うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

〈完本〉初ものがたり

2013年08月29日 | 宮部みゆき
 2013年7月発行

 回向院の親分こと、岡っ引きの茂七が難事件に挑む、1995年に単行本初出の時代ミステリー小説に新作3編を含めた完全版。各編に江戸の四季を彩る「初もの」を絡め、季節情緒たっぷりに読ませてくれる。

お勢殺し
白魚の目
鰹(かつお)千両
太郎柿次郎柿
凍る月
遺恨の桜
糸吉の恋
寿の毒
鬼は外 計9編の短編連作

主要登場人物(レギュラー)
 回向院の茂七...本所深川の岡っ引き
 かみさん...茂七の女房
 糸吉...茂七の下っ引き、風呂屋の缶焚き
 牛の権三...茂七の下っ引き、差配の助っ人
 親父...富岡橋袂に屋台を出す稲荷寿司屋、元武士
 猪助...稲荷寿司屋台の横で酒の計り売り、元酒の担ぎ売り
 日道(長助)...御船蔵裏雑穀屋・三好屋の息子、霊感占い師

お勢殺し
 茂七は、下っ引きの糸吉から、真夜中過ぎまで店を開けている稲荷寿司の屋台の話を耳にする。どうも素人屋台とは思えぬ節が…。そんな折り、醤油の担ぎ売りのお勢が、素っ裸で土左衛門になって発見された。
 お店者の音次郎と深間になり、所帯を持つと浮かれていた矢先である。だが、身分・風貌・年齢とどれをとっても釣り合わない2人に、茂七は音次郎に胡乱を抱く。

主要登場人物
 音次郎...御船蔵前町醤油問屋・野崎屋の手代
 猪助...お勢の父親、元酒の担ぎ売り

白魚の目
 冬木町の寺裏に住み着いている親なし子5人が、稲荷神社の供え物を口にして骸となって発見された。石見銀山の入った稲荷寿司は、端から子どもたちを殺めようとして仕込まれたのだろうか…。
 そんな折り、尾張屋の女中・おこまが、尾張屋の娘・おゆうの残忍な病いの為に、石見銀山を買いに行った事を茂七に打ち明ける。

主要登場人物
 勝吉...海辺大工町の差配人
 おゆう...石原町呉服屋・尾張屋の娘
 おこま...尾張屋の女中

鰹千両
 日本橋通町の呉服屋伊勢屋が、棒手振りの魚屋・角次郎の鰹を千両で買いたいと言って来た。それを聞いた茂七は、裏があるのではと、日本橋通町の呉服屋・伊勢屋に乗り込む。するとやはり千両の裏には、茂七の睨んだ通りの訳があった。
 角次郎・おせんのひとり娘・おはるは、伊勢屋の娘であり、千両はおはるを取り戻す為であったのだ。

主要登場人物
 角次郎...三好町・棒手振りの魚屋
 おせん...角次郎の妻、お針子
 おはる...角次郎の娘
 伊勢屋...日本橋通町・呉服屋の主

太郎柿次郎柿
 何事も見通す力を持つ霊感坊主・日道という、子どもの噂が真しやかに流れていた。その真意を確かめる前に、船宿で兄が弟を殺すという痛まし事件が起きる。
 殺された弟・清次郎は、江戸でお店者として成り立ち、在所で百姓を継いだ兄・朝太郎との暮らしぶりは雲泥の差であった。喰うや喰わずの貧困の兄に、贅沢な干菓子を土産に持たせる弟。切ない思いがあった。

主要登場人物
 清次郎...猿江神社近く小間物問屋・よろずやの手代
 朝太郎...川越の百姓、清次郎の兄
 おりん...深川西町糸問屋・上総屋の娘

凍る月
 河内屋で新巻鮭が盗まれ、茂七の元に犯人探しの依頼が舞い込むが、盗んだと白状し店を飛び出した女中のおさとは、既に死んでいると日道は予言する。
 だが、稲荷寿司屋の親父は、おさとは生きているので、おかしな事を言うなと日道に進言。
 松太郎とおさとは恋仲にあったが、松太郎が河内屋の婿養子と決まった経緯があった。
 猫がくわえていったかも知れない新巻鮭に、目くじらを立てる松太郎に、おさとは愛想を尽かして己から罪を背負って出奔したらしい。

主要登場人物
 三好屋半次郎...御船蔵裏雑穀屋の主、日道(長助)の父親
 お美智...半次郎の女房、日道の母親
 河内屋松太郎...今川町下酒問屋の主
 おさと...河内屋の女中

遺恨の桜
 霊感坊主・日道が暴漢に襲われ大怪我を負った。その犯人探しの最中、お夏と名乗る娘が、許嫁の清一が行く方知れずになっているので探して欲しいと現れる。

主要登場人物
 勝蔵...やくざの頭目、黒江町船宿舵屋の主
 お夏...神田皆川町味噌問屋・伊勢屋の女中
 清一...伊勢屋の下男
 角田七右衛門...深川の大地主

糸吉の恋
 茂七の下っ引きの糸吉は、相生町の火事で焼けた長屋の空き地にできた一面の菜の花畑で、菜の花の精のような娘にひとめ惚れをする。だがその娘・おときは、菜の花の下に殺された赤子が埋まっていると言うのだった。
 惚れた弱味で糸吉は茂七に話すが、連れない答えに腹を立て、己ひとりで探索を始めるが、意外な事実と出会すのだった。
 それはおときが過去に、道ならぬ子を産み、母子もろとも身を投げた過去であった。子は命を失い、助かったおとき自身も精神に異常をきたしていたのだ。
 近隣もむろん、茂七も承知の上での過去であった。

主要登場人物
 おとき...深川元町蕎麦屋・葵屋の娘

 おこう...菜の花畑の自称張り番

寿の毒
 熊井町の料理屋・堀仙で、蝋問屋・辻屋の隠居の還暦祝いの宴席が行われ、数人が具合が悪くなり、翌朝になってそ客のひとりであったおきちが死んだ。食中毒による死であると、おきちの亭主・勘兵衛始め辻屋も一様にそう思っているが、検死役同心・成毛良衛と茂七は、毒殺を疑う。
 すると、おきちの一方的な思い込みで迫られて困り果てた安川は、福寿草による毒でおきちを弱らせ、以後薮医者として認識され遠ざけられたかったのだと話す。

主要登場人物
 堀仙吉太郎...熊井町料理屋の主・庖丁人
 辻屋彦助...蝋問屋の主人

 お久...彦助の女房

 辻屋の隠居...彦助の父親

 おきち...勘兵衛の後妻、元彦助の女房

 いろは屋勘兵衛...深川仲町小間物屋の主

 安川...御船蔵そばの町医者

 成毛良衛...本所深川方・検視役同心


鬼は外
 本所緑町の小間物屋の主・喜八郎が亡くなり、その妹お金は、兄の双子の弟で、30年前に花川戸の船宿に養子に出した寿八郎を呼び戻すことにした。ところが、お金は寿八郎は偽者であると言い出し、茂七に訴え出る。
 寿八郎と対座した茂七は、寿八郎が松井屋へ戻る意思がない為に、お金が戯れ言を言っていると確信すると同時に、松井屋の身勝手さに呆れ、また、寿八郎からは、本物である証しに、叔母のお末の秘密を打ち明けられる。
 だが、探し当てたお末こそが偽物であり、ここでも松井屋の情の無さに泣いた久一の姿があった。

主要登場人物
 お金...本所緑町小間物屋松井屋の娘

 松井屋徳次郎...本所緑町小間物屋の主、お金の入り婿

 寿八郎...花川戸船宿の主

 お末...お金の叔母

 久一...お末の亭主
 おるい...お末の幼馴染み
 お花...孤児、差配預かり

 「初ものがたり」から18年振りに新作3編を加えて再刊された、本作。先の6編は再読となるが、ミステリー色が濃く、読み手にも臨場感を味あわせながらの茂七の謎解き。頭を捻りながら思い巡らせると、とんでもないところに下手人がいる。
 派手な捕り方シーンや殺陣等はなく、茂七の推理が事件を解決する言うなれば江戸の「刑事コロンボ」、「古畑任三郎」である。
 そして、何よりも現代にも通じる幼児虐待、遺産相続、無差別殺人、男女の縺れ、年金不正受給などを題材に取り入れているのだ。
 そして全話に共通するのが、情である。人の繋がりは、血縁=情ではないと訴えているのではないだろうか。
 特に新作2編、「寿の毒」と「鬼は外」では、身勝手で思い込みが激しく、自分以外の人を思いやれない2人の女(社会に良く居るタイプの女)を登場させている当たり、宮部氏の近辺でこのような悩みがあったのではないかと思わせる。
 前回読んだ時よりも、レギュラー登場人物の人間性を把握出来、人間関係がすんなり頭に入ると、物語が倍楽しめた。また、三木謙次氏の可愛らしいイラストが花を添えており、物語を守り立てるに一役買っている。
 大変面白く楽しめた一冊である。






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べっぴん~あくじゃれ瓢六捕物帖~

2013年08月24日 | 諸田玲子
 2009年4月発行

 長崎の古物商・綺羅屋の息子で、元は阿蘭陀通詞見習いもした地役人で、唐絵目利きで、蘭医学、天文学、本草学の心得もある上に世之介ばりの色男・瓢六が、その才覚を見込まれ、無骨な同心・篠崎弥左衛門と組んで、難事件を解決していく人気シリーズの第3弾。

きらら虫
女難
春の別れ
災い転じて
金平糖
べっぴん
杵蔵の涙 長編

 旱魃により米の不作が続き、江戸では米の値段が急騰。米問屋を狙った打ち壊しが頻発していた。そんな中に、一膳飯屋・きねへいの主・杵蔵が仕組んだ打ち壊しで、大金が盗まれ、その犯人を目撃した商家の出戻り娘・おしずが殺される。
 おしずが目撃したという女に陰を追う瓢六の前に、きねへいでの食中毒騒動、貸本屋の主・賀野見堂弐兵衛が何者かに殺害され、杵蔵の包丁が傍らに落ちていたり…。
 そしてそこには必ず若くて美しい女の存在があり、きねへいの仲間たちが罠にはまっていく。その女の狙いが杵蔵にあると察した瓢六は、杵蔵の過去を探り、女を炙り出す策をとるが…。
 きねへいに務める仲間たちを巻き込みながら、謎めいた杵蔵の過去が次第に明らかになっていく。
 謎解きのため、奉行所の仮牢、霊雁島の寄場、小伝馬町の牢と、瓢六はまたも娑婆と牢を出たり入ったり。
 一方で、仲睦まじい瓢六とお袖が些細な事から口論となり、瓢六はお袖の元を飛び出し、篠崎弥左衛門の組屋敷に寝起きする。

 各章の冒頭に、一人称の短文が添えられており、その内容が何を意味するのか、最初は?であるも、それが謎の女の胸中である事が次第に分かると、杵蔵との関わりも明らかになっていく。
 それは、母親が惨めな境遇で死んでいったのは、杵蔵のせいだと逆恨みする、実の娘・おちょうであり、育ての父親が娑婆で杵蔵を殺す事は不可能だが、牢内で必ず仕留めると口にし、捕縛された為に、何としてでも杵蔵を牢送りにしようとするおちょうの仕業であったのだ。
 女房・お加代と弟弟子・万五郎の不義で夫婦別れし、己に娘がいたことも知らなかった杵蔵。一方、万五郎に育てられたおちょうは、万五郎から一方的に杵蔵を悪者に聞かされていたのだ。
 結果、杵蔵は侠気のある人物に相応しく、娘の怨念を受け入れ、抱き抱えるように共々大川へと身を投じるといった傷ましい終焉であった。
 中盤から終盤までの謎解き部分は、流石に諸田氏と言って良い素晴らしさであり、箸休めの用に挟み込まれる瓢六とお袖。篠崎弥左衛門を取り巻く婚礼騒ぎとユーモラスもあるのだが、以前に読んだ「あくじゃれ」ほどのインパクトを感じず、キャラ設定やその関係性に、宇江佐真理氏の「髪結い伊三次」がオーバーラップしてしまった。

主要登場人物
 瓢六(六兵衛)...長崎の古物商「綺羅屋」の息子、元長崎の地役人、弥左衛門の相棒
 篠崎弥左衛門...北町奉行所定町廻り同心
 お袖...辰巳芸者、瓢六の情婦
 源次...岡っ引き、弥左衛門の手下
 菅野一之助...北町奉行所吟味方与力
 沢田政江...弥左衛門の姉、賄い方・沢田与兵次の妻
 篠崎八重...弥左衛門の後添え、後藤忠右衛門の三女
 後藤忠右衛門...幕府・賄い組頭
 雷蔵...小伝馬町牢名主、元力士
 鶴吉...賀野見堂の手伝い
 杵蔵...深川亀久町・一膳飯屋きねへいの主
 平吉...きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 作次郎...きねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 ちえ婆...さんきねへいの奉公人(瓢六の瓦版仲間)
 十五郎...絵師(瓢六の瓦版仲間)
 賀野見堂弐兵衛...深川亀久町・貸本屋の主
 




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昔日(せきじつ)より

2013年08月21日 | 諸田玲子
 2005年4月発行

 江戸開府期から幕末まで、昔日のしがらみを背負って生きる8人を描いた、「其の一日」の姉妹篇とでもいうべき短編集。

新天地
黄鷹
似非侍
微笑
女犯
子竜
打役
船出 計8編の短編集

新天地
 関ヶ原の合戦で手柄を立てたという父・黒左衛門は、百姓に甘んじる事を良しとせず、武士になろうと息子・国太郎を伴い江戸へと足を向ける。
 だが、次第に働く事を止め、昔馴染みの如何わしい佐次郎と行動を供に知るようになると、そんな父を許せない国太郎は、父の情のなさや生き方に失望を抱くようになり、浜野屋で奉公する。
 父の言動のひとつ、ひとつが、時として善でもあり悪にも感じる国太郎の葛藤。そして、父・黒左衛門の神髄が見えるのだった。

主要登場人物 
 黒左衛門...信濃国小諸近くの百姓
 国太郎...黒左衛門の息子
 浜野屋金兵衛...江戸すみ町・小間物屋の主
 佐次郎...黒左衛門の昔馴染み

黄鷹(わかたか)
 徳川家康の側室であった清雲院は、同じ側室だった蓮華院の訃報を知り、寂しさを感じ入っている折り、町娘・ぎんから、恋路成就の手助けを頼まれる。
 時を同じくし、伊勢へと旅立った、恋の相手・多次郎が、ぎんに会いたさに番頭を殺害し路銀を元手に江戸へと戻っていた。
 それを匿う清雲院であったが、事は露見し捕り方に囲まれると、黄鷹は身を呈して多次郎を守る。
 ぎんには多次郎の死を隠し、瀕死の黄鷹は自ら出奔。清雲院が、流される人生よりも、意思を抱いた生き方を見出していく。

主要登場人物 
 清雲院(お奈津)...徳川家康の元側室
 黄鷹...清雲院付き老僕(下忍)
 ぎん...伊勢町呉服屋・伊勢屋の女中
 多次郎...伊勢町呉服屋・伊勢屋の手代 
 
似非侍(えせざむらい)
 門前にて助けを請うた武士・田所猪之助を助け入れた植村家。猪之助を匿うが、猪之助は日に日に植村家へと馴染み、石川弥次右衛門が恋しく思うおこよまでもが猪之助へと傾向する。
 傷の癒えた猪之助を植村家は在所へと逃すため、弥次右衛門は警護を買って出るも、当の猪之助から斬り掛かられ、「逃げろ」と告げられる。
 猪之助は工藤家の間者であり、植村家はそれを承知の上、猪之助を亡き者にする為待ち伏せをしていたのだ。
 武士の一分のために主家を捨てた弥次右衛門が、武士の一分のために、命を落とす猪之助を目の当たりにし、空しさを感じる。

主要登場人物 
 石川弥次右衛門...勘定組頭・旗本植村家の渡り中間
 田所猪之助...勘定吟味・旗本工藤家の家臣
 おこよ...植村家の縁者・女中奉公 

微笑
 今ではすっかり落ち着いて大番組頭を務める前島弥右衛門だが、若かりし頃は、旗本奴として乱暴狼藉を働いていた過去を持つ。幸運にも幕府の取り締まりの難を逃れたものの、同胞の・平井万之助は獄死していた。
 その平井万之助と同じ名前の宇田万之助という若い旗本の白州に立ち合う事になった弥右衛門。そこに、若かりし頃の平井万之助の生き様を垣間みる。
 弥右衛門は、友人への裏切りを背負いながら生きていく。

主要登場人物 
 前島弥右衛門(新三郎)...旗本・大番組頭 
 前島良江...弥右衛門の妻 
 平井万之助...弥右衛門の悪友 
 
女犯
 延命寺事件を耳にした朋代は、十数年前、御家人の妻・紀美の誘いで、一度だけ向林寺・文妙と過ちを犯し過去を思い出し、自然と足が向かった。
 そこには、深手を負った武士が倒れ込んでいた。その武士は朋代を抱きすくめ、(女の)本心を知りたかったと意味深な言葉を吐く。
 後に朋代は、夫・平十郎から、件の武士は妻を陵辱した上役を斬って出奔したため、寛大な裁きで一命を取り留めたが、潜伏した向林寺にて、女を犯したかどで切腹になったと聞くのだった。その証しとなったのは、朋代の落とした笄だった。
 朋代は、自分の過去を胸に秘めたまま日常を生きていく。

主要登場人物  
 安藤朋代...平十郎の妻
 安藤平十郎...御蔵奉行手代

子竜(しりょう)
 倫理道徳を謹厳に守り、質実剛健を訴えてきた、子竜こと平山行蔵は、老いて尚、自らの教えを我が身を持って実戦続けてはいたが、やはり老いには勝てず、手を抜きたさでいっぱいであった。
 それでも孫のような隣家の小林牛五郎の息女・里和にほのかな恋心を抱いていた。
 そこに、若き寺尾文三郎が、直弟子志願に現れる。そして、いつしか文三郎は、行蔵が老いらくの思いを抱く、里和と相惚れの仲となるも、方や御先手組頭の息女、方や同心の倅では身分が違い過ぎ、2人は駆け落ちを誓い合う。
 里和への思いを抱きつつ、千住まで2人に気付かれずに警護を買って出る行蔵。
 老いの寂しさや、苛立ちを行蔵がユニークな一人称で綴り、老いらくの恋心の行方を描く。

主要登場人物 
 平山行蔵(子竜)...忠孝真貫流剣術道場主
 増井新左衛門...行蔵の弟子
 寺尾文三郎...御持弓同心の三男
 
打役
 己の父が牢屋同心打役同心と知った時、杉浦吉之助は、父が家族に見せる穏やかな顔と、罪人を鞭打つ顔の二面性に戸惑いを感じた。
 だが、嫌でもいつしか家督を継ぎ、打役の役目に付き苦悩する。そんなある日、昔、父が百敲きの刑に処した男の娘と出会う。
 純朴そうな少女・おたきは、酌婦となり身体を売っていた。さらに、札差が盗賊に襲われた一件では、その娘は一味の引き込み役・鬼百合として捕縛される。
 おたきの転落を目の当たりにしながらも、己の家の役目が、一家を支えているジレンマに吉之助は無常を感じ入った折り、父が生前、武士を捨て町人として生きたいと洩らしていた事を知る。
 どうにもならない宿命を描く。

主要登場人物 
 杉浦吉之助...牢屋同心打役
 琴江...吉之助の妻
 早瀬作次郎...牢屋同心数役、吉之助の同輩
 おたき(お菊、鬼百合)...富岡八幡宮門前町の酌婦、盗賊

船出
 徳川幕府崩壊し、移封となった駿河に落ち伸びていく船内には、それぞれに遺恨を抱えた旧幕臣の家族が乗り合わせていた。
 吟味方与力であった夫を鳥羽伏見の戦で失った伊都子は、見知らぬ女の殺意を感じる。
 それは、井伊直弼暗殺で捕縛された水戸藩士の妻女が、夫の命乞いに屋敷を訪った折り、ぞんざいに追い返した事への意趣返しではないのか…。
 伊都子は、駿河まで無事に子どもたちを守り通さなければと胸に刻むも、ある夜、旧水戸藩士同士の仇討ちが行われ、その場に居合わせる運びとなった。
 すべてを海に捨てていく。男が言い残した言葉を噛み締める伊都子の前に、件の女が新たな家族との一歩を踏み出す。
 伊都子も、一切を海原に捨て、新たな門出を迎える。

主要登場人物 
 伊都子...旧幕府・吟味方与力の妻
 作太郎...伊都子の長男
 章三郎...伊都子の次男

 人生を考えさせられる、深い内容の話が8編。一気に読むと頭がくらくらする思いである。いつに時代も、どんな身分の者にも、個人の力では購えないものがある。そんな思いに駆り立てられた。
 「新天地」においては、讒言の怖さ。「黄鷹」では、かけ違いによる明暗。「似非侍」では、武士の一分は命より重いのか。「微笑」、「女犯」では、人に明かせない過去への懺悔を抱えても生きる道。「打役」では家督への葛藤の中で、父の思いを知りる絆。「船出」では、遺恨は捨て去る事が出来るや否やを問う。
 唯一ユーモラスな「子竜」であったが、実はここにも老いと葛藤する老人の姿を通しながら、人生の悲哀が如実に描かれ、切なさを笑いで描いた手法に感服した。
 脳天を強く打たれたような感覚で頁を閉じ、諸田氏の底力を強く実感した。
 



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犬吉

2013年08月20日 | 諸田玲子
 2003年3月発行

 「生類憐みの令」により、御囲に集められた犬たちの世話をする訳ありの女・犬吉の視線で、元禄15年12月15日のお犬小屋を舞台に、暴動と恋を描いた物語。

犬吉 長編

 五代将軍・徳川綱吉の御時世。かの悪名高き「生類憐みの令」により、お犬様たちは武蔵野は中野村の27万坪に及ぶ広大な敷地に設けられたお犬小屋に集められた。
 そしてそれら十万匹の犬が収容されたお犬小屋の御囲には、世話人の最下層の者たちがおり、犬以下の生活をしながら、犬の飯、排泄物、住まいを整える日々である。
 特、昼は犬の世話そして夜は春をひさいで生活していた女たちのひとり・お吉は、周囲とは打ち解けず、独り言を繰り返す事から、犬吉と呼ばれ、敬遠されていたのである。
 それは、犬吉の生い立ちにあった。彼女は女郎が産み落とした子であり、禿をしながら成長するも、13の年に、飼い犬の雷光の世話役を名目に、大身旗本の二男に買われていく。そして、その男の慰み者とされながも、雷光を生き甲斐に寄り添っていくが、雷光がその男に斬り殺され、無論旗本家は御家断絶。
 雷光の面影を求めて辿り着いたのが、お犬小屋であった。
 そして市井を歓喜に包んだ元禄15年12月15日朝。お犬小屋も他聞に洩れずに浮き立った。それは、赤穂浪士による吉良邸討ち入りの報である。最下層で、虐げられてきたお犬小屋の者たちの不満が一気に爆発し、狂乱騒ぎへと発展。男たちは、お犬へと日頃の鬱憤を向けて虐殺した上に、犬吉を弄ばび、絶望のどん底にまで突き落とすのだ。
 しかもこの日、新たに赴任となった御鷹御犬索方の依田峯三郎へ、淡い思いを抱き始めた犬吉。
 犬惨殺から非ぬ方向に物事が進み、犬殺しと白米横流しの証拠隠滅ため、犬吉と依田は命を脅かされる中、互いの恋心を確認する。

 まず、カバーの可愛らしさと、犬吉といった滑稽なタイトルから予想していた内容とは、大いに違い、権力により、あるいは、不条理により苦しめられた人々の鬱憤を描いた、重い内容であった。
 赤穂浪士による討ち入りが、どれだけ江戸市井を賑わせ、人々の心を鷲掴みにしたかを吉兆として捕らえるのではなく、鬱積した下層の人々の鬱憤が一気に吹き出るといった方面へと筆者の筆は動く。
 人よりも重たい犬の命への怨念、犬の餌となる白米の横流し、横領、果ては熊平の素性が昔日の元にさらされ、一夜の間に目まぐるし動きがあるのだ。
 物語全てに、人間の持つ冷酷な怖さを訴えている。犬吉の視点での心理描写も見事であり、物悲しい女の半生を綴るには十分な内容。
 また、一夜の出来事としての構成も時代小説では目新しい。その一夜に凝縮された内容は実に濃いものであった。
 だが、犬吉と依田峯三郎の恋はどうなのだろう。不遇な半生を送り、今また傷付いた犬吉が、己に耳を傾けてくれる依田に心を奪われるのは自然な流れではあるが、一介の武士である依田が、たったいち日で、下層の女に目を奪われるなど、夢物語ではないだろうか。出来過ぎ感が否めず、このエピソードが残念である。
 だが、諸田氏の力量からすれば、悲しくも哀れな女・犬吉の今後の人生に光を見出す意味で、敢えてこうしたラストを選んだのかも知れない。
 個人的には、このエピソードと、また犬吉のこれでもかの過去の濃さに、物語における共感は得られなかった。
 だが、これまでのお犬小屋御囲での者たちは、少なからず「生類憐みの令」による犠牲者であったり、鬱積した物を抱える者たちであったが、大詰めに庄太といった犬が大好きだから世話役に志願したという少年を迎え、暗過ぎた話に、一筋の光を見出し、物語は終焉を迎える。ようやく、ほんのりとした安堵感のある微笑ましさで頁を閉じる事が出来た。

主要登場人物
 犬吉(お吉)...お犬小屋御囲・お世話係り
 依田峯三郎...御鷹御犬索
 熊平(奥村只之助)...お犬小屋御囲・墓守、元水戸藩藩士



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炎天の雪(上・下巻)

2013年08月18日 | 諸田玲子
  2010年8月発行

 大盗賊・白銀屋与左衛門、度重なる藩主交替劇、大槻伝蔵に発端を起した加賀騒動、宝暦の大火、藩札乱造にまつわる騒動、藩士に拡がった博打と連なる加賀藩中期の世相を織り込み、、数奇な運命に翻弄される人たちの人間ドラマを描いた作家渾身の時代小説。

上巻
 人ちがい
 経王寺
 奇怪な話
 藩主の母
 襲撃事件
 悲運の子
 大火
 焼け跡
 五箇山
下巻
 秘密
 妙成寺
 八十五郎
 蜉蝣
 急坂 
 盗賊
 明暗
 煉獄
 拈華微笑 長編

 銀細工師の与左衛門と前田家御馬廻役・前波家の息女・多美は、道ならぬ恋に落ち駆落ちをするも、一男・当吉に恵まれ市井で穏やかな時を過ごしていた。
 だが、ある日、行き倒れになっていた佐七を助けた事から、与左衛門夫婦は、加賀城下を震撼させた大槻伝蔵に端を発した加賀騒動にて連座させられた、大槻の遺児並びに側室・真如院の産んだ六代藩主・吉徳の子たち救出へと、突き進んで行く。
 実は与左衛門の祖父・父も、嫡男の罪に連座し、能登島に流された流人だったのである。
 一族連座と言う理不尽な刑に立ち向かおうとしていた矢先、与左衛門の身にも災難が降り掛かり、商いが立ちいかなくなるや、宝暦の大火に巻き込まれるなどの不幸が続く。
 次第に荒れる与左衛門。それに伴い夫婦仲にも溝が深まり、与左衛門は博打、女、盗みへと転落して行くのだ。
 気が付けば、与左衛門はその心とは裏腹に、遊女・万千代に入れ揚げ、その金子欲しさに盗賊の目利きから手先へと身をやつし、巷で有名な盗人へとなっていた。
 そして、同じく万千代へ入れ揚げた盗賊の頭の企みで、捕縛され、同時に妻・多美、息子・当吉、多美の実兄・前波忠隆らも罪に問われ、連座となり裁きを受ける。
 
 物語は、白銀屋与左衛門・多美夫妻の視点からと、十代藩主・重教の生母・実成院側からの2部構成になっており、交差させながら巧く進行し、史実にみならず、人と人の情けや恋心を織り交ぜている。
 冒頭から、登場人物の多さと似通った名前に閉口し、中々に読み進める事が出来なかったが、白銀屋与左衛門・多美夫妻の項は、息子・当吉の愛らしさもあった。
 何気なく読み始めた一冊であったが、それが史実に基づく話と知ると、その正確さに作者のフィクションを織り込んだ自然な流れに、やはり諸田氏の力量を感じずにはいられない。
 随所に、連座刑の非人道的さが描かれ、それによる多くの血の涙を筆にこめた作者渾身の作である。
 実際には、白銀屋与左衛門の一子は、連座にて首を刎ねられて13歳の若い命を散らしているが、物語では、一命を救われ、二十歳の時に、重教公の前に小鼓の奏者、細工人として存命し、多美とも再会を果たして幕切れとなる。これは、連座の是非を問うといった物語のテーマに後味の悪さを残さないための、作者の願いからであろう。
 史実、加賀藩の藩主交代劇の藩主の多さ、並びに前田家一門の登場人物の多さに混乱もあるが、この物語を読み終えたなら、是非とも「加賀騒動」を調べて欲しい。
 諸田氏の忠実な歴史背景がそこに伺えるからだ。
 また、現在では世界遺産の観光名所でもある五箇山の悲しい歴史も、文中では重きを成しており、お縮(しま)り小屋に関する記述も正確であるだけに、胸にこみ上げる物があった。
  人と人との巡り合わせや、ボタンをひとつかけ違える、数奇な運命…そんな事を考えさせられる内容でもあった。

主要登場人物
 白銀屋与左衛門(与一)...銀細工師
 前波多美...与左衛門の妻、前田家御馬廻役家の娘
 当吉...与左衛門・多美の息子、前田駿河守家臣・木村惣太夫に奉公
 前波忠隆...前田家御馬廻役、多美の兄
 小松屋佐七...元小鳥商 
 小笠原文次郎...元高畠郎党、預玄院の密偵
 元吉(関屋長右衛門)...前波家下男、元前田家家臣
 前田重教...加賀藩前田家十代藩主
 実成院(流瀬)...前田家六代藩主・吉徳の側室、十代藩主・重教の生母
 たみ...大槻伝蔵の妻
 ひさ...大槻伝蔵の遺児(二女)
 猪三郎...大槻伝蔵の遺児(三男)
 富蔵...橋番、団子屋の主
 高桑政右衛門...元大槻家家老
 おちよ(万千代)...(白銀屋隣家)古手買・太兵衛・おかねの娘、遊女
 預玄院...前田家五代藩主・綱紀の側室、六代藩主・吉徳の生母
 前田土佐守直躬...加賀八家筆頭前田土佐守家五代目当主
 浅香三四郎...堀川町の道場主、元前田家家臣
 鶴木屋本之助...浅香道場門弟、盗賊
 燈籠竹丹蔵...浅香道場門弟
 頭領(通称=熊坂長範)...盗賊の頭


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其の一日

2013年08月13日 | 諸田玲子
 2002年11月発行

 特定の人物にとっての、人生を左右するような、まさに特別ないち日を描いた短編集。

立つ鳥

蛙

小の虫

釜中の魚 計4編の短編集

立つ鳥
 徳川綱吉により抜擢された勘定奉行の彦次郎(荻原重秀)が、新井勘解由(新井白石)によって権力を奪われる前日を描く。
 彦次郎を見限り、屋敷からは中間・奉公人はおろか、妾も金目の物を持ち出し屋敷を去った。
 貨幣改鋳により、私腹を肥やしたと噂され窮地に陥った彦次郎だが、城からの呼び出しに己を恥じる事はないと、威風堂々と赴く。

主要登場人物
 彦次郎(荻原重秀)...幕府勘定奉行

 吉蔵...下男

 大木左馬之助...
郎党
 登勢...彦次郎の妻
 


 弥津の夫である藤枝外記教行が、吉原の馴染みの遊女・綾衣を斬り捨て、自らも腹を切った。御家存続のために奔走する藤枝家中。だが、弥津は姑・本光院と夫・外記の互いの秘めたる思いを知ると同時に、自らが本光院の眼鏡に適った訳を知り、愕然とする。
 「箕輪心中」として知られる事件を題材としている。

主要登場人物

 藤枝弥津...外記の妻

 富江...弥津の側仕え

 本光院(淑子)...姑、先代当主の正室、外記の養母

 山田肥後守利濤...弥津の実父

 藤枝外記教行...大身旗本四千石の当主


小の虫
 一万石の小藩・小島家に仕える倉橋寿一郎は、父、祖父の死に様に疑問を抱いていた。ある日、江戸の市井で出会った鱗形屋孫兵衛から、父・倉橋寿平は、人気戯作者の恋川春町であったと聞かされると同時に、父の死の謎や、実母の存在を知る事となる。
 病死、自刃と明らかにされていない、恋川春町の死の謎を、藩命による切腹とし、その生涯と無念さを嫡男・寿一郎の視線から描いている。

主要登場人物

 倉橋寿一郎...寿平の嫡男、小島藩滝脇松平家・近習

 倉橋寿平(恋川春町)...駿河小島藩滝脇松平家・年寄本役、戯作者、浮世絵師、狂歌師(酒上不埒)

 鱗形屋孫兵衛...小間物屋の主、元地本問屋 

釜中の魚
 「桜田門外の変」の前日を可寿江の視線で描く。大老・井伊直弼暗殺の陰謀を知った可寿江は、直弼に知らせようと、江戸へやって来るが、伝える術がないまま、時は過ぎ…。
 可寿江とは、舟橋聖一著「花の生涯」のヒロインとしても知られるが、実在した人物である。

主要登場人物

 可寿江(村山たか)...元井伊直弼の情婦
 多田帯刀...可寿江の息子

 井伊直弼...幕府大老、近江彦根藩・15代藩主

 長野主膳...彦根藩藩校・弘道館国学方、藩政参与

 4編全てが、実在した人物、出来事をベースに作者の手が加えらた、読み応えのある短編集。
 表題に「其の一日」とあるように、人生のたったいち日の出来事であるが、忘れ得ぬ日になった其の日である。随所に、人生を考えさせられる言葉が散りばめられ、胸に染みる。
 反面、言わばいち日で、謎解きをす推理物語であるので、結論を急ぎ、あれこれ詰め込み過ぎているので、人物の背景を知るのに骨が折れた話も無きにしも非ず。




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あくじゃれ~瓢六捕物帖~

2013年08月11日 | 諸田玲子
 2001年11月発行

 牢屋敷に捕らわれの身の、世之介ばりの色男・瓢六。賭博の咎で入牢するも、出自は長崎の古物商・綺羅屋の息子で、元は阿蘭陀通詞見習いもした地役人。唐絵目利きで、蘭医学、天文学、本草学の心得もあるその才覚を見込まれ、無骨な同心・篠崎弥左衛門と組んで、難事件を解決していく人気シリーズの第1弾。

地獄の目利き
ギヤマンの花
鬼の目
虫の声
紅絹(もみ)の蹴出し
さらば地獄 計6編の短編連作

地獄の目利き
 篠崎弥左衛門がかつて十手を預けていた元岡っ引・伊助の娘・おみちが殺され、伴われていた子・松吉が行く方知れずに。一方、日本橋の太物問屋・大和屋徳兵衛が、胸を突かれて他界する。繋がりようもないこの2つの事件だったが、そこには、大和屋の身代を巡る陰謀があった。

ギヤマンの花
 日本橋本石町の旅籠・長崎屋の手代・平吉が、見世のギヤマンの盃を盗んだ門で、入牢した。だが、浪人・亀井新三郎も名乗り出、揚屋に収監される。
 そこには、長崎屋で女中奉公するおきぬを巡る、男2人の侠気があった。

鬼の目
 大牢内で囚人・庄助が毒殺された。一方、両国回向院では潅仏会の賑わいの中で千歳茶に毒が混入されるという事件が起きる。その毒をハシリドコロであると見破った瓢六は、入手可能な目医者に当たりを付ける。毒殺の陰には、盗賊・天狗火一味の口封じの目論みがあった。 

虫の声
 雷蔵が溜(ため)に送られ、牢名主が勝五郎に変わり、それまで客分として丁重な扱いを受けていた瓢六の牢生活は一変。きめ板で打ち据えられ、飯も抜かれ…、繋ぎも取れないまま死を覚悟する瓢六だったが、寸でのところで弥左衛門に救い出される。そして、雷蔵が溜送りとなった陰には、以前瓢六が捕縛に手を貸したおちかの存在があった。

紅絹(もみ)の蹴出し
 湯屋で紅木綿の蹴出しばかりを盗む老婆・ちえが、何故そんな盗みをするのか…。そこには日本橋の呉服屋・大和屋の通い番頭だった息子と、旗本・吉田家へ奉公に出た孫娘の傷ましい死があった。
 そんな件の御広敷用人・吉田惣兵衛の嫡男・惣太郎との婚儀が決まった八重。だが、惣太郎には良くない性癖の為、女を何人も手に掛けた事実があった。それを知った弥左衛門は、何とかこの婚儀を取り止め八重を救おうと奔走する。

さらば地獄
 鼠小僧と噂される男・伍助が入牢した。囚人たちにちやほやされる伍助が、鼠小僧でない事は明らかであるが、ちっぽけなこそ泥が、大盗賊として偽りの罪で獄門を覚悟していると知り、瓢六は、最期の花道を飾ってやる。

 一気に読んでしまった程の面白さである。
 大筋としては、北町奉行所が、入牢中の瓢六も智恵と才覚を頼りに、事件解決までの仮出所を認め、協力を請う話であり、瓢六に首ったけの芸者・お袖、堅物な鰥夫・篠崎弥左衛門、その手下・源次が、いつしか気心を通い合わせ事件を解決し、公私ともに切っても切れない間柄となっていく、一風変わった捕物帳である。
 その一方で、前妻を亡くした弥左衛門に、後添えを進め、見合いを設定する姉・政江に辟易しながらも、最初の見合い相手だった八重(父親・忠右衛門と言い争い、両家は険悪になり、縁組みは壊れる)にひと目惚れしてしまった弥左衛門の、一筋縄ではいかない恋の行方を追っている。
 レギュラー陣は言うに及ばず、とにかくキャラが立っており、脇役までその人物像が浮かび上がる程なのだ。いきいきとした人物設定で描かれる、どこかおぽんちながらも、シリアスな一面を覗かせた巧みな描写力と構成で成り立っている。
 諸田氏は、胸にずんと伸し掛かるような痛みやほろ苦さが、切なく、女性ならではの細やかさで描かれる作品が多いが、こういった物語も一興。いや、かなり面白い。是が非でも続編を読もうと思う。
 個人的主観であるが、カバーイラストが内容とそぐわない感がするのだが…。

主要登場人物
 瓢六(六兵衛)...長崎の古物商「綺羅屋」の息子、元長崎の地役人、現江戸の博徒
 篠崎弥左衛門...北町奉行所定町廻り同心
 お袖...辰巳芸者、瓢六の情婦
 源次...岡っ引き、弥左衛門の手下
 菅野一之助...北町奉行所吟味方与力
 粕谷平太郎...北町奉行所定町廻り同心
 沢田政江...弥左衛門の姉、賄い方・沢田与兵次の妻
 沢田与平太...与兵次の嫡男、弥左衛門の甥
 後藤八重...賄い組頭・後藤忠右衛門の三女
 雷蔵...小伝馬町牢名主、元力士
 松庵...偽医者
 鶴吉...北町奉行所の手下(?)
 杵蔵...深川冬木町・湯屋の主(瓢六の仲間?)
 平吉...湯汲み(瓢六の仲間?)
 伊助...湯汲み(瓢六の仲間?)




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