一撃で決まると爽快である。
将棋の特に終盤戦で、あざやかな寄せが決まったり、見事なカウンターで投了に追いこんだりする手があると、「ええもん見たなあ」と満足感を感じられるものだ。
なにより、前回紹介した「羽生の▲52銀」のように、私がなーんも検討とかしなくていいで、その意味でも楽チンですばらしい。
1996年の王座戦、挑戦者決定戦。
谷川浩司九段と島朗八段の一戦。
谷川が四間飛車から藤井システムにすると、島も十八番の居飛車穴熊に展開。
激しい攻め合いになって、この局面。
先手玉は穴熊のハッチが閉まって、桂を渡さないかぎりは相当に詰まない形。
なので、この一瞬でラッシュをかければ勝ちが決まるが、具体的にどう決めるかはむずかしそう。
後手は飛車の横利きの守備力と、△41から△32への逃走ルートも開けている。
控室の検討陣もいい手が見つけられず、先手があせらされているようだが、ここで島が見事な決め手を放つ。
▲62飛成、△同銀、▲74角まで先手勝ち。
スパッと飛車を切るのが明快で、角の利きがすばらしく、これできれいな必至。
▲61金までの詰めろに受けがなく、△61飛とむりくり埋めても、▲43桂、△同飛、▲52金まで。
「光速の寄せ」のお株をうばう見事な一撃で、島が羽生善治王座への挑戦権を獲得した。
島のさわやかな寄せに続いて、今度は豪快な寄せを。
1993年の第11回全日本プロトーナメント(今の朝日杯)。
決勝五番勝負を戦ったのは、米長邦雄九段と深浦康市四段。
2勝1敗と深浦が優勝に王手をかけての第4局。
相矢倉から、激しい攻め合いになってこの局面。
先手玉もせまられているが、まだ詰めろではない。
なら、さっきの島と同じく仕留めるチャンスで、またここからの手が、いかにも米長邦雄という組み立てだ。
▲13角成、△同桂、▲33香がカッコイイ踏みこみ。
ドーンと角を切り飛ばしてから、手に入れた香をこめかみにぶっ刺す。
これで後手玉は寄っているのだ。
私は少年時代、名著『米長の将棋』がバイブルだったので、この寄せには「米長流やなー」と感動したもの。
以下、△同角、▲同歩成、△同金、▲42角、△71飛に▲38飛が気持ちよすぎる活用。
△34歩、▲31銀、△同飛、▲同角成、△同玉に、▲34飛のフライングソーセージが決まった。
あざやかな舞でタイに持ちこんだ米長だが、第5局は深浦が制して優勝を遂げたのだった。
最後に1992年のB級1組順位戦。
羽生善治王座・棋王と青野照市八段の一戦。
羽生はデビューから各棋戦で高勝率を上げていたが、順位戦ではなぜかC2、C1、B2と1期ずつ足止めを喰らい(といっても、すべて8勝2敗の好成績での頭ハネだが)不思議がられていた。
ようやく、たどりついたB1では、今度こそ「早く名人に」という期待に応え、6勝1敗で独走態勢に。
この青野戦でも終盤に勝勢になって、この局面。
後手玉は裸にむかれて受けがない形だが、先手陣も△78飛の一手スキがかかっている。
うまく一手空けば勝ちだが、なにか駒を打ったりしても、△67歩成や△77桂成で、かえって速くなる可能性もある。
だが若き日の羽生は、その課題を見事にクリアしてしまうのだ。
▲78角と打つのが、カッコいい切り返し。
△78に打つ空間を埋めながら、これが遠く△23の玉をにらんだ攻防の一手。
△67歩成は▲同角が王手になるうえに、そのあと△78飛には▲同角とバックで取れるから、先手玉は絶対に詰まない。
青野は観念して、素直に△67歩成と取り、▲同角に△56銀、▲34歩で投了。
将棋には、いい手があるもんですねえ。
(渡辺明による「一撃」はこちら)
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