うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

ときぐすり

2013年05月31日 | 畠中恵
 2013年5月発行

 お気楽な、名主の跡取り麻之助と、家督を継いで名主となった清十郎。そして八丁堀見習同心の吉五郎。3人の悪友たちが繰り広げる人情物語「まんまこと」シリーズ第4弾。

朝を覚えず
たからづくし
きんこんかん
すこたん
ともすぎ
ときぐすり
朝を覚えず 計7編の短編連作集

朝を覚えず
 妻のお寿ずを亡くしてから1年、未だ本来の姿には程遠い麻之助は、清十郎から眠り薬を巡る騒ぎの相談を受ける。
 太源という若い医者が処方した眠り薬を飲んだ人が死亡したり目を覚まさなくなったり…。飲んだ人によって効能が違うばかりか一服の分量にも違いが。
 麻之助、清十郎は、我が身を張った危険な手段で薬の謎を解明する。

たからづくし
 親類たちから縁組みを強く迫られたその日、清十郎はその場から飛び出したまま、姿を消した。清十郎を探す麻之助と吉五郎だったが、両国の貞が、金貸しの丸三が、見目麗しい武家娘に熱を上げていると聞かされ、同時にその娘を探って欲しいと頼まれる。

きんこんかん
 両国広小路の小屋掛けで、3人の見目麗しい娘が営む菓子屋が繁盛していた。男たちは娘目当てに店に通うも、娘たちの目当ては吉五郎にあると言う。それを両国の貞から聞かされた麻之助だっが、吉五郎の身持ちの固さを思うとにわかには信じ難い。
 娘3人の吉五郎を巡るバトルには絡繰りがありそうだと、麻之助は貞の父親である元締め・大貞を巻き込み采配に出る。

すこたん
 菓子を食べるとき不可欠なのは、皿か、それとも茶か。 瀬戸物問屋・小西屋彦六と茶問屋・増田屋久七の跡取り息子同士の下らない裁定をすることになった麻之助。だが、その背後には茶屋娘を巡る恋の鞘当てがあった。
 因果を含め争いを終わらせた麻之助だが、しばらくすると、いわくつきの娘・緒すなの高額の持参金を巡る縁組にて、またも両家は歪み合う。
 緒すなに相応しい縁組みとは。麻之助は、彼女の気質・条件を考慮し、鼈甲櫛笄商・辰巳屋春之助に妻合わせてはどうかと…。

ともすぎ
 吉五郎が足繁く市谷御門へ通っていると耳にし、麻之助と清十郎、金貸しの丸三は真意を確かめるため、市谷御門へと赴く。そこで出会った徒目付組頭の村井新左衛門に案内されたのは、彼の許嫁の三吉潤。嫁入り前に小太刀を習いたいと言う潤に義父・小十郎の命で吉五郎は指南をしていたのだった。
 一方で、武家たちが出世のために、金貸しを仲立に上役に賄賂を送っている事を探る吉之助。その矢先、丸三が忽然と消えた。
 丸三の行方を追う、3人。果たして意外な人物が浮かび上がる。

ときぐすり
 愛猫・ふにが、高い木から降りられなくなり難義しているところを、北国から江戸にやって来たばかりの少年・滝助に救われた。
 ひょんな出会いから麻之助は、滝助の身の振り方に手を差し伸べる運びとなる。
 麻之助は滝助を、糊売りの老婆・むめに預け、独り暮らしの袋物師・数吉親方の飯炊きをさせる。
 だが、滝助の生い立ちは、孤児だったところを掏摸に拾われ、盗賊の手下として飯炊きをしていたというものだった。折しも、北国での検挙を逃れた盗賊の一味が江戸に潜伏。
 そしてついにある夜、盗賊たちが滝助の元にやって来た。

 畠中氏の作品の中で、一番好きなシリーズの待ちに待った新作。胸を躍らせながら読んだ。そして期待を裏切らない素晴らしい内容であった。
 シリーズ開始時は、お由有に淡い恋心を抱いていた麻之助だったが、寿ずを娶り子が授かり幸せが続くと思われた矢先に、産褥から母子共に鬼籍に入る。
 そして、その傷を癒しながら、友情、町名主としての責務に関わるといった内容である。
 そんな中、やはり麻之助も物語も成長し、関わる人物も変わってきた。吉五郎の姪に当たるおこ乃との今後の進展を匂わせながら、高利貸し・丸三や両国の貞との繋がりが全編に広がる。
 「すこたん」と「ともすぎ」に関しては、詰め込み感が多少否めなくもあるも、全体を通し、ふんわりと柔らかい麻之助ワールドに、江戸を背景に見る事が出来る作品である。
 また、本作品から吉五郎の養子先の様子も少しづつ描かれ、義父・小十郎に関してはかなり魅力的なキャラに仕上がっているため、今後のシリーズに顔を出し、関わっていく事を感じさせる。
 畠中氏の作品は、登場人物を頭の中で整理し易いのも特徴的で、よって物語に入り込むのが容易である。
 発売から未だ幾日を過ぎていないので、結末などは伏せておくが、この一冊から読み始めても、前作までの流れを掴め、更には前作を読みたくなる事は必須だろう。
 今後も、同シリーズの更新を望んで止まない。
 畠中氏と言えば、「しゃばけ」シリーズが余りにも有名だが、未だ氏の作品を読んだ事のない方には、この「まんまことシリーズから入る事をお勧めしたい。今回は切なさの募る話や、ほろ苦さは含まれていなかったが、寿ずを失った麻之助の描写は、シリーズ中でも畠中氏の作品中でも、3本の指に入る巧さである。同シリーズには、決して裏切らない面白さがある。

主要登場人物
 高橋麻之助...神田の古町名主宗右衛門の総領息子
 八木清十郎...隣町の町名主
 相馬吉五郎...北町奉行所見習同心
 宗右衛門...神田の古名主、麻之助の父親
 おさん...麻之助の母親
 故・野崎寿ず...麻之助の妻、吉五郎の遠縁
 お由有...清十郎の義母、故・源兵衛(清十郎の父親)の後妻
 幸太...清十郎の義弟
 おこ乃...吉五郎の姪、寿ずの又従姉妹の娘
 貞吉(両国の貞)...両国の顔役、物売り
 大貞....両国の顔役、貞吉の父親 
 丸三...神田の高利貸し
 庄吉...丸三の手代
 相馬小十郎...北町奉行所定町廻り同心、吉五郎の義父
 相馬一葉...小十郎の娘、吉五郎の許嫁
 みけ(八木家)、とら(相馬家)、ふに(高橋家)...兄弟猫




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お江戸の 都市伝説

2013年05月20日 | ほか作家、アンソロジーなど
日本博学倶楽部

 2008年3月発行

 江戸の人々が驚き恐れた、超常現象や不可思議な謎、怪談、妖の類いを紹介している。

第1章 怪奇現象
第2章 物の怪・動物
第3章 幽霊・祟り
第4章 事件・伝承
第5章 歴史上の人物にまつわる噂

第1章 怪奇現象
 本所七不思議始め、各地での七不思議や、天狗に攫われた少年の話など。

第2章 物の怪・動物
 王子の狐火、人の言葉を話す猫などの妖たちとそれに魅了された人々。

第3章 幽霊・祟り
 番町皿屋敷や累ケ淵に代表される、百物語や怪談文学、祟りなど、江戸の庶民が好んだ怪奇譚。

第4章 事件・伝承
 振り袖火事、知恩院の忘れ傘、前世の記憶を持った子どもといった、人々の口に上り当時実際に話題となった摩訶不思議な出来事。

第5章 歴史上の人物にまつわる噂
 笠森お仙、於竹大日如来、大坂屋花鳥など、実存の人物にまつわる怪奇話。

 実在の話と飽くまでも(今風に言うところの)都市伝説を織り交ぜながら、実際に起きた天変地異を納得のいかない超常現象として受け止め、祟りや妖の仕業と受け止めた当時の人々の、口から口を経て、受け継がれていった摩訶不思議な話を集めた一冊。
 淡々と書かれているため、ホラー感は薄く、江戸時代の人々の心理や、出来事を知る事も出来る。




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お江戸の意外な生活事情~衣食住から商売・教育・遊びまで~

2013年05月20日 | ほか作家、アンソロジーなど
中江克己

 2001年2月発行

 江戸庶民はどのような暮らしをしていたのだろうか。衣・食・住はもとより、娯楽、労働、犯罪などなど。江戸庶民の実際の生活を子細に紹介。

第一章 衣
第二章 食
第三章 住
第四章 金
第五章 遊
第六章 罪
第七章 働

 江戸の人たちの何を着て、何を食べ、どんな風に住まい、そして幾ら稼いでいたのか。
 娯楽は、罪を犯したらどのような刑に服したのか。また、どれくらいの労働時間であったのだろうか。
 生活に密接した事細かな事情や、生活費または、湯賃、寿司、蕎麦の代金など当時の物価も合わせ(現代の貨幣価値に変換し)紹介している。これ一冊読めば、江戸での暮らし振りを知る事ができる。
 万が一(万にひとつもないが)、江戸にタイムスリップしたとしよう。その時に懐に忍ばせておけば、ハウツー本として役立つ事間違いなし。
 大変興味深く読ませていただいた。




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桜ほうさら

2013年05月19日 | 宮部みゆき
 2013年3月発行

 無実の罪で自刃した下総国搗根藩・小納戸役の父。その汚名を晴らすため、江戸で事件の真相究明に奔走しながらも、深川の町屋の人々との交流を深める、古橋笙之介のビルドゥングスロマン時代小説。

第一話 富勘長屋
第二話 三八野愛郷録
第三話 拐かし
第四話 桜ほうさら 長編

 身に覚えがないが、己の筆跡の文書で収賄の事実が発覚し、妻子を守るべく腹を切った父・古橋宗左右衛門。御家再興と、兄・勝之介に一身に期待を寄せる母・里江。
 古橋家二男の笙之介は、江戸留守居役・坂崎重秀の密命を受け、父の無実を晴らすべく江戸へと出立する。
 そんな笙之介の暮らしは、深川北永堀町・富勘長屋に住まいし、貸本屋・村田屋の筆耕(清書)で活計(たつき/生活費)を得ながらである。
 
第一話 富勘長屋 
ある日、村田屋治兵衛が、江戸随一の料理屋・八百善の起こし絵を持ち込み、これを写して欲しいと頼まれる。面白そうだと乗り気な笙之介の話を耳にし、さらに興味を抱いた上野池之端の川船宿・川扇からも、店の起こし絵を頼まれるのだった。

第二話 三八野愛郷録
 奥州三八野藩藩士・長堀金吾郎を名乗る男が、笙之介を訪なうが、同姓同名の人違いであった。だが、長堀金吾郎から先代藩主・小田島一正の書いた怪文を見せられ、その謎解きに取りかかり、先代藩主の寂しい心情を探り当てる。

第三話 拐かし
 村田屋治兵衛が行方知れずになったと知らせを受けた笙之介だったが、当の治兵衛は一日後に店に戻り、笙之介に勾引されたのは、本所石原町の貸座敷・三河屋のひとり娘・お吉であるが、実は治兵衛自身も、妻を勾引されて殺された悲しい過去を持っていた。
 笙之介は、勾引し事件の手助けを頼まれるも、事実は実母を蔑ろにした三河屋への報復含めたお吉による狂言と分かる。

第四話 桜ほうさら
 父を死に至らしめた最大の謎である、人の手跡を真似ることができる技を持つ代書屋を探し始めた笙之介。その目の前に、自らが古橋宗左右衛門を陥れる手跡を書いたと押込御免郎を名乗る浪人が現れる。
 そして、宗左右衛門は、捨て駒にされるだけの器量しか持ち合わせていない。陥れられた訳は兄・勝之介に尋ねよと言い放つのだった。
 押込御免郎について村田屋治兵衛から聞いた笙之介に、坂崎重秀が全ての謎を話した時、そこには勝之介の姿もあった。

 全編を通して静かに進行する笙之介と仕立屋・和田屋の娘・和香の淡い恋心。
 宮部氏の得意とするミステリー仕立ての出来事を挟みながら、市井に生きる人々との触れ合い。世情、人情などを織り込んでいる。
 表題の「桜ほうさら」は、甲州弁の「ささらほうさら」より引用され、悪いことが重なる状態や「ふんだりけったり」「てんやわんや」「どうにもこうにもならない」などのニュアンスを持つも、「まったくもって意味がわからない」といった使い方もあり、桜の季節に散る花びらに乗せているものを思われる、洒落たタイトルである。
 読み初めは、父親の無念の自刃といった衝撃的なシーンで、悪いことが重なる「どうにもこうにもならない」といった解釈であるが、章が進み、様々な出来事に絡んでいくうちに、「てんやわんや」「まったくもって意味がわからない」といった軽めの受け止め方も出来る進行形の含みを持っている。
 ミステリー好きな方には謎解きも楽しめ面白いだろう。
 ただ、個人的な印象であるが、登場人物に関し、古橋笙之介と太一以外の魅力が乏しく感じ、また物語も多種の出来事を取り入れる事で、人間関係の繋がりを膨らませているのだが、本筋である父親の無実を晴らすために笙之介が動き出すのが最終章のみであり、かつ呆気ない幕切れなのが、いささか腑に落ちない。
 そして本来であれば物語の山場であろう筈の、代書屋探しもあっさりと(相手から出向くといった簡潔さ)見付かっている。
 逆に言えば、起こし絵、藩主の気鬱、勾引し等のエピソードを無理に織り込んだ感が否めず、また和香の皮膚の病いも必要だったのだろうかと首を傾げてしまう。
 ただし、最終話へと繋がる何らかのヒントは織り込まれているあたりは、さすがである。あるのだが、それがさほど重要でもないような感も否めず。
 起こし絵、藩主の気鬱、勾引しはそれぞれで出来上がっているので、笙之介を取り巻く出来事として描き、第四話にて、父親の出来事を取り上げた方が自然ではないだろうか。最初から引っ張っている割には重きを感じないのだ。久し振りの宮部氏の時代小説ということで、期待が大き過ぎたせいもあるかも知れないのだが。
 そして兄・勝之介とは受け入れられない溝をおいて話は終わる。
 しかるに、坂崎重秀は宗左右衛門の汚名を晴らし、見事悪人どもを藩政から遠ざけることに成功するのだが、笙之介を引っ張り出すあたりや、最終的な笙之介、勝之介への措置などが、「なんだかなあ」なのであった。
 当方の知る限り、これまでの宮部氏とは作風が一線を画した気がしたのだが…。
 「孤宿の人」にみるような人生の重さ、「本所深川ふしぎ草紙」、「初ものがたり」等の下町を舞台にした一連の短編集のような目から鱗の絡繰りなど、胸に響く作品ではなかった。
 要望なのだが、「ぼんくら」シリーズの続編を書いて欲しいと切に願って止まない。同シリーズに描かれる生き生きとした人物像は、喜怒哀楽の感情を読み手にまで、伝えている。

主要登場人物
 古橋笙之介...上総国搗根藩藩士、村田屋の筆耕、深川北永堀町・富勘長屋の店子

 古橋宗左右衛門...元上総国搗根藩・小納戸役、笙之介の父親

 古橋勝之介...上総国搗根藩藩士(蟄居中)、笙之介の兄

 古橋里江...笙之介の母親

 村田屋治兵衛...深川佐賀町・貸本屋の主

 帚三...村田屋の番頭

 勘右衛門...富勘長屋の差配人

 佐伯嘉門之助...藩校・月祥館の師

 そえ...佐伯家の婢

 坂崎重秀(二心齋東谷)...搗根藩江戸家老(兼江戸留守居役)

 六助(勝六)...筆墨硯問屋・勝文堂の手代

 お秀...富勘長屋の店子、古着の繕い直しや洗い張り

 おかよ...お秀の娘

 太一...富勘長屋の店子、寅蔵の長男
 おきん...富勘長屋の店子、太一の姉

 寅蔵...富勘長屋の店子、棒手振りの魚屋、太一・おきんの父親

 辰吉...富勘長屋の店子、干し店(天道干し)
 おたつ...富勘長屋の店子、辰吉の母親

 鹿蔵...富勘長屋の店子、青物の振売(棒手売)
 おしか...富勘長屋の店子、鹿蔵の女房

 武部権左右衛門...深川北永堀町・手習所の師匠
 梨枝...上野池之端・川船宿・川扇の女将
 
 波野千...搗根藩御用達の道具屋

 和香...市谷富久町の仕立屋・和田屋の娘

 おつた...和田屋の女中頭

 長堀金吾郎...三八野藩藩士・御用掛


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幽霊の涙~お鳥見女房~

2013年05月13日 | 諸田玲子
 2011年9月発行

 代々御鳥見役を務める矢島家の家付き女房・珠世の視点から、家族の絆を描いた時代小説版ホームドラマ。シリーズ第6弾。

第一話 幽霊の涙
第二話 春いちばん
第三話 ボタモチと恋
第四話 鷹は知っている
第五 話 福寿草
第六話 白暁
第七話 海辺の朝 計7編の短編連作

第一話 幽霊の涙 
 珠世の実父・久右衛門が鬼籍に入って1年。その野歩き姿があちこちで目撃されていた。そして初盆に矢島家に戻ってきたのは、小普請組だった安木市兵衛。久右衛門とは幼少のみぎりより切磋琢磨した仲であったが、それはまた、己の不遇から久右衛門を妬むことでもあり、生前の非礼を詫びる為にも、久右衛門の傍らにいたかったと言うのだった。

第二話 春いちばん
 石塚源太夫の嫡男・源太郎が、火事の際に救った娘・波智に恋心を抱いているらし。記憶を失った波智を預かった矢島家では、登美が波智の素性に疑問を抱く。
 どうやら阿部伊勢守の上下両屋敷焼失に、波智が関わっているのではないかと。
 ある日、忽然と姿を消した波智。だが、阿部家の侍女と郎党の心中事件を珠世は知るところとなる。
 珠世は、源太夫の淡い思いを傷付けないために、阿部家の騒動を曖昧なままに留めるのだった。

第三話 ボタモチと恋
 源太夫の長女の里に幾つかの縁談が持ち込まれるも、里を幸せにしたい余り、源太夫は難癖を付け全て破談にしてしまう。そんな折り、珠世・源太夫、旧知の松前藩物頭・工藤伊三衛門が孫の三十郎の嫁にと申し出る。
 無下に断る源太夫に反し、里の心は動いている。珠世は、間に入りもう一度、工藤三十郎と里の仲を取り持つのだった。

第四話 鷹は知っている
 相模で隠密任務に当たっていた久太郎が、崖から転覆。行方知れずとなっていた。
 人里離れた海べりで、ひっそりと暮らす彦三と孫娘の波矢に助けられた久太郎だったが、脚を折り身動きも取れず、転落の衝撃で記憶も定かではない。
 一方、御鳥見役として再度召し出された伴之助が、紀州徳川家の飛王丸を逃がした、見習上がりの桜木恭兵衛の罪を一身に被り、謹慎を言い渡される。珠世も夫・伴之助の思いを受け入れるのだった。

第五 話 福寿草
 久太郎の失踪を、同輩の石川幸三郎からもたらされた矢島家は、穏やかではなく、妻の恵以は自ら相模に赴くと言い張るも、足手まといになってはならないと珠世に宥められる。
 その頃、登美に行儀作法を習っている美津が、帰路差し込みを覚え、石塚源太夫の二女・秋は、美津の屋敷へと走り兄の樋山正一郎を伴う。その養子に心動かされた秋は、正一郎の申し出で、母方の祖父母の墓探しを手伝うのだった。
 そして、正一郎の子を宿したと、思い詰めた顔で珠世に相談する。

第六話 白暁
 記憶を取り戻し、さらには、同輩の石川幸三郎が己を探していると知った久太郎であるが、波矢の己への思いを知るにつけ、身分や家族のことを言い出せず、彦三への恩義もあり、小屋を去れずにいた。
 だが、石塚源太夫の二男・源次郎までもが、久太郎を探しに相模まで赴いていると分かると、これらの陰謀に源次郎が巻き込まれ、命を失うことを安じ、波矢と祖父に非礼と知りつつも、小屋を去る決意を固める。

第七話 海辺の朝
 謹慎も解け、伴之助は御鳥見役に復帰。久太郎も無事帰還し、隠密任務を離れ、江戸にて御鳥見役に戻った。
 平穏が戻った矢島家であったが、一度、屋敷まで久太郎を追って姿を現した波矢が、落命したと知るや、久太郎の恩人に報いるため、珠世は四家町の岡っ引き・辰吉に伴われ相模へと旅立つのだった。
 
 事故に見せ掛けた久太郎暗殺事件。そして、若者を救うために自らの失態として咎めを覚悟した伴之助。
 父子を巻き込みながら、矢島家にもたらされた暗雲を軸に、珠世の次の世代である嫁や娘たちの葛藤や、さらに若い世代の石塚家の娘たちの恋模様を織り込んでいる。
 諸田氏が得意とするところの、女性の視点から捉えた作品であり、「狸穴あいあい坂」のようなほんのりとした柔らかさと、「鬼あざみ」や「花見ぬひまの」のようなシリアスさを持ち合わせた作品。
 人気シリーズであるのが十分に頷ける。
 同シリーズは初めて読んだのだが、これにて6弾目。しかも登場人物が成長していく(年齢が進む)シリーズなので、途中からの講読はいささか厳しい。もちろん、前作までを読んでいなくても、適切な登場人物やこれまでの出来事の解説はあるのだが、何せ、登場人物が多いのだ。
 誰が誰とどう繋がっているのかを把握し、読み拉くにはかなりの時間を要した。できれば、相関図のようなものが欲しいくらい(笑)。
 実際に、一度は第一話で挫折し、頁を閉じたのだが、登場人物が分からなくても読み流す覚悟で再び読んだのだ。
 そして、これまでの流れのさわりは理解出来たが、第一作からかなり面白そうなので、もっと詳しく読んでみるつもりである。

※ 前記理由から、登場人物の説明に謝りがありましたら、お詫び申し上げます。正しい記述、補足などありましたらご一報くださいませ。
  
主要登場人物
 矢島珠世...伴之助の妻
 矢島伴之助...幕府御家人・御鳥見役(隠居)
 矢島久太郎...伴之助・珠世の長男、御鳥見役
 永坂久之助...伴之助・珠世の二男、大御番組与力・永坂家養子
 幸江...伴之助・珠世の長女、旗本・小十人組家に嫁す
 菅沼君江...伴之助・珠世の二女、菅沼隼人の妻
 矢島久右衛門...珠世の実父(故人)
 矢島恵以(鷹姫)...久太郎の妻、水野越前守忠邦の鷹匠・和知正太夫の娘
 永坂綾...久之助の妻、大御番組与力・加納重五郎の娘、永坂家養子
 石塚源太夫...稲垣家家臣、元小田原藩士
 石塚多津...源太夫の妻(かつて源太夫を仇と狙う)
 石塚源太郎...源太夫の長男
 石塚里...源太夫の長女
 石塚秋...源太夫の二女
 石塚源次郎...源太夫の二男
 石塚雪...源太夫の三女
 石塚多門...源太夫の三男、多津の長男
 登美...珠世の従姉、矢島の居候
 石川幸三郎...御鳥見役、久太郎の同輩
 治助...登美の下僕
 辰吉...四家町の岡っ引き
 藤助...しゃぼん玉売り
 庄兵衛...清土村の百姓
 兵太...庄兵衛の息子






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見上げた空の色~ウエザ・リポ-ト~

2013年05月12日 | 宇江佐真理
 2013年4月発行

 時代小説作家、主婦と二つの顔を持ち、函館在住でありながらも江戸の下町の情景を見事に描く宇江佐真理さんによる、日常を綴ったエッセイ集第2弾。

第1章 まだ書いている
第2章 住めば都
第3章 人生、用事
第4章 見上げた空の色
第5章 今帰仁村の雷桜
第6章 わが心の師匠

 この人と感性が同じだなとか、この人と合うなと感じる時は、その人とは大抵物事の好き嫌いが同じである。
 著書を全て読んでいる宇江佐さん大ファンである当方であるが、小説ではなく生の宇江佐氏に触れさせていただき、「やはり」と共鳴する箇所が多々あった。
 宇江佐氏が親しくしておられるのがなんと諸田玲子さんと知り、嬉しくなった。また、当方が時代小説作家以外で好んでいる佐藤愛子さんの名も出ており、「やったぁ」と、小躍りしたい気持ちになった。
 ここまで宇江佐さんの作品に惹かれるのは、感性が似ているからだろうと、ご迷惑だろうがかってに思い込んでいる。
 さらには、宇江佐さんの代表作「髪結い伊三次」命名の過程なども知る事が出来、嬉しい一冊。
 「髪結い伊三次」って、ほかの登場人物も名前がキャラとひじょうに合っているのだ。しかも、今風に言えば「おしゃれ」なのである。
 ほかにもご家族のことや、函館での暮らしなど読めば読むほど、宇江佐さんの素顔が分かり、かつそんな彼女からどのような次作が産まれるのか、待たれるところである。

※ もっと書きたいところであるが、今現在読みたい本が、4冊詰まれており月末には新刊もあるので、今回はこのあたりで。


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心がわり~狸穴あいあい坂~

2013年05月05日 | 諸田玲子
 2012年12月発行

 麻布・狸穴町界隈を舞台に、恋と事件が絡みあう、人気シリーズ第3弾。

月と幽霊
父子
心がわり
大火のあと
平左衛門の心
小山田家の長い一日
夫婦 計7編の短編連作

月と幽霊
 小山田家に同居している縁類のお婆さまの元に、潮たれた、お婆様の親類だと名乗る柘植平左衛門という男が訪ねて来て、そのまま小山田家の居候に直ってしまった。
 一方、ゆすら庵には美しい女・お駒が仕事を探しながら寝起きしており、幸左衛門、傳蔵、百介らは鼻の下を伸ばしているという。
 その女に一抹の不安を覚えた結寿が張り込むと、弟を名乗る男を引き入れた盗賊の仇討ちと判明し、妻木道三郎ら捕り方が男を捕縛。だが、女の行方はようと知れず。
 お駒は既に鬼籍に入っているといった、ミステリアスなホラーチックな、珍しい終わり方をしている。
 
父子
 妻木道三郎の嫡男・彦太郎とゆすら庵の二男・小源太が年長の武士たち多勢に囲まれ果敢に戦っていた。
 御先手組同心・奥津貞之進の妻・鈴江から、夫の不貞を相談された結寿。百介に調べてもらうと、貞之進の相手は叔母であり、夫が妾に産ませた子に手を焼いていると相談を受けていたのだった。
 そしてその子こそ、彦太郎たちをなぶるリーダー格の森川安之助である。実父との折り合いが悪く、荒れていたと分かった結寿は、一計を案じ幸左衛門に託すのだった。
 幸左衛門の作で、ほかの御先手組との捕縄勝負に向い、安之助、彦太郎に友情が芽生える。
 宮本昌孝著「藩校早春賦」を思わせる、少年たちの爽やかな話と、表には出せない子を思う親心が描かれている。

心がわり
 義弟の新之助が互いに言い交わした、幼馴染みの千沙に火盗改方の藤崎浩太郎との縁組みの話が進み、気落ちしている。そんな折り、浩太郎のが、賊を取り逃がし嘲笑の的になった。
 これで縁組みも流れるのではないかと、新之助は嬉々とするも、千沙は、己の不甲斐なさを認め、破談を申し出てきた浩太郎からの一通の手紙に心動かされ、嫁ぐ事を決意する。
 たった一通の手紙が、長年の「心がわり」をさせるといった、人の琴線に触れる真心を読ませる。

大火のあと
 神田から出た火は、神田川を渡りお玉ケ池まで広がり、更には日本橋、築地から八丁堀まで舐め回す大火となった。そして飯倉町当たりは避難の人で溢れ、小山田家もゆすら庵も幸左衛門の隠宅も、炊き出しや避難する人の対応に大わらわであった。
 大火の中に残り、役目を全うしている道三郎の身が案じられてならない結寿。狂おしいほどの道三郎への思いを実感する。
 ごった返す中、老僕・五平の請状が何者かに盗まれ、同時に柘植平左衛門の姿が消えた。
 冒頭の章から登場しながらも、脇役として当たり障りのない役所だった平左衛門が、ここでクローズアップされながら次章へと持ち越される。
 道三郎の妻に嫉妬心をたぎらせる、結寿の女心が災害という特殊な状況下で燃えるのだった。

平左衛門の心
 結寿に待望の初子が宿り、喜びに沸く小山田家であったが、一方、火事騒ぎから姿が見えなくなった柘植平左衛門が、武家屋敷からお宝を盗む賊に片割れであるとの確信が深まっていく。
 ふと夢か現(うつつ)かと思っていたお婆さまの言葉が気になり出した結寿。平左衛門は盗品を小山田家の庭に埋めているのではないかと。
 元は旗本の若様であったが、改易により落ちる所まで落ちたトヨワカと、その後見人である平左衛門。
 案の定、掘り出しにやって来た平左衛門と甥のトヨワカ(豊四郎)。だが、トヨワカはお婆さまを人質に穫りかつ命を捕ろうとするのだったが、平左衛門は一命をかけてお婆さまを救う。
 平左衛門の素性を明らかになった時、落命といった結末。根っからの悪人ではなかったものの、小山田家はこの後不運に見舞われてしまう。本誌全編を通し、多大な影響を及ぼす平左衛門の章である。

小山田家の長い一日
 知らなかった事とはいえ、盗人を半年近くも屋敷留め置いた罰で、小山田家は御先手組与力を御役御免になり、無益の小普請組へと格下げになる。
 それでも改易を免れただけで良しとする万之助だったが、舅の万右衛門は、一死を持って抗議する腹であった。
 ただならぬ万右衛門の様子に、結寿は幸左衛門から万右衛門を諭してもらえぬものかと持ち掛ける。
 そんな幸左衛門の作が功を奏し、万右衛門は切腹を思い留まり、剃髪し出家するのだが、いくがかり上、幸左衛門までもが剃髪してしまうのだった。
 正に「小山田家の長い一日」。タイトルがぴたりとはまった章である。
 これにて万右衛門は隠居し、万之助が家督を継ぐも、小普請組としての屈辱と試練は持ち越され、章はほっと安堵で終わっている。

夫婦
 出産を控え、折り合いの合わない継母・絹代の元よりも、姑・久枝の手を借りて小山田家で産みたいと願う結寿であったが、すっかり周囲を固められ実家に戻されるのだった。
 ほんの数日のつもりの結寿に対し、何やら重々しい別れの日。不振感が拭えずにいた結寿は、小普請組への降格により、溝口家から小山家へ離縁を告げたことを知らされる。
 溜らずに実家を飛び出し、狸穴町に向かった結寿は、狸穴坂で産気付き、ゆすら庵にて無事女の子を産んだ。
 離縁は知らぬこと、受け入れないと万之助に文や使いを出すものの、万之助の返事はつれないものであった。
 だが、万之助への揺るぎない思いを確信した結寿は、幸左衛門の前できっぱりと生涯を共に歩むのは、妻木道三郎ではなく小山田万之助であると告げる。
 序盤から道三郎への諦め切れない思いと、共に暮らす万之助への情が織り交ぜられているのだが、物語が進行するに従い、結寿の胸中で万之助の存在の方が勝っていく様が分かる。そして最期にはついに己の気持ちに気付く。そんな女心の移り変わりが、盗賊や火事騒動の陰で静かに描かれ、表題の「心がわり」は新之助の思い人によるものと描かれているが、実は全編を通して結寿の心境でもあったことが分かる。
 終幕は、たおやかに明るい日常であり、次作への期待も含ませながらも、これにて完結の匂いも漂わせている。

 このシリーズは映像化されたのだろうか。そこのところは分からないが、登場人物のキャラがたった作品に思えてならない。
 特に、直接の出番は少ないものの、結寿や百介の口を通して語られる、実直で豪傑ながらもどこか茶目っ気のある幸左衛門の姿が目に浮かぶ。
 また、もうひとり。小源太もスパイスの利いた脇役としてその存在感は大きい。
 物静かで無口ではあるが、器の大きさを感じさせる万之助や、武士道一徹の万右衛門、可愛い義弟の新之助。おしゃべりで時として迷惑なお浜など、ひとりひとりがいきいきとしているの魅力である。
 是非とも、次作を願って止まない。
 諸田氏の巧さと安定感は、外れがなく素晴らしい。繊細な女心を描いたら右に出る者なし。

主要登場人物
 小山田結寿...万之助の妻、溝口幸一郎の娘
 小山田万之助...結寿の夫、御先手組与力
 小山田万右衛門...万之助の父親
 小山田久枝...万之助の母親
 小山田新之助...万之助の実弟
 小山田香苗...万之助・結寿の長女
 お婆さま...小山田家縁者
 溝口幸左衛門...結寿の祖父、火盗改方与力→隠居
 溝口幸一郎...結寿の父親、火盗改方与力・御先手組与力
 絹代...結寿の継母
 お浜...絹代付き女中
 五平...小山田家の老僕
 妻木道三郎...北町奉行所隠密廻り同心
 彦太郎...道三郎の嫡男
 勝代...道三郎の妻
 百介...幸左衛門の小者、元幇間
 傳蔵...狸穴町口入屋ゆすら庵の主、幸左衛門の隠宅の大家
 おてい...傳蔵の女房
 小源太...傳蔵の二男
 弥之吉...傳蔵の長男
 弓削田宗仙...俳諧師・絵師
 柘植平左衛門...小山田家の居候、自称小山田家の縁者




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四十八人目の忠臣

2013年05月03日 | 諸田玲子
 2011年10月発行

 播磨国赤穂藩浅野家・上屋敷に仕えるきよの目を通して描かれた、同藩内の天変地異の動きと討ち入り。そして残された女たちの思いを描いた長編。

牛天神
鉄砲洲上屋敷
あぶれ者
尼ふたり
凶兆
驚天動地
恋の行方
新妻
十女十色
怒濤の日々
討ち入り
生か死か
女だからできること
月光 長編

 鉄砲洲の浅野家上屋敷にて、浅野内匠頭長矩・正室の阿久里に仕えるきよは、武家奉公は行儀作法を学ぶためと割り切り、内匠頭・側用人の磯貝十郎左衛門と言い交わした間柄であった。
 十郎左衛門の妻になる日を夢見ていたそんな幸せの中、元禄14年3月14日、内匠頭が、高家旗本の吉良上野介義央に対し、江戸城内にて刃傷に及ぶ。
 その知らせがあるや否や、江戸勤番の十郎左衛門、江戸定府の堀部安兵衛らは、内匠頭の無念を晴らすべく命を捧げる覚悟を決め、きよに別れを告げるのだった。
 実家に戻ったきよは、落飾した阿久里こと瑤泉院の心内を察し、初めて浅野家に一生奉公の決意を固め、瑤泉院は元より十郎左衛門ら、旧藩士のために吉良家に潜入するなど、仇討ちのために働くのだった。
 翌元禄15年12月15日未明、無事本懐を遂げた旧赤穂藩士たちが、「忠臣」としてもてはやされる中、彼らの死一等が免じられるのではないかと、淡い期待を描き、十郎左衛門の返りを待つが、そんな願いは儚く消え失せ、四十六人は切腹して果て、更に彼らの遺児たちもが厳罰に処され、十五歳以上の4名は大島へ流されてしまう。
 遺児たちを救おうと、仙桂尼・瑤泉院と志しを同じくするきよは、徳川御三家の一家である甲府宰相家に女中奉公に出るが、ここで後の六代将軍・徳川家宣である綱豊の手が付き、側室となるのだった。
 きよが、後の月光院こと、お喜世の方となった瞬間である。
 きよは流罪となった遺児たちの赦免を見届け、10年後に泉岳寺に詣で、ほりと再会する。
 
 まず驚かされたのは、浅野家縁のきよが、後の月光院であったという発想。しかも、無理なく自然な形でまとめあげられている。話は前後するが、終盤、甲府宰相家へ奉公に上がった喜世(きよ改め)が、間部詮房に磯貝十郎左衛門の面影を見るというシーン。共に小姓上がりの美男ということも合いまるが、後の月光院と詮房のロマンスをたった数行で匂わせている。
 話を冒頭から戻し、浅野家の御家断絶そして討ち入りを背景に、恋に身をやつし、葛藤するひとりの女性が、浪士を懸命に支えるといった大筋を女性の目から見た物語である。
 赤穂浪士が忠臣と世間に取り沙汰された事実のみを告げるのではなく、更にはその余波である吉良家断絶、浪士の遺児たちへの刑罰といった不条理に、女性ならではの心を痛める視点は女性ならではの描き方である。
 なお素晴らしいのは、赤穂浪士と呼ばれる旧藩士たちの討ち入りまでの動きや、幕府の評定など、史実に基づき実に正確に、織り込んである。主人公始め、架空の人物や脚色を自然に織り込みながらも、小説でありながら歴史書としての情報も多い。
 何より、作者が赤穂側に偏っておらずに、公平な目でこの事件を捉えているのが物語をより深くしていると言えるだろう。
 そしてきよが女性として、生き延びる命を寺坂吉右衛門に下したなら、その役目を磯貝十郎左衛門に与えて欲しかったと思う当たりは実に芯に迫っているではないか。
 また、数多の「忠臣蔵」の謎である毛利小平太脱盟の訳も、小平太の侠気を示しながらも、切なく物悲しく、美しく纏め上げている。
 諸田氏の短編にて同題材を取り上げた物語を2編読んだが、未だ未だ読み足りない思いである。
 これまで数多く書かれてきた、「忠臣蔵」の歴史を塗り替える一冊となったと言っても過言ではないだろう。
 何が何でも「忠臣蔵」贔屓の方も一度読めば、目から鱗間違いなし。
 かなりの長編ながら、次の展開が気になって仕方なく、飽きる事なく読む事ができた。登場人物の設定で縁者や関係性が複雑に絡み合っているので、最初は混乱するかも知れないが、実際にひとつの藩内とはこのような人間関係が築かれていたのだろう。
 やはり諸田氏は凄いと唸らされた。
 
主要登場人物
●きよの近親者
 勝田きよ(小きよ)...播磨国赤穂藩浅野家上屋敷侍女
  →喜世(左京→月光院)...第六代将軍・徳川家宣の側室、第七代将軍・徳川家継の生母
 元哲(佐藤治部左衛門/勝田著邑)...浅草稲荷町・唯念寺塔頭・林昌軒住職、元加賀国加賀藩前田家槍術指南役、きよの父親→還俗
 勝田善左衛門...浪人→還俗、きよの兄
 佐藤治兵衛...後に林昌軒の住職、きよの弟
 仙桂尼...小石川無量院の庵住、佐藤家(きよ)の縁者、元浅野内匠頭長矩・浅野大学長広の養育係
 木屋孫三郎...両国米沢町の商人、きよの庇護者、仙桂尼の従兄弟
 木屋三右衛門...孫三郎の息子、八丁堀で商い、村松三太夫の従兄弟
 佐藤條右衛門...浪人、元越後国新発田藩溝口家郷士、佐藤家(きよ)の縁者、堀部安兵衛の従兄弟
 堀内源左衛門...小石川牛天神下・堀内道場主
 貞柳尼...磯貝十郎左衛門正久の母親
 松雲禅師(元慶)...本所五百羅漢寺在・仏師

●播磨国赤穂藩浅野家
 磯貝十郎左衛門正久(門六)...物頭兼側用人(四十七士)、きよと相愛
 浅野内匠頭長矩...第三代藩主
 阿久里(寿昌院→瑤泉院)...内匠頭長矩の正室、備後国三次藩初代藩主・浅野長治の娘
 浅野大学長広...旗本寄合、内匠頭長矩の実弟(赤穂藩浅野家養子)
 堀部安兵衛武庸...馬廻・江戸定府(四十七士)
 堀部弥兵衛金丸...前江戸留守居・江戸定府、安兵衛の義父(四十七士)
 ほり...安兵衛の妻、弥兵衛の娘
 わか...堀部弥兵衛の妻
 落合与左衛門勝信...阿久里付家老
 滝岡...侍女頭
 成瀬...侍女
 つま...侍女
 片岡源五右衛門高房...側用人兼児小姓頭(四十七士)
 不破数右衛門正種...浪人、元馬廻兼浜奉行(四十七士)
 村松喜兵衛秀直...扶持奉行・江戸定府(四十七士)
 村松三太夫高直...部屋住み、喜兵衛秀直の嫡男(四十七士)、きよと縁組あり
 前原伊助宗房...金奉行(四十七士)
 神崎与五郎則休...徒目付、元美作国津山藩森家家臣(四十七士)
 茅野和助常成...横目付、元美作国津山藩森家家臣(四十七士)
 原惣右衛門元辰...足軽頭(四十七士)
 早水藤左衛門満尭...馬廻(四十七士)
 萱野重実称三平...中小姓(自刃)
 毛利小平太元義...大納戸役(脱盟)
 大石内蔵助良雄...国家老(四十七士)
 村松政右衛門...村松喜兵衛の二男、小笠原家家臣
 大石無人...浪人、大石内蔵助の叔父
 大石三平...浪人、無人の嫡男、大石内蔵助の従兄弟
  
●旗本・高家肝煎・吉良家
 吉良上野介義央...高家肝煎(江戸時代から四代目)
 上杉富子(梅嶺院)...上野介義央の正室、第二代出羽国米沢藩主・上杉定勝の四女
 上杉綱憲...出羽j国米沢藩四代藩主、吉良上野介義央の長男
 吉良左兵衛義周...(江戸時代から五代目)吉良義央の孫にして養子、出羽j国米沢藩四代藩主・上杉綱憲の二男
 ちさ...富子付き侍女、両国・菓子舗橘屋の娘

●甲斐国甲府藩徳川家
 徳川綱豊(家宣)...甲斐国甲府藩二代藩主・甲府宰相→徳川幕府六代将軍
 古牟(右近)...綱豊(家宣)側室
 間部詮房...甲府藩小姓→徳川幕府・奥番頭・側用人(後に越前守・相模国厚木藩藩主→上野国高崎藩藩主→越後村上藩藩主)




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