うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

遊女(ゆめ)のあと

2012年09月30日 | 諸田玲子
 2008年4月発行

 異人との出会いから、夫を捨て筑前福岡を出奔した女。かたや、女敵討ちのために江戸を離れた男。二人は、空前の繁栄を見せる尾張名古屋で巡り会うも、次第に、巨大な政争の道具とされ…。

前口上
 密航者
 神隠し
 寺中
 女敵討ち
 旅行商人
中幕(顔見世)
 不夜城
 闇の森心中
 豊後節
 妖女
 下御深井
 伏見御殿
幕外    長編

 第八代将軍・吉宗の治世。飢饉に喘ぐ筑前福岡で、情のない亭主と姑に憤りを抱くこなぎは、ひょんなことから亭主の磯六が拾った明国人の張紹維の命を助けるため、紹維の目指す尾張国名古屋へと出奔を誓う。
 一方江戸では、流行病で一子を失い、気鬱に陥っていた高見沢鉄太郎の妻・由伊が行く方知れずとなっていた。
 鉄太郎は、妻の居所を探るうちに、得体の知れない渦に飲み込まれ、否応無しに女仇討ちのために尾張国名古屋へと旅に出る。
 だがそこには双方共に、政治や豪商たちの思惑が重なり、鉄太郎もこなぎもただの駒として使い捨てられる運命にあった。
 前口上の4頁で引き付けられる。「我も我もと夢の都をめざすその中に~女がいた。奇しくも二人。ひとりは博多から。ひとりは江戸から。」
 これだけで、一気に興味をそそられた。
 だが、話は女2人ではなく、江戸から向かった女の夫である高見沢鉄太郎と博多からのこなぎが主役である。
 出だしは章毎に、2人の経緯が語られる。こなぎが九州を離れる迄は、時代小説に良く見られる、または宇江佐真理さんチックな展開なのだが、本州にたどり着いてからの展開が、何やら順調過ぎて怖くなる。
 一方の鉄太郎に関しては、端から暗雲立ち込めた旅立ち。そして、彼の心中の迷い、命を振り絞るような痛みが手に取るように伝わって来る。人としての情と武士である事との板挟み。そして無責任な周囲。
 計らずも2人は尾張城下で出会うのだが、この頃になると、皆恵比寿顔の裏に潜めた閻魔。誰を信じれば良いのか分からなくなっていくのだ。
 この展開であれば、こなぎはともなく鉄太郎は生きてはおるまいと頁を進める。
 だが、ここでまた大きな展開がある。思いも掛けない人物が味方となり加勢するのだ。
 そして、幕外がまた読ませてくれる。最期迄、鉄太郎の妻女は…。を引っ張りながら。
 諸田玲子氏の文章力、着想眼には敬服した。歴史上実在の人物を搦めながら、無理なく話を進めながらも、人生の落とし穴を説いている。
 惜しむらくは、前半を彩った張紹維のその後が失せている事。張紹維が失せたのであれば、こなぎが騒動に巻き込まれる所以はなかっただろうと思われる。
 最期に、これはわたくしの独断的意見であるのだが、武士と町家の娘が結ばれる話は余り頂けない。そういった意味でもこの結末はすっきりした。
 何はともあれ、傑作でしょう。文章が巧いのでややこしい話もすんなりと読み砕ける。一度、読まれる事をお勧めする。
 最期に列記されている、諸田玲子氏の参考文献はかなりの数であり、これだけの下調べを行った上での作品である事は忘れてはならない。作家魂を見た。

主要登場人物
 高見沢鉄太郎...幕府御手先同心鉄砲組
 由伊...鉄太郎の妻
 茂助...高見沢家下男
 八木幸四郎...幕府御手先同心鉄砲組、鉄太郎の同輩
 こなぎ...筑前福岡今宿横浜の漁師・磯六の女房
 張紹維...明国の時計職人
 安田文吉郎...尾張名古屋熱田の大庄屋の息子、学者
 亀井伊右衛門...尾張藩徳川家・土居下同心
 徳川宗春...尾張藩徳川家第七代藩主
 本寿院...尾張藩徳川家第三代藩主・綱誠の側室
 鴻池善右衛門...大坂の両替商の主
 三井八郎右衞門...両替商呉服屋・伊勢国松坂・越後屋江戸店の主
 山田彦左衛門...桑名の材木商の主
 張振要...尾張名古屋御下屋敷の町医者
 張振悦...尾張名古屋上野村の尾張藩御目見得医者
 張貴美...振悦の娘婿
 宮古路豊後掾...浄瑠璃太夫



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木戸の椿~公事宿事件書留帳二~

2012年09月19日 | 澤田ふじ子
 1992年10月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第2弾。

木戸の椿
垢離の女
金仏心中
お婆とまご
甘い罠
遠見の砦
黒い花 計7編の短編集

木戸の椿
 長屋で針仕事をして生活を立てる、お袖の娘千代が行く方知れずになった。勾引しとは思えず、長屋を訪ねた菊太郎は、古びた布地に目を惹かれる。

垢離の女
 三条大橋の下で、生後間もない赤子を抱いてうずくまっていたおけいを、お信は長屋に連れ帰り、その身の上に同情を寄せる。一方菊太郎は、おけいと赤子に関わる店同しの問題に行き当たる。

金仏心中
 店の古美術品を持ち出して、北野の女郎屋に入れ上げていた手代茂助の不行跡が露見した。真砂屋の主は、金仏を取り戻したいと、鯉屋に相談を持ち掛けた。

お婆とまご
 若者弥市がならず者に難癖を付けられているのを、菊太郎が救ってやったことから、その祖母お勢が鯉屋を訪ねて来たのだが、その帰りにお勢が、ならず者に襲われ大怪我を負ってしまう。菊太郎は土井式部と共に、絡繰りを探るのだった。

甘い罠
 大文字屋の娘お妙から、湯治に出掛けた祖父が1年近くも戻らないと相談を受けた菊太郎。お妙の親は、金の無心に閉口するも、敢えて心配はしていない様子だが、お妙の話から、祖父の行方を知る口入れ屋を探ると…。

遠見の砦
 女を巡る諍いで、勘十郎の目を潰した罪で鯉屋の座敷牢に入っている大工の富吉だが、本人は犯行を否認している。しかも、目の治療中の勘十郎が姿を消した。菊太郎の不信は募る。

黒い花
 重阿弥の燗番の光太夫が行方不明になり、お信がその詮索を鯉屋に持ち掛けた。ようと行方が知れない光太夫を探すため似面絵を描くと、東町奉行所同心の福田林太郎が、共に深酒をした相手だと言う。

 これで澤田さんの作品4冊を読んだのだが、最終的結末を描かず、こうなるだろうという大映方式が特徴なようだ。
 また、これは当方の読み方が浅いのかも知れないが、どうにも話が前後し、「あれっ、旅に出たんじゃないか」。「そうか、出る前に話が戻ったのか」。などと何度か読み返す場面もあった。
 鯉屋愛猫のお百と菊太郎のシーンは毎回、微笑ましく和やかな気持ちになれる。
 ただ、澤田さんの文化や歴史的背景などの江戸に置ける諸事情の知識は、大変興味深い。学ぶといった面で読む小説として受け止めている。
 「金仏心中」、「甘い罠」は物語には名前しか出て来ない人物の悲しい結末が印象的である。「遠見の砦」は当方には難解であった。もう一度読み返したいと思う。

主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 田村次右衛門...元京都東町奉行所・吟味役同心組頭、隠居
 政江...次右衛門の妻、菊太郎の継母
 奈々...銕蔵の妻
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 宗琳(武市)...源十郎の父親、隠居
 福田林太郎...京都東町奉行所・吟味役同心
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 お信...三条鴨川沿い料亭茶屋重阿弥の仲居
 土井式部...山城淀藩浪人→大宮通り姉小路・公事宿蔦屋の勘定方


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女衒の供養~公事宿事件書留帳十五~

2012年09月18日 | 澤田ふじ子
 2007年9月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第15弾。

奇妙な婆さま
牢囲いの女
朝の辛夷
女衒の供養
あとの憂い
扇屋の女 計6編の短編集

奇妙な婆さま
 隠岐島の流人だった過去を、話す老婆が話題の居酒屋を訪れた菊太郎。あまりにも明け透けな話し振りに、何か曰くがあるのではないかと…。

牢囲いの女
 鯉屋の手代の喜六は、言い寄る男を見事に裁いた婀娜っぽい女の気っ風に驚かされた。数日後、六角牢屋敷に牢扶持の出前に向かった折り、その女が留置されているのを見掛け…。

朝の辛夷
 大店の筆屋松屋の総領息子である芳助が勾引され、金子十両を無心する文が投げ込まれた。偶然店表に居合わせた菊太郎は、その脅迫文の稚拙さと、大店相手に十両の無心に、不信を抱く。

女衒の供養
 25年前に突然姿を消した亭主の又七が、気鬱の病いに陥っているので、引き取って欲しいとおみさと名乗る若い女に言われたお定。とてもではないが、そんな話は受けられない。大方、おみさが手に余り押し付けてきたのだろう。だが、後日おみさは許嫁の友兵衛を伴い、又七を引き取ると申し立てが合った。

あとの憂い
 異母弟の鐵蔵が言うには、流刑が決まった入牢が、その日にちが決まると、新たな罪状を話し出すのだと。それは、流刑逃れの為には思えず、その思惑が計り知れないのだった。

扇屋の女
 扇屋吉文字屋の主と女房の修羅場に出会せた菊太郎。どうやら間男を作り離縁を訴える女房お菊と、打擲、成敗を望む夫市十郎との進退窮まった場面だった。菊太郎は、お菊を鯉屋に連れ帰る。

 第1作と、この15作目しか読んではいないが、役6年の開くがあるだけあって、余分な言い回しが失せ読み易くなった。僭越ではあるが、洗練された感じがする。
 思うに、この「公事宿事件書留帳」シリーズは、派手なやっとうや、捕物ではなく、「古畑任三郎」的、心理戦とでも言おうか…。
 大分間を開けたので何とも言えないが、やはり登場人物の描写が薄さが気になる。主人公の菊太郎に関しても長身の優男とあるが、細かな表現はない。
 「扇屋の女」で、手代の喜六に、夏場に風呂か行水をしなかった翌日は、己が臭くて気が弱くなると言わせている辺りは、女性らしい視点で身近な日常を現しているにも関わらず、そう考えると、澤田さんの筆は、人の表情や顔付きなどには、あまり進まないようだ。
 収録作品の中では、読者も菊太郎と同時に、狂言であると気付き、筋書きが読めるが、「朝の辛夷」が微笑ましく良い話だった。
 それとこのシリーズ、奉行所、鯉屋にも投獄されている罪人にも、悪人がいないのが特徴的。たおやかに読む事が出来、後味の悪さが残らない。
 が、底意地の悪い見方をすれば、これだけの出来物揃いなら、わざわざ菊太郎に出馬願わなくてもと、思えなくもないのだが。

主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味役同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 田村次右衛門...元京都東町奉行所・吟味役同心組頭、隠居
 政江...次右衛門の妻、菊太郎の継母
 奈々...銕蔵の妻
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 宗琳(武市)...源十郎の父親、隠居
 お蝶...宗琳の妾
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の手代見習い
 鶴太...鯉屋の丁稚
 正太...鯉屋の丁稚
 お信...祇園新町・団子屋美濃屋の女将
 右衛門七...美濃屋の奉公人兼用心棒



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闇の掟~公事宿事件書留帳一~

2012年09月17日 | 澤田ふじ子
 1991年7月発行

 京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)鯉屋に居候する田村菊太郎が、人の心の闇に迫り難題を解決するシリーズ第1弾。

火札(ひふだ)
闇の掟
夜の橋
ばけの皮
年始の始末
仇討ばなし
梅雨の蛍 計7編の短編集

火札(ひふだ)
 火付けの罪で磔と沙汰が下りた長吉の罪状に、不信を抱いた菊太郎は、異母弟の同心組頭の銕蔵に、再吟味を促すのだった。
 菊太郎の生い立ち、家族との関係を描いた、言わばお披露目の物語。

闇の掟
 詐欺の嫌疑をかけられ、鯉屋の座敷牢で預かっている土井式部の凛とした姿に、菊太郎は無実を信じていた。一方、鯉屋の主である源十郎は、公事宿仲間と近江の竹生島詣でに出掛けるが、その道中、何者かに狙撃され、同行の相模屋総兵衛が、一命を落とす。
 
夜の橋
 賀茂川沿いで釣りをする少年と語らっていた菊太郎。すると、対岸に男の土左衛門が上がった。その土左衛門の素性を調べて行くうちに、やり切れない事件に遭遇する。

ばけの皮
 鯉屋に、貧しさから養子に出した娘を、手元に引き取りたいと、一度負けた公事の再吟味の依頼が寄せられた。幾ら金を詰んでも頷かない養父の様子に、菊太郎は違和感を感じる。

年始の始末
 薮入りで郷里の上嵯峨村に帰った手代の喜六が、期日を過ぎても戻って来ない。奉公人の刻限破りは御法度である。菊太郎は喜六の実家を訪ねる事に。

仇討ばなし
 六角牢屋敷の咎人から、面会を求められた菊太郎。その相手は、若かりし頃、世話になった美濃大垣藩士・森丘清兵衛の嫡男・佐一郎だった。聞けば、清兵衛の仇討ちの途中、言われなき嫌疑を掛けられたと言う。

梅雨の蛍
 宗琳の妾のお蝶が、宗琳に女が出来たと、源十郎に窮地を訴える。それを聞いた菊太郎は、早々宗琳の足取りを追うのだった。

 さすがに情景描写は巧い。奇麗な京の四季を感じさせてくれている。
 だが、全体に雑な感じがした。例えば、花を表現する描写は優れているが、菊太郎始め、登場人物の顔立ちから風体がほとんど描かれていない。
 設定も、俗にありがちな浪人なれど、身分卑しからずの若様の捕物帳。ただし、バックグラウンドが京の都である事が個性にはなっている。
 加えて、表現技巧がまどろっこしく、もっと直線的に書けば分かり易いのにと、数度読み返した行が幾つかあった。
 ただ、ストーリ的には、「夜の橋」、「仇討ばなし」など、切ない内容もあり、シリーズ1作目と言う事で、何やら説明がくどくなったのやも知れない。と、ほかの作品も続読を決めた。
 鼻の奥がつんとするような話は、残念ながら見当たらなかった。
 実は、続編を読んでいるのだが、1作目と比べると、格段分かり易く、そして面白くなっています。
 カバーの(多分菊太郎だろう)男性の帯の結び方、へんです。これでは直ぐに解けてしまう。しかも脇差しさしてないし。女性の黒八の裏が赤なのも可笑しい。 髱(たぼ)も。

主要登場人物(レギュラー)
 田村菊太郎...公事宿鯉屋の居候、田村次右衛門の庶子
 田村銕蔵...京都東町奉行所・吟味方同心組頭、菊太郎の異母弟、田村次右衛門の嫡子
 田村次右衛門...元京都東町奉行所・吟味方同心組頭、隠居
 政江...次右衛門の妻、菊太郎の継母
 奈々...銕蔵の妻
 鯉屋源十郎...大宮通り姉小路・公事宿鯉屋の主
 多佳...源十郎の妻
 宗琳(武市)...源十郎の父親、隠居
 お蝶...宗琳の妾
 吉左衛門...鯉屋の下代(番頭)
 喜六...鯉屋の手代
 佐之助...鯉屋の小僧
 お信...三条鴨川沿い料亭茶屋重阿弥の仲居
 土井式部...山城淀藩浪人→大宮通り姉小路・公事宿蔦屋の勘定方


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花暦(はなごよみ)~花にかかわる十二の短篇~

2012年09月16日 | 澤田ふじ子
 2007年1月発行

 西国の市井に生きる女たちの喜びや悲しみを、四季折々の花に仮託した、珠玉の十二篇。

寒椿
転生の梅
月の鬘(かずら)
桜狐
重畳の藤
みどりのつるぎ
蓮見船
定家狂乱
夏花比翼図
野ざらし
菊日和
雪の花 計12編の短編集

寒椿
 相次ぐ不幸の中、婚期を逸しながらも弟の出世を願い、仕立物で微禄の家を支えるふきだったが、その清廉な生き様に好意を寄せる目があった。
 真っ直ぐに生きているふきに好機が巡ってくるといった、発展的な終わり方であるが、その締め括りの2行が椿の花と、武家の心意気を讃え、美しい情感である。

主要登場人物
 小倉ふき...大垣藩戸田家普請奉行所役・小倉吉左衛門の息女
 小倉小太郎...ふきの弟
 真野彦十郎...大垣藩戸田家郡奉行・真野治部左衛門の二男
 真野りく...彦十郎の母親

転生の梅
 子のいない宗也、つやは親類の千世を養女に迎え育て上げたが、二人の目的は千世に依存する事で、世間体を気にして迎えた婿の佐助をいびり出すのだった。
 佐助を忘れ切れない千世が、所帯を持ったであろうその姿を見掛けた時の切なさの描写と、恩義と愛情に揺れて佐助を選べなかった己の生き方からの離脱に、梅がキーとして使われている。

主要登場人物
 千世...三条高倉絵屋の養女
 佐助...千世の元夫
 宗也...千世の養父
 つや...千世の養母

月の鬘(かずら)
 山を隔てた村の樵の権三と恋仲になり、毎夜山越えをして逢瀬をむさぼっていたすてだが、闇夜の山越えの怖さから、身を妖にやつして恐怖を振り払っていた。だがその姿が狐の化身と噂され…。
 最悪の結末に、黄華鬘(きけまん)の花を折り込み叙情的な光景で締め括っている。

主要登場人物
 すて...庄屋菅倉家の下女
 権三...樵

桜狐
 京男の弥之助と割りない仲になってから、夫も子も煩わしくなり、弥之助の元に走り京で気ままに暮らすお里だったが、次第に、お里の身体に因果の刻印が刻まれていくのだった。
 唯一摩訶不思議な話でであるが、因果応報を、妾宅から見える桜と稲荷の前でお里が思い知る。

主要登場人物
 お里...草津下笠村・船頭佐兵衛の女房
 弥之助...京・青花紙の仲買人
 
重畳の藤
 お八重にとっては、宗十郎に懇願され嫁いだ老舗の麩藤だったが、6つの年上で身寄りもないお八重を、姑の深江もは疎んじ言葉も交わさない中、宗十郎さえも外で遊び呆ける有様になった。
 物語の進行に、ほとんど関わりのなかった舅の藤兵衛が、最期に老舗の総領らしく的確な判断を示す感動のクライマックスは、藤の樹の下で展開する。

主要登場人物
 お八重...三条堺町・麩饅頭屋麩藤の嫁
 宗十郎...お八重の夫、麩藤の総領息子
 藤兵衛...麩藤の主
 深江...藤兵衛の女房

みどりのつるぎ
 許嫁に早世されてから、縁組みが整わない伊勢を案じる兄と嫂。当の伊勢は、子連れやもめの伊庭小平太の元へ日参していると噂に上り…。
 悪人や腹黒い人はひとりも出て来ず、誰もが正直に真っ直ぐに生きている、すかっとする話である。
 燕子花(かきつばた)の茎を、女子の剣に見立て、伊勢の心意気を示して幕を閉じる。

主要登場人物
 馬淵伊勢...新右衛門の妹
 馬淵新右衛門...大垣藩戸田家・大蔵奉行助け
 馬淵世津...新右衛門の妻
 伊庭小平太...大垣藩戸田家・検見奉行所手代
 伊庭千江...小平太の娘

蓮見船
 仕立屋として独立したおひさには、人に言えない過去があった。3人の男に騙され、死を覚悟して乗った高瀬舟の船頭の佐之助に救われたのである。
 表題の「蓮見船」は、やはり暗い過去を持つ佐之助の逸話からなる。既に老身である佐之助の男気と、彼を父と慕うおひさの明るい展望で終わっている。

主要登場人物
 おひさ...上京千本釈迦堂・仕立屋
 千代蔵...下京東本願寺門前町・八百屋
 おさだ...千代蔵の女房
 お鈴...おひさの娘
 政吉...油小路室町・川魚の仲買人
 佐之助...高瀬舟の船頭
 
定家狂乱

 娘の於滝の婚礼のため、若狭から共に京を目指した勘解由だったが、旅の途中で、山賊が身に付けていた定家緞子をどうしても手に入れ、主君に献上したい思いを押さえ切れず…。
 表題に花が記されていないばかりか、女が主役でないなど、この章だけは異質である。ただし、小見出しに「一輪の桔梗」と、花にまつわりはつけている。
 ただ、ほかと比べ、勘解由の突拍子もない行動と、ラストの顛末に「狂乱」を感じずにはいられなかった。
 一連の流れでいくなら、於滝の心情が描かれていないのが悔やまれる。

主要登場人物
 伊奈勘解由...若狭小浜藩酒井家・お納戸奉行御数奇屋掛り
 伊奈於滝...勘解由の娘
 大村重太夫...小浜藩酒井家・郡奉行
 大村左馬之助...小浜藩酒井家・藩主側近、於滝の許嫁
 
夏花比翼図
 婚礼を間近に控えた弁之助が、父親の仇を追って藩を出たのは14年前。次第に便りもなくなった弁之助と尚世を繋ぐのは朝顔だけであった。
 他家へ嫁げという弁之助からの文にも応じず、ひたすら弁之助の帰郷を待つ尚世に、一縷の望みを繋いだのもその朝顔であった。
 弁之助の存在は、尚世の回想でのみ伺い知る事が出来る。二人の絡みはほとんどない。大きな出来事もない。ただ、許嫁を待ち続ける年増女の日常だ。
 だが、朝顔を手掛かりに、弁之助の今を知る事が出来うるだろう締め括りに、強い感銘を覚えた。収録作品の中で一番好きな章である。ドラマ化を願う。ただし、書ける脚本家と、撮れる監督でだが。
 
主要登場人物
 尚世...池坊立花の師匠、近江膳所藩本多家京都留守居役・北条六左衛門の娘
 中神弁之助...膳所藩本多家舟奉行助・久太夫の嫡男、尚世の許嫁

野ざらし
 忠七の中間が済み、曽根村に戻った折には祝言を挙げる筈であったが、忠七は、奉公先の嫡男・上野新十郎の江戸下向に伴ったきり、消息を消した。そして、早苗までもが…。
 小野小町の末路とされる骸骨の目からのすすきと、松尾芭蕉に詩を搦めた話である。話自体は切なく、早苗の終末や思いはやり切れないのだが、なぜか浮世離れし、のほほんとした忠七の存在に、悲壮感が中和されている。

主要登場人物
 早苗...美濃与市新田中曽根村の豪農の娘
 忠七...美濃与市新田中曽根村の豪農の二男、大垣藩寺社奉行・上野市右衛門の中間

菊日和
 日がな景色を眺める若い男に、村人は不信を抱いていた。そんなある日、川で溺れた子を助けようと飛び込んだその男が溺れて生死を彷徨ったのだった。
 生気を取り戻した男は、死に場所を探していた蔵米公家の三男と名乗る。
 地味な話ではあるが、公家と言えども喰うや喰わずの貧乏所帯の、更には冷や飯食いの三男が、身分を顧みず、菊栽培で生業を立てる池裏村で、新たな生き場を見出すビルドゥングスロマン小説である。

主要登場人物
 おひさ...五左衛門の娘
 五左衛門...北嵯峨野池裏村総百姓
 北小路随重...蔵米公家北小路家三男

雪の花
 与五郎と将来を誓い合っていたおさとだったが、奉公先の若旦那である吉之助に手込めにされ、そのまま所帯を持った。だが、それは不幸な結婚生活であった。
 おさとが、小さな幸せを得たのは、吉之助が他界し、ひとり息子の清吉と嫁のおけいが出来た子であったからである。
 心に余裕が出来れば思い出すのは与五郎であった。
 一冊の本に相応しい最後の物語である。与五郎とおさとの静かな再会。そして何も約束などはしていないが、おさとが描く老後。若く美しい時期を過ぎた二人が、穏やかにたおやかに迎えようとする終焉に胸が詰まる。
 雪の中での再会が、老齢に達した二人の背景を、美しく描いている。

主要登場人物
 おさと...丹阿弥の隠居
 清吉...上京笹屋町・饅頭処丹阿弥の主
 おけい...清吉の女房
 吉之助...中立売智恵光院織屋奈良屋の二男、おさとの亭主
 与五郎...元寺町二条・小間物屋の手代

 澤田ふじ子氏の作品は初めて読んだが、どの作品も、奇麗な日本の情景を背負い、藤沢周平氏原作の映像のようであった。恥ずかしながら藤沢周平氏の原作を読んではいないが、方や映像と比べると、文字だけでここまで情景を表現出来る澤田ふじ子氏に感銘を覚えた。
 どんな境遇にあっても、心持ちで明日は開ける。そんな物語が大多数を締めている。
 12編全てが、往年の大映映画のように、結末を描かず、読者の想像を促すのも特徴的である。
 女心を募っただけの話ではあるが、どれもが身に詰まされる素晴らしい作品。「ぶったまげた」と、言わざる追えない逸品である。



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