インド英語を学びたかった私に時代が追いつけなかった話

2024年02月02日 | 海外旅行

 にインド英語をやるっていうのはアリやな」


 
 なんてことを一時期考えたことはあった。
 
 このところフランス語スペインをやっている話をしているが、語学と言えば避けて通れないのが英語について。
 
 私自身の英語力は、まあ皆様と大して変わらない「中2英語」程度。

 日本人の苦手とするヒアリングはお約束にヘボいが、スピーキングは意外とマシな方。

 いわゆる「コーラ」を頼んだら「コーヒー」が出てきたような失敗はあまりなく、その際のコツは

 

 「自分の好きな外国人俳優(私の場合はケーリー・グラント)のモノマネ

 

 これをするつもりで話してみること。要は「外人コント」だと思えばいいのだ。 

 ベースとなるのは大学受験のときにやった(30年前!)関関同立レベルのリーディングを中心とした偏りまくった「受験英語」で、あとは浪人時代と大学生のころ聴いていたNHKラジオ英会話
 
 これは大杉正明先生(声がとってもステキ)が2年と、それを引き継いだマーシャクラッカワーさんが1年。
 
 あとは時期こそいつか忘れたけど、遠山顕先生のも断続的に聴いていた時期もあって、つないでいけば3人で5年くらいは聴いていたかもしれない。
 
 旅行中はドミトリー(相部屋の宿)で仲良くなった外国人旅行者と話しまくる経験値とか、だいたいそんなもんである。
 
 堪能というわけではないが、を聞いたり、ホテルを予約したり、あとはバックパッカー同士の雑談くらいなら、こんなもんでも結構なんとかなる。
 
 これがネイティブ相手だと話にならないけど、「バックパッカーあるある」として、
 
 
 「英語が母語でない外国人の話す英語は、わりと聴き取りやすい」
 
 
 というのがあって、
 
 
 複雑な語彙文法や、長いセンテンスが出てこない。
 
 英語独特の抑揚が少なく聴きやすい。
 
 発音が「ローマ字読み」(スペイン語ネイティブとか)だったりして理解しやすい。

 
 
 くらいの理由だと思うけど、かなりハードルは低く、下手なりに一応通じたりはするのだ。
 
 とか、そんな感じで英語に接していると、たまに友人などから、

 
 「そんなに旅行とか好きなら、ちょっとマジメに英語を勉強してみたら?」


 
 なんてことも言われたりもするけど、それはそれで、あまり食指をそそられないところもある。
 
 もちろん私がナマケモノなのが原因なのだが、それ以上に大きいのが、英語という言語にあまり興味が持てないことだ。
 
 これが「第二外国語」であるドイツ語、フランス語、スペイン語とか、日本人にはまったくなじみのないモンゴル語とかヨルバ語とか。
 
 そんなんなら、そういうのをあつかった本なんかも読んでみたくなるけど、これが英語となるとなあ。
 
 特にアメリカ英語は別にアメリカにそんなに思い入れもないし、学校の授業でやったから飽きたし。

 だったら旅行して楽しかったトルコ語とかやりたいもの。
 
 いや英語はいいんだけど、一点集中時代なのが問題なのだ。
 
 ただ、現実問題として今では英語が圧倒的な存在でもあるし、どうしたものかということで、こういうとき私は正攻法ではなく変化球的な対応から考えるクセのようなものがある。

 「英語を話せるか」の問いに「キミはドイツ語はどうなの?」と返すような、なにかアイデアはと頭をひねって、逆に変わり種の英語をやるというのを思いついた。

 それが「インド英語」である。

 これなら普通に英語を学びながら、それでいて同時に英語圏以外の文化なども学べるわけで、いいではないか。

 私は天才ではなかろうか。
 
 そこでネット講座もYouTubeない時代、本屋の語学コーナーに走ったわけだけど、残念ながらそこには、
 
 
 「印英単語ターゲット1900」
 
 「一億人のヒングリッシュ文法」 
 
 「NHKラジオ インド英会話」

 
 
 なんてものは売ってなく計画は頓挫。

 その後、インドはIT大国として注目されることになるから、目のつけどころは良かったんだろうに無念である。
 
 

 (世界各国の英語編に続く)


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