2002年5月発行
仕立て屋を生業としながら、裏では同心の小者を務める権佐の物語。宇江佐さんの小説に良くあるシチュエーションだが、通常の捕り物物語と違うところは、主人公の権佐の身体が不自由な設定。
宇江佐さんの作品を粗方読み尽くし、そのほとんどは二度読み、物によっては三度、四度と読んだが、「斬られ権佐」に関しては、再びページを捲る事はなかった。
それは、決して否定しているのではなく、余りにも悲し過ぎるからである。だが逆に、それだけ鮮烈な印象を残す作品と言えよう。
一服の清涼剤となり得るのは、登場人物の誰もが、変えられない運命を受け入れているところだろう。
斬られ権佐
向島の料理茶屋松金に、押し込みが入り、亭主が殺され、番頭が深手を負う。だが、内儀だけはかすり傷ひとつない事に、権佐は不信を抱く。
権佐が、斬られ権佐と呼ばれるに至る出来事を振り返る。蘭方医麦倉洞海の娘あさみを助ける為に、瀕死の重傷を負った権佐を懸命に治療したのは、あさみだった。
正直、物語なのだから、ヒーローは屈強でなくてはならず、どんな無茶なシーンも格好良く切り抜けるものだとの思い込みが払拭されると同時に、ここまで酷い設定を権佐に与えなくても良いのではないかと、一種の恐怖さえ覚える。権佐が負った人生を思うと、話の筋には関係なく涙が溢れる。
流れ灌頂
子堕ろしをした女が麦倉家に運び込まれたが、あさみの治療も空しく、女は息を引き取ってしまった。この事があった後、幽霊が出没するという噂が立つ。
事件とは別のように思える権佐と娘のお蘭との微笑ましさと、権佐行き着けの蕎麦屋の父子の崩れ掛けた絆が描かれているが、実はこの全てが親子の関係性に繋がる、巧みな一編に仕上がっている。
赤縄
蔭間茶屋で2人の男の相対死があった。一方で僧侶清泉と蕎麦を手繰る呉服屋の娘おこのを見掛ける。
衆道の相対死を、どちらも世間的には適わぬ恋である僧侶と町娘の恋への序章として描いている点が、通常の捕り物劇を払拭していると言えるだろう。
この話は事件解決ではなく、権佐が恋を見届けるといった新しい展開になっている。
下弦の月
激しい目眩と吐き気に襲われ、床につく羽目になった権佐は、腹に溜った水を抜く為の手術を受けた。だが、縫合の痕が癒えないうちに、権佐は事件の現場へと向かう。
権佐の痛々しさに、正直、止めてくれ! と叫びたくなった。だが、主人公は何処までも不死身である。然したる心配もないと言えばそれまでだったのだが、この後、心配が事実となるのだ。
温
呉服町でひとり暮らしのおしげが殺された。二転三転する下手人。真の下手人を導き出すには、おしげの半生を知る事にもなった。
権佐の推理は、下手人を挙げるだけに留まらず、常に親の情が下地にある。これは、死期が間近に迫っている事を知る権佐ならではの勘なのかも知れない。
そんな権佐、お蘭の将来の為に、白無垢を縫っておこうとする。
六根清浄
人足寄場送りになっていた盗賊霞の重蔵が娑婆に戻って来た。かつての仲間が、重蔵を一味に引き込む為に、娘おみさを勾引すのだが、そこに権佐の娘のお蘭が巻き添えを喰う。権佐はお蘭を救うため、動かぬ身体に鞭打って立ち上がるのだった。
恋しい女を救う為全身に、八十八カ所に傷を負い、愛しい娘の身代わりとなった権佐の最終章。
もう駄目。涙で文字が追えない。如何して宇江佐さんはこんな結末を望んだのだろうか?
「春の終わりは朧にたそがれていた」。
で文を閉じている。
主要登場人物
権佐...仕立て屋、吟味方与力菊井数馬の小者
あさみ...権佐の妻、蘭方医
お蘭....権佐の娘
次郎左衛門....権佐の父親
おまさ....権佐の母親
弥須...権佐の弟
麦倉洞海...あさみの父親
菊井数馬...南町奉行所吟味方与力
藤島小太夫...定廻り同心
鯛蔵...岡っ引き
清泉(梅田屋清兵衛)...托鉢僧、後に還俗(呉服屋梅田屋の入り婿)
書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村
仕立て屋を生業としながら、裏では同心の小者を務める権佐の物語。宇江佐さんの小説に良くあるシチュエーションだが、通常の捕り物物語と違うところは、主人公の権佐の身体が不自由な設定。
宇江佐さんの作品を粗方読み尽くし、そのほとんどは二度読み、物によっては三度、四度と読んだが、「斬られ権佐」に関しては、再びページを捲る事はなかった。
それは、決して否定しているのではなく、余りにも悲し過ぎるからである。だが逆に、それだけ鮮烈な印象を残す作品と言えよう。
一服の清涼剤となり得るのは、登場人物の誰もが、変えられない運命を受け入れているところだろう。
斬られ権佐
向島の料理茶屋松金に、押し込みが入り、亭主が殺され、番頭が深手を負う。だが、内儀だけはかすり傷ひとつない事に、権佐は不信を抱く。
権佐が、斬られ権佐と呼ばれるに至る出来事を振り返る。蘭方医麦倉洞海の娘あさみを助ける為に、瀕死の重傷を負った権佐を懸命に治療したのは、あさみだった。
正直、物語なのだから、ヒーローは屈強でなくてはならず、どんな無茶なシーンも格好良く切り抜けるものだとの思い込みが払拭されると同時に、ここまで酷い設定を権佐に与えなくても良いのではないかと、一種の恐怖さえ覚える。権佐が負った人生を思うと、話の筋には関係なく涙が溢れる。
流れ灌頂
子堕ろしをした女が麦倉家に運び込まれたが、あさみの治療も空しく、女は息を引き取ってしまった。この事があった後、幽霊が出没するという噂が立つ。
事件とは別のように思える権佐と娘のお蘭との微笑ましさと、権佐行き着けの蕎麦屋の父子の崩れ掛けた絆が描かれているが、実はこの全てが親子の関係性に繋がる、巧みな一編に仕上がっている。
赤縄
蔭間茶屋で2人の男の相対死があった。一方で僧侶清泉と蕎麦を手繰る呉服屋の娘おこのを見掛ける。
衆道の相対死を、どちらも世間的には適わぬ恋である僧侶と町娘の恋への序章として描いている点が、通常の捕り物劇を払拭していると言えるだろう。
この話は事件解決ではなく、権佐が恋を見届けるといった新しい展開になっている。
下弦の月
激しい目眩と吐き気に襲われ、床につく羽目になった権佐は、腹に溜った水を抜く為の手術を受けた。だが、縫合の痕が癒えないうちに、権佐は事件の現場へと向かう。
権佐の痛々しさに、正直、止めてくれ! と叫びたくなった。だが、主人公は何処までも不死身である。然したる心配もないと言えばそれまでだったのだが、この後、心配が事実となるのだ。
温
呉服町でひとり暮らしのおしげが殺された。二転三転する下手人。真の下手人を導き出すには、おしげの半生を知る事にもなった。
権佐の推理は、下手人を挙げるだけに留まらず、常に親の情が下地にある。これは、死期が間近に迫っている事を知る権佐ならではの勘なのかも知れない。
そんな権佐、お蘭の将来の為に、白無垢を縫っておこうとする。
六根清浄
人足寄場送りになっていた盗賊霞の重蔵が娑婆に戻って来た。かつての仲間が、重蔵を一味に引き込む為に、娘おみさを勾引すのだが、そこに権佐の娘のお蘭が巻き添えを喰う。権佐はお蘭を救うため、動かぬ身体に鞭打って立ち上がるのだった。
恋しい女を救う為全身に、八十八カ所に傷を負い、愛しい娘の身代わりとなった権佐の最終章。
もう駄目。涙で文字が追えない。如何して宇江佐さんはこんな結末を望んだのだろうか?
「春の終わりは朧にたそがれていた」。
で文を閉じている。
主要登場人物
権佐...仕立て屋、吟味方与力菊井数馬の小者
あさみ...権佐の妻、蘭方医
お蘭....権佐の娘
次郎左衛門....権佐の父親
おまさ....権佐の母親
弥須...権佐の弟
麦倉洞海...あさみの父親
菊井数馬...南町奉行所吟味方与力
藤島小太夫...定廻り同心
鯛蔵...岡っ引き
清泉(梅田屋清兵衛)...托鉢僧、後に還俗(呉服屋梅田屋の入り婿)
書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村