某年金生活者のぼやき

まだまだお迎えが来そうに無い

時の人 城南信用金庫理事長 吉原毅氏講演会

2012-01-12 13:43:17 | 市民運動関係のイベント情報
 城南信用金庫の吉原氏は企業として脱原発を宣言し、社内の消費電力を30%節約し、さらに東電との契約をストップして自然エネルギーや民間の余剰電力を利用する電気事業者と契約したことで知られています。信用金庫が何故原発反対まで踏み込んだ発言をしているのか、浜岡原発の廃炉を求める訴訟の原告団にまで加わっているのは何故か、信用金庫の理事長さんがそこまでして、社内に問題は起こらないのか、聞きたいことが沢山あります。この機会に、皆さんもぜひご参加頂き、お聞き頂きたいと思います。

日時  2012年1月29日(日)15時開場 開会15時30分(~17時頃まで)
開場  大和市生涯学習センター 207号室(小田急線 大和駅―快速急行、急行、停車駅ー 徒歩10分)
参加費 500円

主催 大和市革新懇

問い合わせ先 090-1430-9854(柿崎)090-3801-0059(丸山)
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閏年は何故Leap yearか

2012-01-11 01:06:33 | ぼやき
 オリンピック開催の年はうるう年。今年がそうだ。閏年は英語でleap year,2月29日はleap day.ここまではどなたもご存知。だが、何故 leapなの? 何故、跳んだり踊ったりする年、跳んだり踊ったりする日なの?と聞かれたら少し困りませんか?
 辞書類には語源が書いてあります。「閏年には二月以後の祭りがみな通常の年より1日遅れになるので、1日跳ぶ年という意味で跳ぶ年と呼んだのであろう(中世から)」てなぐあい。しかしこれではあまりにもまとも過ぎて面白くない。私がイギリスの英語の教室で聞いた説明の方がはるかに面白い。
 昔々、エリザベス女王(一世)の時代。戦乱が続き、男が少なくなって女があぶれることが多かった。相手を得られない女性たちの嘆きに痛く同情した女王様が画期的なお触れを出した。「慎み深いイングランドの女性は、自ら進んで男性に愛を告白することなど出来ないが、2月29日は特別な1日であるから、この日だけは女性から男性に愛を告白してよろしい。これぞという男性をこの日は堂々と口説き落とすがよい」と。女性たちは喜んだ。4年に一度めぐってくる此の年になると女性たちは跳びあがって喜び、それで閏年はleap year, 2月29日はleap dayと言われるようになった、と。ヴァレンタインのチョコレートも殆どもらった事のない私には縁のない話だが、こういうわけで4年ごとに楽しい思いをする人もいたことだろう。
 そういえばヴァレンタインの日、というのも女性が男性に思いを打ち明けることのできる貴重な一日。日本ではチョコレート屋さんの稼ぎ時だが、ロンドンなどではカードが文房具屋で目立つ。女性があれに愛の告白を書いて出すのだろう。一度ももらった事がないのは寂しいものだ。ヴァレンタイン・デイの起こりは前に書いたから省略しよう。ただ、ヴァレンタイン・デイにもリープ・デイにも戦争の為に若い男女が引き離されてしまうということが、ことの起こりになっていることだけは確認しておこう(リープ・デイの説明があまり確かではないとはいえ)。 

 
 
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あれも人の子樽拾い 

2012-01-04 10:21:55 | ぼやき
 冬になるとこの句を思い出す。「雪の日やあれも人の子樽拾い。」 若くして老中になるほど恵まれた育ちにある大名(安藤信友)が読んだ句だから、上から目線が気になるが、民をいつくしむ名君の句ということなのだろう。樽拾い、というのを前は文字通りに理解していたから、いくら江戸でもそうそう樽など落ちてはいなかったろうに大変だな、と思っていた。実は「樽拾い」とは酒屋の小僧さんの注文とりのことだそうだ。やっと安心した。
 先に書いた「浜までは海女も蓑着る時雨かな」の作者 滝瓢水には、「手にとるなやはり野に置けれんげ草」「さればとて石にふとんは着せられず」などという超有名な句もある。こういう句から、立派な俳人を想像していたが、実は大金持ちのボンボンで破滅型の男だったらしい。大盤振る舞いの大尽遊びをしていて母親の死に目にも会えず、後日作った詫びの句が後者だという。こうしてみると良い句の裏側に様々な人間模様が見えて面白い。
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浜までは海女も蓑着る時雨かな

2012-01-02 01:12:22 | ぼやき
 恩師高島善哉先生のお好きな俳句に「浜までは海女も蓑着る時雨かな」というのもあった。正月になって、先生のお好きだった「去年今年貫く棒の如きもの」を思い出している時、この蓑着る海女の句も出てきた。海に入れば水にぬれるのだから、雨にぬれて行ってもおなじみたいだが、実はそうではない。冷えないように最後まで身をいとうものだ、というのであろう。先生はどういうお気持ちでこの句を好まれたのだろう。
 最初に伺ったのは院生の時で、その時には、石田三成の故事を思い出した。処刑される直前に、柿を食べよと差し出され、柿は腹を冷すので体に良くない、と断ったという話。すぐ処刑されるのに最後まで未練たらしい男よと嘲を受けたが、実は最後の最後まであきらめない不屈さを示すものだった、という話。
 しかし、此の解釈は誤りかもしれない。これだと、海女が海に入る=濡れるのと三成が処刑されるのとが同じになる。海女にとっては海に入ることは仕事であって、処刑つまり終わり、ではない。したがって、この句は「どうせ濡れるのだから蓑を着るまでのことはあるまい、と世間の人は思うだろうが、実は、海でぬれる前までは体を冷やさぬようにするという心がけが良い仕事をするには必要なのだ」というお説教と解するのが正しいのだろう。しかし、目のご不自由な先生は、最後までしっかりやろう、という気持ちを表現してくれているものとして、この句を好まれたように私には思える。
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