前回(→こちら)の続き。
「初代永世竜王」
「前人未到の永世七冠」
「将棋界初の3連敗から4連勝」
など様々な栄冠を詰めこんだ、渡辺明竜王と羽生善治四冠の2008年、第21期竜王戦最終局(第1回は→こちらから)。
先手の羽生有利から渡辺勝ちになり、一瞬のスキを突いた▲66角の絶妙手で、またも形勢は混沌。
とりあえずは△59飛成と王手で△48の金にヒモをつける。先手は▲57桂と合駒。
とにかく角のニラミが強烈なので、一回、△55歩と王手して、▲同玉で利きを消してから、△65歩と取る。
渡辺曰く、
「(羽生の)顔に再び生気が戻っている」
手ごたえを感じていたのだろう。そういうのを見せられると、相手としても苦しい。
とはいえ時間もなく、ガッカリもしていられない。▲65同玉に△73金とシバって下駄をあずけた。
一目は▲22銀からせまりたいが、詰みはないよう。
そこで、▲22角、△32玉、▲11角成。
後手玉は一手スキだが、先手玉は詰まない。
ただし、うまく▲66の角をはずす筋があれば、まだなんとかなると、渡辺は歯を食いしばって△55歩と打つ。
これがまたアヤシイ手で、羽生も渡辺も「わからない」と口をそろえる。
とにかく一回、詰めろを防いだ手だが、ここで先手に2つの選択肢がある。
ひとつは難解で、もうひとつは勝ち。
羽生は目をつぶって▲24飛と飛び出したが、ここでは▲48飛と金を取るのが正解だった。
▲22金までの詰めろであると同時に、玉が▲47に逃げるルートを作って攻防兼備の一手だった。
危ないところを助かった渡辺は、△64歩と打診する。
激烈難解な終盤戦の、ここが最後の勝負所だった。
応手は2通りしかなく、▲55と▲75どちらによろけるか。
なにやら、第69期王将戦挑戦者決定リーグ最終戦、広瀬章人八段と藤井聡太七段の決戦のようだ。
あのときも、史上最年少のタイトル挑戦記録をかけた藤井が、最後の王手で一方は天国、一方は地獄という2択をせまられた。
あの将棋を見て思い出したのが、この局面だった。
2019年の第69期王将リーグ。広瀬章人竜王と藤井聡太七段の一戦。
勝ったほうが挑戦者になる大一番で、最後の王手に▲57玉とかわせば勝ちで「最年少挑戦者」だったが、▲68歩と打ったため△76金から詰まされてしまった。
△64歩に片方は激戦続行、もう片方が負け。
時間に追われながら、羽生が選んだのは▲55玉。
だが無情にも、これが最後の敗着となった。
△44銀打と打たれて、後手玉が上部を厚くしながら先手の駒をスイープしていく形になってしまい、これでは勝ちがない。
△33桂の王手など、いかにも玉頭戦で出てきそうな形。
▲同角成には△同金で、△41香がいるため逆王手になり、先手に手番が回ってこないのだ。
将棋というゲームは一度勝ちになると、盤上の駒の配置がすべて「勝つように」(対戦相手に取っては「負けるように」)できているもので、第4局に続いて「勝ち将棋、鬼のごとし」。
ただ、渡辺はまだ最後まで読み切ってはいなかったようで、ふらつきながらのウィニングランだった。
決め手になったのは、△14歩の局面。
ここで手拍子に△38角成は▲18銀とねばられ、あわてるどころではすまないかもしれない。将棋の終盤は、本当に怖い。
△14歩で、ようやく渡辺は勝利を確信。
この手は詰めろではないが、△25歩から、先手の飛車角を取ってしまえば受けはなくなる。
こうして、劇的な大逆転劇が完了した。
渡辺明が史上初の「永世竜王」に輝き、「永世七冠」はお預けとなった。
同時に、「3連敗から4連勝」という、これまた将棋界初の快挙も成しとげ、これには渡辺の強さもさることながら、
「こんな大勝負を羽生善治が落とすのか」
という事実にも驚いたもの。
様々な意味で「歴史が動いた」と言っていいシリーズだった。
「羽生神話」をくずした渡辺は、2年後の第23期竜王戦でも羽生の挑戦を受けるが、4勝2敗でまたも防衛に成功。
将棋の内容も盤石で
「純粋な棋力だけなら、もはや渡辺の方が上では」
とまで評価され、しばらくは対戦成績でも大きく勝ち越すなど、羽生の「永世七冠」達成の前に大きく立ちはだかり続ける。
その後は、羽生の逆襲もあり(こんな痛い目にあったのに、巻き返して来るんだよなあ……)、二人は大きな勝負で勝ったり負けたりをくり返すが、羽生はなぜか竜王戦で挑戦者になれず、ファンをやきもきさせた。
羽生が渡辺を倒して「永世七冠」になるのは、2017年の第30期竜王戦。
「100年に1度の大勝負」から、実に9年も経ってのことであった。
(森下卓と関根茂の順位戦編に続く→こちら)