将棋 この大トン死がすごい! 「史上最年少タイトルホルダー屋敷伸之」を生んだ塚田泰明のポカ

2018年08月21日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。

 前回(→こちら)は森下卓九段が、名人戦でやってしまった大ポカを紹介したが、今回は

 

 「史上最年少タイトル獲得」

 

 の記録を持つ屋敷伸之九段

 といっても、本日のは正確には屋敷のそれではなく、対戦相手だった塚田泰明九段がやってしまったもの。

 とはいえ、これがまた舞台設定的に「歴史を動かした」感が半端ではなく、今回はその主役を屋敷とさせていただいた。

 屋敷伸之といえば、16歳のときに、三段リーグ1期抜けして四段プロデビュー。

 16歳で四段というのは、それだけでも将来のA級候補だが、なんせ時代は

 羽生善治佐藤康光森内俊之村山聖先崎学

 といった面々が、次々プロ入りして大活躍していたころ。

 スター過多の時代にあって、当初屋敷はまだ「有望な若手の一人」といったあつかいであった。

 そんな屋敷が名をあげるのに、時間はかからなかった。

 1989年後期、第55期棋聖戦で準決勝で塚田泰明八段、挑戦者決定戦では高橋道雄八段

 タイトル経験もある「花の55年組」の実力者を破って、いきなり檜舞台へ。

 初の大舞台でも、中原誠棋聖を相手にフルセットまでもつれこむ健闘を見せ、敗れたものの、その存在を存分にアピールしたのだった。

 これだけでも十分にすごいのに、さらに屋敷がその破格さを見せつけたのが、翌56期棋聖戦。

 ここでも、ふたたび本戦トーナメントをかけ上がり挑決へ。

 相手は前期も戦った塚田泰明だが、ここでも負けては先輩の名が泣くと、屋敷を追いこんでいく。

 

 



 
 
 塚田の玉頭攻めが決まって、屋敷玉は陥落寸前。

 △55△65へのの進出が受けにくく、▲79に質駒もあり、受けるのは難しそうだ。

 絶体絶命の屋敷は▲72桂成と、とりあえず王手する。

 先手がここを「ねらっていた」のか、それとも形作りのつもりだったのか。

 はたまたを手にして、もうひと粘りしたかったのかは不明だが、後手からすると、さほど脅威のない手である。

 われわれでも指すであろう、△同角と取れば、後手玉はまだ安泰。

 一方、先手はやはり危機的状況で、塚田が勝ちだったはず。

 ところが、塚田はこれを△同玉と取ってしまう。

 


 
 

 これが、ありえないオウンゴールで、みなさまもなにが悪いのか考えてみてください。

 そう、むずかしく考えると、かえって思いつかないかも。

 平凡に▲62金と打って、升田幸三流にいえば「オワ」である。

 

 


 


 以下、△82玉、▲71銀、△92玉、▲84桂までで、あまりにもそのままな「並べ詰み」なのだ。

 控室では、△72同玉の瞬間に、

 

 「えーーーーー!!!!!!!」

 

 将棋会館の建物をゆるがすほどの、叫び声が響きわたったという。

 おそらくは、対局室にいた2人にも聞こえるほどの。

 それくらいに、衝撃的な大トン死だった。

 急転直下の終局後、塚田はとんでもない量のをかいていたというが、理解はできる。

 かかっていたのは、タイトル戦の挑戦権なのだ。

 プロの終盤戦というのは難解であり、だからこそ、まさかの▲62金という、俗のうえにもな王手をウッカリしたのだろうか。

 ちなみに、▲72桂成、△同角に▲54歩をとっても、△79飛成詰めろを取る筋があって、後手の攻めは続いていた。

 そこを、この驚愕の大トン死。

 そして、この将棋のなにが歴史的なのかといえば、このポカがなければ屋敷の、

 「史上最年少のタイトル獲得」

 はなかったかもしれないからだ。 

 もちろん、結果は勝ったのだから「それも実力」という声もあろうが、藤井聡太四段誕生が三段リーグのラス前で敗れ、「他力」になったことといい、

 「一瞬、運命が自分の手をはなれた」

 そんな瞬間だったことは間違いない。

 「史上最年少の屋敷棋聖」も、「藤井フィーバー」も、本来ならば

 「彼ら自身の力ではどうしようもない」

 という状況になっていたことはたしかなのだ。

 いかに彼らが強かろうが才能に恵まれようが、このとき歴史は「主人公」になった彼らではなく、塚田泰明や「自力」を手にしていた他の三段たちの手の中にあったのだから。

 運命は自分自身の力で、コントロールできるとはかぎらない。

 だとしたら、人生における「成功」「結果」とはなんなのか。

 もちろんそれは称賛されるべきだが、そのことを世界の「判断基準」にすることは、果たして正しいのか。

 そんなことを考えさせられた、あまりにもすごいトン死だったので、今でも憶えているのだ。


 (羽生と谷川の名人戦編に続く→こちら

 

 (史上最年少タイトルホルダー屋敷棋聖誕生については→こちら
 
 
 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする