
2007年1月発行
西国の市井に生きる女たちの喜びや悲しみを、四季折々の花に仮託した、珠玉の十二篇。
寒椿
転生の梅
月の鬘(かずら)
桜狐
重畳の藤
みどりのつるぎ
蓮見船
定家狂乱
夏花比翼図
野ざらし
菊日和
雪の花 計12編の短編集
寒椿
相次ぐ不幸の中、婚期を逸しながらも弟の出世を願い、仕立物で微禄の家を支えるふきだったが、その清廉な生き様に好意を寄せる目があった。
真っ直ぐに生きているふきに好機が巡ってくるといった、発展的な終わり方であるが、その締め括りの2行が椿の花と、武家の心意気を讃え、美しい情感である。
主要登場人物
小倉ふき...大垣藩戸田家普請奉行所役・小倉吉左衛門の息女
小倉小太郎...ふきの弟
真野彦十郎...大垣藩戸田家郡奉行・真野治部左衛門の二男
真野りく...彦十郎の母親
転生の梅
子のいない宗也、つやは親類の千世を養女に迎え育て上げたが、二人の目的は千世に依存する事で、世間体を気にして迎えた婿の佐助をいびり出すのだった。
佐助を忘れ切れない千世が、所帯を持ったであろうその姿を見掛けた時の切なさの描写と、恩義と愛情に揺れて佐助を選べなかった己の生き方からの離脱に、梅がキーとして使われている。
主要登場人物
千世...三条高倉絵屋の養女
佐助...千世の元夫
宗也...千世の養父
つや...千世の養母
月の鬘(かずら)
山を隔てた村の樵の権三と恋仲になり、毎夜山越えをして逢瀬をむさぼっていたすてだが、闇夜の山越えの怖さから、身を妖にやつして恐怖を振り払っていた。だがその姿が狐の化身と噂され…。
最悪の結末に、黄華鬘(きけまん)の花を折り込み叙情的な光景で締め括っている。
主要登場人物
すて...庄屋菅倉家の下女
権三...樵
桜狐
京男の弥之助と割りない仲になってから、夫も子も煩わしくなり、弥之助の元に走り京で気ままに暮らすお里だったが、次第に、お里の身体に因果の刻印が刻まれていくのだった。
唯一摩訶不思議な話でであるが、因果応報を、妾宅から見える桜と稲荷の前でお里が思い知る。
主要登場人物
お里...草津下笠村・船頭佐兵衛の女房
弥之助...京・青花紙の仲買人
重畳の藤
お八重にとっては、宗十郎に懇願され嫁いだ老舗の麩藤だったが、6つの年上で身寄りもないお八重を、姑の深江もは疎んじ言葉も交わさない中、宗十郎さえも外で遊び呆ける有様になった。
物語の進行に、ほとんど関わりのなかった舅の藤兵衛が、最期に老舗の総領らしく的確な判断を示す感動のクライマックスは、藤の樹の下で展開する。
主要登場人物
お八重...三条堺町・麩饅頭屋麩藤の嫁
宗十郎...お八重の夫、麩藤の総領息子
藤兵衛...麩藤の主
深江...藤兵衛の女房
みどりのつるぎ
許嫁に早世されてから、縁組みが整わない伊勢を案じる兄と嫂。当の伊勢は、子連れやもめの伊庭小平太の元へ日参していると噂に上り…。
悪人や腹黒い人はひとりも出て来ず、誰もが正直に真っ直ぐに生きている、すかっとする話である。
燕子花(かきつばた)の茎を、女子の剣に見立て、伊勢の心意気を示して幕を閉じる。
主要登場人物
馬淵伊勢...新右衛門の妹
馬淵新右衛門...大垣藩戸田家・大蔵奉行助け
馬淵世津...新右衛門の妻
伊庭小平太...大垣藩戸田家・検見奉行所手代
伊庭千江...小平太の娘
蓮見船
仕立屋として独立したおひさには、人に言えない過去があった。3人の男に騙され、死を覚悟して乗った高瀬舟の船頭の佐之助に救われたのである。
表題の「蓮見船」は、やはり暗い過去を持つ佐之助の逸話からなる。既に老身である佐之助の男気と、彼を父と慕うおひさの明るい展望で終わっている。
主要登場人物
おひさ...上京千本釈迦堂・仕立屋
千代蔵...下京東本願寺門前町・八百屋
おさだ...千代蔵の女房
お鈴...おひさの娘
政吉...油小路室町・川魚の仲買人
佐之助...高瀬舟の船頭
定家狂乱
娘の於滝の婚礼のため、若狭から共に京を目指した勘解由だったが、旅の途中で、山賊が身に付けていた定家緞子をどうしても手に入れ、主君に献上したい思いを押さえ切れず…。
表題に花が記されていないばかりか、女が主役でないなど、この章だけは異質である。ただし、小見出しに「一輪の桔梗」と、花にまつわりはつけている。
ただ、ほかと比べ、勘解由の突拍子もない行動と、ラストの顛末に「狂乱」を感じずにはいられなかった。
一連の流れでいくなら、於滝の心情が描かれていないのが悔やまれる。
主要登場人物
伊奈勘解由...若狭小浜藩酒井家・お納戸奉行御数奇屋掛り
伊奈於滝...勘解由の娘
大村重太夫...小浜藩酒井家・郡奉行
大村左馬之助...小浜藩酒井家・藩主側近、於滝の許嫁
夏花比翼図
婚礼を間近に控えた弁之助が、父親の仇を追って藩を出たのは14年前。次第に便りもなくなった弁之助と尚世を繋ぐのは朝顔だけであった。
他家へ嫁げという弁之助からの文にも応じず、ひたすら弁之助の帰郷を待つ尚世に、一縷の望みを繋いだのもその朝顔であった。
弁之助の存在は、尚世の回想でのみ伺い知る事が出来る。二人の絡みはほとんどない。大きな出来事もない。ただ、許嫁を待ち続ける年増女の日常だ。
だが、朝顔を手掛かりに、弁之助の今を知る事が出来うるだろう締め括りに、強い感銘を覚えた。収録作品の中で一番好きな章である。ドラマ化を願う。ただし、書ける脚本家と、撮れる監督でだが。
主要登場人物
尚世...池坊立花の師匠、近江膳所藩本多家京都留守居役・北条六左衛門の娘
中神弁之助...膳所藩本多家舟奉行助・久太夫の嫡男、尚世の許嫁
野ざらし
忠七の中間が済み、曽根村に戻った折には祝言を挙げる筈であったが、忠七は、奉公先の嫡男・上野新十郎の江戸下向に伴ったきり、消息を消した。そして、早苗までもが…。
小野小町の末路とされる骸骨の目からのすすきと、松尾芭蕉に詩を搦めた話である。話自体は切なく、早苗の終末や思いはやり切れないのだが、なぜか浮世離れし、のほほんとした忠七の存在に、悲壮感が中和されている。
主要登場人物
早苗...美濃与市新田中曽根村の豪農の娘
忠七...美濃与市新田中曽根村の豪農の二男、大垣藩寺社奉行・上野市右衛門の中間
菊日和
日がな景色を眺める若い男に、村人は不信を抱いていた。そんなある日、川で溺れた子を助けようと飛び込んだその男が溺れて生死を彷徨ったのだった。
生気を取り戻した男は、死に場所を探していた蔵米公家の三男と名乗る。
地味な話ではあるが、公家と言えども喰うや喰わずの貧乏所帯の、更には冷や飯食いの三男が、身分を顧みず、菊栽培で生業を立てる池裏村で、新たな生き場を見出すビルドゥングスロマン小説である。
主要登場人物
おひさ...五左衛門の娘
五左衛門...北嵯峨野池裏村総百姓
北小路随重...蔵米公家北小路家三男
雪の花
与五郎と将来を誓い合っていたおさとだったが、奉公先の若旦那である吉之助に手込めにされ、そのまま所帯を持った。だが、それは不幸な結婚生活であった。
おさとが、小さな幸せを得たのは、吉之助が他界し、ひとり息子の清吉と嫁のおけいが出来た子であったからである。
心に余裕が出来れば思い出すのは与五郎であった。
一冊の本に相応しい最後の物語である。与五郎とおさとの静かな再会。そして何も約束などはしていないが、おさとが描く老後。若く美しい時期を過ぎた二人が、穏やかにたおやかに迎えようとする終焉に胸が詰まる。
雪の中での再会が、老齢に達した二人の背景を、美しく描いている。
主要登場人物
おさと...丹阿弥の隠居
清吉...上京笹屋町・饅頭処丹阿弥の主
おけい...清吉の女房
吉之助...中立売智恵光院織屋奈良屋の二男、おさとの亭主
与五郎...元寺町二条・小間物屋の手代
澤田ふじ子氏の作品は初めて読んだが、どの作品も、奇麗な日本の情景を背負い、藤沢周平氏原作の映像のようであった。恥ずかしながら藤沢周平氏の原作を読んではいないが、方や映像と比べると、文字だけでここまで情景を表現出来る澤田ふじ子氏に感銘を覚えた。
どんな境遇にあっても、心持ちで明日は開ける。そんな物語が大多数を締めている。
12編全てが、往年の大映映画のように、結末を描かず、読者の想像を促すのも特徴的である。
女心を募っただけの話ではあるが、どれもが身に詰まされる素晴らしい作品。「ぶったまげた」と、言わざる追えない逸品である。
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