うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

うめ婆行状記 

2016年05月15日 | 宇江佐真理
 2016年3月発行

 北町奉行所同心の夫を亡くした商家出のうめは、堅苦しい武家の生活から離れ、気ままな独り暮らしを楽しもうとするが…。
 笑って泣いて…。家族や夫婦の絆を描いた、著者の遺作となった長編時代小説。

うめの決意
うめの旅立ち
うめの梅
うめ、悪態をつかれる
盂蘭盆のうめ
土用のうめ
祝言のうめ
弔いのうめ
うめ、倒れる
うめの再起 長編

 醤油問屋・伏見屋の長女として生まれ たうめは、「合点、承知」が口癖のきっぷのいい性格。
 縁あって武家に嫁いだが、その、北町奉行同心だった夫・霜降三太夫を、卒中で亡くした後は、堅苦しい武家の生活から抜け出してひとり暮らしを始める。
 気ままな暮らしを楽しもうとしていた矢先、甥っ子の鉄平に隠し子がいることが発覚する。
 それが、思わぬ大騒動となり、渦中に巻き込まれたうめ。ひと肌脱ごうと奔走するのだが…。

 2015年に急逝した著者の遺作となる長編時代小説。これが宇江佐ワールド、最期となってしまった。
 そして読むに連れ、やはり人物描写力や情景を表現する言葉の美しさに感銘を覚えずにはいられない。
 解説にて、諸田玲子氏も語っておられるが、
 「そうは言っても人には寿命というものがある。この先、生きていても、いいことなど、それほどあるとは思えなかった。死にたくはないが、かと言って生きているのも、うんざりする思いだった」。
 この節に、歳を重ね、麓が見えてきた人間の心理を正に言い得ていると感じ入る。
 本作品は、未完のまま幕を閉じられたのは残念でならないが、憚りながら、最期の作品のテーマに宇江佐氏が書かれた意図が分かったような気がした。
 「普通のご飯が食べられるから、あたしの身体は治ったも同然ね」。
 主人公のうめの最後の言葉である。宇江佐氏が心から、言いたかった言葉ではないだろうか。
 もう、新たな宇江佐流・江戸には出会えない虚脱感に包まれている。

 宇江佐先生、先生のお陰で、時代小説の素晴らしさを知ることができました。ユーモアあり、ほろ苦さありの素晴らしい作品の数々をありがとうございました。
 御病状を把握しながらも、未来へと繋がる前向きな作品を書かれた先生に、今更ながら頭が下がります。
 最後になりましたが、心より御冥福をお祈り申し上げます。合掌

主要登場人物
 霜降うめ…北町奉行所臨時廻り同心・故三太夫の妻、大伝馬町・酢、醤油問屋・伏見屋の長女
 伏見屋佐平…伏見屋の主、うめの長兄
 伏見屋市助…馬喰町・伏見屋の出店の主、うめの末弟
 きよ…佐平の女房
 つね…市助の女房
 鉄平…佐平、きよの長男
 ひで…鉄平の女房
 鉄蔵…鉄平、ひでの長男
 霜降雄之助…北町奉行所定廻り同心、三太夫、うめの嫡男、
 霜降ゆめ…霜降雄の妻
 雪乃…雄之助、ゆめの長女
 美和…三太夫、うめの長女
 りさ…三太夫、うめの二女
 介次郎…三太夫、うめの二男
 宇佐美光江…三太夫の妹、北町奉行所同心・文右衛門の妻
 徳三…元指物師
 おつた…徳三の女房



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うめ婆行状記

2016年03月21日 | 宇江佐真理
 2016年3月発行

 北町奉行所同心の夫を亡くした商家出のうめは、堅苦しい武家の生活から離れ、気ままな独り暮らしを楽しもうとするが…。
 笑って泣いて…。家族や夫婦の絆を描いた、著者の遺作となった長編時代小説。

うめの決意
うめの旅立ち
うめの梅
うめ、悪態をつかれる
盂蘭盆のうめ
土用のうめ
祝言のうめ
弔いのうめ
うめ、倒れる
うめの再起 長編

 醤油問屋・伏見屋の長女として生まれ たうめは、「合点、承知」が口癖のきっぷのいい性格。
 縁あって武家に嫁いだが、その、北町奉行同心だった夫・霜降三太夫を、卒中で亡くした後は、堅苦しい武家の生活から抜け出してひとり暮らしを始める。
 気ままな暮らしを楽しもうとしていた矢先、甥っ子の鉄平に隠し子がいることが発覚する。
 それが、思わぬ大騒動となり、渦中に巻き込まれたうめ。ひと肌脱ごうと奔走するのだが…。

 これにて、宇江佐先生の著書が最後になりますので、大切に読みたいと思っております。



※お詫び
 申し訳ありません。未だ読んでおらず、何時になったら読めるかも分かりませんので、概要だけ記させていただきます。講読次第、更新させていただきます。





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擬宝珠(ぎぼし)のある橋~髪結い伊三次捕物余話~

2016年03月20日 | 宇江佐真理
 2016年3月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第15弾にて最終巻。3作の短編に、シリーズ第8弾「我、言挙げす」から、第9弾「今日を刻む時計」までの10年間を描いた長編「月は誰のもの」(2014年10月発行/文庫)を収録。

月夜の蟹
擬宝珠(ぎぼし)のある橋
青もみじ 計3編の短編連作
月は誰のもの 長編

月夜の蟹
 蕎麦屋・笠屋で喰い逃げがあり、不破龍之進の小者となり十手を預かった薬師寺次郎衛が捕獲した。捕まったのは鳶の菊次郎。だが、その菊次郎は、上総国の水野壱岐守藩士で、家老見習いの永井捨之丞の名を挙げ、代金を支払ってもらえると言うのだった。
 どうも、長井が菊次郎を面白がって連れ歩いているらしく、菊次郎はそれを勘違いして放蕩を尽くしているらしい。だが、長井が飽きた時…龍之進と次郎衛の不安が的中する。
 一方龍之進の妻のきいは、呉服屋に嫁いだ幼馴染みに招かれたのだが、大層不機嫌であった。

擬宝珠のある橋
 伊三次は、得意客の日本橋佐内町の箸問屋・翁屋で、普請作業をする大工の親子を見た。翁屋七兵衛の話では、その大工の親方・徳次と女房は、共に子連れの再婚同士。息子たちが家庭を持っても、三軒長屋で仲良く暮らしていると聞き、羨ましく感じていた。
 そして、その女房が旧知のおてつだと解る。だが、おてつは元の嫁ぎ先の舅が、ひとり残され、惨めに切らしていることに心を痛めているのだった。
 一方、義兄の梅床の客・庄七が、おてつの舅と知ると、庄七の生き甲斐の為にひと肌、助言をする。

青もみじ
 きいは、大伝馬町の伯父の元を訪った帰り、変わり果てた姿の太物問屋・秩父屋の娘・おくにを見掛けた。確か、嫁いだ筈であったが、出戻っていたのか…。それよりも常人とは思えないその様子に不信を抱き、幼馴染みのおせんに尋ねると、嫁ぎ先で不当な扱いを受けて、気の病いに陥っていると言う。
 心配になりおせんを伴い秩父屋を訪ねると、実の娘ながらも不当な扱いを受けるおくにの姿があり、きいは憤りを否めない。程なくして、おくにが体調を崩し、明日をも知れないと聞く。

 宇江佐先生の急逝により、連載は完結をみずに終了となりました。先生の中には多くの着想もおあいだったと思われます。
 伊与太と茜の恋の行方しかり。新たに岡っ引きとなり、レギュラー入りした薬師寺次郎衛の活躍…。
 登場人物の、これからが気になりますが、同時に伊三次やお文がこれ以上老いることなく、江戸を生きていくのだなあと思うことにしました。
 この後のストーリは、我々読者のひとり一人が、自在に思いを巡らせ、記憶の中に生き続けることでしょう。                                           合掌 

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 お吉...伊三次の娘
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破きい...龍之進の妻
 不破栄一郎...龍之進の嫡男
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 三保蔵...不破家の下男
 薬師寺次郎衛...松島町・駄菓子屋よいこやの主、元小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派
 正吉...次郎衛の下っ引き
 おのぶ(小勘) 次郎衛の女房、浜町河岸・梅木の芸妓

月は誰のもの(2014年10月発行/文庫) 
 火事で全てを失った伊三次一家のそれから。空白だった10年の間に、何が合ったのか?
 伊三次は姉の嫁ぎ先の梅床に、お文は、伊与太と共に、芸妓屋・前田に身を置き、暫し離れての暮らしを余儀なくされていた。
 そんな中、お文は偶然にも実の父親に出会い、不破龍之進は、若かりし頃の宿敵・本所無頼派の薬師寺次郎衛とひょんな事から巡り会い、親交を深める。
 そして伊三次にも、淡い恋心が芽生え…。
 一方で、味噌・醤油問屋・野田屋の主殺しの下手人とされる稲助の冤罪を晴らすため、不破友之進、伊三次、緑川平八郎が走る! 
 現行のシリーズは時代が進み、出番の少なくなった不破友之進、伊三次のコンビが活躍する、ファン待望の一冊である。

 ああ、あの10年をこういった形で繋いでいったのかと、今更ながらに宇江佐氏の文才に感動。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破きい...龍之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 松助...不破家中間
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 橋口譲之進...北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)

 春日多聞...北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 西尾左内...北北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 古川喜六...北北町奉行所番方若同心(柳橋料理茶屋川桝からの養子。前本所無頼派/元八丁堀純情派)
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 薬師寺次郎衛...駄菓子・よいこやの主、元小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、(元本所無頼派)
 小勘(おのぶ)...日本橋前田の芸妓、次郎衛の女房
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)




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竈河岸(へっついかし)~髪結い伊三次捕物余話~

2015年11月11日 | 宇江佐真理
 2015年10月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第14弾。

空似
流れる雲の影
竈河岸(へっついかし)
車軸の雨
暇乞い
ほろ苦く、ほの甘く 計6編の短編連作

空似
 龍之進の妻・きいは、ある日伊三次にそっくりな男に出会った。その男・伊三郎は、名も姿形も見れば見る程伊三次と他人とは思えない。
 そんな出会いを忘れていた頃、伊三郎に殺人の容疑が掛る。それは昔、伊三次に掛った容疑とこれまた酷似していた。
 伊三郎の無実を訴えるきいにほだされ、龍之進は真実を突き止めようと動き出すが、そこには奉行所の薄汚い体質の壁があった。

流れる雲の影
 不破友之進の妹・よし乃の催す与力の妻たちの茶会の手伝いに駆り出されたきい。そこの顔を出す戸田うめは要注意人物であると聞かされていたが、案の定、無礼な物言いをされ、思わず反撃をしてしまった。
 そんな頃、きいと小平太を育ててくれた、伯父夫婦の住まう大伝馬町の善右衛門店では、家族に見捨てられた寄せ場帰りの男と、孫娘の心温まる交流が始まっていたのだが…。
 きいはその男に、自分を捨てた母親がの面影をを重ね合わせるだった。

竈河岸(へっついかし)
 不破友之進の小者・増蔵が寄る年波に勝てず十手を返上したいと申し出た。空いた穴を埋めるべく小者に、龍之進は心当たりがあったが、その者を採用する事は、同輩たちの反感が否めないだろうと考え、皆の意見を聞き、全員の賛同が得られたならばといった条件付きで採用しようと心を決める。

車軸の雨
 いよいよ次郎衛が竈河岸の十手を預かり、政吉の元へ修行に通い出した。次郎衛はやる気満々で、正吉も引き受け、事は順調に進むかと思われたが、そんな矢先、次郎衛の叔父が意味深によいこ屋を訪れた。
 翌日、実家へと戻った次郎衛は、そのままよいこ屋へとは戻らず、おのぶは不安な日々を過ごす。

暇乞い
 蝦夷松前藩家老の蠣崎昌年が参勤で出府したが、養生の為下屋敷に留まっていた。天皇の上覧を得た程の絵師でもある昌年に、茜は伊与太の話をすると、昌年は是非会ってみたいと言う。困惑しながらも松前藩下屋敷を訪った伊与太に、昌年は本画の才能があると言う。
 そして昌年から頂戴した高価な絵の具を芳太郎に勝手に使われた伊与太は、ついに堪忍袋の尾が切れ、歌川国直の元を飛び出すのだった。

ほろ苦く、ほの甘く
 お文は、伊与太からの文で、葛飾北斎の肝煎りで、信州小布施に出向いたことを知り驚く。そして茜にそのことを知らせる前に、茜には伊与太から絵が届いた。そこには結髪亭北与と雅号が記されている。歌川国直に師事している筈の伊与太がなぜ、葛飾北斎一門の雅号を名乗るのか。伊与太から送られた絵に秘められた意味とは。
 伊与太不在の江戸で、伊三次一家、師匠の歌川国直、そして茜の中で、それぞれが伊与太の存在感を噛み締めるのだった。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太(結髪亭北与)...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破茜(刑部)...友之進の長女、本所緑町・蝦夷松前藩江戸下屋敷の奥女中(別式女)
 不破きい...龍之進の妻
 不破栄一郎...龍之進の嫡男
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 歌川国直...日本橋田所町の絵師、伊与太の師匠
 芳太郎(歌川国華)...国直の弟子
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 春日多聞...北町奉行所年番方同心
 西尾左内...北北町奉行所例繰方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 三保蔵...不破家の下男
 おたつ...不破家の女中
 増蔵...門前仲町の岡っ引き
 さの路...松前藩江戸上屋敷の御半下女中 
 薬師寺次郎衛...松島町・駄菓子屋よいこやの主、元小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、本所無頼派

 伊三郎...松島町・小料理屋あけびの主
 葛飾北斎...浮世絵師
 山中寛左...内与力
 正吉...増蔵の手下
 おこの 正吉の女房
 おのぶ(小勘)...次郎衛の女房、浜町河岸・梅木の芸妓
 庵原よし乃...北町奉行所吟味方与力の妻、不破友之進の妹
 庵原さよ...庵原家の嫁
 兼吉...大伝馬町の善右衛門店の鳶職、きいの伯父
 おさん...兼吉の女房、きいの伯母

 宇江佐先生、素敵な江戸を描いてくださってありがとうございました。私が時代小説に引き込まれていったのは、宇江佐先生の情景描写力や、知らなかった素敵な日本語に魅せられたからです。
 伊三次シリーズも、新たなステージへと移行し。先生の中にはプランもあられたことでしょう。伊与太と茜の恋の行方も永遠に分からなくなってしまいました。
 また、日々成長する栄一郎。小平太。九兵衛…まだまだ将来の楽しみな登場人物も永遠に年を取らなくなってしまいました。
 いつかこんな日は誰しも必ず訪れるものですが、宇江佐先生、早過ぎます。御無念のほどお察し申し上げます。
 そして御冥福を心よりお祈り申し上げます。       合掌



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宇江佐真理先生 訃報

2015年11月08日 | 宇江佐真理
 大好きな作家の宇江佐真理先生が、7日、乳癌のため北海道函館市内の病院で亡くなられました。
 その訃報に、呆然としております。先生の作品は全て読ませて頂いており、最近では、新刊本発売を待ち切れず、雑誌掲載文を読んでおりました。
 私を時代小説に引き付けてくれたのも宇江佐先生でした。最初に読ませて頂いたのは「卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」でした。
 女性の心理、男性の心理、子どもの…老若男女を問わず、その人間のバックボーンに相応しい描写。何より、文章から伝わる江戸の情景に魅せられ、以後、読みあさりました。そして、日本語の美しさを教えてくれたのも宇江佐先生の文章でした。
 「髪結い伊三次」シリーズも、未だ未だ終焉をみておらず、いち読者として、先が気になるところではあります。闘病を告白なさった折り、「書きたいものは大体書いた」というようなことをおっしゃっておられましたが、最も無念な想いを抱いておられるのは、宇江佐先生でしょう。66歳は早過ぎます。
 心から御冥福をお祈り申し上げます。合掌

為吉~北町奉行所ものがたり~

2015年08月21日 | 宇江佐真理
 2015年7月発行

 北町奉行所付きの中間の為吉を中心に、同奉行所に関わる人物の悲喜交々を描いた人間模様。
 
奉行所付き中間 為吉

下手人 磯松

見習い同心 一之瀬春蔵

与力の妻 村井あさ

岡っ引き 田蔵

下っ引き 為吉 計6編の短編連作

 幼いころ、押し込み強盗に家族を殺され、孤児となった為吉は、成人し北町奉行所付きの中間となっていた。
 そんなある日、両親を殺した盗賊集団・青蜥蜴の首領が捕まったとの知らせが届く…。
 表題の「為吉」ほか5編を収録。
 
 申し訳ありません。粗筋や登場人物などの詳細は、後日追記させていただきます。





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月は誰のもの~髪結い伊三次捕物余話~

2014年10月24日 | 宇江佐真理
 2014年10月発行

 超人気「髪結い伊三次捕物余話」シリーズ第8弾「我、言挙げす」から、第9弾「今日を刻む時計」までの10年間を描いた書き下ろし長編。

月は誰のもの
 火事で全てを失った伊三次一家のそれから。空白だった10年の間に、何が合ったのか?
 伊三次は姉の嫁ぎ先の梅床に、お文は、伊与太と共に、芸妓屋・前田に身を置き、暫し離れての暮らしを余儀なくされていた。
 そんな中、お文は偶然にも実の父親に出会い、不破龍之進は、若かりし頃の宿敵・本所無頼派の薬師寺次郎衛とひょんな事から巡り会い、親交を深める。
 そして伊三次にも、淡い恋心が芽生え…。
 一方で、味噌・醤油問屋・野田屋の主殺しの下手人とされる稲助の冤罪を晴らすため、不破友之進、伊三次、緑川平八郎が走る! 
 現行のシリーズは時代が進み、出番の少なくなった不破友之進、伊三次のコンビが活躍する、ファン待望の一冊である。

 ああ、あの10年をこういった形で繋いでいったのかと、今更ながらに宇江佐氏の文才に感動。
 これは、ページの関係だろうが、全体に短文の組み合わせで、文体が急ぎ足感を否めず、宇江佐氏独特の奇麗な風景描写や人物洞察力が若干薄めであるのが残念。
 しかし、若かりし伊三次の勇士はファンにはたまらず、こういった形で、本編以外にも出版していって欲しいと切に願う次第。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉改め桃太郎)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破きい...龍之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所番方若同心、八丁堀純情派
 松助...不破家中間
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 橋口譲之進...北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)

 春日多聞...北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 西尾左内...北北町奉行所番方若同心、(元八丁堀純情派)
 古川喜六...北北町奉行所番方若同心(柳橋料理茶屋川桝からの養子。前本所無頼派/元八丁堀純情派)
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力見習い
 薬師寺次郎衛...駄菓子・よいこやの主、元小十人格(旗本格)薬師寺図書次男、(元本所無頼派)
 小勘(おのぶ)...日本橋前田の芸妓、次郎衛の女房
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)





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昨日のまこと、今日のうそ~髪結い伊三次捕物余話~

2014年10月08日 | 宇江佐真理
 2014年9月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第13弾。

共に見る夢
指のささくれ
昨日のまこと、今日のうそ
花紺青(はなこんじょう)
空蝉(からせみ)
汝、言うなかれ 計6編の短編連作

共に見る夢
 龍之進、きいに待望の子が誕生した。栄一郎と名付けられた子の誕生祝いが臨時廻り同心・岩瀬修理から届かない事にいなみは首を傾げる。
 ほぼ時を同じくして、その岩瀬から大名家の若様の放蕩に手を焼いていると相談を受けた友之進。岩瀬と親しく交わる内に、岩瀬の妻女・清乃が死の床にあると知る。
 清乃を、伊勢参りにも連れて行けなかったと悔やむ姿を目の当たりにした友之進は、役目を退いた後、いなみに伊勢参りに行こうと持ち掛けるのだった。

指のささくれ
 伊三次の弟子・九兵衛は、実父・岩次の勤める魚問屋・魚佐の娘・おてんとの祝言に踏み切れないでいた。それは、家格の違いにもあるが、ほかに好いた娘が現れた事が大きかった。しかし、おてんとの話を反故にすれば、岩次が職を失い欠けず…。苦しむ九兵衛を見兼ねた伊三次は、九兵衛が思いを寄せているであろう娘に探りを入れるが…。

 九兵衛の、淡い恋心とおてんの一途な思いに、童女失踪事件を絡め、人の思いと誤解、また、身分といった日常にありがちな事柄を九兵衛の主演で描いた、味わい深い一作。

昨日のまこと、今日のうそ
 病いに臥せる松前藩嫡男・松前良昌を見舞う三省院鶴子の供として上屋敷に赴いた茜(刑部)だったが、そこで、良昌から案に側室を所望される言葉を切り出される。どうやら鶴子も承知の上だったようである。
 茜は、その場で良昌の快癒を願い、まずは藩主となって欲しいと励ますが…それは承諾とも受け取れる返事だった。
 
 武家の奉公人としての刑部と、ひとりの女としての茜の、追い詰められた苦しい胸の内、伊与太への思いを描いている。伊与太と茜の恋はどういった展開になるのか、宇江佐氏の筆に興味が募る。
 
花紺青
 伊与太の師である歌川国直の元に、芳太郎なる新たな弟子がやってきた。伊与太のとっては年齢的にも弟弟子になるのだが、その経歴や才能は伊与太の比ではない。
 己の限界を感じながらも、悋気を押さえ切れない伊与太。思い余って足が向いたのは、葛飾北斎の元だった。
 伊与太の言動から全てを察した北斎は、伊与太に結髪亭北与(けっぱつていほくよ)の雅号を与える。
 一方、九兵衛とおてんの祝言が決まり、伊三次一家、不破家も喜び一色である。伊与太も兄と慕う九兵衛へ、己の画を届けるのだった。

 九兵衛とおてんの祝言の日の慌ただしさの中に、人の繋がりを描き、温かな最終回のような終わり方をしている。いつか最終回を迎えるのなら、こんな終焉が望ましいと思わせるのだが、やはり宇江佐氏である。
 伊与太と葛飾北斎を絡ませ、今後、葛飾北斎の存在が深く関わっていくことを暗示させているのだ。

空蝉
 江戸の町に周到な押し込みが横行し、捕獲を逸した内与力の山中寛左は、古川喜六が内通者があると疑い、不破龍之進と緑川鉈五郎に喜六の周辺捜査を依頼する。
 だが、山中寛左の思惑は短絡であり、彼の言動に不信を抱く龍之進。父・友之進も同様な捜査を依頼され、山中寛左への疑惑を抱く。
 そして、九兵衛の新妻・おてんの実家である魚佐を回りに高積み見廻り同心が調べていることから、伊三次は、次の押し込みは魚佐ではないか、真の密通者は山中寛左ではないかと、魚佐張り込む。

 龍之進、鉈五郎が内密な使命を受ける奉行所内から話が始まり、務めと友情との葛藤から、九兵衛とおてんの新婚生活。そして孫が産まれた不破家と舞台は変わりながらも、話が全て繋がり、やはり伊三次の勘が鍵となっていく展開に、レギュラー陣が顔を揃え自然な流れの中で事件が明るみとなる、練られたストーリだった。
 
汝、言うなかれ
 京橋・柳町の漬物屋・村田屋の女将・おとよは、亭主で村田屋の主・信兵衛の10年前の打ち明け話を思い起こしていた。
 当時手代だった信助(信兵衛)に惚れて入り婿に迎えたのはおとよである。
 その折り信助は、以前貧しさから人を殺め金子を奪った過去を告白していたが、その過去を深く悔い改め、また、日頃の奉公振りから、止むに止まれぬ事情と、おとよは罪を胸に仕舞い込み、重みを共に背負う覚悟で一緒になったのだった。
 だが、村田屋を継いでから首をもたげ出した信兵衛の短慮な性質に不安を抱く中、信兵衛と不仲の青物問屋・八百金の主・金助が土左衛門となって発見される。
 おとよの胸に、当日の信兵衛の不審な行動が重く伸し掛かったように、伊三次たち町方の手が信兵衛に伸び、過去の殺人が明るみに出る。

 ほとんど村田屋の話で、伊三次は大詰めの捜査から登場といったシリーズでは異色の展開(何本かはある)である。伊三次ファンには物足りないが、宇江佐氏が、現在の事件の傷ましさを伝えようとしている作品が見受けられる一端であろう。
 人の二面性、物事の善悪を見事に表現している。
  
主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 お梶...九兵衛の母親 
 お園...炭町髪結床・梅床十兵衛の女房、伊三次の姉
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破茜(刑部)...友之進の長女、本所緑町・蝦夷松前藩江戸下屋敷の奥女中(別式女)
 不破きい...龍之進の妻
 不破栄一郎...龍之進の嫡男
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 松助...本八丁堀の岡っ引き(元不破家の中間)
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 佐登里...松助とおふさの養子
 歌川国直...日本橋田所町の絵師、伊与太の師匠
 芳太郎(歌川国華)...国直の弟子
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 三保蔵...不破家の下男
 おたつ...不破家の女中
 和助...不破家の中間
 増蔵...門前仲町の岡っ引き
 おてん...新場魚問屋魚佐の末娘
 松前良昌...蝦夷松前藩藩主・道昌の嫡男
 三省院鶴子...蝦夷松前藩8代藩主・資昌の側室
 村上監物...蝦夷松前藩執政(首席家老)
 長峰金之丞...下谷新寺町松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 佐橋馬之介...松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 さの路...松前藩江戸上屋敷の御半下女中 
 藤崎...松前藩江戸上屋敷の老女
 おため...歌川国直家の女中
 葛飾北斎...浮世絵師
 お栄(葛飾応為)...北斎の三女、浮世絵師
 おとし...産婆
 山中寛左...北町奉行所内与力







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昨日みた夢~口入れ屋おふく~

2014年08月12日 | 宇江佐真理
 2014年7月発行

 馬喰町の口入れ屋・きまり屋に舞い込む、訳ありの奉公先に、決まって行かざるを得なくなってしまう、出戻りのおふくが見聞きした、それぞれの家の内状と人々。そしてそれによって成長していくおふくの姿を描いている。


慶長笹書大判
粒々辛苦(りゅうりゅうしんく)
座頭の気持ち
名医
三日月
昨日みた夢 計6編の短編連作


慶長笹書大判
 斡旋する女中が長続きしない、横山町の八百屋・八百竹で、今度は女中が3日で逃げ出したという。
 きまり屋としては、放っておけずに代わりが見付かるまで、おふくが代役に。
 だが、八百竹の内状を知ると、女中が逃げ出すのも得心出来る、主・竹松のしわい屋ぶりと、女房・おしずの奔放さ。
 奉公する中、竹松とおしずの会話から、八百竹では、慶長大判を保有している事を知る。しかも、それは公には出来ない、見世の前で行き倒れとなった去る武家の懐からくすねたものだった事が発覚する。

粒々辛苦(りゅうりゅうしんく)
 ひと月かひと月半ほどの短い女中奉公ではなり手がなく、またもおふくが引き受ける運びとなった。
 今度の奉公先は、主と番頭が伊勢参りに出掛ける間、内儀も子どもを伴い実家へ戻るため、隠居の面倒をみる女中が欲しいといった大伝馬町の橋屋・桶正である。
 当初から、内儀・おちかやほかの女中たちの棘のある態度に苛立つおふくだったが、隠居とは仲良く勤めていた。
 だが、月が改まると、桶正の扱いに憤懣を抱いていた職人たちが揃って姿を眩ませた。
 残されたおふくたちは、隠居の指示を仰ぎ箸を拵え始める。
 粒々辛苦=こつこつと地道な努力を重ねることが、大切である事を隠居から学ぶ。
 
座頭の気持ち
 おふくは、米沢町で按摩・鍼灸を営む、座頭の福市の診療所で、女房のおよしが出産の為里帰りをする間の女中奉公を勤め上げたが、福市はその給金を支払う気がなく、彦蔵はおろか友蔵・辰蔵までもが追い返される始末。
 金銭が絡んだ福市は、奉公中の温和な人柄とは別人であった。
 たまらずにおふく自身が乗り込むが、福市の杖で額にたん瘤が出来た程に打たれたのだ。盲人を監視する総録屋敷に訴え出、福市は位を剥奪されるが、普段何気なく感じている事柄も、盲人からみれば馬鹿にされていると受け止められたりと誤解もある事をおふくは悟る。

名医
 近所の町医者・岸田玄桂の母・玉江が捻挫したため、女中依頼がきまり屋に舞い込んだ。玉江のきつい性格から、これまで女中が長続きした試しもなく、また代替わりし長崎帰りの玄桂が継いでこの方、閑古鳥が鳴いている始末。
 難しい案件は、自ずとおふくに回される。玉江の気難しさも、人使いの荒さも、卒なくこなすおふくを気に入った玉江は、おふくを玄桂の嫁に迎えたいと言い出すのだった。
 おふくにとって玄桂の人柄は認めるものの、男として見ることはできず…。だが、勇次を諦めようと決意すると同時に、玄桂の人柄に触れ、彼に向ける眼差しに変化が生じ始める。

三日月
 豊島町の酒屋・藤川屋に病いのため里帰り療養中の娘・おみねの看病に駆り出されたおふく。
 噂に違わぬ我が侭なおみねにうんざりするが、町医者の娘でおみねの幼馴染み・千鶴によれば、おみねは病いの万屋であり、そう長くはないだろうと聞かされる。
 一方、両国広小路でおふくを借金と共に置き去りにした、元夫に勇次と再開を果たす。大伝馬町の醤油問屋・摂津屋の手代をしている勇次は、おみねを置き去りにした止むに止まれぬ事情を打ち明けるのだった。

昨日みた夢
 八丁堀の同心・高木家に奉公に上がったおふく。身形から女中と思っていたのが若奥様のかよであると知るが、身形同様いやそれ以上に高木家のかよに対する扱いは女中そのものであった。それでも愚痴もこぼさず働き続けるかよに、おふくは同情を寄せる。
 その頃、勇次から寄りを戻さないかと持ち掛けられたおふく。勇次が不実な男ではないと分かったが…。

 宇江佐氏の新作。今作は、おふくと父親の友蔵は、友蔵の実家で、双子の兄・芳蔵の家族と暮らしながら、稼業の口入れ屋・きまり屋を助けるといった設定。
 訳ありの奉公先を引き受ける羽目に陥るおふく。だが、この主人公、単に大人しく気働きの出来る女子ではない。正しい事は正しい。間違いは間違いだと己を曲げる事はないのだ。
 そして胸に、引っ掛かったままの亭主であった勇次の失踪の謎が明かされるのはいつか、おふくと勇次はどうなるのかを、読者に期待と不安を抱かせながら、物語は進行する。 
 おふくにとってはいとこに当たる彦蔵のキャラが光り、脇役としてのスパイスを十分に感じさせ、物語を引き締めている。
 一気に読める面白さである。一見軽いタッチながらその実は、計算された文章。江戸事情の子細さなど、これまで以上に宇江佐真理子を敬愛して止まなくなるだろう。
 「口入れ屋おふく」に関しては元夫・勇次との関係は、ひとまずの結論を得ているので、シリーズ化されるか否かは微妙なところではあるが、是非ともシリーズ化して欲しい作品である。
 
主要登場人物
 おふく...きまり屋の手伝い、友蔵の娘
 友蔵...きまり屋の番頭、おふくの父親
 きまり屋芳蔵...馬喰町二丁目・口入れ屋の主、おふくの伯父(友蔵の双子の兄)
 おとみ...芳蔵の女房
 辰蔵...芳蔵の長男、刀剣商の奉公人
 彦蔵...芳蔵の二男、きまり屋の跡取り
 権蔵 岡っ引き、公事宿・三笠屋の主
 勇次...おふくの元亭主、元京橋小間物屋の手代
 おみさ...馬喰町・居酒見世めんどりの女将



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日本橋本石町 やさぐれ長屋

2014年03月16日 | 宇江佐真理
 2014年2月発行

 日本橋本石町の長屋で暮らす、庶民の日常を背景に、情愛を描いた作品。

時の鐘
みそはぎ
青物茹でて、お魚焼いて
嫁が君
葺屋町の旦那
店立て騒動 計6話の短編連載

時の鐘
 時の鐘の音を聞き入るのが好きな、真面目一徹の大工・鉄五郎。そろそろ嫁取りを勧められる中、気になる相手は、若くして出戻りのおやすという娘だった。明け透けのない物言いに次第に引かれる鉄五郎は、おやすと身を固める決意をする。

 物語の要となっていく、鉄五郎とおやすの出会いに、時の鐘を絡めて、鉄五郎の人柄を現すなど、大きな盛り上がりこそないが、しっとりとした一編となっている。

みそはぎ
 老いた母・おまさの面倒を見ながら居酒見世の井筒屋で働くおすぎは、隣の店子の16も年の離れた喜助から、一方的に思いを寄せられ、いつの間にか所帯を持つと思い込まれてしまった。そんな折り、おすぎに良縁が舞い込むと逆上した喜助が暴挙に及び、寝たきりのおまさが、最期の力を振り絞りおすぎを守る。
 
 現代にも通じる老人介護問題を、身体の不自由な母親の面倒を見るため、婚期を逃した喜助と、そろそろ逃しつつあるおすぎの、両面から、介護の大変さ、親への思い、そして自分の将来への不安と幸せを求める姿を綴る。

青物茹でて、お魚焼いて
 亭主の茂吉が元吉原の女の元に居着き、長屋に戻らなくなった。おときは、居酒見世・井筒屋に働きに出るが、そこで上方から来ていた尾張屋の番頭・忠助から、一緒に上方に行こうと言われ、心が動く。だが、忠助からは、子どもは置いてくるようにと告げられ、2人の幼い子をそれぞれ奉公に出し、待ち合わせの場に走るも、忠助の本心を知り、目が覚める。

 寂しさから逃れたい。上方への思慕。そんな女心を随所に押し出し、母親として子を選ぶか、女の幸せを取るかを迫られる。
 思ってもいなかった忠助からの申し出に、舞い上がる中年女の様が、実に臨場感を持っている。が、「子どもを選んで」と進言したくなるのだ。
 結果、忠助の人となりが分かり、茂吉も元の鞘に収まる。目出たし目出たし。
 「見上げた空には鱗雲が繁っている。耐え難い夏は、ようやく終わったようだ」。の一文が物語る。

嫁が君
 おやすの宿に鼠が出た。どうにも苦手で不安なおやす。折り悪く、亭主の鉄五郎は、染井の現場に泊まり掛けの仕事である。不安と恐怖で眠れない中、長屋に越して来たばかりの駕籠舁き・六助とおひさ夫婦が親身になって手を貸してくれた。
 長屋では、六助が寄せ場帰りだと悪口を叩く者もいるが、おやすは困った時にこそ、損得抜きで親身になってくれたこの夫婦を有難いと思う。

 鼠に悩まされるといったそれだけの話である。鼠出現から退治までの過程に起きる、周りの人々の反応をおやすの視線で語り、人の本音や気質など、現代の近所付き合いと変わらない人の長短所が描かれる。

葺屋町の旦那
 芝居茶屋・福之屋の、妾の子から、本妻の死により、総領息子となった幸助だったが、先妻の娘たちとの跡目争いや、父親との確執から、家を出ておすがの元に身を寄せながら本材木町の魚市(新場)・魚新で働いている。
 迎えに来た父親に、これでもかと悪態を浴びせる幸助だったが、六助の執り成しに心を開き、福之屋へと戻ると、父親の商いを学ぼうと、若旦那修行に精を出すのだった。

 複雑な家庭環境の中で、己の進むべき道と親の子への無償の愛情を手繰り、幸助が成長する過程を描いている。

店立て騒動
 弥三郎店が米問屋・秋田屋から売り出され、町医者・石井道庵の地所になった。道庵はそこを病人部屋にするつもりで、弥三郎店の取り壊しに掛かり、店子たちは行き先を探しながらも名残惜しみ井戸さらいをする。
 大方の落ち着き先が決まった矢先、道庵が死去。その妻・藤江が地主となった弥三郎店は、藤江の意思により存続される。

 出会いと分かれ、その時去来するものとは。
 
 全話、冒頭出だしの季節感。そして締めのこれまた季節感ながらも、そこには一話を物語る深さを秘めた終わり方。宇江佐氏の持ち味である、美しい情景がたまらなく生きている。
 やはり長屋の庶民を描いたら、天下一。これ以上の臨場感はないくらいの江戸がそこに広がるのだ。
 宇江佐氏が得意とする切なさや、胸の詰まる話ではないのだが、現代に通じる題材を見事に江戸で再現する、宇江佐氏の筆が光る。お江戸日本橋に雲ひとつない青天が広がる。そんな物語であった。

主要登場人物
※日本橋本石町2丁目・弥三郎店(やさぐれ長屋)の店子たち
 治助...差配
 鉄五郎...手間取り大工
 おやす...鉄五郎の女房、本石町莨(たばこ)屋・旭屋の手伝い、神田・薬種屋の娘
 おすぎ...本銀町居酒見世・井筒屋の女中
 おまさ...おすぎの母親
 喜助...左官職人
 おまき...喜助の母親
 茂吉...日本橋上槇町・亀甲屋の簪職人
 おとき...茂吉の女房、本銀町居酒見世・井筒屋の女中
 朝太...茂吉・おときの長男(12歳)、浅草・質屋の丁稚
 作次...茂吉・おときの二男(8歳)
 おちよ...茂吉・おときの長女(5歳)
 おすが...隠居
 清三郎...おすがの息子、大伝馬町呉服屋・尾張屋の手代→番頭
 六助...大伝馬町駕籠屋・和泉屋の駕籠舁き
 おひさ...六助の女房、煮売り屋の手伝い
 梅蔵...青物の棒て振り
 おたま...梅蔵の女房
※日本橋本石町界隈の人々
 石井道庵...町医者
 石井藤江...道庵の妻
 井筒屋為五郎...本銀町居酒見世の主
 旭屋惣八...本石町・莨(たばこ)屋の主
 おかね...惣八の女房
 福之屋幸助...葺屋町・芝居茶屋の息子
 おりき...幸助の母親





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名もなき日々を~髪結い伊三次捕物余話~

2013年11月18日 | 宇江佐真理
 2013年11月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第12弾。

 俯(うつむ)かず

 あの子、捜して

 手妻師(てづまし)

 名もなき日々を

 三省院様御手留(おてどめ)

 以津真天(いつまでん) 計6編の短編連作 

俯(うつむ)かず 
 大掛かりな賭場の捕縛に向かった不破龍之進だったが、本所相生町と神田相生町を間違え、大失態を演じてしまう。
 お文は、大金の入った紙入れを無くしてしまう。
 伊三次は、若者の喧嘩の仲裁に入った隙に、何者かに台箱を盗まれてしまう。
 そして、師匠・歌川豊光がみまかり、身の振り方が決まらずにいる伊与太。
 だが、龍之進の元に義弟・笹岡小平太が訪い、俯き勝ちな龍之進に苦言を呈しながらも初めて、「兄上」と呼び、お文の紙入れも伊三次の台箱も無事見付かり、伊与太には、当代人気絵師の歌川国直から声が掛かる。
 そして不破家では、きいが待望の初子を身籠る。
 
 それぞれが、「禍い転じて福となす」。伊三次が、同じような1日でも、今日と明日は違う日であると感じるように、毎日時は進んでいると実感する仕立てになっている。決してドラマチックな話ではないが、人の心持ちや情の絡んだ、しっとりとした良い物語だ。
 あんなに怖かった不破友之進が、イメージチェンジか? 早くも、おとぼけなおじいちゃん的な登場(笑)。

あの子、捜して
 人別改めの季節がやってきた。伊三次は、10年前から行方の分からない子どもがいると、松助から手助けを求められる。生きていれば11、12歳くらいの平吉という男の子と知ると、伊三次は不憫に思い奔走する。
 複雑な大人の感情に振り回され、産みの親から引き離され、しかも引き取った父方からは厄介払いで、養子に出され、養子先の両親が死亡。その後、質屋に奉公に出されていた平吉を無事、母親の元に送り届けるも、平吉は、余り感情を露にしない。
 物心付いた時から、知りもしなかった母親が不意に現れても、感慨は無いと娘・お吉は言うのだった。

 やってくれました。このところ、伊与太や不破龍之進に主役の座を奪われていたシリーズだったが、久し振りに伊三次が完全復活。しかも、胸に沁みる奥の深い人情話でありながら、悲壮感を払拭させる明るい結末。
 これは泣けてくる。やはり伊三次はこうでなくっちゃ。

手妻師(てづまし)
 その南蛮仕込みの技も去ることながら、艶やかな容貌で人気の浅草・奥山の手妻師・花川戸鶴之助に、江戸の娘たちはすっかり逆上せ切っている。ご多分に漏れずお吉、そしておふささえもだ。
 その座主・強欲で無慈悲な権久郎が何者かに殺害され、鶴之助に容疑が掛かり、程なくして鶴之助ほか一座の者たちが連座する。
 死罪執行前夜、鶴之助の希望で伊三次はその髪を結う為に牢へ向かう。

 この話は、幕切れが素晴らしい。鶴之助の胸中を知りながらも、心安らかに逝くように諭す伊三次と、鶴之助の牢内での別れのシーンに、色紙の鶴がシンボリックな役割を果たし、薄暗い牢に鮮やかな原色の折り鶴が浮かび上がる、幻想的な光景が目に写る。
 そして、思いもよらないまさかの鶴之助の脱走。それを、「手妻師だからな」。と愉快そうに語る不破友之進の場面で物語は終わる。不破友之進も歳を取って丸くなったと、第1弾からの読者としては思わずにいられず、こちらも口元が緩むのだ。

名もなき日々を
 蝦夷松前藩では、病弱な嫡男・松前良昌を廃し、妾腹の章昌を跡目に据える策略があるらしい。そして良昌の側室に茜(刑部)を据える動きがあると知り、憤りを感じていた矢先、老女の藤崎が、御反下・しおりを茜(刑部)付きの部屋子として送り込んできたが、彼女は密偵であり、手文庫を開けられた茜(刑部)は、しおりを打ちのめし、騒ぎになってしまう。
 一方で、魚佐の末娘・おてんと、愛惚れの九兵衛だが、魚佐の援助で所帯を持とう、髪結い床の株も買ってやると言われ、魚佐で働く父親・岩次が肩身の狭い思いをするのではなど思い倦ねるうちに、おてんへの気持ちが冷めていくのを感じるのだった。

 蝦夷松前藩上屋敷にて、藩の政治力に巻き込まれる茜(刑部)の話を中心に、第二世代の子どもたちが、大人への階段を上り始め、背負うものや苦悩を噛み締めながら成長していく話である。

三省院様御手留(おてどめ)
 御半下のしおりを打ちのめした茜(刑部)は、本所緑町の下屋敷への奉公替えとなった。松前藩嫡男・松前良昌の側室へと藩の企みは消えてはいないが、前藩主・資昌の側室であった三省院鶴子が主の下屋敷は、ゆったりとした気風で、居心地が良い。
 そんなある日、鶴子の伴で寛永寺に詣った帰り、伊与太にばったり出会い、その声に涙を堪えるのだった。

 あの茜お嬢さんも、大人になったを実感させる、女心を描いている。幼馴染みとはいえ、同心の娘・茜と、髪結いの息子・伊与太の恋の行方はどう展開していくのか。宇江佐氏ならではの運びになっていくだろうが、先が読めずに楽しみである。

以津真天(いつまでん) 
 探索中の緑川鉈五郎から、鬼の顔、蛇の胴、巨大な翼を持つ怪鳥。 「いつまで、いつまで」と人間が叫ぶような鳴き声の怪鳥騒ぎの一件を耳にした龍之進。
 初めての出産に苦しむきいに、不破家の男たちは気が気ではない。龍之進は、産室で介添えを買って出る。果たして無事に産まれた初子に、ほっと安堵の不破家であった。

 きいの出産がメインであるが、鉈五郎の素の顔が見えたり、話半ばで尻切れかと思われた怪鳥・以津真天が、不破家に向かう伊三次の頭上に見えたりと、ストーリー運びの巧さを実感する。

 物語自体は、事件物ではなく、夫婦の絆を描いた穏やかでありながら人間の心に響く内容になっている。家族とは、そして、茜の運命は…。これが本書のメインになっている。
 また、龍之進の子の誕生により、シリーズはいよいよ第三世代に入る。今後は子の成長も物語の楽しみのひとつになるだろう。何せ、宇江佐氏描くところの子どもの姿は、実に愛くるしいのだ。
 伊与太の幼い頃など、仕草ひとつひとつが可愛らしく、また胸を打つシーンも多かったものだ。
 反面、下手人が己の師匠と知り隠し立てをした龍之進を、殴り飛ばした若か知り頃とは別人のように、あの友之進がすっかり丸くなり、お爺ちゃんになったのだなあと、月日の流れを懐かしむ思いである。
 これにて、伊三次の出番も少なくなっていくのだろうか。進行型のシリーズではあるが、やはり血気盛だった頃の伊三次と友之進が忘れ難い。
 この後に続く、「共に見る夢」「指のささくれ」「昨日のまこと、今日のうそ」も既に「オール讀物」にて読んでいるので、その後の展開が分かっている章もあるのだが、やはり素晴らしい進行・結末になっている。
 早くも同シリーズ次の作品が楽しみである。
  
主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 お梶...九兵衛の母親 
 お園...炭町髪結床・梅床十兵衛の女房、伊三次の姉
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破茜(刑部)...友之進の長女、本所緑町・蝦夷松前藩江戸下屋敷の奥女中(別式女)
 不破きい...龍之進の妻
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 松助...本八丁堀の岡っ引き(元不破家の中間)
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 佐登里...松助とおふさの養子
 歌川国直...日本橋田所町の絵師、伊与太の師匠
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 三保蔵...不破家の下男
 おたつ...不破家の女中
 和助...不破家の中間
 増蔵...門前仲町の岡っ引き
 おてん...新場魚問屋魚佐の末娘
 松前良昌...蝦夷松前藩藩主・道昌の嫡男
 三省院鶴子...蝦夷松前藩8代藩主・資昌の側室
 村上監物...蝦夷松前藩執政(首席家老)
 長峰金之丞...下谷新寺町松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 佐橋馬之介...松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 さの路...松前藩江戸上屋敷の御半下女中 
 藤崎...松前藩江戸上屋敷の老女
 おため...歌川国直家の女中
 葛飾北斎...浮世絵師
 お栄(葛飾応為)...北斎の三女、浮世絵師
 おとし...産婆






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雪まろげ~古手屋喜十為事覚え~

2013年11月04日 | 宇江佐真理
 2013/10月発行

 自殺しようとしているところを救った縁で結ばれた喜十とおそめは、店の前に捨てられていた赤子を養子に迎え、親子3人で静かで幸せな家庭を築こうとするが、招かざる客・北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵の手下のように使われて…。
 「古手屋喜十為事覚え」の第2弾。

落ち葉踏み締める
雪まろげ
紅唐桟
こぎん

再びの秋 計7編の短編連作

落ち葉踏み締める
 父が他界し、一家を支えるため、蜆売りになった新太に、母親のおうのは、産まれたばかりの末弟・捨吉を、何処かに捨てて来なければ川に流すと、とんでもない事を言い出す。考え倦ねた末に新太は、蜆を買って貰った事のあるおそめの優しそうな顔を思い出し、日乃出屋の軒先に捨吉を置き去りにするのだった。
 やがて捨吉をねたに日乃出屋から幾許かの金を引き出そうとするのを知ると、新吉はおうのを手にかけ、自らの幼い命を絶つのだった。 

雪まろげ
 仙人に連れられ、幽界に行った過去があると口走ってしまったため、お店を首になり、学者・平塚円水の下男として住み込みながら、幽界話を円水に語る鶴吉始め、あちこちで不可思議な経験を持つ者の噂が広まっていた。
 そんな幽界騒ぎの探索を命じられた上遠野平蔵は、喜十を誘って山くじら屋の音助の話を聞き行く。
 真実か否か…それは雪まろげのようにいずれは消えてなくなる、そんなものに未練を残して何になると喜十は思う。

紅唐桟
 喧嘩沙汰でしょっぴいた勇吉という若い男が、身形に相応しくない、高直な舶来物の紅唐桟の紙入れを持っていた。持ち主を捜し出したい上遠野とその手下の銀助は、布物を扱う喜十に無理矢理それを託す。
 折しもおそめが、伯父・上総屋次左衛門が伏せっていると聞き、本所石原町に出向いていおり、捨吉を背負ったまま、喜十は袋物屋を訪い、下谷広小路の町医者・山崎尚安の妻・おりくに辿り着く。
 長崎留学中の尚安馴染みの遊女だったおりくは、尚安を追って江戸に出て来たが、既に尚安の気持ちは離れ、心に空いた穴を埋める事も出来ず、直に長崎に戻るおりくに、喜十は、江戸で自立する道もあると勧めるのだった。

こぎん
 安行寺の本堂の縁の下で、行き倒れの男が見付かった。男の身元を調べる手掛かりは、見慣れない縫い取りのある半纏のような野良着だけである。
 上遠野平蔵より日乃出屋軒先に吊るし、見知った者を探す手伝いを頼まれた喜十。上遠野よりの頼みがそれだけで住む筈は無いと懸念するも、案の定、男の身元を知る者が現れるのだった。


 額に瘤のある女が、くたくたに着古した衣装を求めて日乃出屋にやって来た。聞けば、息子の伝吉が皮膚の病いで擦れていたまないようにとの事。おそめは、売り物ではないがと、喜十の古着を差し出す。
 一方、皮膚病の伝吉が気掛かりな喜十は、町医者の赤堀甚安に相談し、診察の段取りをつけるも、上遠野平蔵が追っている、近頃大伝馬町界隈で起きている、犬猫殺しが伝吉の仕業ではないかと当たりをつけていた。
 おてつの瘤、伝吉の皮膚そして心の病いを、喜十は癒す手助けをしようと奔走する。

再びの秋
 日乃出屋の前に捨てられていた、捨吉を養子にして1年が過ぎた。喜十はふと、哀れな最期を遂げた捨吉の長兄・新太を思い出し胸が痛む。
 そんな矢先、日乃出屋の様子を伺う少年が目に入り、新太ではないかと思うも、その弟の幸太であった。
 聞けば、引き取られた叔父の家で虐待を受けた上、心の支えにしていた妹たちが養女に出されたと言うのだった。真意を確かめるため、その叔父が住む押上村まで出向いた喜十は、おうめとおとめの妹2人は吉原に売られた事を悟ると同時に幸太を安じ、連れ帰えり、日乃出屋の丁稚にすることに。
 事情を知った上遠野は、おうめとおとめを見付け出し、喜十に身請けして面倒をみろと告げるのだった。

 この主人公の喜十は、正義感が強い訳でも実直な人でもない。増してや見てくれもお世辞にも並みとも言えない容貌。おおよそ、ヒーローには縁遠い人物なのである。
 なので、面倒事は真底嫌。慈善の心も有る訳ではないのだが、かといって非道な訳でも情がない訳でもない。
 言うなれば、どこにでもいる至って平凡な人物なのである。が、なぜか上遠野平蔵の手先のように扱われ、事件に首を突っ込むことで、厄介を背負い込むこともしばしば。
 前作からの変化は、出来た母親・おきくが鬼籍に入り、捨て子・捨吉を養子に迎え、日乃出屋の顔触れが代わった。ここで幼児を用いたことで、宇江佐氏の持ち味がまたまた発揮され、物語のアクセントになっている。
 やはり母親だけあり、宇江佐氏の描く子どもの描写は、目に浮かぶような愛らしさがにじみ出ているのだ。
 登場人物の魅力が倍増した事で、物語の幅が広がった。単に子どもの愛らしさだけではなく、どこか冷めながらも、慣れない子育てに奔走しながら、親として成長する喜十の姿も興味深い。
 さて、今シリーズ。いきなり、「これぞ宇江佐ワールド」と言わんばかりの、切なさ・ほろ苦さを胸に刻む、「落ち葉踏み締める」から第2弾がスタート。
 そして、「再びの秋」でも、これまた宇江佐氏ならではを十分に堪能することができ、「古手屋喜十為事覚え」シリーズが更なる飛躍を遂げたと言える。
 シリーズ物は、回数を重ねるうちにトーンダウンしていくパターンが多いが、宇江佐氏の作品は、そのほとんどがレベルアップしているのが素晴らしい。
 第1弾を超えるお勧めの1冊。
 実は、このシリーズには余り入れ込みはなかったのだが、今回読んで、普通の人間の抱く、普通の善悪の感情など、深い部分を感じ入った。

主要登場人物
 日乃出屋喜十...浅草田原町古手屋の主
 おそめ...喜十の妻
 捨吉...喜十・おそめの養子
 上遠野平蔵...北町奉行所隠密廻り同心
 銀助...岡っ引き(上遠野平蔵の手下)
 留吉...伊勢屋の大工
 赤堀甚安...東仲町の医者
 赤堀百合江...甚安の娘、助手 
 伝吉...日本橋大伝馬町酒屋・掛川屋の奉公人
 おてつ...日本橋大伝馬町大工宅の女中、伝吉の母親
 新太...捨吉の長兄、業平蜆売り
 幸太...捨吉の次兄
 おうの...捨吉の実母
 おてる...捨吉の長姉
 おうめ...捨吉の次姉
 おとめ...捨吉の三姉





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高砂~なくて七癖あって四十八癖~

2013年09月05日 | 宇江佐真理
 2013年9月発行


 日本橋堀留町の会所の管理人・又兵衛とおいせの元へ持ち込まれる、町内の親子・夫婦・兄弟など人間模様をほのぼのと描く、「ほら吹き茂平」に続く、「なくて七癖あって四十八癖」シリーズの第2弾。 

夫婦(めおと)茶碗
ぼたん雪
どんつく
女丈夫(じょじょうふ)
灸花(やいとばな)
高砂(たかさご) 計6編の短編連作

 又兵衛は4人目、おいせは出戻りの訳あり夫婦であるが、二人の夫婦仲は至って良い。だが、おいせに過分な遺産があるため、おいせ亡き後の相続問題を考え祝言は挙げていなかった。

主要登場人物(レギュラー)
 伊豆屋又兵衛...日本橋堀留町・会所の管理人、深川蛤町・材木仲買の隠居
 おいせ...又兵衛の後添え、米沢町町医者・故富川玄白の娘
 孫右衛門...大伝馬町裏店・瓢箪長屋の大家(差配)、元大伝馬町酢・醤油問屋・恵比寿屋の番頭、又兵衛の幼馴染み
 お春...孫右衛門の女房
 伊豆屋利兵衛...深川蛤町・材木仲買の主、又兵衛の長男 
 おゆり...利兵衛の女房
 檜屋清兵衛...木場・材木問屋の婿養子、又兵衛の二男
 おゆみ...清兵衛の女房
 おかつ...松井町小間物屋・新倉屋信助の女房、又兵衛の長女
 おつた...掘溜町居酒見世・おつたの女将
 勝蔵(大伝馬町の親分)...浜町掘界隈を縄張りにする岡っ引き

夫婦(めおと)茶碗
 真面目な畳職人・義助が、2年前から酒を呑んでは暴れ、給金を家に入れなくなった。困り果てたおなかは、子ども4人を連れて、会所へと身を寄せる。
 又兵衛が義助に訳を訊ねると、備後屋が代代わりし、銭儲けに走る当代の元で、職人として納得出来る仕事ができないのだと…。

主要登場人物
 義助...大伝馬町畳屋・備後屋の畳職人、瓢箪長屋の店子
 おなか...義助の女房

ぼたん雪
 武家に見初められ、嫁いだおつるであったが、夫・横瀬左金吾の姉が、毎度横瀬家に金子の無心に訪れ、その内状は火の車であった。それを補うため、実家の徳次の元へと無心をするおつる。
 だがそれも断られ、心労のあまり会所の前で倒れてしまうのだった。見兼ねた又兵衛は孫右衛門を連れにし、横瀬家へと乗り込み、おつるの窮状を訴える。

主要登場人物 
 おつる...横瀬左金吾の妻
 横瀬左金吾...幕府御書院番
 徳次...堀江町の大工、おつるの父親

どんつく
 町内の鼻つまみ者だった浜次が、は組の頭取に拾われ更生したものの、火事場での喧嘩で寄場送りとなり、3年の月日が流れていた。戻った浜次は、頭取の居候となり、女房・子どもを迎えにいくどころか、会おうともしない。
 そんな折り、女房のおゆきに後添えの声が掛かるが、相手の桔梗屋には囲い女がおり、目論みは宇田川を己の菓子屋の出店にする事と知った浜次は、桔梗屋を打ちのめし、所払いとなってしまう。

主要登場人物
 浜次...鳶職、は組火消し人足(土手組)
 おゆき...浜次の女房、品川町菓子屋・宇田川の娘
 伝蔵...浜次・おゆきの息子
 
女丈夫(じょじょうふ)
 若い時分から甲州屋を仕切り、男勝りのおみさは、亭主の新三郎に対しても辛辣であり、奉公人の前で新三郎を叱咤するなど日常であった。
 気の良い新三郎に同情を寄せる又兵衛は、新三郎が甲州屋を出て3日も戻らないと知るや、孫右衛門と共に、新三郎探しに奔走する。

主要登場人物 
 おみさ...伊勢町口入れ屋・甲州屋の若女将
 甲州屋新三郎...おみさの婿養子
 お菊...おみさ・新三郎の娘

灸花(やいとばな)
 童女を勾引し悪戯をした挙げ句に殺害するといった傷ましい事件が起きた。
 会所にも町触が回り、住民は気が気ではない。だが、それよりも下手人はみっちょ(道助)ではないかと自信番に届け出た者がいると言う。
 しかもそれは、みっちょの母親・おえんの幼馴染みで、親しい間柄の畳屋の女房・おこうであった。
 おえんとみっちょの姉・おさきによれば、おこうは天野屋の商いが太くなった事に悋気しているのだと言う。
 一方のおこうは、家族仲も芳しくない我が家と比べ、家族で船宿を営み、幸せそうなおえんに妬みを覚えなくもないが、ふとした軽はずみに頷いただけであったのだった。

主要登場人物
 天野屋清蔵...小舟町船宿・天野屋の主 
 おえん...天野屋の女将
 道助(みっちょ)...清蔵・おえんの二男 
 常助...清蔵・おえんの長男
 おさき...清蔵・おえんの長女
 おこう...富沢町畳屋下野屋の女房

高砂(たかさご)
 大伝馬町の畳屋・備後屋が盗賊に襲われ、隠居の老夫婦と小僧ひとりを除き皆殺し、そして火を放たれる惨い事件が起きた。老夫婦は孫娘の嫁ぎ先に引き取られ、備後屋の通だった職人も同時に柴田屋へと移った。
 一方風邪を長引かせていた又兵衛は、老医者・岡田策庵とその妻との関係に痛く感動していた。
 二つの出来事から、老いて後、いずれか片方が残された場合を考え、長年連れ添ってはいたが内縁であったおいせを人別に入れ、祝言を挙げる事を決意する。

主要登場人物
 岡田策庵... 堀留町の町医者
 岡田仁庵...堀留町の町医者、策庵の嫡男
 桂順...仁庵の弟子
 おみつ...横山町畳屋・柴田屋の内儀、大伝馬町畳屋・備後屋の娘

 7カ月振りの宇江佐氏の新作は、副題の「なくて七癖あって四十八癖」から「ほら吹き茂平」シリーズではあるが、町家の人情物といった括りであり、同一の登場人物は描かれていない。
 だが、全体を包み込むほのぼの感は、前作表題の「ほら吹き茂平」をどこか彷彿とさせる。
 宇江佐氏の作品中、切なさの込み上げる胸が熱くなる作品も良いが、「深川にゃんにゃん横丁」や、「ひょうたん」、「無事、これ名馬」など老齢の主人公が織り成す淡々とした日常物も捨て難い。「無事、これ名馬」など可愛らしくて可愛らしくて、何度読んだ事か。
 今作中、一番胸に響いたのは、「灸花」の道助の件である。「なぜか道助の言葉が又兵衛の胸に滲みる。それが不思議でならない」。そんな又兵衛同様に我が胸にも道助の純真さが滲みた第一章であった。
 また、「どんつく」の浜次の不器用な生き方も胸が熱くなる思いで読んだ。是非とも続編にて、幸せになってもらいたいものだ。
 物語は奇麗にまとめ上げられているので続編は今現在考えてないのかも知れないが、仮に続編への期待を寄せる要因があるとすれば、「高砂」で盗賊の襲われ、命を失った大伝馬町の畳屋・備後屋の当主が、「夫婦茶碗」で義助が働いており、敬愛していた主と同一人物であるとすれば、その件に期待を寄せたいと思う。



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見上げた空の色~ウエザ・リポ-ト~

2013年05月12日 | 宇江佐真理
 2013年4月発行

 時代小説作家、主婦と二つの顔を持ち、函館在住でありながらも江戸の下町の情景を見事に描く宇江佐真理さんによる、日常を綴ったエッセイ集第2弾。

第1章 まだ書いている
第2章 住めば都
第3章 人生、用事
第4章 見上げた空の色
第5章 今帰仁村の雷桜
第6章 わが心の師匠

 この人と感性が同じだなとか、この人と合うなと感じる時は、その人とは大抵物事の好き嫌いが同じである。
 著書を全て読んでいる宇江佐さん大ファンである当方であるが、小説ではなく生の宇江佐氏に触れさせていただき、「やはり」と共鳴する箇所が多々あった。
 宇江佐氏が親しくしておられるのがなんと諸田玲子さんと知り、嬉しくなった。また、当方が時代小説作家以外で好んでいる佐藤愛子さんの名も出ており、「やったぁ」と、小躍りしたい気持ちになった。
 ここまで宇江佐さんの作品に惹かれるのは、感性が似ているからだろうと、ご迷惑だろうがかってに思い込んでいる。
 さらには、宇江佐さんの代表作「髪結い伊三次」命名の過程なども知る事が出来、嬉しい一冊。
 「髪結い伊三次」って、ほかの登場人物も名前がキャラとひじょうに合っているのだ。しかも、今風に言えば「おしゃれ」なのである。
 ほかにもご家族のことや、函館での暮らしなど読めば読むほど、宇江佐さんの素顔が分かり、かつそんな彼女からどのような次作が産まれるのか、待たれるところである。

※ もっと書きたいところであるが、今現在読みたい本が、4冊詰まれており月末には新刊もあるので、今回はこのあたりで。


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糸車

2013年02月06日 | 宇江佐真理
 2013年2月発行

 江戸の下町で小間物売りをしながら、行く方知れずの息子を探し歩く、蝦夷松前藩家老の妻女・絹を取り巻く人間模様。

切り貼りの月
青梅雨(あおつゆ)
釣忍(つりしのぶ)
疑惑
秋明菊(しゅうめいぎく)
糸車 長編

 日野市次郎が江戸出府中に、不穏分子により刺殺されたとの知らせを受け、妻の絹は蝦夷松前から江戸へと赴くも、ひとり息子の勇馬は藩邸から消え失せ、市次郎は荼毘に伏された後だった。
 その死の真相も分からず、松前藩に不信を抱き、深川の裏店を借り小間物の行商をしながら、勇馬を探し求める日々。
 ひょんな事から知合った船宿の後家・おひろとその娘・おときに関わる母娘の業を解き放し、水茶屋の茶酌女・お君の思い人との縁に触れるなどし、人との繋がりを深める一方、絹にも定町廻り同心・持田勝右衛門との静かな恋心が芽生えていく。
 出会った人たちの助けを借り、3年振りに見付け出した勇馬は、陰間に身を落としながらも、父の仇討ちを心に誓っていた。

 全体に垢抜けた感が、深川を舞台にしながらも宇江佐氏らしくないと感じた一冊。舞台が深川であるか否かが然程問題ではないと思えるのは、下町イコール長屋の住人のそれが淡い部分にあるのかも知れない。
 決して悪い意味ではなく、新たなステージに立った作品とでも言ったら相応しいだろうか。
 家老の妻女でありながらも、夫と息子を探すために行商までして糊口を凌ぐ絹といった凛とした女性が主人公である。夫の死の真相、そして息子の行方がメインとなるが、そこにやもめの同心との大人の恋模様が絡み合うのだ。
 これまでの宇江佐氏の作品であれば、きゅんと胸が締め付けられるような、目頭が熱くなるようなシーンや台詞があってしかりの内容なのだが、なぜか、そうあるべき場面がさらりと流され、物語最大の山場であろう筈の息子との再会シーンも、あっさりと終わってしまっているように感じて否めない。
 勇馬が養子先やこれからを二転三転させる辺りも、人の情や恩義に思い悩むシーンもなく、常に己の思うままに選択しており、実父を殺されかつ己も命を狙われ、陰間に身を落としながらも、仇討ちの機会を狙っていた芯のある若者には思えない。ラストで当時の心情を語ってはいるが、これもあっさりと流しているが、感情移入し難い。
 反面、中年女性の絹の心情を生々しい視線で捉え、生のある女性が描かれている。
 四季折々の江戸の風情、情景描写の美しさが宇江佐氏の持ち味であり、そこに江戸を垣間みた思いにさせてくれる作品が多かったが、本作は、絹といったフィルターを通して見た江戸を再現したように感じる。
 時代に関する説明文などは、どの作品よりも分かり易く、かつ簡潔になされており、文章に隙がないのだが、どこか洗練され過ぎて、宇江佐氏の持ち味が遠のいた気がして止まない。
 著者のライフワークとも言える蝦夷松前藩、著者の地盤である深川、親子の人情、人とのつながり、色恋の悩みなど、全てが網羅されてはいるのだが、著者名を隠して読んだ時に、果たして宇江佐氏の作だと気が付くだろうか。普通の女流作家による時代小説に思える。
 とは言うものの、2012年8月の「明日のことは知らず~髪結い伊三次捕物余話~」より以降、著者の新刊を待ちこがれすぎ、当方の期待が大き過ぎたのも要因かも知れず、再読してみることとする。
 ただし、先にも述べたが宇江佐氏への期待が大き過ぎたためであり、いち作品としては、十分に楽しめた。
 実際に藩移封に際し、召し抱えの藩士を解き放し、出奔中の藩士を召し抱えるといった不思議な進行ではあるが、そこに、相田総八郎(「憂き世店~松前藩士物語~」にて、召し放しとなった元鷹部屋席)を絡めるなどの遊び心があったらもうひとつわくわくできた気がする。
 感想が変われば再アップします。

主要登場人物
 日野絹...蝦夷松前藩寄合席家老・日野市次郎の妻、深川常磐町宇右衛門店の小間物売り
 日野勇馬(紋弥)...日野市次郎・絹の嫡男、深川三十三間堂近くの陰間茶屋雛菊の陰間
 持田勝右衛門...南町奉行所定町廻り同心
 近藤金之丞...蝦夷松前藩寄合席家老
 おひろ...浅草今戸町山谷堀・船宿初音屋の女将
 おいね...おひろの長女
 長吉...浅草並木町・質屋福助屋の三男
 お君...東両国小路・水茶屋浮舟の茶酌女


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