前回(→こちら)の続き。
自ら編み出した「藤井システム」を駆使し、見事竜王のタイトルを獲得した藤井猛。
羽生善治四冠、谷川浩司竜王の当時2強をぶち抜いての戴冠は、それだけでもはなれわざだが、そこにくわえて「創造性」でも勝利したことは称賛してもしすぎることはない。
深い研究に裏打ちされたシステムと、藤井竜王はまさに盤石だった。
続く第12期竜王戦では、勢いある若手の鈴木大介六段を挑戦者にむかえるも、今度は居飛車で戦い4勝1敗のスコアで完勝(決着局の模様はこちら)。
そして翌年が、藤井にとって大きな意味を持つシーズンとなる。
王座戦でトーナメントを勝ち上がり、挑戦者決定戦でも谷川にまたも勝利。
ついに竜王戦以外のタイトル戦にも、登場することとなったのだ。
相手は王座戦といえばこの人の、羽生善治王座(王位・棋王・棋聖・王将)。
だが二冠のチャンスに浮かれてはいられない。「本丸」の竜王戦では、今度は羽生が本戦を勝ち上がって挑戦者に。
羽生相手のダブルタイトル戦となれば、結果次第では、いよいよ藤井の「棋界制覇」も視野に入ってくるが(大げさでなく、このころの藤井はそれくらい強かった)、逆に敗れることになると、
「やはり羽生には勝てない」
という意識を植えつけられ、「2番手コース」に入りかねない。
チャンスであり、同時に試練の12番勝負は、まず王座戦からスタート。
このシリーズ、単純な勝敗と同時に注目だったのは、当然のこと羽生の藤井システム対策だ。
これまでの羽生は、時には負けることもあるわけだが、そういう場合もかならず次の機会にリベンジするどころか、負けた分のダメージを、2倍3倍にして返してきた。
ならば2年前煮え湯を飲まされたシステムを、完膚なきまで、たたきつぶしにこようとするのは目に見えているわけで、実際、羽生は序盤戦を穴熊含みの持久戦で戦う。
だが、これを藤井は受け止めてしまう。
振り飛車らしいさばきと、「ガジガジ流」の力強さを存分に発揮し、2勝1敗とリードを奪うのだ。
将棋の内容も「らしい」もので、
「こりゃ、藤井二冠あるで」
色めきだったが、カド番に追いこまれた羽生は、ここで意表の急戦策に出る。
くやしいだろうが、とりあえずシステム攻略はあきらめて、いったんは勝負に徹しようというのだ。
第4局は▲45歩早仕掛けから、端で香を捨て一歩手に入れる「郷田流」を採用。
終盤の冷静な受けが光って、2勝2敗のタイに戻す(その将棋はこちら)。
先手が指しにくいといわれた定跡から▲95歩と突くのが、郷田真隆九段の新手。
△同歩、▲同香、△同香と一歩手にして▲43歩とたたき、△52飛に▲44角と銀を取る。強引なようだが、端から遠い舟囲いの特性が生きる形。
注目の最終局、やはり羽生が選んだのは急戦だった。
事ここにハッキリしたのだ。羽生は認めたわけだ。
「藤井システムに当方、今のことろ対策はありませんで御座候」
この選択だけでも、ある意味「藤井猛の大勝利」といえるが、もちろん盤上の勝負となるとまた別で、ともかくも現実に目の前の一番を勝たなければならない。
一方の羽生も、急戦で行ったからといって、実は藤井システムを回避できたわけではない。
いや、当時はまだクローズアップされていなかったが、藤井システムの本当のねらいは
「相手の選択肢をつぶし、最後に急戦を選ばせて、そこで仕留める」
という構想にあったので、おそろしいことに、これもまた「藤井の掌の上」でもあったのだ。
その思惑通り、藤井は振り飛車らしい、さわやかな指しまわしを見せる。
角を▲46の好所に設置して後手の飛車を封じ、▲56に出た金も端攻めをかわしながら手厚いかまえ。
振り飛車党なら一見「さばけている」よう感じるかもしれないが、そうではなかった。
ここで、羽生にすごい手が飛び出すからだ。
△86歩と、相手玉の反対側にある歩を突いたのが、プロもうなる、まさに羽生善治にしか指せない1手だった。
この手の意味は一目ではわかりにくいが、簡単に説明すると、まずこの局面で後手が一番使いたいのは、端で遊んでいる飛車だ。
とはいえ、単に△95飛と出ても、▲99の香と△97のと金の配置が悪く、なかなかうまく成りこむことができない。
なのでまず8筋を破って、△95から△85というルートを使えば、進路オールグリーンと、邪魔駒なくスムーズに竜を作ることができるということ。
その間、先手からの速い攻めがないことを見切った、まさにこの将棋の趨勢を決定づけたスーパー絶妙手であり、私がもっとも好きな「羽生の妙手」でもある。
こんなものを食らっては、さしもの藤井もガックリきたことだろう。
以下、羽生は1筋から、もう一方の端も攻めて圧倒。
8筋と1筋をかき回すだけかき回し、先手の駒が押しこまれたところで悠々△42金直と締まる。
第4局に続いて、この落ち着いての陣形整備が決め手となった。
また今では△67でと金となって先手陣を食い荒らしているのが、あの△86歩。
しかも、このと金はその後、先手の飛車と交換になるのだから、恐ろしいとしか言いようがない。
苦戦を予想させたが、
「最後は羽生さんが勝つゲーム」
という言葉を実証させたような結果となった。
ここ一番での、すさまじい勝負強さは、さすがとしかいいようがない。
12番勝負、まずは羽生が防衛。
さあ、こうなると今度は、藤井がふんばらなければならないターンだ。
ここで竜王まで取られたら、多くの羽生に負かされた棋士同様「やっぱりな」というあつかいになってしまう。
ただ、追いつめられたように見える藤井竜王だが、決して悲観していたわけではなかった。
そう、王座戦での勝負は負けだったが、まだ「藤井システム」自体が打ち破られたわけではなかったからだ。
(続く→こちら)