2012年9月発行
時代や環境に翻弄されながらも、真実の恋に身を焦がした女たちの七つの生き方、そして愛し方を描いた作品。
おもしろきこともなき
対岸まで
待ちわびた人
おもいあまりて
鬼となりても
辛夷の花がほころぶように
心なりけり
おもしろきこともなき
勤王の志士たちの手助けをする望東尼。志しを同じくする隣家の北岡勇平に次第に心を惹かれるも、それは胸の内に秘めなくてはならない思いだった。
そんなある日、高杉晋作・おうのを匿いおうのの正直でひた向きな晋作への姿に感銘する。
だが、時は勤王派へは未だ厳しく、北岡勇平は何者かに惨殺される。
夫・野村新三郎清貫亡き後、髪を下ろし、平尾村にあった自分の山荘に勤皇の士を匿ったり、密会の場を提供するなど、勤王派として時代を生きた実存の野村望東。言わずと知れた高杉晋作を登場させ、尼僧の成せぬ恋心を晋作の歌になぞる。切ないラストが印象的である。
主要登場人物
野村望東尼..歌人、勤王家、筑前国福岡藩黒田家家臣・浦野重右衛門勝幸の娘
北岡勇平..岡藩黒田家徒罪方
高杉晋作(谷梅之助)..長門国長州藩毛利家家臣
おうの..高杉晋作の妾
対岸まで
身分違いとは知りつつ、武家の高林勘七郎とおつがは、何時しか惹かれ合う仲になっていた。蓮月尼に相談をすると、2人にと手ずからの歌を彫った湯飲みをくれたのだった。
ある日、蓮月尼に住まいに押し込みが入る。だが、その押し込みは間もなく毒により命を落とすのだった。毒入りと思われるはったい粉は、湯飲みの礼に勘七郎が届けたものであった。
やがて勘七郎は姿を消し、おつがは兼ねてよりの縁組みを受け入れ嫁ぎ2年。
西賀茂村に隠棲する蓮月尼が、若い男と祖母と孫のように暮らしていたと知る。それは追っ手から逃れた勘七郎であったも、隠遁先を知られ再び姿を消したのだった。
おつがが次に勘七郎に出会ったのは、惨たらしい勘七郎の遺骸であった。
自分の歌を彫り込んだ、陶器蓮月焼で知られる蓮月尼が静かに見守る中、おつがの狂おしい恋心を描いている。
蓮月尼暗殺者に向けられた刺客なのか、高林勘七郎の正体は最期まで不明でであるが、実直な人柄と、正義への苦悶などを見事に表現している。
主要登場人物
おつが..京聖護院村植木屋の娘
高林勘七郎..郷士の三男、河原町町医者・頌庵の弟子
蓮月尼..京都知恩院の寺侍大田垣光古の養女、聖護院村の陶芸師
待ちわびた人
赤穂浪士の討入りにより、御家断絶となった吉良家の家臣の娘・佳江は、両親を失い、ひとり茶店の女将となり、行く方知れずになった村山甚五右衛門を待ち続けている。
そこに、討入りに参加した四十七士のひとりである中村正辰勘助の遺児が、伊豆大島から赦免になるため、出迎えに来た白河在の男が立ち寄った。
流刑先の諏訪高島城で若き命を散らした吉良家当主・左兵衛義周と同じ年頃の遺児が無事帰還するとあって佳江は穏やかではないと同時に、もしや甚五右衛門が、その命を狙うのではないかと不安が過る。
案の定、甚五右衛門らしき男の姿があったが、仙桂尼のとりなしで、事なきを得たと聞き安堵したが、甚五右衛門の残した絵馬を手にした時、待つだけではなく彼を追う決意を固める。
運命に翻弄されながらも、希望を捨てず逞しく生きる女の姿を描いている。物語のキーである仙桂尼と村山甚五右衛門は語りのみの登場だが、存在は大きい。
静かな流れの話ではあるが、鼻の奥が痛くなる感銘の残る作品である。
個人的に村山甚五右衛門をに関しては山吉新八郎、新貝弥七郎と共に上杉から吉良家に入った義周の近習として、討入り後がほかの2人に反してあやふやなので尚更、また目から鱗であった。
因に山吉新八郎は、ここで描かれている通り左兵衛義周を看取り、越後上杉藩に戻り生涯を閉じた。新貝弥七郎は赤穂浪士の討入りによって討ち死に。
主要登場人物
佳江..下谷稲荷町門前町・茶店の女将、旧吉良家家臣の娘
仙桂尼..下谷稲荷町宗源寺の庵住
村山甚五右衛門..旧高家肝煎吉良家当主・左兵衛義周の近習(出羽米沢藩上杉家から)
白河在の男
中村忠三郎..播磨国旧赤穂藩浅野家・祐筆兼馬廻役・中村正辰勘助の嫡男
おもいあまりて
心通わぬ夫との暮らしの中で出会った、旅の俳諧師・湖白に惹かれるなみは、共に婚家を出奔する。
そして幾年月が流れ、故郷にほど近い直方で尼僧として暮らしていたなみだったが、一度で良い、故郷を見て、祖先の墓前に手を併せてからみまかりたいといった思いで、縁者のまんに伴われ、数十年振りに筑後川を渡り故郷の大地に立つのだった。
そこで、見覚えのある着物を着た、童女・なみに出会う。童女の後を追うと、そこには鬼籍に入った筈の湖白後ろ姿が…。なみが目を覚ました時には、童女の幻影も消え果てていた。それは夢か幻か…。
収録中、唯一のシュールな作品である。瞬時には、不仲の夫との恵まれない生活を余儀なくされていた女が、真実の恋を知るといった単純な話にも読み取れるが、その中に含まれたメッセージは深いものがあり、それを理解するのは難解であり、読み手の人生経験も試されるだろう。
主要登場人物
諸九尼(なみ)..筑後唐島庄屋・松永家の娘→万右衛門の妻→筑前国直方在の尼僧・俳諧師
まん..湖白の甥の娘(実はなみと万右衛門の実子)
湖白(浮風)..俳諧師、松尾芭蕉の弟子・志太野坡の門人、元筑前福岡藩黒田家書記役
ゑん女..志太野坡の門人、なみの近所の女房
万右衛門..筑後川南方・庄屋、なみの元夫
鬼となりても
美しい尼僧・志燕尼と恋に落ちた木綿屋庄左衛門こと東瓦が、彼女の切なくも悲しい生涯を語る。
妾の子として産まれた志燕尼こと志えんは、旦那に死なれ放浪を繰り返す母と2人、各地を転々としながら生きてきたが、常に母を脅かしながらも追い回す男を、ついに自らの手にかけてしまった。後に、その男こそ、実父であると知った志えんは若くして髪を下ろす。
だが、男は未だ死んではおらず、志えんが実の子と知り、自ら入水したのだった。
東瓦と知り合うことで、俳句を通し心を通わせ穏やかな晩年を迎えたであろう志燕尼の後半生の物語であるが、出家までの経緯とは裏腹に、なぜか作者の意図が読み取り難い。
主要登場人物
志燕尼(志えん)..糸海社の門人、有岡の酒問屋の庶子
木綿屋庄左衛門(東瓦)..摂津伊丹野田村大醸造家の隠居、俳諧・糸海社の師
辛夷の花がほころぶように
おあんは、故郷の讃岐丸亀から逃げるようにして瀬戸内海を渡ったのだった。そして灘屋で賄い方の女中として働くことができ束の間の安堵感を抱いていた矢先、丸亀藩の役人が灘屋に逗留することになった。そして、役人と共にやって来た水夫に見付けられ、過去の殺人を脅される。灘屋から逃げた先は、隣の禅寺。そこの国師によって尼僧の貞閑尼に預けられるのだった。
やがて、件の丸亀の水夫が、あおんに連れなくされた腹いせに、おあんに思いを寄せる東太に盗みの罪を被せたと知る。どうにかして東太を救いたいのだが、既に東太は仕置にかかったのだと知らされるのだった。
我が身を攻めるおあんであったが、ほっとする結末に胸をなで下ろす事が出来た。国師、貞閑尼の働きかけで、おあんと東太は結ばれるであろう終わり方である。
主要登場人物
おあん..播磨網干湊廻船問屋・灘屋の下女
東太..灘屋の手代
貞閑尼..不徹庵の庵主
心なりけり
福岡藩で、尊攘派弾圧の動きが強くなり、姫島へ流された望東尼は、、高杉晋作の指揮により福岡脱藩志士・藤四郎、多田荘蔵らの手引きで、下関に招かれ、勤皇の豪商・白石正一郎宅に匿われる運びとなった。
だが、望東尼が下関に着いた頃、胸の病を発症していた晋作は、病いの床に着き明日をも知れに命であった。
懸命に看病をするおうのに、妾・おうの、正妻・まさ。双方の胸中を察する望東尼は、晋作の妻子に知らせるよう進言し、渋るおうのに親子そして家族のいにしを語り聞かせる。
家族、友に見守られ晋作はみまかり、望東尼はそれを見届けると山口へと旅立つ。
思い人・北岡勇平を暗殺した藤四郎に対しても寛大な望東尼の静かな恋と、おうのの苦しい胸中、嫉妬心など激しい女心を対比しながら読み進めた。
第一章「おもしろきこともなき」の続編である。
主要登場人物
野村望東尼..歌人、勤王家、筑前国福岡藩黒田家家臣・浦野重右衛門勝幸の娘
高杉晋作(谷梅之助)..長門国長州藩毛利家家臣
おうの..高杉晋作の妾
まさ..高杉晋作の妻
良い作品に出会った。諸田氏のこれまでとは違った作風と題材に、引き出しの多さを感じ入る。そして違った一面も読み取れ、共感した。短編で、かつ重くないながらも情緒的にまた、切ない女心をここまで表現出来るのだといった、氏にとっての代表的な作品と言えるだろう。
長州弁や福岡弁などを巧みに用いているので、九州の方かと思いきや、静岡の方であった。そのプロとしての緻密さぬにも頭が下がる思いである。並びに、実存した人物の史実も忠実に織り込まれている。
派手な山場がない分、読者を引き付けさせる文章力は素晴らしく、また、シンボリックとなっている各章の美しい日本語のタイトルが胸に沁みる。カバーの挿絵がしっとしとして、内容に合っている。
ほとんどの章が、尼と俳諧の組み合わせなので、ひとつひとつ整理しないとエピソードが入り混じり、項を目繰り返すことも何度かあったが、これは当方が俳諧に疎いせいであろう。
さらりと書かれた七つの女心。そのまま読むには読み手を選ばないが、作者のメッセージを受け止めるには、若年者には難解であろうと思われる。大人の小説。
書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村
時代や環境に翻弄されながらも、真実の恋に身を焦がした女たちの七つの生き方、そして愛し方を描いた作品。
おもしろきこともなき
対岸まで
待ちわびた人
おもいあまりて
鬼となりても
辛夷の花がほころぶように
心なりけり
おもしろきこともなき
勤王の志士たちの手助けをする望東尼。志しを同じくする隣家の北岡勇平に次第に心を惹かれるも、それは胸の内に秘めなくてはならない思いだった。
そんなある日、高杉晋作・おうのを匿いおうのの正直でひた向きな晋作への姿に感銘する。
だが、時は勤王派へは未だ厳しく、北岡勇平は何者かに惨殺される。
夫・野村新三郎清貫亡き後、髪を下ろし、平尾村にあった自分の山荘に勤皇の士を匿ったり、密会の場を提供するなど、勤王派として時代を生きた実存の野村望東。言わずと知れた高杉晋作を登場させ、尼僧の成せぬ恋心を晋作の歌になぞる。切ないラストが印象的である。
主要登場人物
野村望東尼..歌人、勤王家、筑前国福岡藩黒田家家臣・浦野重右衛門勝幸の娘
北岡勇平..岡藩黒田家徒罪方
高杉晋作(谷梅之助)..長門国長州藩毛利家家臣
おうの..高杉晋作の妾
対岸まで
身分違いとは知りつつ、武家の高林勘七郎とおつがは、何時しか惹かれ合う仲になっていた。蓮月尼に相談をすると、2人にと手ずからの歌を彫った湯飲みをくれたのだった。
ある日、蓮月尼に住まいに押し込みが入る。だが、その押し込みは間もなく毒により命を落とすのだった。毒入りと思われるはったい粉は、湯飲みの礼に勘七郎が届けたものであった。
やがて勘七郎は姿を消し、おつがは兼ねてよりの縁組みを受け入れ嫁ぎ2年。
西賀茂村に隠棲する蓮月尼が、若い男と祖母と孫のように暮らしていたと知る。それは追っ手から逃れた勘七郎であったも、隠遁先を知られ再び姿を消したのだった。
おつがが次に勘七郎に出会ったのは、惨たらしい勘七郎の遺骸であった。
自分の歌を彫り込んだ、陶器蓮月焼で知られる蓮月尼が静かに見守る中、おつがの狂おしい恋心を描いている。
蓮月尼暗殺者に向けられた刺客なのか、高林勘七郎の正体は最期まで不明でであるが、実直な人柄と、正義への苦悶などを見事に表現している。
主要登場人物
おつが..京聖護院村植木屋の娘
高林勘七郎..郷士の三男、河原町町医者・頌庵の弟子
蓮月尼..京都知恩院の寺侍大田垣光古の養女、聖護院村の陶芸師
待ちわびた人
赤穂浪士の討入りにより、御家断絶となった吉良家の家臣の娘・佳江は、両親を失い、ひとり茶店の女将となり、行く方知れずになった村山甚五右衛門を待ち続けている。
そこに、討入りに参加した四十七士のひとりである中村正辰勘助の遺児が、伊豆大島から赦免になるため、出迎えに来た白河在の男が立ち寄った。
流刑先の諏訪高島城で若き命を散らした吉良家当主・左兵衛義周と同じ年頃の遺児が無事帰還するとあって佳江は穏やかではないと同時に、もしや甚五右衛門が、その命を狙うのではないかと不安が過る。
案の定、甚五右衛門らしき男の姿があったが、仙桂尼のとりなしで、事なきを得たと聞き安堵したが、甚五右衛門の残した絵馬を手にした時、待つだけではなく彼を追う決意を固める。
運命に翻弄されながらも、希望を捨てず逞しく生きる女の姿を描いている。物語のキーである仙桂尼と村山甚五右衛門は語りのみの登場だが、存在は大きい。
静かな流れの話ではあるが、鼻の奥が痛くなる感銘の残る作品である。
個人的に村山甚五右衛門をに関しては山吉新八郎、新貝弥七郎と共に上杉から吉良家に入った義周の近習として、討入り後がほかの2人に反してあやふやなので尚更、また目から鱗であった。
因に山吉新八郎は、ここで描かれている通り左兵衛義周を看取り、越後上杉藩に戻り生涯を閉じた。新貝弥七郎は赤穂浪士の討入りによって討ち死に。
主要登場人物
佳江..下谷稲荷町門前町・茶店の女将、旧吉良家家臣の娘
仙桂尼..下谷稲荷町宗源寺の庵住
村山甚五右衛門..旧高家肝煎吉良家当主・左兵衛義周の近習(出羽米沢藩上杉家から)
白河在の男
中村忠三郎..播磨国旧赤穂藩浅野家・祐筆兼馬廻役・中村正辰勘助の嫡男
おもいあまりて
心通わぬ夫との暮らしの中で出会った、旅の俳諧師・湖白に惹かれるなみは、共に婚家を出奔する。
そして幾年月が流れ、故郷にほど近い直方で尼僧として暮らしていたなみだったが、一度で良い、故郷を見て、祖先の墓前に手を併せてからみまかりたいといった思いで、縁者のまんに伴われ、数十年振りに筑後川を渡り故郷の大地に立つのだった。
そこで、見覚えのある着物を着た、童女・なみに出会う。童女の後を追うと、そこには鬼籍に入った筈の湖白後ろ姿が…。なみが目を覚ました時には、童女の幻影も消え果てていた。それは夢か幻か…。
収録中、唯一のシュールな作品である。瞬時には、不仲の夫との恵まれない生活を余儀なくされていた女が、真実の恋を知るといった単純な話にも読み取れるが、その中に含まれたメッセージは深いものがあり、それを理解するのは難解であり、読み手の人生経験も試されるだろう。
主要登場人物
諸九尼(なみ)..筑後唐島庄屋・松永家の娘→万右衛門の妻→筑前国直方在の尼僧・俳諧師
まん..湖白の甥の娘(実はなみと万右衛門の実子)
湖白(浮風)..俳諧師、松尾芭蕉の弟子・志太野坡の門人、元筑前福岡藩黒田家書記役
ゑん女..志太野坡の門人、なみの近所の女房
万右衛門..筑後川南方・庄屋、なみの元夫
鬼となりても
美しい尼僧・志燕尼と恋に落ちた木綿屋庄左衛門こと東瓦が、彼女の切なくも悲しい生涯を語る。
妾の子として産まれた志燕尼こと志えんは、旦那に死なれ放浪を繰り返す母と2人、各地を転々としながら生きてきたが、常に母を脅かしながらも追い回す男を、ついに自らの手にかけてしまった。後に、その男こそ、実父であると知った志えんは若くして髪を下ろす。
だが、男は未だ死んではおらず、志えんが実の子と知り、自ら入水したのだった。
東瓦と知り合うことで、俳句を通し心を通わせ穏やかな晩年を迎えたであろう志燕尼の後半生の物語であるが、出家までの経緯とは裏腹に、なぜか作者の意図が読み取り難い。
主要登場人物
志燕尼(志えん)..糸海社の門人、有岡の酒問屋の庶子
木綿屋庄左衛門(東瓦)..摂津伊丹野田村大醸造家の隠居、俳諧・糸海社の師
辛夷の花がほころぶように
おあんは、故郷の讃岐丸亀から逃げるようにして瀬戸内海を渡ったのだった。そして灘屋で賄い方の女中として働くことができ束の間の安堵感を抱いていた矢先、丸亀藩の役人が灘屋に逗留することになった。そして、役人と共にやって来た水夫に見付けられ、過去の殺人を脅される。灘屋から逃げた先は、隣の禅寺。そこの国師によって尼僧の貞閑尼に預けられるのだった。
やがて、件の丸亀の水夫が、あおんに連れなくされた腹いせに、おあんに思いを寄せる東太に盗みの罪を被せたと知る。どうにかして東太を救いたいのだが、既に東太は仕置にかかったのだと知らされるのだった。
我が身を攻めるおあんであったが、ほっとする結末に胸をなで下ろす事が出来た。国師、貞閑尼の働きかけで、おあんと東太は結ばれるであろう終わり方である。
主要登場人物
おあん..播磨網干湊廻船問屋・灘屋の下女
東太..灘屋の手代
貞閑尼..不徹庵の庵主
心なりけり
福岡藩で、尊攘派弾圧の動きが強くなり、姫島へ流された望東尼は、、高杉晋作の指揮により福岡脱藩志士・藤四郎、多田荘蔵らの手引きで、下関に招かれ、勤皇の豪商・白石正一郎宅に匿われる運びとなった。
だが、望東尼が下関に着いた頃、胸の病を発症していた晋作は、病いの床に着き明日をも知れに命であった。
懸命に看病をするおうのに、妾・おうの、正妻・まさ。双方の胸中を察する望東尼は、晋作の妻子に知らせるよう進言し、渋るおうのに親子そして家族のいにしを語り聞かせる。
家族、友に見守られ晋作はみまかり、望東尼はそれを見届けると山口へと旅立つ。
思い人・北岡勇平を暗殺した藤四郎に対しても寛大な望東尼の静かな恋と、おうのの苦しい胸中、嫉妬心など激しい女心を対比しながら読み進めた。
第一章「おもしろきこともなき」の続編である。
主要登場人物
野村望東尼..歌人、勤王家、筑前国福岡藩黒田家家臣・浦野重右衛門勝幸の娘
高杉晋作(谷梅之助)..長門国長州藩毛利家家臣
おうの..高杉晋作の妾
まさ..高杉晋作の妻
良い作品に出会った。諸田氏のこれまでとは違った作風と題材に、引き出しの多さを感じ入る。そして違った一面も読み取れ、共感した。短編で、かつ重くないながらも情緒的にまた、切ない女心をここまで表現出来るのだといった、氏にとっての代表的な作品と言えるだろう。
長州弁や福岡弁などを巧みに用いているので、九州の方かと思いきや、静岡の方であった。そのプロとしての緻密さぬにも頭が下がる思いである。並びに、実存した人物の史実も忠実に織り込まれている。
派手な山場がない分、読者を引き付けさせる文章力は素晴らしく、また、シンボリックとなっている各章の美しい日本語のタイトルが胸に沁みる。カバーの挿絵がしっとしとして、内容に合っている。
ほとんどの章が、尼と俳諧の組み合わせなので、ひとつひとつ整理しないとエピソードが入り混じり、項を目繰り返すことも何度かあったが、これは当方が俳諧に疎いせいであろう。
さらりと書かれた七つの女心。そのまま読むには読み手を選ばないが、作者のメッセージを受け止めるには、若年者には難解であろうと思われる。大人の小説。
書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村