Our World Time

緩めば、より腐る

2014年02月18日 | Weblog


 雪害で被害に遭われているかたがたに、こころからお見舞い申しあげます。
 また犠牲になられたかたがたに、深い弔意を捧げます。

▼山梨県にお住まいのIDC(インディペンデント・クラブ/独立総合研究所の会員制クラブ)会員から、以下のような書き込みを、この地味ブログにいただきました。

~ここから引用~
青山さん こんばんは
IDC会員のN(※原文は実名)です
当方山梨なのですが現在もご存知の通りもう大雪を通り越して「被災」という有り様です
出来れば写メをお見せしたい位です
私は三日間職場の病院で缶詰めになりました
本来車で10分ほどの自宅に帰れないというのは切ないですね…
ピーク時は歩けないレベルでした
車が完全に埋まり今現在でも膝まで雪が積もっていて通れない道が多数あります
元々山梨は自然災害が少ない地域で県民一人一人の危機意識は乏しかったと今回思いました
県政レベルでも対策本部が今日午前に立ち上がったと聞いて我が県ながら呆れてしまいました
土日しっかり休んでいる県政とかがっかり…
青山さんに愚痴をこぼしても仕方ないのですがこうした対策の遅れはやはり県政の初動が問題なのでしょうか?それとも国のそれなのでしょうか?
色々な意味であまりに脆い山梨を改めて感じました
私はやっと昨日夜に帰宅出来ましたが未だに復旧していない道路多数で今日は休み返上して道路の雪かきをしていました
誰に頼まれたわけじゃないけど一人黙々と近所の道路を雪かき
久しぶりの蒼天から照らす日の丸に励まされて…
世間はオリンピックなんだろうなぁ
そういえば青山さんのblog更新ないけれど無事ですよね?
青山さんは彼方此方出掛けられるからふと巻き込まれたんでは?などとちょっと心配しました
以上被災地山梨南アルプスから…
徒然な文章すいません
~引用ここまで(名前以外は、すべて原文のまま)~


▼この地味ブログへのコメント書き込みに直接、お応えすることは、ごくごく例外です。
 お応えしていると、間違いなく、ほんらいの仕事をする時間がなくなるからです。
(だからツィッターも、フェイスブックも、リクエストは沢山いただいていますが、やりませぬ。ちなみに嫌がらせなどの書き込みは、そもそも一切、読みません。読まずとも、捜査機関が続けている名誉違反事件の内偵で、それと分かっているケースも多いですから)

 しかし、このNさんの書き込みには、下掲のようにお応えします。


▼雪害への緊急対策、総合対応の遅れは、なによりも国・政府の責任だと考えます。
 最前線の自衛官、警察官、消防官、消防団員らは、一般の国民とともに凄まじい献身と努力をなさっていますが、総理官邸をはじめ現政権の対応がなっていません。

 地震や台風被害には即応しても、降り積もる雪には緩い姿勢で臨むというのでは、第二次安倍政権の危機対応は甘い、甘すぎると言うほかありません。
「水曜アンカー」でも「ザ・ボイス木曜日」でも繰り返し警告していますように、安倍政権には緩みが出ています。
 もともと自民党は、既得権益に安住する腐った体質が変わってはいません。
 そこへ、第一次安倍政権の失敗を踏まえてこそ再登場したはずの第二次安倍政権が、たった一回づつ衆参各院の選挙に勝っただけで緩むようでは、ますます腐ります。


▼ぼくは一民間人ですが、危機管理の立場からも、総理サイドに急ぎ改善するよう申し入れを、僭越ながらすでに行いました。
「地震や台風、大雨には即応を考えても、すこしづつ降り積もる雪には緩慢な姿勢で臨むというのでは第二次安倍政権の危機対応は、なっていません。尖閣などの危機に備えるのだけが、危機管理でもない。雪害はあっという間に膨らみ、社会機能の根幹に強い打撃を与える災害でもあります。総理をはじめ、なぜ官邸が一丸となって即応しないのですか」と官邸の政府高官に会って、直接に申しました。
 先ほど、総理サイドから「反省し、対応を改善する」という答えがありました。
しかし、だからといって安心はまったくしていません。


▼一方で、下掲のような書き込みもありました。

~ここから引用~
今、インターネット上で、安倍首相が山梨の大雪で大きな被害が出ているにもかかわらず天ぷらをのんきに食べていた(会食をキャンセルして災害に取り組め?)とかいう酷い言いがかりでバッシングを受けています。
三宅雪子元議員や著名人まで同調して非難しているようです。(彼らは普段、「空気を読む」日本の同調社会に対して批判をしている人達ばかりです)
だんだんカップラーメンの値段やら高級バーやら漢字が読めないやらの異常な麻生叩きによく似てきたように感じます。
正直うんざりしています。今回はマスコミが煽ったというよりもTwitterやFacebookで拡散して起きているようですが、こんなことではまともな政治ができるはずがありません。
どうすればもっと成熟した論議のできる社会になるのでしょうか?これからSNSの弊害により幼稚なバッシングが増えていく気がして憂鬱な気分になっています。
~ここまで引用(すべて原文のまま)~

 このかたは、実名で書き込まれています。(その名前はもちろん公開しません)
 それも含めて、真摯な書き込みだと思います。
「どうすればもっと成熟した議論のできる社会になるのでしょうか」という指摘も、その通りだと考えます。
 しかし同時に、今回は雪害に対して対応が甘い、甘すぎるのは、厳粛な事実だと考えます。
 姿勢を糺(ただ)すべきは、糺さねばなりません。
 このかたがおっしゃるように、悪のりして利害誘導する政治家が居るかもしれないことは要注意です。ただ、そもそも悪のりされる原因を作らないのが、一国の最高指導者であり、時の政権でなければなりません。


▼前述のIDC会員Nさんの問いかけに、もうひとつ、お答えしておきます。
 Nさんは「そういえば青山さんのblog更新ないけれど無事ですよね? 青山さんは彼方此方出掛けられるからふと巻き込まれたんでは?などとちょっと心配しました」とお聞きになっています。

 その通り、ぼくの移動や仕事にも深甚な影響はありました。
 まさしくIDCの行事もひとつ、中止にしました。
 しかし被災されたかたや、ましてや、かけがえのない命を落とされたかたに比べると、被害のうちにも入りませぬ。


                                       (東京から福井県へ出張する途上にて)

あたらしい命が吹き込まれた日

2014年02月11日 | Weblog

 ぼくらのかけがえのない祖国、日本国の誕生を、この2月11日の紀元節に魂から祝します。

(前に記したとおり、建国というのは近代の概念です。日本国の誕生は、遙か古代です。記念日というのも、やはり近現代の言葉です。紀元節でないと意味を成しません。紀元節という日本語は、祖国という日本語がそうであるように、右翼の言葉でも何でもありません。それが、なぜ建国記念日というそぐわない、未成熟な造語に差し替えられねばならないのか。それをフェアに考え直すこともまた、わたしたちが敗戦後の思い込みを脱する、きっかけのひとつです。
 今日のNHKの昼ニュースで、この2月11日に一言も触れられていなかったのも、あらためて驚きました。世界の非常識です)


▼その2月11日に、「ぼくらの祖国」(扶桑社。通称ぼくそこ、赤本)のオーディオブック版が発売開始となりました。
 購入のダイレクトなURLは、ここです。
 そのURLでサンプルも聴けます。
 ぼくも聴いてみました。そして…正直に言います。感激しました。胸が躍りました。
「ぼくらの祖国」に、まさしく、新しい命が吹き込まれています。

 ぼくは著者本人でありますが、これから購入します。
 そして巻末に付いている、異例の長尺、51分の新たな語りも、そのうち時間のあるときに(…そんなとき、ありませんが)聴いてみます。

 収録のとき、いつものように原稿なく、打ち合わせなく、ぶっつけ本番でありのままに語り、そして一度も聴き直していません。
 編集もなく、そのまんま収録されているそうです。
 だから、ぼくも初めて聴くわけですね。わはは。


▼オーディオブック版の、たとえばサンプルを聴くだけでも、「ぼくらの祖国」のオリジナルや電子版に興味をもたれる方もいらっしゃるかも知れませんね。
 オリジナルは、例えばここです。電子版も、例えばここです。

 そして「ぼくらの祖国」の発展版のひとつ、あるいは「現場編」が、青山千春博士と共著で、日本国が史上初めて抱擁している自前資源をリアルに記した「希望の現場 メタンハイドレート」(ワニブックス)です。例えばここです。
 もうひとつの発展版、いわば楽しいバージョンが、「海と女とメタンハイドレート」(ワニブックス)です。例えばここです。

それから…

2014年02月10日 | Weblog
▼ひとつまえのエントリーで記した「ぼくらの祖国」ニュー・バージョンをめぐって、追記しておきます。

▽「ぼくらの祖国」(扶桑社。通称ぼくそこ、あるいは赤本)はこれで3つのバージョンになります。
 一つ目は、ほんらいの単行本。(発売からずいぶん年月が経ちましたが、紀伊國屋をはじめ店頭に置き続けている書店もあります。さまざまなネット書店では、もちろんたくさん在庫があります)
 二つ目は、電子版。(さまざまなネット書店にあります)
 三つ目は、オーディオブック版。(購入できるのはここです。2月11日からは、ここでもOKのようです)


▽ぼくは、ほんとうは青山千春博士と共著の「希望の現場 メタンハイドレート」(ワニブックス。残念ながら、すでに書店では見つけにくいようです。ネット書店にはあります。ただし在庫はもう少なくなってきています。たとえばアマゾンで言うと、ここ。※アマゾンはフェアに税金を払ってください)と、「海と女とメタンハイドレート」(ワニブックス。同じく書店では、かなり見つけにくいかも。ネット書店にはありますが、やはり在庫はそう多くないようです。たとえばアマゾンで言うと、ここ)が、もっともっと読まれてほしいのです。
 そうすれば、この2冊も、電子版や、オーディオブック版があり得るでしょう。

 青山千春博士が、私的には配偶者だからということとは関係ありません。
 この女性科学者が、ほんとうはどんな道を歩んできたか、われらの自前資源をめぐってたった今、海の上でどんな成果をあげつつあるか。それが知られれば、カネのためには外国と手を結ぶ学者や、国益よりも私利私欲をほんとうは優先する政治家、官僚が、むしろ多数派を形成するという敗戦後の日本を変えることに、ささやかに寄与するからです。

 この女性科学者は、もっとテレビ番組でも発信できる機会があるべきだと考えます。しかし、ごく稀にしかありません。
 青山千春博士の属する独研(独立総合研究所)は今後も、テレビ局に売り込みなどは一切しません。ありのままに記した著作が、ひとりでも多くの人に読まれることぐらいしかきっかけがないのです。

 青山千春博士の業績は、学会では、今のところどうにか発信できることもあります。
 一般の方でも事前に登録などをすれば参加できる学会もあります。よければ、お出でください。
 学術論文は、たくさん公開されています。
 これはあくまでプロの学者向けの学術論文ですから、一般には決して理解しやすくはありません。そのためにも、ぼくと共著で上記の2冊を上梓しました。


▼ところで…「ぼくそこの続編の装丁は、どんなですか? 赤本と呼ばれる、ぼくそこから、どんな風に発展するのですか」という趣旨の楽しい書き込みも頂きました。

 むふふ。
 実は、ぼくの案を元に、先日、最初のデザインがあがってきたのです。
 正直、執筆のモチベーションが高まりました。

 まだ手直しするので、アップはしませんが、ヒントをひとつ。
 本の装丁の常識をひとつ、打ち破ってみました。

 ちなみに、ぼくそこが赤本と、みんなに呼ばれているのは、その装丁からのイメージです。(見てみたい人は、たとえばここ。あるいはここ
 ぼくそこのあとに出た、「救国 超経済外交のススメ」(PHP)は「青本」と呼ばれています。(装丁を見たいひとは、たとえばここ。あるいはここ

 赤本と青本のあと…さて、さて。
 また今度ね。

ぼくそこ、「ぼくらの祖国」の新バージョン登場!

2014年02月09日 | Weblog


▼ロングセラーになっている「ぼくらの祖国」(扶桑社/通称ぼくそこ)の、いわば新バージョンが出ます。2月11日の紀元節です。
(敗戦後の奇妙な言葉で言うと、建国記念日。建国というのは、近代的な概念です。しかし日本は、遙か古代に成立した国家です。記念日というのも、まさしく現代語です。復古主義で言うのではなく、紀元節でないと、本来の意味を成しません)

 ぼくそこの続編ではありません。続編は3月の刊行を目指して、正直いま、執筆時間をひねり出すのに必死です。
 それは…オーディオブック版の「ぼくらの祖国」、ぼくそこです。


▼「オーディオブック版を出しませんか」という話が来たとき、最初ぼくは目の不自由な方のためということだけを考えました。
「それはもちろん、肝心なことですが、それにとどまらず、すべてのひとのためのものです」…と、言われて思い出したのです。
 ぼく自身が、まだカセットテープ(ふ、ふるい)のオーディオブック、すなわち耳で聴く「源氏物語」から始まって古今東西の小説を、英米文学を含めて、運転する車のなかで聴きまくっていた頃が、学生時代にあったことを。
 ぼくの母は、読書家です。その母から「あんたはいっつも忙しい子や。スキー合宿に車のレースに家庭教師のバイトに授業に、何か書いてもいるし、友だちも沢山やし、盛りだくさんや。本を座って読む時間もないやろ。そやから、これはどうや」と教えてくれたのが、まさしくオーディオブックでした。


▼まさか、そのオーディオブック版を自分で出すことになるとは、夢にも思いませんでした。
 ぼくそこ本文の録音は、その道のプロがなさいます。
 しかし、著者であるぼくの肉声も、いわばサービス音声(特典音源)として録音することになり、先日、その専用スタジオに入りました。
 著者によっては、せいぜい5分程度の録音という人もあるようですが、ぼくに対しては、オーディオブックを出している「オトバンク」という会社から「期待している人も多いので、20分ぐらいお願いします」という話がありました。
 この「オトバンク」は、ぼくそこの版元の扶桑社からの紹介でした。

 録音の当日、隙間のない日程の中に無理矢理、短い時間を挟み込んで、都内のオトバンクの住所に、社有車を運転して出向きました。
 しかし、なかなか、そのオトバンクは見つからず、探しているうちに次の日程の時間もどんどん近づきます。
 やっと、目立たないビルの中にオトバンクのオフィスを見つけて、ディレクターたちや扶桑社の担当編集者といくらか雑談したあと、すぐ録音ブースに入りました。
 録音ブースは、ラジオスタジオをすこし広くしたような感じの密閉空間。小窓の外に、ヘッドフォンを付けたディレクターがいます。
 そして実質、いつものごとく打ち合わせなしで、ぼくは話し出しました。
 そして…信じがたいことに、50分を超えて話しました。
 原稿は、これもいつものように一切ありませんでした。

 ぼくそこ、ぼくらの祖国は、まさしく根本の書です。
 語るうち、胸のうちが熱く高まり、おのれでも迸(ほとばし)るかのように語り続けることになりました。

 50分を超える語りというのは、もはやサービス音声とか特典音源の域を超えて、それ自体が一つの作品として世に問うのがふつうの尺(トーク時間)です。


▼しかしオトバンクは、ほんとうに良心的に判断してくれました。
 そのまま、特定音源として、サービス音声として提供してくれます。
 したがって、ふつうの書籍の「ぼくらの祖国」をすでに読んだ方も、電車の中、あるいは車の中で聴ける、さらには台所仕事やそのほかの仕事をしつつ聴けるということ以外に、ぼくのまったく新しい語りを、このオーディオブックだけで聴くことができます。

 そして、ここが肝心なことの一つですが、オトバンクは、ぼくの語りをまったくカット、編集していません。
 知らないところで編集され放題のテレビ収録とは違います。その意味でも、ラジオ生放送に似ていますね。
 そしてラジオ生放送よりも、はるかにぼくの語りが長尺です。


▼どうやって手に入れるのか。
 ぼくも知らなかったのですが、今では、カセットテープやCDを買うのではなく、「日本最大級のオーディオブックポータルサイト」(あくまでオトバンクの説明)というここにアクセスして購入するそうです。
 それ以外の手段では、手に入らないそうです。

 そして、2月11日の紀元節(前述したように復古主義で、こう申しているのではありませぬ)に合わせて、発売開始とすることまで、このオトバンクは志を持って考え、決めてくれました。
 みなさん、よろしければ、とりあえず上記のサイトに行ってみてください。

 そして、「ぼくらの祖国」販売ページも設定されるそうです。
ここです。…2月10日までは、ここへ行っても、オトバンクの説明によれば現在は(上掲の)FeBeトップページになってしまいますが、2月11日(火)になったら、「ぼくらの祖国」の販売ページへと移行するそうです。


 念のため、オトバンクの情報もアップしておきます。

株式会社オトバンク ~聞き入る文化~
〒113-0033
東京都文京区本郷3-4-6 御茶ノ水エビヌマビル8階
■TEL :03-5805-2915 (代表)
■FAX:03-5805-2917 (FAX)

ぼくは事実を語るだけです。

2014年02月08日 | Weblog
内閣府キャリア職員の変死だろうが、ほかのことだろうが、みずから力を尽くして調べた事実をありのままに語る以外のことはしません。
同時に、情報源の秘匿は、命を賭けて貫きます。
この二つの原則は、決して、譲りません。

この地味ブログへのコメントのなかに「内閣府職員の不審死について、あちこちテレビに呼ばれるのは、陰謀を隠すような話をしているからじゃないか。青山さんまで信じられなくなったら困る。違うというのなら、情報源を暴露しろ」という趣旨になる書き込みがありましたが、どうして、そんな発想になるのですか。

この書き込みが、もしもぼくのやる気をなくさせることが目的なら、他の嫌がらせコメントに比べて、ほんとうに上手な書き込みです。
その通り、やる気がなくなります。
わたしゃ、タレントでも評論家でもないので、本来の目的が理解されないのなら、別にテレビなどに参加する必要はありませぬ。
たとえば内閣府キャリア職員の変死について「憶測だけが広がるのを止める」という目的が、勝手に「大陰謀を隠すため」という話にすり替えられるのなら、もう語る必要を感じません。

もっとも上記のような書き込みは、たったおひとりですから、多くの方はそうではないと信じるほかありません。

また、そのおひとりも、そんなつもりではないのでしょう。
しかし…たとえば情報源をなぜ護らねばならないか、コメントを書き込んでぼくに読ませようとする前に、ご自分ですこし勉強されてはいかがでしょうか。
このコメントを書いたひとが「何ら証拠、ソースのない話です」(※原文のまま)と書かれているのだけは、どうにも許せません。いや、赦したいと思いつつ、これだけは言わねばなりません。
証拠、ソースのない話を、なぜ、ぼくがする必要があるのですか。

不肖ぼくだけではなく、どなたであれ、ひとつの表に出なかった情報をとり、その裏を確実にとり、最終的な確認にたどり着くまでに、どれほど命を削っていることかと思います。
あなたはなぜ、まさしく何らの証拠とソースも無いまま、「証拠もソースもない」と書けるのでしょうか。
この場合のソースとは、ネットから引用してくることではありません。
自分の地位を危うくするリスクを冒してでも、公共の利益、すなわち国民が真実、事実を知るということのために、情報を提供することに、遂に、同意してくれた人々のことを言います。
その人々を暴露するのが、どうして正しいのでしょうか。

売り込みはしません。

2014年02月07日 | Weblog
▼いま2月7日金曜の夜8時まえ、都内から大阪に向かう駅に居ます。単身赴任らしいひとびとが行き交い、観光客の人出とともに、凄い混雑です。
 明日8日土曜の朝に、大阪朝日放送の「おはよう朝日 土曜日です」という番組の生放送に初めて参加します。
 早朝5時半に局入りという強烈な日程で、物理的に前夜から大阪に入らないと間に合いません。(放送は朝6時25分~8時)


▼明日土曜の大阪では、そのあとテレビ大阪に移動し「たかじんNOマネー」の生放送に参加します。
 テーマは「ニュースを疑え!生命(いのち)編」だそうです。
 ほとんど打ち合わせをせずに生放送に臨みます。ぼくはいつものように、ありのままを語るだけです。
 放送時間は、いつもの土曜とは違って午後3時から4時です。

 そのあと、NOマネー特別編 『黒田の白熱教室~アジアの人々と正義の話をしよう~』の収録に参加します。
 こちらの放送は、2月15日土曜の午後1時から2時半です。
 ぼくは中国の侵略、侵攻の歴史と戦略について、これもありのままに語ります。


▼ちなみに、その明日土曜の夜はTBSテレビの「情報7DAYS」という番組で、ぼくのコメントが放送される予定です。
 これは今日の金曜に、コメント収録がありました。


▼さて、こうやって、今までよりすこしテレビ番組への参加について書き込んでいるためだと思いますが、「この番組はやめて、こちらの番組に出てください」「この番組が良いと思う」「この番組に出るべきだ」という書き込み、メールを、山のようにいただいています。

 この際、あらためて明言しておきたいことがあります。
 ぼくも、独研(独立総合研究所)も、テレビ局への働きかけや営業活動その他は、一切やりません。
 いかなる芸能プロダクションとも、何の関係も持ちません。
 したがって、こちらから番組を指定して云々というのは、まったくあり得ません。
 どこかのテレビ局から「この番組に出てくれませんか」という問い合わせがあって初めて、検討します。
 そのとき、ぼくは検討しません。そんな時間が無いのです。
 独研で、自然科学部長とともに総務部長代理を兼ねている青山千春博士と、独研総務部が検討し、社長のぼくはその判断を基本的に尊重しています。


▼この地味ブログへのコメント書き込みのなかに、たまに、よく分かってくださっている書き込みがあります。
 たとえば「なぜ、青山さんに、テレビに出てくれ、あの番組に参加してくれと言うのでしょうか。言う相手が違いますよね。そのテレビ局に言うべきです。そのテレビ局のHPから簡単にメールできるのですから」という書き込みが先日も、ありました。
 その通りです。
 ぼくや独研に、何をどんなに言われても、それをテレビ局に打診することは決してありません。
 テレビ局の側から何かの提案があったときだけ検討します。


▼ついでに、もうひとつ。
 ぼくと独研は、いかなる講演業者とも契約はしていません。
 ぼくや青山千春博士の講演を希望される方あるいは希望される会社・団体などは、独研の公式HPから問い合わせをなされば良いのです。ここです。
 問い合わせは、もちろんタダです。業者を挟みませんから、講演を実行することになっても仲介料は一切、発生しません。

 他人さまのご商売を邪魔はしません。しかし、いくつかの講演業者が勝手に、ぼくや独研の何らの承認も無しに、いやそれどころか、何らの問い合わせも無しに「青山繁晴の講演なら、ここへ」という宣伝をネットなどで行っているのは、まさしく不当です。
 ぼくも独研も、講演を商売で行っているのではありません。
 ぼくと同じく、日本国の唯一の主権者である日本国民と一緒に考えるためにだけ、全国を講演して歩いています。
 それを勝手に商売に使うのは、ほんらいは許されざることです。

 ぼくや青山千春博士の講演に関心がある方や、企業や団体はどうぞ、前述のように独研の公式HPの講演問い合わせページから直接、問い合わせてください。
 独研の総務部から必ず返答があります。
 おカネはかかりません。


*独研(独立総合研究所)公式HPのトップページはここです。
 ぼくがいちばん深い情報を発信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の問い合わせページ(ここです)や、独研の基本理念、さらには、ぼくと一緒に自衛隊の最前線部隊で研修したり、スキーを滑ったり、国会や総理官邸で研修したりする「インディペンデント・クラブ」(IDC。ただし現在は満員、次の会員補充をお待ちください)などなど、すべてがあります。

わたしゃトンボか

2014年02月05日 | Weblog
▼きょう2月5日水曜は、大阪で関西テレビの「水曜アンカー」の生放送に参加する日です。
 しかし今、その大阪から伊丹経由で、東京に向かっています。
 きょうもテレビ朝日「ワイド・スクランブル」の生放送に臨時に参加するためです。

 テーマは、内閣府キャリア官僚の変死です。
 憶測だけが広がることを止めるためにも、番組で話します。

 テレビ朝日を終わると、すぐ羽田にとって返し、伊丹経由で関テレに入り、アンカーに参加し、それが終わるとまたすぐ伊丹にとって返し、帰京します。
 明日木曜の早朝には、東京海洋大学でメタンハイドレート調査の実務について議論をすることから始まり、ニッポン放送の「ザ・ボイス」生放送への参加を含め、まともに考えたら頭がくらくらするぐらい(…しませんが)日程が夜中まで詰まっています。
 必ず今夜中に東京へ帰らねばなりませぬ。


▼きのうは東京から長駆、舞鶴に入り、猛吹雪を見つつ海上保安学校の若い学生諸君400人と教官の方々に「日本の出番、祖国は甦る」と題して、講演をしました。
 ぼくと青山千春博士と独研(独立総合研究所)のメタンハイドレート探査は実は、洋上での妨害も何度か経験してきました。
 わたしたちは、ちいさな民間シンクタンクですが、国益のためにだけ探査をおこなっています。
 これからは堂々と、海上保安官たちに護ってほしいとも思います。

 その願いも込めて、魂から講演しました。
 講演時間を延長したために、大阪へ向かう特急列車に、あと一歩で遅れるところでした。
 わはは。

 まもなく海上保安官として、祖国の海へ出て行く学生たちの眼の輝きが、女も男も、素晴らしかった。
 きみたちに勇気づけられたよ!

イルカ漁不当批判ツィッターへの反論が削除される問題は、全てカット

2014年02月03日 | Weblog
▼ぼくが地上波のテレビをあまり、いや、ほとんど視ないというのは、おのれが参加している番組も例外じゃない…いや、ほんとうは、おのれの出ている番組など気持ち悪いから、他の出演者には申し訳ないけど、まったく視ません。

 しかし今夜、2月3日月曜に放送された「TVタックル」は、後半だけ、視ました。
 視るつもりは全くなかったけど、視たいという人がいたので、夜9時半ごろに視てみると、キャロライン・ケネディ駐日大使をめぐっての話のところだった。

 正直、参ったなぁ、やっぱりテレビって。
 ぼくは、ケネディ大使がイルカ漁を不当に批判したことに何度も言及し、そしてその批判ツィッターに日本国民がごくまっとうな反論を書き込むと、ほんらいは削除できないはずが、どんな手段を使ったのが、どんどん削除されているということを指摘したけど、きれいに、全カット。
 一方で、キャロライン大使について他のことを話したところだけ、しっかり放送されたから、視ている人は当然、「イルカ漁批判の問題は青山も避けたのか」と思うでしょう。

 何を思われようと、いいけれど、ぼくの言おうとしたことと違うニュアンスが、編集によって作られるのは、やはり、どうかと思う。
 イルカ漁のところをカットするのなら、ぼくのキャロライン大使をめぐる発言全部をカットした方が、誤解を生まないのじゃないかと考える。

 それでも、あくまでも、編集権はテレビ局にある。
 その考えも変わりませぬ。
 この地味ブログに「もっとテレビに参加してください」という書き込みは、こころから驚くほど、多いのです。
 また「TVタックルに参加してくれないと、沖縄ではまったく青山さんの話が聞けない。関西テレビの水曜アンカーだけではどうしようもないし、たかじんさん関係の番組も沖縄では放送されない。会えるのは、TVタックルだけ。必ず、また出てください」という書き込みやメールが、沖縄のいろいろな人から、ずっと来ているのです。

 結局はぼくの選択ですね。
 例えば、沖縄のこうした声に応えようとしたら、今夜みたいなことが起きるのは、避けられない。


▼今夜の後半部分では、あれれ、と思ったのは、キャロライン大使の件だけじゃない。
 先の大戦へのいつもの決めつけなどなどに、さまざまに反論したけど、どれもカット。

 …しかし、そんなこと言ってたら、ぼくだけじゃなく、どなたも出られないです、テレビには。
 ぼくの本心は、前からずーっと言っているように、出たくない!
 そして、みなさんの願いにもすこしは応えなきゃとも、こころの底から思ってる。
 胸のうちでは、苦しいです。

テレビはやはり古いメディアか

2014年02月03日 | Weblog
▼きのう2月2日の日曜に、都心で「第25回独立講演会」を開きました。
 独立講演会は、この地味ブログで何度かお話ししてきたように、独研(独立総合研究所)が自主開催している講演会です。
 講演会の時間はふつう1時間、長くても1時間半です。
 ところが、ぼくらの祖国をどうやって甦らせるかをめぐって、ささやかに問題提起するには、まるで時間が足りません。
 この頃は、それをあらかじめ理解してくださって2時間という異例の長時間を用意してくださっている講演会もあります。
 ただ…それでも足りません。


▼こうした通常の講演会の時間設定が困る、と言うのでは全くありませぬ。
 にんげんが誰かの話を聴くときの集中力の限界はふつう、90分、1時間半ぐらいでしょう。
 ぼくは近畿大学経済学部で教えてもいますが、だから、授業時間は90分ですね。
 しかしもしも、時間無制限で、不肖ぼくと一緒に考えてみたいという方が少数でもいらっしゃるなら、それをやってみようという、ちいさな志で、この独立講演会をやると決めました。
 そして第1回を2011年の5月22日に「震災チャリティ緊急講演」として神戸で開きました。
 そして、ぼくが被災地の宮城県南三陸町を訪ねて、みなさんの入場料の全額を町に寄付しました。
 そこから、早くも2年半以上が過ぎました。

 続けているうちに、独立講演会にもうひとつ、大切な特徴が加わりました。
 大質問大会です。
 ふだんの講演会でも質問されたい方は、とても多いと思うのですが、なにせ講演時間を延長に延長しても話す時間が足りず、ようやく言うべき最低限を話し終えて、講演会場を全力疾走で飛び出し、名古屋駅で2回ほど、新幹線のドアに挟まれました。ふひ。
 だから、質問を受ける時間がない。
 そこで独立講演会で、ありとあらゆる分野の質問を受けるようになりました。


▼ただし、悩みもあります。
 質問をなさる方には、一度に複数の質問をされるひともあり、また質問だけではなくご自分の考えをかなりの長時間、話されるひともいます。
「さぁ、質問をどうぞ」とぼくが言うと、数多くの手が挙がります。そうしたなか、その方に当たったのもご縁ですから、なるべく、質問者の邪魔をしたくない。
 そして、ぼくの答えは、なるべく「すべては繋がっている」ということを理解しやすい答えにしたい。
 それらもあって、連続5時間前後の独立講演会をやってなお、話せなかったテーマもいつも複数、出てしまいます。


▼きのうの第25回は、かつてないほど沢山の方が集まり、当初の予定会場を初めて変更し、広い会場を確保しました。
 それでも、ぎゅうぎゅうだったですね、参加されたみなさん。
 そのなかを午後2時から7時まで、ほんとうに一緒に祖国とアジアを考えてくださって、感激しました。魂から、ありがとうございます。

 ちなみに今、次の第26回独立講演会の参加者を募集しています。〆切は間近です。関心のある方は、ここです。


▼この地味ブログで、独立講演会で話した内容を、具体的に記したことはありません。
 今後も、原則、ないでしょう。
 現場で聴いてくださらないと、真意が伝わらないと思うからです。

 しかし今日は、例外として、冒頭の部分のほんの一部だけ、書き留めておきます。
 これも独立講演会で初めてのことだと思いますが、テレビ番組の話をしました。その話に出てくるテレビ番組は、今夜かそれ以降に放送されて、この地味ブログに来られるひとのなかに視るひとも居るだろうからです。(放送日は、確認していません)


▼話はざっと、以下のようです。

▽独立講演会に向かう支度を仕事部屋でしているとき、テレビがついていました。
 ふだん、あまり地上波のテレビを視ませんが、たまたま地上波でした。これは、収録ではなく生放送でした。ぼくも参加したことのある番組です。
 北朝鮮の強制収容所のあまりに酷く、惨たる実態を残酷なイラスト入りで放送していたのですが、キャスターがゲストの加藤登紀子さんに話を振りました。
 すると加藤登紀子さんが「日本にも戦前に似たような強制収容所があったと思いますけど…」と発言されたのです。
 加藤登紀子さんは、ぼくが教えている近畿大学の学生たちのような若い世代にはもう、知らないひとも増えています。けれども「国民的歌手」という地位を確立した著名なシンガーでもあります。

 ぼくらの祖国、わたしたちの日本国には、戦前だろうが戦後だろうが「北朝鮮のような強制収容所」が存在したことは、ありません。
 発言の背景は、「戦前の日本は今の北朝鮮のようなもの」という驚くべき思い込みがあるのではないかと、ぼくは考えます。この驚くべき、事実にまったく反する思い込みは、日本のテレビではふつうに語られていますから。

 加藤登紀子さんが、どのような思想を持たれても、その思想を持つ自由と表現する自由は、不肖ぼくの命を賭して護ります。
 と同時に、事実に明白に反することを思い込みで発信されることは許しません。
 どのような思想を持ってしても、戦前の日本に「北朝鮮のような強制収容所」」があったことには、できません。
 しかし、その時スタジオの誰からも、「ちょっと待ってください」という声も「違います」という声も出ませんでした。

 加藤登紀子さんの隣には、漫画家の黒鉄ひろしさんがいらっしゃいました。
 ぼくは一度だけ、黒鉄さんと痛飲したことがあります。国士だと思います。
 加藤さんの発言のあと、番組はコーナーが変わって、黒鉄さんが「安重根記念館」にまつわる話をされました。
 黒鉄さんは歴史漫画でも知られた描き手です。安重根によるとされる伊藤博文公暗殺事件をめぐって基本的なかつ重大な疑問があることを明示されました。この疑問は、歴史を考えるときには周知の疑問ではあるのですが、ほとんど一般には知られず、テレビで明らかにされるのは初めて視ました。
 すなわち、中韓が「安重根記念館」なる、嘘で固めた反日宣伝施設をつくったさなかにあって、黒鉄さんはとても意義ある発信をされたと考えます。
 その黒鉄さんがなぜ、加藤登紀子さんの、日本を事実に反して貶める発言に対して何も仰らなかったか。
 テレビを一視聴者として、たまたま視ていただけのぼくにも、スタジオの現場でのその理由はよく分かりました。
 強制収容所をめぐるコーナーが時間いっぱいで終わってしまったから。
 まず間違いなく、それだけです。
 残念ながら、これがテレビメディアです。秒単位でコーナーが構成され、その集合が番組ですから、こうなります。物理的な問題です。


▽独立講演会の前日、2月1日の土曜に「TVタックル」のスタジオ収録に参加しました。
 2年ぶりかな?
 もっとかな?

 タックルの収録は、かつてはほんとうに長時間でした。ハマコーさんや三宅さんが健在の頃ですね。その頃は、ぼくの発言を95%カットされて放送されたこともあります。当時の秘書さんが(…ぼくが頼んだのでは、もちろんなく、彼女の意思で)実際に時間を計って教えてくれました。
 しかしそれでも、編集権はあくまでテレビ局にあります。カットが嫌なら収録に参加しなければいいのです。タレントでも評論家でもないのですから。
 現在は、収録時間はとても短くなりました。それならそれで、今度は別の問題が生じます。とにかく番組参加者(ないし出演者)の数が多いですから、他人の発言を暴力的に遮りでもしないと、充分には説明、発言できません。


▽例を二点、挙げておきます。
 ひとつは尖閣諸島です。
 土曜日のスタジオで流されたVTRでは「一触即発なので、戦争になるかも知れない」という観点が強調されていました。
 ぼくは大きな声で「尖閣で小競り合いや、小規模な衝突になる可能性はリアルにある。しかし、そこから大戦争になったりしない」という趣旨を述べ、さらに考えて、「絶対にない」と断言しました。
 するとすぐに他の人から「絶対などということはない」あるいは「戦争は小規模な衝突から始まる」という趣旨の反論がありました。それは当然です。当たり前の常識です。ぼくは、不肖ながら、そして一民間人ながら安全保障の実務家ですが、そうでなくても、誰でもそんなことはご存じです。
 しかし問題は、そのVTRが、意図してはいなくとも、実質的には情報操作になっていたことです。
 すなわち「戦争が嫌なら、尖閣で揉めない方が良いと思うでしょう? 中国を刺激しないためには靖国神社も参拝しない方がいいのかも?」と誘導されかねません。

 事実、「第二次安倍政権は、日本を戦争のできる国にしようとしている」というベテラン・ジャーナリストの発言もVTRに盛り込まれていました。
 全面戦争になることを恐れるあまり、もしも尖閣諸島に「領土問題がある」と日本が不当にも認めて、それによって中国が「じゃ問題を棚上げにしましょう」と言うことを期待するようになるのなら、それはまさしく中国の「世論戦」(世論工作)に乗っかることそのものです。
 だから、あえて「全面戦争になること絶対にない」と断言して、問題提起したのです。
 提起した以上は、ほんらいは、そのあとの展開が必要です。なぜ「絶対ということはない」という常識論、あるいは俗論に逆らって「絶対ない」と述べたかを、説明せねばなりませんが、どう努力しても、その機会は作れませんでした。
 他の人が発言しているうちに、その尖閣のコーナーが終わったからです。

▽もうひとつは、NHKの籾井会長の発言です。
 ぼくは「発言を撤回したのがいちばん、いけない。(歴史をめぐる)発言の内容は間違っていないので、撤回しないと言って、辞職すべきだった」と発言しました。
 ぼくが撤回すべきではなかったという趣旨を述べたのは、たとえば歴史をめぐる部分です。

 籾井会長の発言の中には、政府の方針に従う放送をするといった趣旨もありました。これは間違いです。
 イギリスのBBCは、明確な国営放送ですが、みずから発掘した事実関係に基づいてイラク戦争に反対し、イギリスのブレア政権の圧力を受け、謎の死人まで出しました。それが報道機関です。国営も特殊法人も民間も何もありませぬ。

 一方で、会長の職にとどまるために、歴史をめぐって中韓の不正義な宣伝に沿うような撤回、謝罪をしたのは許されざることです。
 総じて、発言を撤回せず、辞職すべきだったとぼくは考えます。
 しかし最悪の場合は「辞職すべきだった」というところだけ切り取って放送されることもあり得ますし、そこまでではなくても「辞職すべき」というところだけ強調され、歴史をめぐる発言がその理由であるかのような印象になることもあり得ます。
 放送中にそう考えました。
 しかし、これが起きないようにするのは、生放送でもコーナーが終わってしまうとできませんが、スタジオ収録では、もっと無理です。どんな編集になるのか、全く分かりませんから。
 実は、テレビに出ている論者のなかには、収録のあとにディレクターなどに電話して編集ぶりについてさまざまなお願いをなさる方もいらっしゃいます。
 それは生き方の違いです。ぼくは、それはしません。


▽TVタックルという人気の長寿番組は、この頃、「老いらくの恋」といったテーマでやっていたそうですね。
 前述したように、ぼくは地上波テレビをあまり視ないので知りませんでした。
 ディレクターも辞めた人が複数いたり、かなり変わったようですが、ひとり、「政治、外交・安全保障をやりたい」という意思をずっと変えないディレクターが居ます。
 彼の志に応じるために、ほんとうに久しぶりにスタジオ参加しました。
 しかし、いわば物理的に難しいことが、上記のように厳然とあるのも事実です。

 ここに述べたことは、ぼく個人のことにとどまらず、テレビという、みなさんに親しまれたメディアの今後に関わると思います。たとえばニコニコ動画の生放送などがなぜ、たくさんの人に視られるか、そのこととも繋がっていると考えます。