Our World Time

いま伊丹空港で…

2012年01月29日 | Weblog
…いつもの書店に寄りました。
「スカイブック」(大阪空港店)ですね。

ぼくが前にサインした「ぼくらの祖国」は翌日に、すべて売れてしまったそうです。
きょうもサインしようと思ったら、その後に配本がなかなか、なくて、きょうは影も形も一冊もありませんでした。

しかし店員のかたは「間もなくどっと入ってくるんです。もう数日の内です」とおっしゃるので、それでは、と考えて、色紙にサインしました。
たぶん、先着一名様で、次の配本分を最初に買ったかたに、特別プレゼントとして渡されることになると思います。

ぼくは、ほんとはもっと色紙にサインしたかったのですが、書店のかたは、おそらく異例のことだからでしょう、「とりあえず1枚で」とおっしゃったので、そのようにしました。
この店員のかたは、とても誠実なひとです。
前にサインした時には、彼のお母さまのためにもサインしました。

「スカイブック」は飛行機に乗らなくても行ける書店です。
ANAとJALのターミナルの真ん中あたりの1階にあります。


今…

2012年01月20日 | Weblog


▼…岩手県に向かう新幹線のなかです。
 雪は思ったほど深くありませんが、まもなく新しい3月11日を迎える東北の地を、車内からも見つめています。
 独研(独立総合研究所)の総務秘書室第二課から、秘書が同行しています。彼女は新幹線車内でも休むということをしません。ずっと仕事をしていて、ちょっと心配になるぐらいです。

「ぼくらの祖国」の担当編集者から、「東京でもサイン会をやることを版元として決めました」という連絡がありました。
 100%、みんなのおかげです。
 どれほど感謝してもしきれません。

 ただし、ぼくはこの件に関して、上記の連絡があっても何ら、一切、安心していません。
 まだ何も具体的に決まっていません。

 さらに読者のなかに、首都圏の書店がどのようにサイン会の申し出を受けたか、実際にそうした申し出・調整があったのかを克明に、かつフェアに調べたかたがおられます。
 まったくの無償の、志と友情に基づく、たいへんな努力です。
 そして、その調査の結果には、愕然とするものがあります。
 話が前進しているという客観的な兆しは、ありません。
 そして、みんなのサポートがある前の実情は、耳を疑うものです。


▼編集者の連絡に感謝しつつ、あくまで客観的な視点で、現時点での事実を書き記しておきます。
…あと20分で、岩手県内の駅に降り立ちます。


あえて記すほか、ありませぬ ★ 大事な追記の追記があります!

2012年01月19日 | Weblog


▼大阪で、関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の生放送に参加(出演)した帰途、伊丹空港の書店で、読者へのこころを込めてサインをいたし、帰宅。
 帰宅しても、すぐにテロ対策の仕事にかかったけれど、帰宅したという事実だけで、気持ちはいくらかホッとする。

 ところが、膨大な量のEメールをチェックしていると、「ぼくらの祖国」の編集者から青山千春博士に「東京でのサイン会は調整できませんでした。申し訳ありませんでした」という連絡のあったことが分かりました。

 愕然としました。
「ぼくらの祖国」のサイン会は大阪と京都での開催が決まっているけれど、東京、横浜をはじめ首都圏でもサイン会をやってほしいという、Eメールや、この地味ブログへの書き込みはたいへん沢山、来ていて、当初から編集者に開催への調整をお願いしていました。
 しかし、連絡がなく、こちらから問い合わせる度に「待ってください」という答えが繰り返され、その挙げ句にいきなり、NOの回答。

 みんながどれほど、がっかりすることか…。
 それなのに理由も何も説明がなく、そもそも仮に1月、2月が調整つかなくても、今から全面的に諦めてしまう理由が分からないから、編集者に、それらを問うEメールを出しました。


▼やって来た返信のなかに、こうありました。
「100名近くの集客がある程度保証されるのなら、3月の開催でも書店さんを説得できると存じます」

 編集者は、長文のEメールのなかで「1月、2月の開催を調整できなかった」という理由をいくつも挙げていました。それは、いずれも納得できるものではありませんでした。
 しかし、それを言っていても仕方がない。
 たいせつなことは、書き手であるぼくと、読者であるみなさんがサイン会でお会いできるかどうか、それだけです。
 共に祖国を考える同士が会えるかどうか、それだけです。

 100人以上のかたが、いやほんとうは200人以上のかたが、参加の意思を版元に伝えてくださるだけで、道は開けるかもしれません。

 ふだんであれば、このように書くと、版元に迷惑がかかるから決して書きませんが、今回は版元の編集者から「100名近くの保証」と明言されているのですから、あえて記しました。


▼違う版元から前作が出版されたとき、東京の八重洲ブックセンターで、ミニ講演付きのサイン会を開き、凄い数のお申し込みがあり、当日はもちろん満員で、みんなの志も高く、素晴らしく盛りあがりました。
 版元、それから書店のかたがたの取り組みも、ほんとうに誠実でした。

 前述の報道番組「アンカー」の放送地域である京都でも大阪でも、楽しく交流して盛りあがりましたが、放送されない東京でも同じだったのです。

 しかし、その前作と「ぼくらの祖国」を比べると、比較にならないほど「ぼくらの祖国」のほうが読者の関心、売れ行きは、より高レベルなのです。
 それがどうして今回は、これほどまでに不可思議なことが起きるのか。
 編集者の誠実さは、前作のときのひとびとと、変わりません。あくまでも信頼します。

 祖国が甦る、そのことを喜ばない力も、もしもあるのなら、それとぼくらは戦うほかありませぬ。


 1月19日木曜日 午前4時25分


※追記の追記

 この下にある「追記」では、扶桑社の公式HPから連絡先を、このブログに転載しました。
 ところが、電話番号について「ここじゃない」と言われたり、たらい回しにされたりしているようです。
 読者のかたからの情報では、「扶桑社03-5403-8887にかけ、担当編集者の田中亨さんに回してもらうように、と言われた」ということです。田中さんが不在の場合は、伝言として預かってくれるそうです。
【→実際に、ぼくがかけてみると、確かに扶桑社に繋がり、田中さんは不在でしたが、伝言を預かってくれました。】

 Eメールも、書籍編集アドレス qshoseki@fusosha.co.jp の方が良いかも知れないという、これも読者からの指摘がありました。
【→担当編集者の田中さんに、いちばん適切なメールアドレスを教えてくれるよう、上記の伝言で頼みました。】

 扶桑社のHPをいくら丹念に見ても、分かりやすい連絡先はありません。


※追記

 版元の連絡先をここに記すべきかどうか、長考しました。
 ほんらいなら、上記のような書き込みをアップした以上は、記すべきです。
 しかし、ネットで調べれば簡単に分かることでもあり、それをご自分でなさって意志を示されるかたの100人、200人は、ここにぼくが記した先に連絡されるかたより、さらに重みがあります。
 目的はただひとつ、実際に首都圏でのサイン会を実現することですから、より重みのある100人、200人の意思表示のほうがよいのではとも考えました。
 ただやはり、書き込んだ人間の責任を小さきことであっても全うするほうが、たいせつです。
 したがって、扶桑社の公式HPからの情報を下記に転載しておきます。

■書籍・雑誌販売に関する問い合わせ →上記の「追記の追記」で述べたように、ここに転載していた電話番号では受け付けてくれないようなので、番号を削除しました。

■広報宣伝 Eメール senden@fusosha.co.jp

みんなへの感謝のひとつとして…

2012年01月18日 | Weblog
…あまりお礼にもならないけど、さきほど伊丹空港の書店「スカイブック 大阪空港店」(搭乗口の中の書店ではなく、ANAとJALのそれぞれ1階ロビーの間の書店。だから飛行機に乗らない人でも入れます)に、飛行機に乗る前のわずかな時間でしたが、立ち寄って、平積みされていた「ぼくらの祖国」9冊にサインしました。

 うち1冊は、そこに居たかたがお母さんにプレゼントするということで、すぐ売れたので、あと8冊あります。

「ぼくらの祖国」を書店で見たのは、実にこれが初めてです。
 この書店は、前作の「王道の日本、覇道の中国、火道の米国」もしっかり並べてくれていて、サインしたので、今回もあるかなぁと思ったのです。

 あって良かったです。
 みなさん、引き続き、熱心に情報を寄せてくださって、ありがとう。
 なかには、このためにわざわざ多くの書店を回られた人も複数いらっしゃって、こころから感謝しています。



みんなのちから

2012年01月16日 | Weblog


▼みなさんの支えは、もの凄いです。
 ささやかな新著、「ぼくらの祖国」を買える書店を、この地味ブログを通じて紹介してくださるひとは、どんどん増えています。


▼ゆうべ、ある外国人の書き手と、テレビ局で一緒になりました。
 アマゾン・ランキングで近い位置に並ぶことの多い(多かった)新しい本を出したひとです。
「出版社5社を回り、初版を5万部出すと言った出版社を選んだ。実際に、売れるかどうか分からない段階で5万部以上、初版を刷ってくれて、営業も努力してくれて、書店にいきなり山積みになって目立だったのが大きかった。もうとっくに10万部以上が出ましたよ」ということでした。

 こういう努力の仕方も、もちろん、あるでしょう。
 しかし、それはぼくは選択しません。

 まず、出版社、会社よりも、人間です。
 すなわち編集者が、ノンフィクションの本であれば、祖国とみんなのことを嘘でなく考えてくれているひとかどうか、あるいは文学書であれば、日本文学の現在と未来をプロフェッショナルとして考えているひとかどうか、それが第一です。

 そのうえで、まともに書店に並ぶよう編集者と努力する。
 これだけです。
 上述の外国人の書き手のかたには、「Congratulation ! 」(おめでとうございます!)とだけ申しました。
 まるまる本心です。書き手としては、そりゃ、たくさん読まれたら嬉しいですよ。
 この人なりの努力が実っていることに、こころから祝意と敬意を表明しました。


▼アマゾンも在庫切れのまま、しばらく放置されているかのような情況でしたが、きょう1月16日月曜の午前に、ようやく在庫が戻りました。
 このあいだにランキングは、たとえば、この外国人の書き手の本よりも、はるか下に落ちてしまいました。
 そりゃ、当然です。アクセスしても買えないのですから。

 ランキングは、ただのランキング、大したことじゃない。しかし、みんなが案外に見ているのが、このアマゾン・ランキングですから、みなの勢いが削がれるのが、ちと、心配でした。

 書店に行けないひと、それはたとえば足の具合の良くないひとや、書店が遠いひとも沢山いるのですから、とりあえずアマゾンを含めネット書店に在庫が戻っていくのは、ほっとしました。

 ありがとう、みなさん。
 これも間違いなく、みんなの力のおかげです。


かんしゃ その2  (光景をひとつ、付け加えました)

2012年01月14日 | Weblog


▼土曜日の今日1月14日も、いつものように出張で品川駅にいます。
 新幹線の発車まで、珍しくほんのすこしだけ時間があったので、駅内の三省堂書店を2箇所、見てみました。
 やはり、影も形もありません。

「ぼくらの祖国」は、書の奥付にある正式な発刊日が2011年12月30日です。すなわち、まだ2週間強しか経っていません。
 そのあいだに初版1万5千部では、まったく足りなくなりました。おのれの書だから言うのではなく、この出版不況のなかでは客観的にみて間違いなくロケット・スタートです。
 しかし都心ど真ん中の、そして来客数の多い大きな駅の書店で、最初から影も形もない、配本されないというのは、どう複眼的に見ようとも異常です。

 アマゾン・ランキングで同じような位置にあった他の書は、ぼくが見たすべての書店で、常にたくさん並んでいます。
 そのアマゾンも「在庫切れ」になり、しかも「入荷時期は未定です」と表示されたままです。重版となっているのに不思議ですね。

 これが現在の出版界のひとつの現実であることが、おかげで、よく分かりました。
「ひとつの現実」です。すなわち、「祖国」などという言葉を使わない本は、版元が小さくても、たくさん並べられています。だから「ぼくらの祖国」がぶつかっている異様な壁は、出版界の、ある断面です。

 ぼくは出版界(の一部?)に、思い込み、誤解があると思います。
 芸能本とか、あるいは経済的な話題に絞った本とか、そういう本しか日本国民は買わない、という思い込みです。
 推測ではありませぬ。
 実は、複数の編集者に、上述のような状況について彼らの現場からの意見をしっかり聴いた結果です。(版元の編集者ではありません。客観的な立場の人たちです)


▼日本国民を、不当にも愚民扱いにして、「本」の将来はあるでしょうか。
 そもそも、そうした書にしか国民の関心が無いというのなら、なぜロケットスタートになったのでしょうか。
 それは誰でも思うことですが、出版界には、「その分だけしか読者はいないのじゃないか。後はパタリと買う人がいなくなるのじゃないか」という、これも思い込みがあるのです。
 もちろん、このことも、推測ではなくヒヤリングの結果です。

 つまり、祖国のことを考えて本を買ったりするひとは、ごくごく一部の国民に過ぎなくて、そうした超少数派がたまたま初版を買っただけであって、大多数の国民は、そんなことには無関心だという考えが、背景にあるのです。

 単に、1冊の本の扱いがどうこう、という問題ではなさそうです。

 ここまで分かって、ぼくは初めて胸のうちで、憤激しています。
 日本国民を勝手に貶めるな。
 みんながどれくらい、祖国を憂えているか。その志を知らないのか、信じないのか。


▼こうした社会だからこそ、「あの書店には置いてあったよ」と、みんなが書き込みを寄せてくれていることが、どれほど尊いか。
 かんしゃしても、感謝しても、しきれないぐらいです。

 この後も「あった!」という情報は、ふたつ前の書き込みにお願いします。こうした、ちいさな抵抗をみんなで共有することが世直しには欠かせないと考えるからです。


※さて、いま新幹線の車内にいます。
 乗車すると、ぼくの切符の指定席に、立派な紳士が座っています。
 これは良くあることです。ぼくは、ほぼ毎日、新幹線か飛行機に乗っていることもあり、自分の席に他人が座っていることは日常茶飯事です。そもそも人間に勘違いはつきものです。

 問題は、その後です。
 間違えて座っているひとが、若い人というか、「祖国」という言葉を学校でも家庭でも教えてもらえなかった立場の国民というか、それであれば、ほぼ例外なく「ごめんなさい」とおっしゃり、大急ぎで荷物も動かし、後始末もされます。
 ところが、今日のように、社会的地位が何年も何十年も前から、たいへんに高そうな人というか、日本は戦争に負けたんだから「祖国」なんて言葉を学校や家庭で教えちゃいけない、あるいは教える必要がないと考えて、敗戦後の日本をリードなさってきたんだろうなぁと思えるような紳士の場合は、こうならないことが少なくありません。

 きょうも見事にそうでした。
「ごめんなさい」は一切、無し、こちらが大量の荷物を抱え、揺れる車内でじっと立って待っていることなどお構いなし、不機嫌そうにゆっくりと、めいっぱい拡げていらっしゃった飲み物や食べ物を動かし…です。
 
 しかし、もちろん我慢します。実害はほぼないからです。すぐに座って原稿を書きたいので、ほんのすこしだけその時間が意味なく失われますが、世の中、自分の仕事の都合にそう合わせてくれません。体力、筋力はあるので、立って待っていたのも問題なし。
 困るのは、ふたつです。
 ひとつは、こうした方は時として、座席のヘッドレストにポマードの油がべったり付いています。それは、もちろん、自分できれいになさったりはしません。
 正直、キモチワルイ。しかし、露骨に拭いたりすると、その人に失礼だと思うから(…と言っても、その人の視界にぼくはもう、ないのだけれど)、目立たないように拭きます。
 きょうも、まったくそうなりました。

 もうひとつ困るのは、荷物棚の荷物を、面倒くさいのか動かしてくれないことです。
 これも見事に、きょうの紳士も同じです。

 我慢はしても、不当なことまでは許しませんから、きょうも丁寧に「棚の荷物も動かしていただけませんか」と頼みました。
 自分の重い、たくさんの荷物を、自席から遠い棚に上げに行く理由がありませんから。
 きょうの立派な紳士の荷物は軽そうで、お手伝いをする必要もなさそうだから、お願いして待っていると、こちらを睨み「動かすからっ」と言い捨てて、ご自分が被害者かのようです。
 そして動かしません。
 だからもう、さっさとぼくが動かしました。

 目を開けて、よく切符を見てから乗ってください…とは、決して申しませぬ。
 年齢もあって目が悪い人もいるかも知れませんから。

 しかし、ぼくらが生きている敗戦後の日本社会では、若い人でマナーがほんとうに悪い人には、ぼくは滅多に会ったことがない。
 一方、敗戦後の日本のあり方を決定づけてきた、築いてきたと思われる人で、もうびっくりするぐらい根本的にマナーの悪い人には、年中、お会いします。

 こういう人が、「祖国がどうのこうのなんて、そんな本を身銭を切って買う奴は、変わった少数派に過ぎない」と思い込んでいるビジネス界の、その中枢にいるのではないかと、それをぼくは懸念します。

 ぼくらは、戦争に負ける前の日本、ぼくらが学校教育では「軍国主義の日本」、「野蛮な日本」と繰り返し、繰り返し刷り込まれて教えられた、戦前の日本を、知らない。
 だから分かりません。
 分かりませんが、かつてはこういう人は、社会の成熟した層の中には逆に、あまりいなかったのではないかと考えてしまうのです。

 日本が、永い歴史のなかで、たった一度だけ戦争に負けてから、ことし67年目です。
 憲法も、国家への見方も、歴史のとらえかたも、教育のありかたも、その67年間に作られた偽物を、打ち破る秋(とき)は来ています。

 だから壁が何であれ、「ぼくらの祖国」は書くべき書物だった、書いてよかったと、くだんの紳士が前席でシートを目いっぱい倒している狭いなかで、考えています。
 ふひ。




かんしゃ(辛い補足をしました)

2012年01月13日 | Weblog
▼品薄の「ぼくらの祖国」を置いている書店、みんながどんどん教えてくれて、あっという間に50件です。
 いま、出張から帰京する、最終に近い新幹線の車中でそれを確認して、カンゲキしています。
 今後も、「ここで見つけたよ。この書店だよ」という、その書き込みは、このエントリーにではなくて、このひとつ前のエントリーのコメント欄に書き込んでくださいね。


▼ちなみに、出張先の京都でぼくも書店を覗いてみましたが、例によって、影も形もありません。
 たくさんの志あるかたがたが視てくれている「スーパーニュース・アンカー」(関西テレビ)の放送地域で、ことごとく、どこを見ても、ただの一度も「ぼくらの祖国」を見ないのは、正直、辛いです。
 影も形もないのだから、「ぱらぱらとページをめくってみたい」と考えてくれたひとも、手に取りようもありませぬ。


▼あいま、あいまに、別件の興味深い書き込みも、もらいます。
 たとえば、こんなのがありました。

~私はシゲさんの「超哲録」の完成と出版を願っています。~

 うん、同感です。僭越なことを申せば、いずれ、思想の体系として世に提起していきたいと考えています。


(ハンドルネーム・ころんさん。ありがとう。考えあって、あなたの書き込みをアップし直しました)

懸念がさっそく、現実になりました → みんなのサポートが凄い!

2012年01月12日 | Weblog


▼アマゾンも在庫切れです。
 ただし、「一時的に在庫切れ」とあります。
 増刷分がすぐに入ってくるという意味でしょうね。

 その直後に「入荷時期は未定です」とあります。
 版元によると、17日には増刷分が出回る見通しのとのことです。
 ただし、たったの5千部です。


▼アマゾンが在庫切れになる直前、たまたまミクシィに以下のような書き込みがありました。

~書き込みの後半から引用~

書店で手にはいらないと(購入を希望されるかたが、このブログに)コメントする環境があるならネット書店で買えばいいじゃない、と思って扶桑社「ぼくらの祖国」ページにあるバナーを次々クリックしていったら、納期が…
もうすでに在庫があやしいってことじゃないですか。

発売2週間で1万5千部売れる本なのに、増刷5千?

機会損失も甚だしい。
刷るとなんかまずいことがあるんですか、とねじ込みたい気分です。

電子書籍なら在庫問題はないのになぁ…

場所と店名をあげて「ここで見かけた」と書きこむのは問題ありますかね?
これから買いたいという人の助けに少しでもなればいいのですが。

~引用終わり。( )内はぼくのつけた注釈です。それ以外は原文のまま~


 感謝します。
「ぼくらの祖国」を見かけた書店は、大規模、中規模、小規模、そして地域を問わず、どうぞ書き込んでください。
 ミクシィでもいいですし、この地味ブログでもいいです。
 このブログに来た場合、その書き込みはすぐに公開します。だから、書き込むかたの実名は書かないでくださいね。名前だけ削除して公開することは、システム上、できないのです。

→【2時間あと】

★来ました、来ました、みんなのサポートが凄い。どんどん公開させていただきます。
 トマトちゃん、まったく問題ありません。すぐに訂正されているのですから。貴重な情報なので削除などせずに、公開しますね。

★ミクシィの「青山繁晴 深淡生」というコミュニティにも、さっそく専用のトピを立ててくださっています。
 よければ尋ねてみてください。





「書店で手に入らなくて困る」というお問い合わせに答えます

2012年01月12日 | Weblog


▼あくまでぼくの考えと責任で述べます。出版社には当然、言い分というか理由があるだろうと考えます。(ぼくの推察ですから、出版社の本音と一致しているとは限りません)

 たとえばある大規模書店の大分の店舗(支店)には、10冊が納品され、新刊書のところに山積みにしてくれているのですが、昨日現在、ただの1冊も買った人はいません。
 よく返品しないでいてくれるなぁ、我慢してくれているなぁ、この出版不況のさなかなのに、とぼくも思います。

 アマゾンをはじめ、ネット上では沢山の人が読んでくれていますが、やはり書店の店頭で買う人がいないと、出版社(版元)は本を刷りません。
 ネット上で売れていても書店で売れる保証にはならず、書店に冊数をそろえて並べても、それがさばけないと返本となり、返本は輸送コストなどがかかり、そのリスクを考えねばならないからです。
 この状態で増刷しても、ごくわずかな冊数ですから、結果として「どこの書店に行っても、ない。なぜですか。どうにかしてください」というEメールや書き込みがやって来て、ぼくも辛い、ということになっています。

 大分は単なる一例です(ただし実例)。
 逆な例もあります。
 ぼくが毎週水曜日に、生放送で自由に話している関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の放送地域以外でも、四国の高松や、東京の北千住あたりの店舗(支店)では、すでに全冊、売り切れています。
 しかし、前述したような理由で増刷が少ないから、売り切れの書店にも、なかなか次の本が並びません。これも結果として「青山さんの本は影も形もない。どうにかできませんか」というEメールや書き込みが、ぼくに届くことになります。
 残念ながら、ぼくは本を刷れないのです。
 出版社に無理を求めることもできません。前述のリスクを版元が考えるのは、避けがたいからです。
 書店で買うひとが増えれば、冊数が増えて、「手に入らずに困る」とおっしゃるかたが減る。今はその逆が起きている。それが事実の、ほぼすべてです。

 現在はその影響がネットにも波及して、ネット上でも品不足となり、一部のサイトでは手に入らない状態がすでに起きています。
 このまま行くと、今後はネットであっても、どこのサイトでも手に入らないということが間もなくやって来るでしょう。
 すると、今のところぼくの出したただ1冊の純文学小説である「平成」(文藝春秋)が現在、書店はもちろんネット上でも手に入らず、ネットの中古市場で目を剥くような高値が付いてしまっている…それと同じ道を辿ることにもなりかねません。


▼「ぼくらの祖国」は文字通り、ぼくの命そのものを削りました。そうやって、世に出しました。
 日本の国家と国民に、これだけは告げておきたかったからです。
 稀少本をつくったのではありませぬ。
 1人でも多くの同胞(はらから)に、ちいさな問題提起をしたいと思いました。
 手に入らない珍しい本は、ぼくも大好きですが、「ぼくそこ」は目的、目指すものがまったく違います。

 発売からまだ2週間も経っていません。
 これからがむしろ本番でしょう。
 本来の役割を果たせるよう、祈るばかりです。ぼくに宣伝はできませんから。

 ただし、現状も、それから「平成」と同じ運命になろうとも、最終的に全責任はぼくにあります。
 最後には、宣伝もへったくれもありません。多くの人が読みたいと思う本を書けるかどうかは、一切合切、書き手のぼくの責任です。
 ぼくは、物を書くときに、データマンを一切使いません。ノンフィクションの本は実際には、出版社が用意した『データや情報を収集する要員』とか、あるいはご自分で頼んだ有償の協力者とか、そうした背景があって書かれることも多いのです。
 ぼくは書籍であれ、雑誌などへの寄稿原稿であれ、何もかも、おのれひとりで書きます。
 それは、独研(独立総合研究所)から会員に配信しているレポートでも同じです。この東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)については、会員そのものからも「青山さんの過大な負担を減らすために、独研の研究員の協力を得るべきだ」という意見も常にいただきますが、それは、しません。
 物書きとしての、ぼくの信念です。ほかの作家のかたが、どのように協力者を得て書かれようとも、一切、批判はしません。その人の選択だからです。
 同時に、ぼくの選択も貫きます。
 ということは、何があっても、誰のせいにもできない、責任を分担できない、自分ただ一人の責任である、ということです。


▼「書店で手に入らない」という書き込みが多いなかで、こんなひとことが添えてある書き込みもありました。
 
~引用~

「ぼくそこ」の精神を受け継いだもので・・・
童話だったり小説だったりがあってもいいかなぁ~と思いました。

~引用終わり~

 ほんらいは、物書きは1冊をおのれの手から離して世に出して、公器としたからには、次の書にこそ取り組むべきです。
 童話と小説…いいですねぇ。
 まずは、7年間も抱えていて、実はかなり完成に近い短編小説の仕上げに、わずかながら取りかかっています。

 ただ、もうふだんの凄まじい日程が始まっていて、気力、体力、物理的な時間の確保、いずれも、なかなかハードです。
 しかし上記のひとことに、励まされるというか、気持ちが和(なご)みました。

 今日はこのあと、都内の病院で医師のアドバイスを受けてから、京都に向かい、講演し、そのままさらに北陸路へ向かいます。北朝鮮をはじめとするテロ行為の脅威を封じ込める実務です。

 誰も評価してくれない、みんなには見えないところで使命を果たすのが、独研(独立総合研究所)とぼくの、みずから選んだ任務です。



現実と戦う (すこしだけ補足しました)

2012年01月11日 | Weblog



▼ありのままに記します。
 きのう1月10日火曜の午後、出張で降り立った新大阪駅で、すこし大きい書店に寄りました。
「どこの書店に行っても『ぼくらの祖国』は、1冊も置いていない」というメールや書き込みを少なからずいただくからです。

 その通り、影も形もありませんでした。
 ネット上のアマゾン・ランキングで似たような位置(5位ぐらいから50位ぐらい)でご一緒している書籍は、どれもこれも山のように積まれていましたが、「ぼくらの祖国」だけは(…という印象)は、まったく存在していません。
 他の書店も、ほんの少しだけ覗いてみましたが、同じです。

 置いてあるのは紀伊國屋書店、三省堂、丸善・ジュンク堂など、とても大きな規模の書店に限られているようです。
 稀に、規模の大きくない書店に置いているケースもありますが、それはその書店の店主さんや店員さんの特段の努力によるものです。
 みなさん、ご不便をかけて、こころから申し訳なく思います。


▼版元が出された新聞広告に「重版決定」と大書してありますが、その重版での予定発行部数は5千部だけです。
 初版は1万5千部で、客観的かつ公平にみて、この出版不況のなかでは少なくはありませぬ。
 しかし、予約の段階から、みんなが志を持って、驚くほかないほど沢山の関心を寄せてくださったにしては(つまりロケットスタートを切った割には)、この重版は、これも客観的に申して、とても少ないです。
 冊数が足りなくて、書店に出回らないのは、むしろ当然です。


▼ぼくがこの書で試みた問題提起は、稚拙な問題提起ではありますが、まさしく祖国とアジアのために決して欠かすことのできない問題を扱ったことだけは信じます。

 その問題提起は、なかなか受け容れられないよ、簡単にはいかないよ、ということであるのかも知れません。
 版元がどうこう、ということではありません。
 いずれにせよ、せっかくのみなさんの強い関心に充分に応えている現状ではないことを、たいへん残念に思います。

 要は、命が続く限りは、現実と戦うということだけです。

 写真は、お正月に仕事をしながら、撮ってみた1枚です。
 大晦日に、長男と青山千春博士が、ぼくに新しい小さな赤いカメラを突然、贈ってくれたので、遠い夜景がどれほど撮れるか、やってみました。
 次男は、シャンパンを買ってきてくれました。
 この1枚には、たくさんの人々の暮らしの窓が映り込んでいます。
 みんな、みんな一生懸命に闘っています。

 ぼくの脈の一打ちがいつか絶える、そのときまで、一緒に歩けるひとは、歩きましょう。
 予約の段階から、「ぼくらの祖国」に関心を寄せてくださり、あらためて、深く感謝します。



賀正  *そしてサイン会をお知らせします (ひとこと字句を書き直しました)

2012年01月05日 | Weblog
みなさん、明けましておめでとうございます。

 ぼくは黒ネクタイで年を越しました。
 ひとに押しつけたり、それどころか、ひとにお勧めするつもりもゆめ、ありませんが、今年の3月11日に2万人近い同胞(はらから)の1周忌を迎えるまで続けます。
 そして、3月12日に黒ネクタイは外しますが、みなさんと同じようにぼくも生涯、2万人のかたがたを忘れることはありません。


▼この地味ブログを閉鎖するか、続けるかについては、新年のこの最初の月、1月のあいだに決したいと考えています。
 依然として、驚くほかない沢山の書き込みやEメールを、このことをめぐっていただいています。ありがとう、みなさん。
 このブログは個人ブログではありますが、戦う独研(独立総合研究所)の総務部も、意見を持っているようですから、その意見をもフェアに聴きつつ、最終的にぼくが決します。


▼書き込みの中で、たまに、ぼくの発信内容について「あれを訂正しろ、謝罪しろ」と要求なさるひとがいますが、ぼくは訂正しお詫びすべきことについては、リアルタイムですべて放送をはじめとする発信のなかで訂正し、お詫びしていますから、それ以外に訂正すべきことはありません。
 どれほど居丈高におっしゃっても、まったく無駄です。

 また、アンフェアな書き込みについては、それと判断した瞬間に、スパム通知を行ったうえで削除し、ぼくの胸中にいささかも残っていませんから、中傷誹謗の書き込みも、無駄です。

 無駄です、というのは嫌味で申しているのではありませぬ。
 実際に、無駄に終わります。
 こういう書き込みをなさるかたも、人生の時間、命の時間は、等しく貴重ですから、どうぞ時間を無駄になさらないでください。

 ぼくが気になるのは、実は中傷誹謗の書き込みよりも、あまりに自意識過剰の書き込みです。
 そうした書き込みは、ハンドルネームからして自意識過剰が感じとれる場合が多く、ご本人があまり気づかれてはいないかもしれない私心が、まさしく過剰に表れてしまっています。
 これも、そのひとのあり方、生き方ですから、こうした書き込みはスパム通知も削除もしていません。
 ただ、祖国の今後を考えると、こうした過剰な自己愛というものを憂います。


▼さて、みなさんはどのような年末年始を過ごされましたか。
 ことしは、暦の加減で年末年始のお休みが短かったから、疲れがとれていないのではないかと、いささか心配しています。
 ぼく自身は共同通信を辞めてから14年間、大晦日や元日を含めて1日も休んでいないので、この年末年始も同じでした。
 しかし、ふだんの週末も、みなが休みだとぼくもリラックスして、自分は仕事なのになぜか、胸のうちでは寛いで、なぜか、うきうきとしているのです。
 正直、この性格でないと、14年の無休生活は持たなかったと思います。


▼大晦日は、夜が明ける前から、レポートの仕上げに全力を捧げました。
 独研(独立総合研究所)から、志ある会員のかたがたへ配信しているレポートです。
 昨年は、ぼくの4つの大病と福島原子力災害などの影響で平均的な配信本数を11月末までに合計で7本、下回っていました。
 そこで12月は、最新刊「ぼくらの祖国」の完成に苦しみつつも、そのレポート7本と12月レギュラー分の4本、計11本のレポートの情報収集・執筆にも力を尽くしてきました。
 12月28日までに6本を会員へ配信しましたが、29日、30日の両日は配信することができなくて、大晦日のただ1日で5本を仕上げて配信せねばならないことになりました。

 ぼくのモバイル・パソコンは、情報量を多くするために字をとても小さく設定してあります。
 夜明け前からずっと集中して書き続け、朝を過ぎ、昼を過ぎ、夕を過ぎ、そして夜の9時ごろになると、ふだん視力の良いぼくもさすがに目が霞んで、急激に、ほとんど見えないなぁという感じになりました。
 上記のパソコンの設定のせいもあるのだろうから、せめて字を大きく設定し直せばいいのですが、こうして原稿に入り込んで集中していると、他のことは何もやりたくない、いや、やれなくなるのです。

 それでも、ここでやめるとすべてが水泡に帰すので、眼をこすりこすり書き続けて、そのあいだに久しぶりに集まった家族(息子ふたりが帰宅)と一緒に年越し・兼・クリスマスパーティをやり食事をいただきながらも書き続け、ようやくに夜11時45分にほぼ完了、配信に入って、「年内に不足分をすべて回復する」という全会員との約束を守ることができました。

 なにやら、「ぼくらの祖国」とそっくりなことが、昨年の年内にもう一度あったわけです。
「ぼくらの祖国」も、ほんとうは出版社と「年内発刊ができなければ出版自体を取りやめる」という約束になっていました。3年半も引っ張ったのですから、やむを得ないことでした。
 3年半といっても淡々と過ぎていったのではなく、原稿全文の〆切が設定される度に、出版社には編集者に加えて、校正・印刷などの全スタッフが徹夜で参集し、原稿が上がらず空しく解散するということを数え切れないほど繰り返してきたのです。
 出版社が「今年もずるずると年を越すわけにいかない」と判断したのは当然のことでした。
 編集者からはお詫びの言葉もありましたが、ぼく自身は、フェアな判断であり、今度は年を越さないというのは男の約束だと理解していました。

 しかしまぁ、こうやって、仕事上の絶対最優先の約束をいずれも果たしたうえで、西暦2012年、平成24年、日本のオリジナル・カレンダーの皇紀2672年の1月1日午前零時を迎えました。
 家族を含め、多くのかたがたの支え…そのなかには、ほんとうに励まされる書き込みをこの地味ブログにいただいたかたも沢山います…のおかげです。

 新年のはじまりに、あらためてお礼を申しあげます。


▼その「ぼくらの祖国」はとりあえず、サイン会が2つ、具体的に決まりました。
 京都と大阪です。
 東京でもきっとやれると思います。

 以下は、版元から来たメモをすこし短くしてアップします。

①1/22(日)14時~
(JR京都駅前)「アバンティ・ブックセンター京都店」
 同店にて「ぼくらの祖国」お買上げの先着100名さまにサイン会参加整理券を配布中です。
   お問い合わせTEL:075-671-8987

②2/5(日)12時~
(大阪・堂島)「ジュンク堂書店大阪本店」
 同店にて「ぼくらの祖国」お買上げの先着200名さまにサイン会参加整理券を配布中です。
   お問い合わせTEL:06-4799-1090

 お目にかかれるかたは、このサイン会でお会いしましょう。
 楽しみですね。


*写真は、きょう1月5日の夜明け前の散歩で、日の出を待つような表情の繁子です。
 繁子は、もちろん散歩が大好きだし、散歩に連れて行ってもらうのは繁子にとって、生きるうえでのたいせつな「権利」ともぼくは内心で思っています。堅い話ですから、ひとにはふだん申しませんが。
 そこで、忙しくとも、徹夜明けでも、出張などに出る前に散歩には連れて行きます。
 ちいさな身体いっぱいに喜んで、玄関を出るとき、くるくるくる回ります。
 今朝は、午前4時50分でした。
 冬の朝の、遅い日の出までにはまだずいぶんありますが、実際は繁子は夜の暗さをまるで気にしません。
 いつも前向きで、この小さき生き物に教わることが少なからずあるのです。

 みなさんもきっと、家族にペットがいらっしゃるかたは、同じように感じておられることと思います。
 みなさんの新しき年に、幸あれ。
 被災地に、光あれ。