うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

藩校早春賦

2013年02月26日 | 宮本昌孝
 1999年7月発行

 東海にある三万石の某小藩を舞台に、15、16歳の少年たちの友情とほのかな恋心…。彼らの成長を描いた物語。

学びて時にこれを習う
巧笑倩たり、美目盼たり
剛毅朴訥、仁に近し
幸いにして免るるなり
たれか学を好むとなす
知者は水を楽しむ
君子は下流に居ることを悪む 計7編の連作

 筧新吾と花山太郎左は、高田道場に通う徒組の軽輩である。一方の興津道場には家禄の高い上士の子弟が集い、反目を繰り返していた。
 ある日、渡辺辰之進を首謀とする興津道場の面々が、腕の立つ花山太郎左衛門(太郎左)に大人数で制裁を加えようとしたところを救った筧新吾。
 2人の潔さに感服した、仲間内で馬鹿にされていた馬廻組の曽根仙之助も仲間に加わり、3人の身分を超えた友情が芽生える。
 折しも、藩では藩校を創立。藩校普請に際し、事故が多発する。犬馬心院さまの祟りだと人足たちがおびえ始め、新吾ら3人は原因を突き止めようとするも、藩主の元傅人であり、隠居してなお藩の御意見番の鉢谷十太夫に出会す。
 そして、剣術所の教授に高田清兵衛を押すか、興津七太夫かで、それぞれに門弟5人による御前試合が行われた。
 また、藩主・河内守吉長を失脚させ、実権を手中に収めようとする吉長の叔父・蟠竜公の企てを主軸に、新吾の幼馴染みの志保の姉・真沙と藩校の定番士・秋津右近との因縁、長沼流軍学の大山魁夷教授騒動。
 由姫と国家老・石原織部の嫡男・栄之進の失踪騒ぎなど、事件を交えながら、出来物の長兄・精一郎、いい加減で飄々とした次兄・助次郎と末っ子・新吾の筧家での日常。
 豪傑な太郎左とその兄弟や新吾、高禄の当主であるが些か情けない仙之助との友情。隣家の幼馴染み・志保との思慕など、思春期の青年の実情を描いた逸作。

 内容も作者も知らなかったのだが、表紙の絵が南伸坊氏によるもので、可愛らしく興味があって手に取った次第。
 読んでみて、とにかく楽しい。新吾たちが成長した、続編の「夏雲あがれ」がドラマ化されたのが手に取るように分かる。読んでいるだけで、静かで温暖なかの地での青春が脳裏に浮かび上がるのだ。
 悪役たる登場人物の設定も明確で、明確すぎる上に些か混乱するくらいに登場人物は多いのだが、それでも、主役の筧家のみならず、花山家、曽根家、恩田家の多くの人物像を見事に書き分けているのは、作者の技量である。しかも、その人物像の誰もが、見事に生き生きとしている。
 特に太郎左と花山家に関する記述は面白く、太郎左が蜜柑を15個食べ、皮の数が足りず、「皮まで喰ったのか」と新吾が心の中で思い描くシーンは、思わず声を立てて笑ってしまった。
 そのくらいに、全てのシーンが鮮烈で印象深い。
 読み終える前に、「夏雲あがれ」を注文した。それ以降、続編はないらしいが、是非とも書いて欲しいと切に願う次第である。
 真っ青な空が目の前に広がるような作品である。
 下町物で、切なさやほろ苦さが宗に込み上げる作品が好きなわたくしが、爽やかな青春ストーリに絶賛した初めての作品だった。

主要登場人物
 筧新吾...東海の三万石の某藩・徒組三十石の三男

 曽根仙之助...馬廻組百二十石の嫡男

 花山太郎左衛門(太郎左)...徒組三十石の嫡男

 花山千代丸...太郎左の次弟
 鉢谷十太夫...鴫江村の隠居、元藩主・吉長の傅人(役)

 お花...八幡村の百姓娘、十太夫の後添
 筧怱衛右衛門...新吾の父親
 筧貞江...新吾の母親

 筧精一郎...新吾の長兄

 筧助次郎...新吾の次兄
 恩田志保...徒組三十石の二女、新吾の隣家

 恩田ぬい...志保の母親

 恩田真沙...志保の姉
 曽根綾...仙之助の母親

 木嶋廉平...曽根家の若党

 曽根佐喜...仙之助の姉
 高田清兵衛...御弓町・直心影流高田道場主
 興津七太夫...追手町・直心影流興津道場主
 河内守吉長...藩主

 石原織部...国家老

 石原栄之進...織部の嫡男
 蟠竜公...藩主の叔父、隠居
 千早蔵人業亮...千早家当主

 阿野謙三郎...千早家御用取次

 赤沢安右衛門...武徳館教導方介添

 森小右衛門...江戸留守居役

 梅原監物...江戸家老



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さくら道~隅田川御用帳~

2013年02月20日 | 藤原緋沙子
 2008年4月発行

 深川の縁切り寺・慶光寺の門前で御用を務める橘屋の女主人・お登勢と、用心棒・塙十四郎が、人生の悲哀を含んだ女の事件を解決するシリーズ第13弾。

第一話 さくら道
第二話 まもり亀
第三話 若萩(わかはぎ)
第四話 怨み舟 計4編の短編連作

第一話 さくら道
 大奥で万寿院に仕えていた楓(おさん)の消息が知れなくなり、はるばる京まで向かった塙十四郎。おさんを見付けることは出来たが、婚家に押し込みが入り主が殺され、それを目撃した愛娘のお結は口がきけなくなっていた。そればかりか、どうやら命を狙われているらしく、十四郎はお結を伴い江戸へと戻るのだった。

第二話 まもり亀
 慶光寺門前に赤子が捨てられていた。母親・お七は、母子の命の危険を察知し、子を預けて身を隠したのだった。そしてそこには、呉服問屋・若狭屋母息子のおぞましい企てがあった。

第三話 若萩(わかはぎ)
 亭主の暴力に怯えるおひろを救って欲しいと、廻り髪結いのおとめから話を持ち込まれたお登勢だった。だが、当のおひろは、恩があるので別れられないと怯えながらも言う。その恩とは、女郎に売られるところを助けられたものなのだが、そこにも絡繰りがあり、かつ亭主の治三郎には、恐るべき過去があった。

第四話 怨み舟
 万寿院の使いに出たお登勢が何者かに襲われ、脅された。敵は万寿院もしくは橘屋に恨みを抱く者と思われたが、次第に狙いは、寛政の改革を進めた楽翁(松平定信)のにありその命までも狙っていると知れる。

 シリーズ序盤から読んだ方が、人物の繋がりなどがより明確になると思うが、途中からでも丁寧な説明があるので設定に困惑することはない。
 一話毎の入り口は伏線として描かれ、次第にほかの要素も絡み合い、複雑な人間模様が描かれる。
 捕物と銘打ってはいないのだが、悲しい女の過去には犯罪が見え隠れしており、やはり殺陣や捕物は避けては通れないといったところだろう。
 入り込めばはまるシリーズである。ドラマ化されていないのだろうか?

主要登場人物
 塙十四郎...橘屋の用心棒、築山藩浪人
 お登勢...深川慶光寺門前・寺宿橘屋の女主人
 藤七...橘屋の番頭
 万吉...橘屋の小僧
 お民...橘屋の女中
 近藤金五...寺社奉行所・吟味物調役方与力、幕府御徒組、十四郎の朋友
 万寿院...深川慶光寺の禅尼、元十代将軍・徳川家治の側室・お万の方
 春月尼...慶光寺の尼僧、元お万の方付き奥女中
 楽翁(松平定信)...元陸奥白河藩三代藩主
 小野田平蔵...(浅草?)駒形堂近く・茶飯屋江戸すずめの主、元松平定信の密偵
 松波孫一郎...北町奉行所・吟味方与力
 近藤波江...金五の母親
 近藤千草...金五の妻、旗本・秋月甚十郎の娘
 大内彦左衛門(彦爺)...千草の傅(もり)役



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つるべ心中の怪~塙保己一推理帖~

2013年02月16日 | ほか作家、アンソロジーなど
中津文彦

 2008年1月発行

 文化初頭の江戸を舞台に、盲目の大学者・塙保己一の活躍を描いた江戸市井ミステリー・シリーズ第3弾。

つるべ心中の怪
赤とんぼ北の空
夏の宵、砕け星 計3編の連作

つるべ心中の怪
 札差・武蔵屋の女将・はるゑが、若い手代の彦三とつるべ心中をはたすが、その死因に疑問を抱いた保己一は、金十郎に武蔵屋の内状を調べるように言い付けるのだった。折しも、番頭の精次とはるゑの関係を知った武蔵屋の小女が水死体で発見される。
 下手人を精次と定めた保己一は、その定かな証しを立証するのだった。

赤とんぼ北の空
 道場仲間だった岸井謙次郎が、賭場狂いの挙げ句、許嫁の珠江を放って長岡に出奔後、江戸に舞い戻ったとの耳にした金十郎。早々、朋友の小林拓馬に謙次郎の身に何が起きているのかを訪ね、行方を探って貰うのだった。
 だが、拓馬が謙次郎に斬り付けられ医者に担ぎ込まれてしまう。
 そして金十郎の前に姿を現した謙次郎は、己の余命が幾許もないと悟り、珠江を傷付けないために、全て己の不徳として伝えるよう金十郎に頼むと、再び行方をくらませるのだった。

夏の宵、砕け星
 室町の薬種屋・山科屋から「本草和名」を借り受ける約束をしていた温古堂だったが、その山科屋の主・杢右衛門が前言撤回。貸したくないと取りつく島もない。
 折しも、浅草福井町の踊りの師匠・富江の家に押込みがあり、その遺骸の傍らには火を付けられた医学書の燃えさしがあった。そして「本草和名」のみが消え失せていたのだ。なぜ富江がそのような文献を持っていたのか…。
 「本草和名」を巡る2つの怪。富江殺しの下手人は、そして山科屋が持っていると言う「本草和名」の出所とは、保己一の脳裏に、2つの事件の繋がりが過る。

 実在した盲目の大学者・塙保己一の実話に逸話を絡め、その類いまれな頭脳をふんだんに生かしたミステリー物である。
 登場人物にも同時代を生きた大田南畝、根岸肥前守鎮衛など実存の人物を絡めまた、弟子であり後に養子となった中津金十郎(資料は少ないがこちらも実存の人物)を事件に真っ向から絡めている。
 悲痛な場面の男性ならではのさくりとした筆で書き進め、情感を織り込みながらも、シャープに出来事を見詰めている。
 推理物や捕物物は数多あるが、保己一の頭脳の中で事件が動きだし、金十郎が駒を動かす。そして、南畝や肥前守らが時代の流れを脇からサポートしていくといった手法で、保己一の近辺を知らせる実話の内容も組み込まれており、史実的にも読み応えのある作品。
 塙保己一という人物に大変に興味を覚えた。やはり作家の目の付けどころは違うと改めて感心させられた。

主要登場人物
 塙保己一...温古堂の主、大学者、総検校(「群書類従」、「続群書類従」の編纂ほか)
 中津金十郎...小普請組旗本の二男、保己一の弟子、登勢の入り婿
 横田孫兵衛...保己一の高弟
 大田南畝(直次郎)...御家人・御勘定所諸帳面取調御用→長崎奉行所へ赴任、文人、狂歌師 (「寝惚先生文集」の著述ほか)
 和助...本所相生町・元大工の頭領(隠居)
 和三郎...和助の三男、保己一の弟子
 根岸肥前守鎮衛...南町奉行 (随筆集「耳嚢」の編纂ほか)
 滝沢英之進...南町奉行隠密廻り同心
 島田香...御徒同心・島田順蔵の娘
 登勢...保己一の娘、金十郎の妻
 たせ子...保己一の妻(話の中での登場)
 イヨ...温古堂の女中、保己一の妾(話の中での登場)




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新選組三番隊組長 斎藤一~二つの時代を生き抜いた「最後の剣客」~

2013年02月13日 | 新撰組関連
菊池道人

 2003年11月発行

 新選組きっての剣の達人との呼び声も高い、三番組組長の斎藤一の半生を描いた長編小説。

第一章 池田屋事件
第二章 油小路
第三章 必殺! 突き技ーー天満屋事件
第四章 敗走
第五章 新生の地 会津
第六章 春なき新天地
第七章 昨日の敵は今日の友なれど
第八章 侍たちへの挽歌ーー西南の役
最終章 永久(とわ)なれ 会津 長編

 新選組設立当初から隊に籍を置き、局長・近藤勇の信頼の厚かった、屈指の剣士・斎藤一の、京での戦いから、会津へと転戦。
 維新後は、会津藩士と行動を供にし、斗南で苦渋を舐め、やがて警視庁警部補として西南戦争に従軍し、武士道を全うしながらも、新選組時代に密偵として御陵衛士に潜入、または、暗殺を繰り返したことに、苦悶する斎藤の姿を描いている。

 小説であるが、作者の史実を追求しようと試みが、随所に現れ、ルポ的要素も強く、斎藤一という人物を知る上では、資料的な作品とも言えるだろう。
 ただ、ところどころで「おやっ?」と思わせる部分があり、それは、当方が知りうる事実と若干の違いがある。
 しかし、参考文献として列記されている莫大な資料の数々を踏まえての作品なので、当方の情報の違いの可能性が大きいのだが…。
 例えば、山崎烝は江戸への帰還中の富士山丸の中で死亡とされているが、本書では、鳥羽伏見の戦にて戦死。
 同じく、斉藤一も富士山丸にて帰還となっているが、富士山丸は近藤、土方歳三、沖田総司と負傷兵であり、斎藤は永倉新八らと順陽丸にて帰還である。
 また、最初の妻である篠田やそと高木時尾の件は、完全にフィクションだろうと思われる。
 篠田家は「諸士系譜」からも確認される名家で、会津藩士としては大身に属する。
 さらに、斎藤と高木時尾は斗南藩時代の再婚であるとされるが、本書では東京に出てからとなっている。
 小説であるので、多少の演出は踏まえた上だが、やその弟・春吉に関する記述は、フィクションであると著者が唱っているにも関わらず、そのほかに関しては何も注意書きがないので、当方がこれまで踏まえていた史実が違っているのか、今後も目を離せなくなった。
 薩摩藩との関わりなどは、物語を盛り上げるフィクションだろう。
 小説なのだから…分かってはいるが、ほかの部分がルポ的に忠実なので、ほんの些細な食い違いが気になるといったことである。
 物語としては、斎藤一という男の気骨を感じさせる良い話である。
 「今、会津を見捨てるは、武士道に非ず」。このひと言が斎藤一の全てを物語っているだろう。
 かくゆう、新撰組フリークとしてあちこち史跡を訪ね歩く当方が、隊内で最も好きなのは、斎藤一である。




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仕合証文(しあわせしょうもん)~忠臣蔵外伝~

2013年02月10日 | ほか作家、アンソロジーなど
安部譲二

 1996年3月発行

 赤穂浪士討入りに関わった8名、それぞれの立場と言い分を小説仕立てで収録。

仕合証文〈大野郡左衛門周保〉
嫂の企み〈毛利小平太〉
おたつの瞳〈吉良上野介義央〉
斬られてやる〈清水一学〉
中嶋隆硯の不覚〈小山田庄左衛門〉
足軽〈寺坂吉右衛門信行〉
明海尼〈堀部安兵衛武傭〉
犬公方〈五代将軍 綱吉〉 計8編の短編集

 仕合=為(し)合いである。最初の大野郡左衛門周保の項において、史実に基づく中にも、新たな発見もあり、面白く読み進めたが、毛利小平太、吉良上野介義央の項へと進むと、語りは正確を喫し面白いが背景は官能小説になっており、ここで読む気が萎えてしまった。
 もちろん、最初からこういった内容だと分かった上なら問題なかったのだろうが。
 折角の有り余る知識。時代小説で十分に成立するにも関わらず、エロチズムと交錯させる必然性を問いたい。
 官能小説の類いは好きではないので、読破成らず。





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山峡の城~無茶の勘兵衛日月録~

2013年02月10日 | ほか作家、アンソロジーなど
浅黄斑

 2006年5月発行

 3歳の時から1年おきに、無茶をしでかすため「無茶勘」と呼ばれる落合勘兵衛、孫兵衛父息子が、藩政に翻弄されながらも毅然として生きる姿を描く。

無茶の勘兵衛
松田拝領屋敷
清滝(きよたき)社
惜別の竹とんぼ
組屋敷の泥棒
不倫の余波
淀の小車
父の異変
凶事
勘兵衛と父
讒訴(ざんそ)
酔芙蓉(すいふよう)
転回
峠の刺客
有為転変 長編

 3歳の時に雪に埋もれ、5歳の時には湧水池で溺れかけ、7歳の時には楠に登って樹上で立ち往生、9歳の時には水かさを増した川で流さた。
 1年おきに死にかける事件を引き起こすことから、「無茶の勘兵衛」と城下で知らない者はいない落合勘兵衛だが、父・孫兵衛の厳しい教えと文武に励みながらも平穏な日々を過ごしていた。
 だが、越前大野藩には、世継ぎ問題を巡る対立。そして、役目替えになった朋友・中村文左の父・小八が惨殺される。
 小八が命を奪われた陰には、藩上層部の官倒隠遁交錯があった。藩内に不吉な影が広まる中、孫兵衛にも閉門蟄居、詮議の後は、禄高半減、罷免の沙汰が下りる。
 徳川家康の二男・結城秀康を祖とする越前大野藩を舞台に、藩主争いに関与する重臣たちの対立。
 更には重臣の不正から、発した藩を揺るがす一大事。そして、江戸表からの思いもよらぬ真実への加勢など、元服前の少年である落合勘兵衛の目を通し、藩政が描かれている。

 長編ではあるが、前半は少年たちの妬みや嫉妬、そしてたわいもない日常と御家の跡目争いが描かれ、中盤、突如として松原八十右衛門の才女の不義から発した、松原家の改易。そして終盤はその余波を浴びて役目替えとなった中村小八と落合孫兵衛の藩政への関与と、大きくは2つの物語はから成り立ち、その中で勘兵衛が何を思い、どう生きるべきかを考えるビルドウンクスロマン小説である。
 著者は越前大野藩を正確に描きたかったのだろうが、勘兵衛の成長を追う上で、大野藩の跡目争いや、不正に関与した重臣などの説明が長く、また名前だけの登場人物も多いことから、読み下すのに難義した。
 ここまで俸禄や名前を列記せずとも、実情は伝わると思われ、むしろ、藩政を追うばかりに勘兵衛の存在が希薄になった場面も見受けられた。
 これは個人的な趣味だが、藩政を絡めながら、勘兵衛の成長部分に頁を割いて欲しかった。
 特に後半、登場する名前の多さから、読み物ではなく、説明文化してしまい辟易としてしまった。
 滑り出しの「無茶の勘兵衛」の面白みが続かないことから、「無茶の勘兵衛」の必然性も感じない。
 著者はミステリー作家ということなので、細部への拘りが事実の列記へと繋がるのだろうと思われるが、時代小説を読みたい読者には不向きと言えるだろう。
 ラストは、清々しい終わり方である。

主要登場人物
 落合勘兵衛...越前大野藩藩士(無役)→藩主御共番
 落合孫兵衛...郡方勘定役小頭、勘兵衛の父親
 伊波利三...左門の小姓→近習頭、勘兵衛の朋友
 中村文左...郡方山見役見習、勘兵衛の朋友
 中村小八...山方小物成役、文左の父親
 塩川七之丞...藩士(無役)、勘兵衛の朋友
 塩川益右衛門...目付、七之丞の父親
 塩川園枝...七之丞の妹
 山路帯刀...郡奉行
 山路亥之助...藩士(無役)、帯刃の嫡男
 左門→松平若狭守富明→松平若狭守直明...越前大野藩2代藩主、播磨明石藩初代藩主
 丹生新吾...左門の小姓→近習
 田原将一郎...横目付
 松田与左衛門吉勝...左門の傅役
 新高陣八...松田家用人
 向井新太郎...小物成役小頭
 左治彦六...徒目付小者
 佐川給兵衛...徒目付
 守屋新兵衛...藩士(無役)
 乙部勘左衛門...国家老



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おいち~不思議がたり~

2013年02月07日 | ほか作家、アンソロジーなど
あさのあつこ

 2012年5月発行
前題/ガールズ・ストーリー~おいち 不思議がたり~ 2009年12月発行

 父である町医者・松庵の助手を務める16歳のおいちには、人には見えない者が見える能力があった。その不思議な力を生かし、複雑に絡む因縁の糸を解きほぐしていく青春時代ミステリー。

菖蒲(しょうぶ)長屋
雨のおとない人
初夏の謎
鬼女の眼
修羅場(しゅらば)の男
ぴらぴら
お梅
科人(とがにん)の姿
真実の顔
人の世の 長編

 薬料よりも人の命を重視する貧乏長屋の医師・松庵を手伝うおいちに、伯母のおうたから縁談が持ち込まれた。その相手の鵜飼屋直介とは、20年前に松庵が命を救った子どもだった。
 松庵のお陰で生き伸びたと、手放しに喜ぶ鵜飼屋父息子だったが、直介の背後にお梅の陰を見たおいち。
 鵜飼屋にただならぬ事が起きるのではないかと、土地の岡っ引き・仙五朗の助けを借り、鵜飼屋父息子の過去の因縁に決着を付ける。
 が、そこには直介の先妻、相惚れだった女中・お梅、先妻の実家の女中と、3人の女の怪死があり、思いもよらぬ真実があった。

 「ガールズ・ストーリー~おいち 不思議がたり~」として発売されたようだが、このタイトルに?マークが浮かんだ。版元から察するに若い娘さんが読者層なのだろうが、この安易なタイトルは何時、何処で、誰が考えたのだ。
 仮にこのタイトルなら手にする事もなかったと断言出来る。と、これは前置きであるが、序盤を読んで、そんな思いは払拭された。
 読者層を意識してか、かなり噛み砕いて分かり易い内容で読み易かった。そして、松庵やおいちの言葉には感慨深く、いちいち頷くくらいに深いものであった。
 こうやって、人の生き様の善悪などを若い世代が理解していってくれれば良いのだがと、思わせる作品である。
 「人の幸、不幸なんてそう簡単に推し量れるものじゃない」。
 「病に倒れた人は、確かに不幸ではあるけれど、恢復(かいふく)の喜びを経験できる幸せもまた手にしている」。
 「自分のことを誰かが気に掛けてくれている。忘れ去られたわけじゃない。そう思うだけで、人間ってのは力がわいてくる」。
 「生きている者は、生き残った者は生きねばならない」。
 「大きな悲しみの後に、大きな喜びや楽しみを、なかなか期待できない。ささやかなものを大切にして、日々生きていくこと」。
 などなど、随所に格言のような良い言葉が織り込まれており、度々胸に沁みる。
 正直、表紙の挿画からして、また著者の名が平仮名だった事から、ここまで期待していなかったのだが、時代小説として十分に、いやそれ以上に面白かった。表紙の挿絵が違えば、時代小説ファンの大人も手にし得、何よりも裏切らない内容なのに惜しい。
 宮部みゆき氏の「霊験お初シリーズ」と被るも、「おいち」も続編があるらしく、宮部氏との違いを次第に出していって欲しい。
 レギュラーとなろう登場人物も、魅力的なキャラクターであり、生き生きと描かれている。
 また、唐突な登場だったが、錺職人の新吉との恋模様も、シリーズの要になっていくだろう事を匂わせ、おいちの出生の秘密、松庵の過去などの余韻を秘めた終わらせ方が、巧い演出である。

主要登場人物
 おいち...松庵の娘
 松庵...深川六間掘町・菖蒲長屋の町医者
 おうた...八名川町・紙問屋香西屋の内儀、おいちの伯母(おいちの母親・お里の姉)
 新吉...飾り職人
 仙五朗親分(剃刀の仙)...岡っ引き、相生町・髪結床の主
 鵜飼屋直介...常盤町・生薬屋の若旦那
 鵜飼屋直右衛門...生薬屋の主、直介の父親
 佐助...鵜飼屋の番頭
 お絹(お徳)...鵜飼屋の女中、お梅の母親
 


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糸車

2013年02月06日 | 宇江佐真理
 2013年2月発行

 江戸の下町で小間物売りをしながら、行く方知れずの息子を探し歩く、蝦夷松前藩家老の妻女・絹を取り巻く人間模様。

切り貼りの月
青梅雨(あおつゆ)
釣忍(つりしのぶ)
疑惑
秋明菊(しゅうめいぎく)
糸車 長編

 日野市次郎が江戸出府中に、不穏分子により刺殺されたとの知らせを受け、妻の絹は蝦夷松前から江戸へと赴くも、ひとり息子の勇馬は藩邸から消え失せ、市次郎は荼毘に伏された後だった。
 その死の真相も分からず、松前藩に不信を抱き、深川の裏店を借り小間物の行商をしながら、勇馬を探し求める日々。
 ひょんな事から知合った船宿の後家・おひろとその娘・おときに関わる母娘の業を解き放し、水茶屋の茶酌女・お君の思い人との縁に触れるなどし、人との繋がりを深める一方、絹にも定町廻り同心・持田勝右衛門との静かな恋心が芽生えていく。
 出会った人たちの助けを借り、3年振りに見付け出した勇馬は、陰間に身を落としながらも、父の仇討ちを心に誓っていた。

 全体に垢抜けた感が、深川を舞台にしながらも宇江佐氏らしくないと感じた一冊。舞台が深川であるか否かが然程問題ではないと思えるのは、下町イコール長屋の住人のそれが淡い部分にあるのかも知れない。
 決して悪い意味ではなく、新たなステージに立った作品とでも言ったら相応しいだろうか。
 家老の妻女でありながらも、夫と息子を探すために行商までして糊口を凌ぐ絹といった凛とした女性が主人公である。夫の死の真相、そして息子の行方がメインとなるが、そこにやもめの同心との大人の恋模様が絡み合うのだ。
 これまでの宇江佐氏の作品であれば、きゅんと胸が締め付けられるような、目頭が熱くなるようなシーンや台詞があってしかりの内容なのだが、なぜか、そうあるべき場面がさらりと流され、物語最大の山場であろう筈の息子との再会シーンも、あっさりと終わってしまっているように感じて否めない。
 勇馬が養子先やこれからを二転三転させる辺りも、人の情や恩義に思い悩むシーンもなく、常に己の思うままに選択しており、実父を殺されかつ己も命を狙われ、陰間に身を落としながらも、仇討ちの機会を狙っていた芯のある若者には思えない。ラストで当時の心情を語ってはいるが、これもあっさりと流しているが、感情移入し難い。
 反面、中年女性の絹の心情を生々しい視線で捉え、生のある女性が描かれている。
 四季折々の江戸の風情、情景描写の美しさが宇江佐氏の持ち味であり、そこに江戸を垣間みた思いにさせてくれる作品が多かったが、本作は、絹といったフィルターを通して見た江戸を再現したように感じる。
 時代に関する説明文などは、どの作品よりも分かり易く、かつ簡潔になされており、文章に隙がないのだが、どこか洗練され過ぎて、宇江佐氏の持ち味が遠のいた気がして止まない。
 著者のライフワークとも言える蝦夷松前藩、著者の地盤である深川、親子の人情、人とのつながり、色恋の悩みなど、全てが網羅されてはいるのだが、著者名を隠して読んだ時に、果たして宇江佐氏の作だと気が付くだろうか。普通の女流作家による時代小説に思える。
 とは言うものの、2012年8月の「明日のことは知らず~髪結い伊三次捕物余話~」より以降、著者の新刊を待ちこがれすぎ、当方の期待が大き過ぎたのも要因かも知れず、再読してみることとする。
 ただし、先にも述べたが宇江佐氏への期待が大き過ぎたためであり、いち作品としては、十分に楽しめた。
 実際に藩移封に際し、召し抱えの藩士を解き放し、出奔中の藩士を召し抱えるといった不思議な進行ではあるが、そこに、相田総八郎(「憂き世店~松前藩士物語~」にて、召し放しとなった元鷹部屋席)を絡めるなどの遊び心があったらもうひとつわくわくできた気がする。
 感想が変われば再アップします。

主要登場人物
 日野絹...蝦夷松前藩寄合席家老・日野市次郎の妻、深川常磐町宇右衛門店の小間物売り
 日野勇馬(紋弥)...日野市次郎・絹の嫡男、深川三十三間堂近くの陰間茶屋雛菊の陰間
 持田勝右衛門...南町奉行所定町廻り同心
 近藤金之丞...蝦夷松前藩寄合席家老
 おひろ...浅草今戸町山谷堀・船宿初音屋の女将
 おいね...おひろの長女
 長吉...浅草並木町・質屋福助屋の三男
 お君...東両国小路・水茶屋浮舟の茶酌女


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生きる

2013年02月01日 | ほか作家、アンソロジーなど
乙川優三郎

 2002年1月発行

 直木賞受賞作「生きる」を含む、江戸時代小藩に生きた藩士たちの生き様を描いた3編。

生きる

安穏河原

早梅記 計3編の短編集

生きる
 藩主・飛騨守の逝去にあたり、殉死を決めていた石田又右衛門は、筆頭家老の梶谷半左衛門の説得に屈指、追い腹をつめない旨の誓紙をしたためた。
 だが、藩内では殉死する者が後を絶たず、又右衛門の娘婿・真鍋恵之助までもが追腹を切ったのだ。
 殉死が美徳とされた時代に、その風習を絶とうとした筆頭家老・梶谷半左衛門の説得で、計らずの生き長らえた石田又右衛門だったが、それは家中の蔑みの視線に耐えつつも、生き恥を晒さなければならない苦悩の半生は、正に生き地獄であった。

 まさか、こんな物語だったとは…が、我が第一声である。恥辱に塗れながらも役目を果たし針の筵のままに半生を終えた石田又右衛門。救いのない彼の半生に、切なさや悲しみではなく虚脱感が我が身を襲った。
 何も悪い事なぞしていないのにといった。
 そして、家庭からも職場からも疎まれ、己の半生を苦悩する石田又右衛門。恥辱に耐え抜いた老人がラスト2行で初めて心の内を露にし涙を見せる。
 「又右衛門はもう一度、背筋を伸ばし、かたく拳を握りしめた。震える唇を噛みしめ、これでもかと凛として二人を見つめながら、やがておろおろと泣き出した。」
 漸く救われた思いであった。 

主要登場人物
 石田又右衛門...某藩馬廻組

 佐和...又右衛門の妻

 五百次...又右衛門の嫡男

 けん...又右衛門の娘
 真鍋恵之助...手廻頭、けんの夫
 梶谷半左衛門...筆頭家老

 小野寺郡蔵...旗奉行

安穏河原
 郡奉行だった羽生素平は、藩に意見書を提出したが採用されないのを知ると、藩に暇を請い野に下り、妻子を伴い江戸に出た。
 だが3年もすると生活は貧窮を極め、ついにはひとり娘の双枝を遊郭に売り飛ばす仕儀となっていった。
 それでも娘を案じる素平は、日雇いで知合った浪人者の伊沢織之助に、客として双枝と接しながら様子を探って欲しいと僅かな蓄えを渡すのだった。
 
 実直であったが故に役目を全うしようとした羽生素平。だが、市井で生きるには甘過ぎた思いを淡々と噛み締めていき、気が付いた時には、生きて行くだけで精一杯の貧困の中に落ちぶれ果てていたのだ。
 長いものに巻かれる事の出来ない人間は企業でのキャリアアップは望めない、現代社会を反映した一編。
 「生きる」以上に、救いのない男の生き様が描かれている。
 「にわかに冷えてきた風に吹かれながら、無心に団子を頬張る娘も、じっと川面を見つめる織之助も、いつしか湛々とした安らぎの中にいた。
 で、静かに幕を引いている。

主要登場人物
 双枝(おたえ)...永代寺門前山本町津ノ国の女郎

 羽生素平...元某藩郡奉行、双枝の父親

 伊沢織之助...浪人

早梅記
 若い時から出世する事に意欲を燃やしてきた高村喜蔵は、軽輩の身から家老まで上り詰め、藩主の覚えも目出たき出世を遂げたが、隠居して残ったものは、心の通わない息子夫妻との殺伐とした日々だった。
 そして思い出されるのが、妻同然の暮らしをしながらも、その身分の低さから正式に嫁に出来なかった下女のしょうぶのことである。

 前2作と違い、順当な出世を果たす主人公。だが全てを終え、隠居の身となると、己の出世欲の犠牲ともなったしょうぶに対する言う言われぬ後ろめたさに襲われる。
 戦いを終えて、振り返る己の半生。前2作とは違い、やる場のない憤りのような憤慨はないが、それは主人公目線だからだろう。
 「手にした梅の香を嗅ぐうち、喜倉はいつになく穏やかな気持ちになって、冬枯れの林から去っていった。」

主要登場人物
 高村喜蔵...元某藩家老

 高村とも...喜蔵の妻

 高村伊織...喜蔵の嫡男

 しょうぶ...元高村家下女、足軽の娘

 玉井助八...寺社奉行手代、喜蔵の朋友

 3作全てのラストシーンで、藤沢周平原作の映画「山桜」(監督/篠原哲雄)のラストシーンで流れる映像と主題曲、一青窈の栞が脳裏を駆け巡った。
 いずれもが、現代社会を反映しながらも、江戸といった独特の文化に裏付けされた内容に、著者の力量並びに筆の深さに感服した。文章、物語全てに追いて無駄を感じさせない洗練された一冊である。
 どの作品も藩に関しての子細には触れていないが、関東の小藩をイメージして良いのだろうか。







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