うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

雪の夜のあと

2013年09月07日 | 北原亜以子
 1997年7月発行

 暴漢に手籠めにされ、自刃した愛娘・三千代の復讐に燃える同心森口慶次郎の執念の追跡を描いた「その夜の雪」から5年後、三千代の自刃の原因である喜平次が、常蔵と名を変えて、再び慶次郎の前に現れる。
 シリーズ「慶次郎縁側日記」の前哨とも言える長編作品。


生まれつき
小春日和
親心
秘密
三人三様
娘と娘
追いつめる
三年前
雪となる
雪解け 長編

 自刃した三千代の許婚・晃之助に家督を譲り、慶次郎は酒問屋・山口屋の寮の留守番役として根岸の寮で隠居生活を送っていた。
 ある日、知人を訪った折りに、愛娘・三千代を自刃へと追いやった常蔵が、名前を変えて住んでいる事を知る。
 一方、森口晃之助の手下(岡っ引き)を務める辰吉は、常蔵(喜平次)にまたも悪い虫が騒ぎ出し、その情婦であるおたきの息子・米蔵が常蔵を殺めようとした事に心を痛め、米蔵を下手人にしない為にも、常蔵の娘・おぶん(おとし)に常蔵の元へ戻り見張って欲しいと頼むのだった。
 だが、性根まで腐り切った常蔵。表面上はおたきと切れてもそれは、ほんの僅かの間に過ぎず、一方では娘ほども年の離れた大店・翁屋の娘・おりょうとも深間になり、恋いこがれたおりょうは、食も喉を通らない有様。そんな愛娘を案じる父・翁屋与市郎は、常蔵を婿に迎えると、腹を括るのだった。
 そんな常蔵父娘が暮らす裏店には、訳ありの駆け落ち者と見られる男女が住んでいた。おしまと新兵衛は、世間の目から逃れる為にも、問題を起こす常蔵に人々が注目をするそこが終の住処に思えたのだが、辰吉が出入りする事で危惧を覚え始める。
 そこには、旗本の嫡男でありながら、実父の借財の為、跡目を商家の息子に金で譲り、廃嫡された金六郎失踪の謎が秘められていた。
 常蔵を巡る女2人の恋の結末。金六郎は失踪なのか、殺害されているのか、その真相に関わる手掛かりは俵屋多左衛門と口入れ屋・長五郎にあると突き止めた島中賢吾の手下(岡っ引き)・太兵衛。
 だが、同時に強請、集りを常とす北町奉行所定町廻り同心・秋山忠太郎の手下(岡っ引き)・吉次も動きだし、常蔵までもが俵屋へ揺さぶりを掛ける。
 嫌が応にも巻き込まれた慶次郎は、常蔵(当時・喜平次)を成敗しなかった事へと、三千代の名誉を守る為に、喜平次の悪行を隠し、縄もかけなかった事へ後悔する。
 また、そんな父親の為に己を犠牲にせなくてはならないおぶん(おとし)。
 ふとした弾みで善人が極悪人に手を掛けてしまった。それは殺められても当然の所行の人間である。だが、それでも罪は罪。人ひとりの命は戻らない。
 しかし、目を瞑れば、善人は善人として生きていける。
 慶次郎は葛藤する。

 「慶次郎縁側日記」の根底にある娘・三千代の死の間接的な下手人である喜平次のその後を描きつつ、殺し隠蔽といった大きな2つのテーマの下で、母親を選ぶか女を選ぶかといった葛藤。
 父の為に己の人生を犠牲にしながらも、父の悪行を阻止しようとする娘。娘愛おしさに、身代を賭ける父。人を救う為に図らずも犯した殺人に人生を狂わされた男女。
 妬みや嫉妬など、人間の根底にある善悪を問う長編大作で、読み応えがあった。
 物語は、主に、慶次郎、常蔵(喜平次)、おぶん(おとし)、おたき、吉次の視点から分割されて描かれ、その切り替えは一行空けてのスタートなので、場面が変わった事は分かるのだが、その始まりがストレートではなく、繋がりへの執着がないといおうか、思わせぶるな為に、誰が何を思って、今どうなっているかを把握するのに頭をフル回転させる必要があり、中々に読み辛く感じた。
 正直、北原氏の作品で、こんなもどろっこしく難解な内容は初めてに感じる。わざと物事を難しく言おうとして、傍からは全く理解出来ない。そんな人を思い浮かべた。
 北原氏って、こんな感じだっただろうか…。
 ただし、謎解きから終焉までのラストスパートは見事な筆の運びで、ここまでくれば一気に読み終わる。
 そして心理描写の鋭さと洞察力は、凄みがあり、読む価値は高い作品であった。
 

主要登場人物  
 森口慶次郎...霊岸島酒問屋・山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心
 森口皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘
 森口晃之助...慶次郎の養子、南町奉行所定町廻り同心
 森口三千代...慶次郎の娘(故人)
 森口八千代...晃之助・皐月の娘
 佐七...霊雁島酒問屋・山口屋の根岸寮下男
 吉次(蝮の吉次)...北町奉行所定町廻り同心・秋山忠太郎の手下(岡っ引き)
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き)

 おぶん(おとし)...常蔵の娘、手内職・料理屋の女中
 常蔵(喜平次)...遊び人
 おしま(お勢)...新兵衛の情婦、元料理屋・如月の女将 
 新兵衛(新之助)...諏訪町入舟長屋の店子、俵屋の跡取り・多左衛門の息子
 俵屋多左衛門...新両替町・炭屋の主
 おたき...常蔵の情婦、仕立て内職
 米蔵...大工見習、おたきの息子
 翁屋与市郎...日本橋田所町・古道具屋の主
 おりょう...与市郎の娘
 長五郎(新木島の親分)...口入れ屋・新木島の主




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脇役~慶次郎覚書~

2013年03月16日 | 北原亜以子
 2003年5月発行

 現在までに17巻を数える人気シリーズ「慶次郎縁側日記」のレギュラー脇役陣にスポットを当て、本編では触れられていない、彼らの過去を綴った一冊。

一枚看板
辰吉 
吉次 
佐七 
皐月 
太兵衛 
弥五 
賢吾 計8編の短編集

一枚看板
 森口慶次郎...霊岸島の酒問屋山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心

辰吉
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 
吉次 
 吉次(蝮の吉次)...秋山忠太郎の手下(岡っ引き)

佐七
 佐七...霊雁島・酒問屋山口屋・根岸寮の下男

皐月
 皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘

太兵衛
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き) 
弥五
 弥五(弥四郎)...辰吉の下っ引き

賢吾
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心

 各章、生い立ちから今に至るまでの道のりを、現況の出来事から思い起こさせながら、ほろ苦さや心の闇、葛藤などを交えて描いている。

 正に人に歴史有り。一話一話が、「慶次郎縁側日記」のスピンオフとなっており、シリーズを読み続ける人には、「あの人にはこんな過去があったのか」を実感出来、必見。本編を読んでいない人でも、切ない時代小説として、十分に楽しめる作品である。
 「脇役」のタイトルがぴたりとはまる。





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まんがら茂平次

2012年11月06日 | 北原亜以子
 2010年2月発行
 
 万に一つの真実もないのがまんがらの異名を取る茂平次。幕末維新の激動期に、嘘で憂き世を渡った茂平次の面白人生。

まんがら茂平次
朝焼けの海
嘘八百
花は桜木
去年(こぞ)の夢
御仏のお墨附
別れ
わが山河
女の戦争
正直茂平次
そこそこの妻
東西東西 計12編の連作長編

 四つの時に、両親を相次いで亡く、七つで初めて嘘をついてから、口先三寸で生きてきた茂平次。万にひとつも真実はないことから、まんがら茂平次との有り難くない渾名を貰っている。
 馴染みの女にも、勘当中の大店の息子という嘘がばれ、財布を取り上げられ無一文になって追い出される始末。ひと目惚れをした女からは、薩摩の手先となって火付けをしろと命じられ…。
 一方、何故か憎めない茂平次の周囲には、勤王の志しの下、無体を働く薩摩藩邸から逃げ出した新田謙助や、鳥羽伏見で破れ新撰組を脱走した森末金吾、果ては旗本の黛宗之助、定町廻り同心の菅谷年次郎などが集い…。
 人助けのために、まんがらを繰り返しながらも、逞しく幕末を走る抜ける茂平次であった。
 まずは、茂平次の淡い恋心と手痛い仕返しから幕を開ける物語。市井物の認識で読み進めると、二章目に百姓から身を興したく薩摩藩に関わった謙助。三章では、新撰組の在り方や、徳川慶喜が配下を置き去りに江戸に逃げ帰った事に憤りを抱く金吾、章が進むと、武士ながらも腕っ節はからっきし。だが、惚れた女を守りたいと彰義隊に入隊する宗之助といった、維新真っただ中の渦中にあった男たちがクローズアップされ、物語は次第に青春群像劇へと変わっていく。
 市井物と維新群像が見事に融合した作品である。江戸が消え失せるかも知れないとなった時、男たちが抱く価値観を現している。
 そんな最中でも、茂平次には御時世もなにもありはしない。相も変わらずまんがらで長屋で燻る毎日。だが、幼い頃に亡くした親との唯一の思い出の場所だけは戦火を逃れて欲しい。そんな茂平次の思いを、北原氏の美しい筆の冴えが色濃く再現している。
 また、本文中、江戸の景色や季節感を随所に盛り込んでおり、活字ながらも情景が脳裏に焼き付く作品である。北原氏の巧さに、ただただ感服するのみである。
 
主要登場人物
 茂平次(まんがら茂平次)...神田鍛冶町下駄新町・五郎兵衛店店子
 新田謙助...武州蓮沼村の百姓→薩摩藩抱え浪士(脱走)→仁兵衛蕎麦奉公人
 森末金吾...多摩石田村出身→新選組(脱走)
 黛宗之助...幕府直参旗本の四男→彰義隊隊士
 おゆう...神田鍛冶町・清元の師匠
 小ぎん...柳橋芸者
 おいね...武州蓮沼村の百姓
 お鈴...麹町茶道具屋の娘→南鍋町味噌問屋の奉公人→神田鍛冶町住まい
 お品...芝浜松町筆屋の娘→出奔
 菅谷年次郎...元北町奉行所定町廻り同心→市政裁判所邏卒
 内藤喜十郎...幕府直参旗本→甘酒売り
 藤田良作...薩摩藩士→東征軍兵士


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昨日の恋~爽太捕物帖~

2012年10月24日 | 北原亜以子
 1995年4月発行

 鰻屋の入り婿だが、鰻が素手で触れない岡っ引き・爽太が、心に傷を負った男女が引き起こす事件に十手を振るう人情捕物帳第1弾。

おろくの恋
雲間の出来事
残り火
終りのない階段
頬の傷
昨日の恋
師走の風 計7編の短編集

おろくの恋
 芝露月町の質屋伊勢屋の女主人・おろくが蔵で殺されていた。男と会っていたのではと思われるが、外から鍵が掛けられており、密室であった。
 おろくの悪女(?)の深情と、藤左衛門の色香と理性の狭間での苦悩が描かれている。

雲間の出来事
妓夫の徳松は、柳原土手で返り血を浴びながら逃げていく男の姿を見た。だが、刺されたのは札付きの丈八であり、刺した煮染屋の嘉市の妹おはるが身投げした事と関わりがあるのか…。
 殺されても当然の人間であっても、止む無く刃を振るった善人であっても、罪は罪なのか…。辿り着く前の経緯は…を問う。

残り火
 金子をちらつかせるおしか。風貌人三化七ながら、女から金を騙し取る生業の定七(万七)は、近付き、騙し合いが始まる中、万七に騙された女が首を括った。
 狐と狸の騙し合い。どっちもどっちと達観していたが、終盤の定七の言動にはほろりとさせられる。

終りのない階段
 貧乏から抜け出すべく、幼馴染みのおあきから歯磨き売りの正六を奪い所帯を持ったおつやだが、暮らしに事欠き、正六を使い…。ほどほどにが出来ない女の、正に飽くなき欲望を描いている。
 この作品アンソロジー集にて読んでいたが、その時は1編だけだったので、爽太が主役のシリーズとは全く気が付かなかった。哀れな女の物語として読んだのだが、その時とは別の視線でも読む事が出来た。
 
頬の傷
 武家の出である志津は、深間となった左官職の又七と争い、頬に傷を負う。又七は、志津が自ら傷付けたと言い、志津は、「又七のせいだ」と。
 過去のしがらみから抜け出せない女が下した悲しい決断。全てを断ち切るには、これしかなかったか。

昨日の恋
 元女房だったおいとに復縁を迫った佐平次が刺され、現場には、おいとの亭主・紺屋職人の次助の手拭いが残されていた。
 思い込みが生み出した悲劇と、女の弱さそして浅はかさを描き出している。

師走の風
 見知らぬ女から赤ん坊を預かったは良いが、そのまま女が現れず困惑する爽太。そこに孝行息子で有名なの米松が、高利貸しから金子を盗み追われていると。
 男女の愛情、親子の絆を2つの出来事を巧みに噛み合わせて伝えている。

 「爽太捕物帖」は、単なる岡っ引きの捕物ではなく、人の深層心理に迫る内容であり、読み込むに連れ、全編がかなり深い。
 主役の爽太は、9つの時に壬申の大火で親兄弟を亡くし、13で鰻屋十三川の十兵衛に養子として引き取られ、21の年に十兵衛の娘おふくと所帯を持ち、娘2人に恵まれ子煩悩な26歳の父親の設定。
 生まれは、紅白粉問屋桐島屋の総領息子だっただけあり、育ちの良さがそこはかとなく漂う岡っ引きである。
 そして、この爽太親分。鰻を触れず、店では肩身が狭いが、十手を握れば人情裁決を下す。事件そのものより、むしろ過程を重んじるのだ。
 しかし、ほとんどを見逃してしまい、罪人をお縄にしなくては、御役御免にならないのだろうか…。といった邪念は捨てて、ここは、「こんな親分もいるなら、世の中そう捨てたものではない」と思いたい。
 何しろ、事件その物はどろどろとした部分が多々有るのだが、爽太の下す裁に救われる思いなのだ。すかっとした読み応えである。
 後編にて「消えた人達」が刊行されているらしいが、もっともっとシリーズ化して欲しい作品である。
 併せて、著者の情景描写の達筆さに、江戸の町が脳裏に浮かび上がるようである。

主要登場人物
 爽太...岡っ引き、芝露月町鰻屋十三川の入り婿
 十三川十兵衛...鰻屋の主、爽太の養父・義父
 おふく...爽太の女房
 朝田主馬...北町奉行所定町廻り同心
 徳松...女衒、元料理屋柏木の総領息子、爽太の朋友・手下
 竹次郎...蕎麦売り、爽太の手下
 梅吉...梅の湯の主、爽太の手下
 お良...爽太の長女
 お里...爽太の二女




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誘惑

2012年07月24日 | 北原亜以子
 2009年5月発行

 天和3年(1683)、京都の大経師の妻おさんが手代の茂兵衛と密通し、それを手引きした女中おたまと丹波に潜んでいたところを捕えられ、磔刑に処せられた史実を元に、井原西鶴が貞享3年(1686)「好色五人女」巻三「中段に見る暦屋物語」を刊行し、近松門左衛門の戯作「大経師昔暦」が正徳5年(1715)に上演されたのをベースにした長編作品。

序幕
 藤の花
 浮き世と憂世
 婚嫁
 旅立ち
 江戸
 洛中
中幕
 そののち
 江戸そののち
 逃避行
 千々に乱るる
 蜜月
 追手
 貞享歴
終幕      

 安井の藤と呼ばれる藤の名所寺真性院境内で、室町の今小町と評判のおさんに一目ぼれした、大経師(暦の出版元)の浜岡権之助は、おさんを嫁に欲しいと請う。
 だが、知らない男に嫁ぐのは嫌なおさんは、物陰から権之助の店を伺ってみたところ、手代の茂兵衛によきめきを感じるのだった。
 嫁いで後も、茂兵衛への気持ちを押さえ切れないおさんは。次第に茂兵衛もおさんに惹かれ、二人は逢瀬を重ねていき…。
 男であれば、奉公人に手を付けても何ら障りはないが、女主人と奉公人である為に、磔の極刑が待っている。そんな世の中の矛盾にを受け入れながらも思いを募らせる二人の姿を、随所に織り込みながら、男女の因果を描いている。
 不倫の恋が進む一方で、夫の仕官の為、商人の妾になった武家の妻と、その夫の苦悩を対照的な結末で締め括る。
 女敵が双方の決着の付け方になるが、一方は助けようと嘘を付き、他方は訴え出る。だが結末は双方ともが思わぬ方向へと…。
 また、茂兵衛へ思いを寄せながらも、好いた人の為に親身に尽くすおたまと、好いた相手を手に入れる為に嫉妬の炎を燃やすおみつの二人の女心も同時に描かれ、それを井原西鶴、近松門左衛門が遠くから傍観するといった技法のかなり深い作品である。
 ただ惜しむらくは、浜岡権之助が暦商大経師である事から、暦に絡む話に裂いた頁が多く、色恋沙汰の進行を気にする読者にとっては、浜岡家の商いの様子が鬱陶しくもあり、史実から暦に興味のある読者には、妾奉公の武家の妻の話はいらないだろう。
 視線がぶれてしまうのと、登場人物が多すぎ、読み辛さを覚えたのと、主軸であるおさんと茂兵衛の最期があっさりし過ぎていた感が否めない。

主要登場人物
 平山藤五(井原西鶴)...天神町→鎗屋町隠居、浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳諧師
 杉森信盛(近松門左衛門)...公家侍、人形浄瑠璃・歌舞伎の作者
 倉田具之丞晴光...京都所司代戸田伊賀守忠昌家臣(戸田家所領は五畿内)
 浜岡権之助...下京区烏丸通りの暦商大経師(暦の出版元)
 おさん...権之助の妻、岐阜屋道順の娘
 茂兵衛...暦商浜岡家の手代、元杉田屋の手代
 岐阜屋道順...順番飛脚問屋の主、おさんの父親
 おたま...おさん付きの女中
 おあき...おさんの乳母
 おかつ...道順の女房、おさんの母親
 杉田屋茂兵衛...元四条通り人形屋の主
 おみつ...杉田屋茂兵衛の娘
 久左衛門...杉田屋の番頭
 多田右京...牢人(=浪人)、元福知山藩士の末裔
 あやめ...右京の妻、杉田屋茂兵衛の妾
 木次要之助...相模小田原藩稲葉丹後守家臣
 幸徳井友傳(11代)...陰陽寮次官=陰陽助
 幸徳井友信(12代)...友傳の嫡男




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あした~慶次郎縁側日記~

2012年07月20日 | 北原亜以子
 2012年4月発行

 元南町奉行所定町廻り同心で「仏の旦那」と呼ばれた森口慶次郎が、養子の晃之助に家督を譲り、山口屋の根岸寮番になるも、何かと事件に関わる「慶次郎縁側日記」第13弾。

主要登場人物(レギュラー)
 森口慶次郎...霊岸島の酒問屋山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心
 森口晃之助...慶次郎の養子、南町奉行所定町廻り同心
 皐月...晃之助の妻、吟味方与力の神山左門の娘
 八千代...晃之助の娘
 佐七...山口屋の根岸寮下男
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 吉次(蝮の吉次)...秋山忠太郎の手下(岡っ引き)
 太兵衛(弓町の太兵衛)...島中賢吾の手下(岡っ引き)
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 佐々木勇助...南町奉行所定町廻り同心
 秋山忠太郎...北町奉行所定町廻り同心
 弥五...辰吉の手下
 庄野玄庵...八丁堀の町医者

春惜しむ
千住の男
むこうみず
あした
恋文
歳月
どんぐり
輪つなぎ
古着屋
吾妻橋 計10編の短編集

春惜しむ
 お俊の紐だった磯吉だが、別れてからは心を入れ替え、懸命に生きていた。いつかお俊とよりを戻せると信じて…。だが、お俊は、磯吉の義理の弟源次と所帯を持つ事で、喜びを噛み締めていた。
 元妻が、漸く得た人並みの幸せを、断腸の思いで見守る磯吉。
 磯吉が漸く目覚めた時は、既に遅し。身近にある幸せは失ってからそれと気付く。気付いてからの磯吉の生き様が胸に沁みる。

主要登場人物
 薬研掘の磯吉...荷揚げ人足
 お俊...女髪結い、元磯吉の女房
 源次...船頭

千住の男
 妻子を愛しく思いながらも、遊女に身を引き裂かれる程に、心引かれた男は、予想だにしなかった犯罪へと走る。
 一寸先は闇。そんな言葉が当てはまる清三の半生だが、最期は父親らしく、娘に対しての親心を示している。ただ、愛娘と然程年端も変わらない小僧を殺めた事への、懺悔が触れられていないのがどうしたものか。

主要登場人物
 清三...奥州街道鬼怒川西の多功村の豪農の嫡男
 おちか...清三の女房
 おさよ...清三の娘
 おしん...宇都宮桐屋の遊女

むこうみず
 千之助の子を身籠ったおまきは、奉公先の若女将に問いつめられ、咄嗟に太一の名を出すのだった。
 太一を利用しようとしたおまき。そんなおまきを利用した千之助。色恋沙汰で、翻弄されるおまきの実直な思いと狡さが描かれている。
 が、千之助に関しては太兵衛の憶測で締め括られているのが、もうひとつ釈然としない。

主要登場人物
 結城屋礼三郎...上野池之端仲町煙管所の主
 おまき...結城屋の子守り女
 お紺...結城屋若女将
 千之助(修吉)...結城屋の手代
 太一...太兵衛の次男、煙管細工師善次の弟子
 善次...煙管細工師
 お琴...善次の娘

あした
 生きること自体が苦労だと呟き、空き巣稼ぎでその日の糊口を舐める老婆おみね。こんな筈ではなかった半生を振り返り孤独を噛み締めるおみねだった。
 おみねの重い生き様を前に、晃之助が己の悩みの小ささを思い知る。暗いテーマだが、晃之助の優しさと大きさが滲み出たラストに仕上がり、希望へと繋ぐ。

主要登場人物
 おみね...空き巣稼ぎ、山崎町泥棒長屋の店子
 おきみ...元今川町長屋の店子、煙草屋賃粉切り職人の女房

恋文
 身体を売るおぎんに、真底惚れ、所帯を持つと言う万吉に、佐七は端から「騙されている」と、否定し賭けをする。万吉はおぎんからの恋文を佐七に示すが…。
 己で己を騙し、それを信じようとする、純な万吉の心が切なくもある。

主要登場人物
 万吉...際物売り
 おぎん...下谷縄暖簾むらさきの女中

歳月
 13歳年下の亭主に、暴力を振るわれるおりゅう。それを助けた事から慶次郎は、おりゅうの聞き役になるのだ。おりゅうは、亭主の茂吉には、若い女が出来たと告げる。
 苛立ちを暴力でしか伝えられない幼い茂吉と、亭主は未だ未だ男盛り。日々老いていくおりゅうの、女としての苦悩が描かれている。

主要登場人物
 おりゅう...浅草並木町魚長の女将
 茂吉...おりゅうの亭主、元植木職人
 宗兵衛...下谷煎餅屋の主

どんぐり
 貧乏から這い上がるために、当たり屋となり、これぞという男を手玉に取って金を貯めようとするおゆき。だが、おゆきが最期に掴んだ幸せとは…。
 不器用ながらもおゆきを恋しく思い、身を引いた浅次。そして何よりもおゆきを見守り続けながらも、その表現方法も、馬鹿が付く程不器用な浅次。
 あっさりと、さっくりとながら、二人の別れのシーンは深い。

主要登場人物
 おゆき...下谷御切手町みみず長屋の店子、内職
 浅次...おゆきの亭主、元渡り中間
 忠右衛門...下谷油問屋柏屋の番頭

輪つなぎ
 空き巣稼ぎのおさわから、亭主にくれてやった十両を取り戻して欲しいと、蝮の吉次は依頼をされる。何でも、亭主の条吉は、おふじという茶屋の女に入れ込んでいるのだとか…。
 吉次が探りを入れる内に明らかになる、十両の金子にまつわる連鎖を、男女の色恋、商いを搦めながら描いた作品。
 登場人物の置かれた環境を分かり易く現し、実に自然に十両の流れを描いている。
 主録作品の内、最も得心の出来た章であった。

主要登場人物
 おさわ...空き巣
 条吉...おさわの亭主
 おふじ...条吉の情婦、両国水茶屋の茶汲み娘
 おとく...おふじの叔母、両国水茶屋の女将
 武蔵屋富太郎...おふじの間夫、西紺屋町馬具武具屋の若旦那
 武蔵屋万兵衛...富太郎の叔父、馬喰町飼葉屋の主

古着屋
 古着屋、三沢屋伝兵衛と番頭の仁右衛門は寄り添うように商いを続けていた。だが、喧嘩騒ぎに巻き込まれ、商い物が台無しになったり、盗人の汚名を着せられたり…。島中賢吾と手下の太兵衛は、二人の闇を感じ取る。
 仁右衛門の子のエピソードとの繋がりが、もうひとつ掴めず。

主要登場人物
 三沢屋伝兵衛...芝二丁目古着屋の主
 仁右衛門...三沢屋の番頭

吾妻橋
 10年前に人を刺し、島送りとなった民次と再会した慶次郎。事件は北町奉行所の管轄だったので、手出しは出来なかったが、慶次郎は、民次の人となりを見知っていた為、よくよくの訳が合ったのだと、調べていたのだった。
 だが、10年後、明らかとなった真実。そして、事件によって生き方が大きく変わってしまった人々。また、人の口さがない噂による人目の評価。
 ある意味で、人間を題材にした、最も怖い作品と言えるだろう。

主要登場人物
 扇屋与市郎...古道具屋の主
 民次...瓦葺職人、伊兵衛の弟子
 伊兵衛...中之郷瓦町瓦葺職人の親方
 竹蔵...元瓦葺職人、民次の兄弟子
 おちか...伊兵衛の娘、竹蔵の女房

 この計10編。とにかくラストが良い。全て前向き。新しい明日がやって来るといった発展的な終わり方なのだ。そして、慶次郎始め、晃之助、島中賢吾の人情味溢れる判断が罪人を出さない辺りも、既存の八丁堀物語と違い、縁側日記所以だろう。
 「慶次郎縁側日記」となっての短編を読むのは初めてで、しかもそれが最新作だったせいか、登場人物の相互関係に乏しい事もあるが、時折名だけで登場する人物の説明が不足していると思えなくもない。
 ただし、NHkでのドラマを何作か観たので、まっさらではないところで、慶次郎との繋がりは読み取れた。
 また、今回知ったのだが、ドラマでは出ずっぱりだった慶次郎だが、原作の「慶次郎縁側日記」では、ほんの相談役であったり、脇役であったり。
 晃之助、島中賢吾、蝮の吉次、弓町の太兵衛、天王橋の辰吉辺りが、仲裁役として交代に主軸になっているようだ。
 これまでの短編集もそうだったのだろうか? 今作品は、北原さんが、闘病生活後に書いた最初の作品だと聞く。作風が変わったのかは、これ迄の作品を読んでみたい。
 ただ、北原さんの他の短編集や、シリーズの「深川澪通り木戸番小屋」と比較し、登場人物が多すぎるのには難義した。
 個人的には、「恋忘れ草」、「妻恋坂」、「花冷え」といった女心の切なさ、儚さを描いて欲しいと願って止まない。
 




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月明かり~慶次郎縁側日記~

2012年07月17日 | 北原亜以子
 2007年9月発行

 元南町奉行所定町廻り同心で「仏の旦那」と呼ばれた森口慶次郎が、養子の晃之助に家督を譲り、山口屋の根岸寮番になるも、何かと事件に関わる「慶次郎縁側日記」13作目にして初の長編。

ほくろの男
女と女
おりき
お萱
父子
弥兵衛

それぞれの旅 長編
 
 11年前に父の弥兵衛を目の前に刺殺された弥吉は、母のおふさの遺言を胸に、父の敵討ちだけを願い江戸で暮らしていた。
 そんなある日、件の下手人に出会ったと、十五郎に伴われ慶次郎を訪う。
 弥吉の記憶にある下手人は、鼻の脇に黒子のある男。当時は、幼い子どもの月明かりの下でのあやふやな記憶とされ、相手にされなかったが、間違いなく下手人だと言う弥吉。
 慶次郎は、弥兵衛が何故刺殺され、一時は江戸を離れたと思しき下手人が11年の歳月を経て、舞い戻ったのか…探りを入れるうちに、次第に明らかになる、複雑に絡み合う男女の因縁と業。
 次第に明らかになる十五郎の過去と弥吉との繋がり…。
 登場人物が多く、人物の因果関係が複雑過ぎて読み砕くのに、時間が掛かり何度もページを捲り直した。ここまで多くの人物を搦めた意図が理解出来ない。
 映像ならば、スペシャル版なので、これ迄のレギュラーを総動員させ、豪華さを出したといった感じである。
 慶次郎シリーズは、「その夜の雪」の表題である最初の作品を読んだだけなので、第1作から読んでいるなら分かり易かったのかも知れないが、加えて、これ迄短編できていたところ敢えて長編にしたのには、北原さんの並々ならぬ思い入れもあろう。
 だが、だが、残念ながら、事件をミステリアスに追う事に終始してしまった為、北原さんの持ち味の美しい状況描写も少なく江戸を感じられなかった。
 妻と情女といった立場の女たちの、悲痛な思いを雅趣人探しに絡め、伝えたかったのかも知れないが、真に申し訳ないが、要蔵の父と、おりきの関わりなど、最期まで引っ張ってはいるが、こういった小さな因縁めいた話が多過ぎて本筋に集中出来ない要因だったように思える。
 また、語り部がぱたぱたと変わるのも、読み手が混乱する。
 本作品だけでは、人気シリーズ「慶次郎縁側日記」の力量が分からないので、同シリーズの他作品も読んでみようと思う。
 
主要登場人物
 森口慶次郎...霊岸島の酒問屋山口屋の根岸寮番、元南町奉行所定町廻り同心
 森口晃之助...慶次郎の養子、南町奉行所定町廻り同心
 佐七...山口屋の根岸寮下男
 辰吉(天王橋の辰吉)...森口晃之助の手下(岡っ引き)
 要蔵(湯島の要蔵)...島中賢吾の手下(岡っ引き)
 吉次(蝮の吉次)...秋山忠太郎の手下(岡っ引き)
 おきわ...吉次の妹、大根河岸蕎麦屋の女将
 菊松...大根河岸蕎麦屋の主、おきわの亭主
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 佐々木勇助...南町奉行所定町廻り同心
 秋山忠太郎...北町奉行所定町廻り同心

 十五郎...浅草元鳥越町の隠居(=伸蔵 元日本橋安針町の質屋の主)
 弥吉...建具職人修行中
 弥兵衛...弥吉の父親、建具職人
 おふさ...弥吉の母親、弥兵衛の女房
 おりき...弥吉の伯母、おふさの姉、川崎の料理屋瀬川の女将
 卯之助...浅草元鳥越町の建具職人、弥吉の親方、弥兵衛の朋友
 おてい...卯之助の女房
 おあさ...元卯之助の情女、田原町数珠職人嘉市の女房
 お萱...富沢町手跡指南所一草堂の師匠、弥兵衛に横恋慕
 忠助...十五郎の異母弟



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あんちゃん

2012年07月15日 | 北原亜以子
 2010年05月発行

 夫婦、兄弟、男と女の深い情と絆を描いた、世話物集。

帰り花
冬隣
風鈴の鳴りやむ時
草青む
いつのまにか
楓日記-窪田城異聞
あんちゃん 計7編の短編集

帰り花
 亭主に先立たれ、幼い娘を抱えて暮らすおりょうは、寺子屋の師匠だった上宮荘七郎への思いを蘇らせ、いても立っても居られずに、荘七郎の元へと足を向ける。
 女心を切に説いているが、妻よりも母よりも女を選んだ主人公には、同調し兼ねるのだが…。

主要登場人物
 おりょう...縫子
 上宮荘七郎...佐久間町手跡指南の師匠
 おさよ...おりょうの娘

冬隣
 14年仲睦まじい夫婦であった忠右衛門とお考。だが、忠右衛門が矢場の女を囲った事で、離縁を口にし、夫の世話から手を引いた、夫婦とは名ばかりの生活が始まる。
 激昴が去り、気持ちの中では互いに思いやるが、それを口に出せない大人のプライドが、二人の溝を深める様が切ない。

主要登場人物
 日高屋忠右衛門...日本橋通り一丁目紙問屋
 お考...忠右衛門の妻
 おもん...矢場女

風鈴の鳴りやむ時
 国松と所帯を持つのを楽しみにしていたおしんだったが、次第に金子の無心をされるようになり、国松の態度にも変化が現れる。
 端から物語なのだが、おしんが岡場所に売られる経緯が、「それはないでしょう」といった作りすぎ感が否めず残念だが、その経緯を差し引けば、切ない女心を奇麗な情景描写に謎った作品である。

主要登場人物
 勝之助...旗本の小野寺兵庫の次男
 おしん...深川あひるの遊女 
 国松...大工 

草青む
 先代に見込まれ、柏店に婿養子に入った吉兵衛だったが、夫婦仲は当時から冷め切っていた。隠居の年になり、残る日々を妾のおつやと過ごしたいと願いも、娘婿の不甲斐なさから侭ならない。
 吉兵衛とおつやのたおやかな日常が描かれた、ほっとする一作。締め括りのラストシーンは、やはりこうなるかと先読みが当たりながらも、目頭が熱くなった。

主要登場人物 
 柏屋吉兵衛...大伝馬町味噌問屋の主
 おつや...吉兵衛の妾
 幸次郎(佑三郎)...柏屋の手代→小舟町菅笠問屋花垣の番頭

いつのまにか
 定職に就かない文次郎が、世話になっているお粂の家を飛び出し、お俊を頼って来た事から、亭主の伊三吉との間にすきま風が吹き始めるのだった。
 亭主と弟の間で情に揺れながらも、今の生活を壊したくないお俊。主人公は人一倍優しく、情に厚い人柄だからこそ、最期の最期まで冷酷にはなれず苦しむ様が描かれている。
 ただ、怖いのは、こういった人はほどほどの妥協が出来ずに、得てして極端な結果を出すものだ。その辺りも、これまた旨く現している。

主要登場人物
 伊三吉...表具師
 お俊...伊三吉の女房
 文次郎...お俊の弟、遊び人
 お粂...お俊の姉、畳職人亮吉の女房


楓日記-窪田城異聞
 楓女なる者が綴った日記が、蔵から見付かり、その裏付けをルポライターが調べて行くといった、異色の一編。
 やはり史実の割かれた頁は、状況描写が描かれておらず、淡々と登場人物や史実の紹介になってしまうので、北原ファンとしては、読み難かったが、楓女の成した日記を、楓女の視線で描く事で読み手の混乱を払拭している。
 ただし、史実を元に書いておられるのだが、武家社会の嫌な話である。

主要登場人物
 中里美穂...随筆家
 小坂剛...美穂の従兄弟
 楓...高倉与次郎の妻、後に小坂家に嫁す
 高倉与次郎...久保田藩佐竹家家臣
 渋江内膳政光...久保田藩佐竹家家臣、後に家老

あんちゃん
 水呑百姓の末っ子捨松は、江戸で一旗揚げると、故郷を出奔し、苦難の末店の主に収まる事が出来た。漸く最も敬愛する次兄の友二の訪いに、感極まる捨松だったが…。
 「決してそんなつもりではない」という、人とのすれ違いである。それを成功した弟捨松と、小作の兄友二の間で描いている。
 そして移ろい易い江戸での暮らし。成功と失敗は背中合わせ。よくよく考えると怖い内容(ホラーではない)であるが、「渡る世間は鬼ばかりではない」と最後にはほっとひと息付かせていくれる。

主要登場人物
 捨松(千寿屋与兵衛)...浅草東仲町炭屋の主
 友二...捨松の次兄、下野の百姓
 徳右衛門...千寿屋の番頭
 清二郎...千寿屋の手代
 伊之助...佐久間町の金貸
 
 季節の表現が素晴らしい。例えば、蜘蛛の糸のように粘つく雨など、随所に北原さんの感性が光っている。




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花冷え

2012年07月09日 | 北原亜以子
 1991年7月発行

 「恋忘れ草」、「妻恋坂」に続く、引き裂かれそうな女心の葛藤を描いた7つの話。

花冷え

片葉の葦
女子豹変す
胸突坂
古橋村の秋
待てば日和も 計7編の短編集

花冷え
 言い交わした仲であったおたえと弥吉。だが弥吉の職人気質が元で、2人は別れて2年が経った。おたえは弥吉と寄りを戻せると期待するが、弥吉の心には既にほかの女へと向いていた。
 ラスト3行、花冷えの頃を思い描かせる、奇麗な状況描写でおたえの未練を締め括っている。

主要登場人物
 おたえ...京橋筋北紺屋町紺屋の娘
 藤兵衛...神田紺屋町型付けの親方、おたえの叔父
 弥吉...型付け職人


 二度の離婚歴のある油問屋の主に嫁ぎたいおぬいだが、母親のおすえは、大いに反対している。恋しい思いと母親への情愛に揺れるおぬい。そんな折り、伊兵衛の浮気が発覚する。
 おぬいの迷いが晴れる象徴として登場する虹であるが、雨上がりの青天の下でのそれではなく、雨の中寸の間目に入った虹。ただし、東の空が明るくなっていると表現している。
 心の葛藤を乗り越えた女を表現するのに、このような素敵な技法を使うとは…。小気味良い5行の締めである。

主要登場人物
 おぬい...居酒屋ふくべの女中
 おすえ...おぬいの母親
 三国屋伊兵衛...三河町油問屋の主
 おたね...居酒屋ふくべの女将
 富吉...居酒屋ふくべの板前

片葉の葦
 男に裏切られた過去から地獄(私娼)になったお蝶だが、女たらしで仕事もしない男の惚れてしっまった。寄り添って生きたい反面、男を妻子の元へ帰そうとする、遊女の深情けにお蝶は苦しむ。
 片葉の葦を見てお蝶は、風の当たらぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった葦と、陽の当らぬ方へ歩いていくほかはなかった己たちは似ていると思う。
 本所の七不思議のひとつ、片葉の葦に謎り、女の生き様を情緒的に現している。

主要登場人物
 お蝶...地獄(私娼)
 お藤...地獄(私娼)
 友七...米沢町即席料理屋桝屋の入り婿
 おとく...女髪結い

女子豹変す
 貧乏御家人の次男坊ながら類いまれな容姿が災いし、女で役目をしくじった要次郎と、亭主を亡くし倹飩(総菜)売りをしながら子を育てるおてつ。不釣り合いな2人ではあるが、いつしか情が芽生え始めるのだった。
 唯一共鳴出来なかった作品である。それは作品としてではなく、こういった容姿も身分も下の女が、条件以上の男と結ばれる話に、胡散臭さと女性視線を感じてしまう為である。相応しい冴えない男となら共鳴出来るのだが。

主要登場人物
 筧要次郎...御家人の次男
 おてつ...倹飩(総菜)売り、寡婦
 徳松...おてつの長男
 弥五...おてつの次男

胸突坂
 老舗ではあるが、傾き始めた菓子屋を背負っているおるいの元へ、幼馴染みのおまつが様子を伺いに顔を出した。おまつは、貧困から身を起こし今や、汁粉屋を繁盛させている。
 幼い頃の女同士の立場が一転し、確執と駆け引き、妬み、そして友情を描いている。
 昔格下に見ていたおまつのだけは、哀れな姿を見せたくない。そんなおるいの胸中が痛い程伝わってくる。

主要登場人物
 おるい...老舗菓子屋君嶋の女主
 おまつ...神田三河町汁粉屋の女将
 滝川酒仙...戯作者、神田佐久間町材木問屋の隠居

古橋村の秋
 本能寺で織田信長を討ったが、直ぐに討っ手の豊臣秀吉に破れ、山中身を隠した石田三成に、忠誠を誓う百姓の与次郎太夫、とその息子たち。だが、事が秀吉に知れれば、与次郎太夫父子だけではなく、村が罪に問われるのだ。
 あかねのとった行動が突飛過ぎて何とも言い難いのだが、北原さんの作品で、実存の人物が絡んだ作品は初めて読んだ。

主要登場人物
 石田治部少輔三成...近江佐和山城主、豊臣家奉行(五奉行)
 与次郎太夫...近江古橋村の百姓
 あかね...近江古橋村の百姓又佐衛門の娘、与次郎太夫の次男の許嫁
 田中兵部大輔吉政...三河国岡崎城主

待てば日和も
 惚れた男に捨てられ、死のうとしたお紺は、荷揚人足に助けられる。だが、よく見ればその男は、かつては老舗の呉服の番頭まで務めた喜八であった。
 番頭の座も妻子も捨て、人足になった喜八が、古着を身に付けたら気持ちが楽になった。番頭時代は旨いと感じなかった酒が、人足の給金で飲んだら旨かったと、何かを諦め事で心が解き放たれる重要性をお紺に諭す。
 現代の企業戦士にも通じるような話を、ただ目の色を変えて男を追いすがるお紺が理解出来るのか…と読み進めたものだが、次第にお紺もあたふたとせず緩やかな気持ちになっていったようだ。
 ラストは、待てば日和もに相応しいエンディングであるが、良いのか? こんな与吉みたいな軽率な男でと思えなくもない。

主要登場人物
 喜八...荷揚人足、元日本橋本町呉服屋志ま屋の番頭
 お紺...縫子
 おすが...喜八の女房
 与吉...大工


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澪つくし~深川澪通り木戸番小屋~

2012年06月28日 | 北原亜以子
 2011年6月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。「深川澪通り木戸番小屋」7年振りのシリーズ第5弾。

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の奉公人(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻

第一話 いま、ひとたびの 
第二話 花柊 
第三話 澪つくし 
第四話 下り闇 
第五話 ぐず豆腐 
第六話 食べくらべ
第七話 初霜
第八話 ほころび 計8編の短編連作

いま、ひとたびの
 5年前に中島町にやって来たおゆうは、錦絵に描かれるよりも美しい娘だが、右の頬と左の指に大層な火傷の痕がある。その火傷の訳には傷ましい事件があった。
 その件に関わりがある彦太郎と、偶然にも木戸版小屋で再会したおゆうは…。
 おゆうの決心で幕を閉じるが、明るい未来へ向けての進展を続編で描いて欲しいと願って止まない。

主要登場人物
 おゆう...三島町小売り米屋の娘
 彦太郎...賄い屋の奉公人、三島町料理屋の次男、おゆうの元許嫁

花柊
 大工の三郎助が現場で怪我し、寝付いたおちせの元に舅の儀兵衛が、看病を名目に家移りして来た。だがこの舅、看病どころか、おちせの言動に難癖を付け隣散らす毎日。頼みの綱の三郎助も、大工の仕事を続けられないとなると人が変わり、おちせは追い詰められていた。
 精神的に追い詰められたおちせ。我が侭放題で、己の事しか考えられない儀兵衛。そんな家の中を煩わしく思う三郎助。だが、何時か暗雲は晴れるとお捨の大らかな人柄が伺える一話。

主要登場人物
 おりつ...おちせの友人
 おちせ...三郎助の妻
 三郎助...大工
 儀兵衛...三郎助の父親

澪つくし
 離縁しひとりで暮らすお才は、思いも掛けずに雄之介に再会をする。その雄之介こそ、お才が思いを寄せた相手なのだが、実は5年前、雄之介の妻の萩江に不義の噂が立ち、雄之介と萩江は夜逃げ同然で姿を眩ませたのだった。そしてその噂の出所はお才とされていた。
 適わぬものであっても好いた男を守りたい。そんなお才の一途な思いがいじらしい。終盤笑兵衛の、「縁がありゃあ、また会えるさ」の台詞が利いている。

主要登場人物
 お才...おもちゃ作りの内職
 宇田(三根)雄之介...手跡指南所の師匠
 万次...小間物売り

下り闇
 男に縁のないおとき。所帯を持つと思っていた伊三には妻子がおり、次に出会った直吉は若い女と消えた。思い余りいろは長屋に戻ってみるが、日々は酒に溺れるだけだった。
 ひがみ妬みの激しい気質のおとき。強がっては居るものの、誰か口には出せない本音を見抜いて欲しいといった切実な悲鳴が聞こえてくる。

主要登場人物
 おとき...いろは長屋の店子
 伊三...大工、おときの元情夫
 直吉...小間物売り、おときの元情夫

ぐず豆腐
 おるいは、百姓を嫌って家を飛び出した息子の峰松を本所で見掛けたと聞き、探しに江戸までやって来た。深川の鼠長屋で知合ったお京は、おるいとは逆に親に探して欲しいと願っている娘だった。
 親子の絆を描いたこの作品には、シリーズにも時折顔を出す金兵衛の子育てと、子の親を思う繋がりも同時進行で描かれ愛らしい。

主要登場人物
 おるい...小島村の百姓
 お京...相川町縄暖簾の女中
 金兵衛...豆腐屋の主
 秀太...金兵衛の長男
 栄三...金兵衛の三男

食べくらべ
 亭主と息子を亡くし、仕立て直しを生業とするおはんは、ある日、待針を背に縫い込んだままだった事を叱咤され、己の衰えとひとり身の老後に不安を抱くのだった。

主要登場人物
 おはん...仕立て直し
 後家...佐賀町干鰯問屋の隠居
 おちよ...仕立て直し仲間
 おひさ...仕立て直し仲間
 おりゅう...仕立て直し仲間

初霜
 大人しく可愛らしかった嘉一が、大工の棟梁の元から実家へ逃げ帰ると、母親のおくにに殴る蹴るの乱暴を働く上に、昼夜反転の荒んだ生活を送るようになっていた。その訳は、おくににあった。
 現在の家庭内暴力であろう。嘉一、おその共に、母親の過去から振られるといった痛い思いが暴力へと突き動かしていったのだ。余り後味の良い作品ではないが、笑兵衛、お捨の包容力が嘉一を救う事だろう。

主要登場人物
 嘉一...無職
 おくに...嘉一の母親
 おその...嘉一の妹
 長五郎...嘉一の継父、小間物売り

ほころび
 兄の伊之助の朋友だった宗助を見掛けたお俊。その後ろには古着屋の出戻り娘おさわの姿が合った。その後、高熱を出したお俊は、亡くなった嫂だったおたねから、おさわの嫁した先の笠間屋の三好屋源太郎が見初めたのはお俊であり、宗助の気持ちもお俊にあると聞かされる。
 お俊の与り知らないところで、お俊の幸せを奪っていっていた幼馴染みのおさわ。こういう小狡い女は得てしているもので、そして男はそれに気が付かない。

主要登場人物
 お俊...佐賀町菓子屋大和屋の菓子の考案
 おたね...元お俊の嫂、板前の五平の妻
 宗助...畳職人、お俊の兄の朋友

 一話毎の主人公がどんな判断を下したのか、それを明確に言葉では現していない。だが、その思いは前向きに変わっていっている筈だと匂わせ、笑兵衛とお捨は、それにほんの少し手を貸すといった組み立て方になっている。
 今回は、思いを抱いてもそれを相手に伝えられない女が多く登場しているようだ。
 また、金兵衛と新たにその息子たちの出番もあり、自作に繋がる展開へと期待したい。



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夜の明けるまで~深川澪通り木戸番小屋~

2012年06月27日 | 北原亜以子
 2004年1月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。「深川澪通り木戸番小屋」シリーズ第4弾。

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の弁当運び(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻

第一話 女のしごと 
第二話 初恋 
第三話 こぼれた水 
第四話 いのち 
第五話 夜の明けるまで 
第六話 絆
第七話 奈落の底
第八話 ぐず 計8編の短編連作

女のしごと
 合巻本を読んだり酒を嗜んだりと、己の自由になる刻(とき)を堪能するおもよだったが、お艶が爪に火を灯して貯めた銭で見世を持つと聞くと穏やかではない。
 金に齷齪しながらも、見世の主となるか、それよりも、楽しみながら豊かな時を送るか。どちらが正かなど分からない生き方の違いを問う。

主要登場人物
 おもよ...永代寺門前仲町料理屋磯浜の女中
 お艶...黒江町居酒屋瀬川の女将

初恋
 武家であったが借金のかたに商家へ嫁いだ紫野は、そこでの居たたまれない日々を救ってくれた年松と駆け落ちをし、いろは長屋に住んでいたが、年松は重い労咳にかかっていた。
 おしず(紫野)の婚家での生活の辛いが、折角巡り会った「初恋」の人が労咳であるといった設定が悲しい。幸せになって欲しいのだが。

主要登場人物
 おしず(紫野)...年松の妻
 年松...下駄の歯入れ屋
 楠田勢之助...紫野の兄

こぼれた水
 出戻りのお京を、夫の江屋山左衛門が囲っているらしいとお加世は気付いていた。居たたまれずにお加世は山左衛門の跡を付けたが、それを知った山左衛門はついに店を空けたのだった。
 お京といった男を翻弄する女を相手に、憎々しい思いを抱くお加世の心中察するに余りある。そして残酷な山左衛門の言葉にが悲しい。
 
主要登場人物
 お加世...江屋山左衛門の妻
 山左衛門...横山町釘鉄問屋江屋山の主
 お京...馬喰町釘鉄問屋坂本屋修三郎の妹

いのち
 江戸留守居役の養子になり、将来を嘱望されていた木村寛之進は、火事で逃げ遅れたおせいを助け代わりに命を失った。一方助けられたおせいは老婆であり、身寄りもなく、周囲の嫌われ者である。自分を助け、若い命を失った侍のことを皆が嘆き悲しむ様を見ていると拗ねたくなった。
 寛之進は序盤に振りだが、それにしても悲しい。市井の金棒引きでなくても、おせいと寛之進の将来を計ろうというものだ。寛之進のような清廉な人は薄命なのだと思ってみても割り切れない思いが残った。
 
主要登場人物
 おせい...繕い物
 木村寛之進...某藩江戸留守居木村頼母の養子
 宇佐美要助...某藩江戸詰勘定方、寛之進の朋友

夜の明けるまで
 中島町の自身番の書役の太九郎に、好きな女が出来たようである。だが相手のおいとは不幸な結婚経験があり、人の親切を素直に受け入れられない。そして太九郎が自身番で倒れ…。
 意固地なまでのおいとだが、不幸な過去が人を信じられなくされるとは良くある事。そして口さがない噂に胸を引きちぎられるような思いなのだろう。物語に結末は描かれていないが、続編にて太九郎と結ばれて欲しい。
 ただ、ひとり息子の佐吉の世話をするおいとは、心優しい母である。二人で鰻を食べた帰りに身投げをしなくて良かったと胸を撫で下ろしたものだ。

主要登場人物
 おいと...仕立屋
 おかつ...大工磯次の妻


 店も傾き、家族も亡くした駒右衛門は、若かりし頃、追い立てるようにして暇を出した妾の生んだ娘を捜していた。だが、漸く見付かった娘は、定職を持たない亭主を繋ぎ止める為に、駒右衛門の持つ家作を売って金に換えるのが目的だった。 
 店が傾いたり、資金面での事情もあったのだが、大店の主らしく情を介さなかった駒右衛門が、何もかもを失ってたったひとりの娘の為なら何もかも投げ打つ覚悟を決めた矢先に、娘は父を恨み財産だけが目当てであった。おるいの生い立ちなれば、それも致し方ないと思う。が、ラストはほろりと出来る。

主要登場人物
 駒右衛門...元大島町材木問屋大和屋の主
 おるい...駒右衛門の庶子
 亀吉...おるいの亭主、無職

奈落の底
 おさわに深い恨みを抱くおたつは、おさわに復讐を遂げるべく、生真面目な荷揚げ人足の三郎助を抱き込むのだった。
 「止めて。こんな良い人を巻き込まないで」と叫びたくなった。それでも純な三郎助は、出来る範囲でおたつに協力をしてしまう。どうか三郎助を罪人にしないで欲しい。そう思いながら頁をめっくったものだ。

主要登場人物
 おたつ...相川町料理屋甲子屋の女中
 三郎助...荷揚げ人足
 おさわ...大島町蕎麦屋和田屋喜八の妻
 おとく...相川町長屋差配人長次郎の妻

ぐず
 婚家から離縁されたおすずは、一時は喰うにも事欠いていたが、今では絵双紙屋を繁盛させていた。だが、15年前、駆け落ちを誓った与吉を裏切った形になった事に心を痛め…。
 15年振りの与吉の言葉が良い。おすずさんの目に狂いはなかった。爽やかな終焉である。

主要登場人物
 おすず...熊井町絵双紙屋の女主
 四郎兵衛...日本橋室町乾物問屋大黒屋の主、おすずの兄
 おやえ...建具職人勘助の妻
 林三郎...本石町鰹節問屋大須賀屋の主、おすずの元夫
 与吉...京橋の指物師
  
 シリーズ4冊を読み、この作品が一番胸に響いた。愛情のない結婚生活に破れた女たちが3編描かれているが、婚家を去った訳は夫の不実と似通ってはいても、現在の生き様の違いが興味深い。
 わたくし個人は、「いのち」の木村寛之進を殺さないで欲しかった願って止まない。




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その夜の雪

2012年06月20日 | 北原亜以子
 2010年5月発行

 ほろ苦さを胸に秘めた大人の生き様を描いた、割り切れない切なさが募る短編集。

うさぎ
その夜の雪
吹きだまり
橋を渡って
夜鷹蕎麦十六文
侘助
束の間の話 計7編の短編集

うさぎ
 摺師の峯吉は、昔、男と駆け落ちをした女房の事で娘と言い争いになった。そんな折り、寂しさを紛らわす為にうさぎを飼うお俊と出会い惹かれていく。
 男手ひとつで育て上げた娘が、己を捨てた母親に思慕を募らせる。峯吉の胸中が痛いように分かるが、そこからお俊に惹かれていく辺りは男性ならではなのか。

主要登場人物
 峯吉...摺師
 おひで...峯吉の娘
 お俊...縄暖簾の女中
 
その夜の雪
 半月後に祝言を控えた娘の三千代が手込めにされ、自害した。定町廻り同心の森口慶次郎は、娘の復讐を固く決意する。
 後の「慶次郎縁側日記」シリーズの序章である。
 慶次郎、三千代の痛烈な痛みが悲し過ぎる話である。だが、辰吉の男気に感銘した。

主要登場人物
 森口慶次郎...南町奉行所定町廻り同心
 三千代...慶次郎の娘
 島中賢吾...南町奉行所定町廻り同心
 辰吉...岡っ引き、慶次郎の手下
 吉次...北町奉行所の小者

吹きだまり
 爪に火を灯して銭を貯めている、日雇い左官職人の作蔵。里の母親の見舞いと称し、暇を取るが、実は作蔵には秘密があった。
 夢の為に必要なだけの銭を貯める。先は見えないが、そんな生き方も悪くはないと思える一編。

主要登場人物
 作蔵...左官の日傭取り
 おみち...根岸料理屋春江亭の女中

橋を渡って
 夫には、若い女がいる。しかも、商いの手助けにもなっているらしい。おりきは、夫に疎まれた事をきっかけにある決意を固める。
 おりきは、江戸時代には稀な考えを持った女性と言えるだろう。

主要登場人物
 おりき...佐十郎の妻
 佐十郎...深川佐賀町干鰯問屋日高屋の主
 伊与吉 深川永代寺門前仲町酒味醂問屋の主、おりきの弟
 おなみ...伊与吉の妻
 おつゆ...鼈甲細工職人金三の娘

夜鷹蕎麦十六文
 噺家のかん生は、野暮を嫌悪し、粋を心情としていた。野暮な女房を蔑ろにし、芸者の間夫に溺れていたが…。
 そして、かん生は真実の粋に辿り着く。ほのぼのとしたラスト。

主要登場人物
 かん生...噺家、初代志ん生の弟子
 おちか...かん生の妻
 染八...辰巳芸者、かん生の情婦

侘助
 生きる事の厳しさ、空しさを抱いた杢助が辿り着いた生業は、無銭飲食だった。
 真面目で真っ直ぐな杢助が、極端ではあるが、何もかもから逃れ、しがらみのない生き方を選んだのも分かるような気がすると同時に、こういった不器用な生き方しか出来ない人も存外に多いのだと、胸に込み上げるものがあった。

主要登場人物
 杢助...下谷山崎町の棟割長屋に住まい
 おげん...元呉服屋の女中

束の間の話
 嫁に、甚く心を傷付けられたおしまは、家を飛び出し9年が過ぎた。高熱で寝込んでしまった折りに従兄弟を名乗る源七が訪ったのだが…。
 嫁の言いなりの息子。おしまが家を飛び出した経緯が、実に切なく、そして、寝込んだ折りには、己の取った短慮な行動を悔やむ。ありがちな人の心を如実に芦原している。

主要登場人物
 おしま...浅草阿部川町の長屋暮らし
 源七...板橋の板前

 全編、文頭2~3行の導入部分が見事であり、北原さんの巧みな表現力とセンスに恐れ入る。
 「その夜の雪」以外は、現代にも通じる話であり、親権問題、フリーター、離婚、浮気、引きこもり、嫁姑の確執を題材にしながら、心情的に追い詰められた主人公の前に、似たような境遇の人物が現れ、頑な心に雪解けの気配を見せるといった話になっている。


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新地橋~深川澪通り木戸番小屋~

2012年06月14日 | 北原亜以子
 1995年12月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。「深川澪通り木戸番小屋」シリーズ第3弾。

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の弁当運び(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻

第一話 新地橋
第二話 
第二話 うまい酒
第三話 
第三話 深川育ち
第四話 
第四話 鬼の霍乱
第五話 
第五話 親思い
第六話 
第六話 十八年 計6編の短編連作

新地橋
 
 新地の遊女上がりのおひでは、嘉六と所帯を持ったが、おひでの身請けの為に盗みを働き、遠島となっていた杵二郎が江戸に戻ると聞き、二人の心境に変化が起きる。
 件の杵二郎の登場シーンはないが、この人の男気がかなりインパクトがある。そしてラストは大映映画のように、読者の想像力を駆り立て筆を終えている。

主要登場人物
 おひで...御御所団子屋
 
 嘉六...笊売り
 栄助...読売売り

うまい酒
 
 行き倒れ寸前で深川に着いた、旅の男惣七は、腕の良い左官職だった。やがて世話好きの善蔵と知り合い、左官の仕事を始めるが…。
 これぞ中島町澪通りの人情といった感の、心温まる物語。

主要登場人物
 惣七...川崎の左官職人
 
 正吉...中島町の左官職人久助の次男
 
 善蔵...油売り

深川育ち
 
 おしんとおみねは、姉妹で小さな居酒屋を切り盛りしていた。客のひとり伊三郎を巡り姉妹は恋の火花を散らす。
 居るんだよねえ。こういう男。しかも駄目だと分かっていても引かれてしまう女心。「いやなことは、川に流してしまわれますよ」。お捨の大らかな声が表題である。

主要登場人物
 おしん...深川北町居酒屋桔梗屋の姉
 
 おみね...桔梗屋の妹
 
 仁助...菓子職人
 
 伊三郎...正体不明

鬼の霍乱
 
 お捨が病で倒れた。笑兵衛始め、町内の誰もがお捨を案じている。だがそれは、天涯孤独の浜吉には、妬みと羨望をかき立てられる思いだった。
 誰でもが年を取れば感じる孤独。そして人によるだろうが、己にない幸せに対する嫉妬。思いも寄らない結末だった。

主要登場人物
 清太郎...豆腐屋金兵衛の弟子、上野池之端袋物問屋花菱の総領息子
 おうの...清太郎の妻、塗物問屋の娘
 
 浜吉(日本橋木綿問屋三国屋磯右衛門)...深川相生町長屋の店子

親思い
 
 蔬菜の棒手振り豊松は、武士の子だったが、養い親の元、町人である事に不満はない。そんな豊松に某藩から、呼び出しが掛る。
 豊松の生い立ちを振り返った話が、込入っており、少し難解だった。

主要登場人物
 
 豊松...蔬菜の棒手振り
 
 吾助...豊松の養父、百姓
 
 おみね...吾助の妻
 おげん...吾助の従兄弟
 登勢...豊松の母

十八年
 
 家具職人の伊与吉は、三十になり漸くひとり立ちが適ったが、三日ばかり兄弟子の藤松のせいで、出世が遅れたと思っていた。
 ひと言で、何時の時代も、腕のある奴は妬みなど抱かない。

主要登場人物
 伊与吉...家具職人
 
 藤松...家具職人
 
 岩五郎...家具職人、
 伊与吉...藤松の親方

 全章、ラスト1行から2行が良い。そしてやはり物語が悲愴な終わり方をしていないのも、このシリーズの魅力である。
 




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深川澪通り燈ともし頃

2012年06月13日 | 北原亜以子
 1994年11月発行 北原亞以子

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。シリーズ第2弾。

第一話 藁
第二話 たそがれ 計2編の中編集

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 太九郎...中島町の自身番に詰める書役
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者)
 勝次...賄い屋の弁当運び(元南組三組の纏持ち)
 おけい...勝次の妻


第一話 
 藁
 
 一大事
 
 祝宴
 
 朝帰り
 
 朝寝の死
 
 不満
 
 崩壊
 
 明りの色
 
 絶縁
 
 燈ともし頃

 生まれも知らず、気が付けば蜆売りとかっぱらいを繰り返していた政吉は、笑兵衛とお捨と知り合った事で、塩売りの傍ら、狂歌を嗜むようになり目に見えて腕を上げていった。
 そして、煙草屋の看板を上げ、所帯を持ち、狂歌師の丸屋三鶴の名も高まっていった。反面、狂歌にのめり込む政吉は、店を女房のおきくと雇いの勘太に任せっきりにしてしまい、夫婦の溝が深まっていく。
 笑兵衛とお捨は完全な脇役で、政吉のサクセスストーリとその反動がメインになっている。だが、どんな場面においても政吉の輿ロどころは木戸番小屋であり、笑兵衛とお捨の存在感を示している。
 政吉の心の葛藤が如実に現れており、胸に響く一作である。

主要登場人物
 
 政吉(丸屋三鶴/春睡楼社中)...門前仲町煙草屋
 
 おきく...政吉の妻
 
 勘太...賃粉切り
 
 平左衛門(宵張朝寝/春睡楼社中)...黒江町料理屋明石屋の主
 
 桝蔵(目上瘤成/春睡楼社中)...佐賀町煙管細工所大和屋の主
 大口太々久(春睡楼社中)...佐賀町の分限者(地主)
 
 甚八...芝三島町地本問屋丸屋
 おくら...明石屋の女将、平左衛門の妻
 
 おうた...山本町亥ノ口橋袂妓楼美晴屋の遊女

第二話 
 たそがれ
 
 夕立
 
 しじまの鐘
 
 澪通り
 
 嵐のあと
 
 心のしみ
 
 怪我
 
 姉弟
 
 長い道

 お若は腕一本から、針子3人を抱える仕立屋になった。一方、妻子のある綱七と深間になって18年。ともすれば家族のいない寂しさがつのる。また、お若とは対照的に男の間を行き来するおえいの見栄の張りにもうんざりしていた。
 また、玉の輿に乗ったが、婚家でしっくりいかないおとよ。亭主が働かずふらふらしているおえい。それぞれに人生に不安を抱いていた。
 お若の視線で物語は進行するが、一方で第一話の政吉のその後が、伏線として静かに進行する。
 主題のお若の話よりも、むしろ政吉が気になって仕方なかった。その成り行きに期待していたのだが…。
 お若には、老齢に入った(未だ若いが江戸時代では大年増である)ひとり身の女が抱く、将来への不安が如実に現れている。
 ただ、佐賀町の人々が、急に笑兵衛、お捨夫妻に頼るのはどんなものだろう。そうでもしなければ、笑兵衛、お捨夫妻の出番はないが…。反して政吉との絡みが余りないのが寂しかった。
 中編2本ではなく、長編として、政吉の視線でその後を描き、その中の新たな登場人物でも良かったのではないだろうか。
 
主要登場人物
 
 お若...佐賀町の仕立物屋
 
 綱七...駿府の薬売り、お若の間夫
 
 おえい...居酒屋亀屋の女中
 
 仁吉...おえいの夫
 
 おとよ...吾兵衛の妻、元みすず長屋の店子
 
 三次郎...おとよの弟、みすず長屋の店子
 
 吾兵衛...本所藍玉問屋葛西屋の若旦那
 おみや...お若の針子
 おちよ...お若の針子
 おせつ...お若の針子
 おまき...髪結床恵比寿床の女将
 政吉...塩売り、みすず長屋の店子
 大口太々久(春睡楼社中)...佐賀町の分限者(地主)
 おきく...政吉の元妻
 おうた...山本町亥ノ口橋袂妓楼美晴屋の遊女




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深川澪通り木戸番小屋

2012年06月12日 | 北原亜以子
 1989年4月発行

 深川中島町の木戸番夫婦、笑兵衛とお捨を中心に、そこに暮らす人々の営みを描いた人情時代小説。


深川澪通り木戸番小屋

両国橋から

坂道の冬

深川しぐれ

ともだち

名人かたぎ

梅雨の晴れ間 

わすれもの 計8編の短編連作

主要登場人物(レギュラー)
 笑兵衛...深川中島町の木戸番
 お捨...笑兵衛の妻
 弥太右衛門...中島町の自身番に詰める差配人(いろは長屋の差配人)
 神尾左馬之助...北町奉行所定町廻り同心
 伝次...岡っ引き(左馬之助の小者) 

深川澪通り木戸番小屋
 
 火傷のため纏が持てなくなった元火消しの勝次。自暴自棄になっていたが、笑兵衛と共に夜廻りをする事になり。
 勝次の悔しさが、手に取るように分かる前半。そして、切ない展開が、おけいの健気さと実直さが勝次を動かして、すかっとした青空のような胸がすく結末を迎える。

主要登場人物
 勝次...元南組三組の纏持ち
 おけい...大工の娘

両国橋から
 
 清太郎は、花火が好きで、いつか自分の金で花火を上げるのが夢であるが、妻のおうのは何時までも子どもじみた清太郎に疲れていた。
 一発の花火に全てを掛けた男の夢。その夢が終わった時、男には…。こちらもかなり良い結末が待っている。夢は、幾つまで見てもいいものなのかを考えさせられる。

主要登場人物
 清太郎...荷揚げ人足、上野池之端袋物問屋花菱の総領息子
 おうの...清太郎の妻、塗物問屋の娘

坂道の冬
 
 従姉妹のおちかは、大店へ嫁入りが決まっていたが、好いた植木職人と所帯を持った。おていは、今の境遇を抜け出し、ただ幸せになりたいと願っていた。
 幸せとは何かを、貧乏と裕福の対比で見ていたおていだったが、真実の幸せに気付くのだった。
 この作品、最後の最後まで放蕩息子に騙されているぞと思わせておいて…。

主要登場人物
 おてい...谷中遊行寺門前の花屋
 
 おちか...千駄木植木職人銀次の女房
 
 卯三郎...上野池之端小間物問屋三枡屋の総領息子

深川しぐれ
 
 富山で出稼ぎ中の、亭主を待ち続けていたおえんが病で倒れた。看病に通う笑兵衛との仲をとやかく言う者もあるが、笑兵衛は気に止めずにいた。
 夫を待ち続ける事に疲れたおえんが、救いを求めたのは、男としての笑兵衛。揺れる男心が描かれている。

主要登場人物
 おえん...錦絵、彫師伊之吉の妻

ともだち
 
 孤独なおすまは、ある日、同じような境遇のおもんと知り合い、二人は月に一度会って話をしようと約束する。だが、約束の日におもんが現れず…。
 孤独な年寄りの見栄から出た、悲しい嘘。そして、女ひとりで肩肘張って生きている様が序実に現れている。

主要登場人物
 おすま...仕立屋
 
 おもん...おすまのともだち

名人かたぎ
 
 往年の巾着切りだったおくまだが、老齢に入り腕が大分衰え、お捨ての巾着を狙うが失敗してしまう。だが、そこでおくまの誇りが傷付き、お捨てを常狙うのだった。
 巾着切りおくまの最期の大勝負。悲しい結末だがしっとりと描かれている。

主要登場人物
 おくま...巾着切り
 
 勝次...賄い屋の弁当運び(元南組三組の纏持ち)

梅雨の晴れ間
 
 大店の主の囲い者となっているおくめ。その主の内儀が亡くなったと聞き、不謹慎な思いを抱くが、主から後添いにする気はないと断られ、暇を出されてしまう。
 男の身勝手さに振り回されるおくめだが、己の足で立って行く事を決める。晴れやかなラストである。

主要登場人物
 おくめ...居酒屋樽屋の女将
 
 兼吉...板前、おくめの父親
 忠左衛門...深川佐賀町干鰯問屋下総屋の主

わすれもの
 
 かつて長屋に住んでいたおちせ。貧しさから夜逃げ同然で姿を眩ませていたが、縁あって呉服屋の若女将に出世していた。だが当人は、実母と共に長屋に戻りたいと。
 人はどんな状況下でも少なからず不満を抱くもの。そして大切な事を忘れてしまうと、笑兵衛、お捨夫婦の温かな見解である。

主要登場人物
 おちせ...呉服屋田原屋の総領息子一之助の妻

 物騒な事件も大きな災いもなく、平穏な日常の話であり、物語中には切なさに琴線が揺れるが、総じて結末は明るい。深川の堀の水面に、明るい陽の光がきらきらと弾けるような終わり方である。




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