木村一基が王位になった。
当ページは前回の大山康晴十五世名人のように、基本古い将棋をあつかっているが(→こちら)、今回はトレンド入りも果たした時事ネタを。
この王位戦は、どちらを応援するか、非常に悩ましいシリーズだった。
木村一基、豊島将之ともに人気棋士というだけでなく、その実力は充分すぎるほどに認められながらも、長らくタイトルを取れず苦しんできた苦労人。
木村一基が一度はタイトルホルダーになるべき人物なのは当然だが、奨励会時代から期待されていた「豊島時代」を盤石にするため、王位もここで負けるわけにはいかない。
というのは、結構なファンが同じ想いに身を焦がしたと思うんだけど、結果は木村が勝ちで王位に。
豊島負けは残念だが、木村がタイトル戦で味わった苦悩の数々を考えると(詳細は→こちらなど)、やはりホッとしたところもあり、ここは素直にうれしいというのも本当のところ。
そこで今回は、木村王位誕生記念にその将棋を大放出。
よくプロの将棋を語るのに
「棋譜を見ただけで、指している人がわかる」
と言われることがあるが、木村将棋はその筆頭ではあるまいか。
2007年の第66期A級順位戦。
藤井猛九段と木村一基八段の一戦。
藤井が四間飛車から△54銀とくり出し、玉頭銀で木村陣にせまる。
中央で競り合いがあって、先手が竜を作ったが、後手も△27角と馬を作りに出たところ。
金取りをどう受けるかだが、ここでまず木村流の手が飛び出す。
▲59竜と引くのが「受けの木村」の手。
俳優チャールズ・ブロンソンのファンであるみうらじゅんさんが、田口トモロヲさんと、
「ブロンソンならこう言うね」
という、すばらしいタイトルの本を出版されていたが、これぞまさしく、
「木村一基ならこう引くね」
ここから中央で、金銀がゴチャゴチャぶつかり合う競り合いになり、むかえたこの局面。
2枚の竜が、いかにも木村将棋。
やはり、受け将棋は成駒を自陣に引くものだ。
そういえば、デビュー当初の永瀬拓矢叡王の将棋は、こんなのが多かったなあ。
このままでは押さえこまれてしまいそうな藤井は、△15角、▲49竜、△46歩、▲38竜、△37歩、▲同桂、△36銀と懸命の食いつきを見せる。
ここでまたすごい手が出る。
「木村一基ならこうやるね」
ニヤリとしながら選びたい手は……。
▲28金と、ここに打ちつけるのが、あきれるような受け。
もうね、こんな手を実戦で指されたら、泣きたくなるというか、
「え? この人、オレのこと嫌いなん?」
そこを疑ってしまうほどだ。
これで後手の攻めは受け止められている。
藤井は△33桂と援軍をくり出すが、▲78金と締まって、△25桂、▲同桂、△55歩、▲37歩、△56歩、▲36歩、△45馬に、▲58銀打(!)
これで先手陣は鉄壁。
金銀4枚プラス竜2枚で、笑っちゃうような堅陣である。
以下、藤井の必死の攻めを丁寧に面倒見て快勝。
いかがであろうか、この木村の強さ。
以前も書いたが、これほどの男がいまだタイトル獲得がなかったというのは、やはり違和感ありまくりだったわけで、今回の王位獲得はそのモヤモヤが晴れて一息というところ。
まあ、これは「取ったからなんとでも言えるよ」と笑われそうだが、「豊島将之三冠」のときも感じたけど、この木村の勝利も「悲願」とかじゃなく本来の実力なら、
「この状態がふつう」
といっていいはずなのだ。
現に7回もタイトル戦に出ているし、今年だってA級復帰に竜王戦でも挑決に進出。
アベマの早指し戦でも大活躍と、すごい勝ちっぷり。
そこで負かしたのも八代弥、増田康宏、菅井竜也、稲葉陽、斎藤慎太郎、永瀬拓矢、そして豊島将之。
いずれも若手で、アブラののったプレーヤーばかり。こりゃ本物だっせ。
その強さにもかかわらず、三段リーグとタイトル獲得で予想以上の苦戦を強いられた、遅咲きの男木村一基。
もしかしたら、「本当の全盛期」は、今日ここから始まるのかもしれないのだ。
(木村一基の名局編はさらに続く→こちら)