うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

ほら吹き茂平~なくて七癖あって四十八癖~

2012年04月30日 | 宇江佐真理
 2010年9月発行

ほら吹き茂平
千寿庵つれづれ
金棒引き
せっかち丹治
妻恋村から
律儀な男 計6編の短編集

 ほら吹き、金棒引き、せっかちといった如何にも江戸っ子っぽい気質の人情喜劇に、尼僧にまつわる不思議など、思わず胸が詰まる悲哀に満ちた話と、悲喜こもごものバラエティに飛んだ物語を収録。

ほら吹き茂平
 息子に現場を締め出され、隠居の身の茂平。ついつい作り話が大きくなって、人を驚かす事しばしば。そんな折り、近所の物置を造り直す話を引き受けるが、息子の小平次に無下に断られ、茂平は嫁のお久を手元に使い、ひとりで物置を造るのだった。
 ほらと言うよりも、悪意のない憎めないちょっとした作り話といった、子どもみたいな茂平だが、時には、親に猫っ可愛がりされて己の様子の悪さに気付いていない娘には、痛烈に言い放つ時もある。歯に衣着せぬ、江戸っ子気質である。
 実に天真爛漫で、こんな舅ならお久でなくとも手伝いたくなるってものだ。

主要登場人物
 茂平...深川吉永町元大工の棟梁
 お春...茂平の妻
 小平次...大工、茂平の息子
 お久...小平次の妻

千寿庵つれづれ
 二人目の亭主の菩提を弔う為に、本所小梅村に庵を結んだ真銅浮風。その日も千寿庵には、おきゃんな娘お磯や、毎年花見に訪れる母娘の姿があった。
 お見事! 何かおかしい。どこか霞に包まれたような書き方である。そう思いながら読み進めると、次第に絡まった糸が解けていく手法で、最期の最期に、浮風には不思議な能力が備わっている事が明かされる。
 だが、怪談物でも恐怖物でもなく、ほんわかとした優しさに包まれる話である。しかもこの章では、お里、そしてお磯も…といった落ちもある。

主要登場人物
 真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
 真銅清太郎...刀鍛冶、浮風の二度目の夫
 お磯...浅草蝋燭問屋伏見屋の娘
 お峰...浅草飾り物屋万福堂の女将
 お里...お峰の娘
 富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
 おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い

金棒引き
 噂話が大好きな、おこう。皇女和宮にまつわる替え玉節、足が悪い節、手首がない節の真意を確かめようと、以前手習いの指南を受けた華江の元を訪ねる。
 また、岩松という男も、和宮が増上寺参拝の折りに、その姿をひと目見ようと望遠鏡まで取り出して…。
 ストーリテラーは、世間の噂好き(=金棒引き)のたわいないおしゃべりであるが、内容は、幕末の徳川家の実情になっており、皇女和宮や天璋院篤姫、家茂、慶喜などの秘話がメインになっており、史実的にも正確に書かれている。
 だがその為に、視点がもうひとつ定まっていない感が否めないのが悔やまれる。

主要登場人物
 佐兵衛...日本橋品川町菓子屋吉野屋の主
 おこう...佐兵衛の妻
 新兵衛...日本橋伊勢町佃煮屋川越屋の主、佐兵衛の朋友
 村山華江...筋違御門連雀町御家流書道の師匠、元大奥の中臈
 岩松...増上寺門前町料理屋桐屋の主

せっかち丹治
 熱い食べ物は待ち切れないくらいに、せっかちな大工の丹治。その娘のおきよに、裏長屋住まいの身に余るほどの良縁が持ち込まれるが…。
 表向きは米問屋の内儀ではあるが、実は父親の看病の女中を雇うのが惜しい為に、身分の低い娘を嫁に据えようといった魂胆で、おきよははっきりと断るのだった。
 その仲立となった差配の儀助に嫌がらせを受けると、丹冶は長屋の店子全員を引き連れ、新しい弁天長屋へと家移りするのだった。
 「せっかち丹治」と言うよりも、かなり男気のある人物と見たが、この表題は、「ほら吹き茂平」に合わせての事だろうか。

主要登場人物
 丹冶...大工、浅草田原町六兵衛店の店子
 おせん...丹冶の妻
 おきよ...丹冶の娘
 銀太郎...大工の手元
 儀助...六兵衛店の差配
 兼吉...本所北本町米問屋新倉屋の主

妻恋村から
 「千寿庵つれづれ」の続編。上州吾妻群鎌原村から妻子の供養を頼む長次という男が、千寿庵を訪った。
 長次の抱える骨壺には、30年前に起きた浅間山の山焼け(=噴火)と浅間押し(=火砕流)で失った妻と娘の遺骨が納められていた。
 天明3年の浅間山大噴火に基づいた話である。悲しく切ない話ではあるが、何よりも長次とその息子の幸蔵が、幸せに暮らしている様が救いになった。
 また、ラストでは、長次の前妻と娘、長次の後妻の御霊が語り掛けるシーンも心温まる。

主要登場人物
 真銅浮風...本所小梅村千寿庵の庵主
 長次...上州吾妻群鎌原村の百姓
 お春...長次の前妻
 おゆみ...長次の前妻との娘
 おすが...長次の後妻
 幸蔵...長次の後妻との息子
 富蔵...百姓、千寿庵の手伝い
 おなか...富蔵の妻、千寿庵の手伝い

律儀な男
 市兵衛は、今でこそ富田屋の主として、後妻のおふきや子どもたちに囲まれ幸せにくらしているが、家付き娘であった前妻のおまきには苦い思い出がある。
 手代だった市兵衛と祝言を挙げてもなお、おまきは役者の間夫を持ち、母親のおやすも黙認していたのだ。
 だが、その3人が芝居茶屋で殺害された。下手人は戸塚宿の留蔵と言う男だった。
 留蔵は、旅の途中で市兵衛に情けを掛けて貰った事を忘れずに、市兵衛の為に犯行に走ったのだ。思わぬ愚痴が、律儀な男の恩返しになってしまったという、多少狂気じみた話である。一般的にこの手の内容なら、市兵衛が、人の良いまたは頭の遅い留蔵を使って仕組んだといったパターンも無きにしも非ずであるが、この場合はどうだろうか? 
 「町木戸が開くまで留蔵のことを考えながら時間を潰すつもりだった」。
 で、物語は終わっている。やはり市兵衛は無実なのだろう。

主要登場人物
 市兵衛...大伝馬町醤油・酢問屋富田屋の主(婿)
 勇次郎...杉の森新道一膳めし屋ひさごの主
 半次郎...本船町魚問屋和田屋の主
 勘兵衛...大伝馬町薬種問屋難波屋の主
 留蔵...戸塚の百姓、下手人

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今日を刻む時計~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月29日 | 宇江佐真理
 2010年7月発行

 火事で家が全焼。台箱だけを辛うじて持ち出した伊三次であったが、あれから10年が経ち、伊与太は絵師に弟子入りし、妹も生まれていた。
 物語は捕り物を織り交ぜながらも、一貫して不破龍之進の結婚問題に終始する。いよいよシリーズ9作目にして、完全に主役交代である。

今日を刻む時計
 伊三次は、折り合いの悪かった義兄の十兵衛だが、中風で寝たきりになった為に、廻り髪結いのほかに、十兵衛の店梅床の手伝いをしていた。
 ある日、日本橋で刃物を振りかざして暴れている男がいると聞いた伊三次は、芸妓屋前田に入り浸る不和龍之進を呼びに走る。
 大人になった龍之進の言わばお披露目的事件。見事な同心ぶりを見せる。
 一方で、前田の芸妓小勘に言い寄られるが、母のいなみを貶める言葉を聞いて、小勘にきつく断りを入れる。この場面に居合わせたお文(文吉)の久し振りに気っ風の良い啖呵が小粋である。
 また、朋輩の古川喜六の人柄を思わせる言葉も印象深い。

秋雨の余韻
 雨宿りした店先で、龍之進はおゆうという娘と知り合う。後日、その娘は、まれに見る物知らずな娘であることから、お文が仲立をし、不破家でいなみの指南を受ける事になる。
 またも龍之進とおゆうの出会いから、何やら恋心を思わせる展開へと進んでいく。
 また、朋輩の橋口譲之進の母親が亡くなるというシーンから、龍之進への世代交代の波を次第に高めていっているか。「今日を刻む時計」の章でも、岡っ引きの留蔵登場シーンはなく、手下の弥八が事実上現場を預かる形で描かれていた。

過去という名のみぞれ雪
 おゆうに行儀作法を教えるついでに、男勝りの茜への教育も始まった。おゆうを気に入ったいなみは、龍之進と一緒になる気はないかと尋ねるが…。
 一方伊三次は、鋏を研ぐ為に刃物屋を訪い、そこで青物屋の仙吉という、気っ風の良い若者と知り合うが、彼の腕には罪人の証しの入れ墨があった。
 やはり龍之進の男っぷりはおゆうを捉えたようだが、気難しい性質だと伺わせている。親子なのだから当然だが、若かりし頃の友之進を見ている様でもある。

春に候
 労咳で先が長くない笠戸松太郎から、己が死んだら、許嫁のひふみを貰って欲しいと告げられた龍之進。朋友の遺言とも思える言葉に思い悩むのだった。
 寺社の仏像を狙った盗賊を追い詰めた不破と緑川親子、そして伊三次。
 先立って同寺で見掛けた不信な男の似面絵を描いていた伊与太だった。
 漸く伊与太が登場するが、今回は捕り物とは直接の関わりはないが、次作への伏せんとなっているようだ。

てけてけ
 毎度仲間と揉め事を起こす、見習い同心の笹岡小平太。彼は鳶職の息子であるが、笹岡家に養子に入った身であった。また、同時に姉の徳江も笹岡家に引き取られたのだが、養父母にとって、徳江はお荷物であった。
 松太郎が亡くなり、古川喜六と妻の芳江が連れ立って弔問に訪った。そもそも芳江は、喜六との縁組が整うまで、松太郎とは相惚れの間柄だ。だが、喜六は全てを承知の上だった。そして龍之進は芳江に、松太郎の遺言を告げると、芳江がひふみに聞いてみようと仲立をするのだった。
 喜六の鷹揚な人柄が忍ばれる。

我らが胸の鼓動
 松太郎の遺言ともなったひふみとの縁組だが、松太郎を思い出す相手は嫌だと断られてしまい意気消沈する龍之進。一方龍之進に岡惚れし、色目を使っていたと養父母の逆鱗に触れた徳江は、実家に戻されたと言う。
 伊三次は、女中のおふさが、不破家中間の松助に気があるようだと二人の仲を取り持つのだった。
 何と言っても龍之進の徳江への台詞が効いている。火消しの女房になりたいか、同心か。そして、そのまま組屋敷へ連れ帰るといった早業。これは父親の友之進が、吉原の仲店でいなみを見付けた時、単身乗り込み直ぐに見受け金を用意した早業と通じるものがある。
 小勘、おゆう、ひふみ、徳江(たけ)と龍之進の嫁選びは終焉をみたが、元龍之介の手習いの師匠小泉翠湖の娘のあぐりに、ほのかな恋心を抱いただけで、伊三次とお文のような恋愛がなかった事が気になると言えば気になるが…。

 今回は、事件が龍之進の心中の迫る内容となっており、読み応えのある濃厚な一冊となっている。捕り物劇はさらりと書かれているだけだが、ひとつひとつを突き詰めると実に切ない内容であり、その背景を持ってすれば、いずれも一話分になるだろう。
 そして、粋な兄さんの伊三次(既に四十半ば)を見られないかと思うと、それは残念である。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 おふさ...伊三次家の女中
 九兵衛...伊三次の弟子
 安吉...伊三次の弟子
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 茜...友之進の長女
 お園...伊三次の姉、十兵衛の妻
 十兵衛...炭町梅床の主
 松助...不破家中間
 三保蔵...不破家下男
 おたつ...不破家女中
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 春日多聞...北町奉行所年番方同心
 西尾左内...北北町奉行所例繰方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 芳江...喜六の妻
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 片岡美雨...京橋日川道場師範代、監物の妻
 弥八...岡っ引き留蔵の手下(京橋/松の湯)
 清吉...岡っ引き留蔵の手下、弥八の義弟
 笠戸松之丞...小普請組、龍之進の元手習の師匠
 美江...松之丞の妻
 松太郎...松之丞の嫡男、大名家お抱え儒者、龍之進の朋輩
 赤羽ひふみ...松太郎の許嫁
 おゆう...日本橋廻船問屋大和屋の娘
 笹岡清十郎...元北町奉行所物書同心
 笹岡小平太...北町奉行所同心見習い、清十郎の養子
 徳江(たけ)...小平太の実姉
 



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虚ろ舟~泣きの銀次参之章~

2012年04月28日 | 宇江佐真理
 2010年1月発行

 シリーズ第2弾から、またも10年。齢五十路に入った銀次は、成長したお次の嫁入り問題に悩みながらも、未だ現役。表題である空飛ぶ舟「虚ろ舟」と呼ばれる光の球をが市井を賑わす中で起こった連続殺人事件に挑む。

虚ろ舟
 坂本屋も持ち直し、長女のおいちを武蔵屋に嫁がせた銀次の悩みは、次女お次と陸奥津軽藩お抱え絵師の和平の事だった。
 互いに思いを寄せながらも、和平は壊疽の為に左足を切断していた為に、踏み切れないでいた。そんな和平に苛立ちを覚えるお次。銀次も親として、お次を嫁がせて良いものかと思い悩む。
 だが事件は待ってはくれない。先妻の子殺しの商家の内儀、同輩殺しの罪を押し付けようとした読売り売り。
 そんな中、和平がとんでもない絵を描き出奔した。そして次々と若い娘を襲う連続殺人。
 和平が描いたお化け絵が、襲われた娘に似ている事かた、銀次は和平を追い詰める。
 銀次の絡む事件は陰惨な物が多いのが特徴的であるが、切ないやほろ苦いを通り越して、あんまりじゃないかと思った結末である。
 作品としては、悲痛を現実を乗り越え逞しく生きる銀次一家のメッセージ性はあるが、いち読者として宇江佐さん作品キャラにのめり込み過ぎた結果だろう。
 如何してここまで和平に試練を与えなければならなかったのかが、腑に落ちない。かなり後味の悪い作品となった。
 表題の、虚舟は、江戸時代に茨城県大洗沖で目撃された伝説の舟で、曲亭馬琴の兎園小説「虚舟の蛮女」にも描かれている。または、空飛ぶ円盤の江戸時代的表現ではないかとされているのだが、本文との関連性が感じられず、如何して取り入れたのかが分からずじまいであった。

主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、本船町小間物問屋坂本屋の主
 お芳...銀次の妻
 おいち...銀次の長女
 お次...銀次の次女
 おさん...銀次の三女
 盛吉...銀次の長男、末っ子
 表勘兵衛...北町奉行所臨時廻り同心
 慎之介...北町奉行所例繰方同心、勘兵衛の息子
 琴江...慎之介の妻
 虎吉...表家の中間
 清兵衛 裏茅場町薬種屋武蔵屋の嫡男、おいちの夫
 天野和平(露舟)...陸奥津軽藩お抱え絵師
 天野啓次郎...陸奥津軽藩士、和平の兄
 忠吉 馬喰町の読売り屋はやり屋の主、浅草絵双紙屋近江屋の息子
 京助 はやり屋の読売り売り、日本橋西河岸町料理茶屋いず万の息子
 源兵衛 はやり屋の読売り売り、深川三好町材木問屋檜屋の息子
 捨吉 はやり屋の小僧
 卯之助...両国広小路床店の主、元坂本屋の番頭 

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なでしこ御用帖

2012年04月27日 | 宇江佐真理
 2009年10月発行
 
 娘のお蘭を救う為に命を失った、「斬られ権佐」の続編は、お蘭の娘のなでしこちゃん(お紺)主役で蘇った。
 お蘭の婿養子、麦倉洞雄は、かつて権佐とあさみを取り合った菊井数馬の次男といった設定。兄の武馬も、数馬と同役の吟味方与力として登場するが、二人とも父親のような激しさはないようだ。
 ドラマチックだった「斬られ権佐」と打って変わって、ほのぼのとしたお紺を取り巻く恋と人情の物語だが、仮に英雄の子孫であっても、人の暮らしはこんなものかも知れないと思わせる。


八丁堀のなでしこ
 お紺の次兄流吉に、家主殺しの嫌疑が掛けられ大番屋へと引き立てられた。お紺は兄の無実を晴らす為に、岡っ引きの金蔵と共に奔走する。
 京橋の呉服屋津の国屋の手代をする流吉だったが、罪は晴れても、暇を出されてしまい実家へと戻る。そして母のお蘭の仕立てを手伝うようになる。
 岡っ引きで仕立て屋だった「斬られ権佐」に繋がる序章である。
 また、冒頭からお紺を助ける岡っ引きの金蔵。十七歳の娘と五十過ぎの親爺のコンビネーションが面白い。

養成所の桜草
 長兄の助一郎が勤める小石川養生所で、患者の自殺や、女看護人が暴行を受ける事件が起こり、お紺は女看護人として乗り込む。
 事件自体は、直ぐに解決されるが、小石川療養所の様子が詳しく描かれており興味深い。
 そして、気が強く正義感も強ければ、酒も強いお紺の家族そして兄弟の仲の良さがほのぼの感を与えている。

路地のあじさい
 居酒屋を営むおきえは、死病を患っていた。病いを安じる洞雄とお紺であったが、そのおきえに、七殺しの嫌疑が掛る。どうしてもおきえが、そのような人物に思えないお紺は、事件の謎解きに迫る。
 お紺の推理が光る一作。切ない結末は、家族愛を解いているかのようでもある。親子の情、恋心。人はその時、誰を第一に思うのか。

吾亦紅さみし
 体の不調を訴え洞雄の元を訪れた、長沢三之丞という同心が、奉行から依頼された絵を仕上げず、長男に役を譲り突然疾走してしまう。
 そして、お紺は、南町奉行所定廻り同心の有賀勝興との縁談が持ち込まれる一方、洞雄の弟子の根本要之助から思いを告げられる。
 気は優しいが頼りない要之助。方や仕事は出来るが短慮で気分屋の勝興。帯に短し襷に長しの二人の対比が面白くもあるが、権佐の孫としては、御用に携わる勝興に分があるかと思いきや。
 
寒夜のつわぶき
 猫を使って盗みを働く盗人が横行する中、次の狙いに麦倉が定められた。薄々気付いていたお紺であったが、ある夜、男は麦倉家に押し入り、その際に要之助が刺されてしまう。
 賊との格闘シーンから、文末までのテンポの良い流れ場見事である。乱闘の最中にも関わらず情景描写そして、登場人物の設定を頷かせる行動。緊迫の場面であるが、思わず笑止してしまった。

花咲き小町
 要之助の変わりに助一郎が、暫くの間洞雄を手伝う事になった。その折りに、助一郎が伴って来た半鐘と呼ばれてる男は、口が利けないのか耳が聞こえないのか、全く喜怒哀楽を示さない厄介な男だったのだ。 
 最終話は捕り物劇ではなく、半鐘の過去をお紺が推理するといった話で、彼の切ない半生が滲み出ている。
 一方、恋の行方は、有賀勝興が、「らしい」と思わせる行動に出る。この人も何処か憎めないキャラではあるのだが…。
 ラストはホームドラマさながらのどたばたで迎えた目出たい門出。やはり桜の花びらを効果的に使った演出が、文章に艶やかな色を感じさせる、気持ちの晴れる真終焉である。

主要登場人物
 お紺(なでしこちゃん)...洞雄の娘
 麦倉洞雄...八丁堀の町医者、お紺の父親
 お蘭...お紺の母親
 助一郎...小石川養生所の見習い医者、お紺の長兄
 流吉...仕立の修行、お紺の次兄
 根本要之助...洞雄の弟子
 金蔵...北島町の岡っ引き、勝興の小者
 菊井武馬...南町奉行所吟味方与力、洞雄の兄
 有賀勝興...南町奉行所定廻り同心
 亀吉...勝興の小者
 倉吉...北島町自身番の書役
 おきえ(ぽん太)...水谷町居酒屋ちどりの女将
 長沢三之丞...年番方書物同心
 半鐘(八島藤八郎)...養生所の手伝い、旗本五千石の跡取り
 美音...助一郎の許嫁、養生所の女看病人
 

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富子すきすき

2012年04月26日 | 宇江佐真理
 2009年3月発行

藤太の帯
堀留の家
富子すきすき
おいらの姉さん
面影ほろり
びんしけん 計6編の短編集

 下町のテーマに沿った短編集とは違い、史実、報われない思い、因縁など多種多様の6編。宇江佐作品異色の短編集と言えるだろう。

藤太の帯
 身体が丈夫ではないおゆみは、柳原には古着屋でひと目で気に入った俵藤太が百足退治をする帯を買い求めるも、程なくして病いで命を失ってしまう。
 おゆみの形見分けに集まった仲の良かった四人の娘間を、その帯は順に回っていくのだが、不思議な事に、その帯は「持ち主を選ぶ」と逸話がある。そして、手にした娘たちは、俵藤太を先祖に持つ家計だった。
 物語は、ミステリアスに終わる。この流れでいけば続編が出来るのかと思わされるが、藤太の帯の話はお仕舞いのようだ。ただ、後に宇三郎と全く同じ奇妙な出で立ちの古着屋が柳橋で商いをしている「古手屋喜十為事覚え」が書かれるが、名前が違うので別人の設定だろう。
 俵藤太とは下野の藤原秀郷の本名で、平将門が起こした天慶の乱の鎮圧で名を挙げた平安中期の武将である。物語の帯は、近江国三上山の百足退治の逸話である。
 正直、宇江佐さんのレパートリーに俵藤太が含まれていた事に驚かされた。

主要登場人物
 おゆみ...神田鍋町煙草屋結城屋の娘
 おふく...連雀町小普請組の下河辺大五郎の娘
 おたよ...小伝馬町牢屋同心赤堀進次郎の娘
 おくみ...十軒店飾り物屋水谷屋の娘
 おさと...神田鍛冶町瀬戸物屋唐津屋の娘
 あやめ...今川橋の女筆指南師匠
 宇三郎...柳原の古着屋

堀留の家
 堀留町二丁目にある元岡っ引き鎮五郎と女房のお松は無類の子ども好きであり、捨て子や訳ありの子を常に養育していた。成人し、干鰯問屋蝦夷屋に奉公する弥助とおかなもそんな子である。
 おかなから思いを寄せらた弥助だが、兄妹同然に育ったおかなを妹以上の目では見られない弥助。
 おかなの後半生には後味の悪い物が残るが、置き去りにされたおかなの子を弥助が引き取るシーンはなかなかに泣ける。奇しくも鎮五郎と同じ路を歩む事になった弥助。弥助の生い立ちも含め、切なく胸に熱い物が込み上げる、宇江佐さんらしい物語であった。

主要登場人物
 鎮五郎...堀留二丁目の借家の家主、元地廻りの岡っ引き、弥助の養父
 お松...鎮五郎の妻、弥助の養母
 弥助...深川佐賀町干鰯問屋蝦夷屋の手代
 おかな...蝦夷屋の女中
 富吉...弥助の実父
 おその...弥助の妻

富子すきすき
 赤穂浪士の討入りにより、最愛の夫である吉良上野介を失い、孫であり養子の左兵衛が配流の上、吉良家の改易に虚無な日々を過ごす富子。
 「あの富子さんか」とこちらも驚かされた一作。赤穂浪士による討入りは、日本人であれば誰でも周知のところだが、その後の吉良家を知る人はそうはいないのではないだろうか。また、上杉家との繋がりもしかり。
 世間で赤穂浪士の忠義が讃えられる中、吉良家に起きた不幸と、巻き添えを喰った上杉家の不運を吉良上野介の正室の富子の視線から描いている。最も、上野介には側室はいなかったけれど。
 物語としては浮き沈みもなく、失礼を承知ながら面白みはなかったが、吉良上野介は、あんなに悪い人じゃないと世間に知ら示すには意味ある作品だろう。
 大体、浅野内匠頭は、殿中での刃傷は切腹の決まりで、腹を斬ったのに、それを吉良への遺恨がおかしいって。
 
主要登場人物
 富子...吉良上野介の正室
 上杉綱憲...出羽米沢藩上杉家4代藩主、吉良上野介の嫡男
 綾路...富子付き侍女

おいらの姉さん
 吉原(なか)で生まれ育った沢吉は、引き手茶屋の手代をしている。そんな沢吉は、彼女が禿時代から、九重花魁に密かな思いを寄せているのだった。
 可哀想な結末であるが、それよりも思いを寄せる女は、手の届かない遊女。己はその手引きをするといった立場の沢吉の切なさが如実に感じられる。
 ラストに、沢吉の女房となったお磯が、「心底、女に惚れたことのない男なんてつまらない」。と言う。この台詞にお磯の大きさと共に、吉原といった特殊な世界で生きる人の強さを見た。

主要登場人物
 沢吉...吉原引き手茶屋根本屋の手代
 九重...吉原半籬田丸屋の花魁、沢吉の朋友
 小原作左衛門...旗本の用人
 虎蔵...吉原田丸屋の妓夫
 お磯...吉原引き手茶屋万年屋の女将、沢吉の妻

面影ほろり
 母親が病で床に就くと、8歳の市太郎は辰巳芸者のおひさの家に預けられた。おひさとどんな繋がりがあるかも知らずに、市太郎は気っ風の良いおひさと、女中のおつねの元で楽しい時を過ごす。
 季節は春だが、市太郎の夏休み的な思いで読み進めた。幼い記憶の淡い想い出であるような不思議な感覚であるにも関わらず、男気のある市太郎。「髪結い伊三次」のお文を思わせる粋なおひさ。正直で優しい正木辰之進。そして市太郎を取り巻く手習所の朋友たち。
 宇江佐さんの意図するところとは違うかも知れないが、もの凄くキャラが立っていたと思えてならない。
 物語も、市太郎が家に戻るシーンでお仕舞いではなく、十七年後、深川八幡での市太郎の挙式の日である。やはり、この時の流れが、誰にも忘れられない想い出の夏休み的雰囲気を漂わせているのだろう。

主要登場人物
 市太郎...久永町材木問屋大野屋の総領息子
 市兵衛...大野屋の主、市太郎の父親
 おひさ...蛤町の辰巳芸者
 おつね...おひさの女中
 正木辰之進...黒江町手習所の師匠

びんしけん
 手跡指南の師匠をしている小左衛門は、読み書きはおろか、まともな行儀作法も心得ていない二十歳の娘を預かる羽目になってしまった。
 とにかく主人公の小左衛門の設定がいけている。これは、美男子とか裕福とかではなく、全くの逆。旗本の父を持ちながらも、母の身分が卑しかった為、父亡き後は兄に屋敷を追われ、湯島の学問吟味に合格する程の秀才ながらも浪人暮らし。
 見掛けも、髪も薄ければ御面相も頂けず、嫁の着てもない。だが、身形はきちんと整え、人柄は申し分ない。
 男性視線で描き出された人物であろう。やはり宇江佐さんの引き出しの多さに驚かされた。
 そして、お蝶の思いを受け入れなかった事へ、何時までも後悔する。
 「残念、閔子騫と昔ながらの口癖を呟くのだった」。ひょうひょうとした小左衛門が目に浮かぶ最期のシーン。彼にエールを贈りたいが、もし仮に、続編が出来ても、小左衛門はこのまんま生涯を閉じるのだろう。そしてそれを然程苦にもしないのだろうと思える。
 少しばかり、小左衛門が羨ましくもなった。
 びんしけん=閔子騫は、残念と言う意味である。

主要登場人物
 吉村小左衛門...下谷車坂町市右衛門店住人、手跡指南の師匠
 森野倉之丞...南町奉行所吟味方同心、小左衛門の朋友
 お蝶...盗賊むささびの辰の娘
 おつる...浅草広小路料理茶屋の娘、小左衛門の弟子
 おくめ...市右衛門店住人
 政五郎...地廻りの岡っ引き

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おはぐろとんぼ~江戸人情堀物語~

2012年04月25日 | 宇江佐真理
 2009年1月発行

ため息はつかない
裾継
おはぐろとんぼ
日向雪
御厩河岸の向こう
隠善資正の娘 計6編の短編集

 「おちゃっぴい」、「神田堀八つ下がり」に続く江戸人情物語。掘の近くで繰り広げられる悲喜こもごもを、笑いと涙で綴っている。全編微笑ましい結び方で、ひと味違った宇江佐さん作品の結末になっている。

ため息はつかない 薬研掘
 父が急逝し、叔母のおますに育てられた豊吉。十二歳から、伯父が番頭を務める薬種屋備前屋へ奉公していたが、店の娘おふみとの縁組みが持ち上がる。件の相手は、器量も今ひとつである上に、巨漢の娘だった。
 だが話してみれば、おふみは存外に気質の良い娘である。豊吉は、育ての母であるおますの意見に従おうとするが、そんな折り、おますが物盗りに殺害され、その下手人にされてしまうのだった。
 幼くして両親を失い、成人すれば、不細工な上にでぶでけたたましい、そんな娘を押し付けられ、果ては義母殺しの下手人にされてしまう。こんな不幸が、おふみの奮闘で笑いに変わっての結末。薬研掘で溜め息を付く事が多かった豊吉も、「もうため息はつかない」だろう。読み味爽やかといったところだ。

主要登場人物
 豊吉...米沢町薬種屋備前屋の手代
 おます...元柳橋の芸妓、豊吉の叔母
 おふみ...備前屋の次女
 勘次...備前屋の一番番頭、豊吉の叔父
 お梅...備前屋の女中
 捨蔵...地廻りの岡っ引き

裾継(すそつぎ) 油掘
 深川の子ども屋加茂屋の女将おなわは、彦蔵と先妻との間の娘おふさの、反抗的な態度に気を揉んでいた。
 どうやら彦蔵に女がいる事に気付かない、おなわに苛立っていたらしいのだが、それは情婦ではなく、おふさの実母だった。
 「ため息はつかない」同様に、主人公の設定は暗い。貧しさから吉原に売られ、そこで知り合った彦蔵に落籍されて、岡場所の女将となったおなわ。実子二人に恵まれたものの、実兄からの無心。そして思春期になった継子の反抗。挙げ句は夫の裏切り。
 だが、実は、間夫と出奔した前妻が労咳で倒れた為と知るや、彦蔵とおふさを前妻の元へ見舞いに送り出す。太っ腹ではあっても心内穏やかでないおなわ。
 着物の裾が擦り切れるのを防ぐ為に、裏地に布を当てた裾継。人生も家族も、「裾継」を当てれば良いのだと、おなわは思う。そして、こちらも前向きな終末である。

主要登場人物
 彦蔵...深川油掘子ども屋(遊女屋)加茂屋の主
 おなわ...彦蔵の後妻
 おふさ...彦蔵の娘
 おみよ...おふさの実母
 金三郎...木場の商家の隠居
 直吉...おなわの兄
 
おはぐろとんぼ 稲荷掘
 料理人の父に男手ひとつ育てられたおせん。成人後も父の職場であった小網町の末広で働いているが、江戸では女料理人を認めておらず、何時までも突き出しを作るのみであった。そんな折り、大坂から新しい親方が。
 やはり主人公の設定は、両親が分かれ、父に引き取られたが今や鬼籍に入り、親族もいないひとりぼっち。しかも何処に出しても恥ずかしくない腕前ながら、女というだけで、板前にはなれない嫁く遅れである。
 そして新しい親方の銀助と反りも合わないのだが、どうにも銀助親娘には気に入られたようで…。
 いきなり八つのおゆみの母親になる事に躊躇いを覚えるおせんに対しおゆみが発した「そいじゃ、うち、よその子になるし」。の台詞が胸にじんと響いた。こちらもハッピーエンドである。
 
主要登場人物
 おせん...小網町料理茶屋末広の料理人
 銀助...末広の親方(板長)
 おゆみ...銀助の娘
 おさと...おせんの実妹

日向雪(ひなたゆき) 源兵衛掘
 瓦職人の梅吉は、兄の竹蔵の無心に閉口していた。そんなある日、母が亡くなり実家で竹蔵と顔を合わせる。奉公が長続きしない挙げ句に、女郎屋の妓夫となっていた竹蔵。兄弟たちの鼻つまみ者であったが、長兄の女房のおかねと、末弟の与吉にはほかの兄弟には見せない顔を持ち好かれていた事を知る。
 竹蔵に翻弄され腹を立てる梅吉の姿を描いているが、終末は、竹蔵の心中といった傷ましい事件が絡むが、それでも、一途にひとりの女を思い続けた竹蔵を、「確かに梅吉の兄だった」。と結ぶ。
 
主要登場人物
 梅吉...中之郷瓦町助次郎釜の職人
 助蔵...助次郎釜の親方
 松助...小梅村の百姓、梅吉の長兄
 竹蔵...深川門前仲町相馬屋の妓夫、梅吉の次兄
 おとみ...梅吉の長姉
 おふく...梅吉の次姉
 おすて...梅吉の末妹
 与吉...梅吉の末弟
 おかね...松助の妻
 増吉...中之郷瓦町一膳めし屋ひき舟の跡取り
 おちよ...増吉の妹

御厩河岸の向こう 夢掘
 おゆりの弟の勇助は、前世の子細な記憶を持っていた。やがて、前世の家族と会う運びとなる。
 そしておゆりに縁談が持ち上がると、勇助は予言めいたことを口にするばかりか、家族の行く末も語り、己は十六歳で死ぬと告げる。
 勇助の生誕から逝去までの十六年間をおゆりの視線で追った、収録の物語の中では異色のファンタジー小説である。
 
主要登場人物
 おゆり...浅草並木町質屋田丸屋の娘
 勇助...おゆりの弟
 惣兵衛...田丸屋の主、おゆりの父親
 惣吉...田丸屋の総領息子、おゆりの兄
 おまつ...おゆりの母親
 おつた...おゆりの祖母、惣兵衛の母親
 おすが...神田佐久間町炭屋大黒屋の隠居、おゆりの祖母、おまつの母親

隠善資正の娘 八丁堀
 隠善資正は、十六年前に雇っていた中間に妻殺され、幼い娘を連れ去られた過去を持つ。その娘の面差しの似た娘がいる事から、縄暖簾のてまりへ足繁く通うのだった。その見世は、酒を呑ませるだけではなく、裏では女たちが身体も売っているような悪所でもあった。
 若い娘に懸想していると思われながらも、おみよが千歳ではなかと探るうちに、事件の新たな事実が明るみに出、おみよを我が娘と確信するのだった。
 組屋敷に引き取ったおみよは、新たな幸せも手に入れる。
 十六年前の事件は陰惨極まりないのだが、それは遠い過去として、この話には主人公を含め、身近に意地悪な人物がいない、ほのぼのとした一作である。最期の5ページは、組屋敷の中庭での情景が目の前に浮かぶくらいに生き生きと感じられた。

主要登場人物
 隠善資正...北町奉行所吟味方同心
 弥助...隠善家の中間
 おみよ(千歳)...坂本町縄暖簾てまりの女中
 しず...資正の後妻
 茂吉...隠善家の下男
 磯太...北町奉行所の中間
 たえ...資正の前妻
 おくめ...元隠善家の女中




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彼岸花

2012年04月24日 | 宇江佐真理
 2008年11月発行

つうさんの家
おいらのツケ
あんがと
彼岸花
野紺菊
振り向かないで  計6編の短編集

 育児放棄、DV、認知症、不倫などの現在の社会現象を江戸時代に置き換えた味のある短編集。
 「彼岸花」以外は、全て前向きな結末。宇江佐さんにしては、珍しい作品集である。

つうさんの家
 商いが成り行かなくなり、大坂の本店へ相談に行く両親と離れ、ひとり奥多摩の山中の「つうさん」の家に預けられたおたえ。
 江戸の暮らしと全く違う、質素な田舎暮らしに戸惑いながらも、つうさんの人柄に次第に引かれていくが、つうさんと両親との繋がりは如何なるものなのか。
 敢えて結末は伏せるが、大切な人の存在に気付いた時には、その人はいない。そして逆戻りは出来ない。誰もが心当たりのある事柄である。
 つうさんの経歴は最期でさらりと触れられているが、どうしてつうさんが、山村でひとり生きる道を選んだのか。つうさんの思いは。晩年までの生き様は。と、思い巡らせると、若かりし頃のつうさんで一話出来そうであるが、2008年から3年以上経ち、描いた作品がないと言う事は、つうさん物語を書く気持ちはないのだろう。それが惜しまれる。

主要登場人物
 留吉...深川材木屋美濃屋主
 おたえ...留吉の娘
 およし...留吉の妻
 つうさん(つるぎ)...多摩川の上流の村の老婆、およしの母親
 喜左一...多摩川の上流の村の百姓・木こり、清三郎の息子
 太兵衛...大坂材木屋美濃屋本店の主、およしの兄
 
おいらのツケ
 幼い頃から長屋の隣の梅次、おかつ夫妻に預けられっぱなしの三吉。隣には実の母親が暮らしているにも関わらず、大工の手元になってもそれは変わらなかった。
 だが、おかつの元に実子が戻り、三吉の実母は新たに所帯を構えているので、行き場がなくなってしまい…。
 現代で言うなら母親の育児放棄か。だが、いつもの宇江佐さんの切り口を一線を画し、ほんわりとしたユニークさが光る一作になっている。
 主人公の三吉環境が実に恵まれているのだ。母に捨てられても、心や優しい梅次とおかつに実の子以上に愛情を注いで育てられ、大工の手先になってからも、良い親方、兄弟子に恵まれている。
 人は環境に寄って性質、人生もが違ってくると伝えているのだろうか。多くの宇江佐さんの作品であれば、こういった環境の子は悪に手を染めている筈である。
 何よりも三吉の鷹揚な考え方が、好ましい。まあ、人の一生なんてそんなもんさと三吉が言っているようでもある。

主要登場人物
 三吉...大工の手元、深川入船町与惣兵衛店の店子
 梅次...研ぎ屋、爺、深川入船町与惣兵衛店の店子
 おかつ...梅次の妻、婆、深川入船町与惣兵衛店の店子
 おむら...三吉の実母、深川入船町与惣兵衛店の店子
 政五郎...深川吉永町大工の棟梁
 おかよ...深川吉永町一膳めし屋たつみ屋の娘
 

あんがと
 捨て子を育てている貧乏尼寺に、幼い女の子が捨てられた。そこで暮らす家族の縁の薄い尼僧たちもと、捨て子の心の交流を描いている。
 それぞれに心に傷を持つ尼僧たちが、身を寄せ合って暮らす尼寺に、捨てられたひとりの女の子おと(おこと)。
 こちらも、「おいらのツケ」同様、切ない物語に出来るところを、屈託ない明るい結末で閉めている。
 例えば、おとは妙円に懐くのだが、別れのシーンでも、毎年おとは寺を訪うだろうとし、養女先でも可愛がられているといった具合である。切ない思いの変わりに、未だ言葉が旨く喋れないおとが発した、「あんがと」が脳裏に残る。

主要登場人物
 安念...押上村慈恵山万福寺の住職
 恵真...押上村慈恵山万福寺の副住職
 妙円...押上村慈恵山万福寺の尼僧
 浄空...押上村慈恵山万福寺の尼僧
 佐吉...押上村慈恵山万福寺の下男
 おと(おこと)...捨て子
 
彼岸花
 実母であはるが、気が強く好き嫌いの激しいおとくとは反りが合わないおえい。特に、武家に嫁ぎ、何かにつけ無心に訪う実妹のおたかに甘いところも気に入らないでいた。
 収録された作品中、唯一、救いのない話である。やはり宇江佐さんは読者に温かな涙だけでは許さなかった。
 読み進めると、おえいに共感し、毎度実家に無心に来るおたかに胆が焼けるが、その実、実の姉にも明かさなかったおたかの暮らしぶりが哀れである。
 武家に嫁ぎながらも、人足のように生活を支え、物売りまでしていたおたか。それでも虚勢を張っている当たりが悲しい。
 増してやそんな、おたかを少しも思いやらない夫と娘。人の幸せは、身分じゃないぞと伝えたかったのか、それとも、人は例え血縁者にも弱味を見せないと伝えたかったのか。
 おたかの置かれた状況がリアル過ぎて、呆然となる一作である。

主要登場人物
 おえい...小梅村の富農の総領娘
 三保蔵...おえいの夫、百姓兼瓦職人
 おとく...おえいの母親
 おたか...渋井為輔の妻、おえいの妹
 渋井為輔...元旗本の陪臣、おたかの夫
 おりく...為輔、おたかの娘
  
野紺菊
 夫が他界し、老いて惚けが進んだ姑と、養子にした息子の面倒を一手に担う事になったおさわ。夫の姉から押し付けられるよにおさわの世話をするが…。
 こちらは冒頭、夫の死により、嫁家での虐げられた嫁を描いている。寄りどころとなる筈の息子も実は養子。嫁家に残る謂われもないのだが、割の合わない惚けた姑の世話を押し付けられる形で、義姉の言葉も身勝手であるが、それでも主人公のおりよは、ほかに行く宛もなく、従うのだ。
 「よう、伯母ちゃん。これからおいらの家はどうなるのよ。お父っつあんは死んじまったし、祖母ちゃんは当たり前じゃねェし、全くお先、真っ暗じゃねェか」。幸吉のこの屈託のない言葉が、全てを意味しているのだが、何故か言い方が悪びれずに笑えた。
 そしておりよは、姑を懸命に介護する。実は義姉のおさわも悪い人ではない。血の繋がりよりも寝起きを共にする繋がり。血は水よりも濃し。を、逆に示したパターンである。

主要登場人物
 おりよ...両国広小路床店小間物屋の女主
 順蔵...おりよの夫(故人)
 幸吉...順蔵、おりよの養子
 おすま...姑、順蔵の母親
 おさわ...義姉、順蔵の姉
 政吉...おさわの夫、両国広小路床店水茶屋の主
 
振り向かないで
 幼い頃から姉妹のように仲良くしてきたおくらとおけい。おけいは、子にも恵まれ平穏な日々を過ごしているが、男性遍歴や悪い噂から嫁き遅れたおくらは、女房のある男との不倫に走っていた。その男は、おけいの夫。
 親友の夫との不倫。しかも、苦しい時に親身になってくれた親友である。これは双方共に辛い。
 だが、身寄りもなく辛い立場で寄り所を求めていたおくら。そしておくらと夫巳之吉の仲に気付いていながら、素知らぬ素振りを通していたおけい。読者はどちらに共鳴するだろうかと、宇江佐さんの問い掛けに感じた。
 そして終末は収まる所に収まるのだが、「友達なんざ、餓鬼の頃までの話しよ。大人になりゃ、友達よりも亭主や女房が大事なる。それが普通だ」。留次のこの言葉と、薄幸なおくらのこれからに明るい兆しが見えた形で終わっている。

主要登場人物
 おくら...栄橋の袂一膳めし屋ふくべの女中
 巳之吉...大工
 おけい...巳之吉の妻、おくらの朋友
 おきみ...おけいの母親
 留次...大工、ふくべの常連
 若旦那...浅草海苔問屋の息子
 おれん...火消し「よ組」の頭の娘


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深川にゃんにゃん横丁

2012年04月23日 | 宇江佐真理
 2008年9月発行

 猫の通り道である事から、にゃんにゃん横丁と呼ばれる、深川東平野町と山本町の間の小路。そこにある深川山本町の喜兵衛店(裏長屋)に住まう人々の笑いと涙の日常を、一話毎に主役を変えてバトンタッチ方式で描いた連作小説である。徳兵衛、富蔵、おふよの五十代の朋友の目線で描かれている事から、全体にほんわりとした情感が漂っている。

ちゃん
 女房と別れひとり暮らしの泰蔵が、勾引しの罪に問われた。それは別れて暮らす実の娘に会っていただけである。だが元女房は、その事実を隠し、泰蔵など知らないと言い張るのだった。
 泰蔵の無実を立証する為に、徳兵衛、富蔵、おふよは奔走する。
 裏店で暮らす人々のほんわりとした絆と、おふよの江戸っ子気質を現した序章。泰蔵の娘が、泰蔵を「ちゃん」と呼び、養父を「お父っつあん」と呼び分ける健気さ、そして父娘の情がじんとくる。
 娘と同じ名前を付けた白猫を飼った泰蔵。その猫のるりが「ちゃん」と鳴くと言うのだ。

恩返し
 女房に逃げられ、男手ひとつで三人の息子を育てる巳之吉。男所帯で育った乱暴者の末っ子の音吉が、子ども相撲大会に町内の期待を担って出場。
 乱暴者で手に負えないと思いつつも、何かと手助けをするおふよが、如何にも和気あいあいの長屋風景を演出。派手な親子喧嘩の様子も、なぜかほのぼのと感じるから不思議だ。
 にゃんにゃん横丁の猫を親身に世話する、おつがの元に、まだらと呼ばれる雌猫が、恩返しのつもりなのか、色々な物を運んで来ると言う。

菩薩
 元は絵師でありながら今は、下駄に挿絵を入れる内職程度で、女房のおもとに寄り掛かりっぱなしの民蔵が、酒毒で明日をも知れぬ命と分かると、おもとは最期を看取りたいと親身に看病をする。
 やはり誰かが死んで逝かない事には、物語は進まないのかと切ない気持ちになったが、元は期待された絵師だった民蔵が最期に一世一代の絵を仕上げた事と、息子が意志を継いで絵師の修行に入るといった発展的な終わり方で閉めている。
 喜兵衛店の景色に加え、台箱を携え、仕事に出掛けるおもとの立ち姿を菩薩に例えた絵である。

雀、蛤になる
 「蛤になる苦も見えぬ雀かな」。小林一茶の句に因んで、二家族の切ない別れの話である。
 ひとつ目は、二十二歳の若さで亭主に先立たれ、戻る家もないおなおが、亭主の弟と一緒になるといった話。
 二つ目は、亭主が寄せ場送りとなっている間に、その弟と割りない仲になった女房が、駆け落ちをする。
 この章は、少々異質であり、どちらも割り切れない結末である。

香箱を作る
 老舗の薬種屋の大旦那が、隠居後のひとり住まいとして喜兵衛店にやって来た。粋狂な事だと見ていた徳兵衛たちだったが、若かりし頃の忘れ得ない思い出があったのだ。
 また、喜兵衛店に住む大工の息子であはるが、秀才の誉れ高く、学問んで身を立てていた佐源次が、師匠の命で、土地の買収の為に父親の源五郎と相対する話である。
 猫が丸まった姿を香箱と称するように、人も相応しい居場所を捜し続けるという内容。
 洒落たタイトルに添った内容で、四方円く収まる心温まる結末である。

そんな仕儀
 上方へ行っている息子良吉一家が、久し振りに江戸に戻るが、長屋には泊まらない事で面白くないおふよ。だが、孫娘のおさちだけはおふよの元へ。
 良吉たちが上方へ去った後、おふよは、若い男に「おっ母さん」と呼ばれ付け狙われる。
 親子、兄弟の情を考えさせつつ、おつがの家の前ににゃんにゃん横丁の猫たちが座り込んでいるといった風景。そして徳兵衛たちが内へ入ってみると、おつがとまだらが抱き合って冷たくなっていた。
 おつがの弔いの朝、徳兵衛が湯屋の口開けを待つにゃんにゃん横丁の光景で、静かに物語は幕を下ろす。
 憎いくらいに小気味の良い朝の情景を堪能頂きたい。

主要登場人物
 岩蔵...地廻りの岡っ引き
 徳兵衛...喜兵衛店大家、元佐賀町干鰯問屋の番頭、富蔵・おふよの朋友
 富蔵...自身番の書役、徳兵衛・おふよの朋友
 喜兵衛...喜兵衛店家主、蛤町呉服屋増田屋の主
 おふよ...一膳めし屋こだるまの手伝い、徳兵衛・富蔵の朋友、喜兵衛店の店子
 粂次郎...指物師おふよの夫、喜兵衛店の店子
 良吉...日本橋呉服屋見春屋上方出店の番頭、おふよの長男
 おさち...良吉の長女
 泰蔵...三好町材木問屋相模屋手代、喜兵衛店の店子
 おるり...泰蔵の娘
 巳之吉...木場川並鳶、喜兵衛店の店子 
 音吉...巳之吉の三男、喜兵衛店の店子
 弥平...一膳めし屋こだるまの主
 おつが...宮本節師匠
 おもと...女髪結い、喜兵衛店の店子
 民蔵(英民)...元絵師、おもとの夫、喜兵衛店の店子
 筆吉...おもと、民蔵の長男
 鉄平...佐賀町佃煮屋小川屋若旦那
 おなお...鉄平の妻
 お駒...山本町煮売屋金時女将
 寅吉...お駒の夫
 嘉吉...寅吉の末弟
 風太...寅吉の朋友の子
 彦右衛門...米沢町薬種屋五十鈴屋の隠居、喜兵衛店の店子
 源五郎...山本町材木仲買商信州屋の大工、喜兵衛店の店子
 佐源次...源五郎の次男、竹原瑞賢の弟子
 竹原瑞賢...本所緑町の儒者
 瑞江...瑞賢の娘
 友五郎...本所炭屋佐賀屋の末息子

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我、言挙げす~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月22日 | 宇江佐真理
 2008年7月発行

 髪結い伊三次捕物余話シリーズ第8弾は、前作(第7弾)未解決のままだった尾張屋事件に、ついに決着が。物語は、八丁堀純情派の活躍を中心に進行する。

粉雪
 お座敷で無頼な男たちの噂を耳にしたお文(桃太郎)。それは、薩摩藩の命知らずの薩摩へこ組ではないかと噂に上る。
 一方の伊三次は、前作でがせねたを掴まされた猪牙舟の船頭倉吉を捕まえ、その口から尾張屋へ押し入ったのは、薩摩へこ組であると判明する。
 龍之進らが乗り込んだ八丁堀純情派の捕縛劇は呆気なく終わり、薩摩へこ組は縛に着くのだった。
 長らく引っ張った割には、本所無頼派の関わりもなく、肩透かしを喰らった感が否めなくもないが、そもそも、髪結い伊三次捕物余話とあるように、これまでも捕り物劇はさらっと流されている。
 そして2作に及んだこの尾張屋事件の章の最後は、伊与太を囲んだ伊三次、お文の平和な年末風景。このコントラストがたまらない魅力である。

委細かまわず
 見習でも番方若同心へと昇格(?)した龍之進たち八丁堀純情派は、それぞれに先輩同心に師事する事になった。龍之進の教育係は、尊敬して止まない隠密廻りの小早川瑞穂。だが、小早川には嫌な噂があり、龍之進は気が気ではない。
 同輩に陥れられた小早川の無惨な死といった、せつない最期だが、小早川という同心の生き様が実に頼もしくまたかっこ良いのだ。一話限りの出番ではあったが、早過ぎる死が惜しまれる。
 また、この話では完全に主役の座が龍之進へと移行。伊三次の登場シーンはない。

明烏(あけがらす)
 うたかたの幻なのか、それとも現実なのか…。不可思議な世界がお文の身に降り掛かる。独立した異色の物語である。
 座敷の帰り道で、見かけない辻占いに声を掛けられたお文。本来であれば、大店の娘として暮らしていた筈と告げられる。その帰りに転んでしまい。
 不思議な世界から無事に恋しい伊三次の元へと戻るが、未だ所帯を構える前の伊三次。そして伊与太の父親となった伊三次。お文の体験が終盤交差し幻想的である。
 そして、夢物語の中での貰った簪が畳に転がるといった落ちも。

黒い振袖
 行方不明となっている、備前国井川藩のかがり姫を探し出すようにと命を受けた八丁堀純情派。龍之進は左内と共に、藩内に犯人がいるのではないかと当たりを付け、藩邸を探る。
 この章では、西尾左内が龍之進のパートナーとなり、頭脳明晰な部分を示している。こうして八丁堀純情派のひとりひとりをクローズアップさせていくのだろうかと思わせる展開である。
 終盤漸く伊三次が登場するが、物語の本筋は龍之進の活躍とほのかな姫とのエピソードがメインであり、龍之進ファンにとってはたまらない一作だろう。
 
雨後の月
 以前お文の女中だったおみつが、久し振りに訪った。おみつによれば、夫の弥八が浮気をしているので実家へ帰ると言うのだ。二人の仲を案じるお文は、伊三次にも様子を探るように頼むのだった。
 だが、伊三次が弥八から耳にしたのは、おみつの弟の清吉が、銭の無心に来て、おみつが湯銭をくすねたという話だった。
 久し振りに伊三次が全開。嬉し限りだが、どうにも心に残ったのは、伊与太の可愛さに終始した。
 伊三次の迎えを待って不破家の縁側に座り足をぶらぶらさせている仕草。伊三次にぶつかるように抱き着く仕草。そして、不破の妻のいなみに連れられ、茜と共に縁日に行ったが、何も買って貰えなかったと、不破家では堪えていた涙を零す仕草。可愛い。ずっとこのまま幼い伊与太でいて欲しいと願っていたのだが…。

我、言挙げす
 古川喜六が妻を迎える事になった。だがその許嫁の芳江は、龍之進の朋友の笠戸松太郎と恋仲であった。
 若い二人の別れのシーンが切なく、また同時に起きた夫殺しの妻の助命に翻弄する不破友之進の男気など、多くのエピソードが詰まった中、これでいいのではと思わせておきながらの大逆転劇に目を剥いた。
 なんと、火事により伊三次の家が全焼してしまう。そして伊三次の決め台詞が、「へい。これから髪をやりやしょう。若旦那のおぐしは、ずい分、乱れておりやすから」。やはり、誰よりもどの話よりも、伊三次がいっち男前なのだ。時代が変わろうが、伊三次抜きでは考えられない。
 余談であるが、火事の後がどうにも気になり次作を早々取り寄せた。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 茜...友之進の長女
 松助...不破家中間
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 橋口譲之進...北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 春日多聞...北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 西尾左内...北北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 古川喜六...北北町奉行所番方若同心(柳橋料理茶屋川桝からの養子)、八丁堀純情派
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 片岡美雨...北町奉行所吟味方与力片岡郁馬の娘、京橋日川道場師範代、監物の妻
 薬師寺次郎衛...小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 
 杉村連之介...小姓組番頭(旗本)杉村三佐衛門次男、本所無頼派
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 おみつ...弥八の妻
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 正吉...増蔵の手下
 松浦桂庵 八丁堀の町医者
 倉吉...猪牙舟の船頭
 おこな...元お文の女中
 小早川瑞穂...町奉行所隠密廻り同心
 おひろ(まむしのおひろ)...小早川瑞穂の小者
 おりう...お文の実母、神田須田町呉服屋美濃屋の内儀
 清太郎...お文の実弟、美濃屋の跡取り
 かがり姫...備前国井川藩姫
 清吉...おみつの弟
 笠戸松之丞...小普請組、龍之進の元手習の師匠
 美江...松之丞の妻
 松太郎...松之丞の嫡男、湯島昌平坂学問所の寄宿稽古人、龍之進の朋輩
 帯刀精右衛門...北町奉行所例繰方同心
 芳江...精右衛門の娘、喜六の許嫁


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晩鐘~続・泣きの銀次~

2012年04月21日 | 宇江佐真理
 2007年10月発行

 死人を見ると涙が止まらない、そんな岡っ引きの銀次シリーズ第2弾は、あれから10年後である。
 一度は退いた岡っ引きであったが、偶然遭遇した事件から、再び十手を預かった銀次の人情味溢れる捕り物劇である。
 
十年の後
 間口六間半の小間物問屋坂本屋も、2度の火災に見回れ、間口二間の細々とした商売に変わり、銀次は4人の子の父親になっていた。
 御上の御用を退いて10年経つが、勾引しにあった娘お菊を救った事から、銀次は再び十手を預かる身となる。
 10年ひと昔とは良く言ったもので、年月の流れの紹介と事件への序章であるが、10年後という設定には驚かされた。大店坂本屋の跡継ぎでもあり、腕っこきの岡っ引きである銀次も4人の子の父親になっており、しかも坂本屋は二度の火災に見舞われ、細々とした商いになっているのだ。
 当然、銀次一家の家計も苦しくなっていた。大店の若旦那で十手持ちといったセレブ感が好きだったのだが。

もらい泣き
 坂本屋に店先に、行方知れずの兄を捜していると言う少年和平が現れた。銀次は、岡場所の用心棒をしていた和平の兄啓次郎を探し当てると、二人を引き合わせるのだった。
 後々、物語上大きな意味合いを持つ兄弟の初登場シーンは、利発で健気な和平少年の初々しさが可愛らしい。また、兄との心温まる思い出話も良い。

ささのつゆ
 お菊以外にも勾引しにあい、殴られた末に殺されて発見された娘が相次いでいた。
 墓参りの折り銀次は、身分の高そうな隠居と知り合う。隠居に屋敷の近くに怪しげな武士の住まいがあると聞いた銀次。
 同心の慎之介、和平、お菊の話から次第に下手人の人物像に近付いていく。 

つくり笑い
 勾引しの下手人を探るうちに、銀次は蔭間茶屋に出入りする榊原と言う武家に行く付く。漸く糸口が見えたと思えた矢先に、証人である雪之丞が殺害された。
 傷ましい話の章となり、胸がちくりと痛む。また、第1作目で、兄のように銀次を慕っていた政吉の変貌振りにも驚かされる。
 
裏切り
 勾引しの下手人を捕まえる為の協力は惜しまないと言っていたお菊の嫁入りが決まり、今度一切勾引しについては関わりたくないと言い出す。しかも、その縁組の相手は、榊原主税。話を持ち込んだのは政吉だった。
 冒頭5行の情景描写はさすがである。江戸の季節感がひしひしと伝わってくるようだ。和平と金太の無邪気な馴れ合いから始まるが、ついに正吉と銀次は相対するのだ。
 何とか正吉を改心させようとする銀次であったが…。正吉、お菊に対しての銀次の優しさが染み渡る章である。
 
逆恨み
 押上村無明庵の石心の元に身を寄せた榊原主税。その陰惨な過去を語る。その一方で殺戮の手は止まず、ついには銀次の娘のお次をも勾引す。
 お次の気丈さと石心の正義が救いとなっているが、それにしても主税ほど根性が腐ってしまっていては、どうにもなるまいと思うと同時に、ここまで捻くれるには、成長過程で良い大人に出会っていないのだなあと、現代にも通じる怖さを思い知った。

冬の月
 榊原の捕縛に燃える銀次。だが、榊原は旗本から僧侶に身をやつし、町方の手の届かぬ所にあった。
 事件はひと休みして、坂本屋の商いの話や、のどかな正月風景が描かれている。
 読んでいけばいくほど、和平が「無事、これ名馬」の村椿太郎左衛門と重なり可愛らしいのだが、続編でああいった扱いにする事は既に決めていたのだろうか。だとすれば、余りにも酷いじゃないかと、宇江佐さんに問い質したい歯痒さである。

晩鐘
 お菊の婚礼が決まり、相手は事情を全て把握した天野啓次郎だった。
 そして松浦静山の活躍により、勾引し事件は終焉を迎える。
 全編を通し、冒頭の情景描写の美しさは、宇江佐さんならでは。また、松浦静山と銀次を巡り会わせた訳はここにあったのかと、最終章にて感心させられた。
 やはり、伊三次シリーズと比べ、銀次は、泥臭い人情路線と言えるだろう。
 ただ今回、野口弓之助と榊原(水澤)主税という二人の侍を持ち出した所以が分からなかった。共通するのは、人物に問題があり、双方嫡男でありながら家督を引き継げなかったところだが、それ故の犯罪としたなら、どうして二つの事件にしたのだろうか。

主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、本船町小間物問屋坂本屋の主
 お芳...銀次の妻
 おいち...銀次の長女
 お次...銀次の次女
 おさん...銀次の三女
 盛吉...銀次の長男、末っ子
 表勘兵衛...北町奉行所臨時廻り同心
 慎之介...北町奉行所例繰方同心、勘兵衛の息子
 琴江...慎之介の妻
 お菊...馬喰町絵双紙屋備後屋の娘
 天野和平...陸奥津軽藩士、絵師見習い
 天野啓次郎...陸奥津軽藩士、和平の兄
 松浦静山...元肥前平戸藩藩主(隠居)
 野口弓之助...旗本伝佐衛門の嫡男、隠居
 伊蔵...海辺大工町の岡っ引き
 卯之助...両国広小路床店の主、元坂本屋の番頭
 金太(金弥)...左官職の息子、蔭間茶屋春日井の蔭間
 雪之丞...蔭間茶屋春日井の蔭間
 榊原(水澤)主税...幕臣小姓組番頭水澤頼母の嫡男 
 
 政吉...八丁堀提灯掛け横丁小料理屋みさごの主、岡っ引き 
 石心...押上村無明庵僧、元水澤家若頭






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夕映え(上・下巻)

2012年04月20日 | 宇江佐真理
  
2007年10月発行


 本所石原町の縄暖簾福助を営む一家に襲いくる幕末。庶民の目を通して時代の移り変わりを描いた著者珠玉の長編ロマンである。
 幕末期の様々な世情が繁栄され、史実を知るにも書かせない書と言えるだろう。

上巻
おでん燗酒
ええじゃないか
そろりそろりと
てんやわんや
宮さん宮さん
いろに持つなら

 尊王攘夷から倒幕へと世情が動き出した日本。未だ未だ遠い絵空事のような事としか受け止めていない市井を、本所石原町の縄暖簾福助の家族を中心に、大きな時代のうねりを庶民の視点から描いている。
 主人公となるのは、本所石原町で縄暖簾「福助」を営む一家。だがそこの主である弘蔵は、岡っ引きを生業としているが、その実、元は蝦夷松前藩士という経緯がある。事実上見世を切り盛りするのは、女房のおあきと、娘のおてい。おていの兄の良助は、どんな仕事も続かなずに、おかげ参りに行ったりと、ふらりふらりと勝手気ままに暮らしていたが、突如として彰義隊に志願し、上野戦争へと身を投じるのだった。
 上巻では、変わりゆく時勢と、おてい恋愛がメインに描かれている。また、従来の戊辰戦争物とは違い、福助に集まる庶民が見聞きした観点からの切り口が新鮮である。
 鬼虎と称される性悪男の実像も、実に鮮烈であり、未だ未だ下町の人情劇要素の強い上巻。
 そして弘蔵が元武士という設定は、彰義隊には武士しか入れないといった史実を踏まえて、良助を隊士とする為であったのかと、この時はそう思えると同時に、流れとしては、あわや上野戦争で戦死かと思えるのだが、下巻に移りもっと重大な意味合いを持つ事になるのだった。

下巻
つゆの上野
蝉時雨
おさめるまい
惜春
帰郷

 上野戦争から帰還した良助であったが、今度は戦いの場を蝦夷へと見出す。
 一方のおていは、男の子を出産し、八百半の若女将としての揺るぎない生活を手に入れていた。
 そして年号が明治になり、江戸は東京と名を改め、弘蔵はおあきを伴い松前に一時帰省をする。
 舞台は一挙に北の大地へと移り、弘蔵とおあき夫妻に試練が訪れるのだった。
 下巻のクライマックスは「たば風」に収録された「柄杓星」に類似している良助の帰還シーンだろう。これは実に印象深いシーンである。だが、弘蔵が上野まで息子を捜しに出掛ける場面も親の情が実に良く現れ見逃す事は出来ない。
 この物語は、宇江佐さんの言葉によれば、「夕映え」は彰義隊の一員となった息子を持つ両親の物語である。そして物語は本所石原町のちっぽけな居酒屋から始まった。とあるように、良助というひとりの若者を見守る親の心をテーマにしている。何時如何なる時代も子を思う親心は同じであると本書は切々と伝えている。
 読み進めて、切なさを感じたのは、良助の死に至る過程であった。敢えて説明は省くが、どうしてそんなと声を大にして叫びたい、これまた宇江佐ワールド。実際に、上野から生き延びた良助に、「このまま福助を手伝って大人しくしていておくれ」と、心の中で叫び続けたくらいである。最もそれでは物語にはならないのだが、それでもそう願って止まないくらいに人物像が見近に入り込んでいたと言えるだろう。
 また、岡っ引きが廃止され、邏卒(警察官)へと転じた弘蔵が、老いた身体でその務めを全うするシーンにも涙が溢れた。一見然程重要なシーンではないように思えるが、こういった細部への拘りが、宇江佐さんの作品に共鳴できる所以である。
 読み終えて、虚脱感を覚える重いテーマであり、再読には覚悟を要する。歴史に名を残さない人々の明治維新であった。

主要登場人物
 弘蔵(栂野尾弘右衛門)...地廻りの岡っ引き、元蝦夷松前藩士
 おあき...本所石原町縄暖簾福助の女将、弘蔵の妻
 良助...弘蔵、おあきの長男、彰義隊士
 おてい...弘蔵、おあきの長女、良助の妹
 半次郎...本所石原町八百屋八百半の嫡男
 半兵衛...八百半の主、半次郎の父親
 おとよ...半次郎の母親
 半蔵...おてい、半次郎の子
 お梅...半次郎の許嫁
 井上順庵...蘭法医、町医者
 雷蔵...本所石原町表具屋の隠居、福助の常連
 浜次...大工、福助の常連
 政五郎...八百屋八百政主、福助の常連
 磯兵衛...湯屋亀の湯主、福助の常連
 梅太郎...左官職、福助の常連
 松五郎...鳶職、福助の常連
 佐々木重右衛門...北町奉行所本所見廻り同心
 鬼虎...水戸家中間
 広田忠蔵...蝦夷松前藩士、弘蔵の朋輩
 原水多作...蝦夷松前藩士、弘蔵の朋輩
 清蔵...馬喰町絵双紙屋丹波屋の嫡男、良助の朋友
 おすさ...鬼虎の母親
 関松之丞...旧旗本の子息、彰義隊士、良助の朋友
 おゆみ...馬喰町の一膳めし屋津軽屋の娘
 栂野尾左太夫...弘蔵の父親
 たき...弘蔵の母親
 とせ...弘蔵の妹
 雅之進...とせの嫡男、弘蔵の甥

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十日えびす~花嵐浮世困話~

2012年04月19日 | 宇江佐真理
 2007年3月発行

 夫が急逝し、義理の子どもたちから家を追い出されてしまった後添えの八重と、先妻の末っ子おみち、血の繋がりはないが、二人は寄り添いながら引っ越して小間物屋を開くが、そこには曰くのある人物が…。
 現代にも繋がる親族や近所とのいざこざ物語。

弥生ついたち
 錺職人三右衛門の後妻に入って僅か5年。三右衛門の急逝に寄り、富沢町の住まいを長兄の芳太郎に奪われた八重は、おみちを伴い堀江町の仕舞屋に引っ越し、小間物屋を開く算段を立てる。だが、引っ越し早々面倒な住人お熊や、芳太郎の妻のおてつの金の無心に悩まされる。
 三右衛門の死、そして通夜の晩に幽霊となって詫びるといったシーンから始まり、この後の妖物かと思わせるが、総領を失った家族の遺産や相続にまつわるどろどろ劇が展開。
 こういった親族はいると、現代にも通じる親戚と言う名の妖怪たちと、避けられない近隣のおかしな人物を紹介している。
 ひとこと言いたい。「親族と近隣の間では、正論や法律は通じない」。

五月闇
 お熊の暴挙や刻限を選ばない、布団叩きの音に悩まされる一方、おみちは、お熊のひとり息子の鶴太郎と親しくなる。鶴太郎は労咳を煩い寝たり起きたりらしいが、元は絵師だったらしい。
 そして三右衛門の百か日の法要では、仏壇を押し付けられるのだった。
 布団叩きの迷惑おばさん、昔どこかで話題を集めていたと、今更ながら思い起こさせる章である。
 どこまで勝手なんだと言いたくなるおてつに、読者に変わって制裁を下すお熊。もしや、お熊は言い方こそ間違っているが、そう悪い人ではないのではないかと思わせていく。現に八重もそう感じ始めている。
 そして、おみちと鶴太郎のその後を思わせる序章になっている。
 
生々流転
 お熊の持ち物である半助長屋に住まうおしげが大往生を遂げた。だが、その遺産の遣い道を巡り、おしげの娘を名乗るお松がと長屋の住人、そしてお熊が相対し、精進落しの場が修羅場となる。
 身寄りのない年寄りの葬儀を通し、寝穢く群がる人々を通し、人間の強欲さをやはり噛み締めずにはいられない。わたくし自身が、あぶく銭や他人のおこぼれを良しとしない質なので、やはりこういった人々の理解には苦しむところだ。だが、存外に多いのも事実。
  
影法師
 留守番をしていたおみちが、何者かに狙われた。そして、今度は花売りが煙抜きの穴から中を伺っている。お熊への遺恨だったのだが、お熊親子と仲が良い、おみちが標的とされたのだ。
 何処で誰に恨みを買っているか分からない。しかもその矛先が、当人でなく全く関係ない人に向けられるといった現代の恐怖の章である。
 この物語は時代こそ江戸であるが、冒頭から全てが現代に置き換えても、むしろ現代を江戸に置き換えたストーリ展開になっているが、江戸時代で矛盾を抱かせない運びにはやはり宇江佐さんの手腕を感じずにはいられない。

おたまり
 鶴太郎が箱根に湯治に出掛けた。その間にお熊は古い布団の皮を燃やし、大番屋へと引き立てられてしまう。
 一方、浮浪者のように様変わりした芳太郎がふらりと姿を現し…。
 幾つもの事件が折り重なり、展開の早い章になっているが、やはりおみちが鶴太郎に寄せる思いがメインになるだろうか。
 また、冒頭からちょこちょこ顔を出しているお桑。お熊の陰に隠れて目立たない存在であったが、実はこういう金棒引きが町内で一番多いと思わせ、違った意味でのやっかい者といった感が否めない。
 日本橋の薬種屋鰯屋の名が出ているが、これは「れていても」、「あんちゃん」、「神田堀八つ下がり」でお馴染みの与四兵衛の店。物語の主人公同士の交流はないが、筋に関係なくにんまりである。

十日えびす
 鶴太郎の死がもたらされた。箱根までの道のりを、お熊、おみちに芳太郎が付き添った。
 鶴太郎の死を目の当たりにしたおみちは、八重に喰って掛かり、家を出てしまう。
 鶴太郎を殺してしまった作者の意図がもうひとつ読み取れないのだが、散々悪役だった芳太郎と、おせつ、おゆりをおみちが頼りにしたりする事から、血は水よりも濃しといったところだろうか。それに反し、ひと時は存外に良い人物だと思わせていたお熊の野心が表面に出されており、対照的な結末となった。
 八重は引っ越しを決意するが、近所付き合いは断ち切るのが可能だが、親族付き合いは切れない。そんな言い聞かせのメッセージなのかも知れない。

主要登場人物
 八重...錺職人三右衛門の後妻、堀江町小間物屋富屋の女主
 おみち...三右衛門と先妻の末子
 芳太郎...三右衛門と先妻の長男
 半次郎...三右衛門と先妻の次男
 利三郎...紙草子屋大黒屋の手代、三右衛門と先妻の三男
 おせつ...三右衛門と先妻の長女
 おゆり...三右衛門と先妻の次女
 おてつ...芳太郎の妻
 お熊...堀江町半助長屋の家主
 鶴太郎...絵師、お熊の息子
 徳三郎...堀江町半助長屋の大家 
 留吉...大工
 お桑...堀江町葉茶屋山本屋の内儀
 角助...堀江町豆腐屋角屋の主
 駒蔵...堀江町地廻りの岡っ引き
 増吉...漁師、お熊の従兄弟の子

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雨を見たか~髪結い伊三次捕物余話~

2012年04月18日 | 宇江佐真理
 2006年11月発行

 シリーズ第7弾は、本所無頼派と八丁堀純情派の対決がメインになり、伊三次よりも不和龍之進が主役である。そして伊三次の息子の伊与太、龍之進の妹の茜の成長が大人たちの活躍よりも注目となっていく。

薄氷(うすらひ)
 「小父さん、あたいを買って」と、未だ子どもの少女に伊三次は呼び止められた。聞けば、およしと名乗るその娘は直に岡場所に売られると言う。伊三次はおよしを連れ帰り晩飯を食べさせる。
 その後、不破友之進の娘茜と、伊三次の息子伊与太が、ふと目を離した隙にいなくなり…。
 冒頭は、伊三次の弟子の九兵衛と伊与太の可愛らしい掛け合いが活字を追うだけでも微笑ましい。下駄が脱げなように紐で結んだ伊与太、船着き場にぽつねんと取り残された伊与太。とにかく言動に頬が緩む。
 そして本題は、子どもの人身売買という嫌なテーマに翻弄されるおよしの運命が痛ましい。

惜春鳥
 呉服屋組合の宴で、お文(文吉)は、嫌味な客に胆が焼ける。その後、再びその客の座敷へ上がると、家族団欒の宴にお文は暖かみを感じるのだった。
 一方、本所無頼派に例繰方の梅田瀬左衛門が絡んでいるのはないかと、不和龍之進、西尾左内は調べを進める。
 一見繋がりのない二つの話が、お文を媒体にして関連性を帯びる。はんなりとした後の大事。宇江佐さんの手法が生かされている。 

おれの話を聞け
 左内の姉の政江が、労咳を患い実家へ戻された。龍之進は見舞い訪う。夫の滝川広之助の両親は政江を離縁して、新しい嫁を迎える算段をしているようだった。
 また、本所無頼派を探る為、龍之進は父の友之進が腰を痛めたのを幸いに、一味の骨接ぎ医の見習い直弥の元へ。
 広之助と政江の絆、そして雨の中傘をさした彼らの子どもたちの姿が、切なく愛しい宇江佐ワールドである。
 
のうぜんかずらの花咲けば
 見習い同心に宿直の命が下り、岡場所の女郎が連れられて来た。その中に、中田屋の女中お梅の姿を見掛け、龍之進は穏やかでない。
 そのお梅が収監された獄で、例繰方同心の梅田瀬左衛門が不信な行動を取る。龍之進はお梅に、朝までずっと牢番をしていて欲しいと懇願される。
 「薄氷」と並び、現代の世情を繁栄させたかのような未成年に関わる嫌な内容ではあるが、世の中そう捨てたもんじゃない結末にまとめあげられている。のうぜんかずらの花を、お梅に例え、「どこにでもありそうな花に思えていたが…」。やはり一方ならぬ感性である。
 もしやこれは宇江佐さんからのメッセージではないかと思えた。
 因に、この章で伊三次がついに十手を預かる。
 
本日の生き方
 辻斬りが横行している。見解では本所無頼派の長倉駒之介が怪しいと、緑川鉈五郎は目星を付け見張ると、果たして、駒之介と直弥が姿を現す。
 一方お文は、引っ立てられる男と、それに縋る女房らしき女の姿が忘れられずに…。
 やはり八丁堀純情派が主役となっての辻斬りの下手人を追う話である。
 伊三次、お文は余話的な登場であるが、心理描写にはかなりのページ数を割いており、事件に直接関知してはいないものの、存在感は示している。

雨を見たか
 未解決だった尾張屋の押し込み事件で、猪牙舟の船頭の春吉から信憑性のある情報を得た伊三次だったが、それはがせネタだった。
 駒之介を捕縛した八丁堀純情派だったが、そこはやはり旗本三千石の息子。裏があった。
 正義感に燃える若者の八丁堀純情派と、人生の裏も表も知り尽くした伊三次との対比を示したかったのだろうか。
 無実訴え続けながらも、罪に処された男の真実はどうだったのだろうかと、伊三次が思い悩むシーンもそれを頷けているようだ。
 

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之進...友之進の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 茜...友之進の長女
 松助...不破家中間
 緑川鉈五郎...北町奉行所隠密廻り同心平八郎の嫡男、同心見習い、八丁堀純情派
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心橋口中右衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 
 春日多聞...北町奉行所年番方同心春日四方左衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 西尾左内...北町奉行所例繰方同心西尾佐久衛門子息、同心見習い、八丁堀純情派
 古川喜六...北町奉行所臨時廻り同心古川庄兵衛養子(柳橋料理茶屋川桝の息子)、同心見習い、八丁堀純情派
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 片岡美雨...北町奉行所吟味方与力片岡郁馬の娘、京橋日川道場師範代、監物の妻
 薬師寺次郎衛...小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 
 志賀虎之助...小普請組志賀善兵衛三男、本所無頼派
 
 長倉駒之介...旗本三千石長倉刑部三男、本所無頼派
 
 杉村連之介...小姓組番頭(旗本)杉村三佐衛門次男、本所無頼派
 貞吉...本所無頼派
 直弥...本所無頼派、米沢町名倉整骨所の見習い
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 醒...茅町刀剣商一風堂・越前屋主
 およし...勾引しの手先
 梅田瀬左衛門...北町奉行所の例繰方同心
 政江...西尾左内の姉
 滝川広之助...政江の夫
 お梅...あさり河岸一膳めし屋中田屋の女中
 春吉...猪牙舟の船頭


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恋いちもんめ

2012年04月17日 | 宇江佐真理
 2006年9月発行

 水茶屋・明石屋の娘お初に、縁談が持ち込まれた。相手は、青物屋八百清を営む栄蔵。乗り気はしなかったものの、次第に栄蔵に引かれていくが、それと同時に気を揉む事柄も増え…。火事をきっかけに二人に試練が訪れる。

呼ぶ子鳥
 米沢町裁縫の師匠おとくから、縁談を持ち込まれたお初。相手は、本所で青果商の跡取り息子の栄蔵だと言う。お初が見合いを承諾する前に、栄蔵は明石屋を覗くに来る。
 嫁入りの意思はないとお初は告げるが、栄蔵は何時までも待つと言うのだった。
 実の親に育てられなかった栄蔵とお初。その境遇を自分で巣を作らずに他の鳥に卵を孵させる郭公(かっこう)を文字って呼ぶ子鳥。
 積極的な栄蔵の態度に、次第に引き込まれるお初の初々しさと、如何にも江戸っ子らしい栄蔵の出会いの序章が爽やかに描かれている。

忍び音(ね)
 辞めた茶汲み女の代わりに口入れ屋の宝屋から紹介されたのは、見目が問われる茶組み女にはとうてい難のあるとんでもない大女のおきん。
 また、宝屋で栄蔵を出会ったお初は、薬師堂の縁日に行く約束をするが、当日栄蔵はおふじという娘を伴っていた。
 タイトルは、自分の為にお初が拵えた浴衣を、源蔵が栄蔵くれてやった時、お初の耳に忍び音(=ほととぎす)の声が聞こえる。といったお初が恋心を実感した粋な題目である。
 さて、栄蔵はに思いを寄せるおふじという娘。あの手この手で二人の間に割って入り、読んでいるだけで胆が焼けるが、それでも「いる、いる。こういう女」」。づ性に最も嫌われるタイプの女だが、物語上は悪役としての務めを最後まで全うする貴重な脇役だ。

薄羽かげろう
 栄蔵の家に訪ったお初。だが、そこにおふじの姿が合った。挙げ句、栄蔵の母親のおみのには、おっかさんと呼ばれる筋合いはないとまで言われる始末。周囲の思惑とは違い、次第に距離を縮める二人であったが、栄蔵の店が火事で全焼し、店と母親を失った栄蔵は…。 
 ここでもおふじに嫌な目に合わされるお初だが、小梅村に足を向けたお初を捜しに栄蔵がやって来るなど、二人の間にはどんな障害もないと思わせておいての、大逆転。一時のまやかしのような幸せを薄羽かげろうになぞっている。

つのる思い
 栄蔵が行方をくらまして二月が過ぎた。
 おふじは、栄蔵の従兄弟の友次郎と祝言を挙げると言う。おとくの頼みで仮祝言に出席したお初だったが、なんと友次郎は、袖にしたおみよに刺され命を落としてしまう。
 一方源蔵は、栄蔵と思われる男が品川にいると耳にし、お初と佐平次を伴って出掛けるのだった。
 おふじの祝言の相手が、痴情の縺れから刺し殺されるといった驚く展開。これまで、平凡な人々の生き様を描いてきただけに、衝撃的なシーンとなったが、読み手としては、「友次郎、生きていてくれ」と縋るような思いだった。おふじが無事に嫁に収まれば、今後のお初と栄蔵にちょっかいを出さなくなるだろうといった思惑だが、そうは問屋が卸さなかったという訳である。
 タイトルは、二月もの間、行方の知れない栄蔵に、対するつのる思いと取るのが素直だろうが、逆に嫁に向かえる事が出来なくなった栄蔵からお初への思いかも知れない。

未練の狐
 品川の岡場所で妓夫になっていた栄蔵とお初は再会するが、栄蔵は一緒になれないとお初に別れを告げる。
 その後、おふじからカルタ遊びに誘われたお初。おふじの家である藤代屋を訪ってみると、そこには栄蔵の姿が合った。
 「やるなあ、宇江佐さん」。といった展開になってきた。またもお初を阻むおふじ。そして周囲(読み手)やお初が思っている程、栄蔵はおふじの存在が疎ましくないのだと知る事になる。そんな男女の感情の違いも常に書き起こす宇江佐さんにはやはり脱帽である。
 未練の狐はおふじを指しての、未熟な狐が化け損なう事である。友次郎と一緒になれたら良い内儀になろうと思っていたとおふじ。だが、化ける事も適わずまたもや、栄蔵へと逆戻り。

花いかだ
 政吉とおせんの祝言で顔を合わせたお初と栄蔵。割り切れない思いのまま、お初は小梅村に帰りたいと告げる。
 ひと月後、大川沿いの床見世が商売替えで店を開ける準備をしてた。大八車が着くと男は木箱を並べて青物を並べ始め…。
 「おいら、どうしたらよかったのよ。お初ちゃんを取り戻すにゃ、どうしたらいいのよ」。栄蔵の台詞が胸に染み渡る最終章。
 「あたしにも大根、大根一本くださいな」。
 ヒロインが最後に張り上げる、こんな台詞がほかにあるだろうか。
 また、お初の恋とは別に進行する、おきんの情が傷ましいと共に、感慨深い。
 若い二人の恋物語らしく、紆余曲折の後の爽やかな結末。花いかだ=桜の花が散って花びらが水面を流れていく様が目に浮かぶ。
 余談だが、「銀の雨」と合わせて読みたい作品である。

主要登場人物
 お初...両国広小路水茶屋明石屋の娘
 源蔵...両国広小路水茶屋明石屋の主、お初の父親
 お久...お初の母親
 政吉...お初の兄
 佐平次...馬喰町口入れ屋宝屋主、源蔵の朋友
 栄蔵...本所青物屋八百清の跡取り息子
 おみの...栄蔵の母親
 おきん...明石屋の茶汲み女
 おせん....明石屋の茶汲み女、後政吉の妻
 おはん...明石屋の茶汲み女
 おふじ...本所木材問屋藤代屋の娘
 おとく...米沢町裁縫の師匠
 石松...小梅村の百姓、お初の幼馴染み
 

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ひとつ灯せ~大江戸怪奇譚~

2012年04月16日 | 宇江佐真理
 2006年8月発行

 料理茶屋平野屋の隠居の清兵衛は、幼馴染みの甚助の誘いで「話の会」に参加するようになった。身分も年齢もまちまちな7人が集まり体験談や聞き集めた話を披露し合う会だった。次第にその面白さにのめり込んでいく清兵衛だったが、同時に身の回りに奇妙な出来事が起こり始める。
 おどろおどろしい怪談ではなく、人の奥底に潜む怖さを搦めての人情話である。

ひとつ灯せ
 平野屋を息子に渡してから、どうにも体調不良を訴える清兵衞。医師も匙を投げ、もはや今生の別れと、幼馴染みの甚助は見舞いに訪うが、そこで清兵衞に取り憑いた死神を祓い「話の会」に誘う。

首ふり地蔵
 料理茶屋平野屋で開かれた「話の会」の後で、甚助と二人で地蔵の話をする清兵衞。すると、平野屋の庭のはずれにも地蔵があると言う。
 「話の会」そのもに恐怖感はないが、清兵衞がフィルターになる事で、見直に迫り来る言葉に出来ない恐怖を感じる。
 
箱根にて
 例繰方同心の反町譲之輔が怪我をした事から、その治療を兼ねて箱根で温泉に浸かろうと出掛けた一同。
 宿の増田屋で、曰くありげな廻船問屋の父娘や、壮絶な過去を持つ尼僧に出会う。
 この章は「話の会」が開かれるでなく、旅先での不思議な体験になる。
 読み進めて行くうちに、話から体験へと不思議が変わる事で、後への序章となっている事が分かる。

守(しゅ)
 箱根に同行できなかった、龍野屋の利兵衛に気を遣い、旅の話は厳禁となっていたが、ついつい口を滑らせてしまう清兵衞に、利兵衛が牙を剥く。
 嫉妬といった人の弱さ、また噂といった人の怖さを現している章。
 主人公は清兵衞なのだが、人は良いが頼りなく、ここぞでの勇気気概もない男である。どうして甚助が主人公ではないのかといった疑問もこの時点では拭えない。

炒り豆
 死んだ女房が通って来ると、甚助は打ち明ける。すると、論語の師匠である中沢慧風は、湯島の学問吟味に不合格となり自殺弟子が訪うのだと言い出すのだった。
 「話の会」の参加者の実体験を話す事で、霊界もしくは狐狸といった魑魅魍魎と接点、結界があやふやになっていくことを感じさせる。

空き屋敷
 伊賀屋弘右衞門が、去る武家屋敷を手に入れたが、どうにも店子が住み着かないと、相談を持ち掛けられた「話の会」面々は、次の会をその武家屋敷で行う事に決める。
 実際に霊を見てしまった面々。単読では哀れな話で終わってしまうが、冒頭からの流れで、次第に不思議な世界との接点が迫っていると感じさせている。
 物語に、宇江佐さんの緻密な計算が伺え、はっとさせられる。

入り口
 丸屋幹助が、肝試しの折りの恐怖体験を「話の会」に持ち込んだ。
 例繰方同心の反町譲之輔は、物の怪を見ようと浅草寺近くの稲荷へ行くと言う。幹助の件もあり、心配した清兵衞、甚助も同道するが。
 この譲之輔の行動がもうひとつ理解に苦しむ部分であり、理由が鮮明でない気がするが、「話の会」が実際に不思議な世界と交わったといった意味を持つ上では、必要な章になるだろう。

長のお別れ
 町医者の山田玄沢が病に倒れ、中沢慧風が津藩からの招聘で伊勢国へ旅立つ事になった。そして一中節の師匠おはん、伊勢屋の甚助…。「話の会」の面々に別れの時が来る。
 予想だにしなかったとは正にこと事だろう。因縁めいた終焉で物語は終わりを告げるのだ。宇江佐さん作品を数多く読んでいたとしても想像だにしない結末である。
 そして、読み終えて初めて清兵衞を主人公にした意図を知り得る。この物語は、死を恐れていた清兵衞が、それと向き合うといった一種のビルドゥングロマンス小説でもあったのだ。
 こちらも再読したくなった。


主要登場人物
 清兵衞...山城町料理茶屋平野屋の隠居、話の会
 おたつ...清兵衞の妻
 久兵衞...平野屋の主、清兵衞の息子
 おみち...久兵衞の妻
 甚助...山下町蝋燭問屋伊勢屋の隠居、清兵衞の幼馴染み、話の会
 利兵衛...水谷町菓子屋龍野屋の主、話の会
 山田玄沢...町医者、話の会
 中沢慧風...論語の私塾を開く儒者、話の会
 反町譲之輔...北町奉行所の例繰方同心、話の会
 おはん...大根河岸一中節の師匠、話の会
 お袖...箱根温泉宿増田屋女将、おはんの朋輩
 徳真...箱根阿弥陀寺の尼僧
 弘右衞門...深川木場材木屋伊賀屋主
 幹助...松屋町質屋丸屋の息子、久兵衞の朋輩




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