2010年9月発行
ほら吹き茂平
千寿庵つれづれ
金棒引き
せっかち丹治
妻恋村から
律儀な男 計6編の短編集
ほら吹き、金棒引き、せっかちといった如何にも江戸っ子っぽい気質の人情喜劇に、尼僧にまつわる不思議など、思わず胸が詰まる悲哀に満ちた話と、悲喜こもごものバラエティに飛んだ物語を収録。
ほら吹き茂平
息子に現場を締め出され、隠居の身の茂平。ついつい作り話が大きくなって、人を驚かす事しばしば。そんな折り、近所の物置を造り直す話を引き受けるが、息子の小平次に無下に断られ、茂平は嫁のお久を手元に使い、ひとりで物置を造るのだった。
ほらと言うよりも、悪意のない憎めないちょっとした作り話といった、子どもみたいな茂平だが、時には、親に猫っ可愛がりされて己の様子の悪さに気付いていない娘には、痛烈に言い放つ時もある。歯に衣着せぬ、江戸っ子気質である。
実に天真爛漫で、こんな舅ならお久でなくとも手伝いたくなるってものだ。
主要登場人物
茂平...深川吉永町元大工の棟梁
お春...茂平の妻
小平次...大工、茂平の息子
お久...小平次の妻
千寿庵つれづれ
二人目の亭主の菩提を弔う為に、本所小梅村に庵を結んだ真銅浮風。その日も千寿庵には、おきゃんな娘お磯や、毎年花見に訪れる母娘の姿があった。
お見事! 何かおかしい。どこか霞に包まれたような書き方である。そう思いながら読み進めると、次第に絡まった糸が解けていく手法で、最期の最期に、浮風には不思議な能力が備わっている事が明かされる。
だが、怪談物でも恐怖物でもなく、ほんわかとした優しさに包まれる話である。しかもこの章では、お里、そしてお磯も…といった落ちもある。
主要登場人物
真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
真銅清太郎...刀鍛冶、浮風の二度目の夫
お磯...浅草蝋燭問屋伏見屋の娘
お峰...浅草飾り物屋万福堂の女将
お里...お峰の娘
富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い
金棒引き
噂話が大好きな、おこう。皇女和宮にまつわる替え玉節、足が悪い節、手首がない節の真意を確かめようと、以前手習いの指南を受けた華江の元を訪ねる。
また、岩松という男も、和宮が増上寺参拝の折りに、その姿をひと目見ようと望遠鏡まで取り出して…。
ストーリテラーは、世間の噂好き(=金棒引き)のたわいないおしゃべりであるが、内容は、幕末の徳川家の実情になっており、皇女和宮や天璋院篤姫、家茂、慶喜などの秘話がメインになっており、史実的にも正確に書かれている。
だがその為に、視点がもうひとつ定まっていない感が否めないのが悔やまれる。
主要登場人物
佐兵衛...日本橋品川町菓子屋吉野屋の主
おこう...佐兵衛の妻
新兵衛...日本橋伊勢町佃煮屋川越屋の主、佐兵衛の朋友
村山華江...筋違御門連雀町御家流書道の師匠、元大奥の中臈
岩松...増上寺門前町料理屋桐屋の主
せっかち丹治
熱い食べ物は待ち切れないくらいに、せっかちな大工の丹治。その娘のおきよに、裏長屋住まいの身に余るほどの良縁が持ち込まれるが…。
表向きは米問屋の内儀ではあるが、実は父親の看病の女中を雇うのが惜しい為に、身分の低い娘を嫁に据えようといった魂胆で、おきよははっきりと断るのだった。
その仲立となった差配の儀助に嫌がらせを受けると、丹冶は長屋の店子全員を引き連れ、新しい弁天長屋へと家移りするのだった。
「せっかち丹治」と言うよりも、かなり男気のある人物と見たが、この表題は、「ほら吹き茂平」に合わせての事だろうか。
主要登場人物
丹冶...大工、浅草田原町六兵衛店の店子
おせん...丹冶の妻
おきよ...丹冶の娘
銀太郎...大工の手元
儀助...六兵衛店の差配
兼吉...本所北本町米問屋新倉屋の主
妻恋村から
「千寿庵つれづれ」の続編。上州吾妻群鎌原村から妻子の供養を頼む長次という男が、千寿庵を訪った。
長次の抱える骨壺には、30年前に起きた浅間山の山焼け(=噴火)と浅間押し(=火砕流)で失った妻と娘の遺骨が納められていた。
天明3年の浅間山大噴火に基づいた話である。悲しく切ない話ではあるが、何よりも長次とその息子の幸蔵が、幸せに暮らしている様が救いになった。
また、ラストでは、長次の前妻と娘、長次の後妻の御霊が語り掛けるシーンも心温まる。
主要登場人物
真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
長次...上州吾妻群鎌原村の百姓
お春...長次の前妻
おゆみ...長次の前妻との娘
おすが...長次の後妻
幸蔵...長次の後妻との息子
富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い
律儀な男
市兵衛は、今でこそ富田屋の主として、後妻のおふきや子どもたちに囲まれ幸せにくらしているが、家付き娘であった前妻のおまきには苦い思い出がある。
手代だった市兵衛と祝言を挙げてもなお、おまきは役者の間夫を持ち、母親のおやすも黙認していたのだ。
だが、その3人が芝居茶屋で殺害された。下手人は戸塚宿の留蔵と言う男だった。
留蔵は、旅の途中で市兵衛に情けを掛けて貰った事を忘れずに、市兵衛の為に犯行に走ったのだ。思わぬ愚痴が、律儀な男の恩返しになってしまったという、多少狂気じみた話である。一般的にこの手の内容なら、市兵衛が、人の良いまたは頭の遅い留蔵を使って仕組んだといったパターンも無きにしも非ずであるが、この場合はどうだろうか?
「町木戸が開くまで留蔵のことを考えながら時間を潰すつもりだった」。
で、物語は終わっている。やはり市兵衛は無実なのだろう。
主要登場人物
市兵衛...大伝馬町醤油・酢問屋富田屋の主(婿)
勇次郎...杉の森新道一膳めし屋ひさごの主
半次郎...本船町魚問屋和田屋の主
勘兵衛...大伝馬町薬種問屋難波屋の主
留蔵...戸塚の百姓、下手人
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ほら吹き茂平
千寿庵つれづれ
金棒引き
せっかち丹治
妻恋村から
律儀な男 計6編の短編集
ほら吹き、金棒引き、せっかちといった如何にも江戸っ子っぽい気質の人情喜劇に、尼僧にまつわる不思議など、思わず胸が詰まる悲哀に満ちた話と、悲喜こもごものバラエティに飛んだ物語を収録。
ほら吹き茂平
息子に現場を締め出され、隠居の身の茂平。ついつい作り話が大きくなって、人を驚かす事しばしば。そんな折り、近所の物置を造り直す話を引き受けるが、息子の小平次に無下に断られ、茂平は嫁のお久を手元に使い、ひとりで物置を造るのだった。
ほらと言うよりも、悪意のない憎めないちょっとした作り話といった、子どもみたいな茂平だが、時には、親に猫っ可愛がりされて己の様子の悪さに気付いていない娘には、痛烈に言い放つ時もある。歯に衣着せぬ、江戸っ子気質である。
実に天真爛漫で、こんな舅ならお久でなくとも手伝いたくなるってものだ。
主要登場人物
茂平...深川吉永町元大工の棟梁
お春...茂平の妻
小平次...大工、茂平の息子
お久...小平次の妻
千寿庵つれづれ
二人目の亭主の菩提を弔う為に、本所小梅村に庵を結んだ真銅浮風。その日も千寿庵には、おきゃんな娘お磯や、毎年花見に訪れる母娘の姿があった。
お見事! 何かおかしい。どこか霞に包まれたような書き方である。そう思いながら読み進めると、次第に絡まった糸が解けていく手法で、最期の最期に、浮風には不思議な能力が備わっている事が明かされる。
だが、怪談物でも恐怖物でもなく、ほんわかとした優しさに包まれる話である。しかもこの章では、お里、そしてお磯も…といった落ちもある。
主要登場人物
真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
真銅清太郎...刀鍛冶、浮風の二度目の夫
お磯...浅草蝋燭問屋伏見屋の娘
お峰...浅草飾り物屋万福堂の女将
お里...お峰の娘
富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い
金棒引き
噂話が大好きな、おこう。皇女和宮にまつわる替え玉節、足が悪い節、手首がない節の真意を確かめようと、以前手習いの指南を受けた華江の元を訪ねる。
また、岩松という男も、和宮が増上寺参拝の折りに、その姿をひと目見ようと望遠鏡まで取り出して…。
ストーリテラーは、世間の噂好き(=金棒引き)のたわいないおしゃべりであるが、内容は、幕末の徳川家の実情になっており、皇女和宮や天璋院篤姫、家茂、慶喜などの秘話がメインになっており、史実的にも正確に書かれている。
だがその為に、視点がもうひとつ定まっていない感が否めないのが悔やまれる。
主要登場人物
佐兵衛...日本橋品川町菓子屋吉野屋の主
おこう...佐兵衛の妻
新兵衛...日本橋伊勢町佃煮屋川越屋の主、佐兵衛の朋友
村山華江...筋違御門連雀町御家流書道の師匠、元大奥の中臈
岩松...増上寺門前町料理屋桐屋の主
せっかち丹治
熱い食べ物は待ち切れないくらいに、せっかちな大工の丹治。その娘のおきよに、裏長屋住まいの身に余るほどの良縁が持ち込まれるが…。
表向きは米問屋の内儀ではあるが、実は父親の看病の女中を雇うのが惜しい為に、身分の低い娘を嫁に据えようといった魂胆で、おきよははっきりと断るのだった。
その仲立となった差配の儀助に嫌がらせを受けると、丹冶は長屋の店子全員を引き連れ、新しい弁天長屋へと家移りするのだった。
「せっかち丹治」と言うよりも、かなり男気のある人物と見たが、この表題は、「ほら吹き茂平」に合わせての事だろうか。
主要登場人物
丹冶...大工、浅草田原町六兵衛店の店子
おせん...丹冶の妻
おきよ...丹冶の娘
銀太郎...大工の手元
儀助...六兵衛店の差配
兼吉...本所北本町米問屋新倉屋の主
妻恋村から
「千寿庵つれづれ」の続編。上州吾妻群鎌原村から妻子の供養を頼む長次という男が、千寿庵を訪った。
長次の抱える骨壺には、30年前に起きた浅間山の山焼け(=噴火)と浅間押し(=火砕流)で失った妻と娘の遺骨が納められていた。
天明3年の浅間山大噴火に基づいた話である。悲しく切ない話ではあるが、何よりも長次とその息子の幸蔵が、幸せに暮らしている様が救いになった。
また、ラストでは、長次の前妻と娘、長次の後妻の御霊が語り掛けるシーンも心温まる。
主要登場人物
真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
長次...上州吾妻群鎌原村の百姓
お春...長次の前妻
おゆみ...長次の前妻との娘
おすが...長次の後妻
幸蔵...長次の後妻との息子
富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い
律儀な男
市兵衛は、今でこそ富田屋の主として、後妻のおふきや子どもたちに囲まれ幸せにくらしているが、家付き娘であった前妻のおまきには苦い思い出がある。
手代だった市兵衛と祝言を挙げてもなお、おまきは役者の間夫を持ち、母親のおやすも黙認していたのだ。
だが、その3人が芝居茶屋で殺害された。下手人は戸塚宿の留蔵と言う男だった。
留蔵は、旅の途中で市兵衛に情けを掛けて貰った事を忘れずに、市兵衛の為に犯行に走ったのだ。思わぬ愚痴が、律儀な男の恩返しになってしまったという、多少狂気じみた話である。一般的にこの手の内容なら、市兵衛が、人の良いまたは頭の遅い留蔵を使って仕組んだといったパターンも無きにしも非ずであるが、この場合はどうだろうか?
「町木戸が開くまで留蔵のことを考えながら時間を潰すつもりだった」。
で、物語は終わっている。やはり市兵衛は無実なのだろう。
主要登場人物
市兵衛...大伝馬町醤油・酢問屋富田屋の主(婿)
勇次郎...杉の森新道一膳めし屋ひさごの主
半次郎...本船町魚問屋和田屋の主
勘兵衛...大伝馬町薬種問屋難波屋の主
留蔵...戸塚の百姓、下手人
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