うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

重蔵始末

2012年11月29日 | ほか作家、アンソロジーなど
逢坂剛

 2001年6月発行

 間宮林蔵、平山行蔵と共に文政の三蔵と呼ばれ、5度に渡る蝦夷探検。そして、札幌発展の先鞭を開いた探検・開拓者の近藤重蔵守重(実在の人物)。彼が火付盗賊改方与力だったの若かりし頃の活躍を描いたフィンクション小説・シリーズ第1弾。
 
第一話 赤い鞭(むち)
第二話 北方の鬼
第三話 七化け八右衛門
第四話 茄子(なすび)と瓜
第五話 猫首 計5編の短編連作

第一話 赤い鞭
 人気力士の鬼ヶ嶽谷右衛門を付け狙う、水窪の黒猿こと無宿者の市蔵。過去二人の間に何があったのか。

第二話 北方の鬼
 商家の主ばかり三人が、相次いで惨たらしい遺体で見付かった。目撃証言から、見世物小屋のオロシャ(赤蝦夷=ロシア人)が関わっていると重蔵は狙いを定める。

第三話 七化け八右衛門
 根岸団平は、町娘・おしのが、姉の仇と言い武士・杉野弥之助に刃を向けているのに出会した。そこに彦三郎と名乗る男が現れ、娘を連れて帰る。団平は、彦三郎が気になり身元を調べるのだった。

第四話 茄子と瓜
 団平は偶然に入った店で、強かに酔い、戯れに狂歌を詠んだ道場主の高木兵馬が、若衆姿の文緒に刺し殺される現場の遭遇する。男を刺した文緒は走り去り、商家に人質を盾に立て籠る。

第五話 猫首
 市井で、飼い猫を殺し廁に投げ捨てる奇怪な盗賊団が横行していた。一方重蔵たちは、掏摸を目撃し、それを追うが見失ってしまう。さらには、掏られたおもよさへも消えてしまい、紙入れの中を改めた重蔵は…。

 主役は近藤重蔵であり、彼の魅力を余すところなく表現している。幼時から神童と呼ばれ、身の丈六尺近く、御先手与力の中でも際だって体の大きく、21歳の若き与力。脇差し、十手のかわりに赤い鞭を持ち歩き、しなる鞭で相手を打ちのめす。性質は博識剛勇ながら、狷介で、傍若無人と奔放。
 いわゆる文武に秀で、体躯の良い非のうちどころのない男である。ただし、実存の人物ということで、文中に顔形が整っていたという記述はない。
 だが、物語は橋場余一郎、根岸団平を中心に進行し(橋場余一郎目線が多い)、重蔵はここ一番に、真打登場的に事件を解決するのだ。美味しいとこ取りである。
 また、余一郎、団平が脚を使って駆け回る一方、重蔵は頭脳戦。どうして、そんな謎解きが出来るのか? と首を傾げる場面もあるが、近藤重蔵の人物像を知れば、頷けるなくもない。
 ただ、探検家としてではなく、与力時代の重蔵に着目し、フィクション捕物劇に仕立てた作者の着眼点は素晴らしいと言える。
 因に実存の近藤重蔵守重のプロフィールは、御先手組与力・近藤右膳守知の三男として江戸駒込に生まれ、山本北山に儒学を師事。
 幼児の頃から神童と言われ、8歳で四書五経を諳んじ、17歳で私塾・白山義学を開き、60余種1500余巻の著作を残す。
 寛政2年に御先手組与力として出仕し火付盗賊改方も兼務。寛政6年、湯島聖堂の学問吟味に最優秀の成績で合格。寛政7年、長崎奉行手付出役。寛政9年、江戸へ帰参し支払勘定方、関東郡代付出役歴任。
 寛政10年、幕府に北方調査の意見書を提出して松前蝦夷地御用取扱。4度に渡る蝦夷地に赴く。中には、最上徳内と共に千島列島、択捉島を探検も含まれ、同地に大日本恵土呂府の木柱を立てる。
 享和3年、譴責により小普請方。文化4年、ロシア人の北方侵入(フヴォストフ事件、文化露寇)に伴い再び松前奉行出役となり蝦夷入りし、利尻島や現在の札幌市周辺を探索。
 文化5年、江戸城紅葉山文庫の書物奉行。文政2年、大坂勤番弓矢奉行に左遷。文政4年、小普請入差控を命じられて江戸滝ノ川村に閉居。文政9年、長男の近藤富蔵が町民を殺害して八丈島に流罪となり、連座して近江国大溝藩に預けられる。
 文政12年6月16日死去。享年59。死後31年後の万延元年に赦免された。
 晩年は、豪胆な性格が見咎められるなど不遇であったが、その生き様には壮大なロマンを感じる。

主要登場人物
 近藤重蔵...御先手鉄砲組・火付盗賊改召捕回り方(加役)与力、白山義学塾塾長
 根岸団平...近藤家若党
 橋場余一郎...御先手鉄砲組・火付盗賊改召捕回り方(加役)同心
 松平左金吾定寅...御先手鉄砲組・火付盗賊改方(加役)組頭
 音若...手込水道町・常磐津の師匠
 為吉...本郷三念寺門前・一膳飯屋はりまの主
 えん...はりまの女将、為吉の女房
 鬼ヶ獄谷右衛門...山碇部屋力士
 青柳隼人...南町奉行所定町廻り同心



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火宅の坂

2012年11月26日 | 澤田ふじ子
 2001年10月発行

 藩士の切り捨て=永御暇の対象となった天江吉兵衛が、苦難を乗り越え新たな人生を切り開いていく様を描く。
 
第一章 京の夜寒
第二章 危うい足音
第三章 永御暇
第四章 初冬の鐘
第五章 世間の橋
第六章 深い霧
第七章 春の扇 長編

 藩の財政難に伴い、永御暇を発した美濃大垣藩。国元でも京屋敷でも、非情な切り捨てが相次ぐ中、町絵師の元で絵を学んでいた天江吉兵衛は、己の名が筆頭に上がることを自覚していた。
 案の定、永御暇を命じられた吉兵衛は、絵で生計を立てるべく、絵屋の主・墨斎の援助を受けながら、町絵師としての生活を始めたのだった。
 そんな吉兵衛の周りで、永御暇を命じられた元藩士たちの不遇のその後が始まる。
 有る者は行方をくらまし、また有る者は藩邸前で腹を斬るなど壮絶な生き様が描かれていく。

 物語の山場は、永御暇となった岩間正右衛門の切腹シーン。なぜか吉兵衛の母・友江の凛とした言動に涙が溢れた。そして、吉兵衛と親交を深める佐多林蔵、更には吉兵衛と相対する浅野多十郎に関わる出来事に、吉兵衛は関わっていくのだ。
 この天江吉兵衛、友江母子の生き方には、頭が下がる。反して、ここまでお人好しで良いのかと言えなくもないが、こういった人柄であるからこそ不遇の境遇に陥っても、助けてくれる人が後を絶たないのだろう。
 全くの物語ながらも、天江母子の懐具合が気になって仕方ない。
 ストーリーは、藩の実力者たちによる理不尽は仕打ちであり、それに伴う弱者の生き死にといった重いテーマであるが、主人公の人柄が、爽快感の残る物語に仕上げている。
 前回、「はぐれ刺客」の項でも書いたが、「火宅の坂」も、現代社会に置き換えられる内容である。「はぐれ刺客」の折りには、筆者の後書きを読んでいなかったのだが、そこにその旨もきっちり記されていた。
 やはり澤田氏からの痛烈なメッセージ性の強い物語だ。
 天江母子のような芯の強真っ正直な人物に、真底出会いたいと願いながら、静かに頁を閉じた。じわじわと深みが伝わる物語である。
 ただ、絵の説明や藩士の名前など、物語に登場しない人物までフルネームで登場するので、僅かに混乱を感じた。
 
主要登場人物
 天江吉兵衛...美濃大垣藩戸田家京詰勘定方下役
 天江友江...吉兵衛の母親
 佐多林蔵...京都東町奉行所同心
 孫市...林蔵の手先(岡っ引き)
 墨斎(元武蔵川越藩士・丸岡荘蔵)...建仁寺北門前町・絵屋の主、元武蔵川越藩士
 仁助...二条寺町界隈の荷売りそば屋
 内田小弥太...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 古藤田平次...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 奈倉東兵衛...大垣藩京詰家臣、吉兵衛の同輩
 内田小冬...小弥太の妹、吉兵衛の妻
 中沢将監...大垣藩京留守居役
 奥富長東左衛門...大垣藩京留守居役助
 浅野多十郎...大垣藩京目付
 岩間百合...大垣藩京詰家臣・岩間正右衛門の娘
 於勢...先斗町若狭の女郎
 浅吉...若狭の妓夫




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はぐれの刺客

2012年11月25日 | 澤田ふじ子
 1999年11月発行

 大垣藩戸田家祐筆の家に生まれながらも、二男であるため、部屋住みを余儀なくされた甘利新蔵の苦難の生涯を描く。
 
第一章 闇(やみ)の椿(つばき)
第二章 夜寒(よざむ)の部屋
第三章 因業(いんごう)の眼(め)
第四章 天明無頼(てんめいぶらい)
第五章 はぐれの仇討(あだうち)
第六章 京炎上(きょうえんじょう) 長編

 好いた娘を嫁に娶ることもならず、生涯を部屋住みの身でひっそりと生きなければならない身の甘利新蔵。
 武道に長け、道場でも破格の強さを誇りながらも、尋常でない太刀筋を師範に疎まれ、剣術での出世もままならず鬱屈とした日々を過ごしていた。
 そんなある日、藩内の富商宅に賊が押し入った。直ぐさま駆け付け賊を誅殺した新蔵は、その功績から将来への期待を抱くが、無惨な殺戮として、逆に藩から15日間の蟄居を命じられる始末。
 憤怒と絶望の果てに、脱藩を決意した新蔵であった。

 運命の歯車が絡み合い、数奇な巡り会いといった澤田氏独特のストーリー展開で物語は進行する。
 そして結末も最期の一文は、読者の想像性を書き立てる締め方。これも氏の特徴である。
 今回の主人公・新蔵は、家中随一の剣の達人、人柄も真っ正直ながらも、二男故陽の目を見ない男。現代に置き換えてもこういった人物は多々居ると思われる。
 ひとつの会社でスキルを高めていける人とは、長い物に巻かれる事の出来る人だ。そういった面で新蔵は、正義感の強い好人物であるにも関わらず、社会的は不器用であったのだ。
 また、秀でた才の為に、疎まれるといった面の現代社会に置き換えられるだろう。
 ただ、彼には大目付の天野将監といった良き理解者がいた。これは物語中の救いであり、新蔵の将来への明るい光となるのだが、それをも良しとしない彼の生き方は賞賛に値するだろう。これほどの強さを兼ね備えた人物はそうはいるまい。
 話は反れたが、物語はそんな新蔵の実直な性質と、妥協を許さない正義感が、彼に生死をかけた選択をさせていく。
 結末は遣る切なさが残るが、それでも新蔵の生き様には拍手を送りたい。 
 澤田氏の作品として、当方が初めて読んだ武家社会ものであったのだが、封建制度に対するを感じた。

主要登場人物
 甘利新蔵...美濃国大垣藩戸田家祐筆・甘利家の二男、部屋住み
 甘利弥左衛門...大垣藩祐筆、新蔵の兄
 中井三郎助...九右衛門の嫡男、新蔵の朋友
 中井九右衛門...大垣藩普請奉行、三郎助の父親
 戸田安之助...市大夫の嫡男、新蔵の朋友
 戸田五十鈴...市大夫の妹→三郎助の妻
 戸田市大夫...大垣藩御納戸頭、安之助・五十鈴の父親
 孫助...甘利家の下男
 天野将監...大垣藩大目付
 お種...戸田家下女
 白狐の岩右衛門(俵屋宗伯)...盗賊白狐の頭(京三条柳馬場絵屋の主)
 又造...盗賊白狐の小頭(俵屋の手代)
 市郎兵衛...盗賊白狐の一味(俵屋の番頭)
 佐市...盗賊白狐の一味(俵屋の下男)
 雪江...宗伯の女房
 お絹...盗賊白狐の一味(俵屋の女中)
 助五郎、清六、利三郎、宗助...盗賊白狐の一味(俵屋の奉公人)
 



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本朝金瓶梅

2012年11月23日 | ほか作家、アンソロジーなど
林真理子

 2006年7月発行

 中国・四代奇書のひとつである「金瓶梅」の舞台を江戸に置き換え、西門屋慶左衛門と妾のおきん・おりんの好色な色恋模様を描く。「本朝金瓶梅(お伊勢篇)」、
「本朝金瓶梅(西国漫遊篇)」と続く第1弾。

第一部 おきん、西門屋と出会うの巻
第二部 おきん、間男するの巻 
第三部 おきん、美味い河豚を食べるの巻 
第四部 おきん、芝居見物に行くの巻 
第五部 慶左衛門、大奥の女を誘うの巻
第六部 おきん、子授け寺へ行くの巻
第七部 慶左衛門、跡継ぎが生まれるの巻 
第八部 慶左衛門、柳屋お花とわりない仲になるの巻 
第九部 慶左衛門、女力持ちと寝るの巻
第十部 おきん、百物語をするの巻
第十一部 慶左衛門、枕絵を描かせるの巻
第十二部 おりん、武松に殺されるの巻 計12編の連作長編

 大層な分限者で、江戸の札差・西門屋慶左衛門。唸る程の資産に加え、「今助六」の評判をとる色男は良いとして、手の付けられない無類の女好き。
 玄人女はいざ知らず、人の女房だろうが、生娘だろうがひとたび気に入れば手を付けづにはいられない性分である。
 そんな慶左衛門が、ようじ屋の看板女・おきんに下心を抱いて近付くが、こちらも一筋縄ではいかない性悪女。なんと、破落戸(ならず者)の夫・彦次を殺め慶左衛門の妾の座に着いたばかりか、西門屋に乗り込み、妻妾同居の奇妙な生活が始まるのだった。
 愛とエロスの「金瓶梅」江戸版開幕。

 林真理子氏の作品を読むのは、数十年振りになるが(無論時代小説は初めて)、やはり筆裁きの巧さには頭が下がる。頁を開いた当初は、林氏が時代小説をここまで書けるとは予想だにしていなかったのだが、時代背景や世情の下調べも万全であり、私的には時代小説作家のイメージの薄い(ほかにも著書有)氏ではあったが、そんな先入観が払拭された。
 登場人物も、本家「金瓶梅」に因んでの設定で、内容も本筋を守りながらも江戸情緒を織り込み、かつ辛辣ではなくコミカルなタッチで描いている。
 例えば、河北の清河県の大金持ちで放蕩者の西門慶は西門屋慶左衛門。正妻の呉月娘はお月。蒸し餅売りの武大の妻・潘金蓮はおきん。おきんの下女・お梅は龐春梅。資産家花屋の女房・李瓶児がお花。おりんは李嬌児だろうか? 
 やはり、巧い。ただ、作品としての完成度は高いと評価しても、私的には官能小説は好きではないので、続編への興味は薄い。好きではないと言っても、原文が「金瓶梅」だから仕方ないのだが。

主要登場人物
 西門屋慶左衛門...蔵前金貸・札差商の主
 おきん...慶左衛門の妾、元富岡八幡宮参道・ようじ屋の看板女、破落戸(ならず者)彦次の女房
 おりん...慶左衛門の妾、元鳥追い
 お月...慶左衛門の正妻、札差・蔵前茅町俵屋の娘
 お陶...富岡八幡宮参道・ようじ屋の女将、おきんの悪友
 おせい...慶左衛門・お月の娘
 お花...慶左衛門の妾、両国饅頭屋・柳屋の後家、辰蔵のまた従兄弟
 久衛門(応伯)...慶左衛門の悪友、老舗の二男
 希...慶左衛門の悪友、旗本の三男
 柳屋辰蔵...慶左衛門の悪友、両国饅頭屋の嫡男
 伊兵衛...両国本沢町魂胆遣曲道具・四ツ目屋の手代 
 武松...彦次の舎弟


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高瀬川女船歌

2012年11月19日 | 澤田ふじ子
 1997年11月発行

 荷船や客船で賑わう、高瀬川沿いに集う人々の哀歓を描いたシリーズ第一弾。

中秋の月
冬の螢
鴉桜(からすざくら)
いまのなさけ
うなぎ放生(ほうじょう)
かどわかし
長夜(ちょうや)の末日(まつじつ) 計7編の連作長編

 実父の消息は知れず、実母と死に別れたお鶴は、柏屋の養女となり不自由のない生活を送り、心優しい娘に育った。
 ある日、高瀬川で鯉を捕まえた少年・平太が、会所の船衆に酷く勇められているのを目にし間に入るが、その少年の酷くあわれな様子に胸を痛めるのだった。
 お鶴を取り巻く柏屋、角倉会所の人々。そして近隣で起きた諍いや事件を通し、市井の人々の悲喜こもごもな日常が流れる。
 
 第一印象は、(澤田ふじ子さん)らしくないといった思いである。一連の澤田氏作品同様、各章が読者の想像力をかき立てる終わり方で括ってはあるのだが、持って行き方が安易と言うか、稚拙と言うか…。もちろん、ストーリー的におかしな部分がある訳ではなく、こういった物語を書く作家さんも居られるのだが、澤田氏にしてはといった感想である。
 特に、最後の2編に関しては、結末までを急ぎ過ぎ、安易に筆を置いた感が否めず、「あれっ。これで終か」と、何度か頭を捻ったものだ。内容も、よくある話であった。例えば、「かどわかし」に於いては、殺し屋の意味が掴めず、また必要性があったにしても、その後の依頼人の動きなどには触れていない。
 「長夜の末日」では、序盤から引き摺ってきた、宗因、お鶴父娘の過去が、都合の良過ぎる呆気ない結末。
 同時に、高瀬川の説明文が多すぎて、物語に入り込むにも難義したのも事実。これ一重にほかの作家さんも同様なのだが、作家の思い入れの強い作品、ライフワークとして書いておられる作品は、当方の嗜好には合わないのだろう。
 もちろん、作品として否ではなく、こういった話としては可なのだが、澤田氏ならではの奥行きの深さが感じられなかった。本文中でも触れておられるが、人は善と悪がごちゃ混ぜになっている。根っからの悪人はいないとのメッセージ小説なのだろう。
 
主要登場人物
 お鶴...柏屋養女
 平太...四条鍋屋町 ・遊女屋菱屋の追い使い
 宗因(奈倉宗十郎)...四条小橋・庚申堂の半僧半俗、元尾張藩京詰勘定役、お鶴の実父
 柏屋惣左衛門...二条高瀬川上樵木町 ・旅籠の主 
 伊勢...惣左衛門の内儀
 惣十郎...惣左衛門の嫡男
 佐兵衛...柏屋の番頭
 お里...柏屋の女中
 市助...柏屋の下男
 志津...お鶴の実母、元角倉会所の女船頭
 お時...二条高瀬川上樵木町・角倉会所の女船頭
 児玉吉右衛門...角倉会所の頭取
 弥助...角倉会所の船衆


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花籠の櫛~京都市井図絵~

2012年11月16日 | 澤田ふじ子
 2004年6月発行

 京の町で平穏に暮らす庶民に降り掛かる宿命と、数奇な縁で繋がった人々を綴った人情時代小説。

第一話 辛(つら)い関
第二話 花籠(はなかご)の櫛(くし)
第三話 扇の蓮(はす)
第四話 夜寒の釜
第五話 雪の鴉(からす)
第六話 色鏡因果茶屋(いろかがみいんがのちゃや)
第七話 雨月(うげつ) 連作長編

 奉公先での無体な嫌がらせやいじめから逃れ、大津から京の実家へ戻ろうとしたお八重。だが、折り悪く京の都で起きた夜盗の残党狩りの為、そこには関所が設けられ、厳重警戒だった。
 手形のないお八重は止む追えず関所破りを試みるも、捕らえられてしまう。
 更に、配下の中村彦四郎の不始末に苛立つ沖宗弥兵衛は、見せしめの為にお八重を磔刑に処すのだった。
 だが、処刑後に弥兵衛の嫡男の命の恩人と知ると、弥兵衛はその日の内に剃髪、出家する。
 そして、お八重の家族、沖宗弥兵衛、盗賊鳴神の庄久郎一味、中村彦四郎に絡み、悲喜こもごもの人間模様が繰り広げられていく。
 
 第一章から脳天を強打された衝撃である。お八重が理不尽にいびられるシーンも切ないが、四方やの磔刑である。強いインパクトに本を掴む手が震えたほどであった。やり切れなさを感じて止まず。
 そして沖宗弥兵衛が非を認め出家という形で第一章が終了し、お伊奈、続いてお志乃の物語が始まるので短編集かと思いきや、これが未だ序章なのである。
 一通りの顔触れが出揃ったところで、数奇な運命の糸が絡み合い、そもそもお八重の刑罰の要因でもある夜盗へまで繋がっていく。
 文中、途中で登場人物の言葉が話が前後したり、話の進行が変わったりするのだが、作者の文章力の巧みさから、それらに読み辛さはなく、すんなりと頭に入ってくる。やはり、書ける方ならどのような比喩や技法も可能だといった見本のように思える。
 印象に残ったのは140頁(文庫)の「物憂く扇を開き、蓮の花に見入っていたお志乃は、ぱちんと音をさせ、扇を強く閉じた。自分がその花びらの一枚を、手で叩き落としたように感じた。」と、ラストの町村与一郎が、「雨月」と言った言葉を「梅雨」に帰る所である。
「口からつい出てしまった雨月という言葉に、いささか不吉なものを覚えた。」(348頁)とあるのだが、これで一連の物語の終演である。
 この雨月の意味するところの理解が些か困難であり、言い換えたのでセーフなのか、やはり不吉の前兆なのか…。続編である「やがての螢」は未読だが、話の内容は全く違うようなので、言い換えた事により、厄払いとなった。皆平穏に生きていって欲しいと願わずにはいられない。
 頁を閉じて思ったのは、ぼたんの掛け違い。ほんの些細な事柄が大きく人の運命を狂わせるといった事柄である。物語りながらも、お八重の運命にはやはり憤りを抱いて止まないほどに強い衝撃であった。
 それを敢えて序章とし、生きる事を問い掛ける作品である。
 余談ではあるが、大いなるインパクトに、次に読み始めた作品が中々頭に入ってこない程である。
 
主要登場人物
 お八重...上京笹屋町・佐兵衛の娘、大津中保町材木屋・朽木屋の女中
 佐兵衛...お八重の父親、三条釜座・釜師八代大西浄本の下職→鋳掛屋
 お寿...お八重の母親 
 佐吉...お八重の弟
 沖宗弥兵衛(→寂順)...大津代官所惣元締→京・慈照院僧侶、松屋町文殊堂在
 沖宗芳之助...弥兵衛の嫡男→大津・義仲寺芭蕉庵在
 沖宗松子...弥兵衛の妻→大津・義仲寺芭蕉庵在 
 お伊奈...轆轤町・藤吉の娘、そば丹の奉公人
 藤吉...お伊奈の父親、陶工、錦小路川魚問屋・魚富の入婿
 民吉...藤吉の弟、盗賊鳴神の庄久郎一味→藤吉の手伝い
 お美和...お伊奈の母親、錦小路川魚問屋・魚富の内儀
 清蔵...お伊奈の弟、魚富の主
 仁助...三条麩屋町そば屋・そば丹の主
 鍵屋太兵衛...大黒町小間物問屋の主
 お登瀬...太兵衛の女房
 鍵屋又一郎...太兵衛の嫡男、鍵屋の跡取り
 横井安民...絵師・円山応華門下、元江州彦根藩士・横井惣左衛門の二男
 横井重之助...惣左衛門の嫡男
 紀伊国屋弥左衛門...骨董町紙問屋の主
 お志乃...祇園料理茶屋・吉野屋の女中
 徳蔵...吉野屋の板前
 中村彦四郎...大津代官所地方目付→錦小路川魚屋・魚彦の入り婿
 湊屋三左衛門...大津上平蔵町川魚問屋の主
 お富...彦四郎の女房、三左衛門の娘
 町村与一郎...京都東町奉行所・吟味役組頭 




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雨女~公事宿事件書留帳十三~

2012年11月15日 | 澤田ふじ子
 2006年8月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第13弾。

牢屋敷炎上
京雪夜揃酬
幼いほとけ
冥府への道
蟒の夜
雨女 計6編の短編集

牢屋敷炎上
 姉小路神泉苑の近くで発生した火の手が、強風に煽られ周囲は延焼。六角牢屋敷では、囚人が解き放ちになった。囚人の伝蔵は、飛び散る火の手を防ぐ手伝いを試みたり、困惑の子どもを助けるも…。

京雪夜揃酬
 針屋町の古手問屋笹屋の前には、今日も野菜の入った籠が置かれていた。そして真新しい褞袍が置かれていたに至って、主・安次郎の女であると勘ぐった女房が離縁を言い出し、真相を突き止めるため菊太郎が見張りをする事になった。

幼いほとけ
 三条木屋町の料理屋重阿弥からの帰りに、3人のならず者に襲われた菊太郎と源十郎は、そのひとりを捕らえ鯉屋へ戻るが、その後から7歳くらいの男の子の姿様子を伺っていた。その子の素性を探ろうと菊太郎は…。

冥府への道
 室町三条の呉服問屋富屋に盗賊・村雲の松五郎一味が押し入り、家人を殺傷し5千八百両余りもの金を奪ったとあり、東西両奉行所では総動員で探索に当たる。すると、長坂口の見張りをしていた銕蔵の前に、老婆の遺骸を樽に入れた男が…。

蟒の夜
 夷川通りに面した元筆屋だった空き屋敷の井戸の中から、村雲一味が隠したと思われる5千両を見付けた東町奉行所では、菊太郎と福田林太郎を配し、筆屋の向かいの昆布屋・根津屋で張り込みを開始する。
 (「冥府への道」との連作)
雨女
 泥鰌売りの岩三郎は、長屋の木戸門で、びしょ濡れの女が倒れ込むのを見掛け、己の塒(ねぐら)に連れて戻る。だが、女が終始手放さない小袋を開けてみると、そこには、行方知れずの父親の煙草道具と手形があった。

 全ての話が、読者の想像を掻き立てる幕引き出るのが、このシリーズの特徴。しかも、明かり展望である事が条件となっている。故に、読んでいてすがすがしいのだ。
 エピソード自体は悲しかったり、胸が詰まったりするが、どんな状況からでも救いはあると作者が語っているように思える。それを如実に感じたのは「牢屋敷炎上」。多分そうなるであろうと読み進め、その通りの結果が出るのだが、それでも菊太郎、源十郎が絡む事により、暗転が晴れる兆しを示している。
 未だシリーズは4作しか読んでいないが、この回は、鯉屋は軒を貸す程度の脇に回り、市井での出来事に菊太郎が絡むといった話が描かれている。
 「蟒の夜」では、主題の村雲一味のほかに、根津屋の娘・お市の縁組みも副題として描かれているが、こちらの結末は、菊太郎の推理と助言でお仕舞いの形。この話も発展させて欲しかった。
 敢えて苦言とするなら、「蟒の夜」の終演が出来過ぎであるくらいだろうか。
 作者のメッセージ性がはっきりとした、好きなシリーズである。

主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お信...祇園新町・団子屋美濃屋の女将
 右衛門七...美濃屋の奉公人兼用心棒
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 小島左馬之介...京都東町奉行所・吟味役同心
 岡田仁兵衛...京都東町奉行所・吟味役同心
 


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後巷説百物語

2012年11月11日 | ほか作家、アンソロジーなど
京極夏彦

 2003年11月発行

 人気の妖怪時代小説集「巷説百物語」シリーズ第3弾は、明治に時代が変わり、怪事件に難義する4人の若者に聞かせる、一白翁こと山岡百介の昔語りで物語は進む。

赤えいの魚
天火
手負蛇
山男
五位の光
風の神 計6編の中編連作

赤えいの魚
 「島が一夜にして海に沈むのか」。与次郎たちは、一白翁を訪ない、その真意を知ろうとすると、一白翁は、40年前に自らが体験した男鹿半島の先の戎島での奇怪な出来事を話すのだった。
天火
 両国の油商いの根本屋が全焼し、犯人は根本屋の後妻だとみられたが、彼女は5年前に死んだ前妻の顔をした火の玉が火をつけたと証言する。腑に落ちない剣之進、与次郎たちに一白翁は、かつて摂津で起こった怪火にまつわる事件を語る。
手負蛇
 池袋村で起こった蛇塚の祠に入っていた毒蛇による死亡事故。「蛇はどれほど生きるのか」という話題を一白翁の元へ持ち込むと、一白翁はその祠が出来た時、自分もそこに居合わせたと、その時のことを話し始める。
山男
 10年ほど前、神隠しにあったとされる武蔵野野方村の大百姓の娘が、子どもを伴い高尾山の麓で発見された。子の父親は獣まがいの山男なのか。一白翁は、遠州秋葉山で遭遇した山男のについて語る。
五位の光
 由良公房卿に、「青鷺は光り、人に変ずるのか」と尋ねられた剣之進は、与次郎に質問するが明確な答えは得られず、一白翁のもとへ向かう。
風の神
 「百物語を終えると本当に怪異が起こるのか」と、由良公房卿に問い掛けられた剣之進は。検証の為に百物語の怪談会の幹事をすることとなった。

 6つの出来事は、全て不可思議な逸話が紹介され、現代(明治)で起きた事件をあれやこれや語り合う笹村与次郎、矢作剣之進、倉田正馬、渋谷惣兵衛のシーンから物語は進行する。
 そして、己たちでは解決出来ないと、4人は薬研掘の一白翁(山岡百介)を訪い、一白翁の見聞が始まり、章が変わって、時を遡り、一白翁の実体験へと頁が進む。
 この手法で進み、語り部が変わるが、それによる混乱はない。むしろ時代や場面が生き生きとしている。作家の手腕故だろう。
 そして、昔語りの中に登場するのが、「巷説百物語」シリーズ主役の又市。又市と百介の実体験で綴られるのだ。
 因に、同シリーズを読んではいないのだが、映像で「巷説百物語 狐者異」を観ていたので、少しばかりは又市をイメージし易かったが、出来れば、シリーズ1作目から順を追って読みたかったと、後悔している。 
 「後巷説百物語」だけでも十分に楽しめる。

主要登場人物
明治
 一白翁(山岡百介・戯作者志望・考物の百介)...薬研堀・九十九庵の隠居
 笹村与次郎...貿易会社・加納商事奉職(元北林藩江戸詰藩士)
 矢作剣之進...東京警視庁一等巡査(元南町奉行所見習同心)
 倉田正馬...元加納商事奉職(元旗本・幕府重臣の二男)
 渋谷惣兵衛...猿楽町・剣術道場主、警察の剣術指南
 山岡小夜...又市一味・山猫廻しのおぎんの孫、一白翁の同居人
 由良公房...元公卿、伯爵
 由良公篤...公房の子息、儒学の私塾・孝悌塾長

昔語り中
 又市(小股潜りの又市・御行の又市)...詐欺師




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怪談岩渕屋敷~天保妖盗伝~

2012年11月09日 | ほか作家、アンソロジーなど
鳥羽亮

 2006年7月発行

 見世物小屋を隠れ蓑に、見世物の幽霊仕掛けを駆使し、盗人稼業を働く幽霊党の、汚名返上と誇りを掛けた大一番。

第一章 百鬼座
第二章 人斬り佐門
第三章 怨霊屋敷
第四章 陰謀
第五章 拷問
第六章 終演 長編

 天保2年、両国広小路に見世物小屋「百鬼座」の「お岩屋敷」と演じ物名を染めた幟が上がった。呼び込みは威勢が良いが、この一座、てんから見世物で稼ごうなどとは考えてもいない。実は、盗人集団の世をはばかる仮の姿なのである。
 見世物小屋を隠れ蓑に、盗人を生業とする幽霊党。ただし、苦しい台所や身代根こそぎ頂く盗みは行わず、ましてや人を殺傷したりしないのが盗人の意地。
 だが、忍び込んだ旗本・岩淵屋敷では、預かり知らない殺しと五百両上乗せの盗みの容疑を掛けられ、火付け盗賊改めや南北奉行所の探索が厳しくなっていく。
 汚名晴らすべく彦斎たちは行動を起こすが、思いも掛けない結末が待ち構えていた。
 「爽快奇怪」と帯に銘打ってあるだけに、幽霊や盗人といった題材ながらも、爽快感が残る作品である。
 下手人の落ちは、薄らと見えてはいるのだが、それでも、百鬼屋彦斎、磯貝伸三郎、それぞれの探索には真意に迫るものがある。
 百鬼屋彦斎が、果たしてどのように決着を付けるのかが、見所となる。
 また、百鬼屋彦斎、磯貝伸三郎に接点はないながらも、互いに認め合っているなど、細部まで丁寧に描かれている。
 この作品では百鬼屋彦斎の人となりが中心であるが、中々に骨太の魅力的なキャラであり、ほかの手下たちをクローズアップさせても面白いかと思われ、シリーズとして読みたい作品である。続編が描かれていないのが残念。

主要登場人物
 百鬼屋彦斎...両国広小路・見世物小屋・百鬼座座頭 幽霊党・頭目
 河童の嘉助...百鬼座・幽霊党彦斎手下
 柳谷与右衛門(死神)...百鬼座・幽霊党彦斎手下、牢人
 軽身の藤六...百鬼座・幽霊党彦斎手下
 包丁の左吉...百鬼座・幽霊党彦斎手下
 強力安兵衛...百鬼座・幽霊党彦斎手下
 女形達之助...百鬼座・幽霊党彦斎手下
 磯貝伸三郎...北町奉行所隠密廻り同心
 万次(亀万)...岡っ引き(磯貝の手下)
 片倉佐門(人斬り佐門)...無頼牢人



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桜の仇討~いろは双六屋~

2012年11月08日 | ほか作家、アンソロジーなど
六道慧

 2007年6月発行

 口入業双六屋の若旦那・伊之助たちが、わけありの客の難題を解きほぐす「いろは双六屋」シリーズ第3弾。

序章 
第一章 はぐれ桜
第二章 小さな戦い
第三章 金上侍(きんじょうざむらい)
第四章 晴れ舞台
第五章 怪闇(けいあん)
第六章 松竹梅
第七章 桜張 長編

 夜鷹の真似事をしようとす御家人の娘・朋世を寸での所で救い出した伊之助たちだったが、朋世は、武家屋敷奉公よりも吉原でのそれを望み、伊之助は、頭を抱える仕儀となる。
 一方で、僧侶の首吊りや、八丁堀の組屋敷での賭博の噂など物騒な事件が続き、伊之助の朋友である小杉禄太郎が探索に乗り出した。
 果ては、浜吉は初の高座を前に心ここに非ず…。本日も難題山積みの「双六屋」であった。
 初めて読んだ作家だが、筆者の持ち味もしくは癖なのだろうが、接続詞がほとんど無く、全ての文が短いぶち切り。読者によっては読み易いのだろうが、どうにも文体が当方の好みに合わず、読むのが辛い作品だった。
 更に、こちらも癖もしくは持ち味なのだろうが、文章の頭に主語が非ずに、1から2そして3といった文節ではなく、1から3にいってから2へ戻る。
 また、誰の言葉なのかも、最初に現さずに数回の会話の後に話主が解るといった技法がややこしい。
 作家として数多くの作品を生み出している方に対して失礼は甚だ承知の上だが、これは好みの違いとして受け止めて欲しい。
 言うなれば脚本のような、会話主体であり、情景や状況、果ては人物の描写にも乏しい。南伸坊氏の表紙挿絵に引かれて手に取ったものの、読み進めるのが苦痛で、ブログ開設以降、初の斜め読みで頁を閉じた。
 話の筋自体も、単純なのだが、そこに、遊女志望の娘、武士を捨てる牢人、役目に付きたい金上侍、初高座の噺家、僧侶の首吊り、勾引し、同心絡みの組屋敷での賭博と、エピソードが多過ぎて視点が定まらず。
 謎解きでは、話の辻褄を合わせてはいるものの、進行上不必要な話があったのでは? 結局何の為の序章? の感も否めず。
 作者は、ヤングアダルト文学のレーベルでSF・ファンタジー小説を多数手掛けていたようだが、その読者層にほど遠い、当方が読む時代小説ではなかった。
 最後になるが、副題の「いろは双六屋」は、伊之助の「い」、禄太郎の「ろ」、浜吉の「は」なのだそうである。今作品が3作目だろうか? 鳶助の相棒感が強かった。
 余談ではあるが、シリーズ最初の作には無論記されているのだろうが、途中から読んだ者にとっては、登場人物の関係性への説明も不足している気がする。例えば、伊之助と小杉禄太郎が幼馴染みとはあるが、武家と町人がどのような幼馴染みなのかが解らないなど。
 また、長吉を持ち出し、「子は親をまねる」と暗号めかして真相へのキーにしている割には、その後、それが生かされた気配がない。
 当方の読み落としであればお詫び致します。
 ただ、多くの指示を受け、軽いタッチで読み易いといった読者もおられる由、単に当方との相違だけであろう。六道氏の今後の御活躍を御祈り申し上げます。


主要登場人物
 双六屋伊之助...神田今川橋口入屋の若旦那
 浜吉...噺家志望の幇間
 小平太...双六屋の奉公人
 鳶助...双六屋の奉公人
 小杉禄太郎...北町奉行所定町廻り同心
 極楽亭有楽...噺家、浜吉の師匠
 大野幸之進...播州牢人、後竹村家の中間
 竹村朋世...御家人竹村弥左衛門の娘
 川瀬彦十郎 北町奉行所定町廻り同心 





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まんがら茂平次

2012年11月06日 | 北原亜以子
 2010年2月発行
 
 万に一つの真実もないのがまんがらの異名を取る茂平次。幕末維新の激動期に、嘘で憂き世を渡った茂平次の面白人生。

まんがら茂平次
朝焼けの海
嘘八百
花は桜木
去年(こぞ)の夢
御仏のお墨附
別れ
わが山河
女の戦争
正直茂平次
そこそこの妻
東西東西 計12編の連作長編

 四つの時に、両親を相次いで亡く、七つで初めて嘘をついてから、口先三寸で生きてきた茂平次。万にひとつも真実はないことから、まんがら茂平次との有り難くない渾名を貰っている。
 馴染みの女にも、勘当中の大店の息子という嘘がばれ、財布を取り上げられ無一文になって追い出される始末。ひと目惚れをした女からは、薩摩の手先となって火付けをしろと命じられ…。
 一方、何故か憎めない茂平次の周囲には、勤王の志しの下、無体を働く薩摩藩邸から逃げ出した新田謙助や、鳥羽伏見で破れ新撰組を脱走した森末金吾、果ては旗本の黛宗之助、定町廻り同心の菅谷年次郎などが集い…。
 人助けのために、まんがらを繰り返しながらも、逞しく幕末を走る抜ける茂平次であった。
 まずは、茂平次の淡い恋心と手痛い仕返しから幕を開ける物語。市井物の認識で読み進めると、二章目に百姓から身を興したく薩摩藩に関わった謙助。三章では、新撰組の在り方や、徳川慶喜が配下を置き去りに江戸に逃げ帰った事に憤りを抱く金吾、章が進むと、武士ながらも腕っ節はからっきし。だが、惚れた女を守りたいと彰義隊に入隊する宗之助といった、維新真っただ中の渦中にあった男たちがクローズアップされ、物語は次第に青春群像劇へと変わっていく。
 市井物と維新群像が見事に融合した作品である。江戸が消え失せるかも知れないとなった時、男たちが抱く価値観を現している。
 そんな最中でも、茂平次には御時世もなにもありはしない。相も変わらずまんがらで長屋で燻る毎日。だが、幼い頃に亡くした親との唯一の思い出の場所だけは戦火を逃れて欲しい。そんな茂平次の思いを、北原氏の美しい筆の冴えが色濃く再現している。
 また、本文中、江戸の景色や季節感を随所に盛り込んでおり、活字ながらも情景が脳裏に焼き付く作品である。北原氏の巧さに、ただただ感服するのみである。
 
主要登場人物
 茂平次(まんがら茂平次)...神田鍛冶町下駄新町・五郎兵衛店店子
 新田謙助...武州蓮沼村の百姓→薩摩藩抱え浪士(脱走)→仁兵衛蕎麦奉公人
 森末金吾...多摩石田村出身→新選組(脱走)
 黛宗之助...幕府直参旗本の四男→彰義隊隊士
 おゆう...神田鍛冶町・清元の師匠
 小ぎん...柳橋芸者
 おいね...武州蓮沼村の百姓
 お鈴...麹町茶道具屋の娘→南鍋町味噌問屋の奉公人→神田鍛冶町住まい
 お品...芝浜松町筆屋の娘→出奔
 菅谷年次郎...元北町奉行所定町廻り同心→市政裁判所邏卒
 内藤喜十郎...幕府直参旗本→甘酒売り
 藤田良作...薩摩藩士→東征軍兵士


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大江戸おもしろ事件史80~八百八町なるほど珍かわら版~

2012年11月03日 | ほか作家、アンソロジーなど
萩原裕雄

 1994年9月発行

 開幕以来260有余年、江戸を揺るがした事件、市中を騒がせた珍騒動など80件を綴った大江戸絵巻。

第1章 武家政権の町づくり
第2章 町人文化勃興期
第3章 武家と町人融合の時代
第4章 大江戸文化の燗熟期
第5章 武家時代の終焉 ハウツー(雑学)

 時代と背景で大きく5つの章に分け、歴史に名を残す盗賊の最後や、大名家の失態、天変地異や、市井の動き、文化人などを面白おかしく、解り易く解説。
 政治年表ではなく、市井年表が添えられており、江戸時代を紐解く上で、興味深い1冊である。




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