霊岸島新酒問屋蔵一の主
 お夢...新蔵の女房
 輿助...元本郷薬種問屋砺波屋の奉公人
 おさん...蔵一の女中
 吉次...亀可和の下足番
 田端宗太郎...北町奉行所定町廻り同心
 松次...岡っ引き
 儀平次...元南町奉行所隠密廻り同心





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菊花酒~料理人季蔵捕物控~

2012年06月18日 | 和田はつ子
 2010年10月発行

 訳あって主家を出奔し、料理人として生きる季蔵。だが先代の塩梅屋長次郎からは料理だけではなく、北町奉行所同心の隠れ小者も引き継いだのだった。シリーズ第9弾。

第一話 下り鰹
第二話 菊花酒
第三話 御松茸
第四話 黄翡翠芋 長編集

 30年前の呉服屋やまと屋一家皆殺しの一味だった松島屋から、事件にかかわる簪が盗まれた。疑わしきは、骨董屋千住屋。北町奉行の烏谷椋十郎にそう告げられた季蔵は、新たな椋十郎の手の者となった内与力の清水佐平次と真相を探る。
 先に後作の「ひとり膳」を読み、今回はシリーズで2冊目となったのだが、「ひとり膳」と比べ、料理の比重が高く料理説明に大分ページを割いているといった感想である。
 そして、本題に行き着く迄に、ぐるりと遠巻きに幾多もの話があり過ぎて、どうにも読んでいて散漫になった。読み手の視線が定まらない感が否めない。

主要登場人物
 季蔵(堀田季之助)...日本橋一膳飯屋塩梅屋の主(料理人)
 おき玖...塩梅屋先代長次郎の娘
 三吉...塩梅屋の追い回し
 瑠璃...季蔵の許嫁
 烏谷椋十郎...北町奉行
 清水佐平次...北町奉行所内与力 
 繁乃...佐平次の母親
 安徳...芝光徳寺住持
 沢崎幾之進...松原藩石本家江戸家老
 文左衛門...日本橋長谷川町菓子屋万福堂の主
 喜平...隠居
 田端宗太郎...北町奉行所定町廻り同心
 松次...岡っ引き


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なみだ菖蒲~お医者同心 中原龍之介~

2012年06月17日 | 和田はつ子
 2010年5月発行

 北町奉行所で定中役という閑職に就きながら、動物や人の心を診るよろず医者の顔も併せ持つ中原龍之介の元へ、新米同心の松本光太郎が左遷されてやって来た。定町廻り同心に馬鹿にされ、一方遠慮しながら事件を追う二人の捕り物物語。シリーズ第2弾。

第一章 地獄絵
第二章 いにしえの蛇の祟り
第三章 なみだ菖蒲
第四章 鬼蜘蛛禍 長編

 龍之介と光太郎は、不審死した京極屋主人の事件を追う一方、地獄絵を描くという、薬種問屋大垣屋のひとり息子誠太郎の事で相談を受ける。その絵を見た龍之介は、予知絵ではないかと思い巡らせるのだが…。
 京極屋への脅迫状、不気味な絵を描く誠太郎、押込みに狙われた満見屋。別々に進行していた話が重なるのだが…。
 ほかにも龍之介の叔母である千代のエピソード、その幼馴染みの阿沙のエピソードが盛り込まれているが、これは関連性があるのだろうか?
 話が混乱している感が否めず、事件に繋がりがあるように結んでいるが、それも無理を感じる。地獄絵の話も必然性は感じられず、京極屋と満見屋だけの繋がりで十分ではないだろうか。
 鷹揚で頭の切れる龍之介の設定と、生真面目な光太郎のコンビは面白いと思うので、シリーズ中ほかの話も読んではみたい。

主要登場人物
 中原龍之介...北町奉行所定中役筆頭、よろず医者
 松本光太郎...北町奉行所定中役、下り酒問屋井澤屋の総領息子
 おたい...光太郎の妻、草双紙屋よし林の娘
 幸右衛門...下り酒問屋井澤屋の主、光太郎の父親
 孝二郎...光太郎の弟
 島崎淳馬...北町奉行所年番与力
 丹羽作之助...北町奉行所吟味方与力
 永井義兵衛...北町奉行所吟味方筆頭同心
 菊池基次郎...北町奉行所定町廻り同心
 宇野又左衛門...北町奉行所御出座御帳掛同心、光太郎の朋友
 桝次...瀬戸物町の岡っ引き
 誠太郎...大伝馬町薬種問屋大垣屋の総領息子
 ふじ...誠太郎の妹
 嘉助...呉服問屋京極屋の一番番頭
 千代...高崎宿糸繭商錦屋の内儀、龍之介の叔母
 恭助(7代目)...京極屋三右衛門
 阿沙...北町奉行所同心大野広之進の妻
 おきみ...神田亀井町小間物屋満見屋の娘
 作田宗齋...町医者
 杉之介...龍之介の犬
 千草...龍之介の鶏
 松太郎...龍之介の鯉
 



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猫始末~お医者同心 中原龍之介~

2012年06月16日 | 和田はつ子
 2010年3月発行
 
 北町奉行所で定中役という閑職に就きながら、動物や人の心を診るよろず医者の顔も併せ持つ中原龍之介の元へ、新米同心の松本光太郎が左遷されてやって来た。定町廻り同心に馬鹿にされ、遠慮しながら事件を追う二人の捕り物物語。シリーズ第1弾。

第一章 春爛漫つかのま
第二章 お医者同心 中原龍之介
第三章 神隠し
第四章 猫始末 長編

 商家の息子から、念願の同心株を手に入れ、晴れて北町奉行所の定町廻り同心となった松本光太郎。喜びも束の間、些細な失態から定中役という耳慣れない部署へと飛ばされた。
 そこは上役がひとりいるだけで、常駐にも及ばず、同心とは名ばかりの奉行所内の閑職であった。
 だが、その上役の中原龍之介は、腕も立てば、人柄も温厚かつ頭も切れる。何より、組屋敷では、動物や人の心を診るよろず医者も開き、庭には薬草が植わっていた。
 そんな二人は、堀米屋の幼い跡取り息子大五が、行方知れずになった事件を調べる事になった。調べを勧めて行くうちに、堀米屋の庭の桜の下から人骨が見付かり、事件は思わぬ方向に転がり出すのだった。
 まずは、奉行所に定中役という役目がある事を初めて知った。臨時の時に対応する職で、出役なども行ったそうである。定員は2名。
 その勤務体制を巧く利用し、ハーブを育てながらよろず医者との二足の草鞋の中原龍之介。文武に長け、更には至って温厚かつ柔軟な性質。
 町家の生まれながら、同新株を手に入れ念願の定町廻りに配属されたものの、わずか数日で定中役へ左遷された松本光太郎。
 この二人の謎解きなのだが、少し話がややこしい割には、結末は単純といったストーリーを、キャラの魅力が押し隠しているかに見えた。

主要登場人物
 中原龍之介...北町奉行所定中役筆頭、よろず医者
 松本光太郎...北町奉行所定中役、下り酒問屋井澤屋の総領息子
 おたい...光太郎の妻、草双紙屋よし林の娘
 幸右衛門...下り酒問屋井澤屋の主、光太郎の父親
 孝二郎...光太郎の弟
 島崎淳馬...北町奉行所年番与力
 丹羽作之助...北町奉行所吟味方与力
 永井義兵衛...北町奉行所吟味方筆頭同心
 菊池基次郎...北町奉行所定町廻り同心
 宇野又左衛門...北町奉行所御出座御帳掛同心、光太郎の朋友
 桝次...瀬戸物町の岡っ引き
 お加乃...居酒屋健菜の女将
 利左衛門...米問屋堀米屋の主
 お槙...利左衛門の後添え
 重助...堀米屋の番頭
 おゆい...元吉原の遊女
 おとき...北紺屋町の通称猫婆
 杉之介...龍之介の犬
 千草...龍之介の鶏
 松太郎...龍之介の鯉
 




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