うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

吉原手引草(よしわらてびきぐさ)

2012年12月30日 | ほか作家、アンソロジーなど
松井今朝子

 2007年3月発行

 逃げ切るのは不可能とされた花の吉原で、名妓と謳われた花魁・葛城が突然失踪する。その失踪の謎を突き止めるため、ひとりの男が関係者たちに話を聞いて回る謎解きミステリー。

引手茶屋 桔梗屋内儀 お延の弁

舞鶴屋見世番 虎吉の弁

舞鶴屋番頭 源六の弁

舞鶴屋抱え番頭新造 袖菊の弁

伊丹屋繁斎の弁

信濃屋茂兵衛の弁

舞鶴屋遣手 お辰の弁

仙禽楼 舞鶴屋庄右衛門の弁

舞鶴屋床廻し 定七の弁

幇間 桜川阿善の弁

女芸者 大黒屋鶴次の弁

柳橋船宿 鶴清抱え船頭 富五郎の弁

指切り屋 お種の弁

女衒 地蔵の伝蔵の弁

小千谷縮問屋 西之屋甚四郎の弁

蔵前札差 田之倉屋平十郎の弁

詭弁 弄弁 嘘も方便  長編

 身請けを控え、幸せの絶頂にあった筈の、吉原の大籬・舞鶴屋抱えの花魁・葛城が煙のように消え失せた事は、周知の事実であった。だが、当時、廓の法度どうりに葛城に追っ手は掛らず、事は有耶無耶にされていた。
 その謎を解き明かすべく、ひとりの男が関係者の固く鎖された口を訪ね歩く。
 葛城の人となりに関しては滑らかな舌も、ひとたび事件の確信に触れようとすると、のらりくらりとはぐらかされながらも、一歩一歩確信に近付くのだった。
 そして、事件の真相は、葛城の生い立ちを含めた意外なものだった。

 表題の「吉原手引草」に惹かれて手に取った。そう、吉原の作法や成り立ち、風習などを知りたいと思ったからである。恥ずかしながら、著者の名前も、第137回直木賞受賞作ということも知らなかった。
 まずは、引手茶屋桔梗屋内儀・お延の一人称で頁は進む。そして舞鶴屋見世番・虎吉、舞鶴屋番頭・源六……と、延々と一人称の文章で進行するのだ。
 その間、主役と思われる聞き込みの男の正体は全く明かされないばかりか、一体何が起きたのか、葛城という花魁はどうしたのかと、知る事が出来ぬままである。言うなれば、これこそがミステリーの神髄であろう。
 正直、推理小説、かつ一人称の文章の苦手な当方には、中だるみもあったが、当初の目的である吉原の作法や成り立ち、風習などの面においては、登場人物の話の中に、実に緻密に織り込まれており、吉原手引書としては申し分ない。
 だが、読み進めて行くと、ぞっとするような作者の計算を思い知る事になる。
 ひとり、またひとりと証言が進む度に、グルリと取り囲んだ捕縛がジリジリと間合いを詰めて行くような。縺れた糸がひとつ、ひとつ解けていくような。そんな緊張感がある。
 そして最後まで語りの上での登場だった葛城に関しては、その後は明かされず、探索をする謎の男に関しては、読者の想像力を仰ぐといった形で、十返舎一九ではないかと思わせている。戯作の題材にといった名目も次第に明かされるが、実は目付手下としての探索だった事が最後の最後に明らかにされるのだが、十返舎一九であれば、駿府の町奉行同心の子として生まれ、江戸で武家奉公をした史実からも頷ける。
 こうした細部にまで拘ったクオリティの高さは随所に現れている。読み終えて、作者の並みならぬ底力に感服した。

 ※主要登場人物は、目次の人物と同一


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おすず~信太郎人情始末帖~

2012年12月24日 | 杉本章子
 2001年9月発行

 呉服太物店美濃屋の総領息子でありながら、年上の後家・ぬいと割りない仲となり内証勘当の身となった信太郎。河原崎座の大札の下で働きながら、岡っ引きさながらの推理と智恵で難事件を解き明かす。人情始末帖シリーズ第1弾。

おすず
屋根船のなか
かくし子
黒札の女
差しがね 計5編の短編連作集

おすず
 横山町・呉服太物問店槌屋幸七の店が盗賊に襲われ、婚礼を控えた娘のすずは、辱めを受け自害して果てた。知らせを受けた信太郎は、己の身勝手からすずとの婚儀を保護にした己に自責の念に駆られ、元許嫁のすずへの悔恨を胸に盗賊探しを始める。

屋根船のなか
 浅草を流れる大川に浮かぶ屋形船の中で、男女の死骸が上がる。姿を眩ませた船頭は、千歳屋の女中・おさとの父親の常松であると言う。常松の行方を探す奉行所に嫌疑を掛けられた千歳屋と、父親の無実を信じるおさとの為に、信太郎は事件に絡んでいく。

かくし子
 おぬいの元に、死んだ亭主宇之助の忘れ形見だという子を連れて訪ったさよという女。孝吉を引き取るか、証拠の書付を500両で買い取って欲しいと告げる。
 新手の強請ではないかと、信太郎は真偽を確かめる為、奔走する。

黒札の女
 河原崎座を出たところで信太郎は、今津屋の内儀・お甲を呼び出して欲しいと、お店者風の男から黒札料を押し付けられた。だが、その男の紙入れがお店者にしては上等過ぎることに不信を抱く。
 程なくして、お甲が何者かに殺害され、探索の目がほかに向けられる中、信太郎は件のお店者風の男を怪しいと睨むのだが…。

差しがね
 おすずの一周忌から程なくして、信太郎は何者かに半殺しの目に合わされた。男たちの口調から信太郎への遺恨があってのことらしいのだが、心当たりはない。更には千歳屋への嫌がらせ、そしてぬいのひとり息子・千代太が勾引されるといった凶事が続く。

 名前の上がる登場人物が多く、また時代小説の常だが名が似通っているので、人物を追うのに難義するのと、当方が、芝居そのものに疎い為に、話に出て来る芝居の演目への説明が、脇道に反れていくような気がして、些か読み下すのに手間が掛かった。
 だが、「黒札の女」、「差しがね」と進むと、信太郎の切ない思いや葛藤などが如実に描かれ、人の性や切なさが募る。
 杉本氏の作品は、以前にアンソロジー集の中で、「かくし子」を読んだだけだが、男性的なタッチと、ひとつの事件に対しての背景が複雑に絡み合った謎解きとなっている点が特徴的である。玄人(本格派時代小説マニア)好みの作家と言えるだろう。

主要登場人物
 信太郎...本町呉服太物店美濃屋卯兵衛の総領息子(内証勘当中)、猿若町川原崎座の大札下働き

 千歳屋ぬい...吉原仲之町引手茶屋・千歳屋の女将、信太郎の情婦
 千代太...ぬいの連れ子 
 元吉...岡っ引き・徳次の手下、信太郎の幼馴染

 徳次...日本橋北から両国広小路縄張りの岡っ引き、中山弥一郎の小者
 彦作...千歳屋の番頭
 和助...千歳屋の男衆

 中山弥一郎...南町奉行所定町廻り同心
 久右衛門...川原崎座の大札、ぬいの叔父

 磯貝貞五郎...川原崎座の囃子方、本所石原町・御家人磯貝家の部屋住み

 小つな...柳橋の芸者、貞五郎の情婦
 美濃屋卯兵衛...信太郎の父
 おすず...横山町・呉服太物問店槌屋幸七の娘、信太郎の元許嫁
 二代目河竹新七...川原崎座の立作者



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捨て蜻蛉(とんぼ)~うぽっぽ同心十手裁き12~ 

2012年12月19日 | ほか作家、アンソロジーなど
坂岡真

 2012年3月発行

 うぽっぽ(のんきなさま。 気楽なさま)と蔑まれながらも、己の信ず道をゆく長尾勘兵衛。手柄や出世とは無縁の、法では裁けぬ人情裁き。十手にかけて真実を問う、傑作風流捕物帖、第12弾。


捨て蜻蛉(とんぼ)
すっぽんの意地
嫁喰い 計3編の連作短編集

捨て蜻蛉(とんぼ)
 若かりし頃、妻の静に櫛のひとつも贈れなかった長尾勘兵衛。質屋で鼈甲の櫛を手に入れたが、翌日になり、義母の形見なので三両で譲って欲しいと、大隅源久郎と名乗る薩州浪人が現れた。翌日、一刀のもとに斬り殺された薬種問屋の屍骸が見付かり、薩摩の剣法と勘兵衛は見る。
すっぽんの意地
 黒船町に住むから繰り職人の義右衛門は、正直者の義右衛門と称され、無償で困った人の手助けをしていた。だが、岡っ引きの銀次は、その横顔に見覚えがあるような気がしてならない。折しも大火の夜に纏持ちの竜司が、4人組の押し込みを見たと…。銀次の中に、13年前の事件と義右衛門の影が結び付く。

嫁喰い
 奉行所に、中条流を訪れた女を強請る輩がいるとの無記名の起訴状が届き、勘兵衛は大野伴朴を訪ねた。その折り見掛けた、小納戸役・菱刈市之進の妻・かがりが数日後、相対死を謀り…。調べを進めるうちに、貧乏御家人や旗本が持参金目当てに商家の娘を妻として迎え入れ、金子を手に入れると追い出す、闇のルートがある事が知れるも、黒幕に幕閣の大物の名が上がり…。

 勘兵衛と妻子の近況から始まる同シリーズ。今回は、妻に出来なかった孝行をしようとするが、図らずもそれが事件とのつながりへと進展していく。
 シリーズ最新作である本書は、これまで読んだ2冊(2冊しか読んではいない)よりも、明らかに文字数が多く、単文区切りではなく文節繋がりが増えていた。そして、シリーズ8作目の「蓑虫」と比較し、ストーリーも悲哀や切なさを加えている。9作目の「まいまいつむろ」は、その途中過程のような印象である。
 さて今作、裁きの難しさを3編で伝えながらも、正義とは何かを問うかのような題材に終始されている。複雑に絡み合う現在と過去。そして人の情を現した、ほろ苦い作品であるが、個人的には、「まいまいつむろ」の表題作の時にも感じたのだが、虐待や苛め、そして善良な人が痛みを背負うといった物語は、苦手である。それを避けては通れないならいざ知らず、どうにも敢えて…といった印象を否めないのは、「蓑虫」の明るいうぽっぽを読んでいるせいだろう。
 「まいまいつむろ」の辺りから、作風が飛躍的に情緒館を取り入れ変わっていった気がするが、やはり、明るく発展的であり、どこか中村主悦を思わせるうぽっぽの旦那であって欲しい。
 また、初期作品にはレギュラーであったと思われる銀次の手下の三平が再び登場したのは、これまで休業の訳があったのだろうか。やはりシリーズは続けて読まなければといったところか。
 最後に、徳間文庫さんの問題だが、どうして表題にシリーズの通し番号を入れないのだろう? 読者の中には、読み零しがあるかも知れないのに。
 
主要登場人物
 長尾勘兵衛...南町奉行所臨時廻り同心
 末吉鯉四郎...南町奉行所定町廻り同心、勘兵衛の義息

 綾乃...勘兵衛の娘、鯉四郎の妻

 静...勘兵衛の妻

 井上仁徳...金瘡医(町医師)、勘兵衛役宅の間借人

 銀次(すっぽんの銀次)...岡っ引き(勘兵衛の手下)、葺屋町福之湯の主

 おしま...銀次の女房
 根岸肥前守鎮衛(薊(あざみ)の隠居)...南町奉行
 門倉角左衛門...南町奉行所吟味方与力
 三平...銀次の手下






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まいまいつむろ~うぽぽ同心十手裁き9~ 

2012年12月17日 | ほか作家、アンソロジーなど
坂岡真

 2010年6月発行

 うぽっぽ(のんきなさま。 気楽なさま)と蔑まれながらも、己の信ず道をゆく長尾勘兵衛。手柄や出世とは無縁の、法では裁けぬ人情裁き。十手にかけて真実を問う、傑作風流捕物帖、第9弾。

冥土(めいど)の鳥
夜鰹(よがつお)
まいまいつむろ 計3編の連作短編集

冥土(めいど)の鳥
 伝説の掏摸と呼ばれる初音の仙蔵が、掏った財布の中に入っていた沽券を持ち主に戻そうとして、何者かに殺害された。「仇を討つ」と飛び出した息子の仙吉の姿は失せ、2本の指が送られて来た。件の沽券に関わりがあると睨んだ長尾勘兵衛は、絡繰りを暴くために奔走する。

夜鰹(よがつお)
 金貸しの浜庄こと庄兵衛が、押し込みの咎で牢送りとなった。彼の人柄を知る勘兵衛は、真実を突き止めようとするが、そこには大掛かりな奉行所を巻き込んだ陰謀と、若き同心・柏木兵馬が手柄を焦る余り、その渦に巻き込まれようとしているのだった。

まいまいつむろ
 水戸藩士と思われる侍が立て続けに変死を遂げた。しかも、一様に匂い袋を袖に忍ばせている。匂い袋を手掛かりに調べを進めて行くと、殺された侍たちによる壮絶な苛めの実態が浮かび上がり、そこに幇間・夢太郎の陰があった。

 末吉鯉四郎と綾乃の間に娘・綾が産まれ、勘兵衛がひと時の幸せを噛み締める、雛祭りのシーンから物語は始まる。
 坂岡氏の作品は、同シリーズ「蓑虫」に続いてまだ2作目だが、前作よりもかなり胸が熱くなった。「冥土の鳥」での仙蔵の機転。並びに、勘兵衛が下手人を追い詰め、その下腹に脇差しを突き立て、「抜けば楽に死ねるであろう。抜かねば命を長らえることはできるが、三日と経たずに斬首の沙汰が下されよう…」。と迫る件(くだり)は、ぞくりと痺れた。
 そして、「夜鰹」の浜庄と、それを救おうと奔走する勘兵衛の侠気。こちらもまた、痺れる話であった。
 ここまで読んで、前作を遥かに上回る深みのある人間模様に、ふっと息を洩らしたものだが、最終章の「まいまいつむろ」が、これまた壮絶。殺されて当然の者であっても下手人は裁かなければならない。それが例え善人であっても。そんな勘兵衛の血の涙を感じ入った一編であった。
 「蓑虫」は爽やかなイメージの終わり方だったが、今回は相反し、切なさや慈愛が琴線に触れる話であった。
 また、未だ山場に入ると、脚本的にト書き一行、台詞一行が見られるが、前号よりも紙面の白の部分が少なく感じられた。

主要登場人物
 長尾勘兵衛...南町奉行所臨時廻り同心
 末吉鯉四郎...南町奉行所定町廻り同心、勘兵衛の義息
 綾乃...勘兵衛の娘、鯉四郎の妻
 静...勘兵衛の妻
 井上仁徳...金瘡医(町医師)、勘兵衛役宅の間借人
 銀次(すっぽんの銀次)...岡っ引き(勘兵衛の手下)、葺屋町福之湯の主
 門倉角左衛門...南町奉行所吟味方与力
 柏木兵馬...南町奉行所定町廻り同心 




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蓑虫~うぽっぽ同心十手裁き8~

2012年12月16日 | ほか作家、アンソロジーなど
坂岡真

 2009年9月発行  

 うぽっぽ(のんきなさま。 気楽なさま)と蔑まれながらも、己の信ず道をゆく長尾勘兵衛。手柄や出世とは無縁の、法では裁けぬ人情裁き。十手にかけて真実を問う、傑作風流捕物帖、第8弾。
 
降りみ振らずみ
れんげ胆
蓑虫 計3編の連作短編集 

降りみ振らずみ
 一家皆殺しの強盗団に襲われ、唯一生き残った小女の証言から「青い手」をした男が浮かび上がった。だが、程なくして、件の男と思われる遺骸が上がる。おかしな事に下手人は証拠となる品を残していた。調べを進める長尾勘兵衛は、7年前の事件に行き当たり…。

れんげ胆
 馬喰町の公事宿・対馬屋に、飢饉に喘ぐ出羽の庄屋、百姓が窮状を訴えるべく待機していた。そんな最中、慈悲深さで知られる対馬屋の主・惣八が辻斬りに遭い命を落とす。辻斬りが口ずさんでいた子守唄を頼りに、勘兵衛は、百姓たちの在所の領主・佐竹家と辻斬りのつながりを探る。

蓑虫
 左の薬指のない壷師が骸で発見された。見覚えのあ顔ながら、何処の誰か思い出せない勘兵衛は、7年前、吟味方から閑職の書庫整理に回された、「蓑虫」と呼ばれる簑田源十郎に過去の記録を訊ねるが、次第に事件は7年前に簑田家に起きた禍と重なり、奉行所をも巻き込んだ大掛かりな抜け荷が明らかになる。

 シリーズ途中から読み始めたので、長尾勘兵衛の抱える悲哀が分からないが、大筋としては、妻の静が乳飲み子の綾乃を残し、謎の失踪を果たす。
 そして20余年振りに、ふいに戻ってきたが、記憶を失っていた。勘兵衛は事情を探らずに迎え入れ、1年半。定町廻り同心・鯉四郎に嫁いだ綾乃の腹に孫が宿る。更に、この20年余りの間に、勘兵衛が心を許した新川河岸の料理屋・浮瀬の女将・おふうもこの世にはいない。
 と、これが勘兵衛のシリーズ7作までの背景になっている。
 坂岡氏の作品は初めて読ませて頂いたが、ところとして、文章が一行区切りになり、脚本的であるというのが第一印象である。進行を急いでいるかのようで多少の忙しなさを感じざるを得ないが、だが各章の終わりの一行に、次の章へ繋がる行動や風景描写が描かれるが、たとえば「れんげ胆」の三章の終わりは、「暗い川には、刃物のような付きが泳いでいた。」十三章は、「勘兵衛は、満月に感謝した。」など、最後の一行の冴えは、それこそ、刃物のようである。
 また、物語を読み進めると、何故に勘兵衛が手柄を上げられないのかが、如実に理解できる。それは、御政道の定めた法の矛盾から彼は目を反らさない為である。
 切なく悲しい出来事。理不尽さに、勘兵衛自身が誰よりも親身になり痛みを感じることにより、物語は発展的な結末に締められている。
 収録3編中、「蓑虫」の簑田源十郎の話は胸に沁み入る話であった。

主要登場人物
 長尾勘兵衛...南町奉行所臨時廻り同心
 末吉鯉四郎...南町奉行所定町廻り同心、勘兵衛の義息

 綾乃...勘兵衛の娘、鯉四郎の妻

 静...勘兵衛の妻

 井上仁徳...金瘡医(町医師)、勘兵衛役宅の間借人

 銀次(すっぽんの銀次)...岡っ引き(勘兵衛の手下)、葺屋町福之湯の主

 おしま...銀次の女房
 根岸肥前守鎮衛(薊(あざみ)の隠居)...南町奉行
 宍戸馨之介...南町奉行所定町廻り同心

 文七(びんぞりの文七)...岡っ引き(馨之介の手下)


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奇妙な刺客~祇園社神灯事件簿~

2012年12月15日 | 澤田ふじ子
 2000年3月発行

 公家の庶子として生まれた植松頼助が、祇園社の神灯目付役として境内や町の警護に務めながら、京の町を騒がす奇妙で不思議な事件を紐解くシリーズ第1弾。

八坂の狐
おけらの火
花籠の絵
奇妙な刺客 計4編の短編連作

八坂の狐
 見回り中に薬師堂の前で、狐のお面をつけた十歳ぐらいの子ども・吉松を捕まえた頼助。問い質すと、母親に命じられ、賽銭泥棒を。折しも吉松の母親の情夫が、勾引しを企んでいると知り…。

おけらの火
 暖簾分けを楽しみにしていた炭屋丹波屋の手代・源助が、何者かに脅されていた。更におけら詣りの夜、丹波屋から火の手が上がり、源助が焼死体で発見される。

花籠の絵
 絵師・円山応挙と知合った頼助。その場に居合わせた聡明な弟子の宗五郎が、船荷場で人足として働いている。問い質せば、兄弟子たちの苛めで、応挙の元を去ったのだと。だが、兄弟子たちの執拗な嫌がらせが。 

奇妙な刺客
 祇園祭り宵山(屏風まつり)にて披露される、大雲院の竹林虎図屏風から竹や虎の絵が年々消えているとの風評が立った。そこで下男働きをしている仲蔵が、妖術を使っているのではないか…。

 父親・植松雅久の正室が放った刺客・村国惣十郎をの目を潰したが故、その後、共に暮らし面倒を見ている頼助。故あって祇園社神灯目付の職に就いたところから物語は始まる。
 収録された4つのエピソードは、児童虐待、嫉妬、職場の苛めといった現代にも通じるテーマに、理不尽な裁きを腹に据えかねた男の復讐なのだが、この最後の話には落ちがある。
 嫌な後味を残さず、呆気なく爽やかな結末が、澤田氏の持ち味なのだが、「おけらの火」に関しては、手代の焼身自殺といった何時にない悲哀が感じられた。
 一過性の登場人物まで、名前は元より背景までも書いているので物語がややこしく、また物語の性質上、歴史的説明も多用されており、読者によってはやや難解に感じられるかもしれないが、リアリティを追求すつ作者の意図と作家魂としてであろう。
 頼助の動きに集中していれば、然程難解に感じることははなく読み進められる。
 京都の歴史を知る上でも、今後も読みたいシリーズだ。

主要登場人物
 植松頼助...祇園社神灯目付(犬神人=下級神職)、従三位・植松雅久(=幽水 華道松月堂古流家元)の庶子
 村国惣十郎...元出石藩納戸役
 うず女...祇園南楼門前東・料理茶屋中村屋の娘
 中村屋重郎兵衛...料理茶屋の主、うず女の父親
 五十緒...うず女の母親
 修平...三条堀川川魚屋修行中、うず女の弟
 孫市...祇園社神灯目付(犬神人=下級神職)
 吉松...団栗辻子の長屋の店子→車宿生田屋の奉公人
 大和内蔵亮...祇園社正禰宜
 安蔵...祇園社雑色小頭
 於稲...惣十郎の妻
 喜平太...惣十郎の嫡男



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鬼あざみ

2012年12月14日 | 諸田玲子
 2003年6月発行

 厄介者として家族にも疎まれ続けたおもんが、鬱屈とした人生をリセットすべく江戸に出るが、途中、小塚原に晒された、時の大盗人・葵小僧の首に魅せられ、悪の道へと突き進む。

第一部 悪女
第二部 盗人 長編

 在所の八丁目村で、変わり者として嫌悪されていたおもん。祖父の与助との大喧嘩の末、江戸の叔母を頼り出奔。
 老舗の艾(もぐさ)問屋加治屋の内儀に収まっていた叔母を毒殺し、その地位を手に入れるが、次第に主・惣兵衛は罪悪感からおもんの本性を知るところとなり、おもんは手に入れた全てを失うこととなる。
 おもん絡みで入れ墨者となった、元加治屋の丁稚・清吉と、八王子で炭焼をしながら平穏な生活を送るが、おもんの中に次第に芽生える悪への道。清吉を促し、荒稼ぎ、盗人としての道を歩み出す。
 「第一部 悪女」は、おもんが毒婦となる過程を、「第二部 盗人」では、おもんの情夫・清吉が、鬼坊主の首領となり、そして破滅までを。葵小僧の首をシンボリックに描きながら、どこかでかけ違えたひとりの女の半生を描いている。

 鬼坊主一味が盗人として、市井を騒がす内容と思いきや、人が悪へ手を染めるまでの何故を綴った物語であった。
 読み手によって、捉え方が違ってくるおもんの半生。それを自然の成り行きと捕捉えるか、それとも性、弱さ、環境、出会い…と捉えるかで、物語の解釈も違い、彼女への思い入れも変わると思える描き方になっている。
 埋まる事のない寂しさを心に抱えながら、漂うように生きる男女を、恵まれてたおやかに育った伊奈木祐之助と比較する事で、より鮮明な悲哀を出している。
 敢えて現実的に読むなら、やはりおもんのような女には、傍に居て欲しくないと思うと同時に、彼女に出会わなければ清吉も平穏な生涯を送れただろうと思う反面、世の中の底辺で人に顧みられない生き様よりも、太く逞しい生き方を選んだとも言えるだろう。
 大掛かりな出来事や、犯罪よりも、人の心の隙き間を読み取る作品に思えた。
 重いテーマであった。

主要登場人物
 おもん...八丁目村の百姓娘→加治屋惣兵衛の後妻→清吉の情婦→盗人鬼坊主一味
 清吉...加治屋の丁稚→八王子の炭焼→盗人鬼坊主一味の首領
 三吉(吉五郎)...盗人鬼坊主一味
 粂次郎(左官粂)...元左官職人→盗人鬼坊主一味
 治平...八王子の炭焼→盗人鬼坊主一味
 杵次郎...治平の息子→盗人鬼坊主一味
 加治屋惣兵衛...中ノ橋艾(もぐさ)問屋の主
 おきみ...惣兵衛の後妻、おもんの叔母
 伊奈木祐之助...御先手弓組、火付盗賊改召捕回り方同心(加役)
 小田切土佐守直年...北町奉行
 上野早太郎...北町奉行所定町廻り同心
 文蔵...岡っ引き



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鷺の墓

2012年12月12日 | ほか作家、アンソロジーなど
今井絵美子

 2005年6月発行

 瀬戸内の小藩である瀬戸藩(架空)の下級武士たちの悲哀を綴った短編連作集。

鷺の墓
空豆
無花果、朝露に濡れて
秋の食客
逃げ水 計5編の連作短編集

鷺の墓
 無外流免許皆伝の腕を買われ、藩主・松之助の警護の任務を命じらた保坂市之進だったが、そこで向けられる好奇な眼。そして次第に明らかになる実父の切腹と実母の謎。
 実母が藩主の側室に上がり、実父は腹を斬って果てる。どこかで読んだ。心当たりが…。よもや同じ本を手にしてしまったのか…。
 同氏著の「花あらし」収録の一編「椿落つ」だった。しかも「椿落つ」以前の保坂市之進の物語である。

主要登場人物
 保坂市之進...瀬戸藩馬廻り組
 保坂槇乃...市之進の祖母

空豆
 妻の路江亡き後、来栖又造の面倒を見てくれていた姪の芙岐が、副島琢磨の息子から弄ばれて妊娠しの果て自害した。意を決した又造は、姪の恨みを果たすことを決心する。
 収録作品中、一番心に残る物語であった。来栖又造のただ謝罪をといった一縷の望みも、軽輩者として無下にされてしまう、やり場のない碇。怒りや恨みを晴らすには一死を掛けるしかない悲しい結末に心打たれた。
 その風貌から「空豆」と誹られながらも、鷹揚な人柄の又造。こういった実直で大きな人間を無下にする社会は今も昔も変わらずといったところか。

主要登場人物
 来栖又造...瀬戸藩勘定方
 芙岐...又造の姪(又造の妻・路江の姉の娘)
 副島琢磨...瀬戸藩藩奏者番

無花果、朝露に濡れて
 牛尾家に後妻に入った宇乃は、仕立て仕事で家計を助けながらも平穏に暮らしていたが、夫・爽太郎が役目上の叱責から古文書図書方から郡方検見下役へ役替になり録も減らされてしまう。諸事から金策のに走るが、それは罠であった。
 大方の女流時代小説作家の手に掛かれば、宇乃は騙されにっちもさっちもいかなくなり、家庭崩壊。もしくは自害が妥当なストーリーながら、若かりし頃思いを馳せた保坂彦四郎を登場させ、人生のきびを思い出の中で切なく語り、現状は前向きな明日へと向かい爽やかに終わらせている。

主要登場人物
 牛尾宇乃...爽太郎の後妻
 保坂彦四郎...部屋住、保坂市之進(「鷺の墓」)の叔父
 牛尾爽太郎...瀬戸藩郡方検見下役
 牛尾幾之進...爽太郎の嫡男、宇乃の義理の息子
 牛尾惣太...爽太郎の次男、宇乃の実子

秋の食客
 念願の勘定方下役に役目換えとなった祖江田藤吾の拝領屋敷(「空豆」の来栖又造の屋敷後)に、藤吾の亡き父・藤兵衛を頼り、仕官の道を探さす浪人・高尾源太夫が訪った。だが、のらりくらりと日々を過ごし…源太夫の狙いは藩の重鎮・副島琢磨にあった。
 「空豆」での来栖又造のその後がこの章で口づてに語られる。大方の予想通りではあったが、「空豆」を暗く終わらせず、ここで結末をはっきりと伝え、かつ副島琢磨への決着を付けた。
 この章では、風体怪しい浪人者の高尾源太夫の不可解な行動が主軸であり、最後までその正体が明らかでないことから、今井氏の後の短編作品にも登場しそうな予感がした。

主要登場人物
 祖江田藤吾...瀬戸藩勘定方下役
 祖江田瑠璃...藤吾の妻
 高尾源太夫...大垣藩浪人

逃げ水
 保坂市之進の幼馴染みであった野枝が、嫁ぎ先から離縁され、実家に戻ってきた。訳は市之進の実母と同じく、政治の道具として藩主に献上される為、夫の孫右衛門が野枝を逃したのだ。次第に野枝に惹かれる市之進だったが…。一方、叔父の彦四郎(「無花果、朝露に濡れて」)は武士を捨てる覚悟を固める。
 締め括りは、第一話「鷺の墓」から数年後である。市之進の恋心と、決断。人生とは平穏に穏便にやり過ごしていれば、収まる所に収まるのではないか。案外見直なところに幸せはある。
 西国の小藩で分相応に、たおやかに生きて行こうとする静かな終焉である。

主要登場人物
 保坂市之進...瀬戸藩馬廻り下役(「鷺の墓」同一人物)
 犬塚野枝...備中松山藩御弓方組頭・吉田孫右衛門の元妻、瀬戸藩剣見方下役・犬塚家の娘
 犬塚力弥...孫右衛門・野枝の嫡男
 保坂槇乃...市之進の祖母
 保坂彦四郎...部屋住、保坂市之進の叔父

 実際に有り得たであろう、藩内の政治争いに、巻き込まれた下級藩士たちを描いた、連作となっている。激しさはないが、しっとりとした人間模様が描かれている。
 藤沢周平氏の庄内藩、海坂藩(うなさかはん)物を彷彿とさせると、各コメント等に記されている小藩の下級武士の日常物語である。





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けさくしゃ

2012年12月10日 | 畠中恵
 2012年11月

 腕っぷしは弱いが、趣味人としてたいそう名高い粋な、旗本の殿様・高屋彦四郎が、強欲だが目利きな版元・山青堂山崎平八に乗せられ、ついつい戯作を手掛けた事で、身に降り掛かった難題を、戯作仕立てで謎を解く新感覚時代ミステリー。

戯作の序 これより、始まり、始まり、となりまする
戯作の一 運命の者、歩いて玄関よりいたる
戯作の二 世の中、義理と付き合いが、山とありまして
戯作の三 羨ましきは、売れっ子という名
戯作の四 難義と困りごとと馬鹿騒ぎ
戯作の五 いや、恐ろしき
戯作の六 明日が知れぬ世であれば
戯作の終 これにて終わりますると、ご挨拶申し上げ 計6編の短編連作

戯作の一 運命の者、歩いて玄関よりいたる
 狂歌連で披露した話が、版元・山青堂山崎平八の目にとまり、戯作を書かないかと申し込まれるが、時を同じくして、山青堂手代の長介が、将来を誓い合ったお仙という娘に、団子屋を開くための金子を預けたと聞いて…。

戯作の二 世の中、義理と付き合いが、山とありまして
 彦四郎が説いたお仙、孝三、長介の恋の顛末を、山青堂が勝手に描いて狂歌連に持ち込んだが、評判は芳しくないと聞き、彦四郎の戯作魂に火が付いた。ついに「恋不思議江戸紫」として読本の世界に飛び込むはめに。

戯作の三 羨ましきは、売れっ子という名
 市井で大ベストセラーの「御江戸出世物語」を夫婦で楽しみに読んでいた彦四郎だったが、決して正体を現さないその戯作者が、あろうことか、妻の勝子であると風評が立ち、愛妻の危機とばかりに彦四郎は正体を突き止めようと…。
 
戯作の四 難義と困りごとと馬鹿騒ぎ
 彦四郎の戯作「恋不思議江戸紫」が、重版(海賊版)だと、大坂の版元・一角屋から訴えられた。一方桂堂は、身に覚えのない娘のことで末吉と名乗る男から揺すられる。

戯作の五 いや、恐ろしき
 北町同心の柳十郎兵衛の訪いで、彦四郎が湯屋で御政道を批判する戯作を語った咎があると告げられる。また、絵師の葛飾北松、桂堂、一角屋の番頭らが獄門になったと噂が立ち、大身旗本の石川伊織が不貞の輩に襲われるなど、彦四郎の回りが物騒になっていった。

戯作の六 明日が知れぬ世であれば
 売れ行きがさっぱりだった「恋不思議江戸紫」が、急に再販に次ぐ再販で、彦四郎(夏乃東雲)は、時の人となった。訳は川原崎座の芝居に掛ったことからであった。芝居小屋に脚を運んだ彦四郎、山青堂らがいる場で、看板女形の桜月が何者かに殺害され、彦四郎、山青堂に嫌疑が掛る。

 長編合巻「偐紫田舎源氏」などで知られる江戸時代後期の戯作者・柳亭種彦が、葛飾北斎画で読本「阿波之鳴門」を執筆する前(世に出る前)の、暇を持て余していた旗本の殿様だった頃が背景のフィクション小説。
 身に降り掛かる災難を、戯作にして謎を解いてくといった新しいタイプのミステリーである。
 畠中氏の物語の主人公は、病弱であったり、柔和であったり、どこか頼りなげでありながらも、頭の切れが素晴らしいといった人物が多く、スーパーヒーローではい。
 この度も、旗本の殿様で、かつ見た目は申し分ないのだが、小普請組でお役目はなく、身体も弱く、腕っ節はからっきし。そして何より愛妻家である。
 魅力的な主役の回りを固めるのは、これまた彦四郎をして言えば、「狸」の山青堂。抜け目がなくどこか寝穢く、だがそう悪い人間ではない、芯から憎めない男と、殿様に対しても遠慮のない中間・善太。
 殿様を補うべく、この善太の多彩振りが物語中盤からの山場になる。
 読み終えて、ベストセラー作家の畠中氏に対して、僭越ではあるが、「幅が広がった」と感じている。
 読み易さも入り込み易さも、相変わらずの巧さなのだが、言うなれば、これまでの読者層よりも幾分年齢高めの、時代小説ファンにも十分に楽しめる作品であった。
 謎解きも、彦四郎の戲作といった想像上で進行するのだが、それに無理もなく自然に受け入れられる。
 「しゃばけ」シリーズや「まんまこと」しりーずも勿論、畠中氏は一編だけの物語にも印象的な作品が多いのだが、残念ながら続編は描かれていない。「けさくしゃ」に関しては、シリーズ化も可能な題材だと思えるのだが如何なものであろうか。

主要登場人物
 高屋彦四郎知久(夏乃東雲、柳亭種彦)...小普請組旗本、戯作者
 勝子...彦四郎の妻
 善太(滝川善治郎)...高屋家中間、徒目付
 山青堂山崎平八...地本問屋の主
 長介...山青堂の手代
 桂堂...地本問屋の主
 石川伊織...大身旗本
 直子(覆面頭巾)...伊織の妻、戯作者  



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じぶくり伝兵衛~重蔵始末(二)~

2012年12月05日 | ほか作家、アンソロジーなど
逢坂剛

 2002年9月発行 

 間宮林蔵、平山行蔵と共に文政の三蔵と呼ばれ、5度に渡る蝦夷探検。そして、札幌発展の先鞭を開いた探検・開拓者の近藤重蔵守重(実在の人物)。彼が火付盗賊改方与力だったの若かりし頃の活躍を描いたフィンクション小説・シリーズ第2弾。

第一話 吉岡佐市の面目
第二話 吹上繚乱(ふきあげりょうらん)
第三話 じぶくり伝兵衛
第四話 火札小僧(ひのふだこぞう)
第五話 星買い六助 計5編の短編連作

第一話 吉岡佐市の面目
 武士が町人に溝川に突き落とされるのを目撃した橋場余一郎と根岸団平。件の武士は、御先手鉄砲組の吉岡佐市であり、馬庭念流の遣い手。近藤重蔵は、訝しいと怪しむのだった。

第二話 吹上繚乱(ふきあげりょうらん)
 はりまにて、柔術自慢の信州岩田藩の村尾主水が、鬼ヶ嶽谷右衛門に勝負を挑んできた。主水の無礼な態度に、重蔵は彼を遣り込めてしまう。そして、迎えた上覧角力の場で…。

第三話 じぶくり伝兵衛
 浪人風の男と願人坊主が、派手なやり合いをした後、そこここの店から、商品が失せていた。時を前後して、別の町内でも、人目を引くおかしな騒ぎが続き、押し込みへと発展する。

第四話 火札小僧(ひのふだこぞう)
 寛政三年年末に、門戸に放火を予告する脅し文を貼付ける、火札小僧が出現し、火付盗賊改は昼夜の見廻りで元旦を迎えた。重蔵は、その火札が林子平の「海国兵談」からの引用であると紐解く。

第五話 星買い六助
 神田明神の勧進角力にて、番狂わせで鬼ヶ嶽谷右衛門が負けた。重蔵はそれが談合であると見抜くと、鬼ヶ嶽に訳を尋ねた。すると、妹の恩返しのためであったと、鬼ヶ嶽は込入った事情を話し出す。

 前作で、一片の登場人物と思われた鬼ヶ嶽谷右衛門が、レギュラーとして重要なポジションを担っていたのが今回の特徴であった。逢坂氏は相撲にもかなり精通しておられるようだ。
 はりまの為吉が元力士だった事も、今回知ったが、四股名が播磨灘である事から、はりまの屋号はそこからきているのは必須。第1弾では、読み飛ばしてしまったのだろうか。
 事件へのとっかかりは、やはり余一郎と団平であり、余一郎視線で進行するが、重蔵の着眼点が前作よりも深く、複雑になっているのも特徴的。
 加えて、重蔵の人物像が、更に難しく掴み難くなったが、悪意味ではなく、実存のそれに近付けたのではないかと思える。
 私的には、重蔵始め、登場人物のキャラ(印象)が浅いように感じる中、くちなわの弥七には、魅力を感じた。

主要登場人物
 近藤重蔵...御先手鉄砲組・火付盗賊改召捕回り方(加役)与力、白山義学塾塾長
 根岸団平...近藤家若党
 橋場余一郎...御先手鉄砲組・火付盗賊改召捕回り方(加役)同心
 松平左金吾定寅...御先手鉄砲組・火付盗賊改方(加役)組頭
 音若...手込水道町・常磐津の師匠
 為吉...本郷元町三念寺門前・一膳飯屋はりまの主、元力士・播磨灘沖右衛門
 えん...はりまの女将、為吉の女房
 鬼ヶ獄谷右衛門...山碇部屋力士
 青柳隼人...南町奉行所定町廻り同心
 くちなわの弥七...岡っ引き(青柳隼人の手下)


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相棒同心 左近と伸吾~はつもの食い~

2012年12月03日 | ほか作家、アンソロジーなど
楠木誠一郎

 2010年5月発行

 極端な潔癖性で、人の都合など何処吹く風の何処までも我が道を行く、奉行所内でも名うての変わり者・鞠小路左近。そんな左近に振り回されながらも、事件の糸口を学んでいく大江伸吾の捕物帳シリーズ第一弾。

第一話 はつもの食い
第二話 下(くだ)り酒
第三話 二八蕎麦(にはちそば) 計3編の短編連作

第一話 はつもの食い
 初物を持ち合う「初物会」において、うなぎ屋の主・川柾徳兵衛が毒殺された。料理に毒を仕込んだのは、料亭・万亀楼の者なのか、または「初物会」の顔見知りの誰かなのか…。

第二話 下(くだ)り酒
 霊岸島の酒問屋・灘屋伍兵衛が、蔵を見に行くと言った切り、行く方知れずとなった。早々に蔵を見聞した左近は、酒樽を引き摺ったような跡に目を留める。

第三話 二八蕎麦(にはちそば)
 蕎麦屋の屋台が燃えているところに出会した左近と伸吾。急ぎ消火を指示し小火で済んだのだが、その後続けざまに蕎麦屋の屋台への火付けが起こり、ついには殺しまで。元同輩の定町廻り・荻島慶四郎と手を組む左近だったが。

 この左近という人物キャラが、言葉遣いは慇懃で、潔癖にも程があるといった神経質ぶり。加えて至ってマイペースな変わり者。だが、探索の才と剣にかけては凄腕で、人の言葉尻を聞き逃さない。最も、事件解決はこの言葉尻からきているのがほとんどなのだが…。
 一方の伸吾は、今時の(江戸当時)青年で、同心修行中の感が強い。
 ここまででお分かりだろう。「相棒」キャラの江戸・同心版。
 だからと言って非難するつもりはない。「相棒同心」と題打っているのだから。
 さて、楠木氏の作品は、初めて読ませていただいたが、文体を飾らずに事実(内容)を読ませていこうといった趣旨やも知れず、情感を大切にしたい当方には、少々物足りないのも否めず。
 だが、物語の背景に当時のセンセーショナルな出来事を置くなどしての時代説明、場所設定や、登場人物の住まい、屋号、名前などを最初に表示してからの進行が、実に分かり易い。無駄に登場人物が多くなく、本筋に関わりの無い人物の名前を列記しないところも整然としていて良い。
 時代小説は登場人物の名前が似通っていて分かり辛い、難しい表現があって困難だとお思いの御仁や、時代小説初心者には、読み易い作品だ。
 若干主要人物の設定に腑に落ちない部分もあるが、次第に気にならなくなっていくくらいに、自然なふんわりとした作品である。また、登場人物の言葉尻や態度に着目して読み進めれば、左近らと同時に謎解きが出来るのも特徴的な、謎解きミステリー小説。
 
主要登場人物
 鞠小路左近...南町奉行所臨時廻り同心
 大江伸吾...南町奉行所臨時廻り同心
 伝八...岡っ引き(伸吾の手先)
 お志津...柳橋・飲み屋しづの女将
 鞠小路芳(お芳)...左近の娘、しづの手伝
 仁斎...町医者
 荻島慶四郎...南町奉行所定町廻り同心



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遠い椿~公事宿事件書留帳十七~

2012年12月02日 | 澤田ふじ子
 2009年4月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第17弾。

貸し腹
小さな剣鬼
賢女の思案
遠い椿
黒猫
鯰大変 計6編の短編連作

貸し腹
 鍛治町の桂屋重十九は、狩野派、円山四条派、土佐派などの絵師を凌ぐほどの腕前の絵屋に成長していた。すると、彼を産み落として直ぐに追い出した、実母と祖父母が金子を強請り脅しにかかる。

小さな剣鬼
 大店の放蕩息子・七之助が遺骸となって発見される。以前、七之助らに因縁を付けられた浪人の息子・市郎助に嫌疑が掛るが、彼の田宮流居合抜の力量と実直な人柄に菊太郎は、嫌疑を否定する。

賢女の思案
 祝言を控えた呉服問屋・笹屋の娘・加世から、笹屋の両親からは実の子のように育てられてきたが、自分は捨て子であり、嫁ぐ前に本当の親と会いたいと、鯉屋に依頼があった。

遠い椿
 上嵯峨村の野菜売り・お杉に、金物問屋・十八屋の隠居・お蕗には、かつて駆け落ちしようとしたが、途引き裂かれた思い人・平蔵の面影を見る。

黒猫
 奉公に出るので、愛猫を菊太郎に託したいと申し出た孝吉。やがて古手問屋の俵屋に丁稚奉公に出たが、孝吉が店から三十両を持ち逃げしたと、俵屋は告げる。そして、いつしか俵屋のある夕顔町近辺で、化け猫の噂が上るのだった。

鯰大変
 薮入りが終わり、在所の堅田から京に戻った鯉屋の丁稚・正太は、在所で大鯰を捕獲した騒動の土産話を披露する。数日後、京では、万病に効く鯰の膏薬が高価な値段で売買され評判を博す。

 同シリーズを読むのは5冊目であり、一番新しい一冊なのだが、これまでのどの物語よりも洗練された感じで、印象深い。安定した面白さと読み応えがある。
 鯉屋も田村菊太郎は、事件の結末を付ける、所謂物語の決着人的存在の話が多く、市井の短編物としても成立している。菊太郎の出番もこれまで読んだシリーズの中では少なく感じた。
 さらには、因縁や巡り合わせなど、一編に織り込まれた要素が、不自然ではなく、進行も現在、過去が入り混じりながらも、決して読み手に混乱を与えない、澤田氏ならではの手腕も遺憾なく発揮されている。
 中でも、「黒猫」の話は胸に込み上げてくるものを押さえ切れずに、鼻の奥が痛くなった。同シリーズには珍しいホラー色が込められているが、恐怖ではなく温かさを感じた。孝吉と愛猫のお玉を主人公とした物語を読んでみたい。こういった子ども絡みの話に弱くなったのは年のせいか…。
 最期に、澤田氏の特徴として、悲惨な結末でも、妙にお涙頂戴に持っていかず、淡々と終わらせているのだが、僅か2行であっても、そこから読み手が受け止め、膨らませる想像力は行数の数十倍を超える程のインパクトである。
 
主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 田村次右衛門...元京都東町奉行所・吟味役同心組頭、隠居
 政江...次右衛門の妻、菊太郎の継母
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 宗琳(武市)...源十郎の父親、隠居
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お信...祇園新町・団子屋美濃屋の女将
 右衛門七...美濃屋の奉公人兼用心棒
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 小島左馬之介...京都東町奉行所・吟味役同心
 岡田仁兵衛...京都東町奉行所・吟味役同心




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