将棋の強い人に勝つのは大変である。
序中盤で圧倒されてのボロ負けは、まだしょうがないとして、これが終盤で明らかにこちらが勝勢になってからも、そこから「勝ち切る」までの道のりが、また長いのだ。
みなさまも指導対局や上位者との駒落ち戦でありませんか?
「勝った」
「寄った」
「詰んだ」
そう確信した瞬間に、読んでない手やアヤシイねばりが飛んできて、何度も「延長戦突入」になり、
「もう、ここまできたんやから、勝たせてよ!」
なんて、泣きそうになることが。
前回は森内俊之九段の自陣飛車の受けを紹介したが(→こちら)、今回もそんな、強い人のねばり腰が発揮された一局を。
1995年の第8期竜王戦。
挑戦者決定戦に勝ち上がってきたのは、佐藤康光前竜王(当時の竜王と名人は失冠後しばらく「前竜王」「前名人」と呼ぶ変な習慣があった)と先崎学六段だった。
この3番勝負、話題をさらったのは先崎の快進撃。
先崎六段(通称先チャン)といえば、奨励会時代から「天才先崎」と呼ばれるほどの才能の持ち主。
プロデビュー後も、その実力にくわえ、文才や歯に衣着せぬ言動などでも人気棋士となったが、順位戦ではC級2組をなかなか抜けられず、またタイトル戦にも縁がなかったことが不思議がられていたもの。
なもんで、この挑決進出には、「やっと来たか」という想いを強くしたファンも多かったが、さらに先崎はこの大勝負に、スーツではなくラフなチノパン姿で登場するという意表の行動に出る。
本人の思惑はわからないけど、ふだんは紳士なのに、将棋に関しては「ケンカ上等」の佐藤康光を挑発しようという「盤外戦術」に見えるところ。
もちろん、これに黙っている佐藤康光ではない。次の対局をジーパンで挑んだ先崎に、堂々の和服で登場。
なんだか、戦後すぐの木村義雄と升田幸三みたいだが、いやあ、どっちも負けてないねえと、まぶしいライバル心(先崎と佐藤はプライベートでは仲がいいが)に、観ている方は自然と頬もゆるむというものだ。
将棋のほうも、2人の気迫が乗り移った激戦になる。
佐藤先勝でむかえた第2局では、先手番の先崎が、今ではなかなか見なくなった「ひねり飛車」を選択すると、理想的なさばきで敵陣を突破する。
むかえたこの局面。
駒の損得こそないが竜が大きく、後手は玉が薄すぎることもあり、一目先手持ちに見える。
となれば、ここで発動させるべきは、RPG風に言えば「コンフュージョン(混乱)の呪文」である。
△16歩、▲同香、△17歩が、手筋中の手筋。
居飛車党なら、なにはともあれここに手が行きたいもの。
この手自体に、すごいきびしさがあるわけではないが、振り飛車党なら、
「これが、イヤやねんなあ」
なんて苦笑されるのではあるまいか。
「美濃囲いは、端歩一本でなんとかなる」
とはよくいわれることだけど、これですでに雰囲気はアヤシイのだから、恐ろしいものである。
先崎はかまわず▲24角と出て、△19銀に▲39玉から左辺に逃げ出す。
以下、中央で華々しい大駒の振り替わりがあって、この場面。
竜が手厚く、上部が開けている形で、こうなると先崎が逃げ切っているようにも見える。
だが、相手は剛腕で鳴らす佐藤康光である。
ここから、おそるべき怪力が発揮され、そう簡単には勝たせてくれないのだ。
(続く→こちら)