Our World Time

いち早くお伝えしたいこと、ふたつ

2008年07月17日 | Weblog



▼あさって7月19日土曜の関西テレビ「ぶったま」には参加(生出演)します。

 ぶったまへの参加は不定期ですが、いつもは独研(独立総合研究所)のオフィシャルHPだけで参加(出演)日をお知らせして、このブログでは、ふだんはお知らせしていません。

 あさっての土曜については、なぜお知らせするかというと、先週に引き続き2週連続の参加になるからです。
 ぶったまで、ぼくのつたない話を聞こうと思われているかたは、たぶん「先週に出ていたから、今週はないだろう」と考えておられるひとが多いと思います。

 今、ぶったまは実は、ぼくの方が可能な土曜日にはすべて出るようになっています。
 かつては、ぶったまからの依頼に合わせて、参加(出演)のスケジュールを組んでいたのですが、このごろ、ぼくは土曜、日曜も日程がすべて早くからぎちぎちに埋まることが格段に増えていて、とにかく可能な土曜には、ぶったまに出る、というように変わっているのです。


▼そして、あさって19日のぶったまでは異例なことがもう一つ、あります。

 以前の参加(出演)のときに、ニュースコーナーの終わりで、キャスターの魚住りえさんが「日中の興亡」のサイン本の視聴者プレゼントを告知してくれました。
 すると、番組のディレクター陣によると、空前と言っていいほどの沢山の応募があり、ふだんのプレゼントよりも極端に倍率が高くなってしまったそうです。

 そこで異例ですが、サイン本をもう5冊、追加でプレゼントすることになりました。
 番組の、こころ優しい判断です。
 ディレクターによると、今回は、ニュースコーナーの終わりではなく、番組全体の最後にちょっと時間もとって告知をするそうですから、応募してみようかな、というかたはその点もご注意ください。

 そして、ぼく自身も考えました。

 前のプレゼントの時は、「日中の興亡」にサインをするとき当選者の名前が分かっていませんでしたから、ぼくがささやかに原則としている「読まれるひと、この本を受け取る人の名前を中央に、いちばん大きく書く」ことはせずに、ぼくの名と、「深く淡く生きる」という座右の銘を書くだけにしました。

 しかし、今回は、当選者が決まるのを待って、そのお名前を中央に書きます。
 そのために発送はすこし遅くなるわけですが、それは許してください。
 やはり、サイン本を手に取るかたのお名前を書きたいです。




断腸の記 「と・り・あ・え・ず」の巻

2008年07月16日 | Weblog



▼この地味なブログを読んでおられるかたが、すこしだけ増えているようで、そうなると更新が少ないのが申し訳なくて仕方ないです。

 このごろ、櫻井よしこさんの森のなかの美しいご自宅を、独研(独立総合研究所)の自然科学部長や研究員といっしょに訪ねたり、記者時代から長いつきあいの但木敬一検事総長がついに退官されるので検察庁を訪ねて、検事としての但木さんとは最後になる議論を交わしたり、印象深い日々が続いています。

 それを、断腸の記「あまりに印象深い日々」の巻、としてすこしづつ書き溜めているのですが、急を要する仕事が山積に山積していて、それに正直のところ体調不良もあって、なかなかアップできるまでにいきません。
 一方で、このブログを、かつては考えられなかったほど沢山のひとびとが訪ねてくださる。

 困ったなぁ。
 そこで窮余の一策で、上記のアップはとりあえず置いておいて、早めに伝えたいことだけピックアップすることにしました。


▼まず、7月13日の日曜に、京都の大きな書店「アバンティ・ブックセンター」でひらいた拙著「日中の興亡」のサイン会に、想像を超えたかたがたがお出でくださり、長時間の列に並ぶことにじっと耐えてくださって、ありがとうございました。
 ぼくの魂からの感謝の思いを、ひとりひとりに、あらためてお贈りしたいと思います。

 サイン会が始まるまえ、書店の奥の控え室で、サイン会に来られないかたのために、20冊の本にサインをしたためていました。(いまアバンティ・ブックセンターに積まれている?はずです)
 そのとき、持参した落款を押していて、まだ見ないかたがたに思わず気を込めながら、押すようになりました。

 そしてサイン会が始まると、長い列の最初から、こちらに歩まれる最初のかた(品のある落ち着いた女性)に手を差し伸べ、しっかりと握手して、席についていただいて、整理券に書き込まれたお名前を読み上げ、そのお名前を中央に書き、右にささやかな座右の銘「深く淡く生きる」を書き、左にぼくの名を書き、そして落款を押すとき、このときも思わず、目の前のかたの人生のために気を込めました。

 事前に予定していたわけでは、まったくないのです。
 こうやって自然に気を込めるようになり、150人ほどの最後の1人のかた(元気な若い男性)まで全員に、気を込めさせていただきました。
 内心では、気を込めるなんて僭越だなぁとも思っていました。

 特に、チベットの民衆と日本仏教の良心のために立ち上がった大樹玄承師が、爽やかな少年(つまりお子さん)と、師を支える奥さまといっしょに来てくださり、その師にも気を込めさせていただくときは、おのれの僭越に身が縮む思いも胸の中にありましたが、あえて皆と同じようにいたしました。

 書店も、版元のPHPもこれまで、サイン会にこれほど人が来られた経験はないそうで、せっかく申し込まれたり、会場に足を運ばれた人の多くに、「もう満員です」と告げざるを得なかったとのこと、ぼくからも深くお詫び申します。

 並んでくださったかたがたから、びっくりするほど沢山のおみやげや、素晴らしい花束を、大きくてゴージャスなのと小さくて可愛いのをひとつづつ、そしてお手紙をいただきました。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
 花束は、スタッフからは東京に持ち帰るのは無理じゃないかという、出て当然の意見も出ましたが、ぼくが抱えて新幹線に乗り、いま東京の自宅で、美しく咲き続けています。
 大きなのは、リビング、小さなのは、ぼくの書棚です。
 どちらの花束からも、東京湾岸の海がよく見えます。

 お手紙は、新幹線の車中と、帰京した自宅ですべて読ませていただきました。
 そのなかでも、特に若い人たちに聞かせたい言葉のあった2通は、きのう7月15日火曜の近畿大学経済学部での講義で、一部を読みあげました。
 私信ですから、もちろん名前などは明かしていません。
 そのうちの1通には、こんな趣旨がありました。(原文の通りではありません。趣旨です。ぼくの記憶に刻みつけられた趣旨です)



『わたし(まだ若い女性)は、甲子園球場で野球観戦中に、上段の男性に殴られ、めまいや頭痛、吐き気といった症状のために3年間ほど、休職しました。
 外出はおろか、テレビを見ることも、ラジオや音楽を聴くことも、読書も何もかもできなくなり、ただベランダから外を見る生活が続きました。
 そのなかで、わずかに見たテレビで、たまたま関西テレビ「アンカー」の「青山コーナー」を見て、感じるところがあって、それ以来、すこしづつ元気になり、とうとう復職もできました。
 まだ後遺症はずっと続いているのだけれど、飛行機にもチャレンジしました。(青山がアンカーで言っていた)沖縄の「白梅の塔」を訪ねるためです。
 先日は、新幹線にもチャレンジしました。生まれて初めて靖国神社へ参拝するためです。
 わたしは、もともとはニュースにあまり興味がなかったけど、今では、青山さんの言うように自分で考えるようになりました』



 あくまで私信ですから、これ以上は趣旨も書けませんが、これほどまでに魂に響くお手紙を、ぼくひとりの幸福にとどめることはできなくて、学生たちと、それから関テレ「アンカー」の戦うスタッフたちにも、読みあげました。

 同じように趣旨を読みあげた、もう1通のお手紙は、中国人の夫を持つ30歳の奥さまの便りです。
 サイン会には、その旦那さまも来ていただきました。中国に対して厳しいことを書いている本のサイン会ですが、旦那さまもフェアにサインを喜んで受け取ってくださいました。

 そのほかのお手紙も、1通1通が、あまりに胸に染みいる言葉が、ごく自然な書きぶりに並んでいて、これでは泣き虫と言われても、泣かないではいられません。


▼それからサイン会にお出でいただいた阿蘓(あそ)さん、たいへんに失礼しました。
 蘇の字のくさかんむりの下が左右逆になっている、「蘓」という字があるとは、全く知りませんでした。
 このブログのコメント欄に「Be Good To Yourself」というかたが書き込んでくださったおかげで、平城京の跡から発見された木簡に「蘓」という字があることを、初めて知りました。
 物知りの人がいらっしゃるのにも、びっくりです。

 ぼくの情けない無知を詫びつつ、サインした字が正字であることを知って、ほっとしました。


▼さて、その「日中の興亡」なのですが、たとえばこんなお問い合わせを、メールや、直接にお会いしたかたから繰り返し、繰り返しいただいて、困惑しています。

「どの書店を回っても、品切れだ。ネットの書店でも、品切れだ。いったいなぜ増刷しないのか」
「つまりは出版社の作戦なのか」
「その作戦を、青山さんも知っているのか」

 出版社の作戦とは、とても思えません。
 ぼくが『作戦』を知っている云々は、もちろん絶対にありません。品切れ状態にして盛り上げるなどと、そんな姑息なことは決してやりません。

 京都でのサイン会の日に、PHPの担当編集者が「会いたい」とのことでしたから、コーヒーショップでお会いしました。
「日中の興亡の売れ行きが、予想をまったく超えて好調なので、続編をお願いしたい」という話でしたから、ぼくは当然ながら「続編より何より、今の本を読みたいという読者がいらっしゃるのだから、増刷が先ではないですか」と聞きました。

 この担当編集者は、純粋で誠実なひとです。ぼくはお世辞は言いません。
 編集者は「それは私も毎日、営業サイドに言っているのですが、なかなか固くて」と答えられました。
 そして「続編は、最初からたくさん刷りますし、増刷も素早く、掛けます」と続けられました。

 いまリクエストの多い本がなぜか増刷されなくて、その続編ならたくさん刷れる?
 この仕組みは、正直、今もぼくには分かりません。

「しかしアマゾンでは、品切れが続くために、出たばかりの本にプレミアムが付けられて、ものによっては定価の倍近い値段でコレクター本として出品されていたりしますよ。ふつうの読者のニーズにふつうに応えてほしいのですが…」という趣旨も、ぼくは申しました。

 実は、このやりとりの前に、3刷が出ることは決まっています。
 しかし3000部です。
 初刷が7000部、2刷が2000部、3刷が3000部、ぜんぶ合わせて1万2000部、正直に申して、いかにも「売れるはずはないんだ」という刷り方にみえます。

 たとえば楽天ブックスをみると「重版予約を受付中」という画面になり、それがすぐに「売り切れ」となります。
 ネット書店だけではなく、前述したように、たくさんの人から「いくら書店を回っても、ない」という怒り半分の問い合わせをいただいています。

 ぼくはプロの物書きであっても、出版業界のことは必ずしも分かっていません。
 いやプロの出版人からみれば、出版界の事情については、ぼくは素人そのものですから軽々にものを言ってはいけませんが、「作戦なのか」などとあらぬ疑いをかけられるのは困りますから、編集者に質問を続けたのです。

 しかし答えは「営業にプッシュします」ということで変わりませんでした。
 そこでサイン会に来られていた営業のかたにも、すこし聞きましたが、「大丈夫です」という答えだけでした。
 誠実な編集者が、毎日のように営業サイドにプッシュしてくれているのは、きっと間違いのない事実だと思います。
 しかし営業サイドとしては、青山の本が売れるはずはないという心配が消えないのでしょう。

 それは最終的には、4年前の本「日本国民が決断する日」が売れなかったぼくの責任と考えます。
 もう4年も前の本の売れ行き(一応、2刷にはなった本ですが…)、それがそこまで参考にされるのかとも思いますが、営業サイドがプロとしてどのような判断をしようとも、それは版元のプロフェッショナルな判断ですから。

 ぼくはこれまで出版社を選んだりは一切せず、ただ話が来た順番に、原稿に取り組むようにしていましたが、これからはある程度は考えねばならないのかもしれません。
「日中の興亡」は、買いたくても買えないということで、そのうち忘れられていくのかもしれませんね。
 もしもそうなれば、それは辛いですが、ぜんぶ含めて、ぼくの実力のうちです。


▼現在のぼくは、本音をそのまま言えば、文学作品以外には、おのれの発信をやめたい気持ちがあります。

 テレビもラジオも講演も講義も、それからノンフィクション分野の本も、必ず誤解されて受け止められることがあり、それはすべて、受信側にはまったく問題も責任もなく、発信側のぼくに全責任があるからこそ、このあたりで停止したい気持ちが、ますます強まっています。

 それに「みずからの頭で考えましょう。ぼくのあらゆる発信は、そのための、それだけが目的の、小さな小さな問題提起やきっかけに過ぎません」ということが、分かる人にはすでに分かっていただいた気もするのです。

 そんななかに開かれたサイン会でした。
 いただいたお手紙のなかには「何があってもテレビ出演をやめないで。生きる元気をもらっているのだから」という一節もありました。

 困ったなぁ、とも思っています。
 命や体力を捧げ尽くすのは、これまで通りに、死を迎えるときまで続けます。
 ほんとうは、しかし『発信』については純文学とエンタテインメント文学の執筆、その両方にそろそろ集中したい気持ちがあります。

 独研の社長として、日本の国家安全保障や危機管理、日本を資源大国にする試み、それらの実務に引き続き取り組みながら、発信者としては、文学に限定したいな。
 ぼくのごく個人的な願望としては、いま、それがあります。


▼サイン会は、天が、そうしたぼくに何かのサインをまさしく送っているのかどうか、それをよく考えます。
 とりあえず、福田さんの6日間の夏休みが、うらやましいなぁ。
 ふひ。


▼この下に、上記の3刷のための修正箇所を掲げておきます。
 ウェブ上の正誤表の、ヴァージョン2です。
 みんなに迷惑がかかりますから、修正はこれで打ち止めにしようと思っています。


▽p47 4行目「登壇し、」および6行目「記者会見し、」のテンをいずれもトル

▽p71 9行目「作ってきた」→「造ってきた」

▽p73 後ろから8行目「終わったあと、」→テンをトル

▽p92 3行目「ならないということなのだ」→「ならないからだ」

▽p110 3行目「ないか」→「ないのか」 (以上)






サイン会へおみえになった阿蘇さんへ、取り急ぎ

2008年07月14日 | Weblog



▼きのう京都アバンティ・ブックセンターで開かれた、「日中の興亡」発刊記念のサイン会に、一家でおみえいただき、ありがとうございました。

 たくさんおみえになった方々のなかで、阿蘇さんにだけ、取り急ぎお話しするには訳があります。


▼サイン会で、整理券に「名入れご希望の方はこちらにご記入ください」という欄がありましたね。
 そこに、阿蘇さんご自身が書いてくださったお名前の字が、阿蘇ではなく、蘇の字の下の部分が左右逆になり、「魚」が右に来ていました。

 ぼくは、その字に正直、びっくりしました。
「これはなんとお読みするのですか」とお尋ねしたのを、きっと阿蘇さんは覚えていらっしゃるでしょう。
「あそ、です」と、はっきりお答えになり、ぼくは『こんな字があるんだ』と驚きながら、そのまま、その字でお名前を書いて為書きをし、サインをいたしました。

 したがって、不思議な字で為書きがしてあるサインになっています!


▼阿蘇さんはきっと、あの場の雰囲気で思わず、左右を逆に書かれたのだと思います。
 だから、やむを得ないと言えばやむを得ないのですが、一方でお名前の字が違うのはきっとおいやでしょう。

 もしもよろしければ、京都アバンティ・ブックセンターを通じて、サイン本をわたしにお送りくだされば、正しい字でサインし直して、お送りします。
 ご連絡をお待ちしています。


▼以上のことは、阿蘇さんからこのブログに、次のようなコメント書き込みをいただいて、気づきました。


~阿蘇さんのコメント書き込み(2008-07-13 18:07:20)~

本日はサインして頂きありがとうございました。
本日の最年少チビ助にまで握手して下さいましたのに泣いてしまいまして本当にすいません。
では今から日中の興亡読まさせて頂きます。

~阿蘇さんのコメント書き込み、ここまで~


 このコメントには、阿蘇とありましたから、あれ、これならふつうの字だ、阿蘇山の阿蘇だと思い、すぐに整理券を調べてみましたら、やはり蘇の字の下の部分が左右逆に書かれてありました。

 なかなか味わいのある、不思議な字になっていて、ちょっと楽しい感じでもあるのですが、たいせつなお名前ですから、やはりできれば正しく書かせていただきたく思います。

 連絡をお待ちしていますね。


 青山繁晴 拝 7/14月曜 朝5時13分



怒り

2008年07月06日 | Weblog



▼いつも申しているように、この個人ブログへの書き込みについて、質問の形になっている書き込みに個別にお答えすることはしません。
 それをやれば、ぼく本来の仕事、シンクタンクの社長あるいは作家としての仕事に必ず大きく影響するからです。
 ほんとうは、ぼくの現在の仕事量、オブリゲーション(義務、責務)の幅と量は、ひとりの人間が処理できる適正量をすでに大きく超えていますから。
 ぼくはこれで10年と7か月あまり、年末年始を含めて1日も休んでいませんが、それでも積み残したままの仕事が山のようにあるのが実情です。


▼書き込みのうち、ぼくが『おかしいな』と思うものも、時折はあります。
 基本的な事実関係が、単純に間違っているものもあります。
 それから、思わず不快な気持ちをぐっと呑み込むもの、あるいは怒りに似た気持ちを覚えることさえあります。
 しかし、それでも上記のみずから定めた原則に従って、ここで返答することはしません。

 また、少なからぬ有識者のかたがなさっているような「書き込みの禁止」「書き込みの制限」をするつもりも、今のところありません。


▼これまで返答したことはありました。
 しかし、それは不快感や怒りによるものではなく、たとえば旧軍のフェアな名誉に関わることだったり、社会的な公正さから放置できないイッシュー(事柄)に限られています。


▼今回はまったく初めて、怒りとともに、返答せねばなりません。
 それを悲しく思います。

 ただ、この返答も、個人的な怒りによるものではありません。
 わたしたちの社会の大義、あるいはフェアネスのために強い怒りを禁じ得ないのです。


▼「素人」というハンドルネームのかたから、次のような書き込みが2度、されています。

▽2008-07-04 01:08:17
「ズバリ・ぶったまのファンで、You tubedeに上がるのを楽しみに必ず見てます。
青山様のTV解説で、日本海側のメタンハイドレードは、直ぐにも採掘可能な日本に数少ない有望な資源との事で、日本人として単純に嬉しかったです。
が、試掘関係者からの情報では、石油高騰した現時点でも経済的採算性は殆ど無く、埋蔵量も日本の消費量の10年分も見込めず、採掘可能な量になれば更に数分の一で民間業者が参入する事は経済的に不可能と言われてます。
この間の青山様の情報とは真逆な結果を聞いて、青山様の情報源が気になった次第です。」

▽2008-07-05 23:46:55
「私も、政治外交面で青山さんの情報を一番信頼してますが、日本のメタハイは業界では有名なトンでも教授が牽引して来た経緯があり、青山氏の姿勢に危うさを感じ心配なんです。
マンガン団塊は早く実用化出来れば、中国の輸出停止などの嫌がらせにも対抗出来るし、良いんですがね。
深海底掘削探査船「ちきゅう号」が、近々民間の資源開発業者に払い下げられるという話もあり、それらも関係しているんでしょうかね。」


▼あなたのお書きになっている「日本海側のメタンハイドレート」というのは、「太平洋側のメタンハイドレート」」の誤りではないですか。

 あるいは、誤りと分かっていて、すなわちエネルギー・資源の学界や業界で現在、「太平洋側のメタンハイドレートに比べて、日本海側のメタンハイドレートが、はるかに有望ではないか」という声が強くなっていることを承知の上で、わざわざ、太平洋側と日本海側を入れ替えているのでしょうか。

 これは、ぼくの「情報」というレベルの話ではありません。
 情報とは、ぼくが当事者から直接、ヒヤリングしたインテリジェンスの内容を指します。
 しかしこの件では、ぼく自身が、まさしくその当事者です。

 日本のメタンハイドレートの研究・試掘は、大きく分けて、太平洋側(主として南海トラフ)と日本海側があります。
 太平洋側には、すでに国の予算が500億円、投じられていますが、日本海側は、ごくごくわずかな予算しか投じられたことがありません。
 太平洋側は、政府・学界・業界が一体となって10年にわたり、単年度ざっと50億円、総額で約500億円の予算を使ってきました。
 一方、日本海側は、独立総合研究所(独研)の研究本部・自然科学部と東京大学の松本良教授の研究室が、大赤字で、すなわち純粋な研究と国民益、国益のために、みずから持ち出しで取り組んできました。
 国の予算は、単年度で最大1500万円、総額で2000万円ほどしか出ておらず、これでは研究船を数日間、日本海に出せば、その油代だけですでに大幅に足が出ますから、足りない分をみずから補うしかありません。

 ところが、太平洋側ではこれまで確たる成果は出ませんでした。メタンハイドレートが海底から深いところにあり、分かりやすく言えば泥や砂と、とことん混じり合っていて、取り分けるのが難しいからです。
 一方、日本海側では、海底の表面に露出していたり、そうでなくても海底から浅いところから、大量に良質のメタンハイドレートが発見・確認されました。

 日本海側に、独研と共に取り組んでいる松本良・東大教授は「日本が1年に消費する天然ガスの100年分」と、松本さんらしく慎重に控えめに公表されていますが、実際には200年から250年以上分あるのは、すでに確実とみられます。

 しかし太平洋側も、原油が1バレル(ひと樽)140ドルを突破する資源高の時代にあっては、ペイすると思われますから、これまでの試掘は無駄ではありません。
 原油はいずれ100ドル当たりまでは下落する可能性がありますが、それでもおそらく太平洋側も採掘コストに見あうでしょう。

 日本海側は上記のように、きわめて取り出しやすい形で賦存(ふそん、資源などが蓄積されていること)していますから、日本国にとって史上もっともコストの安い、そして日本史上初めての自前大型資源になる可能性が高いと考えられます。


▼これらのことは、一部はすでに「日中の興亡」(PHP出版、6月20日発刊)のなかでも明らかにしていますし、ずっと以前から、独研の公式ホームページでも公表しています。

 また独研の自然科学部長である青山千春博士も、松本良東大教授も、それぞれ国内の学会や国際学会で発表し、共同発表も行い、当然ながら学術論文も多数、発表しています。
 いちばん最近では、6月末から7月初めにかけてアラスカで開かれた「永久凍土学会」で青山千春博士が日本海側のメタンハイドレートの探索について直近の成果を発表し、今回も大きな反響を呼びました。
 青山千春博士は、超音波を用いたまったく新しい探索方法で国内特許のほか、国際特許もすでに取得しています。
 特許を取っていますから、その中身はもちろん公表されています。

 この「青山メソッド」は国内よりも、国際社会で有名です。
 これがあるからこそ、日本海側で大量の良質なメタンハイドレートが発見できました。
 従来の方法に比べ、漁船で使う魚群探知機を応用して超音波を発する方法ですから、はるかに安価で、使い易いのです。

 こうした事実は、前述したように、一部は著書で明らかにし、ホームページや学会、学術論文では、ほぼすべてを明らかにしていますが、テレビではあまり述べません。
 なぜか。
 この国では、まるでテレビを使って利益誘導をしているように誤解、曲解される怖れが強いからです。
 たとえばアメリカでは、自分が当事者であればあるほど、話の中身によっては「正確な話だ」とテレビ番組でも評価されることがあり得ますが、日本は、良い悪いではなく客観的にみて、嫉妬、ジェラシーの文化ですから、それはまず期待できません。


▼独研は、株式会社組織のシンクタンクですが、株式会社であるのは利潤のためではなく自立、自律を保つためです。
 お手本のひとつは、幕末に坂本龍馬の創立した亀山社中です。

 亀山社中は、司馬遼太郎さんがお書きになっているように、日本初の株式会社とみることができますが、利潤のために存在したのではなく、幕府にも、いかなる殿様にも従わなくて済むように、みずから食い扶持(ぶち)を確保して、だからこそ自由自在に動き、旧勢力を倒し、旧態依然たる利権構造を壊し、国家の再生を目指すために存在しました。
 独研も、政府であれ旧財閥であれ、どこかのヒモ付きになることを一切せず、みずから立って、自由自在に、国家再生のために働くために、株式会社でいます。

 したがって、日本海側のメタンハイドレートについても、私益のためではなく、日本を資源大国にして、ほんものの独立国家をつくるために取り組んでいます。

 東大の松本良教授は、世界でも指折りのメタンハイドレートの専門家であると同時に、学会の良心とも言うべき清潔なひとであり、官僚や業界のための利益誘導は決して行わない、ほんものの学者です。
 だから、独研とおたがいにその志と専門能力を認めあって、連携しています。

 独研には、総務部のほかに、研究本部があり、その研究本部は社会科学部と自然科学部を擁しています。
 社会科学部は、テロ対策をはじめとする危機管理などに取り組み、自然科学部は日本海側のメタンハイドレートの研究などに取り組んでいます。
 実際は、これら以外に、幅広い実務を行っています。独研のホームページで、すべて公表しています。

 ぼくは、この独研の代表取締役社長・兼・首席研究員です。
 日本海側のメタンハイドレートの研究は、前述したように大きな赤字ですから、独研の存続と将来の発展に法的な最終責任を有する社長として苦しんでいますが、日本国のために耐えて耐えて、遂行しています。
 太平洋側は、これも前述したように大きな予算が付いていますから、業界も深く参入しています。
 日本海側は、実質的に独研と東大のボランティアに近いですから、利権などは一切ありません。

 また、ぼくは経済産業大臣の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」の専門委員(エネルギー安全保障担当)を長く務めており、この公職からも、当事者です。
 この公職にあることも、もちろんホームページなどで公表しています。


▼さて、「素人」というハンドルネームのかたは、上記の事実がありながら、太平洋側と日本海側を逆にして、こう書き込まれています。

「青山様のTV解説で、日本海側のメタンハイドレードは、直ぐにも採掘可能な日本に数少ない有望な資源との事で、日本人として単純に嬉しかったです。
が、試掘関係者からの情報では、石油高騰した現時点でも経済的採算性は殆ど無く、埋蔵量も日本の消費量の10年分も見込めず、採掘可能な量になれば更に数分の一で民間業者が参入する事は経済的に不可能と言われてます。
この間の青山様の情報とは真逆な結果を聞いて、青山様の情報源が気になった次第です。」

 この試掘関係者とは、いったい誰でしょうか。
 前述したように、太平洋側の「試掘関係者」は山ほどいますが、日本海側の「試掘関係者」とは、まさしく、ぼくを含むわれわれ自身です。
 あなたは、われわれに何かをお聞きになりましたか。
 われわれに、その記憶はありません。

 そして、あなたは、2度目の書き込みで、こうお書きになっています。
「私も、政治外交面で青山さんの情報を一番信頼してますが、日本のメタハイは業界では有名なトンでも教授が牽引して来た経緯があり、青山氏の姿勢に危うさを感じ心配なんです。」

 トンでも教授が、松本良教授とは、まさかあなたも言えないでしょう。
 松本良教授とは対極の評価を受けているらしい学者は、確かにいらっしゃいます。ぼくとはお付き合いがありませんが。
 しかし、あなたは「素人」と名乗りながら、どうして、業界内の噂話をこうやってご存じなのですか。
 またメタンハイドレートと記さずに、「メタハイ」という業界用語を、さらりと使っていますね。
 さらに、この2度目の書き込みでは「試掘関係者に聞いた」というスタイルをとらずに、みずからの話として、書き込まれています。

 あなたは、いったいどなたなのでしょうか。
 ごくふつうに考えれば、可能性は最大で5つです。
 ひとつめは、太平洋側のメタンハイドレート開発の関係者で、日本海側をアンフェアに貶めようと、素人を名乗って書き込まれた。
 ふたつめは、日本海側のメタンハイドレートに重大な関心を寄せている外国(中国、韓国、ロシアなど)の関係者で、日本国がこれから、太平洋側から日本海側にシフトする可能性を封じたいと、書き込まれた。
 ちなみに、あなたもおそらくご存じのように、こうした外国は太平洋側のメタンハイドレートには、全くと言っていいほど関心がなく、逆に、日本海側のメタンハイドレートには、それが日本の排他的経済水域(EEZ)はおろか日本の領海内に賦存するものであっても、重大な関心を寄せています。

 みっつめは、あくまでも善意の、ほんとうに素人のかたであり、その「試掘関係者」も実在して、素人だから太平洋側と日本海側を間違えて記憶された。
 よっつめは、あくまでも善意の、ほんとうに素人のかたであり、全体に混同や記憶違いがあった。
 いつつめは、あくまでも善意の、ほんとうに素人のかたであり、その「試掘関係者」に嘘を言われて騙された。

 せめて、後者の3つのどれかであることを祈ります。
 それであるなら、この場で、すべてを赦します。
 弁明も要りません。

 一方で、前者2つのどちらかであるなら、決して赦しません。日本の国益のために、草の根を分けても探し出します。
 この場合、わたしたちの大切なコミュニケーションであるインターネットを不当に利用した、情報工作ですから、捜査機関に、法に則った公正な告発も致します。






大急ぎの連絡

2008年07月04日 | Weblog



▼7月13日に京都で開くサイン会への参加をお考えのかたへ。

「日中の興亡」の版元であるPHP研究所を通じて、会場の書店「アバンティ・ブックセンター」から要請がありました。

 会場は、事情があって午後6時までしか押さえられないそうです。
 幸いにして、かなりのかたが来られそうなので、予約がないかたが多いと、いくらぼくがサインをしたくても、する場所がないことになってしまい、混乱が心配されるとのことです。

 そこで、申し訳ないですが、必ず予約をしていただけますか?
 お手数をかけて、心苦しく思います。
 予約先は、075-671-8987です。



風のなかの、小さなメッセージ

2008年07月04日 | Weblog



▼日本外交の叩き直しと、この国民国家の言論と表現の自由の再建を願うデモ行進を予定していると、このブログへの書き込みでお知らせいただきました。

「風」というハンドルネームのかたです。
 以下のように書き込まれています(2008-06-30 22:49:53)


~ここから引用~

青山(先生)

 アンカーではいつも、国内外の政治や動向、その問題点に鋭く切り込んだ解説をされ、警告を発信して下さる青山(先生)を心より尊敬いたしております。

 この度、どうしても私共のネット発の東京中枢部デモのことを知って頂きたく、不躾とは存じますが、この欄をお借りして告知させて頂きます。
(中略)

〔日時〕2008年7月5日(土)12:00集合、13:00スタート(雨天決行)
〔ルート〕芝公園23号地~日比谷公園前~霞ヶ関(国会議事堂周辺)

 もし先生がゲストでお出で下さるなら、大感激で泣きますけれども、それがご無理でも、メッセージの一言だけでも戴ければ、私達にとって大きな力となります。

 詳しくは、まとめサイトhttp://q-web.net/ をご覧下さいませ。

~ここまで引用~


▼上記のサイトを拝見し、誠実さに胸打たれ、特定の団体にリードされていたり、何かの隠れ蓑になっていたりはない、良心派市民による行動だと信頼することと致しました。

 青山はもっと慎重であれ、という心配の声もこのごろ沢山いただき、その声にも配慮しつつ、上記のハンドルネーム「風」さんのメールアドレスに宛てて、つたないメッセージを贈らせていただきました。
 当日に読み上げられることは、当然ながら、すべてOKです。

 良心派市民のみなさんに、深い敬意をここで表します。




新刊「日中の興亡」をめぐって、ぜひ、お伝えしておきたいこと

2008年07月03日 | Weblog



▼7月13日の日曜に、前にお知らせしたとおり、京都の「アバンティ・ブックセンター」で、「日中の興亡」のサイン会を開きます。
 当初は1時間の予定だったのですが、予約が想像を超えて多いということで、午後2時半から6時ごろまで、3時間半ほど居る予定です。
 どうぞ、予約がなくともお出でください。
 サイン本を求めるかたがいる限り、予約がなくても必ずサインします。


▼そして実は、このサイン会が開かれる前でも、ぼくがサインをした「日中の興亡」が全国の書店で今のところ1箇所だけ、大阪・伊丹空港内の以下の書店で販売されています。

▽スカイブック
http://www.osaka-airport.co.jp/shop/book/01.html

[場所]
伊丹空港・中央ブロック1階(ANAとJALの出発ロビーの中間あたりにあります。飛行機に乗らない人でも、誰でも入れます)
[営業時間]
6:30~20:30
[電話番号]
06-6856-6647

 この書店は、4年まえに「日本国民が決断する日」を出版したとき、飛行機に乗る前にふらりと立ち寄って、店員の女性がフレンドリーなひとだったので思わず、「サインをしましょうか」と言ってしまい、意外にも喜んでいただき、在庫のすべてにサインをしていったら、すぐに売り切れた、ということがあったのです。

 4年も前のそのことを、この書店のどなたかが覚えていて、版元を通じて「サイン本を送ってください」との依頼がありました。
 きょうの昼、大阪から帰京するために伊丹空港を利用したとき、独立総合研究所(独研)のS秘書室長と一緒に、この書店を覗いてみました。
 まだ、たっぷり、サイン本がありました。
 もしも必要なかたは、どうぞ。
 自分のサイン本の前に立つのは、恥ずかしかったです。
 若いサラリーマンらしい男性が、そのサイン本をちょっと横にずらして、別の本を買って行かれました。
 ふひ。


▼7月13日にサイン会を開く京都の書店では、サイン会にお見えになったかたの本にサインをするだけではなく、翌日以降に購入されるかたがたにも、サイン本を残していきます。
 だから13日以降は、この京都の「アバンティ・ブックセンター」と、大阪・伊丹空港内の「スカイブック」の2箇所で、サイン本が販売されていることになります。

 今のところ、この2箇所以外では、手に入りません。
 関東地方などで、ご希望のかたには、申し訳ない。
 これは書店から希望をいただかないと、こちらから「サイン本を置いてください」などとは、ちょっと言いにくいですから。
 作家のなかには、書店を回られて、そのように申し出をされる人もいらっしゃいますが、うーむ、その書店はぼくの本が売れなくても返本ができなくなるわけですから、なかなか言いにくいですね。


▼なかには、地域でまとめて注文され、サイン本を要望してこられるケースもあります。
 これは、版元のPHPに直接、おっしゃっていただければ、必ず対応します。
 何冊でも、多くても少なくてもそれは関係なく、気持ちを込めてサインしてお届けします。


▼それから実は、最初の増刷が決まりました。第2刷が、2000部、発刊されます。
 増刷と言っても、初版が7000部で、第2刷を合わせてもまだ1万部に届かないのですから、売れているとは言えません。

 もっともネット書店などでは「品切れ」「売り切れ」という表示が相次いでいて、ネットで本を購入されるかたがたには、迷惑をかけています。

 版元としては、ぼくの本が売れるとは確信できないのでしょうね。発行部数が少ないままなのは。
 本を売ることのプロがそう判断しているらしいのですから、ぼくに何を言う権利もありません。
 これまでに出した本がいずれも、版元の期待を下回る売れ行きに終わった、その事実が背後にあると思います。


▼とはいえ、第2刷が出ることになりましたから、大急ぎで、初版本のなかで修正したい箇所をまとめ、版元にお願いしました。
 版元のPHPへの負担をできるだけ軽減するために、なるべく行数が変わらないような修正に留めました。
 それでも、かなり直したいところを直せましたから、すこしだけ胸のつかえが取れました。

 ほんとうは、句読点の位置を変えたいところがもう何カ所かあったのですが、修正箇所が多いので、せめてそこは遠慮をし、今回はPHPにそうした部分はお願いしませんでした。
 ほんらいのぼくは、句読点を打つ位置を徹夜して考えることもありますから、もしも万一、第3刷が出る場合は、そこも修正するかも知れません。

 以下に、修正箇所をアップしておきます。
 初版本をお求めになったかたで時間のあるかたなどは、できれば下記をご覧になり、参照していただけますか?
 いわばオンラインの「正誤表」と思ってくだされば、うれしいです。
 それにしても修正箇所が多くて、ごめんなさい。こころから申し訳なく思います。
 ただ、以下の修正は、2箇所を除いてはいずれも、事実関係の修正や重大な訂正はありません。
 修辞上の改善や、事実の分かりやすい補足、あるいは諸説がある事実関係について誤解を招く怖れを減らす工夫などです。
 だから初版を読まれたかたも、参照していただくだけで良いかと思います。 

 その例外の2箇所とは、ひとつは、版元の誤植で「青山」が「春山」になってしまっていた箇所です。
 もうひとつは、これも版元の誤植で「が」という助詞が2つ重なってしまっていた箇所です。※「弱さが」と書いたのが、「弱さがが」と印刷された。

 これらは、ぼくの求めによる『表現上の修正』ではなく、まさしく『印刷上の誤植の訂正』であり、不可欠の修正です。



▽p16 4行目「一枚ずつ」→「一枚づつ」

▽p28 下段の写真説明「じっくり聞く。」のあとに、次を追記。
 (米国ヴァージニア州にて)

▽p33 7行目「かった。」の後に、以下を挿入。
「朝鮮半島での白村江の戦いのように外での敗北はあるが、本来の領土を侵される敗戦は一度もなかった。」

▽p37 1行目「住んでいる。」→「住んでいる、」※句読点のマルをテンに換える。

▽p45 後ろから6行目「ラインという言わば」→「ラインと言わば」

▽p79 8行目「育てよう」→「育てよう。そう考えた」

▽p93 後ろから6行目「一九五〇年、」→「一九五〇年の」

▽p94 中見出しのあとの1行目「東アジア」→「アジア極東」

▽p95 後ろから8行目「一九七〇年の」→「一九七一年の」

▽p102 本文4行目「ただただ」→「ただ」 ※ただ、を一つトル

▽p104 8行目「中東の油だけ」→「中東の油を」

▽p105 7行目「何の進展も」→「真の解決は」

▽p105 後ろから2行目「戦前は」→「戦前・戦中は」

▽p105 最終行「いけなかったと教えた」→「いけないという趣旨を教えた」

▽p109 後ろから4行目「日本に面しているから」→「日本だけに面しているのではないから」

▽p109 後ろから2行目「でも、」→「しかし」

▽p110 1行目「半島から東の」→「半島からみて東の」

▽p110 9行目「渡している」→「渡している疑いがあるとされる」

▽p112 後ろから4行目「中東には全然ない」→「中東にはほとんどない」

▽p116 3行目「春山」→「青山」

▽p117 後ろから5行目「わたしら」→「われら」

▽p128 後ろから3行目「上げなければいけない」→「上げたい」

▽p129 本文1行目「農家が戸籍に」→「戸籍に」 ※冒頭の「農家が」をトル

▽p129 本文1行目「子供は一人だけである」→「子供は原則、一人だけだ」

▽p129 本文1行目「生まれていないことになっている」→「生まれていないことにされることがある」

▽p129 本文2行目「中国の戸籍制度は…」から本文3行目「…ないことになっている。」までをトル。

▽p129 本文4行目「(記)録されない。」の後に、以下を挿入。
「農家では例外として一人目が女の場合、二人目が認められる建前だが、地区の共産党幹部が実は認めないことも多く、二人目以降は書類上、隠されることがある。農家も、一人っ子でないと宅地配分などで優遇が受けられないから、隠す。こうして隠された中国国民が農村に増えていく。」

▽p131 後ろから4行目「事務方に任せる」→「実は事務方に任せた」

▽p134 後ろから8行目「(話し合いで)も何でも」→「(話し合いで)何でも」
 ※最初の「も」をトル

▽p138 後ろから2行目「いけない。」のあとに以下を挿入。
「現在の仕組みを、日本が動かない言い訳にしていてはいけない。」

▽p142 最終行「弱さがが」→「弱さが」

▽p156 後ろから3行目「経済になる」→「経済だ」

▽p157 7行目「その分、」→「だからといって」

▽p157 8行目「である。」の後に次を挿入。
「この感覚を喪った国民経済であってはならない。」

▽p160 中見出しの2行まえ「芸人を連れて」→「師匠を連れて」

▽p166 最終行「書記たちが」→「地方の書記たちが」

▽p175 最終行「なのだ。」の後に、以下を挿入。
「中国皇帝に册封される王では、決してない。」

▽p177 7行目「伝統が」→「伝統は」

▽p177 後ろから2行目「ろと組ま…」→「ろとも組ま…」

▽p177 最終行「中国」→「中華人民共和国」

▽p185 最終行「何も」→「何も表に」

▽p209 中見出しの後の4行目「国民ではない。」のあとに以下を挿入。
「選挙権もない。」

▽p211 最終行の後に、改行をして、以下を挿入。
「わたしは三菱総研の研究員時代にポーランドを訪れ、レンタカーを運転して、ヨハネ・パウロ二世の故郷の村を探しあてた。
 村の一角のお花畑にたたずみ、この本を書こうと最初に決めたのだった。」

▽p217 本文1行目「わたしは」→「わたしは前述したように」

▽p217 本文5行目「先に述べたように、」→「もう一度申せば、」

▽p220 1行目「私」→「わたし」

▽p230 後ろから8行目「私」→「わたし」           (以上)