うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

斬られ権佐

2012年03月31日 | 宇江佐真理
 2002年5月発行

 仕立て屋を生業としながら、裏では同心の小者を務める権佐の物語。宇江佐さんの小説に良くあるシチュエーションだが、通常の捕り物物語と違うところは、主人公の権佐の身体が不自由な設定。
 宇江佐さんの作品を粗方読み尽くし、そのほとんどは二度読み、物によっては三度、四度と読んだが、「斬られ権佐」に関しては、再びページを捲る事はなかった。 
 それは、決して否定しているのではなく、余りにも悲し過ぎるからである。だが逆に、それだけ鮮烈な印象を残す作品と言えよう。
 一服の清涼剤となり得るのは、登場人物の誰もが、変えられない運命を受け入れているところだろう。

斬られ権佐
 向島の料理茶屋松金に、押し込みが入り、亭主が殺され、番頭が深手を負う。だが、内儀だけはかすり傷ひとつない事に、権佐は不信を抱く。
 権佐が、斬られ権佐と呼ばれるに至る出来事を振り返る。蘭方医麦倉洞海の娘あさみを助ける為に、瀕死の重傷を負った権佐を懸命に治療したのは、あさみだった。
 正直、物語なのだから、ヒーローは屈強でなくてはならず、どんな無茶なシーンも格好良く切り抜けるものだとの思い込みが払拭されると同時に、ここまで酷い設定を権佐に与えなくても良いのではないかと、一種の恐怖さえ覚える。権佐が負った人生を思うと、話の筋には関係なく涙が溢れる。
 
流れ灌頂
 子堕ろしをした女が麦倉家に運び込まれたが、あさみの治療も空しく、女は息を引き取ってしまった。この事があった後、幽霊が出没するという噂が立つ。
 事件とは別のように思える権佐と娘のお蘭との微笑ましさと、権佐行き着けの蕎麦屋の父子の崩れ掛けた絆が描かれているが、実はこの全てが親子の関係性に繋がる、巧みな一編に仕上がっている。

赤縄
 蔭間茶屋で2人の男の相対死があった。一方で僧侶清泉と蕎麦を手繰る呉服屋の娘おこのを見掛ける。
 衆道の相対死を、どちらも世間的には適わぬ恋である僧侶と町娘の恋への序章として描いている点が、通常の捕り物劇を払拭していると言えるだろう。
 この話は事件解決ではなく、権佐が恋を見届けるといった新しい展開になっている。

下弦の月
 激しい目眩と吐き気に襲われ、床につく羽目になった権佐は、腹に溜った水を抜く為の手術を受けた。だが、縫合の痕が癒えないうちに、権佐は事件の現場へと向かう。
 権佐の痛々しさに、正直、止めてくれ! と叫びたくなった。だが、主人公は何処までも不死身である。然したる心配もないと言えばそれまでだったのだが、この後、心配が事実となるのだ。


 呉服町でひとり暮らしのおしげが殺された。二転三転する下手人。真の下手人を導き出すには、おしげの半生を知る事にもなった。
 権佐の推理は、下手人を挙げるだけに留まらず、常に親の情が下地にある。これは、死期が間近に迫っている事を知る権佐ならではの勘なのかも知れない。
 そんな権佐、お蘭の将来の為に、白無垢を縫っておこうとする。

六根清浄 
 人足寄場送りになっていた盗賊霞の重蔵が娑婆に戻って来た。かつての仲間が、重蔵を一味に引き込む為に、娘おみさを勾引すのだが、そこに権佐の娘のお蘭が巻き添えを喰う。権佐はお蘭を救うため、動かぬ身体に鞭打って立ち上がるのだった。
 恋しい女を救う為全身に、八十八カ所に傷を負い、愛しい娘の身代わりとなった権佐の最終章。
 もう駄目。涙で文字が追えない。如何して宇江佐さんはこんな結末を望んだのだろうか? 
 「春の終わりは朧にたそがれていた」。
 で文を閉じている。

主要登場人物
 権佐...仕立て屋、吟味方与力菊井数馬の小者
 あさみ...権佐の妻、蘭方医
 お蘭....権佐の娘
 次郎左衛門....権佐の父親
 おまさ....権佐の母親
 弥須...権佐の弟
 麦倉洞海...あさみの父親
 菊井数馬...南町奉行所吟味方与力
 藤島小太夫...定廻り同心
 鯛蔵...岡っ引き
 清泉(梅田屋清兵衛)...托鉢僧、後に還俗(呉服屋梅田屋の入り婿)


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涙堂~琴女癸酉日記~

2012年03月30日 | 宇江佐真理
 2002年3月発行

 北町奉行所臨時廻り同心だった夫が、何者のかに斬殺され、通油町で絵師として暮らす次男の賀太郎(歌川国賀)の元に身を寄せた琴が、幼馴染みらと親しみながら、つれづれなるままに日記を綴る。
 実際に江戸で起きた騒動を、巧く織り交ぜて物語を進行している。
 夫の不慮の死という暗い背景があるにも関わらず、悲壮さが感じられない展開は、これまでの宇江佐さんの作品とは手法が代わり、清涼感のある一冊に仕上がっている。

白蛇騒動
 夫の死から立ち直る為に、次男の勧めで通油町へと住まいを移した琴が、これまでの八丁堀の生活と一転し、明け透けのない町家の人々に馴染みながら、見聞きした事を書き付けていく。この頃、世間は白蛇騒動(慶寺の白蛇騒動がベース)に沸き立っていた。
 五人の子の母親である琴が、四十五歳とは思えぬ愛らしさで、幼馴染みの絵草紙問屋三省堂藤倉屋伝兵衛、医師の江場清順との交遊を深める姿が可愛らしい。
 また、賀太郎が違う暮らしをして父を忘れろと、住まいに琴を招くが、行ってみたら掃除洗濯飯の支度と、女中代わりだったなど、微笑ましい母子の姿が、父が惨殺された事実を暗く嘆く風でなく描いている。

近星
 近星を見た者は死ぬと噂されるが、ぼた餅を食べれば助かるとの世評が流れる。そんな中、夫の高岡靫負の小者だったが、汁粉屋の主となっていた伊十と再開する。
 そして琴の息子たちの間で、静かに進行する父の死の真相。
 この物語全話に登場し、笑いの要素となる清順の次女お若夫妻の喧嘩の仲裁に、琴も出掛けるのだが、その凄まじい夫婦喧嘩に清順を交えたやり取りが妙に面白可笑しいのだ。

魑魅魍魎
 嫡男意健之丞の息子の徳之進が麻疹に罹り、琴は八丁堀に見舞いに行くが、今度は健之丞の妻の安江まで麻疹に倒れ…。
 八丁堀では、新盆に琴の娘たちの連れ合いが勢揃い。登場シーンは少ないが、この義兄弟たちの仲の良さも、読んでいて微笑ましい。
 「下げた髪を鉢巻きで縛っている嫁を見た。病人なのに勇ましい感じがする」。
 このように随所に琴の感想が織り込まれているが、それが的を得ながらもユーモラスで楽しい。

笑い般若
 従姉の乃江が突然通油町に琴を訪った。だが、以前の美しく凛とした乃江とはどこか様子が違う。物語中、唯一、乃江の存在が暗い影となる。
 一方、お若の亭主の松尾豊成が蕎麦の大食い大会に出場し、倒れて清順の元に運ばれる。この時の、伝兵衛の台詞。「医者のくせに何だってそんなことをするんだろうね、あいつは」。には、思わず声を上げて笑った。
 大食い大会は、当時の江戸の流行であったが、このように物語には江戸の情勢が緻密に織り込まれているのが嬉しい。

土中の鯉
 賀太郎が思いを寄せる、駕篭屋江戸善の後家お冴の息子の勘太が、絵師の弟子となって通油町にやって来た。また、夫の死の輪郭が浮かび上がる。
 「何も年上の子持ち女を選ばずとも~琴は胆が焼けて仕方なかった」。「色白で、子どものくせに分別臭い表情をしている~」。など、琴の心情が的確に表現され、読み手も一気に賀太郎とお冴の関係が気になっていく。

涙堂
 火事で家を失ったお冴と勘太は、賀太郎の元に身を寄せる。そして、伊十が倒れ…。
 夫の死の真相も分かり、伊十の純な思い、お若夫妻の奇妙な愛情…。全てがハッピーエンドではないが、それも日常といった締め括りは、琴が血の道の薬が必要となっている事が伝兵衛との語らいの中でばれるという、ユーモラスさで締められている。
 
主要登場人物
 高岡琴...北町奉行所臨時廻り同心高岡靫負の妻
 賀太郎...絵師歌川国賀、琴の次男
 三省堂藤倉屋伝兵衛...絵草紙問屋主、琴の幼馴染み
 江場清順...医師、琴の幼馴染み
 高岡健之丞...琴の嫡男
 安江...健之丞の妻
 お若...清順の次女
 松尾豊成...お若の夫
 竹蔵...彫師
 乃江...馬喰町公事宿の元女将、琴の従兄弟
 お冴...駕篭屋江戸善の後家



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さんだらぼっち~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月29日 | 宇江佐真理
 2002年1月発行

 髪結い伊三次シリーズ第四弾。実は同シリーズで最初に読んだのが、この作品。そして最初の最初に鬼の通る道を読み、伊三次とは何者だ。言動からして偉く男前だと関心させられたものだった。
 こちらも全話が、涙なくしては読めない逸作。読み終えた後、伊三次シリーズを全て買い求めたのは必然だろう。

鬼の通る道
 十二歳にになる、不破友之進の嫡男龍之介が、手習いに通うのを嫌がり熱まで出した。それは、八丁堀で真っ昼間に葛野勾当という盲人が何者かに殺された頃と前後していた。
 あぐりへの淡い思いと、正義感に揺れる龍之介を説得する伊三次の男気に魅せられる。また、不破友之進の一本気な気質も実に良く表現されていた。
 「江戸の春の黄昏は、ぼんやりと頼りないような感じで忍び寄る」。
 一連の事件の結末を、こんな言葉で締め括る宇江佐さんのセンスに感動した。

爪紅
 大川端に土左衛門が上がった。そのおろくは、爪紅を付けた娘だった。次に娘の首縊りが発見されるが、その娘の爪にも紅が塗られていた。
 一方伊三次は、忍び髪結いをしていた頃の馴染みのお喜和と再開する。伊三次とお喜和の過去が晒されるが、男盛りの伊三次は、お喜和の老け方から年月の流れを感じ取る。女性に取っては残酷な老いだが、現実的を突き付ける事によってより男女のリアリティを示している。実際女性には中々書けないだろうが、宇江佐さんは目を反らしてはいない。
 
さんだらぼっち
 木戸番に訪れた武家の父娘と、その後、花火の夜に再開したお文(文吉)だったが、三度目にその父親を見掛けたのは…。
 宇江佐さんの表現を借りるなら、鼻の奥がつんと痛んだ。涙が膨らんだといったところだろうか。どうにもこうにも、悲しくて悲しくて…。
 そんな悲しみをお文は、「訊きながらお文も喉に塊ができたように苦しくなった。無理に唾を呑み下すと涙が湧いた」。と表現している。


ほがらほがらと照る陽射し
 長屋で子どもを虐待する母親に激怒し、火傷を負わせてしまったお文は、伊三次と暮らした長屋を去り、日本橋で桃太郎という権兵衛名で芸者家業に戻った。一方の伊三次は、お喜和の店で掏摸の直次郎を見掛ける。どうやらお喜和のひとり娘のお佐和と愛惚れらしい。
 これまた、直次郎の決断に乾かぬ涙の上塗り。「商売道具を置いて来た」。この言葉の意味するところのシーンは…。
 そんな傷ましい場面を、「ほがらほがらと照る陽射しが眩しくて、伊三次は思わず瞳を閉じた。再び目を開けた時、視界の中に直次郎の姿はなかった」。で括っている。その前からの十五行程は必読。
 いいな直次郎。

時雨てよ
 伊三次とお文を伴い佐内町の仕舞屋に移る。そこに、九兵衛という小僧が弟子になりたいと言い出す。新たな展開を見せる伊三次とお文の周囲である。
 子を巡りおみつが、抱いたお文への疑念。それを知ってしまったお文の憤り。「お文は、わざと顔を上げて降りしきる雨を受けた」。辰巳芸者だねと、お文の気質を知れる一説。だが、これで終わりでないのが宇江佐さん。最期には、翁屋九兵衛の「時雨だから、すぐに止むよ」。の台詞が続く。これにて、悲しみも直ぐに癒えると読者に知らしめし、次の章への布石としているのだ。

主要登場人物
 
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 龍之介...友之進の嫡男
 
 松助...不破家中間
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 おみつ...弥八の妻
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 
 小泉翠湖...龍之介の手習いの師匠
 
 あぐり...翠湖の娘
 お喜和...小間物屋
 
 お佐和...お喜和の娘
 直次郎...掏摸
 翁屋九兵衛...箸屋の大旦那
 翁屋八兵衛...箸屋の旦那、九兵衛の嫡男
 
 九兵衛...九兵衛店の岩次の息子
 おこな...お文の元女中


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甘露梅~お針子おとせ吉原春秋~

2012年03月28日 | 宇江佐真理
 2001年11月発行

 日本橋上槙町の岡っ引きの女房だったおとせが、亭主の死後、お針子として吉原の遊女屋に住み込む事になった。そんなおとせの目を通して描かれる、華麗な吉原の裏の姿。
 また、これまで単なる遊郭だとばかり思っていた吉原が、実は町になっていると知る事が出来る。そして、アミューズメント・パークのような華やかなりし吉原の四季を、美しい表現で再現している。

仲ノ町・夜桜
 仲ノ町の通りに桜を植える職人の中に、海老屋の花魁喜蝶の馴染みの日本橋廻船問屋伊賀屋の若旦那の姿が合った。
 一方、江戸府内で、小さい女の子が悪戯される事件が続いていた。その近くに、海老屋の養子福助の姿を見掛けた人がいると言う。おとせは福助の行動を見張るように頼まれるのだった。
 全編を通して静かに進行する喜蝶と妓夫の筆吉の思いが、僅か3行だが、この時は、目線が絡み合うという表現で、二人の親密度を知らしめしている。

甘露梅
 甲子屋の振袖新造雛菊が、足抜けをするつもりではないかと、引手茶屋花月の主、花月亭凧助は、おとせに打ち明ける。
 そんな折り、花月亭で甘露梅の仕込みが行われ、雛菊も手伝いにやって来た。
 大方の読み手の予想を覆す雛菊の選択。無言の凧助と雛菊とのシーンは必読の価値有り。このシーンで、吉原の悲壮さを払拭している。
 
夏しぐれ
 愛猫のたまの姿が見えなくなり、喜蝶は気落ちしていた。そもそもたまは、浮船という花魁の猫であったのだが、浮船が切見世に落とされる時に喜蝶に託されたのだった。
 これは切ない話だ。花魁でありながら、足抜けを計り切見世に落とされた浮船が、廓の女の意地と張りを見せ付けてくれる。
 


後の月
 おとせは凧助を頼りにしていたが、その事で良からぬ噂が流れていた。
 また、海老屋の振袖新造よし乃の周囲できな臭い臭いが立ち込める。
 よし乃が吉原に沈められた訳が切ない。彼女もまた、凛とした女である。この小説に登場する遊女たちはみな、埃を持ち、悲しみ嘆くだけでないところが、女流作家による吉原の描き方だと思える。

くくり猿
 凧助がけがの為に寮で療養している間に、喜蝶.に身請け話が持ち上がる。年季明けまで後僅か。その後は、海老屋の妓夫筆吉と所帯を持つ事を誓い合っているだけに、おとせも気が気ではない。
 おとせと凧助の気持ちが次第に信頼から前に進もうとしている中、喜蝶と筆吉の結末が…。
 これまで、遊女たちの見事な選択を快く読み進めていただけに、喜蝶と筆吉のラストは何とも言い難い。だが、これも二人の潔い選択だったのだろうか?

仮宅・雪景色
 火事に見舞われた吉原は、廓外の仮宅ので営業となった。おとせの奉公する海老屋は深川門前仲町へと移る。これを機におとせは、海老屋を辞める事にしたのだが、それまで溜めた虎の子が消えてしまった。
 あっと驚く締め括り。まさか…。しかしそれも良し。

主要登場人物
 おとせ...遊女屋海老屋のお針子
 喜蝶...遊女屋海老屋の花魁
 
 たより...喜蝶付きの禿
 
 よし乃...喜蝶付きの振袖新造
 
 筆吉...遊女屋海老屋の妓夫
 
 薄絹...遊女屋海老屋の花魁
 
 海老屋角兵衛...遊女屋海老屋の主
 
 お里...角兵衛の妻
 
 福助(富士助)...遊女屋海老屋の養子
 
 小万...遊女屋海老屋の内芸者
 
 小梅...小万の娘
 
 お久...遊女屋海老屋の遣り手
 花月亭凧助...引手茶屋花月の主、幇間(=太鼓持ち)
 
 お浜...凧助の妻
 雛菊...遊女屋甲子屋の遊女
 
 浮船...切り見世の遊女
 鶴助...おとせの息子、呉服屋に奉公
 
 おまな...鶴助の妻
 
 才蔵...鶴助の子
 
 お勝...おとせの娘

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おぅねぇすてぃ~Honesty 明治浪漫~ 

2012年03月27日 | 宇江佐真理
 2001年11月発行

 文明開花に沸く明治5年を舞台にした明治浪漫小説。英語通詞を志し、函館の商社で働く雨竜千吉。一方、横浜で米国人の妻となったお順。互いに淡い恋心を抱いていた二人が再開し…。
 実存した福士成豊(卯之吉)をモデルに描いた宇江佐さん初の明治物。

可否 (かうひい)
 明治5年、函館の日本昆布会社に転勤になった千吉は、独学で通詞となった卯之吉に教えを乞いながら、英語の通詞を目指しているが、友人からの手紙で、幼馴染みのお順が、アメリカ人の妻になったと知らされる。
 明治という時の流れに戸惑いながらも、そこに生きる千吉、お順、小鶴、才門の紹介的序章。
 欧米的な千吉の日常に反し、未だ郭で遊女として生きざるを得ない小鶴の対比が江戸から明治への移行の推移を象徴しているように感じた。

おぅねぇすてぃ
 独学で通詞となった卯之吉に教えを請う為に訪う千吉だったが、卯之吉からは手作りの翻訳辞書を手渡されるのみだった。
 一方、お順への思いを癒す為に女郎屋通いを続ける千吉は、小鶴という女郎と情を交わすようになるが、大火により運命が大きく変わる。
 千吉の通詞センスは、honestyを、「しみ、真実お順に惚れている」。と言い換えた辺りで伺い知る事が出来よう。
 「千吉は燃えるような欲望を感じながら、胸の中がしんしんと冷えていくのをどうすることもできなかった」。
 これは男性特有の感情だろう。女性作者でありながら、男性のこのような心情までをも的確に書き起こせる宇江佐さんには脱帽である。
 
明の流れ星
 大火により日本昆布会社は函館を退去。千吉は横浜の本社勤務となった。
 夫のモディールが本国へ帰る事になったお順。

薔薇の花簪
 モディールとの離婚を決めたお順だったが、夫から、途方もない条件を突き付けられる。
 そして、千吉の前から姿を消すのだった。
 史実を踏まえたストーリ運びは見事だが、千吉と小鶴、また千吉とお順や、才門と富士子の件が、どうにも昼のよろめきドラマのようで、好ましく思えなかった。

慕情
 千吉不在の日本で、繰り広げられるメロドラマ的お順の話に、巻き込まれる是清。
 離れて尚更募る千吉への思いをお順の視点から描いている。
 
東京繁栄毬唄
 千吉、是清ぞれぞれに新たな時代の中で、己の居場所を見付けていく。
 この物語に入り込めなかった理由のひとつには、個人的には、歯切れの良い江戸っ子弁が使われていないことも挙げられるが、ほかの小説と比べて情景の比喩が薄い気がした。

主要登場人物
 雨竜千吉...日本昆布会社社員、旧御家人
 三枝順...モディールの妻、千吉の幼馴染み
 クラーク・モディール...クラーク・モディール商社代表取締、お順の夫
 財前卯之吉...明治政府公認通詞
 袴田...マイケル・ケビン(英語教師)の商社の事務、千吉の学友
 水野是清...旧大名家嫡男、千吉の学友
 才門...人力車の車夫、千吉の学友
 小鶴...梅本楼遊女

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春風ぞ吹く~代書屋五郎太参る~

2012年03月26日 | 宇江佐真理
 2000年12月発行

 先祖の不始末から、小普請組に甘んじる村椿五郎太は、学問吟味に通り御番入りを目指している傍ら、生計(たつき)の為に、文茶屋ほおずきで、代書の内職をしている。
 悪人の登場しない、ほのぼのとした時代劇に、読み終えた後の爽快感が残る。
 実はわたくしは、この後編の、「無事、これ名馬」を先に読んでしまい、村椿? どこかで聞いたような名だと思い出し、たろちゃんのお父さんだと知り、もの凄く嬉しく興奮しながら読んだものだ。

月に祈りを
 文茶屋ほおずきに、文を頼んできた武家風の女。作年の同時期にも文を託された事に気が付く。手紙の宛先は少年だった。
 また、幼馴染みの俵紀乃の家に文を届ける事になった五郎太。最近、紀乃の事が気になっていた。
 村椿家と俵家の関係の序章にもなっているが、五郎太、紀乃との恋が始まる件。
 「遠くで野良犬の遠吠えが聞こえる。しかし、静かな春の夜だった」。恋に焦がれ寝付かれない夜の比喩が素晴らしい。
 また、紀乃の父親平太夫の横柄な態度を、「そっくり返って、後ろにばったり倒れないかと心配になるほどである」。など、五郎太目線の平太夫の様が全編を通して笑える。

赤い簪、捨てかねて
 五郎太のかつての手習所の師匠の橘和多利が、備前国での仕官が叶った。五郎太が荷物の整理を手伝っていると、1本の簪が出てきた。
 「猪口の中に和多利の涙が滴り、小さな波紋を作った」。和多利の言葉に出来ない苦しい胸中を現した一説である。大人の男の涙を嫌味な程に現している。
 これを受けて五郎太は、「男は、このような涙を流すべきではないのだと五郎太は思った」。とある。これは涙を卑下するのではなく、もっと素直でいられる時に泣くべき時は泣くべきだと伝えているのだ。
 大人の恋の始末の仕方と、静かに進む五郎太と紀乃の恋が絡み合う。

魚族の夜空
 客に頼まれた手紙は、父親が家出した息子に宛てたようだが、訛りが強く届け先が明確でない。
 そんな折り、五郎太は、昌平坂学問所の天文方指南の二階堂秀遠に出会う。
 風変わりな秀遠に引かれる五郎太は、秀遠に同行し彼の故郷の檜原村へと向かい、秀遠を通し親子の在り方を学ぶ、夏休み要素の強い一編である。また、紀乃と大川の花火を見物するなど、ふっと蚊遣りの香りが鼻腔をくすぐる話に仕上がっている。

千もの言葉より
 昌平坂学問所の師匠大沢紫舟の元で、試験勉強の追い込みを掛ける五郎太。そんな矢先に、俵紀乃の兄の内記に、吉原へ誘われる。その吉原で五郎太は、思いも寄らずに大沢紫舟の過去を知る事になる。
 祝言を控えた紀乃の兄内記が、男女の事を知っておきたいと、吉原に繰り出す話である。
 そこで花魁、遊女と男たちの件で笑わせながらも、紫舟の過去の純愛に触れるなど、宇江佐さんならではの、一度で二度美味しい技法(?)が生きている。

春風ぞ吹く
 一人の老人と知り合った五郎太。後日、老人から譲り受けたのは、学問吟味の仔細を纏めた指南書だった。その老人こそ、狂歌師として有名な蜀山人大田南畝であり、彼こそ齢四十六で学問吟味を一番の成績で通った伝説の人だったのだ。
 一方で紀乃との間にクライマックスが訪れる。結果はどうなるか…。
 最期までおのぼのとし、後味の良い一作である。

 余談ではあるが、続編の「無事、これ名馬」。わたくしは、宇江佐さんの作品の中で、この作品が一番好きなのだが、ここに登場する十数年後の五郎太も、相も変わらずおっとりとして鷹揚な良い父親である事を付け加えよう。

主要登場人物
 村椿五郎太...小普請組
 里江...五郎太の母親
 伝助...水茶屋(文茶屋)ほおずきの主、五郎太の幼馴染み
 彦六...水茶屋(文茶屋)ほおずきの奉公人(文の配達)
 俵平太夫...小普請組
 内記...平太夫の嫡男、御番入り
 藤乃...平太夫の妻
 紀乃...平太夫の娘
 弥生...吉原引手茶屋えびす屋内儀、五郎太の幼馴染み
 橘和多利...手習所の師匠
 二階堂秀遠...昌平坂学問所の天文方指南
 大沢紫舟...昌平坂学問所の師匠
  

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余寒の雪

2012年03月25日 | 宇江佐真理
 2000年9月発行

紫陽花
あさきゆめみし
藤尾の局
梅匂う
出奔
蝦夷松前藩異聞
余寒の雪 計7編の短編集

 吉原、女浄瑠璃、大奥、女太夫、御家騒動など、設定に捻りを加えながらも、市井の暮らしに結び付けて描いた、ほろ苦い大人の群像劇7作。


紫陽花 大伝馬町
 江戸屈指の大店の太物屋近江屋の内儀お直は、元は吉原の振袖新造であった。ある日、吉原の妓夫房吉が、遊女梅ヶ枝の死を知らせに訪った。
 先ずは、お直の回想シーンで描かれる梅ヶ枝が哀れでならず、救いはないものかと出口を捜すが、その答えを知るのは主人公のお直と同時といった手法を取っている。
 また、宇江佐さんの作品には、着物の裾を少し手で分けて片足を覗かせたような粋な町人が登場するが、この話では終盤房吉が、手に持った花と線香を持ち上げて、「これをお供え致しやす」。と言ったこの台詞だけで、粋な着流し姿がふと頭に浮かんだ。

主要登場人物
 お直...近江屋半兵衛の妻、元は振袖新造春園
 近江屋半兵衛...太物屋近江屋の主
 房吉...吉原の妓夫
 梅ヶ枝...吉原の女郎

あさきゆめみし 神田紺屋町
 女浄瑠璃の竹本京駒を贔屓にし、日がな両国広小路の金比羅亭に通う、紫屋つばめ屋の嫡男正太郎は、呉服屋伊勢屋の直助が苦手であった。
 それが、直助が正太郎の思いを知りつつも、京駒と深間になったと知って…。
 今風の追っ掛けの話なのだが、やはりそれだけでは終わらないのが宇江佐さん。安助の息子安吉が紫瓶に落ちたシーンからは、正太郎の台詞に泣かされます。

主要登場人物
 正太郎...紫屋つばめ屋の嫡男
 お藤...正太郎の姉
 安助...紫屋つばめ屋の番頭
 直助...呉服屋伊勢屋の嫡男
 仙吉...瀬戸物屋まつ田の息子
 重蔵...紺屋田村の息子
 竹本京駒...女浄瑠璃師

藤尾の局 浅草御蔵前
 両替商備前屋の後添えのお梅は、先妻の息子清吉と清次郎の酒乱振りに怯える日々。そんなお梅の様子に、実子のお利緒は、気が気ではない。
 ある日お梅は、己が江戸城の大奥にて老女藤尾を名乗っていた事。そして当時の悔やまれる短慮をお利緒に話すのだった。
 正直大奥女中の話はぴんとこなかったが、実家へ戻ったお梅を、娘のお利緒が迎えに来たシーン。外で待つ清吉。
 「向かい側の路地の塀に凭れて待っていた」。
 巧い。これだけで清吉の気後れしながらもお梅に詫びる姿。それを素直に現せないはにかみのようなものが感じ取れる。

主要登場人物
 お梅...両替商備前屋の後添え、元は老女藤尾
 お利緒...お梅の娘
 清吉...両替商備前屋の嫡男
 清次郎...両替商備前屋の次男

梅匂う 西両国広小路
 小間物屋千手屋を営む助松は、見世物小屋の女力持ちで評判の大滝太夫にひと目惚れしてしまうい、見世物小屋に日参する。そんなある日、太夫と会う機会を得るのだった。
 女に不慣れな男が、いい気になってみたり、落ち込んでみたりをしながらも、幸せを掴むマニアックな男の純愛物語。

主要登場人物
 助松...小間物屋千手屋主
 伊助...小間物屋千手屋手代
 大滝太夫...女力持ち
 金蔵...近所の隠居

出奔
 御休息御庭之番支配の川村修富は、ふいに姿を眩ませた甥の勝蔵が気掛かりであった。
 出奔の届けを出したものの、川村家の存続も危ぶまれる一方、勝蔵の出奔の訳が全く持って分からず。
 これはもう、涙なくしては語れない切ない、いや切な過ぎる話しに、遣る瀬ない思いが募った。

主要登場人物
 川村修富...御休息御庭之番支配
 川村新六...修富の兄、漆奉行配属御庭番
 川村勝蔵...新六の嫡男、小十人格御庭番
 北川彦太郎...伊賀者の御庭番
 おまち...大奥お末(女中)

蝦夷松前藩異聞 蝦夷松前
 蝦夷松前藩藩主の家系には、忌まわしい血が流れている。現藩主の松前昌広もそれに漏れず乱行が目立ち始めていた。
 家老の蠣崎将監広伴は、御家の為を思い昌広の弟の崇広を次期藩主に着けようとするも、その前に致仕の沙汰が下りた。
 史実を元にこの後も宇江佐さんは松前藩物を多く書いておられるが、どうにも藩主、蠣崎家の名前が混乱してしまい、何度も確認しながらになるので、話の筋よりもそちらに目がいってしまい、中々筋が頭に入らなかった。ただこれは一重にわたくしが、松前藩に疎いが故で、知っている方には大変興味深いだろう。

主要登場人物
 蠣崎将監広伴(栄吉)...蝦夷松前藩家老

 山田三川...藩校徽典館に招聘した儒者

 小林次郎左衛門...蝦夷松前藩家老

 松前昌広...松前藩主

 ニシパ...蝦夷(アイヌ)、元蠣崎家下男

余寒の雪 八丁堀
 女剣士になることを夢見婚期を逸していた知佐は、叔父夫婦に伴われ、剣術の腕を磨く為に江戸に出た。だがこれは実は知佐の両親の企みで、同心の鶴見俵四郎と祝言を挙げる為だったのだ。
 知佐の気持ちの変化が手に取るように分かり、共鳴出来る。己が意地を張っていながら、俵四郎に引かれていく女心。
 「俵四郎がひと言、この家に留まってくださいと言えばいいのにと心の中で叫んでいた」。この一文が全てを現している。俵四郎がどう出るのか、わくわくする思いで読み終えた。
 
主要登場人物
 原田知佐...仙台伊達藩士原田文七郎の娘
 
 飾磨鉄三郎...伽藍堂主、知佐の叔父
 
 さな...飾磨鉄三郎の妻
 
 鶴見俵四郎...北町奉行所同心
 
 松之丞...俵四郎の嫡男
 
 春江...俵四郎の母




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さらば深川~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月24日 | 宇江佐真理
 2000年7月発行

 一話毎に、レギュラー陣によって主人公が変わり、そこに伊三次が絡む手法は、一作目から同じであり、そしてほぼ隔話で伊三次が主役となっていくのだが、読み手を混乱させない進行は相変わらず素晴らしい。
 また、どの話においても瞬時に読み手を引き付けさせる季節感も、見事な冴えである。それは着る物であったり、空模様であったり、草木であったりと。

因果堀
 お文の紙入れを掏った女は、岡っ引きの増蔵とは縁浅からぬ間柄だった。
 スピンオフで、岡っ引きの増蔵の過去を紹介していると同時に、凄腕の巾着切りの直次郎が、愛すべくキャラとして登場。
 わたくしは、このシリーズの中で、直次郎がいっち好きなキャラである。粋な黒の着流し、男前でありかつ凄腕。それでいて、お姐言葉。愛らしく憎めない。
 増蔵の静かで深い思い。お見事。
 また増蔵と留蔵がどうも混乱していたが、これにてはっきりと区別を付ける事が出来る。

ただ遠い空
 女中のおみつが留蔵の手下の弥八と所帯を持つ事になり、お文(文吉)の元には、喜久寿の仲立で、おこなという訳ありの娘が女中としてやって来た。
 単なる女中の交代ではなく、おこながどこまで全うなのか。信用して良いのか否かをはらはらさせられ、活字を追う目を止められなくなる。

竹とんぼ、ひらりと飛べ
 美濃屋の内儀おりうは、その昔愛惚れだった侍との間の、産み落とすと直ぐに養子に出された娘を捜していた。弥八はその娘がお文じゃないかと言う。
 これまで触れられなかった、お文の過去が一気に明るみになる。

護持院ヶ原
 辻斬りの下手人として疑いを抱かれている秋津源之丞は、本多甲斐守の御小姓組である岸和田鏡泉の庇護を受ける。その岸和田鏡泉は幻術を扱う恐るべき存在だった。
 残忍な殺人犯である秋津源之丞だが、付き合いを始めれば人懐こい面を見せたりと、人は一方的な気質だけではないと、多角的見地から人間像を描く宇江佐さんの眼力を讃えずにはいられない。

さらば深川
 伊勢屋忠兵衛の世話を断ったお文(文吉)の元に、伊勢屋の奉公人が住まいの普請の取り立てにやって来た。時を同じくし、伊勢屋の名を使った騙りが頻発。事実の解明に伊三次は紛争する。
 そして悪い事は重なるもので、お文の住まう蛤町が火事に見舞われる。
 伊三次とお文。如何してここまで艶っぽく描けるのか。見事なまでの男女の仲を思い描く事が出来る作品。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...深川芸者
 おみつ...お文の女中、弥八の妻
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 
 龍之介...友之進の嫡男
 松助...不破家中間
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下、留蔵の養子
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 喜久壽...お文の朋輩芸者
 直次郎...掏摸
 お絹...すっ転びお絹、掏摸
 信濃屋五兵衛...材木問屋
 伊勢屋忠兵衛...材木仲買商
 おこな...お文の女中
 おりう...美濃屋のお内儀
 茂作...駕籠屋
 おさき...茂作の娘
 岸和田鏡泉...本多甲斐守の御小姓組
 秋津源之丞...岸和田鏡泉の小者
 藤助...詐欺師


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雷桜

2012年03月23日 | 宇江佐真理
 2000年4月発行

 映画を先に観てしまい、どうにも「???」だったので、読むのを躊躇っていたが、宇江佐さんのほかの作品を読み進めるうちに、これは、映画の脚本のせいではないのか? 宇江佐さんの世界を映像で現し切っていないのではないか? 宇江佐さんの情緒的な表現は活字でなくては伝わらないのではないか? と思い手に取ってみたところ、全く思っていた通りで、宇江佐さんの原作は別物で、登場人物や背景の描写が視角的に伝わる映像よりも、勝った文章である。
 映像にすると言う事はこういう事かと改めて感じた作品。

雷桜
 隠居してた榎戸角之進は、往年の思い出に捕われ旅に出た。その途中の茶店で、狼女と呼ばれている、お遊の名を耳にする。
 瀬田村を巡る島中藩と岩本藩の抗争に巻き込まれたお遊は、瀬田村の名主の娘であったが、何者かに赤子の内にさらわれ、瀬田山山中で育った娘である。
 そんな野性味のある屈託ない娘と、癇癪持ちで短慮な 清水家の当主の斉道との恋心を、落雷を受けながらも蘇生し、見事な花を咲かせる1本の桜の大木に謎り、情感をそそらせる。
 この演出には、やられた! と脱帽せざるをえない。なぜなら、将軍家の若様(斉道は将軍家斉の十七子の設定)と、百姓娘の恋だけでも、十分に物語には成りうるところに、生命の息吹を持ち出し、別れのシーンやそのたで効果的な美しさを表現している。
 また、恋、御家騒動に加えサスペンス色もあり、全編あっと言う間に読み終えてしまった。
 本を閉じ、脳裏に浮かんだのは、桜の大木は、さわさわと吹く風に抗う事無く花びらを舞わせていた。

主要登場人物
 お遊...瀬田助左衛門の娘
 清水斉道...御三卿清水家当主
 榎戸角之進...清水家用人
 瀬田助左衛門...瀬田村名主、お遊父親
 助次郎...瀬田助左衛門の次男、お遊の兄
 助太郎...瀬田助左衛門の嫡男、お遊の兄
 お初...助太郎の妻
 吾作...瀬田家の下男
 傘五郎....瀬田村組頭
 正次...瀬田村出身で江戸の油問屋に奉公、助太郎の幼馴染み
 寅吉...正次の兄
 鹿内六郎太...島中藩馬廻り
 山中善助...島中藩馬廻り



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おちゃっぴい~江戸前浮世気質~

2012年03月22日 | 宇江佐真理
 1999年12月発行

町入能
おちゃっぴい
れていても
概ね、よい女房
驚きの、また喜びの
あんちゃん 計6編の短編集

 人間描写は何時もの通りに優れているが、宇江佐さんの作品集としては珍しく、切なさではなく明るさが心に染みる清々しい下町の人情物6編。

町入能 本石町
 朝な夕なに江戸城の富士見櫓を仰ぐ、大工の初五郎はは、千代田の城にはひとかたならない思い入れがある。そんなある日、大家の幸右衛門に先導され、甚助店の店子たちは城で催される町入能を観に行ける事になった。
 城へ入る為の装束を持ち合わせない店子たちが、大家の用意した貸衣装で出掛けるシーン。芝居そこそこに城内で舞い上がる店子たち。店子同士の人情などが搦められた笑える下町物で、さらっと読む事が出来る。

主要登場人物
 初五郎...大工
 おとき...初五郎の妻
 花井久四郎...浪人
 みゆき...花井の妻
 幸右衛門...大家
 
おちゃっぴい 浅草御蔵前
 浅草御蔵前の札差駿河屋のひとり娘お吉は、手代の惣助との縁組みに腹を立て足袋裸足で飛び出した。追い掛けて来た惣助をまく為に飛び込んだ水茶屋で、菊川英泉という絵師に出会い、そのまま葛飾北斎の元を訪った。
 英泉に粋な台詞、振る舞いが“江戸っ子風”を実に良く現している。宇江佐さんは後にも絵師物を何編も書いているが、どれも粋な男前に仕上がっている。
 また、英泉との出会いでお吉が成長する様を描いたビルドゥングスロマンである。
 
主要登場人物
 お吉...札差駿河屋のひとり娘
 嘉兵衛...お吉の父親
 お玉...お吉の継母
 惣助...札差駿河屋の手代
 菊川英泉...絵師
 お栄...葛飾北斎の娘、絵師

れていても 米沢町
 米沢町の人参湯の二階に集う、薬種問屋丁子屋の菊次郎は、店の借財の為になり田家の娘おかねと祝言を挙げなくてはならない羽目に陥る。だが、そのおかね、お世辞にも奇麗とは言い難く、増してや菊次郎には思いを寄せる女筆指南のお龍がいたのだ。
 家業と恋の板挟みの菊次郎だったが…。
 「れていても、れぬふりをして、られたがり」。このこの川柳、それぞれの最初に「ほ」をつけて読むところからタイトルである。
 男兄弟がおらず、姉とばかり遊んでいた菊次郎の言葉遣い、「あん」、「いやん」が、淡々とした会話の笑いのアクセントになっているようだ。
 思わぬ結末が、お気楽な“江戸っ子”を現しており、明るく楽しい気持ちで読む事が出来た。

主要登場人物
 菊次郎...薬種問屋丁子屋の嫡男
 菊蔵...菊次郎の父親
 お龍...女筆指南
 佐竹玄伯...医師
 与四兵衛...薬種屋鰯屋の嫡男、菊次郎の友
 備前屋長五郎...貸本屋
 善兵衛...小間物屋えびす屋の隠居、菊次郎の仲間
 豊吉...人参湯の三助、菊次郎の仲間
 おかね...なり田家の娘

概ね、よい女房 本石町
 実相寺泉右衛門とおすまという、武家とその女中の夫婦が幸右衛門の甚助店に越して来た。温和な泉右衛門に反し、ずけずけと物を言い、小言の多いおすまに店子たちはうんざりする。
 町入能の続編。
 店子たちはおすまに腹を立てるが当人はお構いなし。今ではこのおすまのような人を見掛ける事は少ないが、僅か半世紀前には、「いたいたこんな人」。と読み進めるうちに、おすまの悲しみが募る。
 話自体は下町物だが、大人になればなるほど奥の深さが感じられる作品ではないだろうか。

主要登場人物
 実相寺泉右衛門...浪人
 おすま...泉右衛門の妻
 初五郎...大工
 おとき...初五郎の妻
 お紺...甚助店の住人
 幸右衛門...大家

驚きの、また喜びの 神田相生町
 外神田界隈を縄張りとする岡っ引き伊勢蔵は、娘の小夏に思い人がいるようで落ち着かない。そんなある正月、小夏が、鳶職の龍吉と楽しそうにじゃれ合うのを見てしまう。そして二人は一緒になりたいと切り出すのだが。
 大好きなシリーズ(後に一作)である。新たに話を切り出して欲しいと切に願って止まないところ。
 脇役ではあるが、龍吉の父親の末五郎の男っぷりには、まいってしまう。こういう人を元祖男前と言うのだろう。

主要登場人物
 伊勢蔵...岡っ引き
 おちか...伊勢蔵の妻
 小夏...伊勢蔵の娘
 龍吉...鳶、か組の火消し
 末五郎...龍吉の父親、鳶、か組の纏持ち
 勘助...か組の頭

あんちゃん 米沢町
 薬種問屋丁子屋の菊次郎は、なり田家の娘おかねと祝言を挙げたが、相も変わらず人参湯通いは続けていた。何時もの顔触れの中に見掛けない林家庵助という男が加わったのは、そんな折りである。
 「れていても」の続編。
 極上の花嫁衣装の似合わない娘もいなかったと、おかねの嫁入りシーンは最悪である。慕っていた菊次郎と添へ、嬉しさで笑顔を向けるおかねの綿帽子を引き下げ、顔が見えないようにする菊次郎。おかねには可哀想だが、大笑いのシーンである。
 おかねは、飽くまでも脇役なので、彼女の心情描写はないが、菊次郎側の見解だけで笑ってしまうのだ。
 また菊次郎と与四兵衛の友情もテーマとなっており、二人の独特な言葉遣いがこれまた面白い。

主要登場人物
 菊次郎...薬種問屋丁子屋の嫡男
 おかね...菊次郎の妻 
 菊蔵...菊次郎の父親
 林家庵助...謎の人物(おかねの兄)
 なり田家常吉...おかねの父親
 与四兵衛...薬種屋鰯屋の嫡男、菊次郎の友
 備前屋長五郎...貸本屋
 善兵衛...小間物屋えびす屋の隠居、菊次郎の仲間
 豊吉...人参湯の三助、菊次郎の仲間
 佐竹桂順...医師(「れていても」では、確か玄伯だった筈)



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深川恋物語

2012年03月21日 | 宇江佐真理
 1999年9月発行

下駄屋おけい
がたくり橋は渡らない
凧、凧、揚がれ
さびしい水音
仙台堀
狐拳 計6編の短編集

 深川で繰り広げられる6つの話である。年齢性別の多岐にわたる視線からの話のどれもが切なく胸を打つ逸品集。個人的には「凧、凧、揚がれ」によどみない涙を流した。

下駄屋おけい 佐賀町
 太物屋伊豆屋のひとり娘おけいは、幼馴染みで下駄清のひとり息子巳之吉に思いを寄せてるが、当の巳之吉は郭通いの果てに家の金を持ち出し勘当同然の身の上。更には家格が違う事からおけいは巳之吉を諦めて嫁に行こうと決め、下駄清の下駄職人彦七に最後の下駄を注文する。
 おけいの一途な思いが巳之吉を動かし、また、水面下で静かに二人の仲立をする彦七の思いが、清々しいラストへと繋がる。

主要登場人物
 おけい...太物屋伊豆屋のひとり娘
 巳之吉..下駄清のひとり息子
 彦七..下駄清の職人(口が利けない)

がたくり橋は渡らない 相川町
 花火職人の信次は、己を振ったおてると刺し違えようと、懐に匕首を偲ばせおてるの塒へ向かったが生憎の不在。そこで、片腕の不自由な錺職人忠助と出会い、彼の半生に耳を傾ける。
 身を以てどん底から這い上がった忠助、おみの夫妻に、頑だった信次の心も次第に溶けていくのだ。ラストで信次がおてると擦れ違うシーンは微妙な男女の揺れを見事に描いている。
 
主要登場人物
 信次...花火職人
 忠助..錺職人
 おみの..忠助の妻

凧、凧、揚がれ 冬木町
 凧師の末松の元には、町内の子どもたちが集まり凧造りに余念がない。そんな光景を小窓から覗き込む小さな娘おゆいの姿が合った。西瓜の絵柄の凧を揚げたいとおゆいは凧造りに励むが…。
 子どもたちに囲まれたほのぼのとした中にも、おゆいの切実な思いが切なく描かれ、6編中唯一のミステリータッチにもなっている。

主要登場人物
 末松...凧師
 おゆい..米問屋越後屋のひとり娘
 おしげ..末松の妻
 正次..末松の次男、米問屋越後屋の手代

さびしい水音 伊沢町
 絵を描くのが好きなお新は、大工の佐吉と所帯を持ってからも、筆を持つ事を忘れなかった。片手間に絵を描く事に理解を示していた佐吉であったが、お新の絵が版元に認められ一躍女流絵師として名が上がると、生活も一編。豊かになった暮らしとは裏腹に二人の間には溝が出来始める。
 誤解が解けた時には、佐吉は引き戻せない生活に入っていた。互いに相手を好いていながら後戻りの出来ない状況を小名木川に架かる橋を絶妙なシチュエーションに使っている。また、佐吉の揺れる思いが臨場感に溢れている。

主要登場人物
 佐吉...大工
 お新..佐吉の妻、絵師
 貞吉..佐吉の兄
 お春..貞吉の妻 

仙台堀 今川町
 乾物問屋魚仙の手代久助は、温和な性質な為に、気難しい主の料理屋紀の川の御用達にされている。その紀の川の娘おりつとの縁組みを持ち掛けられるが、久助は魚仙の娘のお葉に心を引かれている。だが、そのお葉の思い人は、おりつの兄の予平を慕っていた。
 深川八幡祭りなどを背景に、人物像を引き立たせる効果を使ながら、四人それぞれの思いが、複雑に絡まり合う様子を現している。

主要登場人物
 久助...乾物問屋魚仙の手代
 予平..料理屋紀の川の嫡男で板前
 おりつ..料理屋紀の川の娘、予平の妹
 お葉..乾物問屋魚仙の娘 

狐拳 門前仲町、三好町
 深川の芸者上がりのおりんは、材木問屋信州屋の竹次郎の後妻である。その竹次郎の連れ子である新助が、吉原の振袖新造の小扇に入れ揚げ家業を疎かにしている事に一計を巡らせ、小扇を落籍させて新助の女房に据えようとするが。
 宇江佐さんの作品には、芸者や振袖新造が良く登場するが、春をひさぐ商売の彼女たちを陥れる事なく、温かな眼差しで見据えているのを感じていたが、この作品はそれが最も如実であるように思えた。
 大店の若旦那と遊女の恋、親子の情念を明るい笑いで締め括っている珍しい作品ではないだろうか。

主要登場人物
 竹次郎...材木問屋信州屋の主
 おりん..竹次郎の妻
 新助..材木問屋信州屋の嫡男
 小扇..吉原大黒屋の振袖新造

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紫紺のつばめ~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月20日 | 宇江佐真理
 1999年2月発行

 「幻の声~髪結い伊三次捕物余話~」から約2年。伊三次が帰って来た。前回よりも更に内容が濃くなり、読み進めていくうち一編ごとに、目が滲んでしまうくらいのせつない内容である。
 髪結い伊三次捕物余話シリーズ最高傑作と言えるだろう。
 下記「」内に一文を引用したが、日本の四季の美しさを文字でここまで現す事が出来るのかと、目から鱗であった。
 宇江佐さんの文章には、日本語の情景美や忘れていた(または知らなかった)奇麗な表現が多いのも特徴である。

紫紺のつばめ
 「甘酒色の月が東の空にぼんやりと浮かんでいた」。から始まる。この情景美にまずはがんと頭を打たれた思いである。
 お文(文吉)に、伊勢屋忠兵衛からは囲いものにならないか再三の誘いがあったが、以前先代の世話になっていたお文はそれを拒む。すると忠兵衛は見返りなしでお文の世話をしようと申し出たのだった。
 折しも童女の勾引しが横行。その現場で、伊三次はお文が伊勢屋忠兵衛の世話になっていることを知る。
 伊三次とお文の別れが、胸にずんと込み上げる。言葉が足りないが為に生じた誤解が次第に大きく膨らんで取り返しのつかないものとなっていく様が描かれている。

ひで
 「初夏の深川は空の色が縹色に蕩けて見える」。
 大工の棟梁、山屋丁兵衛の髪結いの依頼を受けた伊三次。そこで、幼馴染の日出吉に再開するも、日出吉は丁兵衛の娘と添う為に板前を辞め大工修行に入っていた。
 日出吉の苦悩と伊三次の憤り。そしてラストの深川八幡祭りのシーンは幻想的に描かれ、圧巻される。

菜の花の戦ぐ岸辺
 「神無月の江戸は、そろそろ暮れめいている」。
小間物問屋糸惣の隠居を久しぶりに訪った伊三次だったが、その晩、惣兵衛が何者かに殺害され、あろう事か伊三次に嫌疑が掛る。
 身に覚えのないところではめられていく伊三次。その結末は、惣兵衛の思い出の景色中で静かに締め括られる。
 お文の伊三次を思う気持ちがクローズアップされているが、それよりも番屋を解き放たれた折りの伊三次の啖呵に思いが募った。

鳥瞰図
 
 先の糸惣の隠居殺しの一件から、不破友之進との信頼関係が崩れてしまった伊三次だったが、不破の妻のいなみに髪結いを頼まれる。
 折しも、いなみの実家が離散する原因となった日向伝左衛門が江戸に出て来ていると噂を聞き…。
 いなみの行動を、身を以て守る伊三次の男気が如実に現されている。

摩利支天横丁の月
 
 江戸市中の娘が失踪する事件が続いていた。そんな折り、お文の女中であるおみつが失踪。
「そのままおみつは深川には戻らなかった。翌日も、翌々日も」の記述が胸を打つ。
 おみつへの弥八の思いがクローズアップされた作品。

 5本共、切なく胸が苦しくなる話しだが、決して重々しい終わり方ではなく、前を向いて歩き出す江戸の人々の様を、登場人物の言葉を通して知る事が出来る。
 特に、伊三次とお文の掛け合いの言葉の中に狂おしい思いは感動もの。


主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...深川芸者
 おみつ...お文の女中
 
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 
 松助...不破家中間
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 伊勢屋忠兵衛...材木仲買商
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 大沢崎十郎...いなみの実弟
 
 おとせ...おみつの母
 
 喜久壽...お文の朋輩芸者


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室の梅~おろく医者覚え帖~

2012年03月19日 | 宇江佐真理
 1998年8月発行

 医者の家系に産まれた三男の正哲は、死人の検証を行う“おろく”医者である。“おろく”とは、“南無阿弥陀仏”の六字を文字って死人の呼び方である。その正哲、図体がでかく容貌魁偉で自分の親からさえ、半鐘泥棒と言われるほどである。医者として死人の下手人推理にも関わる正哲。
 その正哲の妻は、一回り年下の小さな産婆のお杏。図らずも人の死と生に関わる夫婦の日常の物語である。

おろく医者
 大川に上がった娘の“おろく”には、身投げよりも先に首を吊った痕があった。
 正哲がお杏を嫁に迎えた件の説明が巧い。本当は、色気のある大人の女の方が良かったと…。そして、お杏が飯を巧く炊けないので、言うのが面倒だから自分で焚く。この辺りで、正哲の鷹揚な人柄が忍ばれ、藤樹zん物に感情移入が出来る。
 また、下手人推理の見事さも見落とせない。

おろく早見帖
 紀伊国平山村に住む華岡青洲のところへ、教えを請うために出向いた正哲だったが、“おろく早見帖”なる書き付けを残していた。この書き付けを元に、お杏が下手人推理に挑む。
 自殺か密室殺人かを証明する為に、自ら厠の掃き出し口から外へ出ようと試みたお杏。この時の描写が見事に描かれている。

山くじら
 紀伊から戻った正哲は、山くじら=獣肉(ももんじ屋)通いにはまる。店先で見掛けたしおたれた親子の様子が気になるが、ついやり過ごしてしまった。後に生所から子どもの腑分けを依頼され、その“おろく”が、あの時の子どもだった事に衝撃を受けた正哲。
 正哲の後悔と子どもの死が、涙を誘う一作。

室の梅
 茅場町の植木市でお杏は、室で育てた小さな梅の木の鉢を買った。間もなくしてその梅を買った店に押し込みが入り、店の人たちが皆殺しにあう。お杏は、身重の身体で事件解決に乗り出すが。
 悲しい結末が夫婦の絆を深め、じんわりと胸が詰まりなが物語はこの夫婦の数年後へと飛躍する。

 全編を通しサスペンス、ミステリー仕立ての中に、人の情を盛り込んでいる。この作品で特に感じたのは、宇江佐さんは女性の心情、立ち居振る舞いばかりでなく、男性のそれをも見事に書き分けている事だ。
 惜しむらくは、後編が描かれない結末に終わっているところである。

主要登場人物
 美馬正哲…検屍医者
 お杏…正哲の妻、産婆
 風松…岡っ引き、お杏の幼馴染
 深町又衛門…北町奉行所定廻り同心
 美馬洞哲…正哲の父、八丁堀の町医者
 美馬玄哲…正哲の長兄、姫路藩酒井家藩医
 美馬良哲…正哲の次兄、松前藩出入りの医者
 おきん…正哲の母
 お弓…風松の妻
 おすが…風松の母で、酒の小売商い「二の倉屋」の女主人
 

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銀の雨~堪忍旦那為後勘八郎~

2012年03月18日 | 宇江佐真理
 1998年4月発行

 下手人に対して寛容な事から、北町奉行所定廻り同心、為後勘八郎は堪忍旦那と呼ばれていた。だが、それに意を唱えるのが、潔癖で真っ向から正論をぶつける若き見習同心の岡部主馬である。
 若故の残酷さを露にする主馬が、次第に人として成長を遂げるまでを追っている。

その角を曲がって
 料理茶屋“よし川”の孫娘・おみちは、親しそうに裏店へ出入りをしている。何の為なのかを探るうちに、裏店に住む男とおみち母娘の過去が明らかにされる。
 この段階では、為後勘八郎、岡部主馬、勘八郎のひとり娘・小夜の人物紹介が主になる。父を思う娘の切な気持ちが溢れているが、それは未だ序章。ページを捲る度に切ない思いに掻きむしられる。

犬嫌い
 見廻りの途中で立ち寄る“紅塵堂”は、岡っ引きの鈴木八右衛門の妻女・月江が切り盛りをする店でもある。二人の間には、ゆたと言う娘がいるが。
 鈴木八右衛門の過去とゆたとの繋がり。また、黒犬に噛まれる事件が勃発する中、主馬と相愛の干鰯問屋の娘・おりせに疑念が浮かび上がる。

魚棄てる女
 しじみ売りの梅助は、橋の上から干物を投げ捨てる女の姿を見掛ける。また、浪干物を売っいる浪人・唐沢郁之助と知り合い親交を深めるうちに二人の因縁に気付いていく。
 しっとりとそしてゆっくりと進む大人の愛を子どもの視点から描いている。

松風
 臨時廻り同心、岡部主水が吉原から身請けした妾を屋敷内に住まわせると噂に上る。時を同じくして、御米蔵に抜け荷に加担しているとの噂も。
 主水は切腹して果てるが、一子・主馬の先行きを案じた勘八郎は、主馬を娘婿に迎えようと話を切り出す。
 一気に急展開を迎えた話に、息を飲む。主水の苦悩と、それを案じる小夜の乙女心が大きく擦れ違い、既に目頭を押さえながらでなくては読み進める事が不可能。
 双方の言い分、思いが実にリアルである。

主要登場人物
 為後勘八郎...北町奉行所定廻り同心
 小夜...為後勘八郎の娘
 半吉...岡っ引き
 
 鈴木八右衛門...岡っ引き、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂主(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 月江...八右衛門の妻、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂女将(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 ゆた...八右衛門の娘(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 岡部主馬...北町奉行所見習同心
 
 岡部主水...北町奉行所臨時廻り同心(主馬の父)
 
 ひさ...主水の妻


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泣きの銀次

2012年03月18日 | 宇江佐真理
 1997年12月発行

泣きの銀次
 岡っ引きなのに、死人を見ると大泣きしてしまう“泣きの銀次”。それは、暴漢に襲われて殺された妹のお菊の屍を前にした時から始まった。
 この事をきっかけに、小間物問屋の跡継ぎの座を捨て、裏長屋暮らしの岡っ引きになった銀次。この事件の一年前から猟奇的な殺人事件が発生していた。
 それから十年、全身黒ずくめの若い女の死体が大川に上がった。十年前の妹殺しとの関わりを探るうちに浮かび上がったのが、叶鉄斎という侍。
 そんな中、銀次の実家坂本屋が賊に襲われ、母のまつを残して家族が殺される。銀次は、岡っ引きを取るか、実家の主に収まるかの選択も余儀なくされていく。
 銀ちゃんは、髪結い伊三次のような男前でもなく、チビでどちらかと言えば、格好良くはない主人公。そして、みっともないくらいに鼻水を啜り上げて大泣きもする。
 そんな銀次シリーズの面白さは、銀ちゃんの心の声にある。呟きの台詞が実に面白く、声を上げて笑った程だ。
 宇江佐真理さんの作品には、「もう止めて」と言葉に出してしまう程に悲壮なシーンが多々あるが、それを涙で洗い流した後、受け止める強さも銀ちゃんの魅力である。また、そんな悲壮なシーンを情景として浮かび上がらせる文章力も宇江佐さんの文章の魔術である。
 銀次シリーズは現在まで三作品あるが、徐々にではなく二作目には子持ちの中年となって老いていく主人公は珍しい。
 
主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、小伝馬町小間物問屋坂本屋の嫡男
 表勘兵衛...北町奉行所定廻り同心

 うねめ...勘兵衛の妻

 慎之介...勘兵衛の息子(習い同心)
 弥助...岡っ引き

 雨宮藤助...見習い同心
 
雨宮角太夫...雨宮藤助の父親
 政吉...八丁堀提灯掛け横丁小料理屋みさごの息子、銀次の下っ引き
 
伊平...みさごの主、政吉の父親
 銀佐衛門...銀次の父親
 
まつ...銀次の母親

 お菊...銀次の妹
 卯之助...坂本屋の番頭
 
お芳...女中
 弥助の娘
粂吉...手代

 辰吉...青物売り
 
おみつ...辰吉の妻

 与平...辰吉の息子
 音松...湯屋の主
 おりん(雛鶴)...酒問屋丸屋内儀




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