Our World Time

いのち果てるときまで

2005年10月15日 | Weblog



▼今週は、東京にいたのは週なかばの半日だけ。
 あとは、講演のために、いろいろな街を、独立総研の総務部員や研究本部・研究員といっしょに訪れた。

 秋の風がひんやりと、疲れた心と体に気持ちよかった。
 紀州の和歌山城、備後の福山城、お城をふたつも、ごく短い時間だけど県庁のかたや講演仲介者のかたや、そして独立総研の若い仲間と、その秋の風のなかを散歩できたのがうれしい。


▼あすの日曜日も、これは東京で、「タウンミーティング」がある。
 去年の9月に施行された「国民保護法」をめぐって、麻生総務大臣、村田防災担当大臣といっしょに、基本的な考え方を話したり、市民の質問に答えたりする。


▼タウンミーティングは、小泉政権の打ちだした新機軸の一つで、これまで郵政や道路公団の民営化をはじめ、いろいろな重大テーマを扱って国民と対話してきた。
 しかし、国民保護は、今回が初めてだ。
 法律が施行されてから、もう1年を大きく超えているのに、これだけペースが遅いのでは、肝心の国民のあいだにまだ関心がそう強くはないのも無理はない。

 それでも、ようやく始まることは、わたしたち国民の新しい危機管理をすすめるために、おおきな、たいせつなグッドニュースです。


▼けさの朝刊の土曜版で、モバイル・パソコンがいかに目に悪いか、目だけじゃなくて、全身によくないかが、しっかりと書いてあった。

 モバイル・パソコンが悪いのじゃなくて、そのハード・ユースが良くないということだけど、これだけ全国を飛び回っていると、原稿を書くのは、そのほとんどが揺れるタクシーのなか、飛行機や新幹線のなかになっている。

 新聞には、「モバイルを新幹線で使うのは、体によくない」と指摘してあった。
 うーむ。
 ぼくにとっては新幹線なら、ずいぶんとましな環境なんだよね。
 タクシーは信号で急停車、急発進も繰り返すし、道路のでこぼこも全部拾ってしまうようなサスペンションのへたった車体も多い。

 かつて飛行機は、ぼくの視力を保つために、遠くを眺める絶好の機会だったし、新幹線とタクシーは、頭を遊ばせて、新しい自由な発想を養う貴重な機会だった。

 それがまず、飛行機と新幹線が、ずっとうつむいて、つまり小さな小さな字のモバイル・パソコンに屈み込みっぱなしで、原稿を締め切りに間に合わせようと、必死で書き続ける場所に変わってしまった。

 それでもタクシーは、避けていた。
 ちょっと執筆するだけで、気持ち悪くなる、吐き気がするから。

 ところが、そんなことも言っていられなくなった。
 国民保護をはじめ、独立総研がすすめる「危機管理の改革」には、気の遠くなるほど膨大な雑務もある。
 古い体質に安住する面も小さくはない政府機関、自治体、巨大企業の首脳や幹部たちと、にっこり笑いながらの神経戦と言うほかないタフなうえにもタフな交渉も、なんどもなんども繰り返さねばならない。

 シンクタンクである『株式会社 独立総合研究所』は、文字通りに、なんの補助金も基金も、そしていかなる借金も持たずに完全に独立して経営しているから、いったいどうやって、その自立経営を続けていくのか、たぶん従来型のシンクタンク、あるいはふつうの会社の経営者とは、すこしだけ違った新しい困難もある。

 独立総研を支える若い社員・スタッフたちも、社交辞令抜きでずいぶんと急成長して、総務部員、研究本部の研究員いずれも、こうした困難をかなりカバーできるようになってきた。

 それでも、それならそれで、ぼくは全国を飛び回って、みんなと対話して草の根から、わたしたち国民国家の改革を訴えて、問題を提起して、いっしょに、身近にいっしょに考えていくことへ、ぼくのささやかな力をいま、シフトしている。

 こうなると、タクシーをも、執筆ルームにするほかなくなった。
 いまでは、まったく気持ち悪くならない。
 急停車、急発進、激しい揺れ、なんだかひどい臭い、もうなんでもこい。
 まったく気にせずに、小さなモバイル・パソコンの画面を凝視して、小さなキーボードを叩いて書き続けている。


▼この慣れは、きっと、ものすごく不幸なことなんだろう。

 新聞には、「モバイル・パソコンの文字を大きくして」と書いてあった。
 なるほどね。
 ぼくの目は、遠くも近くも、はるか遠くも、ずいぶんと小さな字も、なんでも見える目だ、幸いに。
 だけど、このままではきっと、乱視か何かになってしまうだろうなぁ。

 せめてモバイル・パソコンの文字設定を大きくするかな。
 いや、ほんとはね、そんなことぐらいで目が休まるというレベルじゃない。
 それに文字を大きくすると一画面の情報量が少なくなる。
 そうすると、原稿の全体を大づかみで見ることがちょっと難しくなって、原稿を書きにくいんだよね。

でもまぁ、これぐらいしか対策はないから、やろうかな。


▽写真は、四国の高松で、講演の始まるまえに案内していただいた屋島からの眺めです。
 源平合戦の行われた古戦場のある、瀬戸内海の青さが目にしみました。
 左の島は、なんと伝説の鬼ヶ島。
 ここにいた海賊を、いまで言う岡山県の殿さまが退治した史実が、桃太郎伝説になったそうです。

 ぼくが、新しい携帯電話のカメラで撮りました。
 うん、さすが400万画素だっちゃ。
 このささやかな個人HPを訪ねてくれるひとに、青い空気を、そのまんま伝えられる感じで、うれしい。


 
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朝のおおきな陽のなかで

2005年10月13日 | Weblog
 いつか、ぼくが息の絶えるとき、できれば、そうだなぁ、朝がいい。

 このごろ講演がたくさんあって、日本の、たくさんの土地をたずねている。
 けさは、紀州のお城のまんまえのホテルで、朝の4時すぎ、目が覚めた。

 きのう、「和歌山県国民保護フォーラム」で講演し、パネルディスカッションに加わり、その席に、滋賀県から往復5時間ぐらいかけて、来てくれた若い男性がいた。
 ぼくのたった一冊の小説「平成」を持って、サインしくれますかと、やって来てくれた。
 それから、大阪からは、やっぱり「平成」を持って、サインしてくださいねと、やって来てくれた、やわらかで賢い感じの女のひとがいた。
 そして、奈良からも、ぼくの話を聞きに来てくれた女性の読者がいた。
 こころから、うれしかった。

 和歌山県庁や市町村で、国民保護の実務をつとめている、数多くの参加者が、ほんとうに真剣に、ぼくのつたない話を聞いてくれたのも、うれしかった。

 みなさん、ありがとう。
 命の果てるまでの短いあいだ、きっと前のめりに、つとめます。


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