うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

源助悪漢(わる)十手

2012年10月29日 | ほか作家、アンソロジーなど
岡田秀文

 2009年3月発行

 謎に満ちた事件を、たちまち解決する豪腕ぶりだが、それは稀で、弱みを握られれば骨までしゃぶられ、些細な借りを作ればいつまでもたかられる。悪漢岡っ引き・源助の活躍を描く痛快捕物帖。

山谷堀女殺し
井筒屋呪いの画
猿屋町うっかり夫婦
下谷町神隠し三人娘
元吉町の浮かび首
富次郎の金壷
茅町伊勢屋の藤十郎 計7編の連作

山谷堀女殺し
 山谷堀の岸で女の死体が見付かった。別居中の夫が下手人として捕らえられるが…源助は、遺骸の頭だけが河に入れられていた事に不信を抱く。

井筒屋呪いの画
 井筒屋徳兵衛から家宝の掛け軸を盗賊の手から守ってほしいと頼まれた源助。掛け軸を守る事は適ったものの、盗賊が予告した晩に井筒屋の妻が変死。

猿屋町うっかり夫婦
 吾妻橋近くの川岸で、金貸しの甘太郎の死体が発見される。甘太郎の弟の指物師・亀治郎と、扇屋のうっかり夫婦に事件を引っ掻き回され、さすがの源助も…。

下谷町神隠し三人娘
 下谷小町と囃される材木屋の娘が2人、神隠しに遭った。次に狙われるのは材木屋南山の娘と睨んだ源助は用心棒を買って出るが、件の娘は女相撲のような風体で。

元吉町の浮かび首
 遠縁の父娘が妖術師に入れ込んでいる事を安じる、古着屋のおまさから相談を受けた平太は、御霊会に参加し、そこで胴が離れ浮いた首がご託宣を述べるのを目の当たりするのだった。

富次郎の金壷
 金江富治郎殺害の下手人・おトシが語る、己の身に起こった半生と、誰も知らない罪の数々。
 
茅町伊勢屋の藤十郎
 22年前に匂引に遭った息子の藤十郎と名乗る若者が、突如として茅町の太物屋伊勢屋に現れた。それを小耳に挟んだ源助は、礼金目当てに首を突っ込むのだった。

 「山谷堀女殺し」、「井筒屋呪いの画」を読んだ限りでは、共鳴出来る作品でもなく、目新しさと言えば、主人公が善人ではなく小狡い辺りか…としか思わなかった。
 だが、「猿屋町うっかり夫婦」で一転。前2作は三人称だが、この作品は扇屋の惣左衛門の語り部で口火を開き、続けて女房のお吉の一人称に続く、ラストに思わなぬ結末を、読者に暗示させて終わっている。この作品から俄然読む気が起き始めた。
 続く「下谷町神隠し三人娘」は三人称だが、洗練されて読み易くなっている。
 「元吉町の浮かび首」は、平太を、「富次郎の金壷」は、おトシを語り部にといった趣向で趣を変えている。
 初出(書かれた順序)からみると、三人称物が早く、後に一人称に変えたようだ。そして作者は、一人称が得意と見た。
 そして、最終章の書き下ろし「茅町伊勢屋の藤十郎」は、二重の落ち。大どんでん返しであった。
 「事件を闇に葬ったことが伊勢屋にとって幸運だったのか、もっと大きな新しい不幸の始まりだったのか、…」。この最後の2行は笑わせてくれる。

 強請、たかりは当たり前。人の弱味に付け込む、悪漢(わる)岡っ引きの源助だが、見逃す部分は心得ているなど、真底悪党ではなく、手下の平太には、推理させるなど、後進を育てる意気込みも示している。
 が、そんな源助に相反し、きりりとした男前で義を尊び、不正を憎み、弱気を助ける岡っ引き長太郎の縄張りで暮らしたいとは思うが、手柄を立てるのは何故か源助。この主人公、悪知恵ばかりではなく、頭は切れるらしい。
 そして、最終章でのラストでよくよく考えると、源助に集り、強請(ゆすり)を受けるには、それなりの訳があり、遅かれ早かれ身代没収となりうる分限者。お上に没収されるか、源助かの違いなのだろう?? そうか?
 作者の、謎解きの巧妙さは秀でている。「成る程」と手を打つ程であった。特に「茅町伊勢屋の藤十郎」は面白い。
 ※出版社さん。誤植には気を付けましょう。おやおやと思いました。

主要登場人物
 源助...浅草西仲町の岡っ引き
 平太...源助の手下
 長太郎...浅草東仲町の岡っ引き
 目方喜三郎 定町廻り同心




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戦塵北に果つ~土方歳三戊辰戦始末~

2012年10月28日 | ほか作家、アンソロジーなど
甲斐原康

 2010年9月発行

 戊辰戦争における旧幕府軍の敗退、奥州同盟の崩壊、そして蝦夷地五稜郭での最期の戦い。新撰組の剣客ではなく、旧幕府軍の軍人としての土方歳三の後半生。

序章  戦鬼
第一章 江戸、脱走軍
第二章 宇都宮攻防
第三章 会津
第四章 仙台
第五章 蝦夷
第六章 戦塵果つ
第七章 東京 長編

 江戸町火消しの佐吉は、火消し同士の争いの最中、鳳啓助と出会い、その人柄、思想に啓蒙され、彰義隊へと加わった。だが次第に、彰義隊と袂を分かった鳳に従い、伝習隊隊士として宇都宮、会津、仙台、そして蝦夷へと転戦をして行くのだった。
 戦場で、おじけづく味方を容赦なく切り捨てる冷徹さから戦鬼と呼ばれながらも、平時は部下への優しい心配りを示す土方への、愛憎半ばする佐吉。その佐吉に最期の任務が下された。
 旧幕府軍の司令官となった土方歳三の後半生を、いち市民の佐吉の視線で綴っていく。
 序章2頁では、土方最期の時への追悼が描かれ、「明治二年五月十一日午前九時僅かに過ぎ、肘から利三が生涯を終えた。」と結び、ここから物語がスタート。ドラマチックな始まりである。
 そして、次には四年前の山南敬助の切腹のシーンへと続き、第一章から佐吉視線での物語となる。
 物語は第一章から始まっても、筋に影響はないように思われるが、実は、この序章の意味が最期の最期に解き明かされるのだ。
 そして、土方の最期は三人の視線で、作者のオリジナルにより、それぞれに描かれている。静かにスローモーションのように土方が落馬していく様子が、三人の目に写るのだ。この3パターンの土方の死に逝く姿と、序章の文に魅せられる。
 読み終えて、全てが映像のように脳裏に刻まれる小説だった。無惨なシーンもあるが、晴れやかなラストで筆を置いている。
 土方って、最期もドラマチックだから、人気あるんだろうなあ。
 
主要登場人物
 佐吉...元江戸の町火消し、彰義隊平隊士、伝習隊平隊士
 土方歳三...元新撰組副長、蝦夷共和国陸軍奉行並
 鳳啓助...旧幕臣、伝習隊総監、蝦夷共和国陸軍奉行
 榎本武揚...旧幕府海軍副総裁、蝦夷共和国総裁
 吉武十郎太...旧幕臣、伝習隊平隊士
 河内原正太...旧幕臣、伝習隊平隊士
 大沼修二郎...仙台藩伊達額平隊士、新撰組総長・山南敬助の実兄
 


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黄金の太刀~刀剣商ちょうじ屋光三郎~

2012年10月27日 | 山本兼一
 2011年9月発行

 御腰物奉行の嫡男でありながら、「正宗は存在しなかった」と言い切り勘当され、刀剣商に婿入りた光三郎が、今回は、「黄金の太刀」を巡る事件に巻き込まれる。「狂い咲き正宗」の続編。

黄金の太刀
正宗の井戸
美濃刀すすどし
きつね宗近
天国千年
丁子刃繚乱
江戸の淬ぎ 長編

 刀好きの目利きの集まり「よだれの会」にて、光三郎は勘定奉行の嫡男・田村庄五郎と出会った。その場に庄五郎は「黄金の太刀」を持参し、鼻息も荒かったのだが、そこに白石瑞祥の名を聞いた瞬間、光三郎は胡散臭さを感じるが、案の定、田村家を仲介に然る大名家へと一万両で渡った「黄金の太刀」は、刀剣詐欺であった。
 庄五郎の頼みを受け、消えた瑞祥と一万両を追って、光三郎、鍛冶屋の平次郎は、相州、美濃、山城、大和、備前ーと、日本刀「五か伝」の地を行く。
 瑞祥を後一歩のところまで追い詰めたが、取り逃がした3人は、戻った江戸にて、瑞祥の真の目的を知るのだった。
 思うに刀剣といった、一種独特の世界の話なので、刀の鍛え方、名刀の話などが随所に織り込まれ、マニアックな方には、たまらない内容だと思うが、単なる時代小説好きには、少しばかり荷が重い内容だった。加えて、「正宗は存在しなかった」を読んでいないのも一因だろう。
 物語には落ちもあり、作品的にどうのと言うのではなく、単に個人的な刀への関心度の総意ということで、これが秘湯を巡る旅なら、話は別だったかも知れない。

主要登場人物
 ちょうじ屋光三郎...芝日蔭町刀剣商の娘婿、元旗本・御腰物奉行の嫡男
 鍛冶平...鍛冶屋の平次郎
 田村庄五郎...旗本・勘定奉行の嫡男
 田村忠明...旗本・勘定奉行、庄五郎の父親
 白石瑞祥...剣相見
 ちょうじ屋吉兵衛...刀剣商の主、光三郎の義父 




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まねき通り十二景

2012年10月25日 | 山本一力
 2009年12月発行

 天保年間の江戸深川冬木町は、まねき通りの人々の日常を、十二の月行事に乗せて綴った人情物語。

第一話 初天神
第二話 鬼退治
第三話 桃明かり
第四話 菜種梅雨
第五話 菖蒲湯
第六話 鬼灯
第七話 天の川
第八話 祭半纏
第九話 十三夜
第十話 もみじ時雨
第十一話 牡丹餅
第十二話 餅搗き
番外編 凧揚げ 計13編の連作

第一話 初天神
 うさぎやの店先の奴凧を予約した真三郎は、初天神までに戻ると告げた父と、その凧を上げるのを楽しみに待っていた。
 偏屈なうさぎや徳兵衛と、父を待つ真三郎の心温まる触れ合い。

第二話 鬼退治
 女郎や辰巳芸者が扮装して町内を練り歩く「お化け」で、近江屋弥五郎を蔑んだ仲見世岡田屋の花魁おいくがやって来て…。
 桃太郎に扮したおいくを、弥五郎の女房のおりょうが一矢報いる。

第三話 桃明かり
 うさぎや徳兵衛の娘・おしのは、迷子の女の子を引き取って面倒を見ていた。親が見付かるまでと、割り切ってはいたが…。

第四話 菜種梅雨
 うお活の時次は、野島屋の女中頭・あおいの中を邪推し、あらぬ噂をばら撒いた鴇兵に殴り掛かるも、敢えなく返り討ちにあい。
  
第五話 菖蒲湯
 塀吉が川にはまった。だが、作治は金槌のために川に入る事が出来ず…飛び込んだのは徳兵衛だったが、こちらも老齢のため目の前で溺れていく。

第六話 鬼灯
 父親が後添えを貰った事に反発し、小料理ひさごを構えたおまき、おさちの元に、在所から父親が病いで床に着いたと知らせと共に、義母からの文が届く。
  
第七話 天の川
 ゑり元では、2人の娘が七夕の短冊に、あれこれ願いを書き込んでいた。産み月を控えたこのみも同様。

第八話 祭半纏
 祭り好きが高じて深川にやって来たほどの松乃井清五郎。神輿担ぎに出掛けたのだが、出過ぎた言動が担ぎ手たちの怒りを買う事に…。

第九話 十三夜
 13年前、深川には堀田屋、佐塚屋2軒の籠屋があったのだが、客の足下を見た商い振りに業を煮やした分限者・木柾仁左衛門が…。駕籠屋つるやが暖簾を掲げるまでの物語。

第十話 もみじ時雨
 むかでや藤三郎とおみねは、人知れぬ悩みを抱えていた。嫁して18年、齢37になり、子宝に恵まれたのだ。

第十一話 牡丹餅
 偏屈で知られる村上屋佐次郎は、未だ温かいと通例よりもひと月遅れで炬燵を入れると決めた。だが、朝晩の冷えには閉口しながらも、痩せ我慢を続け、その日を迎えた。

第十二話 餅搗き
 野島屋とうお活による盛大な餅搗きが催された。徳兵衛の娘・おしのも朝太を連れて参加していた。
 新年に向け、誰もが心浮き立つ市井の暮らしぶり。

番外編 凧揚げ
 まねき通りのほのぼのとした新年模様。

 悪人もいなければ、事件もない。どこの町でもありうるささやかな暮らしを描いている。だが、平穏な中にも家族の葛藤や、人付き合いの難しさなど、誰もが、「そうそう、こんな人いるなぁ」。「こういう事もあったなぁ」と、思い当たる日常を、江戸の風物詩に併せて描く人間ドラマ。ほっとする穏やかな作品である。
 いきなり、「第一話 初天神」のラストには目頭が熱くなった。そんな鼻の奥がつんとする話である。

主要登場人物
冬木町まねき通りの人々
 駄菓子屋うさぎや
  徳兵衛...当主
  おきん...内儀
  おしの...長女、海辺大工町の通い大工・仙造の女房
  仙造...おしのの亭主、海辺大工町の通い大工
  朝太...おしの・仙造の長男
 一膳飯・煮売屋おかめ
  おさき...女将、煮物方
  おみつ...長女、揚げ物方
 駕籠屋つるや
  利助...当主
  ますみ...内儀
  辰丙...駕籠かき頭
  善太、矢ノ助...駕籠かき 
 搗き米屋野島屋
  昭助...五代目当主
  あおい...女中頭
  杖四郎...番頭
 瀬戸物屋せとや
  徳右衛門...隠居
 乾物屋小島屋
  昌三郎...当主
  鶴松...手代
  丁稚...完吉
 小料理屋ひさご
  おまき...姉、料理・燗番
  おさち...妹、下拵え
 鮮魚・青物屋うお活
  活太郎...当主
  時次...若い衆
  鴇兵、伝三郎、伸吉...若い衆
 豆腐屋近江屋
  弥五郎...当主
  おりょう...内儀
  泰吉...長男
 履き物屋むかでや
  藤三郎...当主 
  おみね...内儀 
 太物屋ゑり元
  大三郎...当主
  このみ...内儀
  しおり...長女
  かのこ...二女
 雨具屋村上屋
  佐次郎...当主
  かね...内儀
  ひより...長女、晴次郎の女房
  晴次郎...傘張り職人
  てるみ...晴次郎・ひよりの長女
  定吉...丁稚
 うなぎ屋松乃井
  清五郎...当主
  まつの...内儀
深川の人々
 材木商木柾
  仁左衛門...当主
  利兵衛...頭取番頭
  作治...奉公人
  新太...作治の長男
 湯屋冬木湯
  塀吉...釜焚き
 鳶・町火消し
  雅五郎...親方
  健太郎、達次、昇太郎、金太郎...若い衆 




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追っかけ屋 愛蔵

2012年10月25日 | ほか作家、アンソロジーなど
海老沢泰久

 2009年10月発行

 雇われ先を逃げ出した奉公人を連れ戻す、「追っかけ屋」を生業とする愛蔵。度胸があって人情に篤く、匕首を持てば首の皮一枚を切る凄腕。隣人の旗本・新九郎を相棒に、今日も江戸の街を捜し歩く。傑作時代小説。

追っかけ屋 愛蔵
夜鷹蕎麦
隠れ念仏
人殺し
一刻者
恋日和 計6編の連作

追っかけ屋 愛蔵
 奉公先から和泉守兼重を盗み欠落ちした、長右衛門を追う愛蔵は、何者かに命を狙われる。そして長右衛門を捕まえてみると、和泉守兼重は偽物の木刀であった。

夜鷹蕎麦
 生真面目な働き者の庄右衛門が、奉公先から40両もの大金を盗み欠落ちした。愛蔵が在所まで赴き探りを入れる最中、庄右衛門が遺骸となって発見される。

隠れ念仏
 薩摩屋敷に女中奉公中の呉服屋船橋屋の娘・お嶋が欠落ちした。折しも薩摩藩では、藩御法度の浄土真宗を信じる隠れ念仏の侍が捕獲されていた。

人殺し
 愛蔵の父母の仇でもある源助が見付かったと、元奉公人だった直次郎が愛蔵を訪った。2人は、仇を討つべく小梅村へと向かうが、源助の口から意外な真実が。愛蔵は、真の仇討ちを…。

一刻者
 旗本崎山庄右衛門家の中間・宇市が欠落ち。高麗屋の口入れなのだが、当の高麗屋が動かぬとあって愛蔵へ回ってきたのだ。だが、宇市を探すうちに、高麗屋の手の者が怪しい動きを。

恋日和
 欠落ちした長兵衛を追って、在所の白河までの旅となった愛蔵だった。村へ着いてみると、村人のよそよそしい態度に愛蔵は不信感を抱く。

 口入れした寄子が金子を奪って欠落ちした為、自殺した両親の仇持ちの愛蔵と、旗本の二男で冷や飯食いの松平新九郎が、欠落ちした大和屋の寄子を追っかけ、連れ戻すといった話である。
 だが、単なる出奔とは違い、どれも訳ありであり、愛蔵の情が差配を動かす。
 新しい視点の面白い話である。是が非でも続編をと望みたいところだが、最終章では松平新九郎が庄内藩へ婿養子に決まり、2人のコンビは解消となっている事から、続編はないだろうと頁を閉じたのだが、後に、作者の遺作となった作品である事を知った。
 しかも、闘病中の作品とあり、2人の別れのシーンは作者の続編なき意図的な演出だろう。
 残念であるが、素敵な作品を遺してくださった事に感謝したい。        合掌

主要登場人物
 愛蔵...三田古川町口入れ屋大和屋の追っかけ屋、芝松本町裏店の店子
 松平新九郎...旗本の二男、芝松本町裏店の店子
 房吉...大和屋の召使い
 大和屋惣七...三田古川町口入れ屋の元締
 吉三郎...芝を縄張りとする岡っ引き
 おみつ...吉三郎の娘
 直次郎...口入れ屋の追っかけ屋、元愛蔵の父親の口入れ屋の召使い頭
 おみね...流山彼岸旅籠日野屋の飯盛女
 



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昨日の恋~爽太捕物帖~

2012年10月24日 | 北原亜以子
 1995年4月発行

 鰻屋の入り婿だが、鰻が素手で触れない岡っ引き・爽太が、心に傷を負った男女が引き起こす事件に十手を振るう人情捕物帳第1弾。

おろくの恋
雲間の出来事
残り火
終りのない階段
頬の傷
昨日の恋
師走の風 計7編の短編集

おろくの恋
 芝露月町の質屋伊勢屋の女主人・おろくが蔵で殺されていた。男と会っていたのではと思われるが、外から鍵が掛けられており、密室であった。
 おろくの悪女(?)の深情と、藤左衛門の色香と理性の狭間での苦悩が描かれている。

雲間の出来事
妓夫の徳松は、柳原土手で返り血を浴びながら逃げていく男の姿を見た。だが、刺されたのは札付きの丈八であり、刺した煮染屋の嘉市の妹おはるが身投げした事と関わりがあるのか…。
 殺されても当然の人間であっても、止む無く刃を振るった善人であっても、罪は罪なのか…。辿り着く前の経緯は…を問う。

残り火
 金子をちらつかせるおしか。風貌人三化七ながら、女から金を騙し取る生業の定七(万七)は、近付き、騙し合いが始まる中、万七に騙された女が首を括った。
 狐と狸の騙し合い。どっちもどっちと達観していたが、終盤の定七の言動にはほろりとさせられる。

終りのない階段
 貧乏から抜け出すべく、幼馴染みのおあきから歯磨き売りの正六を奪い所帯を持ったおつやだが、暮らしに事欠き、正六を使い…。ほどほどにが出来ない女の、正に飽くなき欲望を描いている。
 この作品アンソロジー集にて読んでいたが、その時は1編だけだったので、爽太が主役のシリーズとは全く気が付かなかった。哀れな女の物語として読んだのだが、その時とは別の視線でも読む事が出来た。
 
頬の傷
 武家の出である志津は、深間となった左官職の又七と争い、頬に傷を負う。又七は、志津が自ら傷付けたと言い、志津は、「又七のせいだ」と。
 過去のしがらみから抜け出せない女が下した悲しい決断。全てを断ち切るには、これしかなかったか。

昨日の恋
 元女房だったおいとに復縁を迫った佐平次が刺され、現場には、おいとの亭主・紺屋職人の次助の手拭いが残されていた。
 思い込みが生み出した悲劇と、女の弱さそして浅はかさを描き出している。

師走の風
 見知らぬ女から赤ん坊を預かったは良いが、そのまま女が現れず困惑する爽太。そこに孝行息子で有名なの米松が、高利貸しから金子を盗み追われていると。
 男女の愛情、親子の絆を2つの出来事を巧みに噛み合わせて伝えている。

 「爽太捕物帖」は、単なる岡っ引きの捕物ではなく、人の深層心理に迫る内容であり、読み込むに連れ、全編がかなり深い。
 主役の爽太は、9つの時に壬申の大火で親兄弟を亡くし、13で鰻屋十三川の十兵衛に養子として引き取られ、21の年に十兵衛の娘おふくと所帯を持ち、娘2人に恵まれ子煩悩な26歳の父親の設定。
 生まれは、紅白粉問屋桐島屋の総領息子だっただけあり、育ちの良さがそこはかとなく漂う岡っ引きである。
 そして、この爽太親分。鰻を触れず、店では肩身が狭いが、十手を握れば人情裁決を下す。事件そのものより、むしろ過程を重んじるのだ。
 しかし、ほとんどを見逃してしまい、罪人をお縄にしなくては、御役御免にならないのだろうか…。といった邪念は捨てて、ここは、「こんな親分もいるなら、世の中そう捨てたものではない」と思いたい。
 何しろ、事件その物はどろどろとした部分が多々有るのだが、爽太の下す裁に救われる思いなのだ。すかっとした読み応えである。
 後編にて「消えた人達」が刊行されているらしいが、もっともっとシリーズ化して欲しい作品である。
 併せて、著者の情景描写の達筆さに、江戸の町が脳裏に浮かび上がるようである。

主要登場人物
 爽太...岡っ引き、芝露月町鰻屋十三川の入り婿
 十三川十兵衛...鰻屋の主、爽太の養父・義父
 おふく...爽太の女房
 朝田主馬...北町奉行所定町廻り同心
 徳松...女衒、元料理屋柏木の総領息子、爽太の朋友・手下
 竹次郎...蕎麦売り、爽太の手下
 梅吉...梅の湯の主、爽太の手下
 お良...爽太の長女
 お里...爽太の二女




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浮世道場

2012年10月22日 | ほか作家、アンソロジーなど
群ようこ

 2003年9月発行

 古典から著者が興味ある文を抜粋。現代風に解り易く解読した後、著者の意見を綴る、面白くかつ古典親しめる一冊。

女重宝記 男重宝記
典座教訓・赴粥飯法
御伽草子
蜻蛉日記
方丈記
紫の一本
西鶴文反古
解体新書
北越雪譜
紫式部日記
雨月物語
風姿花伝 計12編
 
 ただ淡々と解読するのではなく、著者の身に置き換えてみたり、自分の意見を加えたりと、読み手を飽きさせ事なく、紫式部など稀代の作者の人となりにも着目している。



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消えた十手~若さま同心 徳川竜之助~

2012年10月22日 | ほか作家、アンソロジーなど
風野真知雄

 2007年9月発行

 世間知らずでお人よしの若様が、御三郷・田安徳川家の十一男の身分を隠し、憧れの同心となり、江戸市中の事件を解決。後に13巻まで続く人気シリーズの第1弾。

第一章 妻恋坂
第二章 弓ひき童子
第三章 盗まれた十手
第四章 神の鹿 計4編の短編集
(表題は、「書き下ろし 時代長編小説」)

 武者修行の旅に出したくないのなら、奉行所の同心にしろと、爺の支倉辰右衛門に迫った竜之助。思い余った辰右衛門は、南町奉行の小栗豊後守忠順に頼み込み、名を福川竜之助と改め、晴れて南町奉行所定町廻り同心見習に。

第一章 妻恋坂
 着任早々、宵宮見物の最中、神輿の花棒を担いでいた遠州屋が、竜之助の目の前で倒れ込んだ。近付くと、胸の辺りから血が流れ…。

第二章 弓ひき童子
 都々逸の師匠・小えんが首を絞められ、遺骸で発見される。聞き込みをすると、死んだ後に、着衣を着せ替えたらしく…。

第三章 盗まれた十手
 文治の十手が盗まれた。意外な子事に件の十手は、本郷大海寺で発見された。折しも、鋳物屋で、駒込の本渓寺から運び込まれた仏像に貼る金塊が盗まれる。

第四章 神の鹿 
 市中で、鹿が目撃されたと噂に上る。竜之助は「よもや江戸で鹿など」と、半信半疑であった。また、夜盗に千両箱を盗まれた筈の油問屋上総屋では、事実無根と言い張るなど、腑に落ちない事件が続く中、竜之助は何者かに命を狙われるのだった。
 風野真知雄氏は、当初女流作家と思えた程に、筆が滑らかで情景も状況も鮮やかである。
 表題に、「書き下ろし 時代長編小説」と銘打ってあるが、章毎に事件が起こり、それを解決しているので、短編と位置づけた。ただし、章の冒頭には、先の章の引き続きもある。
 この福川竜之助こと、徳川竜之助は、ただの若殿様ではなく、文武に優れ、才知にも富み、果ては人人格癒しからずに、容姿端麗といった正にスーパーヒーロー。
 そして、下女のやよいにどぎまぎしたりと、初心な一面も垣間みる事が出来る。
 まあ、田安家の若様が同心など有る分けないと片付けずに、幕閣の重鎮でもある小栗忠順を持ってすれば、どうにでもなるわいと、鷹揚な気持ちで読んで貰いたい。
 物語は実に面白くかつ精妙でもあり、登場人物の人となりも良く描かれている。
 
 ただ、難を言えば、秘伝の葵新陰流の遣い手として竜之助が命を狙われる件(くだり)。だって紀州やほかの大名家にも伝わる剣法なんでしょう。
 そして、四国の某藩からの刺客…が一転して養子に欲しい…。
 うむ…。続編の膨らみを思えば、多少なりとも物語を複雑にしておく必然性があったのだろうが、単にいち同心の物語としても十分に楽しめる、痛快時代小説である。続編も読んでみたい。
 また、雲海、狆海は今後も絡んでいくのだろう。狆海の可愛らしさが口元を緩める。

主要登場人物
 福川竜之助/徳川竜之助(竜英)...御三卿・田安徳川家の十一男、南町奉行所定町廻り同心見習
 支倉辰右衛門...田安徳川家の用人
 やよい...田安徳川家の奥女中、柳生忍
 矢崎三五郎...南町奉行所定町廻り同心
 文治...矢崎の小者(岡っ引き)、佐久間河岸旅籠町すし文の主
 文太...文治の父親、寿司職人
 お佐紀...旅籠町の瓦版屋
 歌川広安...お佐紀の父親、絵師
 小栗豊後守忠順(後上野介)...南町奉行
 雲海...本郷大海寺の住持
 狆海...大海寺の小坊主



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花あらし

2012年10月22日 | ほか作家、アンソロジーなど
今井絵美子

 2007年6月発行

 生きるため、愛する人を守るため、苦渋の決断を余儀なくされる、心温まる武家シリーズ第3弾。

いざよふ月
平左曰う
花あらし
水魚のごとく
椿落つ 計5編の短編集

いざよふ月
 家禄の少ない家の長女の雪路は、年こそ離れてはいたものの、相思相愛の鞆音に見初められ後添えに入った。だが、幸せも束の間、鞆音は不慮の事故で命を失ってしまう。
 婚家にも実家にも居場所のなくなった、雪路の選択が物悲しくもあり、当時このような事はあっただろうと、しんみりとした。

主要登場人物
 嶋村雪路...御蔵奉行嶋村鞆音の後添
 嶋村裕一郎...嶋村家嫡男、雪路の義息子
 小牧文四郎...書院方平藩士、雪路の父親
 小牧滝路...雪路の末妹
 白雀尼(桐葉)...御鷺山の雀庵庵主、薬師

平左曰う
 出世も欲もなく大束な性質の平左衛門。平常時は至って真摯だが、酒量が過ぎると、曰くを談じ、周囲に煙たがられていた。
 「あとは野となれ山となれ……。」正義を持って上役に意義申す平左衛門。心の中のこの呟きが、人柄を現していて心地良い終わり方である。

主要登場人物
 脇田平左衛門...武具方御弓組小頭
 脇田九兵衛...武具方御弓組組頭、平左衛門の義父
 脇田多江...平左衛門の妻
 高東甚五郎...武具方御弓組平藩士、平左衛門の朋友
 
花あらし
 胸の病で我が子・幾之助を抱く事も出来ない萩野。次第に夫の足も遠のき、姑が夫の寝屋に女まで送り込んだ。
 そんな折り、夫の倫仁が責務を一身に背負い切腹となると、萩野もそれに殉じるのだった。
 一方の寿々は、倫仁への思いを隠し、萩野の下働きをしながら、幾之助を育てていた。
 萩野、寿々の切ない女心と姑のえげつなさが対照的ではあるが、武家の妻女はこういったものだろうと思われる。

主要登場人物
 立花萩野...倫仁の妻
 寿々...萩野の異母妹
 立花幾之助...立花家嫡男、萩野の息子
 立花倫仁...奥祐筆頭、萩野の夫
 孝之助輔...金物町両替商福善の主、萩野の実兄

水魚のごとく
 娘を格上の磯村家に嫁がせた甚内。孫が生まれようが、祝いに訪なおうが蚊帳の外で、気に入らないこと仕切り。そんなある日、娘婿が刃傷沙汰で命を落とすと、娘の舅の磯村多聞より、敵討ちをせよと…。
 杉浦甚内が切な過ぎる。お人好し過ぎる。妻の経緯も「それはないだろう」。娘の経緯も「あんまりだ」。唯一救いなのが、布施威一郎との友情である。
 甚内の生き様に胸が締め付けられる。
 「蒲団に柏餅になって、男泣きに泣いた。」甚内の切なさが伝わる一文である。

主要登場人物
 杉浦甚内...御普請組
 布施威一郎...元御使番→脱藩、甚内の朋友
 杉浦華世...甚内の妻
 磯村多聞...御旗組組頭

椿落つ
 幼くして両の親を失い、厳格な祖母に育てられた市之進だが、平穏な家庭を築き、幸せを噛み締めていた。
 だが、老齢の祖母が、市之進の母親の秘密を打ち明け他界する。そして折しも父母を巻き込んだ藩の政争が市之進にも迫りつつあった。
 登場人物が多く、ほかの作品と比べ私には難解な部分もあった。祖母・槇乃のお家主義。家名の為には犠牲も強いると言った武家の妻女としての生き方に翻弄された市之進(少年時代)が傷ましい。

主要登場人物
 保坂市之進...馬廻り組
 保坂実久...市之進の妻
 保坂槇乃...市之進の祖母
 保坂伽世...市之進の伯母
 
 著者は長編としているが、シリーズ第1段から読んでいないので、敢えて短編集と位置づけさせていただいた。白雀尼の登場も2度程あり短編連作といった味方も出来るだろうが、登場人物の交流が希薄なため、独立した話としたい。





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きずな~時代小説親子情話~

2012年10月21日 | ほか作家、アンソロジーなど
宮部みゆき、池波正太郎、高田郁、山本周五郎、平岩弓枝

 2011年9月発行

 血の繋がり、または共に歩んだ年月。細谷正充選による、5人の作家が描いた、切っても切れぬ親子の絆のアンソロジー集。

鬼子母火 宮部みゆき
この父その子 池波正太郎
漆喰くい 高田郁
糸車 山本周五朗
親なし子なし 平岩弓枝 計5編のアンソロジー

鬼子母火 宮部みゆき
 酒問屋伊丹屋の神棚から火が出た。幸いに番頭の藤兵衛が直ぐに気が付き、大事には至らなかったが、焼け残った注連縄から髪の毛が見付かる。
 母親から我が子への、強い愛情を感じる一編。

主要登場人物
 藤兵衛...酒問屋伊丹屋の番頭
 おとよ...伊丹屋の女中頭
 おかつ...伊丹屋の女中

この父その子 池波正太郎
 多額の借財を抱え、自ら質素倹約に務める松代藩藩主(当初は齢五十にして跡目)の半生を描く。藩主跡目とは名ばかりの余りの苦役に、御用達商人の三倉屋忠蔵が気晴らしに誘い出す。
 血の繋がりよりも、各々の資質を唱った作品。心持ちの善し悪しを問う。
 信弘の生活振りがほろ苦い。

主要登場人物
 真田蔵人(後伊豆守)信弘...信濃国松代藩藩主
 三倉屋徳兵衛...松代藩御用達商人
 三倉屋忠蔵(後徳兵衛)...徳兵衛の跡取り
 駒井理右衛門...松代藩江戸留守居役
 大沢源七郎...忠蔵の親

漆喰くい 高田郁
 重い病いのふちにある母親が、うわ言の用に呟く「豆腐」なる食べ物を、せめて一口食べさえたいと、ふみは思うが、折しも倹約令の真っ最中。百姓が豆腐を食する事は御法度とされていた。
 母を思う娘の智恵と、それを助ける大人たち。「渡る世間に鬼はなし」を思わせる作品。物語に悪人は出てこず、誰もが情の深い良い人であった。
 代官の鷹揚な裁で幕を閉じるが、最後のひと言は余計なのでは…。

主要登場人物
 ふみ...中落村の百姓娘
 いね...ふみの母親
 久左衛門...中落村の庄屋
 お才...内藤新宿豆腐屋の女将
 大河内八郎左衛門...中落村の代官

糸車 山本周五朗
 貧しい養家で病いの養父と幼い義弟との暮らしの為に内職をする高。実家が豊かになった事から、実父母が引き取りたい胸を申し出た。
 血よりも濃いものがあった。養父・啓七郎の思いと、高の判断には、さらさらとした身体を清めるような涙がほろり。
 収録中、最も好きな作品である。

主要登場人物
 依田高...啓七郎の義娘
 依田啓七郎...信濃国松代藩士
 依田松之助...お高の義弟、啓七郎の嫡子
 西村金太夫...信濃国松本藩士、高の実父
 西村梶...金太夫の妻、高の実母

親なし子なし 平岩弓枝
 望まれて大店に嫁いだ志乃であったが、亭主の吉兵衛は情に薄く、また成さぬながらも生まれ落ちてから手塩に掛けて育てた市太郎は、いっぱしの遊び人となり、金の無心で志乃を悩ませる。
 人とは、氏育ちではなく、本人次第。志乃とは全く正反対の母親ながら子は立派に育ったおさき・幸吉とを対比させながら、事件が起きるが、奉行の鷹揚な裁決が下る。ラストはほっと胸を撫で下ろす事が出来た。

主要登場人物
 三河屋吉兵衛...日本橋本石町呉服商
 志乃...三河屋の内儀
 市太郎...志乃の義息子、遊び人
 幸吉...仕立職
 おさき...幸吉の母親、水茶屋女給
 


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北の五稜星

2012年10月19日 | ほか作家、アンソロジーなど
植松三十里

 2011年12月発行

 旧幕府軍最期の砦となった函館の五稜郭を舞台に、華々しい戦果を挙げて散り逝かんとした若者5人。箱館戦争と、残された者の人生を描いた感動巨編。

第一章 吹雪に咆(ほ)える
第二章 火蓋(ひぶた)を切る
第三章 落ちゆく星
第四章 鬼の回天
第五章 最後の銃弾
第六章 生き恥 長編

 浦賀奉行所に勤めていた者やその子弟(浦賀衆)の多くが、榎本武揚に従い蝦夷へと渡った。その中に、明日を夢見て五稜星の5つの先端になろうと誓い合った、浦賀出身の若者5人の姿もあった。
 旧幕府群は、蝦夷に着くと松前・江刺・函館を次々に落とし、函館の五稜郭に政庁を置き、新政権を樹立する。佐々倉松太郎ら5人は、互いに立派に死んで五稜星(北極星)の5つの先端になろうと誓い合った。
 間もなく、江刺沖に停泊した開陽丸を嵐が襲い、座礁。その後旧幕府軍は徐々に力を失い…。
 果敢に戦った若者たちの生き様と志しを函館戦争を舞台に描いているが、本書では、それからの人生。生き残った者の葛藤を描き、戦の無惨さや深さを示して終焉としている。
 「第六章 生き恥」においては、主人公の憤りをひしと感じられると共に、戦においては勝っても負けても、決して英雄ではない。そんな思いを抱いた。
 登場人物の関係は作者のフィクションであろうが、全て実存した人物で、史実を元に描かれている。
 こういった若者の死や旧幕臣として肩身の狭い暮らしを読み聞きすると、常に胸に厚い固まりが込み上げる。

主要登場人物
 佐々倉松太郎...元幕府海軍所頭取、蝦夷共和国千代ヶ岡隊砲兵隊隊士
 中島恒太郎...元浦賀衆、蝦夷共和国千代ヶ岡隊砲兵隊隊士
 中島英次郎...元浦賀衆、蝦夷共和国千代ヶ岡隊砲兵隊隊士、恒太郎の弟
 朝夷正太郎...元浦賀衆、蝦夷共和国千代ヶ岡隊砲兵隊隊士
 朝夷三郎...元浦賀衆、蝦夷共和国千代ヶ岡隊砲兵隊隊士、正太郎の弟
 榎本武揚...元幕府海軍副総裁、蝦夷共和国総裁
 中島三郎助...元浦賀奉行所与力、蝦夷共和国箱館奉行並、恒太郎・英次郎の父親
 荒井郁之助...元軍艦操練所教授(幕臣)、蝦夷共和国海軍奉行
 佐々倉桐太郎...浦賀奉行所与力、松太郎の父親
 星恂太郎...元仙台藩額兵隊隊長、蝦夷共和国陸軍・第三列士満第二大隊長
 永井玄蕃...元幕府大目付・若年寄、、蝦夷共和国函館奉行
 お菊...佐々倉家の養女



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理屈が通らねえ

2012年10月16日 | ほか作家、アンソロジーなど
岩井三四二

 2009年 7月発行

 苦労して解いた「十字環」に、上方の算法者が新しい解き方を示した事から、手に入れる筈だった名声を失った二文字厚助。
 この世の中で、算法にかかわることだけは、理屈を通さねば気がすまないとばかりに、件の算法者・安藤曲角を追って、仇討ちならぬ算法討ちの旅に出る。

山を測れば

算法合戦

賭けに勝つには

渡世人の算法

まるく、まるく

虫食い算を解く娘

ぶった切りの明日

水争い

十字環の謎 計9編の短編集

山を測れば
 算法の指南を受けたいと聞き及んだ鵜ノ宮村だったが、厚助が訪った時は、鷹爪山の境界を巡って、中貫村と一触即発の真っ最中。早々厚助は、山の測定をし、均等割を考案するも…。

舞台
 常陸国猿島郡
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 茂左衛門...鵜ノ宮村の庄屋
 おたえ...庄屋の下女

算法合戦
 宿場での人場を助ける務めの助郷に、懸かった費用の算出を巡り、糸居村と金杉村が睨み合っていた。どちらの算出が正しいか仕合で決着を付けると言う。
 厚助の計算により、金杉村の間違いが明らかになったが、喜ばれるどころか、間が悪かった。

舞台
 下総国結城郡
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 高品忠兵衛...糸居村の庄屋
 本庄半右衛門...金杉村の庄屋
 よし...忠兵衛の娘

賭けに勝つには
 寺の三男の梅吉が、博打の負けが込み、厚助へ救いを求めた。応じた厚助だが、木乃伊取りが木乃伊となり、すっからかん。そのまま寺にも戻れず…。
 
舞台
 常陸国新治郡
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...新郷村草本寺の三男


渡世人の算法
 草鞋を脱いだ宿の主・橘屋甚五郎が遺骸で見付かった。状況から下手人は、内部の者と思われる。一家の二大勢力である留吉と鉄蔵に挟まれ、厚助は下手人探しに頭を捻る。

舞台
 下総国銚子街道
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 留吉...滑川村旅籠博打場主の橘屋甚五郎の手下
 鉄蔵...橘屋甚五郎の手下
 お梶...橘屋甚五郎の娘

まるく、まるく
 元番頭に商いを乗っ取られ、酒屋の株も渡した高沢仁右衛門の娘に、あろうことか、件の造り酒屋の元番頭の息子・善太郎が懸想している。善太郎の夜這を阻止した厚助は、思わぬ争いに巻き込まれる。

舞台
 下総国香取郡
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 高沢仁右衛門...佐原新田の元造り酒屋の主
 いずみ...仁右衛門の娘
 善太郎...造り酒屋の嫡男

虫食い算を解く娘
 送り状に書かれた荷の数量と単価が滲んで読めなくなった事から、船への積み荷を巡り、大坂屋と泉州屋が大もめになっていた。代金総額から、双方の積み荷の数を算出して欲しいと頼まれた厚助。

舞台
 下総国香取郡
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 大坂屋紋右衛門...小川宿河岸問屋の主
 三次...紋右衛門の嫡男
 お玉 紋右衛門の娘

ぶった切りの明日
 浜納屋仁右衛門の元に、目指す宿敵・安藤曲角の足跡を確認した厚助だったが、折しも網元と水主が前借りの利息を巡り大紛争の最中。聞けば、網元の不正を暴いたのは安藤曲角と。

舞台
 下総国銚子垣根河岸
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 浜納屋仁右衛門 網元
 長次郎...江戸京橋太物問屋の嫡男(勘当)、干鰯問屋三河屋の奉公人

水争い
 泉谷の湧き水の分配を巡り、隣接する泉村、新田村、有明村が三つ巴になっていた。厚助の案で収まりが付くかと思われたが、それが関東公方家の家臣の末裔を名乗る高田衆の逆鱗に触れ、梅吉が攫われてしまう。
 
舞台
 上総国泉村
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 儀右衛門...庄屋
 吉左衛門...百姓代


十字環の謎
 漸く安藤曲角の足取りを掴んだ厚助。早々に訪なうが、曲角に逃げられてしまった。ここで逃しては…。どいうやら曲角は、佐倉藩からの追ってと勘違いしていたようだ。二人は術式の試合に挑む。

舞台
 房州寒川村
主要登場人物
 二文字厚助...江戸算法塾長谷部塾の高弟、旗本の三男
 梅吉...常陸国新治郡新郷村草本寺の三男

 安藤曲角...上方の算法者

 二文字厚助は、全く持って濡れ衣で村を追い出されたり、危うい事に巻き込まれたり…。決して己から揉め事を起こす質ではないのだが、気が付けば渦中の中心に追いやられているといった具合の間の悪い主人公である。
 主人公は、ずんぐりむっくりの小太りで、丸い顔に円い鼻。容姿もぱっとしないばかりか、旗本の三男の冷や飯食い。養子先もなく、宛のない先行き。旅先で妙齢の美しい女性と出会っても、惚れられる事もない。
 時には自ら挑んだ博打ですっからかんになったりと、真に持って、言うなら貧乏籤を引き易いのだが、ただ、男気はある。梅吉始め、高田衆など、見捨てはしないのだ。それも、優しい素振りで如何にも良い人です。ではなく、凛として正義を貫く公平さである。
 「理屈が通らん」。村を離れながらこう思ってみたり、相手に対して話が通らなかったりと、散々な目に合いながらも、宿敵・安藤曲角を追うのだが、その足取りも、当初は陸奥辺りまでを念頭に入れていたにも関わらず、下総や房州、常陸を行ったり来たりで、一向に江戸からそう離れない辺りも、この主人公らしい。
 最もこれは、厚助のせいではなく、曲角の方の問題ではあるが…。
 算法の方程式を国語体で読むのは、骨が折れるが、これを書いた作者は骨が砕ける思いだっただろう。何せ、文章を書くのとは反対の脳まで、総動員なのだから。
 こちらも、右脳左脳を存分に働かせてはみたものの、難しくて理解出来ない算法、多々あり。
 それでも、その部分をさらりと読み流しても、主人公の奮闘と、理不尽さに憤慨する様子は面白い。
 最も、作者は算法の術式を読んで欲しいと思うが。




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きりきり舞い

2012年10月15日 | 諸田玲子
 2009年9月発行

 酒浸りで奇人の父親を持った事から悩みが絶えず、自らの婚期も逃しつつあり、焦りながらも玉の輿を夢見る十返舎一九の娘・舞と、葛飾北斎の娘・お栄らによる痛快人情コメディ。

奇人がいっぱい
ああ、大晦日!
よりにもよって
くたびれ儲け
飛んで火に入る
逃した魚
毒を食らわば 長編

 小町娘と褒めそやされている舞だが、大酒呑みで奇人の父・十返舎一九に縁談をぶち壊さる事数度。今度こそはと意気込んだ仏具屋の若旦那との縁組みも、旗本の若様とのそれもしかり。しかも押し掛け弟子の浪人・今井尚武に至っては何時の間にやら舞の許嫁気取りである。
 それだけでも手一杯の舞の元に、婚家を飛び出した葛飾北斎の娘で、こちらも変人のお栄が転がり込んで…。
 
 長編と位置づけたが、短編集としても良いと思える。
 破天荒な父の一九を反面教師に、まっとうな幸せを掴みたい舞と、相反し、変人の北斎に劣らぬ変人ぶりのお栄。全く持っておかしな友情がある。
 何と言っても、お栄の一挙手一投足に笑わされる。勿論、こんな人が身近に居たらたまらないのだが。
 お栄が、絵を描くのに邪魔になった小袖の袖も襦袢の袖も引きちぎり、袖無しの小袖姿になった件のシーンは大笑い。そんな姿でかつ風邪を引いた為に天狗のように真っ赤な顔で走る姿が目に浮かぶようである。
 そして、いけずうずうしい、自称一句の弟子・今井尚武。人の良い、明け透けな浪人像が浮かぶ。
 そして、楽しいだけでは終わらせずに、舞は、一九の過去を知り、これ程に縁組に頑な姿勢を取った父と心を通わせるなどのスパイスも盛り込んでいるのだ。
 それにしてもまあ、ハチャメチャな家族であり、表題どおりに舞の「きりきり舞い」振りが楽しいライトタッチの小説である。

主要登場人物
 舞...十返舎一九の娘
 十返舎一九(駿河屋藤兵衛、与七、幾五郎、重田貞一)...戯作者
 えつ...一九の4番目の女房
 お栄(葛飾応為)...葛飾北斎の娘、浮世絵師
 葛飾北斎...浮世絵師
 こと...北斎の2番目の女房
 南沢等明...お栄の亭主、絵師
 今井尚武...駿府の浪人、旗本小田切家元家臣
 蔦屋重三郎...地本問屋耕書堂の主
 森屋治兵衛...地本問屋錦森堂の主
 野上市之助...旗本の嫡男
 勘弥...藤間流の踊りの師匠



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かってまま

2012年10月14日 | 諸田玲子
 2007年6月発行

 不義の恋の果てに生を受けたさいは、江戸を襲った大火をきっかけに、数奇な運命を歩み始めるのだった。  
 出会った人々の心を揺らしつつ、さいの謎めいた人生が時を駈ける。さいの半生を綴った七つの物語。

かげっぽち
だりむくれ
しわんぼう
とうへんぼく
かってまま
みょうちき
けれん 長編

かげっぽち
 郎党だった実父が獄死した伊夜は、成島家の好意で育てられた。その恩義もあり、成島家の娘・奈美江が不義の子を身籠ると、その代役として、孤児で郎党だった丈吉と夫婦になり、さいを引き取り市井に暮らしていた。
 だが、ある火事の夜、奈美江が現れた事により、押さえていた奈美江と丈吉への疑惑が深まる。

主要登場人物
 さい(0歳)...丈吉、伊夜の養女
 伊夜...丈吉の女房、元旗本成島家の下女
 丈吉...絵師、元旗本成島家の郎党
 奈美江...才右衛門の娘 旗本・新御番組の妻女
 成島才右衛門...旗本・御納戸組頭
 (願哲 小石川正行寺の修行僧)

だりむくれ
 ひとり娘を亡くし、遊び人の亭主に売られて、場末の飯盛旅籠で遊女にまで落ちたかやは、さいと出会い、我が子を思い出す。同時に、さいの父親の丈吉に思いを寄せるが、ある日、さいの器量に目を付けた飯盛旅籠の主の企みで、さいが勾引される。

主要登場人物
 さい(7歳)...丈吉、伊夜の養女
 丈吉...絵師、元旗本成島家の郎党
 かや...南品川宿の飯盛女
 耕太...かやの亭主、遊び人
 (喜兵衛 内藤新宿の分限者)

しわんぼう
 丈吉の遺言で旗本・成島家を頼ったさいだが、奇しくも成島家は代替わりしており、さいは、質草として鶴亀屋へ預けられていた。
 そこに、浪人・添田慎右衛門が子猫を質草に持ち込む。そんな風変わりな慎右衛門と心を通わせるさいが、ある日行方不明になり…。

主要登場人物
 さい(10歳)...おすみ、初五郎の養女
 おすみ...小石川富坂町質屋鶴亀屋の内儀
 初五郎...おすみの亭主
 添田慎右衛門...浪人、富坂町庄衛門店の店子
 (成島城太郎...旗本・御納戸組頭、奈美江の異母兄)

とうへんぼく
 仕立て直しを生業とするおせきは、ひとりむすこを佐渡送りにした岡っ引きの利平の鼻を明かす為、わざと人目の集まる縁日で巾着切りを働いていた。
 そのおせきの元に転がり込んださい。そこへ、佐渡から集団島抜けの噂が伝わる。

主要登場人物
 さい(14歳)...おせきの居候
 おせき...仕立て直し、巾着切り、平川町獣店の店子
 利平...平川町の岡っ引き
 願哲...僧

かってまま
 家事もおざなり、勝手気ままに暮らすおらくの隣に、さいが越して来た。おらくはさいと、姉妹のように仲良く過ごすが、次第に乙吉とさいの仲を疑うようになる。さらに、長屋に出入りする豆腐屋が殺され…。

主要登場人物
 さい(16~17歳)...本所荒井町の住人
 おらく...乙吉の女房、本所番場町油屋の娘
 乙吉...大工
 (鬼門の喜兵衛...盗賊の頭領)

みょうちき
 非情な盗賊の頭領・喜兵衛の妾腹の娘・みょうは、男のようななりと言葉遣いで、傍若無人に振る舞っていた。
 だが、痩せ衰え、喜兵衛の手下に手酷い傷を負わされた旅の僧・願哲を助け、匿っていた。
 ある日、みょうの前に喜兵衛の妾のさいが現れ、願哲は喜兵衛へ仇討ちをすると告げる。

主要登場人物
 さい(20歳)...喜兵衛の情婦
 みょう...喜兵衛の娘
 喜兵衛(鬼門の喜兵衛)...内藤新宿質屋の主、盗賊の頭領
 願哲...僧、喜兵衛の実弟

けれん
 四世鶴屋南北作の「お染久松 色読販」が、岩井半四郎の七変化と共に大当たりとなっていた。その件のお六とは、鶴屋南北こと俵蔵が、二十年前に恋した相手であり、さいの事であった。
 一人前の狂言作者になったら舞台を見に来ると言い残し、姿を消したお六(さい)の姿を、鶴屋南北は今日も探す。

 お六(さい/(30代回想、50代)...吉原土手引手茶屋の女将
 四世鶴屋南北(俵蔵)...狂言作者
 お吉...俵蔵の女房、三世鶴屋南北の娘
(鬼門の喜兵衛...盗賊の頭領)

 これは、「まいった」。
 複雑に入り込んだ群像劇と、その人々の巡り合わせを、さいを軸に描き切り、幕引きは鶴屋南北が担ったさいという女性の数奇な半生を辿った大河小説である。
 物語はさいの視線から描かれているのではなく、その時、その場所で生きる市井の女性の抉るような心根で進んで行くので、二章までは短編集だと思い読み進めていた。
 頁をめくる度に、登場人物の名前が重なり、長編であると気付くくらいに、章毎にも読み応えがある。
 三章の「しわんぼう 」辺りからは、切なさが胸に沁みる話になり、人生の割り切れない定めを思い知らされる。
 また、きらめくばかりの美しい少女だったさいが、頭像の首領の妾になっていた時には、頭を強く打たれた思いだったが、身寄りもない女ひとりであれば、それも自然な流れだったのだと思うと、庇護者がないさいの身の上に胸が詰まる思いだ。
 この物語をさいという女の転落劇と読むか、復讐と見るか、市井の女たちの心を写し出した作品か…。
 多岐に渡る角度から、個人の解釈で読み事が出来るが、私は、仇討ち物語としたい。
 「しわんぼう」の添田慎右衛門、「みょうちき」の願哲の潔い生き様と、「けれん」のお六(さい)の仇討ちが印象的だった。
 また、「だりむくれ 」のかやの台詞に、「…考えることをやめてしまえば怖いものはない。這い上がろうとあがきさえしなければ、日々はたらりたらりと流れてゆく」といった一節がある。悲しくも深い言葉だ。
 これ程までも緻密に練られたプロットに、本を閉じ、しばし呆然とした。



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曾根崎心中

2012年10月14日 | ほか作家、アンソロジーなど
角田光代(原作/近松門左衛門)

 2011年12月発行

 人形浄瑠璃・歌舞伎有名な近松門左衛門作の「曽根崎心中」を、角田光代さんが現代風にアレンジ。初と徳兵衛の悲恋を綴る。

曾根崎心中 長編

 幼くして京の島原に売られた初は、故意か事故か、姉分の遊女によって太腿に酷い火傷を負ってしまう。
 その為、格下の堂島新地へと宿替えになったが、そこで、運命の徳兵衛と出会うのだった。
 互いに強く引かれ合う二人は、夫婦の約束を交わし、その日を夢見るが、徳兵衛に奉公先の縁者との縁組みが持ち上がり、しかも、徳兵衛の意思に反し継母が、持参金を貰い受けてしまった。更に、その金は周到な悪巧みに寄って九平次の手に。
 九平次にはめられた徳兵衛は、罪人として追われる身となり、初と徳兵衛は旅立つのだった。

 余りにも有名な「曾根崎心中」だが、遊女の心中劇としか認識がなかった。どうして二人が死を選ばなければならなかったのかが、分かり易く描かれている。
 物語は、初の視線から描かれているが、遊女が外の世界に焦がれる様子が、奇麗な情景描写で、徳兵衛を思う気持ちが狂おしい程に描かれている。
 小説ではあるが、まるで舞台を見ているような物語で、さすがに現代まで続く近松門左衛門の才能に感化した。現在よりも遥かに身近であった江戸の人にはたまらなかっただろう。
 原作の「此の世のなごり。夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜」を角田氏は、「星も最後、夜も最後。目に映るもの、ぜんぶ最後」と表現している。いずれにしても、死を覚悟した者のこの世の最期を現すには深い文である。
 近松門左衛門作と聞くと、難しく考えるかも知れないが、角田光代氏が万人にも分かり易く、かつ情感は損ねずに書いている。

主要登場人物
 初...大坂堂島新地天満屋の遊女
 徳兵衛...醤油問屋平野屋の手代
 九平次...油屋の若旦那
 島...天満屋の元遊女
 小春...天満屋の元遊女
 かめ...天満屋の下働き
 加島屋...紀伊の商家の主

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