Our World Time

お別れ

2013年04月24日 | Weblog


▼独研(独立総合研究所)の総務部によると、「たかじんnoマネー」というテレビ番組のスタッフから「番組がバラエティ色を強めるので、青山さんには今後、オファーしない」と連絡があったそうです。
 ぼくはもちろん、そのまま諒解しました。

 これによって、ふたつお別れを申します。
 たとえば新潟に、メタンハイドレートをめぐって泉田知事と協議するために出張したとき、機内で、空港で、そば屋さんで、旧税関のある明るい公園で、県庁で、ずいぶんと声をかけられ驚いたのですが、すべて「たかじんnoマネー」をご覧になっているかたがたでした。
 この番組は、東京では放送していませんが、案外に(東京などを除き)全国各地で放送されています。
 そのために、この放送で「青山繁晴という野郎を初めて知った」というひとが多かったのですが、これでお別れです。

 もうひとつ。
 この番組は、一般から抽選を経てスタジオにおみえになる番組観覧者がいらっしゃいます。
 収録や生放送が終わるたび、ぼくは、このかたがた全員と、おひとりおひとり眼をみて握手を交わしていましたが、これもお別れです。


▼今後、ぼくのテレビ番組への参加はどんどん減っていくのかもしれません。ひょっとしたら、ね。
 当然ながら、売り込みとか営業とか、あるいは芸能プロダクションへの所属などは今後も、一切いたしませぬ。
 したがって、場合によっては、もっと多くのかたがたともお別れになっていくのかもしれません。

 ぼくとしては、いままで通りの生き方を、独研とともに続けるだけです。また、ひとりのもの書きとして精進していきます。


 関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の生放送から帰京する機中にて。
 みなさん、ありがとう、こころから。


そう言えばシースルー初体験

2013年04月23日 | Weblog


▼先週のきょう、火曜日に、BSジャパン(テレビ東京系)の「BSニュース 日経プラス10」(夜10時から)という番組の生放送で、公明党の山口代表にインタビューしました。
 思っていたより、ずっとたくさんの方がご覧になったようで、予想外にメールや書き込みを多く、いただきました。
 この番組は、3週間に1度のペースで参加、という話だったから、今週は当然ないと思っていたら、なぜか「連続でお願いします」と要請があり、きょうは経産大臣の茂木さんにインタビューすることになりました。
 TPPや原発を含むエネルギー政策がテーマになると思います。

▼この番組は生放送が原則ですが、今夜は、茂木さんの公務との関連で、21:05~21:40に収録です。ただし、編集が一切ない収録です。収録したままを生放送の時間帯に流すのですね。

▼ところで、この番組のスタジオは、道路に面していて、ガラス越しに外からそのまま見えます。
 かつては喫茶店だったところを改装したそうです。
 FM放送などで、シースルーのスタジオはよく見かけますが、テレビで、というのはぼくは見たことがない。
 もちろん、自分が参加する番組を外からふつうに見られる状態で、というのは、そう言えば初体験ですね。

 テレビ東京の建物の一角のスタジオで、内装(つまりセット)も、ちょっと新感覚で清涼感があります。

▼この急遽(きゅうきょ)の番組参加で、きょうも、ちと無茶な日程になります。
 これから大阪へ飛び、金融・経済関係者への講演や、関西財界人らとの議論、そして明日水曜日の関西テレビ「スーパーニュース・アンカー」の生放送に備えて、関テレのスタッフ陣といつもの決して楽じゃない議論、これらをこなしてから、東京へとんぼ返りし、BSジャパンの上記の番組に参加して、翌日、再び大阪へ向かって、アンカーに参加し、また東京へとんぼ返りします。ふひ。

 

いちおう、お伝えしておくべきかな?

2013年04月20日 | Weblog
 けさ、ボストン・マラソンのテロで徹夜のまま、まずテレビ朝日の「あさなび」という生放送に参加し、そこから新宿御苑へ。
「桜をみる会」でした。これは、総理と桜の下で懇談するという主旨の、昔からの定例の会なのですが、桜は散り尽くし、総理は人混みの遠くで、とてもご機嫌よく挨拶なさっていましたが、中身はほぼ聞こえず、そして、そのあと近寄ったりもせず、羽田へ向かい、今は、大阪のタクシー車中です。

 今週は、「たかじんnoマネー」から参加依頼があり、たまたま時間をつくれましたから、参加します。
 放送は、今夜だそうです。

 それにしても、安倍総理は、凄い人気でした。
 どなたも、桜がもはや散っていることなど、気になさってもいなかった。
 安倍さんは、前政権の苦悩を活かして、簡単には気を緩ませたりはない、そう考えます。
 しかし自由民主党は、心配ですね~。
 とくに参院選でも勝ったら、そのあとをシンパイします。

日本の朝

2013年04月15日 | Weblog


▼あー、また夜が明けてしまいました。
 すこしだけでも休みたいのが本心だけど、きょうは独研(独立総合研究所)の「インディペンデント・クラブ」(IDC)の会員ととともに、国会と首相官邸を歩く日です。
 朝の太陽に感謝しつつ、背骨を伸ばして、おのれに気力を入れ直さなきゃ。

 官邸の主(あるじ)、安倍総理はきのう、予定通りに硫黄島訪問を遂行されました。
 次第に島の土に溶けるように形すら喪いつつある、英霊のかたがたの尊いご遺骨にひざまづいて、栗林忠道陸軍中将のお孫さんである新藤義孝総務相と並んで、深い祈りを捧げられた報道写真をみて、ぼくなりの万感がありました。
 しかし同時に、万感があるなどと感慨にふけってはいられません。すべての拉致被害者をその命とともに取り返すのと同じく、すでに戦死なさった英霊もまた、どんどん時間が経てば経つほど、失われるものが大きいのです。

 きょうの官邸は、朝鮮半島情勢に備えつつ、中国の強毒性・鳥インフルエンザから日本国民を護る体制を強め、緊張のさなかにあります。
 国会も、憲法をめぐる審議がようやく再開されています。
 
 IDCの会員は、単なる見学ではなく、そうした日本国の主人公として課題も希望も、ご自分のものとして感じ取ってくださると思います。
 

▼さて、明日火曜の夜には、今までになかった形のテレビ参加があります。
 生放送のぶっつけ本番で(これはいままでにも沢山ありましたが)、現役の主要な政治家たちにインタビューしていくのです。

 青山千春博士は、これまで外部に対して「青山繁晴はこれができる」といった類いの話をしたことがありません。
 ぼくに対しては昔から、たとえば記者時代には「(これこれが)できるのに、なぜ共同通信の枠内に居るの? 早く辞めれば?」などと大胆なことを言っていましたが、そうしたことを外部には言いません。
 この船乗りは、自慢とか、売り込みとか、そうしたこととは一切、縁遠い性格ですからね。

 ところが最近、「青山繁晴と同じインタビュアーは居ない。相手から引き出すものが、まったく違う」と、あるテレビ関係者に突如、発言して、ぼくは椅子から転がり落ちるほど驚きました。
 ぼくは記者生活を20年近く生きましたから、インタビューは無数におこなっています。そういえば、たまたま青山千春博士が同席していたことも、ありましたね。
 今回の番組は、その青山千春博士の、世にも珍しい推薦とは、なんの関係もありませんが、ぼく自身が、これも珍しく愉しみにしていることは事実です。
 なお、誰にインタビューするかは、基本的に、番組が決めますから、視聴者・国民のみなさんからは「意外なインタビュー」というのもあると思います。

 ぼくのスタンスは、世界のどこからでも、どんなひととでも、根っこで同じ姿勢を貫いて、かつあくまで柔軟にインタビューします。それに尽きます。

 第1回の生放送は以下の通りです。
▽BSジャパンの「BSニュース日経プラス10」
▽4月 16日 (火), 22:00 ~ 23:00 生放送
▽今回は、公明党代表の山口那津男さんに、自公政権や改憲などなどについて、お尋ねしていきます。
 山口さんとは、このスタジオが初対面です。



本、ほん、本

2013年04月12日 | Weblog


▼「ぼくらの祖国」(扶桑社)が11刷となりました。
 依然、すこしづつですが、確実に手に取るかたが増えています。わぉ。
 これは正直、もの凄く嬉しいです。

 硫黄島の英霊を取り返すことをめぐって、すべてを明らかにしたのは、この書だけということもあって、嬉しいのです。

 ただ、これをテキストにした子供たち向けの講演などは、なかなか実現しません。
 もしも、より広く読まれる日が来れば、きっと実現するだろうと、焦らずにゆったり、かまえています。


▼発売したばかりの「青山繁晴 反逆の名医と日本の歯を問う」(ワニプラス)は、書店がなかなかまともに並べてくれず、問い合わせばかりが沢山きます。
 しかしこれも、読者のなかの有志のかたがたが、それぞれの全くの自由意志で、書店に働きかけてくださったりもしていますから、おなじく焦らずにじっくり、かまえています。


▼そして実は、もう次の本が出ます。
 今度は、三橋貴明さん、須田慎一郎さんとの鼎談のムックです。ムックですから、価格もすこし安いです(1260円)。
 コンパクトなムック本ですから、書店だけではなくコンビニにも並びます。もうネット上では予約の受付が始まりました。

「アベノミクスが激論で解けた!」(ポスト・サピオ ムック)
 このタイトルは、編集部で付けました。鼎談ですからね、ひとりの意見というわけにいきません。
 ほんとに解けたかどうかは、ムックをめくってみてください。

 都内大手書店では、4月17日水曜にも店頭に並び、全国の書店には4月18日ごろ並びます。




▼完成間近の小説新作を書き終えたら、「ぼくらの祖国」の続編を完成させます。
 白梅の塔の現在などを、しっかりと、たっぷりと盛り込みます。

 白梅の塔で、土台から剥ぎ取られたお地蔵さまや、盗まれた観音さま、さらには掃除道具のいずれも、白梅の塔の周りの林に捨てられているのが、見つかりました。
 沖縄の地元紙などに、記事も出ています。ただし、その記事は、残念ながら正確ではないところがあります。
 わたしたち独研(独立総合研究所)の「インディペンデント・クラブ」(IDC)の会員と、中山きくさんをはじめ白梅の少女たちの生き残りのかたがたと白梅同窓会のみなさんが一緒になって、たがいに手を取り肩を組むようにして、ともにお参りしたときに、この盗難事件、もっとありのままに言えば嫌がらせ事件が見つかりました。
 そのほんとうの経緯、さらには、この新しい連帯が始まっていることを、わざと伝えないようにしている気配も感じます。

 しかしこれも、何も焦りませぬ。怒りませぬ。じんわりと取り組みます。

 いずれにせよ、「ぼくらの祖国」の続編に、これらのことも正確に、ありのままに記します。


時間との苦しい戦い

2013年04月12日 | Weblog


▼こんな書き込みを頂きました。

~書き込みを原文のまま引用~

青山さん大好き!
2013-04-11 14:11:54
ももち

青山さんいつもお疲れ様です。
ワイドスクランブル見ました。
京都に自衛隊ありますよ~。
舞鶴に海上自衛隊
桂に陸上自衛隊
「私たちの事忘れないで下さい」
てズッコケた隊員いるかも(笑)
やはり徹夜明けは駄目ですよ
ボイス、NSC会議、チャンネル桜の
収録終わったらゆっくりとしてほしいです。
だって長生きしてほしいから…。

~引用ここまで~


▼えー、ぼくが徹夜明けでボケて、「京都の自衛隊」を忘れてしまった…というご主旨だと思います。
 忘れてしまったわけではないのです。

 まず、ぼくが「ワイドスクランブル」(テレビ朝日)の4月11日木曜の生放送で申したのは、「京都の街」、すなわち京都市です。
 したがって、舞鶴の海上自衛隊は、京都市ではなく京都府舞鶴市の部隊ですから触れませんでした。

 また、京都市西京区の陸上自衛隊桂駐屯地は、あくまでロジスティクス専任の駐屯地です。
 桂駐屯地の公式HPにも下掲のように記されています。
「桂駐屯地は(中略)中部方面隊の兵站(へいたん)中枢基地として、主要装備品(火器、車両、施設器材等)の補給整備、回収、方面隊各部隊の輸送支援、そのほか、民生の安定のため不発弾処理を行っています。また、歴史と文化の古都京都の大規模災害発生時には、状況により初動対処の役割があります」
 ぼくが指摘していたのは、戦闘部隊としての自衛隊、米軍基地の存在の有無でしたから、この桂駐屯地にも触れませんでした。

(*なお、その意味では、京都府としてはこのほかに、福知山駐屯地、長田野演習場、経ヶ岬分屯基地、宇治駐屯地、大久保駐屯地、長池演習場、祝園分屯地、上杉送信所などがあります。いずれも京都市外であり、また戦闘部隊ではなかったりします)

 番組をご覧になっていない人も多いと思いますから、簡単にぼくの発言の主旨を述べますと、番組では「北朝鮮の労働新聞が、東京、大阪、名古屋、横浜、京都の各都市を挙げて攻撃する意志を強調した」という指摘がPJ(プロジェクター)を用いてレギュラー・キャスター陣からありました。
 ぼくはこれを受けて、「核攻撃をちらつかせてもいるが、都市へのテロも意図している可能性を考えて備えよう。たとえば京都には、米軍も自衛隊も(戦闘部隊が)いないのに、それをターゲットに含めていることに、テロへの意志が感じられる」という主旨を申しました。


▼あの場面、ありのままに申せば、他のかたの発言が予定を超えて長く、生放送の時間がどんどん無くなり、カメラの横や後ろをフロアディレクターが必死の形相で走り回って、「終わり! 次のコーナーへ!」という紙をキャスター陣やぼくらに示していました。

 そこで発言を極力、コンパクトにして、「京都府全体では無く、京都の市街の話」という補足説明も、「ロジ(兵站)などの拠点の話では無く、戦闘部隊の話」という補足説明もしませんでした。

 そのために「徹夜明けで忘れちゃったか」というお気持ちを、視聴者に生んだのでしょう。ご心配をかけて、申し訳なく思います。たいへんに、申し訳なく思います。


▼ぼくは共同通信の記者時代に、京都市伏見区に6年間、住みました。
 舞鶴の海上自衛隊基地の近くから出港して、中国へ出張したこともあります。
 このとき、京都府庁が仕立てた船で当時の林田知事らと共に出港しましたが、われらの海上自衛隊の戦闘艦がしばらく併走して、自衛官が右舷にずらりと並んで敬礼し、見送ってくれました。

 それから桂離宮の「昭和の大修理」は、当時のぼくの重要な取材テーマでもありましたから、桂駐屯地の凜々しい正門前を何度も通っています。実は、沖縄の那覇空港(自衛隊の那覇基地を併設)で飛行機に乗るときと同じく、タクシーの車中から、ちいさく(見えないように)敬礼をしていました。

 いずれも、この胸に鮮やかです。

 そして兵站の大切さは言うまでもありません。
 兵站の拠点が、戦闘部隊の基地より格下だという話をしているのでは、まさか全くありません。あくまでも北朝鮮の邪悪な意図を考えての発言でした。
 書き込みに深く感謝しています。
 誤解を生んだことに気づかせてくれましたから。
 こうした書き込みは、このかた、おひとりでしたが、誤解なさったのは、きっとこのかたひとりではないでしょうね。ごめんなさい。


▼いま4月12日金曜の午前3時56分です。
 きょうは早朝に東京駅から長野県のある市に向かいます。この市は、信州の清い水を抱擁するところのひとつです。
 まもなく改選の是非を問う投票日を迎える現市長の応援です。
 この若い市長は、中国が水資源を奪いに来るのを阻止したいと、ぼくにも相談され、ぼくは一時期、市の委員にもなり、そしてこの市は日本の水を護る画期的な条例を定めました。

 政治的な応援はなるべく限定していますが、こんな志のあるひとは、北朝鮮危機のさなかにあっても応援しないわけにいきません。

 そして、そのあと東京にとって返して、きょうはテレビ朝日の夕刻の報道番組「スーパーJチャンネル」の生放送に参加します。

苦しみと、かすかな安堵と  (追記しました)

2013年04月11日 | Weblog


▼2013年4月9日火曜の朝に、那覇空港から神戸空港へ飛び、神戸空港から東大阪市の近畿大学経済学部へ向かう途中で、RKB毎日放送テレビ(福岡)の人気番組「今日感テレビ」の生放送の時間になったので、道行くひとたちの「何やってんのかな」という視線を浴びながら電話で、北朝鮮をめぐる危機について番組に参加。

 大学に着くと、内心のぐったり感を抑え込んで、国際関係論の講義室へ向かう。
 まず新入生中心の4時限の授業、「入学おめでとう」の言葉から講義を始める。
 講義を終えると、休憩時間の10分間もいつものように控え室に戻らず学生諸君の質問を受けたり、今年からこの講義の教科書となった「ぼくらの祖国」(扶桑社)にサインしたり、そして続いて上級生中心の5時限の授業に臨む。

 講義の通しテーマはいずれも、「祖国には、きみしか居ない」。
 客員教授としての、ぼくの本心そのものだ。

 この日の授業には、タイの大学で日本語を教えておられる先生が、わざわざ聴講におみえになった。
 この先生は初めての参加だけれど、さまざまな大学の先生が国内から、あるいは海外から、こうしてときどき聴講に来られる。
 なんと真摯な姿勢だろうかと感嘆している。
 ぼくの授業では、日本の大学での講義のあり方についても、学生時代から考えてきたとおりに、批判も問題提起もしている。ふつうなら、そんな話は聴きたくないだろうに、じっと熱心に聴き入ってくださる。

 さらに、かねてから忙しい神職のあいまを縫って聴講に来られていた神官、つまり神主さんが、近畿大学の正式な規定の通りに、健康診断を含めすべての手続きを終えられて、正式な聴講学生となられてお見えになっていて、これは嬉しかった。
 写真付きの学生証も見せていただいた。思わず、持って帰ろうかと思った。冗談です。


▼ぼくなりに、おのれの心身を励まして、ふたコマの授業を全身全霊で終えて、大阪市内の関西テレビへ。
 翌日の「スーパーニュース・アンカー」の生放送のために、いつものように担当ディレクター陣をはじめ番組スタッフたちと議論。

 この水曜アンカーは、ありのままに申して、とてもたくさんの視聴者が毎週、視てくださるが、「予算が無い」という理由で最近ずっとロケ企画は断られてきた。
 そのために、今回の沖縄・白梅の塔へのひとつの節目となるお参り(初めて、全国各地とシンガポールからの日本国民有志40数人と、白梅同窓会のみなさんと一緒に、総勢およそ50人でお参り)も、独研(独立総合研究所)が大型バスを用意し、お参りのあとの広い懇親会場や沖縄料理の昼食も用意し、プロの撮影カメラマンも独研が自前で契約して同道し、ぼくの交通費や宿泊費ももちろん、すべて自前で、そうやって撮られた映像も何もすべて、無償で、この番組、水曜アンカーにも提供する。


(※以下を念のために追記しておきます。
  どなたかから問い合わせがあったわけではありません。

 上記の日本国民有志は、正確に申せば、独研の会員制クラブ「インディペンデント・クラブ」通称IDCの会員です。会員は、年会費と、今回の参加費を支払われていますから、今回の費用を、一部、分担していただいているわけです。独研の収支としては、もちろん大幅赤字ですが。
 また仮にテレビ局のロケとなっていたとしても、この大型バスのチャーター代や40数人もの昼食代の負担はおそらく無いでしょう。白梅同窓会のみなさんとの懇親会場を確保する費用は、場合によっては可能性があったかもしれません。番組参加者であるぼくの交通費や宿泊費は、もし仮にロケであるのなら、番組負担となり、そしてギャラも出ます。ぼくの場合、それはごくわずかですが、多い少ないの問題より、当然の対価としてあるべき、という問題です。
 そして、ロケが行われていたのなら、番組参加者がまさか自前でプロのカメラマンと契約したりするのではなく、局のカメラマンやライト係らがどっと同行していたことになります。)


 ところが到着した那覇空港で、「青山さん」と声を掛けられ、そのかたから「普天間問題でアンカーのロケに来ました。スタッフも一緒です」と予想外の話を聴かされ、みると何人もの関テレのスタッフが同道している。
 びっくり。
 こちらは、何度も何度もさまざまにロケを拒絶されているから、もはやテレビ局に何も言わず、すべて自己負担で、同じ那覇空港に来ているのだから、まぁ。フェアに申して、驚くのが当たり前です。
 しかし、このかたも、そして同道している関テレスタッフも何もこうしたことはご存じないのだから、こころから「頑張ってください」と送り出した。頑張れ、アンカー。日本の報道界に、必要な番組です。

 このいきさつもあって沖縄から大阪にやって来て、4月9日火曜夜に番組スタッフとの議論に臨むときには、ぼくの胸のうちに疑問もあった。
 しかしそれは、視聴者・国民とは何も一切、関係ない。

 ここは大事なところだ。いちばん肝心なところだ。
 テレビ画面を視てくださる視聴者・国民に伝えるべきを伝えることだけに、いつも集中しなければいけない。
 番組参加の背後にどんな事情があろうとも、いざ、カメラの前に出たときには、そのカメラではなく、カメラのうしろにひろびろと広がる世界にいらっしゃる視聴者・国民だけを、いつも、必ず、見ていようと、ふだんから深く心に決めている。

 それに、前夜の議論からいつも参加してくれる、キャスターのヤマヒロさん(山本浩之アナ)と利恵ちゃん(村西利恵アナ)にも、関係ないと思う。あくまでプロデュースサイドの問題だろう。

 そこで、那覇空港での出来事にも何も触れず、ひたすら番組の内容、すなわち北朝鮮をめぐる危機と、硫黄島の英霊を取り戻すことと、白梅の少女たち、この3つについて懸命に議論した。
 ただ、あえて上に一部を記したような重い負担を、ぼくも独研もいつまでも続けられるとは思わない。自分自身の去りゆく足音を胸のうちに聞くような辛い気持ちで、内心では議論を終えて、定宿のホテルに向かった。


▼ホテルに着くと、ほんとうに休みたいと思った。正直、ほんとうに思いました。
 しかし、夜のうちに、北朝鮮の危機について、独研から会員へ配信しているレポート(東京コンフィデンシャル・レポート)の速報を出したかった。
 このレポートの正式な法人会員に、テレビ局もいらっしゃる。
 明日の番組のためにも、今夜の内に出しておきたい。そうすれば徹夜状態で番組の映像準備などをしているスタッフの準備にも役立つ。
 もちろん、ほかの法人会員、個人会員を問わず、一刻も早く危機の真相について知ることを望まれているだろう。

 日付が変わらないうちに、レポートの配信を完了して、ホッと息をつきたいところだったけど、北朝鮮をめぐって引き続き、電話とメールで情報を集める。
 日付が変わり、午前1時に、信頼しているマッサージのおばさん(ホテルの正式スタッフ)が来てくれて、「ひどいなぁ、このこり方」と、いつものように呆れながら午前2時40分まで、揉んでくれる。
 終わると、ぐっと寝たいところだったけど、引き続き情報を集める。時差からして、こうした時間帯にこそ話ができる知友も、海外にいるからだ。


▼夜が明けて、出発時間が近づく。
 いつもなら、このままこのホテルでRKB毎日放送ラジオの番組「スタミナ・ラジオ」にナマ参加するのだけど、きょうは東京へいったん戻ってテレビ朝日の生放送に参加せねばならない。
 1時間あったかどうか、わずかに仮眠して、朝風呂に入り、自分を目覚めさせて、午前8時20分、同行秘書のYと一緒にタクシーに乗る。Yは交通費節約のために大阪に残るのだけど、伊丹空港まで同行しますという彼女自身の判断だった。

 この判断は正しかった。
 なぜなら、動く車の中だから、ラジオスタジオと繋がっていた携帯電話がいったん切れてしまったからだ。
 なにせ生放送、取り返しの付かないことになりかねないところだったけど、この秘書さんと一緒に対応して、どうにか無事に生放送への参加を終えた。

 伊丹空港からはひとりで、羽田空港へ。
 機中はいつも通り、パソコン。国内の工場でつくられたパナソニックのモバイル・パソコンは、このひどい酷使によく耐えてくれる。

 羽田空港からテレビ朝日までの車中では、アンカーの担当ディレクターのひとりFさんと電話で、水曜アンカーの内容をめぐって協議を続けた。
 北朝鮮、硫黄島、白梅の少女たちと、テーマを3つもひとつのコーナーに盛り込もうとしているのだから、ふつうなら絶対に、定められた時間内に収まらない。時間枠は変わらない。さて、どうするか。

 テレビ朝日に着くと、「ワイド・スクランブル」の生放送へ。
 ご一緒したコメンテーターの意見とは視点の違う意見を申そうとした瞬間、生放送の時間の厳しさで、キャスターが引き取り、発言できなかった。フェアにみて、ぼくの発言封じではありませぬ。たくさんメールと書き込みを頂きましたが、事実として、発言封じでは全くありません。
 生放送にとって、時間の制約はほんとうに厳しいのです。


▼テレビ朝日から、飛び出すような心境で、羽田空港へ。
 その車中でも、アンカーの担当ディレクターのひとりFさんとと協議。

 意外にも羽田に早く着いたので、カウンターに全力で走る。はぁはぁ。寝てないから、ちと、きつい。
 1本前のフライトに乗れれば、アンカーへの備えにスタッフも、ぼくも、余裕が出る。

 奇跡的に1本前のフライトに乗れることになり、搭乗口で関テレに電話してFディレクターと話そうとすると、電話に出た人が「そんな人は居ません」。
 実は、関テレに限らず、テレビ局では、こうしたことが起きる。
 ふつうの会社なら、自分の知らない名前でもちゃんと探す。あったりまえだ。ところが、「居ません」という返事がテレビ局に限っては、あるのであります。

 どうにか飛行機の出発ギリギリで、Fディレクターと電話がつながり、彼は「やはり放送時間が足りないので、どれかを部分的に削りたい」という。まさしく機内に入る直前、ぼくは「削るなら、やらない」と決意とともに告げて、機中へ。
 機内では、新聞各紙にあらためて目を通して、報道の背後に隠れているものについて、おのれの記者経験を元に、考えをめぐらす。

 伊丹に着くと、すぐ、タクシー車内でFディレクターと電話協議の再開。
 この中堅どころのディレクターFさんは謙虚な人柄で、まっとうな判断をする人材でもあり、話しやすい。
「何も削らず、話し方の工夫で、3つのテーマを盛り込む」ことを最終確認する。

 関テレに着くと、白梅の塔で独研が契約した優秀なカメラマンYさんが撮ってくれた映像を、どう番組で使うかについて、映像の中身を確認したり、硫黄島の戦いや沖縄戦をめぐる根本資料をあらためて総点検したり、あっという間に、生放送の時間になる。
 生放送は、ヤマヒロさんと利恵ちゃんと、そして新しくこの5時台の放送に加わっている堀田アナと、それから画面には映らないフロアディレクターらとの気持ちのよいチームワークのおかげで、どうにか時間内に、終えることができた。
 自分自身の語り口には、いつもの通り、大不満があるけど、アンカースタッフのみんなには内心で深く感謝する。

 そしてすぐ再び、伊丹空港へ。
 今度は同行秘書Yと一緒に、羽田へ戻る。
 機中で開いたパソコンには、もう完成間近の小説がある。どんなにか、その原稿に戻りたかったか。
 しかし、朝鮮半島情勢をめぐる新しい情報の精査に集中し、さまざまなメールに返信を書き、「送信待ち」にセットする。
 飛行機を降りるとすぐに、送信しないといけない。


▼帰宅して、今夜ぐらいはすこし寝ようと思ったが、結局は、ほぼ徹夜。
 夜が明けて、大阪の主婦「ぼやきくっくりさん」がいつも通りに徹夜の努力で文字起こしをしてくださった、水曜アンカーの記録をみて、「こういう志ある視聴者に支えられて、水曜アンカーも続けてきたんだよな」と、あらためて考える。

 そういえば、きのう夕方、アンカーを終えて関テレを出ようとしたときに、沖縄の盟友から電話があった。
 盟友と表現するのは申し訳ない、先輩のかたで、ほんものの男の中の男。生粋(きっすい)のウチナンチュー(沖縄県民)。
 奥さまが大阪出身で、奥さまの親族の病のために、いま大阪の病院に詰めていらっしゃって、「今日は水曜だ」と思いだして、アンカーを生で視てくださったとのこと。ふだんは沖縄では視られませんからね。
 そして、おっきな声で「凄い。これは沖縄県民が絶対に見るべき放送だ」とおっしゃってくださり、内心で、めちゃめちゃ嬉しい、と言うより、あんな下手な語り口の放送でも、伝えるべきはいくらかは伝わったかのかなと、すこしだけホッとした。かすかに、安堵した。

 関テレの協力で、番組のDVDをコピーして、この盟友にお送りすることになった。盟友は、沖縄のメディア幹部に渡してくれるとのこと。
 さぁ、きょうもテレビ朝日の「ワイド・スクランブル」の生放送に参加し、そのままニッポン放送のぼくも大好きなラジオ生番組、「ザ・ボイス」に参加し、そこから首相官邸へ向かい、日本版NSC(国家安全保障会議)創立の有識者会議の第4回会合に参加する。


▼ところで、新刊「青山繁晴、反逆の名医と日本の歯を問う」(ワニプラス)が書店で1冊も見つからないというメール、書き込みを山のように頂いています。
 ぼくの盟友のひとり、もともとはひとりの視聴者、読者でいらっしゃったKさんが出版社、書店と、ボランティアで精力的に交渉してくださっています。そして、みなさんが書店にリクエストを出し続けていただくと、情況が好転するかもしれません。

 サイン会もなかなか、ままなりませんが、東京でひとつ決まっています。下に、三省堂神保町本店のHPにある情報から、イベント内容などをアップしますから、よろしければ参加してください。
 魂から、みなさんと会える機会を待っています。


【青山繁晴トークイベント】

三省堂書店神保町本店のHPには、「閉店後 神保町の夜を熱くするミッドナイトセッションが決定しました」という面白いキャッチフレーズが書き込んであります。

『青山繁晴、反逆の名医と「日本の歯」を問う』発刊記念
青山繁晴ミニトークショー&サイン会@三省堂神保町本店1F
トークセッションタイトルは、「祖国と、歯と、友情と」……真ん中の「歯」がユニークですね。ふひ。

▽日時 2013年4月25日(木) 開場 20:15 開演 20:30

▽会場 三省堂書店神保町本店1階特設会場

▽参加条件 三省堂のHPには、こう書いてあります。
~扶桑社刊『ぼくらの祖国』、ワニ・プラス刊『青山繁晴、反逆の名医と「日本の歯」を問う』どちらかをお買上のお客様に参加整理券を差し上げます~
 つまり、「ぼくらの祖国」もOKです。

▽問い合わせ三省堂書店神保町本店1階 03-3233-3312(代)
 電話予約もOKとのこと。便利ですね。

 三省堂のHPの案内文はここです。


 待ってるよ、みんな!
 下掲の「第17回独立講演会」とともに、待ってます。

あっという間に17回目

2013年04月10日 | Weblog

▼早いもので、もう次の独立講演会(第17回、東京)の申し込み受付が始まっています。
 いつもリアルタイムで、ここにもアップしたいのですが、今回も、受け付け開始よりも後になってしまいました。
 第16回(4月28日に開催予定、神戸)の抽選に当選された方から、下のような書き込みもありました。
 ハンドルネームではなく実名のお名前が入っていました。「公開しないでください」といった記述がありませんから、本来なら、そのまま公開するのですが、コメント欄に公開するのではなくエントリーに直接引用するので、あえてイニシャルに変えました。
(*なお、コメントの選択公開は再び、いったん停止しています。コメントが非常に多く、選択している時間が無いためです)

~書き込みを引用~

今年になって2番目にうれしかったこと
2013-04-06 18:15:56


青山さんっ!!!やりましたよ!
第16回独立講演会に当選しました!!

失礼しました。興奮してつい名乗るのを忘れてしまいました。

僕は、ST(※原文は実名)と申す25歳の男です。
税理士になり、複雑な税に関して困っている人を助けるため、会計事務所で働きながら勉強し、資格取得を目指しています。
しかし、誰にもいっていない僕の最終的な夢は日本で、教育機関をつくることなんです。
どんなに小規模でも、祖国についてフェアに教えたいです。できれば、青山さんの生きている間に、そしたら青山さん来てくれますか。

話は大きく変わりますが、
僕は、青山さんのことを存じ上げてから、青山さんの参加されているテレビ、ラジオ(特に、ラジオの青山さんはテレビより生き生きされているのが伝わり僕はラジオのほうが好きです。)をすべてチェックしています。
なので、青山さんがチェックできない月曜日と火曜日が憂鬱です。

赤本を拝読し、祖国について本当によく考えるようになりました。それまでは、一切祖国という言葉すら日本に24年生きてきて聞いたことも、議論したこともありませんでした。
だから、今回のような機会を与えてくださった神様はなにか僕におっしゃているのではないかと本当に思うのです。今の日本のおかれている状況を正しく認識し、そのために何が必要かを一緒に考えたいです。

もっと、いっぱい言いたいことはありますが、超多忙な青山さんの体を僕が労って(青山さんは労らないので、ふひ)今回はこの辺で失礼いたします。
また、メールいたします。

神戸で直接お会いできること楽しみにしています。

PS.今度赤本もって行けば、サインしていただけるのかな。ハグと握手もしたいな。ちょっと欲張りですかね。

~引用終わり~

……うーむ、こんなに喜んでいただけるとは、ほんとうに光栄です。
 ありがとうございます。
 さて、第17回の申し込み受付について、独研(独立総合研究所)公式HPから、その一部をアップしておきます。


第17回 独立講演会@東京 (申込受付開始しました)

【講演日】
2013年5月19日(日)

【講演時間】
開場:13時05分
開演:14時00分 ~ 18時30分 予定

【講演内容】
「メタンハイドレートの現在と未来」

(および大切なテーマをさまざまに。
 そして、いつものように質問をたくさん受けます。…ここはHPにいま、加筆しました)


【場所】
タイム24ビル  会場:未定(決定次第更新します)

135-8073 東京都江東区青海2-4-32
TEL:03-5531-0024
ゆりかもめ「テレコムセンター」駅下車徒歩約2分
詳細は、こちらへ。

【受講料】
一般 5000円 / IDC(インディペンデント・クラブ)会員 4000円

【定員】
250名
※定員を超えた場合、抽選となる場合もございますのでご了承下さい。

【申込期間】
2013年4月8日(月)正午~ 2013年4月17日(水)正午
※申込期間内のみ、申し込みを受付致します。

【申込方法】
「申込フォーム」ボタンをクリックし、リンク先のページよりお申し込み下さい。

独研ホームページからのお申し込みに限り受付けます。
※入力いただいたメールアドレスに、申込確認メールを送信しますので、迷惑メール等の
受信拒否設定をしている方は、「dokken.co.jp」をドメイン指定受信に設定してください。
※全ての連絡は、メールにて行います。メールアドレスが間違っていると連絡が取れなくなりますので、ご注意下さい。
※申込完了後、ご入力いただいたメールアドレスに、申込受付の確認メールが届きますので、必ず確認して下さい。
※確認メールが届いていない場合は、正常に申込が完了していない可能性がございます。
※ご不明な点については、お早めに講演会運営事務局に、メールでお問合せ下さい。
※FAX、メール、郵便でのお申し込みは受け付けておりませんので、ご了承下さい。

【抽選結果通知】
当選・落選発表は、4月17日(水)申込締切り以降、メールにてご連絡致します。

【ご注意】
講演の録音と録画は固くお断り致します。

【問い合わせ先】

独立講演会 運営事務局
※電話でのお問い合わせは対応しておりませんので、ご了承下さい。
※独立講演会については、独立総合研究所総務部では対応しておりません。
※独立講演会以外の講演については、こちらまで。

蛇の足

2013年04月10日 | Weblog
「文化人」について、同じハンドル・ネームの方から、かつて大作家らも使っているから検索してみろという書き込みがまた、ありましたが、検索せずとも百も承知しています。
それらの文章を、小学校高学年から中学にかけて読んだときから、おかしな言葉だと考えているのです。
どんな書き手がお使いでも、辞書に載っていても、ぼくは使わない。それだけのことです。
新語、造語は、その時代背景で、さまざまにつくられ、使われます。新語といっても、たとえば明治期につくられた言葉もあります。現在の書き手のぼくが、ぼくなりに自律して判断し、使う言葉も使わない言葉もあります。
あなたは、どうぞ「文化人」をお使いください。ぼくは使いません。プロの書き手としても、使いません。あまりに蛇足です。

日本語への、ささやかな信念のひとつ

2013年04月09日 | Weblog

▼この下のエントリーの末尾に関して、以下の書き込みがありました。

~書き込みの引用~

>文化人。ははは。こんな奇怪な日本語をいまも使うのは、テレビ界らしいナァ。

文化人は辞書に載っており、決して怪しい日本語ではありませんヨ
【文化人】
学問・芸術などの分野で活躍し、社会的にも名声を得ている人。すぐれた教養を身につけた知識人。

~引用終わり~

▼辞書に載っていようがいまいが、ぼくの日本語への愛情と信念からして「文化人」が奇怪な日本語であるという考えはまったく変わりません。
 日本の辞書、特に最近の辞書は、いわゆる新語を無批判に載せる傾向が強まっているとも、ふだんから考えています。
「文化人」というのは、一種の新語、造語です。
 新語、造語にも、もちろん認めるべき言葉はあります。言葉は生き物で、時代とともに変わっていくものですから。

 しかし、文化人というのは、わたしたちの大切な日本語としての品格に欠けた造語だと考えます。
 そして、テレビ界での使い方が、いちばん、いやらしい感もあります。

 「文化人」という言葉で、良く分からない話をするより、ほんとうのことだけ、ふつうに、さらりと言えば良いのに。


行ったり来たり

2013年04月09日 | Weblog


▼北朝鮮をめぐる緊張は、これまでとは質が違う。
 その理由、背景は幾つもある。これから、それについて東京コンフィデンシャル・レポート(TCR/独立総合研究所が配信している会員制レポート)に記していくのだけれど、もっとも端的な理由をひとつ、示しておくと、それは北朝鮮ではなくアメリカの変化だ。
 アメリカが韓国と共に反撃する準備をしている。

 北朝鮮が単なるミサイル発射実験ではなく、実際の被害が出る限定攻撃を行うと、米韓が今回は攻撃する構えだ。2010年に北朝鮮が韓国のパトロール艦を沈め、テヨンピョンド島を砲撃し、合わせて50人の韓国人を殺したのに、アメリカは韓国の反撃を認めなかった。

 今回、北朝鮮が仮に2010年の限定攻撃の再来をやり、ほんとうに米韓の反撃があれば、1953年7月の朝鮮戦争休戦以来、実に60年ぶりにアメリカと北朝鮮が戦火を交えることになる。
 そして、これが限定的な戦闘にとどまる保障は、ない。


▼金曜にメタンハイドレートをめぐって、和歌山県庁を訪ね、仁坂知事らと協議や議論をし、土曜に沖縄に入ってさまざまに議論し、日曜に「白梅の塔」に、インディペンデント・クラブ(独立総合研究所の会員制クラブ)の会員、それに白梅学徒看護隊の生き残りのかたがた(白梅同窓会)も加わっていただいて、計およそ50人と、お参りをした。

 白梅の塔が荒らされて、お地蔵さまや花瓶、掃除道具に至るまで盗まれているのを白梅同窓会のかたがたが発見するという、信じがたい事件にも遭遇した。
 そして月曜に、沖縄県庁を二度、訪ねて、仲井眞知事らと普天間をはじめ安全保障問題をめぐって突っ込んで協議し、きょう火曜に那覇空港から神戸空港に飛んで、そこから東大阪市の近畿大学の経済学部に行き、新年度の講義(国際関係論)をふたコマおこなった。90分授業を連続でふたコマ。正直、ちと疲れる。

 いまは近畿大学から関西テレビに移動している。
 これから、明日水曜日に報道番組「スーパーニュース・アンカー」の生放送に参加するための、議論をやる。

 そして、その明日水曜の朝に、ふだんと違って伊丹空港へ向かうタクシーに乗り込む。
 タクシーの中から携帯電話で、RKB毎日放送ラジオ(福岡)の「スタミナラジオ」の生放送に参加し、伊丹から羽田へ飛び、正午から12時40分頃まで、六本木のテレビ朝日で「ワイド・スクランブル」の北朝鮮情勢をめぐる特別番組の生放送に参加し、すぐに羽田にとって返し、伊丹へ飛び、そこからギリギリで「水曜アンカー」の生放送のスタジオに入る。

 無茶なスケジュールだけど、北朝鮮情勢を真正面から受け止めて感度良く特番をやる姿勢を、ぼくなりに僭越ながら評価して、参加を決めた。
 この「ワイド・スクランブル」の特番は、あさって木曜にも同時刻でやる予定で、それにも参加し、場合によっては金曜にも参加する。
 あさって木曜は、ニッポン放送の「ザ・ボイス」の生放送や、チャンネル桜の「青山繁晴が答えて、答えて、答える」の収録や、日本版NSC(国家安全保障会議)創立の有識者会議の第4回会合などなどもあって、烈しいスケジュールになるけど、疲れたとも言ってられない。


▼ちなみに、今週の土曜日には「たかじんnoマネー」がゴールデンタイムの放送になるそうだけど、「芸能人とタレントでやるので、文化人のかたの出演(参加)はありません」と連絡が来たという。
 文化人。
 ははは。こんな奇怪な日本語をいまも使うのは、テレビ界らしいナァ。
 …というわけで、ぼくの参加はありません。その次はどうなるか、まだ存じませぬ。

硫黄島から沖縄へ、沖縄からすべての故郷へつながる、ぼくらの祖国

2013年04月06日 | Weblog


▼みなさん、いま、大好きな沖縄に向かう機中です。
 ことしの春の烈しい嵐が東上する、そのちょうど逆に西へ向かっています。
 機はずいぶんと揺れています。フライトの揺れには自然に慣れています。成田からロンドンまで十数時間、ずっと揺れっ放しということもありましたね。船とか飛行機に酔うことはないので、機内でふつうに仕事しています。

 さきほどの機長のアナウンスメントによると、たった今の那覇は大雨だけど、このフライトが着陸するとき、ちょうど晴れてくる見込みだそうです。
 みなさん、嵐にどうぞ、お気をつけください。


▼那覇空港には、世界でもっともモラルの高い海空の防衛力である、海上自衛隊の哨戒機や航空自衛隊の戦闘機もいます。
 ぼくは那覇に降り立ち、まだ飛び立つときいつも、こころのうちの深い感謝と敬意を込めて、これらの部隊にちいさく、ちっちゃく敬礼しています。
 もちろん民間機の窓の内側で、そんなことがあるとは、自衛官のかたがたは想像されていないと思いますが。

 こないだ「有吉のバカだけどニュースはじめました」というテレビ番組(ただし実験的な特番だそうです…)の最後に、思わず、小峠さんというタレントのかたとハイタッチし、固くハグしました。
 そして、思わずちいさく敬礼したのも、この那覇でのひそかな習慣がいくらか影響していたんだろうな、と思います。

 那覇から、現実に海上自衛隊の哨戒機P3Cに、独研(独立総合研究所)の研究員たちと乗り組み、尖閣諸島、それから日本の海底ガス田や海底油田を中国が侵食して開発している現場に低空飛行で向かったこともあります。

 中国がいま狙い、今後も水面下で工作してくるのが、「琉球の独立」です。
 中国は分かりやすく軍事占領など、なかなか致しませぬ。
 もともと戦争に弱い国は、外交工作がしたたかです。フランスや朝鮮がそうであるように、中国も巧妙です。
 日本国沖縄県の世論と心理、そして、たとえば県条例のあり方にも工作を続け、まずは琉球の独立という名目で、わたしたちの沖縄県を祖国から切り離そうとするでしょう。
 中国による沖縄支配が万一、始まるのならば、そこからです。

 ぼくは命ある限り、沖縄とともにあり、僭越ながら護り続けます。
 それが、沖縄戦のむごい犠牲のおかげで生きている、敗戦後の日本国民のたいせつな志のひとつではないかと考えます。
 独研もその組織ある限り、沖縄への貢献を目指します。


▼沖縄では、まず「白梅(しらうめ)の塔」にお参りします。
 それは、ぼくなりに30年を超えて続けてきたことですが、今回だけはまったく違います。
実に50人のかたがたと一緒に、花を捧げ、石碑のうえに彫られた、白梅学徒看護隊の少女たちのお名前、それから沖縄第二高等女学校の先生方のお名前を、ひとりひとり清い水で洗わせていただき、さらに、68年前の凄惨な春から初夏の気配を、そのまま残している自決壕に入ります。


▼わたしたちの独研には、インディペンデント・クラブ(IDC)という会員制のクラブがあります。
 いまの会員数(定数)は500人です。
 入会を希望されるかたは、この倍を超えていらっしゃいます。

 だけども、なにせ苦闘千里とも言うべき経営状況の独研ですから、IDCの事務局スタッフは、ごく限られた人員です。
 IDCも謙虚に運営したいので、そのスタッフできちんと対応できる範囲内の会員数に限っています。
(ただ、いずれは定数も増やせるでしょう)

 このIDC会員とは、国会をぼくが解説しつつ一緒に歩き、いま内閣官房副長官になっている世耕弘成・参院議員と議論する会をおこなったのに始まって、さまざまなイベントを遂行しています。
 すべて例外なく、ぼく自身がフルタイムで参加します。
 なかには、ぼくのドライブするレーシングカー(ロータスCUP260)の横に、ひとりひとり乗っていただき、モーター・レースの世界をすこしだけ味わっていただく会も、ありました。
 ぼくは走りに走り続け、最後のひとりまで無事に味わい終わられたときには、新品近かったSタイヤ(レース用のセミ・スリックタイヤ)が4本すべて、寿命となっていました。ふひ。

 今回は、そうした会のひとつとして、白梅の塔のお参りを募集したのです。
 多くの会員にとって近くはない沖縄ですから、どれぐらいのかたが参加なさるかと思っていたら、実に42人が参加されます。
 そこに、白梅学徒看護隊の生き残りである中山きくさん(白梅同窓会・会長)ら4人の、かつての少女たちも加わってくださいます。
 お参りのあとは、この白梅同窓会のみなさんと、IDC会員、ぼくの御一行様で沖縄料理のお昼ご飯をともにしつつ懇談です。
 沖縄と祖国を護ってくださった少女たちと、少女と共にあった英霊のかたがたに、どんなにちいさくとも、かすかでも、報いるために、この会も計画しました。


▼それがあすの日曜日、明けて月曜には、沖縄県の仲井眞知事とお会いします。
 ひとつには、先に天皇皇后両陛下がついに、中山きくさんをはじめ白梅同窓会のみなさんと沖縄で会ってくださり、お花も下賜いただいた、そのことに知事がずっと協力してくださったことへの、魂からのお礼です。

 そして今回は、中国や普天間を含めた安全保障のナマの課題についても、知事とざっくばらんに議論することになると思います。
 防衛大臣の小野寺さんが、まさしく今日、知事を訪ねて普天間などについて話しているそうですが、ぼくの訪問は関係ありません。
 ぼくはあくまで完全に自由な立場で、そして立場の違いを常に踏まえつつ築いてきた個人的な信頼関係に基づいて、知事とお話ししてきます。


▼かつてアメリカ軍は、東京都の一部である硫黄島(いおうとう)を占領した翌朝に、沖縄の慶良間諸島に侵入しました。それが沖縄戦の始まりでした。
 沖縄戦と繋がっているのが、硫黄島の戦いです。

 いまだ故郷に帰れずにいる、およそ1万2千人の硫黄島の英霊のかたがたと、白梅の少女たちにささやかに報いることが、ぼくの、ちいさなライフワークの数々のひとつです。

 その硫黄島に、まもなく安倍晋三総理が初めて、入られます。
 そこで先日、総理官邸に安倍総理を訪ねて、硫黄島の英霊を故郷に取り返すために何が必要か、何が根本かを、話し合ってまいりました。

 第一次安倍政権で、松岡農水大臣が現職閣僚のまま突然、自決なさったその翌日に、ぼくは官邸で当時の若き総理だった安倍さんと昼食の約束がありました。
 閣僚の自害という事態が突発しましたから、当然に中止になると思っていたら、「予定通りに来てください」という連絡がありました。

『こういう時にこそ、外交・安全保障は変わらず冷静にやりたい。だから専門家としての、あなたの話を聴きたい』という総理の、深い決意によって、予定通りに行われるのでした。

 ところがぼくは、日米の話も日中の話も日露の話もせず、貴重な時間の大半を使って、「硫黄島の英霊を取り返しましょう。自衛隊が使い続けている滑走路の下の英霊も取り返しましょう」という話をしました。
 いずれ安倍政権が、野党によってではなく、自民党内の親中派、親韓派、親北派によってこそ潰されることを、ありありと予期していたからです。

 先日にお会いすると、安倍さんは、その時のことを昨日のことのように覚えておられました。
 いくぶんお疲れにも見えました。何もかも総理のリーダーシップで遂行しているのが、第二次安倍政権の現実だからです。「仕事を分担すべきです」と言うぼくに、総理は「大丈夫!」と非常に強い言葉で応えられました。
 その凄まじい激務のなかで、わざわざ今、硫黄島に行かれるのです。
 参院選の票にはほとんどならない、アベノミクスとも関係ない、その硫黄島訪問を今、なさる。

 安倍総理への信任や不信、期待や失望、好きや嫌い、保守やリベラル、改憲に護憲、たくさんの意見と立場と感情の違いが、日本国民に広くあります。
 その違いを、われらのオリジナルな日本型民主主義のためにこそ、あくまで護りつつ、まっ直ぐ真ん中から連帯できるところは、連帯しませんか。


▼ぼくは、扶桑社という出版社が世に送り出してくれた「ぼくらの祖国」という書を、総理官邸でカバンから取り出し、安倍総理のまえで、下手なサインを致して、お渡ししました。

 その書にこそ、硫黄島をめぐる真実のほとんどすべてを初めて、書き込んでいるからです。
 安倍さんは、にっこりと笑って、「確かに受け取ります」と、通称「ぼくそこ」、あるいは通称「赤本」を、受け取られました。



(↑ 再掲の写真ですが、まさしくIDC会員が撮って、送ってくださった「沖縄の青空の下の、ぼくそこ」です。この場所は、沖縄戦の激戦の跡です。そして、この撮影された女性会員もまた、日曜日の白梅へのお参りに参加されます)





*そして冒頭のちいさい写真は、那覇に着いた直後です。
 確かに雨はあがっていました。
 白梅の少女たちにお参りをする日曜には、きっと明るい陽の光も差すでしょう。天よ、ありがとうございます。

 指さす先には、沖縄の県花、デイゴの花が咲いています。携帯電話の写真ですから、見にくいでしょうが、1年に1度だけ咲く、豊かな深みのあるオレンジ色の、花です。
今日は土曜日、知事にお会いしたりするのは月曜なのにスーツを着ているのは、羽田空港に向かう前の早朝、コメント収録があったからです。日曜の朝に放送される「新報道2001」(フジテレビ)です。
 中国経済について考えるまま、知るままに話しました。編集で、もちろんたいへん短くなると思いますが、放送はされるでしょう。

 さっき那覇空港で車を待っていたら、なんと、関西テレビの「スーパーニュース・アンカー」のコメンテーターのおひとりに声を掛けられました。「普天間問題でロケに来ました」とのこと。関テレのクルー数人もご一緒です。
 あれ? このごろアンカーは予算がないということで、どんな現地取材の提案をしてもロケをぼくは断られているのにナァ。
 近くでもまったく駄目、ということだったのに、ここは沖縄です。
 どんなに志ある企画でもまったく駄目、ということでもあったのにな。
 テレビの世界はどちらを向いても、不可思議なことだらけ。
 同行している青山千春博士は、さっさと敏腕プロデューサーに電話して「事情が変わったんですね」と聞いていたけど、それへの答えは彼女も、伝え聞いたぼくも、さっぱり分からなかった。皮肉とかじゃなく、ホントに分かりませんでした。
 テレビはやっぱり、そのインナーサークルの人たちだけでやる世界、かな。

 とにかくロケ、頑張ってください。頑張れ、アンカー。

 天は晴れ間もくださるし、こんなオモシロイ、しかし逃れられない偶然もくださいます。

そして…

2013年04月03日 | Weblog
…「たまに嬉しいこともある」のエントリーにいただいた書き込みを公開します。もちろん、「非公開にしてください」という記述のないものです。

 他方、この頃はずいぶん減りましたが、中傷誹謗と言わざるを得ない書き込みも、他のエントリーにはあります。
 読むべきじゃないのは読まないし、無視すべきは無視します。ただ、お応えしておくべきものも少数ながらあるので、それはいずれ別途、書き込みます。

「たまに嬉しいこともある」へのコメントは、そのエントリーでご覧くださいね。

(*ちなみに、「MCはマスター・オブ・セレモニーズ」というコメントも頂いていますが、一般的にはその通りです。ただテレビ界には、「メイン・キャスター」のMCとする人もいます。おそらくは誤解からの習慣だと思いますが、そういう解釈をするスタッフもいるにはいます。したがって、ぼくの原文はMCという表記だけに変えました。)

日本の力、アジアと世界のための新しい力

2013年04月03日 | Weblog

▼ご本人から「実名でそのままアップしてかまいません」という趣旨の書き込みがありましたから、下にアップします。
 ぼくが、この書き込みに何より心動かされたのは、この赤木さんがみずからの足で諸国を回られ、そして今、祖国のために新しく歩き出そうとされていることです。

 ゆうべの番組で起きた「嬉しいこと」は、赤木さんが書かれているとおりです。
 その通り、ハイタッチ、ハグと自然に起きて、ぼくはタレントのかたの、すべすべした頭まで思わず抱きかかえ、そして小さく敬礼を致しました。感謝と、敬意と、共感を込めて。


【書き込み/原文のまま】

感動しました
2013-04-03 08:14:09 赤木仁

青山様

過去4年間青山さんのブログを読んできましたがブログへの書き込みは初めてです。

普段喜びや希望を見つけた時の書き込みはあっても、ここまで嬉しさが伝わってきた青山さんの書き込みを見て「これはすごいんだろうなぁ…」と思い、有吉さんの番組をインターネットで探し拝見しました。思わずハイタッチ、ハグそして小さく敬礼(私の見間違いかもしれませんが…)をされる青山さんを見て、感動してしまいました。最初から熱心に解説を聞いていた小峠さん。青山さんの存在をインターネットで知って間もなく、水曜アンカーの詳しい解説に顎が落ちた状態で聞き入っていた私を思い出しました。視聴した方々の中にも「難しいから理解できない」という思い込みを脱する切っ掛けになった方も多いのではないでしょうか。過去の私と同じように。

青山さんのブログや本を読み、参加なさっている番組を視聴し、青山さんの話にでた事のある国々(ポーランド、スコットランド、アメリカなど)を廻る機会もありました。

昭和22年11月8日収録の2回目の「答えて、答えて、答える」(26日放送)にて私の質問が取り上げられた時の事、「頑張れ、仁!気合入れて頑張ってね、仁!」と笑顔で応援していただきました。それから2年以上経ちますが、今月から私の博士課程も4年目に突入しました。あと半年以内に卒業論文を提出予定です。また気を引き締めて最後まで頑張りたいと思います。

提出後は卒業まで日本を廻ろうと思います。少しばかりの募金活動の末、被災地出身の学生たちとも仲良くなり、今まで行きたくても行けなかった被災地を歩きたいと思います。その途中に青山さんの講演会が上手い工合に重なれば、その地まで飛びたいと思います。

それでは、失礼します。

ニュージーランド、オークランド大学化学研究部院生
赤木仁

博士課程にいるあなたへ

2013年04月03日 | Weblog

ニュージーランド、オークランド大学化学研究部院生のあなたです。
今朝8時14分にいただいた書き込み、「感動しました」というタイトルの書き込みに、ぼくこそ感動してしまいました。
できれば、実名のまま紹介したいのですが、OKかどうか、書き込んでください。
実名が良くなければ、お名前をどうすれば良いか、教えてくださいね。