うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

子別れ~日本橋物語6~ 

2013年03月28日 | 森真沙子
 2010年1月発行

 江戸一番の商人の町、日本橋で細腕一本で生きる美人女将お瑛を取り巻く、男と女の愛情劇を描いたシリーズ第6弾。

第一話 大達磨(だるま)
第二話 南東風(いなさ)の吹く夜
第三話 笑う菩薩
第四話 蛍
第五話 鯨の見た夢
第六話 浄夜 計6編の短編連作

主要登場人物(レギュラー)
 蜻蛉屋(とんぼ屋)お瑛...日本橋室町反物・陶磁器の商い
 お豊...お瑛の義母
 市兵衛...蜻蛉屋の番頭・用心棒
 文七...蜻蛉屋の使い走り
 お民...蜻蛉屋の女中
 お初...蜻蛉屋の賄い、お瑛の婆や
 井桁屋新吉...十軒店新道居酒屋の若旦那
 若松屋誠蔵...日本橋室町紙問屋の主、お瑛の幼馴染み
 岩蔵(とかげの親分)...岡っ引き

第一話 大達磨(だるま)
 花筏の仲居のお力の様子がおかしいと、女将の澪はお瑛に相談を持ち掛けた。
 それは、敦賀藩江戸留守居役・堀田浩四郎が在所への帰国にあるのではとお瑛は予測する。
 そして次第に明らかになるお力の過去。浩四郎との間に産まれたひとり息子を、嫡男として堀田家に渡していたお力。浩四郎の帰国と共に、愛息子との縁も切れると、思い悩むのだった。

 太り肉で、不器量だが、元は芸妓として人気のあったお力。その大らかな人柄が、息子の将来と堀田家を思いやり、身を引いた過去。母親としてのお力の姿が、切ない話ではあるが、お力の逞しさが、生き生きと描かれている。

主要登場人物
 澪...日本橋小舟町料亭・花筏の女将
 お力...花筏の仲居
 堀田浩四郎...越前敦賀藩江戸留守居役

第二話 南東風(いなさ)の吹く夜
 大風、大雨の夜更け、訪いを受けた蜻蛉屋。奉公人たちは訝しがり、戸を開ける事を拒むが、難義しているのではとお瑛は、2人を招き入れる。
 そして、夜明けまで待てないと言う2人のために、舟や駕篭を手配し送り届けるのだが、どうにもおかしいと訝しがる市兵衛が後日探ると、2人の姿は跡形もな消え去っていた。
 
 2人は押込み、もしくは盗人であり、是が非でも夜の間に逃亡する必要があった。姫と言われていた娘は実は男だったと市兵衛は気付いていたという、同シリーズでは、これまでにない落ちのあるストーリ展開であると記憶する。
 登場人物も少なく、場面もほとんどが蜻蛉屋であり、お芝居的な物語であり、新鮮であった。面白い。

主要登場人物
 磯野...旗本・阿部源右衛門家の奥女中(?)
 縫...阿部源右衛門家の姫(?)

第三話 笑う菩薩
 人気噺家の三遊亭小蝶が蜻蛉屋を訪い、お瑛にお百の執拗な贔屓を止めさて欲しいと懇願する。小蝶はお瑛とお百が旧知の仲と思ってのことだが、お瑛は元よりお百の事は知らない。
 また、過去をほじくられたくないお寿々が、お百には迷惑を掛けられていると言う。
 お百はいったい何を目的に小蝶やお寿々に突き纏うのか?

 色ぼけのように描かれているお百が、実は、生き別れの弟を小蝶に重ねていたという展開。そしてお百とお寿々の過去からの確執も、表面的には互いに悪態を付きながらも、切るに切れない情が絡む、大人の関係を描き、終末もお百の素性を明らかにはしないまでも、大方は分かるであろうといった、実に難しい手法で巧くまとめている。

主要登場人物
 お百...商家の女将(?)
 三遊亭小蝶...四ッ谷の噺家
 お寿々(鈴香)...伊勢町・料亭伯楽の女将

第四話 蛍
 人気の雲竹亭弥吉と、その谷町の上州屋長兵門の席に招かれたお瑛。何事も無い宴席に思われたが、長兵門の鼻緒が切れる。今は亡き弥吉の女房のお波を見掛けたと知り合いのお里が現れる上に、霊感のある夕菊が曰くありげな発言をする。
 そして、悪酔いした長兵門が、橋の上から消え去るといったホラーめいた夜になった。

 種明かしは、弥吉の出世のために、長兵門と不義を働いたお波が、長兵門から渡された薬で自害した。弥吉の仇討ちである。
 だが、ラストは、蛍を演出し、幻想的かつホラー、ミステリアスに締めている。
 こちらも、新しい展開で見逃せない。
 
主要登場人物
 お紋...柳橋料理茶屋・一色楼の女将
 雲竹亭弥吉...五代目南北門下の狂言作家
 上州屋長兵門...日本橋履物問屋・高利貸しの大旦那
 夕菊...柳橋置屋・鶴屋の芸妓
 お波(波江)...弥吉の女房

第五話 鯨の見た夢
 醍醐新兵衛の誘いで、鯨を見に、内房の清ノ浦の大井留吉の元に身を寄せたお瑛と市兵衛は、夜更けに傷だらけで逃げ惑う幼い娘・お春を保護したのだった。
 だが、村人たちはお春をただの迷い子として親元へ戻すと屈託が無い。
 当のお花は怯え、市兵衛から離れない有様に、お瑛と市兵衛は、生け贄をキーワードにお春救出に…。
 だが、村全体から包囲されたお瑛と市兵衛、お春は、屋敷を囲まれ火をつけられ絶体絶命の危機に落ちるのだった。
 心あるお房の機転で、窮地を脱したお瑛らは、江戸へと生き延びる。
 
主要登場人物
 醍醐新兵衛...内勝山・鯨組総元締
 お春...漁師の娘
 大井留吉...勝山清ノ浦・廻船問屋の主
 お房...大井家の女中

第六話 浄夜
 蜻蛉屋に連れ帰ったが、未だ言葉を発しないお春。だが、絵にだけは興味を示すので、画塾に通わせていたのだが、浮世離れした画の師匠・東風庵一斎の借金のかたに悪名高き金貸し・大福屋に連れ去られてしまう。
 その大福屋の主・久蔵が、お春を養女に迎えたいと申し出た矢先、お春の実の父親である忠助が、嫌がるお春を連れ去るのだった。
 そして、お春は川に身を投げて逃れ、それを救おうとして、久蔵も川に飛び込む。

 久蔵の過去と、表向きの無情な金貸しではない顔が明らかになるも、久蔵の行方は知れず、お春は尼僧院に預けられて物語は終焉となる。
 「第五話 鯨の見た夢」からの連作となるが、計算された緻密な運びであった。
 
主要登場人物
 お春...房総勝浦・漁師の娘
 東風庵一斎...十軒店画塾の師匠
 大福屋久蔵...通旅籠町・金貸しの主
 忠助...房総勝浦の漁師、お春の父親

 これまで飛び飛びで読んだ同シリーズではあったが、我が知る限りシリーズ先高傑作だろう。切なさ、そして生き様、人としての情など、感慨深い作品である。
 今回にして初めて、市兵衛の需要さに気が付いた。
 同シリーズを読んでいなくても森氏を知らなくても、この作品から入って欲しい。




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続 江戸職人綺譚

2013年03月25日 | ほか作家、アンソロジーなど
佐江衆一

 2003年9月発行

 市井に生きる様々は職人たちの職人気質と生き様と、人間模様を織り込んだ短編集。「江戸職人綺譚」の第2弾。

一椀(ひとわん)の汁
江戸鍛冶(かじ)注文帳
自鳴琴(じめいきん)からくり人形
風の匂(にお)い
急須(きゅうす)の源七
闇溜(やみだま)りの花
亀(かめ)に乗る
装腰綺譚(きたん) 計8編の短編集

一椀(ひとわん)の汁
 若き料理人・梅吉は、相弟子の信三郎に対する嫉妬のあまり、板元・小平次の包丁・重延で信三郎を傷付け江戸所払いの刑を受ける。
 再び料理人には戻るまいと心に決め、北へ北へと流れ江差に着くも、14年の後、「生涯一度だけでいい、包丁を握りたい」思いで、江戸朱引線の外まで戻り、おさよと再会を果たすのだった。
 信三郎の女房となったかつての思い人・おさよに、一椀の蜆汁を振る舞い、蝦夷地へと戻る決意を述べる。

 公私ともに切磋琢磨する2人の若者が、嫉妬心から取り返しのつかない事件を起こし、加害者である梅吉は、何もかも失うのだが、タイトルの「一椀の汁」に全てを込め、料理人としての未練や、おさよへの思いを断ち切り、新たな人生を見詰め直す、心温まるラストを迎える。
 登場人物が、皆善人であり、ミステリーや捕物帳に見受けられる悪意や引っ掛けがないことが、すがすがしい結末に繋がっている。

主要登場人物
 梅吉...柳橋料理茶屋・川長の包丁人
 信三郎...川長の包丁人
 おさよ...川長の仲居
 小平次...川長の板元

江戸鍛冶(かじ)注文帳
 一本立ちしてから、初めての客である渡り大工の安五郎から、大鉋の注文を受けた定吉。互いの腕を認め合った2人の友情と信頼の関係は続く。
 しかし、清定定吉の名が売れ出すと、贋作が出回り本家の定吉は困窮していく中、荒れる定吉に愛想をつかしたおまさも弥助も去っていく。
 そんな折り、大工の棟梁を張っていた安五郎が、頭領の座に胡座をかいていたら腕がなまると、またも渡り大工として修行の旅に出るのだった。
 安五郎の職人としての生き様に感服した定吉は、再び己を取り戻す。
 
 互いに認め合った男2人の友情が、眩しいくらいに描かれている。

主要登場人物
 定吉(清定定吉・バンバの定吉)...大川端の道具鍛治
 安五郎...渡り大工→棟梁
 おまさ...定吉の女房
 弥助...定吉の弟子

自鳴琴(じめいきん)からくり人形
 50日の手鎖の刑を受けた庄助。それを監視する鎰役の三右衛門は、5日毎に封印を確かめに庄助のやさを訪れるのも役目だった。
 最初は自暴自棄だった庄助が、次第に異国のオルゲルのことなどを語り出すようになると、三右衛門も絵師になりたかった幼き日を重ね合わせる。何時しか奇妙な油状が芽生え出す。
 刑期を終えた庄助は、自鳴琴を仕込んだからくり人形で一世を風靡するも、それが元で暗殺される。庄助の命が奪われた件の人形を目にした三右衛門は、庄助はからくりではなく魔物に取り憑かれたのだと、踏み込んではいけない領域にまで達したのだと思うのだった。

 カバーを飾るこの物語は、ミステリアスな不思議な結び方で終わる本章。
 鬼気迫るような恐ろしい絵ながら、内容は天才的な職人の悲哀を唱っている。

主要登場人物
 庄助(頑民斎)...からくり師
 黒田三右衛門...伝馬町牢奉行配下の同心・鎰役

風の匂(にお)い
 大工だった父を亡くし、10歳で団扇師の藤七の店へ奉公に出た安吉は、長屋でひとり暮らす母のおかねが恋しく、またおかねに早く自分で拵えた団扇を送りたいと奉公に励む。
 だが、ある時の薮入りで長屋に戻ると、おかねには男の影が見えた。母親の女としての部分を目の当たりにし、腹立たしくも心穏やかでもない安吉だったが、幼馴染みのおみつに、母親とは違う女の匂いを感じるのだった。

 早くいっぱしの職人になりたいといった焦る気持ちと、少年が青年へと変わりゆく過程で、母親離れをし成長してゆく姿を描いた作品。
 
主要登場人物
 安吉...団扇師
 おかね...安吉の母親
 藤七...高砂町・団扇師の親方
 源造...藤七の店の外回り
 おみつ...搗き米屋の娘、安吉の幼馴染み

急須(きゅうす)の源七
 行く方知れずの息子・栄吉が腫れ物に苦しむ夢を見た源七。連れ合いを早くに亡くし、男でひとつで育てたのだが、鍛金師として一人前の男にするために、厳しくいや厳し過ぎるくらいだったことが、言葉には出来ずとも胸につかえているのだ。
 そこに、弟弟子だったが今では店も構え多くの職人と弟子を抱える能登屋藤兵衛から、加賀家よりの銀の急須依頼が飛び込んで来た。
 栄吉が源七の元よりも藤兵衛の弟子になることを望んだことも、弟弟子に出世されたことも面白くない。ましてや「大名仕事はしない」が心情の源七だったが、藤兵衛より、栄吉は源七を超えられなくて壁に当たったと告げられ、仕事を引き受けるのだった。

 愛するが故、敢えて厳しい試練を与えてしまう職人としての親心と、それ故に息子も己もが苦しむことになってしまった感情の行き違いを描いている。
 幼い頃の回想にて、栄吉が哀れでならず、貰い泣きをしそうなほどだが、その根底にある真実の源七の思いを栄吉は理解している説き、未来へ向けて明るい終わり方である。

主要登場人物
 源七...深川の鍛金師
 栄吉...源七の長男、能登屋から出奔
 おみよ...源七の長女、小間物屋の内儀
 能登屋藤兵衛...牛込白銀町・鍛金師の主、源七の弟弟子

闇溜(やみだま)りの花
 物語は、按摩の独り語りで明かされる新吉の生涯。大川端に捨てられていた赤子は、玉屋の花火職人に拾われ、新吉と名付けられた。そして新吉も花火職人になるべく玉屋に奉公に出るも、父親の失態から玉屋は火事を出し取り潰しになる。
 その父親もその時目を潰し、片手を失うのだった。だが、新吉をいっぱしの職人に育てるため、己の秘伝を全て伝え、新吉を鍛え上げる。
 そんな新吉が大人になり、おしなと愛惚れとなるも、おしなに横恋慕した新政府の役人の謀で、新吉は無実の罪で島流しとなってしまう。

 按摩が、旧薩摩の侍に按摩しながらの独り語りである。最後の落ちに、新吉の花火が上がっている間に、件の役人がひと突きにされ命を奪われたと、復讐が果たされたことを伝えるが、そこには花火が上がっている間に巾着切りを働いていたおしなの思いと新吉の花火の双方の幻想が込められながらも、己が島で新吉に出会った事実。目開きの頃は畳職人だったと復讐を果たしたのは己であることを匂わせているかのようだ。

主要登場人物
 新吉...花火師
 おしな...菊花火の女掏摸
 按摩...元畳職

亀(かめ)に乗る
 亭主の文次が隠し事をしているようで気掛かりなおしずは、文次の仕事部屋から奇妙な鼈甲細工を見付けた。
 問い質すと、これまで張型を造っていた久兵衛に指名され、その跡を引き継いだと言う。
 だが、根が真面目な文次には、中々に困難な作業であり、日に日に痩せていく夫が、おしずは心配でならないのだった。
 文次が心血を注いで出来上がった張型を目にしたおしずは、あたかもそれが文次の分身のように感じ、誰にも渡したくないと…。

 かなりエロチックな内容なのだが、不思議と厭らしさを感じないのは、単に色物的扱いではなく、職人のプライドを表に出し、また作者のしっかりとした取材による正確な張型師の世界観が描かれているからだろう。

主要登場人物
 文次...日本橋通一丁目・小間物屋白木屋の鼈甲職人
 おしず...文次の女房
 久兵衛...白木屋の鼈甲職人・張型師

装腰綺譚(きたん)
 武士の身分を捨て、根付師としての再スタートを切った矢嶋清三郎改め清吉であったが、武家の手慰みとしては上出来でも、プロとしては未だ未だ甘いと三州屋伊兵衛に一喝される。だが、伊兵衛は試しのチャンスを与えてくれた。
 日々、根付と向かい合う清吉を、朝は蜆売り、昼からは小料理屋の女中をしながら支えるお仙。
 漸く出来上がった清吉渾身の先は、伊兵衛も万感の作だった。
 月虫と号を定め、根付師として歩み出した清吉の、その根付の持ち主が、清吉を貶める言動を吐いていた掘尾伝十郎と知った時、お仙は、足を洗った巾着切りの技で、その根付を奪い取ろうと決意する。

 大英博物館へと流れた江戸の逸品の中で、作者が実際に目にし、感銘を受けた月虫作の根付から描かれた作品。
 お仙の献身的な愛情と、飄々とした清吉がプロの厳しさを次第に身に付けていく様を爽やかに描いている。

主要登場人物
 清吉(月虫)...根付師、元御家人御徒組三男・矢嶋清三郎
 お仙...深川・小料理屋松川の女中、元巾着切り
 掘尾伝十郎...御家人御徒組→組頭
 三州屋伊兵衛...日本橋・小間物問屋の主

 佐江氏の作品を初めて読んだが、「実に面白い」。短編集だったこともあるが、あっと言う間に読み終えてしまった。
 また、佐江氏の取材力の厳しさは、彼が描くところの職人の世界にも酷似していると言える。
 江戸の地理、風景、祭事、世界観などを、ここまで性格に下調べした上で、自然に取り入れている作家が初めてのような気がする。
 読めば読むほど、佐江氏が如何に江戸を愛しているかがひしと伝わってくる。
 敢えてお泪頂戴のせつなさに終わらせずに、前向きな結末の作品が多かったのも、読み終えての清々しさに繋がっているのだろう。
 「亀に乗る」のような内容でありながら、少しも嫌悪感や厭らしさを感じさせないのも、興味本位ではなく、しっかりとした張型師の作業内容を調べた上での執筆bによるものだろう。
 同氏の作品をもっと読みたくなった。
 敢えて言わせていただくなら、カバー・イラストが、綺譚的には当てはまるのだが、もう少し柔らかい方が、多くの人が手に取り易いのではないだろうか。



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夢をみにけり~時代小説招待席~

2013年03月23日 | ほか作家、アンソロジーなど
薄井ゆうじ、小杉健治、島村洋子、高橋直樹、多田容子、火坂雅志、藤水名子、宮本昌孝、森村誠一、山崎洋子

 2004年6月発行

 藤水名子監修・第4弾。千両箱(お金)をテーマに綴られる、10編の短編時代小説アンソロジー。

薄井ゆうじ わらしべの唄
小杉健治 はぐれ角兵衛獅子
島村洋子 梅の参番
高橋直樹 銀の扇
多田容子 すぎすぎ小僧
火坂雅志 人魚の海
藤水名子 フルハウス
宮本昌孝 長命水と桜餅-影十手必殺帖-
森村誠一 吉良上野介御用足
山崎洋子 ドル箱 計10編の短編集

薄井ゆうじ わらしべの唄
 武州中野村で百姓を営む伊左右衛門は、厳格で金に執着の強い父・長助との2人暮らしである。ある日父が、大八車に藁と笹を詰んで江戸へ行く。後にその藁は、象の餌である事が分かる。更に父は、象の糞から丸薬を作り出し、手広い商いで大当たりをした。
 ただ、父は農地の一画の小高い山を崩す事を激しく拒む。伊左右衛門は、税を取られる畑を遊ばせるのは損だと激しく攻め寄るが、父は頑であった。
 ふと、そこに亡き母が眠っているのではないか。その事実を隠遁するための賄賂が必要で父は金を稼ぐ必要があるのではないか。
 その疑惑が事実となる。
 
 長助の亡き女房・千代が語り部となり、夫とひとり息子を見守るという形の物語である。そしてラストは山を崩した事に寄り、母の御霊も消えていくといったファンタスティクな展開。
 途中、登場するなぞの娘・おまゆは、以前団子屋とか蕎麦屋とかで奉公していたとの件から、「象鳴き坂」(「しぐれ舟」に収録)のトシであろうかを伺わせる。
 薄井氏は象に対しての思い入れが強いようだが、象の登場で「おやっ」と、薄井氏のほかの作品が過るので、それはプラスのような気がする。

主要登場人物
 長助...武州中野村の百姓
 伊左右衛門...長助の息子
 千代...長助の女房
 
小杉健治 はぐれ角兵衛獅子
 信州上田の大庄屋の嫁だったおさわと深い仲となり、江戸へと出奔した弥一。慣れない小間物売りに嫌気が指していた折り、ふと知合ったましらの平蔵と共に、盗人の道を歩むこととなる。
 だが、弥一にもう一度、笛吹きとして生業を立てて欲しいと願うおさわは、庄屋へ戻ると言い残し、身を隠すのだった。
 ましらの平蔵に月潟村へ帰るように諭されるが、やけになった弥一は、盗人として生きていくのだった。そして、盗人稼業に空しさを感じた頃、千住の宿場女郎に身を落としていたおさわと再開する。

 盗人稼業の空しさをとくとくと説く、平蔵に耳を貸さずに突っ走る弥一が、平蔵の言葉をやっと理解出来た時、弥一を思い、身を隠したおさわの女心が切なく胸に響く。
 波瀾万丈に生きた弥一とおさわの、雨降って地固まるストーリ。 

主要登場人物
 弥一...小間物売り、元越後月潟村の角兵獅子の笛吹き
 平蔵(ましらの平蔵)...盗人
 おさわ...本所回向院境内の料理茶屋の女中

島村洋子 梅の参番
 江戸三富のひとつ、湯島天神で一等百両の当たり籤「梅の参番」が2組出てしまった。ひとりは、父が病死、母が病い、姉が苦界に身を売った娘のお艶。
 もうひとりは大奥女中のお駒。だが、こちらのお駒も、父親が病いでこれまでの番頭仕事が出来ず、日々の生活にも事欠き、増してや良縁も望めない状況にあった。
 籤係見習の的場慎太郎の手落ちでもなく、籤売りがどうせ当たらないと見込み、籤を2枚に割いて2倍の代金を着服したのだった。
 
 結末は、お駒と慎太郎が結ばれ、お駒がお鈴に当たり籤を譲り、八方巧く収まった。
 生涯、籤係見習いのままだろうといった慎太郎の客観的及びとぼけさ加減が楽しい。

主要登場人物
 的場慎太郎...湯島天神神官見習い(籤係見習い)
 お艶...八百屋の手伝い
 お鈴(小万)...吉原伏見町の格子女郎、お艶の姉
 お駒...大奥お末(女中)

高橋直樹 銀の扇
 皇室の儀礼を司る下臈随身の下毛野素尚。親兄弟も引き立てもなく、身を固めることさえ出来ず、役目を返上しようかと思い倦ねていた折り、多田三郎の引き合わせで、分限者の女君と目出たく夫婦となった。
 しかも、その義父より、使い放題にして良いと財物の詰まった蔵の鍵を渡される。
 その中でも心惹かれた銀の扇。だが、どうにも怪しい。義父は賊なのではと疑念を抱く。
 そして義父の名が多田行綱と分かり、素尚は、源頼朝暗殺という大きな陰謀に巻き込まれようとするのだが…。

 実存する多田行綱を登場させ、元暦2年(1185年)6月、頼朝に多田荘の所領を没収され行綱自身も追放処分となった史実をベースに、頼朝暗殺といった壮大な計画に、身分の低い下毛野素尚が巻き込まれていくといった展開である。
 全体に、難解と感じたのは、当方が江戸を背景にした物語が好きなためかも知れないが、最後の一行。「素尚は冷たく晴れあがった天空をあおぎ、すべてに別れを告げた」。の一文がかなり印象深い。
 
主要登場人物
 下毛野素尚...下臈随身(儀礼家)
 多田三郎高頼...検非違使、行綱の嫡男
 女君...六条坊門の女、行綱の娘
 多田行綱...従五位下・伯耆守
 志摩坊常念...故買屋

多田容子 すぎすぎ小僧
 一介の浪人者ながら、備前屋に雇われてからは過分な待遇を受けていた富坂俊三。その恩に報いるべき、その時、俊三はまんまと盗人に千両もの金を奪われてしまった。
 相手は、市井で評判の儀族・すぎすぎ小僧。そして、道場仲間とすぎすぎ小僧を追うも、またも取り逃がしてしまう。用心棒も解任。道場の恩師へも顔向けが出来ず、暇乞いを申し出るが、夢想一天斎はすぎすぎ小僧の傲慢さを剣術修行に例え、俊三へ鍛錬を促す。

 儀族と思われているすぎすぎ小僧が、実は、貧乏ったらしい恰好や、惨めったらしいものが大嫌いで、見るのも嫌。そこで金子を恵んで身形を整えさせているといった、新しい盗人の描き方が新鮮で面白い。
 分不相応は身を滅ぼすといった作者の意図が込められているが、漠然と読み過ごすには難解であった。

主要登場人物
 富坂俊三...備前屋の用心棒
 備前屋善十郎...米問屋の主
 すぎすぎ小僧...盗人
 夢想一天斎...道場主、俊三の師

火坂雅志 人魚の海
 代々上杉家の京方雑掌(留守居役)として、京に住まい、それ相応の袖の下も手中に収めている神余小次郎親綱。上杉と手を結ぶべく織田家の木下藤吉郎秀吉に目合わされた公家の娘・あこやに夢中になり、長年貯えた財宝が、あこやの為に次第に消耗されていく。
 そして、京での状況悪化から、帰国の命が下り、親綱はあこやを伴い越後へと向かう。
 しかし、謙信亡き後、その家督をめぐって謙信の養子である上杉景勝と上杉景虎との間で起こった内乱にて、影虎側に付いたことから、運命は一転。
 
 親綱が夢で見た人魚に瓜二つの美貌の女の為に、財を使い果たし、身を滅ぼす話で、最後にはその女・あこやが人魚ではないのかといったミステリアスな締め方である。
 背景には、御館の乱が流れる。

主要登場人物
 神余小次郎親綱...越後上杉家京方雑掌
 木下藤吉郎秀吉...尾張織田家京都奉行
 あこや...公家の娘 
 
藤水名子 フルハウス
 雨宿りに峠の辻堂に身を寄せた面々。隆之進は見ず知らずの者たちの、腹の探り合いをするも、話は畠山家の埋蔵金へと進み、どうやら今ここに身を置く辻堂もその隠し場所でないかと…。
 
 渡世人2人が武家娘を手込めにするのではと、隆之進は彼女を守る為のシュミレーションを繰り返したり、見ず知らずの人を疑ったりと前半は隆之進目線での物語だが、中盤から、実は隆之進以外、追ってがいる身であると分かる。そして商人や武家娘は変装で、その正体も明らかにされるが、無論、隆之進は知る由もない。
 そして、追ってが現れ、死闘が繰り広げられるだが、当の隆之進は、眠っており、目覚めた時にはそれまでの商人も武家娘も、渡世人姿を消しており、知らない顔の骸がごろごろとしているといったナンセンスコメディの落ちと、登場人物の設定が面白い。
 結局得をしたのは、追っ手に討たれる立場ながらも、隠密や忍といったプロフェッショナルに、勘違いながらも助けられる立場にあった渡世人2人。
 それにしても、そんな騒動の最中に目を覚まさない隆之進っていったい…。武術が不得手な筈だ(笑)。

主要登場人物
 日下隆之進...武家の二男
 美幸(小夜叉のお幸)...武家娘(伊賀上野のくの一)
 富久(蹈鞴の権八)...侍女(伊賀上野の上忍) 
 五兵衛(重五)...神田駿河町の太物問屋美濃屋の番頭(抗議隠密)
 伊佐吉...渡世人
 竹二郎...渡世人

宮本昌孝 長命水と桜餅-影十手必殺帖-
 父の看病で婚期を逃したおとよは、お世辞にも奇麗とは言い難い容貌である。以前、富川の板前だった浅吉に恋心を募らせたが、それも片思いのままであった。
 だが、父の命日に長命寺の水を汲んで帰る返り、ならず者に絡まれていたのを助けてくれたのが、なんと浅吉だった。それから、とんとん拍子に話は進み、浅吉と所帯を持つのだが、浅吉の目当ては、おとよが拾って届け出た30両にある事が分かり、おとよは、東慶寺へと駆け込むのだった。
 野村市助は、和三郎を江戸へ向かわせ、浅吉やならず者の周辺を探らせると、先の30両の落とし主が、おとよを狙って踏み込んだところだった。

 こちらはシリーズ「影十手必殺帖」の一編。和三郎の活躍と、おとよの女心が胸に沁みる。同シリーズが読みたくなった。

主要登場人物
 野村市助...鎌倉松ヶ丘東慶寺の寺役人
 兵左衛門...東慶寺参道の餅菓子屋の主
 和三郎...兵左衛門の息子
 おとよ...浅草駒形町料理茶屋・富川の女中
 浅吉...元富川の板前

森村誠一 吉良上野介御用足
 表向き、大工の雑役をしながら、忍び込む屋敷を物色する泥棒稼業の政吉。この日も、以前から目を付けていた本所松坂町の吉良邸へ忍び込んだのだが、時は元禄15年12月14日。
 忍び込んだまでは良かったが、なんと、赤穂の浪人たちの討入りに巻き込まれてしまったのだった。
 軒下を逃げ廻る政吉は、そこで高貴な老人と出会う。それが上野介本人であると分かるのだが、遠くから上野介を討ち取った時の声が聞こえてくるのだった。

 赤穂浪士が討ち取ったのは、影武者だったという落ちであるが、それでも既に上野介この世にいない存在となった。
 「ご公儀がいったん死んだと認めれば、死んだことになる」。
 の台詞が利いている。
 軒下で織り成される政吉と上野介のやり取りがコメディタッチの、ひと味も二味も違った「忠臣蔵」であった。森村誠一にかかれば、「忠臣蔵」もこうなるのかという良い例。さすがである。

主要登場人物
 政吉...泥棒、大工の雑役(ねぎり)
 吉良上野介義央...高家肝煎

山崎洋子 ドル箱
 金を貯め、いつか2人で店を持つことを夢見ていた花枝と久美であったが、妹分の久美が、好いた男と所帯を持つので、預けてある金を返して欲しいと花枝に迫る。
 そんな久美が許せない花枝は、久美を騙しうちにするも、それに気付いた久美が仕掛け…。

 狐と狸の騙し合い。正に、悪いのはどちらだと言わんばかりの女の執念の話である。
 が、最後は、思いも掛けない転回で、トンビに油揚げをさらわれる結末。

主要登場人物
 花枝...横浜本牧のチャブ屋・銀波楼の女郎
 久美...横浜本牧のチャブ屋・銀波楼の女郎 
 茂三...銀波楼の下男 
 マーシュ...神父

 それぞれが、人生に於ける格言を思わせる本誌。これにて、3冊読んだ「時代小説招待席」。正直しんどかった。藤水名子氏との感性の違いだろう。同氏の後書きもやはり…。
 アンソロジー集の中に、監修者の作品が組み込まれたものを初めて読んだ気がする。
 読み終えてほっとした。 



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散りぬる桜~時代小説招待席~

2013年03月17日 | ほか作家、アンソロジーなど
秋月達郎、薄井ゆうじ、大久保智弘、菊地秀行、佐藤賢一、高橋三千綱、南原幹雄、藤水名子、村松友視、山本一力

 2004年2月発行

 藤水名子監修・第3弾。武士道をテーマに綴られる、10編の短編時代小説アンソロジー。

あいのこ船 秋月達郎
マン・オン・ザ・ムーン 薄井ゆうじ
死ねぬ 大久保智弘
才蔵は何処に 菊地秀行
ルーアン 佐藤賢一
消えた黄昏 高橋三千綱
留場の五郎次 南原幹雄
黒のスケルッォ 藤水名子
泪雨 村松友視
鈍色だすき 山本一力 計10編の短編集

あいのこ船 秋月達郎
 名主の娘・美津を語り部に、幕末、藩命にて、洋式の御用船を造る事に使命を掛けた音無清十郎。妻子を顧みず、私財を費やしての大作事となった。そんな中、縁者であり勘定方筆頭である音無兵庫が、洋式船に当てられた公金を横領が発覚する。
 事を明るみに出さぬよう、兵庫の始末を清十郎は命じられる。

 一途な男と、それに共鳴する女心。そこに家庭内の不破や、現代でもありがちな、家庭と仕事の選択や、夫婦の価値観。そして時代小説には良く見受けられる上役の横領などを絡め、御用船作事の偉業を描いている。
 この作家は、時代小説専門ではないだろうと感じた。なぜそう感じたかと言うと、背景が幕末(時代物)でない方が、作者の持ち味が生きるのではと思った次第。
 調べてみたら、ミステリーやファンタジー、架空物が専門。

主要登場人物
 音無清十郎...尾張師崎・千賀藩の作事頭
 美津...西之浦の名主の娘

マン・オン・ザ・ムーン 薄井ゆうじ
 栂川の中間務めを始めた作吉は、時折共をして野萩町の裏長屋を訪れていた。そこでは、栂川と絵師・玄兎が屋根に上り、月を見ているのだった。
 どこか掴みどころのない栂川を玄兎は、「月から来た人」と言う。真実であるか否か、ある日、栂川も玄兎も忽然と姿を消した。

 天文に親しむ風流な武士と絵師の親交。そこに興味を抱く中間として3人の交流を軸に、栂川の仕える藩存続問題を絡め、テーマの武士道を説いている。
 が、掴みどころのない話に感じた。この作者も時代小説家ではないだろう。テーマの武士道を無理矢理織り込んだ感が否めず、しかも切腹といった古典的ワードで。
 このストーリなら、時代小説でなく現代物のほうが良かったのでは。

主要登場人物
 作吉...渡り中間
 栂川...某藩の下級武士
 玄兎...野萩町の絵師

死ねぬ 大久保智弘
 東軍流の剣術修行に明け暮れる阿賀野喜三郎。世の中は、祖父の代に徳川の政権となり、もはや武士が戦場で命をかけることもない。だが、彼は、華のある死を望んでいた。
 武士道を重んじ、版で押したような日々であったが、家庭には恵まれず、息子の不始末で閉門蟄居。そして放逐された。老いてなを華のある死を思い描く喜三郎に、息子の嫁が手を差し伸べる。

 前半は剣術の話。中盤山場の奉納試合のシーンで、華のある死に方を考え、後半は、うらぶれていくひとりの男の生き様である。
 難解だった。監修の藤氏は、奉納試合の華やかさが、主人公の晩年に生きてくると書いておられるが、赤穂浪士の武士道や、家庭の不和など、どうも結び付かない。

主要登場人物
 阿賀野喜三郎...弓月藩士
 鵡川昌次...弓月藩士
 八巻彦六...弓月藩士

才蔵は何処に 菊地秀行
 剣に覚えのない、祐筆小役の馬場多岐之介は、筆頭家老・柿生主膳より、見た事も聞いた事もない、滝川才蔵なる男を討ち果たす藩命を受けた。
 以後、日本全国を滝川才蔵を探して旅を続け三十余年。大目付の楡信三より、「間違いだった。滝川才蔵なる男は存在しない」と告げられ、帰参を促されるも、多岐之介は己の武士道を全うすべく、更に才蔵を討ち果たす旅を続けるのだった。

 滝川才蔵とは実存する人物なのか。最後まで分からせない。シュールな一編である。

主要登場人物
 馬場多岐之介...祐筆小役
 楡信三...大目付

ルーアン 佐藤賢一
 ジャック・ドゥ・ラ・フォンテーヌという修道士の語り部による、百年戦争にてオルレアン解放のために戦い、コンピエーニュで捕虜となり、ルーアンで刑死したジャンヌ・ダルクの物語。

 申し訳ありません。読んでいません。

主要登場人物
 ジャック・ドゥ・ラ・フォンテーヌ...ドミニコ会の修道士

消えた黄昏 高橋三千綱
 突然、平岡丈左衛門に呼び出さた岡和三郎。石井孫七と共に江戸屋敷の前藩主の忘れ形見である国松の警護を命じられた。
 それには、側用人の原雅之進一派の厳粛も込められた役目であった。
 だが、江戸表に出向いて、調べていくうちに、丈左衛門始め家老たちが、不正隠遁のために原雅之進の命を狙っている事を知る。
 そして討ち果たした後は、和三郎も孫七も命を奪われるであろう事も伺えた。
 
 本誌6編目にして、ようやく時代小説らしい読み物に出会えた。「藩校早春賦」、「夏雲あがれ」を思い起こさせる岡和三郎の活躍と、爽快な結末がほっとする。
 途中、「ああ、高橋三千綱だなあ」と思わせるエロチックさはあるが、概ね爽やかである。
 
主要登場人物
 岡和三郎...野山藩士、部屋住み
 石井孫七...野山藩下士、部屋住み
 平岡丈左衛門...野山藩年寄り
 原雅之進...藩主・義孝の側用人
 
留場の五郎次 南原幹雄
 芝居小屋での諍いを収め裁くのが生業の止め男(留場)の五郎次。芝居町に五郎次ほどの留場はいないと言われるくらいの仲裁ぶりである。
 そんな五郎次に興味を引かれた江戸屋弁之助は、五郎次は武士であったのではないかと思う。
 ある日、斬り付けられた五郎次を助けた弁之助は、五郎次が留場に居るのは、女仇討ちの為だと知る。
 仇討ちなど止め、留場で生きていく事を進める弁之助。五郎次とて女仇討ちなど空しいだけだが、武士の一分は捨てられないのだ。

 仇討ちシーンの件は意外に呆気ないように感じたが、五郎次と弁之助の交流・友情をメインにした読み応えのある一編。作品自体は全く違うが、男同士の信頼感や親交といった面で、山本一力氏の「欅しぐれ」が思い起こされた。
 
主要登場人物
 五郎次(田毎孫兵衛)...中村座の留場、元小田原藩大久保家馬廻り役
 江戸屋弁之助...芝居茶屋の主
 鶴吉...目明かし
 松原庄左衛門...浪人、元小田原藩大久保家馬廻り役

黒のスケルッォ 藤水名子
 裏長屋に相応しくない、整った容姿に、ぱりっとした出で立ちの武士・秋草右京之介がやって来た。長屋の店子たちは、口々に仇討ちの為の潜伏ではないかと噂する。
 しかも、楠見主膳が岡惚れの梅香まで、右京之介にぞっこんな様子。面白くない楠見主膳は、右京之介毛嫌いするも、いつしか酒を酌み交う仲となる。
 だが、実際には右京之介は仇持ちであり、その残忍さで返り討ちにするのだった。

 裏長屋に住まう、ひねた性格の楠見主膳の視線で描いた、秋草右京之介という男の本性。
 まあ、人は見掛けに騙されがちとでも言ったところだろうか。藤氏の作品では先に読んだ「リメンバー 」よりもずっと面白かった。
 主膳の俗に言う嫌な性格が面白さを倍増させている。
 ただ主膳風にひねたひと言を…。仇、かたき表記の不統一(仇はあだと読ませるのか?)、深川芸者は男の名前で座敷に出ています。

主要登場人物
 楠見主膳(咲次郎)...浪人
 秋草右京之介...浪人
 梅香...深川芸者

泪雨 村松友視
 山岡鉄舟の死を目前に、次郎長が振り返る鉄舟との交流の日々。幕末から明治へと移りゆく中で、次郎長の功績を実話を元に執筆された一編。
 
 武士道がテーマの作品集にあり、敢えて侠客を取り上げ、武士道に劣らぬ大いなる男の気概を描いている。

主要登場人物
 山岡鉄舟...徳川幕府幕臣・若年寄格幹事、明治政府政治家・子爵
 清水次郎長(山本長五郎)...侠客

鈍色だすき 山本一力
 柏原浩太郎は、深川八幡宮参道にて、札差平野屋の対談方・良ノ助と渡世人・達磨の猪之吉一家の仙吉が一触即発になったのを仲裁した縁で、平野屋伝兵衛、七代目・猪之吉双方と交流を持つ事になった。
 次第に伝兵衛の娘・みそのと惹かれ合うようになるが、時は寛政元年、棄損令が発布され、札差への武家の借金は棒引きとなった。この事で、武家と札差との関係は悪化し、伝兵衛も浩太郎への嫌悪を露にし、みそのと引き裂くのだった。

 静かに自体を見守りながら、度量の大きな七代目・猪之吉と浩太郎の関係が、同氏の「欅しぐれ」を彷彿とさせる。
 武士道を徳と説かれて育った浩太郎が、人として本物の気配りや大きさを兼ね備えた猪之吉に男道(=武士道)を見る。
 
主要登場人物
 柏原浩太郎...御家人・時田家家士
 平野屋伝兵衛...蔵前・札差の主
 みその...伝兵衛の娘
 七代目・達磨の猪之吉...平野町の侠客

 収録作では、「才蔵は何処に」、「消えた黄昏」が好みだった。「ルーアン」においては、後書きにて藤氏が敢えて中世ヨーロッパ騎士もので書いていただいたと記しているのだが、日本の時代小説ファンと、西欧の時代小説ファンとは、異なるのではないだろうか。
 仮に、別の機会であれば「ルーアン」自体は、面白く読めたと作品ではないかと思うが、如何せんお侍モードで読んでいる中での異色作は厳しいものがある。
 しかし、中国物を得意とする藤氏に日本の時代小説の監修を任せた意図とはどこにあるのだろうか。それこそがミステリアスだ。
 あと1冊「夢をみにけり」があるのだが、こちらに期待しようと思う。
 


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脇役~慶次郎覚書~

2013年03月16日 | 北原亜以子
 2003年5月発行

 現在までに17巻を数える人気シリーズ「慶次郎縁側日記」のレギュラー脇役陣にスポットを当て、本編では触れられていない、彼らの過去を綴った一冊。

一枚看板
辰吉 
吉次 
佐七 
皐月 
太兵衛 
弥五 
賢吾 計8編の短編集

一枚看板
 森口慶次郎...霊岸島の酒問屋山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心

辰吉
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 
吉次 
 吉次(蝮の吉次)...秋山忠太郎の手下(岡っ引き)

佐七
 佐七...霊雁島・酒問屋山口屋・根岸寮の下男

皐月
 皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘

太兵衛
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き) 
弥五
 弥五(弥四郎)...辰吉の下っ引き

賢吾
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心

 各章、生い立ちから今に至るまでの道のりを、現況の出来事から思い起こさせながら、ほろ苦さや心の闇、葛藤などを交えて描いている。

 正に人に歴史有り。一話一話が、「慶次郎縁側日記」のスピンオフとなっており、シリーズを読み続ける人には、「あの人にはこんな過去があったのか」を実感出来、必見。本編を読んでいない人でも、切ない時代小説として、十分に楽しめる作品である。
 「脇役」のタイトルがぴたりとはまる。





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しぐれ舟~時代小説招待席~

2013年03月12日 | ほか作家、アンソロジーなど
石川英輔、宇江佐真理、薄井ゆうじ、押川国秋、加門七海、島村洋子、藤水名子、藤川桂介、山崎洋子

 2003年9月発行

 藤水名子監修による、恋をテーマに綴られる、9編の短編時代小説アンソロジー。

夢筆耕 石川英輔
堀留の家 宇江佐真理
象鳴き坂 薄井ゆうじ
臨時廻り 押川国秋
あづさ弓 加門七海
猫姫 島村洋子
リメンバー 藤水名子
たまくらを売る女 藤川桂介
柘榴の人 山崎洋子 計9編の短編集

夢筆耕 石川英輔
 毎夜夢に訪う、美女がいつしか気になり仕方のない八兵衛の元に、夢でみていたその人が、貸本屋の娘として現実のものとなった。しかも、その娘・まりも、八兵衛と同じ夢をみていたのだった。

 夢と現実のうつつの中で、因縁を感じさせる一作。

主要登場人物
 八兵衛...米沢町の筆耕屋
 まり...貸本屋大倉屋の娘 

堀留の家 宇江佐真理
 堀留町二丁目にある元岡っ引き鎮五郎と女房のお松は無類の子ども好きであり、捨て子や訳ありの子を常に養育していた。成人し、干鰯問屋蝦夷屋に奉公する弥助とおかなもそんな子である。
 おかなから思いを寄せらた弥助だが、兄妹同然に育ったおかなを妹以上の目では見られない弥助。

 おかなの後半生には後味の悪い物が残るが、置き去りにされたおかなの子を弥助が引き取るシーンはなかなかに泣ける。奇しくも鎮五郎と同じ路を歩む事になった弥助。弥助の生い立ちも含め、切なく胸に熱い物が込み上げる、宇江佐さんらしい物語であった。

主要登場人物
 鎮五郎...堀留二丁目の借家の家主、元地廻りの岡っ引き、弥助の養父
 お松...鎮五郎の妻、弥助の養母
 弥助...深川佐賀町干鰯問屋蝦夷屋の手代
 おかな...蝦夷屋の女中
 富吉...弥助の実父
 おその...弥助の妻

象鳴き坂 薄井ゆうじ
 ある日ふと現れた童女・トシ。そのまま居着いて奉公人となって5年。童女から娘へと成長した彼女を、いずれは町へ奉公に出すか、嫁がせるかと思う源七だが、トシの思いを分かり兼ねていた。
 そんな源七にお構いなしに、「象を見たい」と懇願するトシ。

 象をシンボリックに使う事で、父娘ほど年齢の離れた源七へのトシの思いを現しているようだが、トシの言動に計り知れない部分があり、当方にとってはシュールな作品だった。

主要登場人物
 源七...姫街道引佐峠の団子屋の主
 おりん...源七の元女房 
 トシ...団子屋の奉公人

臨時廻り 押川国秋
 下谷数寄屋橋の履物屋の娘が無惨な骸となって発見された。臨時廻りの織田草平は、先に残酷絵で手鎖の刑を受けた絵師の加山英良に目星を付ける。

 残忍な絵ばかりを描く英良の生い立ちの秘密や、その素顔を知るお多代の語りから、ひとりの人間が罪を犯すに至る過程を綴っているのか…やはり難解。

主要登場人物
 織田草平...南町奉行所臨時廻り同心
 お多代...堤げ重の餅売り
 加山英良...絵師、御家人の三男

あづさ弓 加門七海
 蒲原宿外れの木賃宿で、川止めにあった喜佐治は、昔語りをするのだった。
 それは、巫女の呪術の裏をかいてやろうといった遊び心が招いた、前世で行く末を誓い合った、前世からの宿縁。巫女の身体を借りた玉菊の業であった。

 ミステリーチックなホラーを表に出しながら、女の業と寂しさを描いているが、こちらもシュール。

主要登場人物
 喜佐治...江戸石川島近くの元錺職人
 玉菊...元花魁
 巫女(いちつこ)...呪術師

猫姫 島村洋子
 裕福な町人の娘として育ち、伝手を頼って大奥の御目見え以下の女中になった花江(おさと)は、大奥で絶対権力を握る、高岳の愛猫・菊姫を救ったことから、とんとん拍子に出世し、時の将軍の寵愛を受けるまでになった。
 だが、月日は流れ、将軍の寵愛は若い雪江へと移り変わる。その雪江とは、年の離れた実の妹であった。
 将軍崩御の後、雪江は、職人との不義を働き、蟄居を申し渡され、食を断ち自害するのだった。

 大工と通じた11代将軍・家慶の側室・お琴の方をモデルにしたと思われる。
 姉妹が明暗を分ける葛藤、そして、幼き日の思い出。切ない物語となっている。
 
主要登場人物
 花江(おさと)...徳川家慶の側室、乾物問屋の娘
 雪江(おかつ)...徳川家慶の側室、花江の実妹
 高岳...大奥年寄
 
リメンバー 藤水名子
 木嶋元介との婚礼の席に突如、3年前に行く方知れずとなった許嫁・和倉木荘樹郎が現れた。
 相思相愛だった荘樹郎の出現に、七生の心は揺れる。そして2人の男は、全てを七生に委ねるのだが…。

 本誌の監修である藤水名子氏の作品。選出は難解な作品が多い中、彼女の執筆は実に明快で単純なのが不思議である。
 七生の選択が、荘樹郎を選ぶか死かといった択一になるのだが、複雑な作品を選んだ選者とは思えぬ、安直な結末に感じた。
 タイトルもそうだが、時代小説の枠を出たいのか、横文字を使い新風を意識しながらも、わざわざ時代小説する糸を感じられなかった。

主要登場人物
 七生...足軽組頭同士の娘
 木嶋元介...近習
 和倉木荘樹郎...脱藩浪人

たまくらを売る女 藤川桂介
 軽井沢一体の三宿で、「たまくら」を売り歩くかるには、同じ百姓でありながら、剣術で身を立てると誓う、弥七言い交わしていた。
 だが、浅間山の噴火でにっちもさっちもいかなくなった百姓たち。かるも女郎に売られる羽目になったが…。

 身売りの直前に、神官に智恵を授けられ、「たまくら」売りになったかる。そして、弥七を探し江戸へ赴き、若き日の夢萎えて今、身を持ち崩した弥七と再開する。出来過ぎたストーリであるが、前向きに明るい結末はほっとした。

主要登場人物
 かる...三度山麓の百姓娘
 弥七...かるの許嫁

柘榴の人 山崎洋子
 江島生島事件をモチーフにした、江島のその後を描いた作品。
 盲人の藤七は、村長の命で、囲み屋敷の科人の世話に出る事になった。科人は元は身分のある女性。藤七が盲人であることから選ばれたらしい。
 日々、閉め切った部屋で写経を繰り返す科人の気晴らしになればと、藤七は膳に花を添えたり、季節の臭いを漂わせようと朝顔を植えたりと思いやるが、科人の心には届かず。

 不慮の事故で盲目となった藤七の見えないながらも肌で感じる生きている証しを、囲み屋敷の住人に伝えたいという純粋な心が随所に感じられる。
 そして、江島をモデルとしたであろうその人が、何も感じず、何も思わず、生きる屍として生きたいといった陰には、自ら命を絶とうとした過去があった。
 山崎洋子氏が、女性ならではの筆で、悲哀を描いた作品である。

主要登場人物
 藤七...蕎麦打ち
 お民...藤七の女房
 お方様...科人、元大奥御年寄

 「うむ?」とうなった一冊。監修の藤水名子氏の作品が稚拙に感じた上に、彼女の後書きもなんだか…。
 3冊まとめ買いしてしたので読むが、下町の人情や、胸を打つ切なさが好みな当方の感性が、藤氏とは合わないのだろう。
 これは嗜好の問題なので、致し方ない。



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お腹(はら)召(め)しませ

2013年03月07日 | 浅田次郎
 2006年2月発行

 作者自身が祖父から聞かされた、思い出話などを基に執筆された、幕末から明治維新期を舞台の時代短編小説集。

お腹召しませ
大手三之御門御与力様失踪事件之顛末(おおて さんのごもん およりきさま しっそうじけんのてんまつ)
安藝守様御難事(あきのかみさま ごなんじ)
女敵討(めがたき うち)
江戸残念考
御鷹狩 計6編の短編集

お腹召しませ
 家督を継がせた入り婿の与十郎が、藩の公金に手を付けた上、新吉原の女郎を身請けし逐電してしまった。舅の高津又兵衛は、家名を守るためには「腹を切るしかない」と、上役から暗に諭されるも、まだ45歳の身を思うと踏み切れずにいた。
 さらには、妻と娘はと言えば、家を守るためならと、いともあっさり「お腹召しませ」とせっつく始末。
 唯一、勝俣家から与十郎に従い高津家に入った老中間の久助のみが、家名よりも大切な命などあるものか。腹を切った者のみが馬鹿を見ると、進言するのだが、又兵衛は…。
 全てを悟っていた久助の手配で、死に装束の侭、走り出した又兵衛。江戸を離れる与十郎の姿を目の前にし、縛り付けられない与十郎の方がまともに写り、武士道とは何か、命と引き換えにする家名の重さとはを又兵衛は知り、家名を捨て生きる道を選ぶ。

 又兵衛の切腹は外堀から固められていく。こんな理不尽にも武士たる者、腹を斬らなくてはならないなんて…。「止めて」と叫びたくなるほどであった。
 が、物語は、死に装束の又兵衛が江戸を走り、それを目にした町人が腰を抜かしたりと、どこか滑稽さを醸し出し、又兵衛の決断は、妻子を喰わせていけばいいんだろうと、結局はそういう事だと言わんばかりに、悲しい結末にはならずにほっと胸を撫で下ろした。

主要登場人物
 高津又兵衛...隠居、元小藩江戸定府役・勘定方八十石
 久助...勝俣家より与十郎に付けられた中間
 千世...又兵衛の妻
 菊...又兵衛の娘、与十郎の妻
 勝俣十内...与十郎の実父、譜代三百石旗本
 高津与十郎...又兵衛の娘婿、江戸定府役・勘定方

大手三之御門御与力様失踪事件之顛末
 御百人組の横山四郎次郎の姿が、詰め所である大手三之門から忽然と消えたと、御組頭の本多修理太夫から聞かされた長尾小源太。三之門は言わば大きな密室状態であり、神隠しとしか思えないでいたが、行方知れずになってから5日目、横山が己の屋敷の門前に倒れ伏していた。
 5日間の記憶もなく、やはり天狗の仕業であったかと収まりかけていた矢先、四郎次郎が昵懇である小源太だけに全てを打ち明けるのだった。
 恋仲であったが家のために添えなかった娘・お咲が、内藤新宿の岡場所で女郎に身を落とし、幾許もない命ながら、四郎次郎に死に水を取って欲しいと願っていると知ったがため、神隠しを装った四郎次郎。
 御徒の出である四郎次郎が、水練に長けていると推理する修理。己も、水練を学び神隠しに合うと決めるのだった。

 脇役ではあるが、本多修理太夫の存在が光る。四郎次郎の失踪をほかには告げずに内密に済ませたり、果ては、誰にでもひと時ばかり人目をはばかり済ませたい事柄があろうといった姿は、ウィツトに飛んだ正に理想の上司と言えよう。
 
主要登場人物
 長尾小源太...百人組二十五騎組(青山組)馬上与力
 横山四郎次郎...百人組二十五騎組(青山組)馬上与力
 本多修理太夫...百人組青山組御組頭
 道庵...塩丁の蘭方医

安藝守様御難事
 浅野安芸守茂勲は、老いた御側役に「斜籠の稽古」と言われるままに、広敷から夜盗のごとく逃げる稽古をさせられていた。目的が分からない茂勲は、曾祖母にあたる御住居様に話を聞こうとするも、斜籠については語れぬと、たださめざめと泣くばかり。謎は恐怖へと変わり、茂勲はますます不安を募らせるが、側役から真夜中に老中の屋敷で斜籠を披露下されと言われる。分かったふりをして事に臨もうとするが、果たして斜籠の儀とは……。賄賂のための隠密行事だった。

 いち藩士から、あれよあれよと藩主の坐に収まった茂勲に、ただならぬ出来事が。ミステリー仕立てで、真相が溶けるのだが、何とも面子を重んじるが故の所行であったというおちである。
 ただ、怖い結末にならずにこちらの話も胸を撫で下ろした次第。ぽかんとする茂勲の顔が浮かぶような幕切れだった。

主要登場人物
 浅野安芸守茂勲...芸州広島藩14代藩主
 御住居(末姫)...11代藩主・安芸守の妻、11代将軍・徳川家斉の息女

女敵討
 国元に妻を残し江戸勤番に就いた奥州財部藩士・吉岡貞次郎は、大した勤めもないまま2年半が過ぎていた。
 そんなある日、国元から江戸屋敷へ赴いた御目付役・稲川左近が、貞次郎の妻の不貞告げ、すぐに国元に帰り女敵を討ち果たせと言う。顔も知らぬまま結婚した仲とはいえ、14年連れ添った妻である。しかも貞次郎は、妻が夫を待ちわびているであろう間、江戸で妾との間に子を成していた。
 結果、貞次郎は妻を情夫と共に逃がすが、そこに居合わせた左近が、女敵を討ちを認める。
 締めは、息子を吉岡家の跡取りに差し出し、自らは身を引こうとする妾のおすみが、貞次郎を訪う。

 貞次郎の苦悩と平行し、おすみの苦悩も描かれ、息子・千太の将来を思うばかりに、女手ひとつの貧乏を味合わせたくないと、手放す決意をするのだ。
 一方の貞次郎は、妻を逃し、己の代にての御家断絶は元より、後は侘しくひとり生きる覚悟を決めるが、思いもよらないハッピーエンドに終わろうとして、作者は筆を置いた。

主要登場人物
 吉岡貞次郎...奥州財部藩江戸中屋敷・徒士組組頭
 稲川左近...財部藩目付役
 おすみ...貞次郎の妾
 ちか...貞次郎の妻
 きさぶ...ちかの情夫、札差の番頭

江戸残念考
 慶応4年の正月。代々御先手組与力を務める浅田次郎左衛門が、年賀の挨拶回りに出かけようとしたところ、祖父の代からの郎党・孫兵衛が、薩摩・長州と戦になるやも知れぬという情報を仕入れてくる。数日後、徳川慶喜が鳥羽・伏見から逃げ帰って来たと告げる。江戸は無様な結果に曝され、「残念無念」と言うのが流行っていく。
 そして、鳥羽・伏見に参戦しながらも生き延びた事や、徳川のために戦に出ない事を不忠と後ろ指を指され、若き婿が無下に命を失わないために、次郎左衛門は自ら、上野の山に参戦するのだった。

 「残念」、「無念」このふた言が、悲壮感を払拭しているが、実は負け戦に投じる悲しい物語である。
 作者のシャープな筆が、鳥羽・伏見から逃げ帰った慶喜を痛烈に批判し、登場人物に「会津公に御政道を任せるべきだった」と言わせているあたりがスカッとする。

主要登場人物 
 浅田次郎左衛門...先手組(弓組)馬上与力・百五十石
 孫兵衛...浅田家の郎党
 石川直右衛門...先手組、次郎左衛門の娘婿

御鷹狩
 檜山新吾、間宮兵九郎、坂部卯之助ら、前髪立ちの若者3人は、頬かむりという出で立ちで、薩長の田舎侍に抱かれる江戸女は許せないと、御鷹狩りと称し、夜鷹狩りに出向き、夜鷹を4人死に至らしめた。
 だが、意外なところから新吾らの犯行は明らかになるも、混乱の幕末、事は穏便にも済まされようとしていた。
 妾腹の子である新吾が、疎まれて育った事を歯がゆく思う嫡子である兄の小太郎は、そんな弟が不憫でならず、再び夜鷹狩りに出向く新吾の跡を付けるのだった。

 腹違いの弟・新吾を思いやる兄・小太郎の幼年期の回想シーンがぐっとくる。新吾をおぶい、「里子に出されそうなので連れ帰った」と、母にも渡さず逃げ回るシーンは、全作品中で、目頭が熱くなった。
 そして、これまでの5編。悲惨な話がなく、徳川崩壊の最大の時期ありながらも、どことなく、面白味を感じていたが、この物語のみ、殺人といった怖さが込められている。
 だが、作者は兄弟愛、母子愛を伝えたかったのか、終焉は、思わぬ展開で奇麗に収まった。

主要登場人物   
 檜山新吾...新番組・檜山孫右衛門の庶子(二男)
 檜山小太郎...檜山孫右衛門の嫡男、新吾の異母兄
 間宮兵九郎...大番組士の惣領息子
 坂部卯之助...新番組士の息子
 五郎蔵...地場の貸元
 おつね...夜鷹
 田丸...仮牢の番役同心(元牛込定町廻り同心)

 作者の浅田次郎氏が、祖父との貧しい2人暮らしだった少年期に、祖父から聞き及んだ昔話を、自身の見直に掛け合わせて描いた6編。
 時代小説部分に入る前後には、それにまつわる現代の話が組み込まれている。
 読み終えて…書ける人は描ける。ミステリーや情にユーモアを加えながらも、伝える重さは重厚。
 「昔のおさむれえてえのは、それほど潔いもんじゃあなかった」。と書かれた表紙の帯に言葉だが、読み始める前は、ユニークさが醸し出されていたが、読み終えると、ずんと重く伸し掛かる。
 笑いの中に、軽いタッチで筆を進めながら、その実は、死と背中合わせ=理不尽な武士道や、命の重さ、人としての生き方などを説いている、深い作品と受け止めた。
 「御鷹狩」の項でも書いたが、後味の悪い悲惨なシーンがなく、暗にお涙頂戴に走らない辺りに、作者の手腕の凄さを見せ付けられたと同時に、読んでいて安心出来たのだが、「御鷹狩」の夜鷹斬りのシーンが噛んでしまったのが残念。
 切腹、仇討ち、極刑、戦などの非豪さを露にせずとも、胸を打つ作品は描けると言った代表ではないだろうか。
 また余談であるが、江戸の旗本・御家人の住まいや、千代田の城の佇まいなど、江戸の様子を明確に現しており、我が書棚の永久保存版に収める事とした。



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夏雲あがれ

2013年03月03日 | 宮本昌孝
 2002年8月発行

 東海の三万石の某小藩を舞台に、少年たちの友情とほのかな恋心…。彼らの成長を描いた物語「藩校早春賦」から6年。若き藩士に成長した3人が、舞台を江戸に代え、藩士暗殺の陰謀と立ち向かう。

第一章 別れ

第二章 凶兆

第三章 蚯蚓出る

第四章 白十組、動く

第五章 旅立ち

第六章 道中異変

第七章 三友、再会

第八章 吉原往来

第九章 次善の剣
第十章 陰謀の輪郭

第十一章 竜の跫音

第十二章 決闘、山谷掘

第十三章 天野父子

第十四章 嵐の前

第十五章 千両対決

第十六章 暗殺の秋

終章 戻り夏 連作長編

 「藩校早春賦」から6年が過ぎ、幼なじみの筧新吾、花山太郎左衛門、曽根仙之助に別れの時が訪れた。仙之助は藩主の御供衆として、太郎左衛門は将軍家高覧の武術大会出場のためそれぞれ江戸へ立つ。ひとり空しく見送った新吾。
 そんなある日新吾は、鉢谷十太夫を訪ねた折、刺客に出くわし、刺客と思われる男と、十太夫の切ない過去に触れるのだった。
 その後、太郎左衛門が吉原で騒動を起こし、謹慎の身と成り、新吾は代役として武術大会に出場するために江戸に向かう。
 太郎左衛門の騒動の元となった旗本家の息子と、50年前の藩を巻き込んだ十太夫の苦い思い出、そしてさらには、蟠竜公の陰謀にも繋がるのだった。
 蟠竜公の藩政乗っ取りの魔の手はついに江戸屋敷へも伸び、誰が敵で誰が味方か分からぬ中、御家存続のため、新吾は奔走する。
 さらには、太郎左衛門が関わった吉原での諍いが、禿勾引しとなり、新吾も巻き込まれていくのだった。
 そこには、50年前、十太夫が身を切り裂く思いで対峙した亡き親友の死につながる天野家と、執拗な蟠竜公の密事もあった。

 とにかく面白い。筧新吾、曽根仙之助、花山太郎左衛門は元より、ほかの数多脇役のひとりひとりに関しても感情移入が出来るくらいに、緻密な設定がなされている。彼らがいきいきと、東海や江戸を闊歩する様が眼に浮かぶようである。
 また、かなりの長編で読み応えある「夏雲あがれ」だが、どのエピソードを拾っても、面白く、頁をめくる手を止められなくなった。
 50年前の出来事と、現在が巧く交差し、更には御家乗っ取りだけではなく、吉原までをも組み込んでいながら、無理なく物語は進行するのだ。
 複雑に絡み合った糸がほどける様は、読者が新吾と一帯となって知るうる寸法である。
 あわやといったシーンで、必ず助けが入るのだが、こんな出来過ぎなシチュエーションでさえ、「誰か助けてくれ」とこちらまで懇願しながら読んでいるので、ほっと胸を撫で下ろすのだ。
 ここまで、宮本氏の文章に入り込めるのは、各章の始めと終わり3行に、季節を織り込み、時代小説ならではの表現や史実の説明も、3行前後で簡潔にまとめてくれている辺りにもあると言える。
 また、新吾の心の呟きが実に利いていて良いのだ。
 自分たちが普段、耳にしないような言葉遣いも、簡潔に説明してくれる作家は少ないだろう。
 同シリーズは、「藩校早春賦」と「夏雲あがれ」のみで、続編は書かれていないようだが、未だ未だ読み足りない思いである。
 蟠竜公と天野家の企みは一件落着なのだが、未だ物語は続きそうな終わり方なので、幾許かの期待を抱きつつ、頁を閉じた。
 出番は少なかったが、新吾の次兄や太郎左衛門兄弟、石原栄之進辺りでも、面白いスピンオフが期待出来るのだが…。いや、ほかの誰をとっても面白い物語が出来るほどに、みなキャラが生きている。
 最後の最後に、銀次が、「こんな純なお侍えたち、見たことないぜ」と独りごちてそっと去るのだが、私も、そんな銀次に、己を重ね合わせた読者ひとりである。
 新吾と志保のほのかな恋心を現すキーワードである「関屋の帯」も、大ラスできちっと決着が着く辺りも、さすがである。
 こういったすかっとした青春物を読むと、本当に気が晴れる思いで、入道雲が立ち込める真夏の空を思いやった。文庫版上編の表紙のイラストが、まさにこの表題を現している。(記事使用は単行本表紙)

主要登場人物
 筧新吾...東海の三万石の某藩・徒組三十石の三男
 曽根仙之助...馬廻組百二十石の当主
 花山太郎左衛門(太郎左)...徒組三十石の嫡男
 花山淵二郎(千代丸)...太郎左の弟、神田松下町私塾懐誠堂・儒者・片脇澳園の内弟子
 鉢谷十太夫...鴫江村の隠居、元藩主・吉長の傅人(役)
 湯浅才兵衛(筧精一郎)...新吾の長兄

 筧助次郎...新吾の次兄
 恩田志保...徒組三十石の二女、新吾の隣家

 木嶋廉平...曽根家の若党
 河内守吉長...藩主
 石原織部...国家老

 石原栄之進...織部の嫡男
 井出庄助...石原家家士

 三次郎...石原家小者
 千早蔵人業亮...千早家当主、白十組頭

 阿野謙三郎...千早家御用取次、白十組

 赤沢安右衛門...武徳館教導方介添
 森小右衛門...江戸留守居役
 宮部太仲...江戸上屋敷御提灯番
 能瀬喜八郎...江戸御留守居役
 渋田弥吾作...小姓組頭
 篤之助...藩主庶子
 村垣嘉門...江戸上屋敷小仕置役
 蟠竜公...藩主の叔父、隠居

 梅原監物...江戸家老
 安富左右兵衛...江戸下屋敷奉行
 建部神妙斎...蟠竜公の近習

 土屋白楽(井上鈴鹿)...囲碁棋士、妖術使い

 妙馗...蟠竜公の二男、西泉寺住持
 江州屋(山野辺縫殿介)...深川三好町の材木商の主人、元蟠竜公の寵臣
 森小右衛門...江戸御留守居役
 膝付源八...勝山藩士、荻野流砲術
 関屋...吉原江戸町・万字屋の花魁

 梅...関屋の禿

 銀次...万字屋の妓夫
 天野能登守...五千石の旗本、御書院番頭→御側衆
 天野重蔵...能登守の嫡男
 
 


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