必殺! 流星キック 島朗&米長邦雄&羽生善治 登場

2024年09月25日 | 将棋・好手 妙手

 一撃で決まると爽快である。

 将棋の特に終盤戦で、あざやかな寄せが決まったり、見事なカウンターで投了に追いこんだりする手があると、「ええもん見たなあ」と満足感を感じられるものだ。

 なにより、前回紹介した「羽生▲52銀」のように、私がなーんも検討とかしなくていいで、その意味でも楽チンですばらしい。

 

 


 1996年王座戦挑戦者決定戦

 谷川浩司九段島朗八段の一戦。

 谷川が四間飛車から藤井システムにすると、島も十八番の居飛車穴熊に展開。

 激しい攻め合いになって、この局面。

 

 

 

 

 先手玉は穴熊のハッチが閉まって、を渡さないかぎりは相当に詰まない形。

 なので、この一瞬でラッシュをかければ勝ちが決まるが、具体的にどう決めるかはむずかしそう。

 後手は飛車の横利きの守備力と、△41から△32への逃走ルートも開けている。

 控室の検討陣もいい手が見つけられず、先手があせらされているようだが、ここで島が見事な決め手を放つ。

 

 

 

 

 

 ▲62飛成、△同銀▲74角まで先手勝ち。

 スパッと飛車を切るのが明快で、の利きがすばらしく、これできれいな必至

 ▲61金までの詰めろに受けがなく、△61飛とむりくり埋めても、▲43桂△同飛▲52金まで。

 「光速の寄せ」のお株をうばう見事な一撃で、島が羽生善治王座への挑戦権を獲得した。

 


 

 島のさわやかな寄せに続いて、今度は豪快な寄せを。
 
 1993年の第11回全日本プロトーナメント(今の朝日杯)。
 
 決勝五番勝負を戦ったのは、米長邦雄九段深浦康市四段
 
 2勝1敗深浦が優勝に王手をかけての第4局
 
 相矢倉から、激しい攻め合いになってこの局面。
 
 

 


 
 先手玉もせまられているが、まだ詰めろではない
 
 なら、さっきの島と同じく仕留めるチャンスで、またここからの手が、いかにも米長邦雄という組み立てだ。

 

 


 
 
 
 
 


 
 ▲13角成△同桂▲33香がカッコイイ踏みこみ。
 
 ドーンとを切り飛ばしてから、手に入れたこめかみにぶっ刺す。
 
 これで後手玉は寄っているのだ。

 私は少年時代、名著『米長の将棋』がバイブルだったので、この寄せには「米長流やなー」と感動したもの。
 
 以下、△同角▲同歩成△同金▲42角△71飛▲38飛が気持ちよすぎる活用。
 
 

 


 
 △34歩▲31銀△同飛▲同角成△同玉に、▲34飛フライングソーセージが決まった。

 

 

 


 
 あざやかな舞でタイに持ちこんだ米長だが、第5局深浦が制して優勝を遂げたのだった。

 


 最後に1992年B級1組順位戦

 羽生善治王座棋王青野照市八段の一戦。

 羽生はデビューから各棋戦で高勝率を上げていたが、順位戦ではなぜかC2C1B21期ずつ足止めを喰らい(といっても、すべて8勝2敗の好成績での頭ハネだが)不思議がられていた。

 ようやく、たどりついたB1では、今度こそ「早く名人に」という期待に応え、6勝1敗独走態勢に。

 この青野戦でも終盤に勝勢になって、この局面。

 

 

 


 後手玉は裸にむかれて受けがない形だが、先手陣も△78飛一手スキがかかっている。
 
 うまく一手空けば勝ちだが、なにか駒を打ったりしても、△67歩成△77桂成で、かえって速くなる可能性もある。

 だが若き日の羽生は、その課題を見事にクリアしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 


 ▲78角と打つのが、カッコいい切り返し。

 △78に打つ空間を埋めながら、これが遠く△23をにらんだ攻防の一手。

 △67歩成▲同角王手になるうえに、そのあと△78飛には▲同角とバックで取れるから、先手玉は絶対に詰まない

 青野は観念して、素直に△67歩成と取り、同角△56銀▲34歩投了

 将棋には、いい手があるもんですねえ。

 

 


 (渡辺明による「一撃」はこちら

 (その他の将棋記事はこちらから)

 

 

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クラウス・コルドン『ベルリン三部作』 皇帝とかスパルタクス団とかNSDAPとか空襲とか

2024年09月22日 | 

 クラウス・コルドン『ベルリン1919』『ベルリン1933』『ベルリン1945』を読む。

 ドイツの作家であるクラウスコルドンが、第一次大戦敗戦後の混乱期からヒトラーの台頭、そしてふたたびの敗戦による、その崩壊までを描いた『ベルリン三部作』と呼ばれる児童文学の大作である。

 こないだ、ドイツのドラマバビロンベルリン』を紹介したので、その流れで読み返してみたのだが、まーこれがおもしろい。

 舞台になるのはベルリンの貧民街ヴェディング地区

 主人公はそこに住む、ゲープハルト一家だ。

 第1部の『1919』は第一次大戦後、ヴィルヘルム二世の「ドイツ帝国」が崩壊した時代。

 カールリープクネヒトローザルクセンブルクに率いられた「スパルタクス団」の興亡と、混乱期の大人たちのやり取りを見つめる少年ヘルムート(ヘレ)・ゲープハルトの物語。

 第2部の『1933』は貧窮絶望が支配するドイツでNSDAP(ナチスの正式名称)が着々と勢力を伸ばすころ、共産主義にシンパシーを抱くヘレと仲間たちが、その流れに対抗する。

 だが彼らも一枚岩にはなれず、思想の違いから家族友人との間に齟齬が起きつつあり、ついには全体主義勝利する瞬間までを15歳ハンスゲープハルトが見つめる。

 第3部『ベルリン1945』。敗戦が決定的になったドイツで、空襲におびえながら生きるベルリン市民たちが、道端や防空壕でそれぞれの「総括」をする。

 

 ある者は「貧しさから逃げたかった」。

 ある者は「総統こそが救世主と確信したから」。

 ある者は「こうなるとわかってはいたが、勇気がなかった」。

 

 大人たちの言葉を、12歳の少女エンネゲープハルトはどう聞いたのだろうか。

 この三部作のすばらしさは、とにかく当時のドイツを描写する作者の手腕にある。

 物語自体もナチス共産党衝突や、ファシズムに対抗するヘレハンスの戦い、またナチ政権下の人々の様々なドラマなど盛りだくさんだが、とにかく読んでいてその地に足のついたリアリティーに引きこまれる。

 ゲープハルト一家が住む貧民地区の様子や、戦前のベルリンの雰囲気。

 人々の思想やその変遷食事部屋の描写など、その絵がまさに映像作品のように浮かび上がる。

 ミステリ作家アガサクリスティーの強みは、そのトリックや名探偵のあざやかな推理にくわえて、当時の英国風土文化風習を巧みに描いた「マナーノベル」としての魅力にもあるが、クラウス・コルドンの『ベルリン三部作』もまさにそれ。

 読んでいて本当に、20世紀初頭のベルリンにタイムスリップしたような気分に浸れる。

 NHK『映像の世紀』みたいで世界史好きの方には、とにかくオススメ。

 児童文学ということで、サクサク読めて長いのなんて全然気にならず、それでいて中身はギッシリと詰まってます。

 

 

 

 

 

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「歴代名人」なで斬り▲52銀 羽生善治vs加藤一二三&西川慶二 1989年 NHK杯 1991年 B級2組順位戦 村山聖vs森雞二 1997年 B級1組順位戦

2024年09月19日 | 将棋・好手 妙手

 「なんで、こんなメンドイことしてるんや!」

 

 パソコンの前で思わず声を上げたのは、不肖このであった。

 このところ数回、「詰むや詰まざるや」な将棋の終盤戦を紹介してみた。

 私はここで将棋のことを書くとき、ネタ探しみたいなことはせず、風呂の中や散歩中に

 

 「あー、なんかあんな将棋あったなー」

 

 唐突に思い出したり、またのタイトル戦など観戦中に

 

 「お、これなんか、昔に似たような形あったよな」

 

 なんてアンテナが反応したりと、行き当たりばったりな感じで書いている。

 なので、連想が連想を呼んで、こないだは「終盤の難解詰み」をリンクしていったら、もうこれが、すんげえ大変で。

 


 まずは、谷川浩司vs南芳一戦、超絶技巧の「限定合」。 

 続いて、久保利明vs羽生善治の、これまた「限定合」がからんだ「トリプルルッツ」。

 さらに加えて、「伝説の三段」こと立石径さんによる藤井聡太七冠クラスのウルトラ実戦詰将棋


 

 ネタ的に書いていて楽しかったけど、そのあまりの高度な手順に「検算」するのが大変。

 もちろんソフトにも頼ってますが、それでも気になる変化を全部つぶしていると、頭がおかしくなってくる。

 似たような局面が多いので、本当にこんがらがるのだ。

 もう、こんな生活イヤ

 ダメ男に尽くしてきた健気な女のごとく叫び声をあげた私は、もう検算のない世界へ行きたいと「一撃」な将棋を思い出してみることにした。

 私と同じく「実戦詰将棋」で頭がウニになった皆さまも、「一目でわかる」ホームランで、心をいやされてくだいませ。

 


 1989年NHK杯準々決勝。

 羽生善治五段加藤一二三九段の一戦。

 角換わり棒銀から激しい攻め合いとなって、この局面。

 

 

 

 次の手が有名すぎるほど有名な一打で、先手の勝ちが決まる。

 

 

 

 

 ▲52銀が見事な一撃。

 △同金▲14角△42玉▲41金で詰みだが、後手は受けがない。

 △42玉と逃げるも、▲61銀不成で左辺に逃げこめず勝負あり。

 私も当時リアルタイムでテレビ観戦しており、むずかしそうなところから一瞬で終わって「あらー」とビックリした記憶がある。

 
 「羽生くん(当時はまだそう呼んでいた)って、やっぱすごいんやなー」 
 
 
 子供ながらに感じたもので、その通り、この期の羽生はトーナメントで大山康晴加藤一二三谷川浩司中原誠という「歴代名人」を次々と破って優勝
 
 その強さとともに、「こういうドローを引き当てるスター性」でも話題になった。

 ここから私は、30年以上にわたって彼の将棋を追いかけることになるのだ。

 


 

 続いても羽生の将棋。
 
 1991年B級2組順位戦
 
 西川慶二六段との一戦は、羽生が先手で「中原流」の相掛かりに。
 
 


 
 
 


 図は西川が△82飛と引いたところ。
 
 私レベルだとここは▲85歩と打って、▲86飛から▲84歩と伸ばす。
 
 △83歩と受けさせれば満足だし、▲96歩▲95歩と伸ばして、▲94歩△同歩▲92歩△同香▲91角をねらう。

 それくらいが、ふつうだと思うが、羽生の発想はそのはるかを行っていた。
 
 次の手で将棋はお終いである。


 
 
 
 


 
 ▲71角升田幸三流に言えば「オワ」。
 
 △72飛には▲86飛とまわって、△71飛▲82飛成飛車金両取り。


 

 


 
 
 △62角とむりくり受けても、▲84歩とタラすくらいで、駒を全部取られて負かされるだけ。
 
 △83飛とでも逃げるしかないが、▲84歩△同飛▲85歩△83飛▲86飛


 
 
 
 


 

 これでもう、どうやっても後手の飛車は助からない。

 △95角▲96飛△94歩▲95飛△同歩▲72角まで、解説も必要ない明快な手順で羽生勝ち。

 

 


 

 トリをつとめるのは羽生のライバルであった村山聖九段の将棋。

 1997年の第56期B級1組順位戦の4回戦。森雞二九段との一戦。

 

 

 図は先手の森が、▲44飛を取ったところ。

 後手の穴熊は手数を伸ばすような受けが見当たらず、一方の先手玉は△36桂と王手しても▲17玉でつかまらない。

 森は勝利を確信していたろうが、ここからわずか3手投了に追いこまれる。

 

 

 

 

 

 △17角がまさに必殺の一撃。

 ▲同香△36桂

 ▲同玉△16香から、やはり△36桂で詰み。

 本譜の▲18玉にも、△16香と打って必至

 

 

 このときの村山は、前期A級から陥落

 しかも持病の悪化により、まともに将棋を指せる状態でないと医者から宣告されるという、非常にきびしい状態であった。

 本来なら休場して回復にあてるべきなのだが、それを拒んだ村山は、8時間以上におよぶ大手術に耐え復帰。

 再起にかけるB級1組順位戦でも、伝説的ともいえる丸山忠久七段との死闘こそ敗れたものの、その後も白星を重ねて見事1期での復帰を果たす。

 それにしても、あざやかな決め手。

 書いているだけで、さわやかな気分になれるし、なによりなーんも検討とかしなくていいのがすばらしい!

 

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オランダ語とドイツ語と英語の似ているところ

2024年09月16日 | 海外旅行

 前回の続き。

 オランダ語ドイツ語とは親戚というか、兄弟のような言語で、語彙や「名詞の」など多くの共通点がある。

 探せばまだまだ出てきて、こんなのも

 

 「活用が似ている」

 

 オランダ語には「格変化」なるものが存在する。 

 英語学習者には難解に感じる「不可思議な冠詞や動詞の活用」はドイツ語学習者にはお手の物
 
 私など「格変化萌え」なところがあって、それが複雑なほど「しんどくて笑ってまう」というマゾの喜びを感じてしまう(暗記できるとは言ってない)。
 
 たとえば、英語の「speak」は三人称単数のときのみ「speaks」になるが、これがドイツ語の「sprechen」だと、
 
 


 ich spreche(わたしは話す)

 du sprichst(君は話す)

 er/sie/es spricht(彼/彼女/それ/は話す)

 wir sprechen(わたしたちは話す)

 ihr sprecht(彼ら/彼女ら/それら/は話す)

 sie sprechen(あなたは話す)


  
 
 
 主語ごとに七変化する。
 
 一方オランダ語「spreken」だと、
 
 


 ik spreek(わたしは話す)

 jij spreekt(君は話す)

 hij/zij/het spreekt(彼/彼女/それ/は話す)

 wij spreken(わたしたちは話す)

 jullie spreken(彼ら/彼女ら/それら/は話す)

 zij spreken(あなたは話す)



 
 
 やっぱり似ている。微妙に違うが、「生き別れの兄弟」を疑うには十分の近さだ。
 
 他にも
 
 


 「動詞は原則、文の2番目
 
 「分離動詞」
 
 「再帰動詞」
 
 「助動詞の使用による動詞の文末移動



 
 
 などなど、「同じやーん」なルールは多々。
 
 


 Ik maak de deur op. (蘭)

 Ich mache die Tür auf.(独)

  (私はドアを開けます。)



 
 
 それぞれ「opmaken」「aufmachen」が分離していて分離動詞

 ムリヤリ英語にすると、「atlook」「forwait」みたいな単語が存在するみたいな感じ。
 
 


 Ik ga me vanavond voorbereiden op de toets. (蘭)

 Ich werde mich heute Abend auf den Test vorbereiten.(独)

 (わたしは今夜テストの準備をするつもりだ)


 


 
 「me」「mich」がそれぞれ英語で言う「myself」のような働きをする。

 これが再帰動詞で、「私は私自身に準備させる」みたな感じかな。
 
 


 Ik kan Engels spreken.(蘭)

 Ich kann Englisch sprechen(独)

 (私は英語が話せます)


 

 

 助動詞「kunnen(können)」によって動詞「sprekensprechen)」が文末に移動。

 英語では「I can speak English」だから、動詞の位置が違うのがお分かりであろう。

 こういうのを知っておくと、「言語の部屋」でやってた「ドイツ語からの直訳で英語をしゃべる奴」というコントのおもしろさがわかる。

 てかこれ、ドイツ語やってたヤツはみんな一回はやるよね(笑)。

 こういう共通点があるおかげで、オランダ語とドイツ語はカンのいい人なら、どっちかできれば、どっちもできそうに見えるほど。
 
 私レベルでも簡単な文章なら、半分くらいは、うっすら読めるんじゃないかなあ。
 
 これはいいぞ、楽勝やん!
 
 東京外大の先生はオランダ語の授業を履修したドイツ語学習者に
 
 
 「楽しようと思ってナメやがって」
 
 
 怒るそうだが、そらそうなりますわ

 少なくともギリシャ語とかヒンディー語よりも20倍くらい楽ですわ! ざまーみろ! 
 
 と意気込んだオランダ学習ではあるが、やってみるいくつか障害もあった。
 
 それは、あまりにも似すぎていて「飽きる」。
 
 これ、スペイン語のあとにポルトガル語やったときも同じだったけど、似すぎている言語は入りは楽だけど、続けるのは意外としんどい
 
 そもそも「学ぶ」ことの最大の楽しみは「新しいことを知る」ことで好奇心などを刺激されることである。
 
 そこを「兄弟」でこられると、さめるというか、
 
 
 チャーハンの次の日が焼き飯
 
 
 みたいな気分になるのだ。
 
 やはりそこは変化が欲しいというか、清楚な女の子と付き合ってたら、たまには奔放な子と遊んでみたい。
 
 まあ、オレは清楚ビッチが好きなんだけどね、て、そんなことはどうでもいいけど、とにかく「またか」という気にさせられるのだ。
 
 イージーモードと思いきや、まさかの伏兵が待っていたオランダ語。
 
 あと、オランダ語って世界一やりがいがない言語という説もある。

 オランダ人てば世界一レベルで英語がうまいから、オランダ語自体、あんまし必要とされないと。
 
 なんたって留学生にすら、
 
 
 「大学の授業も学生の日常会話英語で済ませられるから、オランダ語いらないッス」
 
 
 なんて言われる始末。
 
 テンションさがるなー。まあ、私は英語がうまいわけでもないから、別に関係ないか。

 

 

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英語とドイツ語やってたらオランダ語って楽勝? 

2024年09月15日 | 海外旅行

 前回の続き。
 
 かつてドイツ文学科で学び、ドイツ語をやっていた流れでオランダ語をやってみることになった私
 
 この「ハーリング作戦」のベースになるのが、語学好きの間ではよく聞くこれ、
 
 
 「オランダ語は、ドイツ語と英語を混ぜたような言葉」
 
 
 なら私のようなもとドイツ語野郎が参入すれば、もう余裕っちのへっぽこぷーでマスターできるのではないかという算段だ。
 
 ということで、基礎オランダ語をあれこれ調べてみて、すぐにわかったのである。
 
 
 「あ、オランダ語、メッチャですやん」
 
 
 前回も言ったが、言語には「距離」があって、それが近ければ学びやすいし、離れているとむずかしく感じる。
 
 イタリア語フランス語は同じ「ロマンス語群」だから近いけど、日本語英語はまるで違う
 
 なので、イタリア人にフランス語は敷居が低く、日本人に英語は大変で、それぞれもまたしかりなのだ。

 で、オランダ語は英語や、ドイツ語と同じゲルマン語派で「西ゲルマン語」という共通の祖先をもっている。
 
 かなり近いというか、ほとんど兄弟なのである。
 
 たとえば「」は英語で「cat」だが、オランダ語では「kat」(カツ)。
 
 ドイツ語では「katze」(カッツェ)と、それぞれなかなか似ている。
 
 「thank you」はオランダ語で「dank je」(「ダンクイエ」くらいの発音)。ドイツ語で「danke」(ダンケ)。
 
 色とか「」は「red-rood-rot」(レッド・ロート・ロート)。「」は「blue-blauw-blau」(ブルー・ブラウ・ブラウ)。
 
 緑は「green-groen-grün」(グリーン・グローエン・グリューン)と、なんだか同じ単語の不規則変化かと勘違いするくらいに、おなじような響きを持っているのだ。
 
 まあ、もとは同じ言語みたいなもんだから当然なんだけど、この3つは「伝言ゲーム」みたいな関係になっている。
 
 「father」「vader」「Vater」。
 
 読み方も「ファーザー」「ヴァーダー」「ファーター」。
 
 ちょっとずつズレていく感じ。

 りんごでも食べてみると、

 

 


 I eat an apple.
 
 Ik eet een appel.
 
 Ich esse einen Apfel.



 
 なんとなーく、わかっちゃう。

 他にも「名詞に3つ性がある」とかもある。
 
 ドイツ語とオランダ語は、ともに「男性名詞」「女性名詞」「中性名詞」の区別があって、それぞれ憶えていかないといけない、とか。

 思わず、「ルパンめ、変装したつもりかしらんが、そうはいかんぞ!」と銭形さんの声で言ってしまいそうになるではないか。
 

 (続く
 
 

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オランダ語はドイツ語と英語を足して2で割った言語?

2024年09月12日 | 海外旅行

 オランダ語をはじめてみた。

 ここ数年、
 
 
 「世界のあらゆる語学をちょっとだけやる」
 
 
 ということにハマっている。
 
 ここまでフランスドイツ語(学生時代の復習)、スペイン語ポルトガル語トルコ語イタリア語をクリア。
 
 数だけ並べればなかなかだが、クリアしてるのは中1程度で、
 
 


 Il capoclasse a volte gli piace uscire.
(ハンチョウはときどき外出を楽しみます)

 
 Quel interprete ha perso 62 miliardi di yen al gioco d'azzardo.
(その通訳はギャンブルで62億円負けました)

 

 Sono molto vergine
(ボク、バキバキ童貞ですね)


 


 くらいなら辞書アリなら意味を取れるのだから、これがバカにならない。
 
 少なくとも、海外旅行を聞いたり、買い物をしたりくらいは問題ないレベルで、遊び程度の勉強でも案外使えるものなのだ。
 
 フランス語だけは1年くらいやったけど(このときは他の言語をやるという考えがまだなかった)、あとはイメージとしては1~3か月やったら終了くらい。
 
 要は飽きたり、むずかしくてしんどくなったら、やめていいわけで、じゃあはなにをしようかと問うならば、ここに浮かび上がってきたのがオランダ語。
 
 オランダ語
 
 これまでのフランス語やイタリア語とくらべると、急にマイナーな感じだが、私的にはそうでなかったりする。
 
 キーワードは「言語的距離」。
 
 以前、トルコ語にチャレンジして、日本人には相性がいいと聞いていたものの、私は大苦戦
 
 その原因のひとつが、言語的数珠つなぎがなかったから。
 
 われわれ日本人は苦手とはいえ、一応英語は勉強はしているもので(あとスピーキングなどが苦手なだけでリーディング能力高い)、フランス語やスペイン語は結構その知識が役立ったりする。
 
 ところがトルコ語は、そういった「インドヨーロッパ語族」とつながりがうすく、「ゼロスタート」なのが意外とになるのだ。
 
 逆に言えば、言語の数を増やすときは「近い」ところを攻めるのが良く、
 
 
 スペイン語ポルトガル語イタリア語
 
 「ロシア語ウクライナ語チェコ語
 
 
 のような「親戚」を訪問するとストレスが少ないわけで、これはマルチリンガルである出口日向さんも、同じことをおっしゃっている。
 
 そこでアピールしてくるのが、オランダ語。
 
 なんといっても、私はこう見えて大学時代はドイツ文学専攻でドイツ語を結構ガチでやっていた。 
 
 でもって、オランダ語というのはドイツ語と非常に似ている
 
 というか、英語とドイツ語を混ぜて2で割ったような言語なのである。
 
 なら受験で英語、専攻でドイツ語をやった私のためにある言語ではないか。
 
 さらにもうひとつ、私はオランダ語に因縁があって、かつてヨーロッパを旅行した際にあったキタハマ君との出会い。
 
 それこそ、一緒にオランダに遊んだのだが、彼は東京外国語大に通う学生さん。
 
 専攻はマレー語で、その関係でインドネシア語やオランダ語にも堪能という語学マスターなのだった。
 
 エピソードはこちらを見ていただくとして、彼との出会いは私にとって、なかなかのパラダイムシフトになっており、勝手に「知の師匠」と読んでいる。
 
 そんなキタハマ君からは、簡単オランダ語講座を受けており、
 
 


 「ビールのハイネケンはなぜかドイツ語読みしてるけど、本当はローマ字読みの《ヘイネケン》が正解」
 
 「オランダ人を見分けるのは簡単。《g》でノドが、ゴッゴゴッゴ言う」
 
 「アンネフランクの家でミープヒースさんの英語に英語字幕がついてるけど、それはミープさんの英語がすごいオランダなまりで、リスニングがむずかしいから」


 

 オランダ語とドイツ語の相似についても、もちろんくわしくて、

 


 


 オランダ語の授業はドイツ語やってる学生が多くいるが、先生が第一声
 
 《おまえら、ドイツ語やってるから簡単だと思ってオランダ語の授業取っただろ。そうは問屋が卸さんぞ。なめるなよ
 
 とカマしてくる。



 
 
 などなど、「へー」という豆知識はたくさん仕入れているのだ。
 
 そのときは、自分がオランダ語をやるなんて思いもしなかったが、人生にはこういうこともあるんであるなあ。
 
 

 (続く
 

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棋士編入試験に向けて 西山朋佳vs里見香奈 2020年 第10期リコー杯女流王座戦 第5局 その2

2024年09月08日 | 女流棋士

 前回の続き。

 西山朋佳女流王座(女王・女流王将)に里見香奈女流四冠が挑んだ、2020年、第10期リコー杯女流王座戦は、2勝2敗で最終局に突入。

 両者得意の相振り飛車から、里見が序盤でうまく指し必勝態勢を築く。


 
 

 

 局面は終局間近。
 
 ソフト換算で先手が+2000点以上で、逆転の余地はない。
 
 この香成も「最後のお願い」や「思い出王手」にすらならない、ほとんど「指しただけ」という手だ。
 
 ここではなにも考えず、▲36玉とかわしておけば、問題なく先手が勝ちだった。

 


 
 先手玉は上部が抜けており、飛車角守備力が絶大で、これ以上せまる手がない。
 
 これだと、そこで西山の投了、里見が王座を奪取となったことだろう。
 
 だが里見は4分考えて、▲同玉と取った。

 度胸のある手で、もちろんこれでも先手勝ちだが、西山からすればもう少し手が続けられそうとなるところだろう。
 
 △13飛王手角取りに打って、それは▲16角成で受かるが、△同飛と切り飛ばして、▲同玉△38角
 
 


 
 
 この王手金取り▲27飛打でピッタリ受かるけど、後手は「こんにゃろ!」とばかりに△75銀と食いちぎって、▲同歩△43角と今度は王手成銀取り
 
 
 
 
 楽勝ムードだった先手だが、なにやら喰いつかれてイヤな感じではある。
 
 ▲34歩△32角▲22飛成△31歩▲37金△27角成▲同玉△29飛
 
 
 
 
 
 このあたり、依然として里見が勝勢だが、少しずつだが先手にスッキリしない手が続いて、決め手を逃している感がある。
 
 一方、局後の感想戦で、
 
 


 「4回ほど諦めかけた」



 
 
 と語った西山は、開き直ってドンドンせまっていく。
 
 この迫力に押されたのか、ついに里見に大ミスが出た。
 
 
 
 


 
 後手が△27香成と執念の追走を見せてくるのに、▲31とと取ったのが「ココセ」(相手に「ここに指せ」と命令されたような手のこと)のような悪手。 
 
 すかさず△42香で、これが横利きを遮断しながら、先手玉の上部を押さえるという、手がしなる下段香

 

 

 


 
 ここでは▲48銀と引いて、△35桂には▲46玉△48竜▲35玉


 
 
 
 
 
 
 自陣の荷物を全部捨て、バルーンで上部に脱出すれば、危ないようでも、と金と竜が大きく入玉を防ぐのはむずかしかった。
 
 悪手に動揺したのか、ここで▲48銀と引いたのが、証文の出し遅れという敗着
 
 やはり△35桂と打たれて、今度は上に逃げたときに△33銀としばる手があって逃げられない。
 
 と金の位置が▲32のままなら、△33銀が打てないのだから、▲31とがいかに響いているのか、わかるではないか。
 
 やむをえない▲57玉に、△48竜▲66玉(▲同玉は△47金で詰み)、△68竜とボロボロ駒を取って、ここで完全に逆転
 
 
 
 
 


 「△68竜が詰めろだったので勝ちになったと思った」



 
 
 と西山も言うように、勝つときはすべての駒が理想的な形に配置されるもので、まさに
 
 
 「勝ち将棋鬼のごとし
 
 
 里見からすれば、やりきれない流れだが、それでも最後の執念を見せ、▲65金(!)、△64金▲43角(!)で、
 
 
 「詰めろ逃れの詰めろ」
 
 
 という攻防の勝負手を放つ。

 

 


 
 △65金▲同角成と取って、△64金にも▲同馬(!)。
 
 
 
 
 
 執念の追いこみというか、これこそまさに「最後のお願い」だが、逆転して冷静になっていた西山は乱れなかった。
 
 ここを△同歩と取ってしまうと、▲63銀△同玉▲55桂大トン死だが、先に△57銀王手を決めるのが決め手になった。
 
 ▲55玉△64歩と取れば、▲55桂が打てず、後手玉に詰みはない。
 
 以下、里見も投げきれずねばるが、西山が落ち着いて対処し勝利
 
 これで3勝2敗で最大のライバルをしりぞけての防衛劇。
 
 控室からは、
 
 


 「これが逆転するんだ」



 
 
 との声が漏れたという。
 
 西山の追いこみもすごかったが、王者である里見がこんなに乱れるのも、めずらしい光景だ。
 
 もし西山が順当に負けていたら、三冠四冠が、二冠五冠になっていたのだから、実に大きな大逆転だったと言えるだろう。

 


 (西山の伝説的名手△45同桂こちら

 (西山と福間の激戦はこちら

 (西山の負けない、ねばり腰はこちら

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「女性棋士」への挑戦ふたたび 西山朋佳vs里見香奈 2020年 第10期リコー杯女流王座戦 第5局

2024年09月07日 | 女流棋士

 西山朋佳女流三冠(白玲・女王・女流王将)のプロ編入試験が、いよいよ近づいてきた。
 
 7月の朝日杯1次予選で阿部光瑠七段を破った西山は、公式戦13勝7敗で見事に条件をクリア。
 
 福間香奈女流五冠に続いて、女流棋士2人目の編入試験チャレンジとなったのだった。
 
 これは「伊藤匠叡王」誕生に続いて話題性たっぷりの事態であり、盛り上がり的にも大いによろこばしい。
 
 さらに言えば、私はまだ奨励会時代から西山将棋に魅せられたファンであり、ここでも何度もその「剛腕」ぶりを紹介している。
 
 なもんで、もしこれで合格
 
 
 「初の女性棋士誕生」
 
 
 となればもう、
 
 
 「まーあれやな。朋佳もプロなって、いろいろがんばっとるみたいやけど、オレが育てたようなもんや」
 
 
 なんて鼻高々なのである。
 
 ということで、今回はトモちゃん応援企画で西山将棋を。
 
 紹介するのは、持ち味の腕力こそあまり出ていないが、大舞台ゆえにか印象に残る不思議な逆転劇。
 
 
 


 2020年、第10期リコー杯女流王座戦は、西山朋佳女流王座(女王・女流王将)に里見香奈女流四冠が挑んだ。
 
 その実力と、ともに奨励会で三段まで進んだことなどもあいまって、なにかと比較されがちだったこの2人。
 
 特に西山が奨励会を退会し、女流棋士に専念してからは(女流王座戦、マイナビ女子オープン、女流王将戦は奨励会員でも出場できた)完全な「2強」時代に突入。
 
 タイトルを2分し、他の追随をなかなかゆるしていないのは、今でも続いているところだ。
 
 このシリーズも両者ゆずらず、2勝2敗最終局に突入。
 
 ここでも熱戦が期待されたが、この将棋が意外や序盤からがつく展開となってしまう。
 


  
 
 
 図は里見が▲26銀と、くり出したところ。
 
 まだ駒の損得などはないが、後手の飛車が息苦しく、先手ペース。
 
 西山も長考に沈み、
 
 


 「ここでは苦しくしたと思った」



 
 
 放っておくと、▲36歩△同歩▲35銀打飛車を殺されて終了。
 
 あせらされた後手は△15歩▲同歩△25歩▲17銀とバックさせてから△45歩と暴れていくが、先手は手に乗って受けながら押さえこみにかかる。

 

 

 

 ▲31角と打ったところでは、どう見ても先手が優勢。
 
 作戦勝ちから、相手がムリに動いてきたところをいなして優位を拡大していく、いわゆる
 
 
 「プロ好みの展開」
 
 
 というヤツだ。
 
 完全ににからめとられた形の西山は、あれこれと必死にもがくが、形勢の差は広がるばかり。
 
 西山は昨年度の三段リーグ14勝4敗という、通年なら文句なしに四段になれるという成績を残しながら、頭ハネを喰らうという不運に見舞われた。
 
 そのショックなどもあってか、
 
 
 


 「今年はいちばんの不調になった時期があって、不完全燃焼で負けてしまう将棋が多かった」



 
 
 一方の里見は絶好調

 四冠王の地力をこれでもかと見せつけ、最強の敵を追いこんでいく。

 

 

 
 

 局面的にも、指し手の流れ的にも里見必勝態勢。

 先手玉は上部が抜けており、飛車角の利きも頼もしく、どうやっても負けようのない形。

 だれもが、このままつつがなく終了すると信じていたのだが……。
 


 (続く
 

 

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ドイツ製ドラマ『バビロン・ベルリン』と「黄金の20年代」

2024年09月04日 | 映画

 前回に続いて、ドイツのドラマ『バビロンベルリン』が、めたくそにおもしろいという話。 

 この物語は、刑事マフィア革命家ナチス共産党ゲイアーティスト映画女優に、娼婦大金持ちから貧民地区の住人と、あらゆる種類の人間が登場するが、真の主役はそれを統括するベルリンという都市だ。

 時は「ワイマール共和国」(ドイツ語読みだと「ヴァイマル」)が、あったころのドイツ

 「世界一民主的」といわれたワイマール憲法を引っ提げて、その「自由さ」を売りにした新制ドイツだったが、その基盤は非常に危ういものがあった。

 多額の賠償金や、それにまつわるインフレによって生活は安定せず、敗戦に納得の行ってない皇帝派に、社会民主主義者、それにまだ泡沫候補に過ぎなかったNSDAP(ナチスの正式名称)と共産党が暗躍する。

 その不穏な一方で、1920年代後半ベルリンといえば、ドイツ文化史的にはメチャクチャにホットな時代であった。

 第一次世界大戦敗北混乱から、やや立ち直り、民主主義政権の中、つかの間の平和を甘受するそのころ。

 魔都ベルリンは世界一の文化レベルを誇り、各地から才能が集結し、芸術の分野で花開いた。

 「黄金の20年代」と呼ばれるそれは、われわれの知ってる名前だけでも、演劇ならマックスラインハルトベルトルトブレヒト

 映画なら『カリガリ博士』に、フリッツラングの『メトロポリス』。

 マレーネディートリヒが、映画デビュー前、舞台で活躍していたのもこのころ。

 文学なら、トーマスハインリヒマン兄弟、ジャーナリストでは池内紀先生が、よく取り上げるカールクラウス

 のち、ナチスへの抵抗作家になるエーリヒケストナー

 他にも、ジャンルと順不同でヴァルターベンヤミンハンナアーレントエーリヒフロムなどなど、名前をあげるだけでもすごすぎるメンツが、それぞれの力を思う存分に発揮。

 同性愛への寛容をはじめ、性的にもフリーダムで、ともかくも「なんでもあり」。

 もっとも、あまりにも「なんでもあり」過ぎたため、のちにナチスには「退廃芸術」とのレッテルを貼られ弾圧されるが、

 

 「狭量な独裁政権の目の敵にされる」

 

 というレベルのものが、大手を振って歩けた時代と言うのだから、いかに楽しく、また「異様」だったかわかろうというものだ。

 なんたって、原作の1巻にあたる『濡れた魚』のオープニングで風紀課に勤務する刑事ゲレオンが、まず取り締まるのが、

 

 皇帝ヴィルヘルム2世をネタにしたポルノ写真

 

 これの押収だというのだから、なんともゆかいである。

 しかも、ケルンからわざわざベルリンに転勤を申し出たゲレオンの真の任務とは、

 

 コンラートアデナウアーが、ウッカリ残してしまったSMエロ写真を回収すること」

 

 うーん、「退廃」してますなあ。

 万事がこの調子と言うか、そこがすこぶるおもしろい。

 ストーリーを追っても、この時代イケイケだった共産党NSDAPだけでなく、革命で追い出された白系ロシア人たちや、同じ「アカ」でもスターリン打倒を目指す「トロツキスト」とか。

 アヤシイ「アルメニア人」に、スパイに、ワケありな「男装の令嬢」。

 ゲレオンは戦争PTSDヤク中なうえ、兄貴不倫まっただ中。

 ヒロインのシャルロッテは副業で売春婦(原作ではふつうの警察勤務のはずだったけど……)。

 クーデターをたくらむ皇帝派極右に、劣等感こじらせまくったボンクラ大富豪と、まあとにかくどいつもこいつも、一筋縄ではいかない連中ばかり。

 それをまとめるのが、さまに「ベルリン」というイカれた街であって、ドラマ版だとその光景が見られるだけでも、まずうれしい。

 アレクサンダー広場に、ベルリン警察のあった「赤の砦」。

 クラウスコルドンベルリン3部作』でおなじみの、ヴェディング地区(その貧しさが絶望的)に、果てはウーファの撮影所まで見られて、もうお腹いっぱい。

 着ているものや食事、女性の髪形に、吸っている煙草の銘柄まで、そういうディテールをチェックするだけでも、いくらでも語ってしまえるわけなのだ。

 この時代にあこがれがあった私は、昔にいろいろと調べてみたけど、なんか、とにかくな時代なんスよ。

 それはエンディングテーマにもなっている、キャバレーの曲「灰へ塵へ (Zu Asche, zu Staub)」を聴くと、一発でわかる。

 といっても、日本で想像するキャバレーと違って、飲んで踊ってショーを観る、バークラブ劇場を足したようなところ(ドイツ語だと「Kabarette」で「カバレッテ」)で流れるもの。

 要するに、この時代を舞台にした、ライザミネリの映画『キャバレー』の世界ですね。

 これが、リズムもテンポもぬめぬめしていて、メチャクチャにアヤシゲなのだ。

 絶対売れセンじゃないし、カラオケでも歌いにくいし、昔輸入CD屋めぐって、このころのドイツの音楽の輸入盤見つけたんだけど、とにかく妙ちきりんな歌ばっか。

 すんげえ、おかしな気分になったのをおぼえていて、ぜひみなさまにも、それを味わっていただきたいのです。

 

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ドイツのドラマ『バビロン・ベルリン』(フォルカー・クッチャー「刑事ラート」シリーズ)激推し

2024年09月01日 | 映画

 ドラマ『バビロンベルリン』がメチャおもしろい。

 私は学生時代、ドイツ語ドイツ文学を専攻していたため、今でもドイツの小説映画が日本で紹介されると、とりあえずチェックする習慣がある。

 正直なところ、ドイツものはこちらではマイナーなので、ほとんど話題にあがることはないが、一時期の「ドイツ・ミステリ」ブームなど、なかなかの実力を発揮することもある。

 『バビロン・ベルリン』は、まさにその「アタリ」な作品であり、ドイツ本国でも大ヒットしたそうだが、それも納得な仕上がりとなっているのだ。

 原作は、ドイツ・ミステリブームの中、ドイツ語翻訳ではおなじみの酒寄洋一さんによって紹介された、フォルカークッチャー刑事ラート」シリーズ。

 こちらでは創元推理文庫から『濡れた魚』『死者の声なき声』『ゴールドステイン』の3つが紹介されている。

 といっても、このシリーズの評価は微妙で、駄作と言うわけではないが、人気売り上げほどよくできているかと言われると、ちょっと首をかしげるところも、なくはない。

 それは主人公であるゲレオンラートがいまひとつ魅力に欠けるというか、あまり感情移入できるようなキャラでないから。

 出世にこだわるところなど妙に俗物的で、人を殺しても良心の呵責もないとか、「ん?」「それ、どうなの?」みたいな。

 いや、もちろんそういった「欠点」が魅力になるケースも多々ある。

 北欧ミステリブームのエースだったヘニングマンケルの「刑事ヴァランダー」シリーズなんかは、むしろそのショボさが「萌え」につながっているほどだ。

 実際、ネットのレビューなどでも、同様の指摘をする人が多く、作者のインタビューではそこをあえて、「ねらってやってる」とおっしゃってたが、伝わってないこともあるようなのだ。

 『ゴールドステイン』はNSDAP(「ナチス」の正式名称)が台頭してきた時期だから、その「悪役」ぶりとの対照で、多少なりともゲレオンに「ヒーロー」的要素が浮き出るけど(テコ入れが入ったのかもしれない)、その前2作に関しては、

 

 「おもしろいんだけど、なんだかしっくりこない」

 

 というモヤモヤ感が残ってしまうのは、いなめないところで、やはりそれは主人公の魅力に起因すると思われるわけだ。

 なんて、ちょっとイヤごとめいたことを書いてしまったが、ではなぜにて、そんな微妙とか言っちゃう作品を推すのかと問うならば、それはもう時代設定が秀逸だから。

 歴史もの好きには、

 

 「この時代をあつかったものはマスト」

 

 という時代背景と言うのがあって、ミステリ好きなら「ヴィクトリア朝ロンドン」。

 ドラマチックさなら革命時代のフランスに、ローマ帝国から、コンスタンティノポリス陥落、ゲームファンなら三国志とか戦国時代

 美術ならルネサンス期のイタリア哲学なら古代ギリシャ愛国ムードが高まれば『坂の上の雲』のころなどなどあるが、私の場合は、

 

 第一次大戦終結から、ナチ台頭を経ての敗戦

 

 このころのドイツと言うことになる。

 まさにこの「刑事ラート」をベースにした『バビロンベルリン』は、そこにドンピシャ当てはまるというわけなのだ。

 なにを隠そう、当ページの看板である

 

 カフェ・グレーセンヴァーン(誇大妄想狂)」

 

 こそが、20世紀初頭のベルリン、目抜き通りのクアフュルステンダムにあった、芸術家カフェの名前から取っているのだから。

 つまるところ、このシリーズの主役は「ゲレオンラートもの」と謳っているけど、実のところ「ベルリン」の街そのものということなのだ。

 もちろん、ストーリーも良い。

 ロシア皇帝金塊をめぐるかけひきや、映画女優をねらった殺人鬼に、マフィアとの対決。

 共産党の止まらぬ勢い、極右勢力の暴走、ナチの卑劣な計略、爆発寸前市場経済……。

 などなど、とにかくネタには困らないのが、このころのドイツ。

 そこに、

 

 「ソ連で極秘に行われていた再軍備計画」

 

 といった歴史的事実をからめて提示されたら、私のようなドイツ史ファンは、コロッといかれます。

 もちろん、その辺のことはあいまいでも、ミステリ的要素だけでも楽しいし、当時のベルリンで見られた、独特すぎる文化を堪能するもよし。

 そんな多角的な楽しみ方のできるこのドラマは、とってもオススメなのです。

 

 (続く

 

 

 

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「立石径ショック」と伝説の詰み 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局 その2

2024年08月27日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」



 
 
 終局後に、副立会人の脇謙二七段が、そんなことを言ったのは、1991年の第59期棋聖戦五番勝負。
 
 前回に続いて、南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのこと。


 
 
 
 
 
 この局面で、南は△66角▲同金△77銀から王手ラッシュをかけるも、1枚足らずに先手勝ちとなった。
 
 将棋自体はいい内容で「名局」とも称賛されたが、そこに「物言い」がついた。
 
 しかも、それはまだプロでない「記録係」の少年からだった。
 
 奨励会員だった立石径三段が、秒読みをしながら「詰みあり」と見切っていたのだ。
 
 タイトルホルダー2人が、いや検討している並みいるプロたちが「詰みなし」と結論付けた局面で、まさかの「詰む」宣言。
 
 しかも、その手順がすさまじく、世界で立石三段のみが理解できたスーパー絶妙技だったのだ。

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 △77銀と、いきなり打ちこむのが正解
 
 ▲同桂△同歩成▲同銀左△同桂成
 
 ここで▲同玉△65桂でも、△85桂でも、やや手順は長いが、わりと自然に追う手順で詰み。
 
 なので▲同金と取るが、そこで△76桂と打つのが、立石三段の才能を見せつけた快打。

 


 
 後手の指したい手は△66角切りだが、先に△77銀から入ると、そのチャンスを失うように見える。
 
 そこを△76桂で、時間差△66角を生み出すのが絶品の組み合わせ。
 
 ▲同金△66角▲同金左は、△77銀▲同玉△85桂から。
 
 ▲同金右にも、△48飛▲78金△79銀(!)と打て、▲同玉△46馬が、指のしなる活用。
 
 
 
 

 ▲68歩△同馬▲同金△88金▲69玉△57桂

 

 

 ▲同金△68銀までピッタリだ。 
 
 ちなみに、△46馬▲88玉△79銀▲77玉△68飛成▲86玉△85金▲同金△66竜▲76合△74桂

 

 

 手順こそ長いが、ほとんど一本道でむずかしくはない。▲同金△85金まで。

 ▲78金合駒の次の△79銀(△46馬が入る前の銀打)に▲77玉でも、△68銀打▲86玉△64馬と、今度はこっちに活用すればキレイに詰むのだ。

 

 

 手順ばかりで、ややこしく申し訳ないが、の選んだ「△66角▲同金△77銀」と立石の言う「単に△77銀」のなにがちがうのか。

 当時の記事では、こまかい解説がないので(昔の将棋雑誌はコアな読者が多いので、そのあたりは「わかるでしょ」ということなのだろう)ヘボなりに解説してみると、たぶんこういうこと。

 問題となるのは、△77バラしたあと△48飛▲78合駒△79銀▲同玉△46馬王手した局面。

 ここで後手の持駒があるかないかが、天国と地獄の分かれ目なのだ。

 下の2図をくらべていただきたい。 
 

 


 
 



 本譜の進行で、立石三段の読み筋。

 ほぼ同一局面なのに、この場合、後手に1枚多い

 そう、後手が△46馬と王手して、▲88玉と逃げたときに、本譜は△79に打つ銀がないが、「立石流」は△79銀並べ詰みになるのだ。

 後手は△77に打ちこんで△48飛としたとき、2回△79銀」が必要なため、2枚駒台にないといけない。

 だが、初手△66角から入ると、▲同金△77銀▲同桂△同歩成に「▲同金」と取って、▲86にある渡さない手順で先手が逃れているのだ。

 

 

 

 

 そこを「2枚よこせ」が、単に△77銀の意味(たぶん)。

 これだと、銀を渡さないよう▲同桂△同歩成▲同金と取っても、△同桂成▲同銀左にやはり△76桂痛打

 

 

 ▲同銀△66角▲同金△48飛と打って、▲78金△79銀▲同玉

 

 

 

 今度は手拍子△46馬とすると、△79銀ないので詰まず大逆転だが(こんなもあるんかーい!)、△68金と打つのが好手

 

 

 ▲同金△88金の「送りの手筋」で、▲69玉△57桂で一丁上がり。

 なので、△77銀▲同桂△同歩成▲同銀左と取るしかないが、△同桂成として、▲同金▲同銀は△76桂でダメ)。

 

 

 まずはこれで銀1枚ゲット。

 この手順のなにがすごいと言って、さっきも言った通りがほしい後手は、とにかく1枚確実に補充するために、絶対△66角だけは切りたい
 
 ところがこの形だと角筋止まって△66角入らない

 ましてや最初△66角とすれば、マストアイテムのを取れるだけでなく、△77への利きがひとつ減るため、明らかに詰ましやすくなるはず。
 
 その先入観があるから、この局面は候補から消えてしまうのだ。

 時間のない終盤戦なら、だれだってここでは△77銀よりも、
 
 
 △66角▲同金△77銀
 
 
 から入るはずなのだ。

 そこを1回、疑ってかかったことが、まるで羽生善治九段のような、やわらかい発想力。

 2枚手に入れるため、あえて1回後手の角筋自ら止めて、その後に△76桂から△66角で、まわりくどく2枚目を手に入れるのが正解

 これなら、▲86▲66に落ちているが、両方とも後手の持駒になる仕掛け。

 なんという、すばらしい組み立てだろうか!

 まるで、伊藤看寿伊藤宗看の古典詰将棋みたいではないか。
 
 まさにこの「△77銀」は、今なら藤井聡太七冠が指しそうな絶妙手
 
 並の棋士が、いや「棋聖王将」「竜王王座」の二冠王2人すら気がつかなかった神業級のひらめきなのだ。
 
 
 「立石おそるべし」
 
 
 これにより、彼の名は将棋ファンの間でも、とどろいたわけなのである。
 
 もし彼が、そのままプロになりタイトルでも獲得すれば、このエピソードは何度も取りざたされることになったことだろう。
 
 そんな彼が、17歳で将棋界を去ったのだから、そのショックはいかほどばかりか、少しは想像できるかもしれない、「伝説詰み」なのだった。

 

 


(すごい詰みと言えば、こちらもどうぞ)

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「立石君が詰んでると言ってる」と脇謙二は言った 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局

2024年08月26日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が、詰んでると言ってます」



 
 
 というフレーズを聴いてピンとくる方は私と同世代以上の、それもかなりのディープな将棋ファンであろう。
 
 前回に続いて、元奨励会三段立石径さんについて。
 
 立石さんと言えば、当時のコアな、特に関西の将棋ファンの間で、
 
 
 「次に来るんは立石君や」
 
 
 と言われるほど期待で、あの久保利明九段が、
 
 
 「いつも、僕らの前を走っていた」
 
 
 と語るほどの逸材
 
 17歳で将棋と決別し、本当にやりたかった医学の道へと進んだが、もしそのまま続けていたらA級タイトルは間違いなかったと言われている。
 
 そんな立石さんが、鮮烈なデビュー(?)を果たしたときに、飛び出たのが冒頭のセリフ。
 
 といっても、なにか記録を作ったとか、公式戦で活躍したとかではなく、「記録係」の立場からだ。
 
 舞台は1991年、第59期棋聖戦五番勝負。
 
 南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのことだ。
 
 挑戦者谷川先手で、両者得意の相矢倉から激戦になり、最終盤をむかえる。
 
 
 
 
 
 図は谷川▲43飛と打ったところ。
 
 次に▲24桂からの詰めろで、△33金などと受けても、▲44飛成と要のを取られてしまう。

 △同金▲33角くらいでも、先手陣は鉄壁で後手に勝ちはない。
 
 なので、ここはもう先手玉を詰ますしかないわけだが、果たしてどうだろう。
 
 素人目には、△76拠点も大きく、どこかで△28も使えるかもとか、△66角と王手でも取れるしで、いかにも詰みがありそう。
 
 ただ、先手陣も金銀は多いし、うまく上部に抜ける筋とかあって、「1枚足りない」とかいう可能性もある。
 
 私レベルだと、とりあえず切って△77でバラして、あとはテキトーに王手かけてれば、なんとかなるんでね?
 
 くらいなもんだが、もちろんプロが、それもタイトル戦という大舞台で、そんなわけにはいかない。
 
 詰むや詰まざるや。
 
 南は持てる力のすべてをふりしぼり、先手陣の詰み筋を探す。
 
 読み切ったかそうでないのか、ええいままよと、まずは当然の△66角から。
 
 ▲同金△77銀

 

 


 
 ▲同桂△同歩成▲同銀△同桂成で、▲同金

 
 

 そこで△48飛と打って、▲78金打△79銀▲同玉△46馬の筋で詰む。

 


 ▲88玉には△79銀でカンタン。

 ▲89玉△79金から追えば捕まる。

 この飛車打ちから引きの筋が、この将棋のポイントになるので、頭に置いておいていただきたい。

 また△77でバラして、△同桂成▲同玉も△85桂から△77金と、自然に王手していけば問題ない。
 
 そこで先手は△66角▲同金△77銀▲同桂△同歩成ではなく、▲同金と取るのが最善

 

 

 

 

 先手もまだ自陣に金銀が残っているが、やや上ずっており、後手はまだ飛車桂2枚の「詰道具一式」があるうえに、質駒もある。
 
 果たして、勝っているのはどっちか。

 後手は△58飛とおろす。
 
 ▲78歩に、△79銀▲同玉にやはり△46馬
 
 

 


 
 


 さっきと似た変化だが、少しちがうのは後手にがないこと。

 本譜の▲88玉があれば、さっきの詰み筋のように△79から打てるが、それがかなわないから、△96桂と、今度はここをこじ開けにかかる。
 
 ▲同歩に、△77桂成▲同銀△76桂▲同金△89金
 
 
 
 

 

 生きた心地はしないが、▲同玉と取って、△59飛成▲98玉
 
 そこで△97金から、△99飛成で追いすがるが、ここまでくると、ようやく結末が見えてくる。
 
 ▲98桂合に、△64馬と再度の活用だが、▲75金打で詰みはない


 
 
 


 
 ここでがあれば、△96歩から詰むのだが、やはり「1枚足りない」のだった。
 
 こうして谷川は、きわどいところを逃げ切って勝利
 
 とはいえ、もちろん読み筋ではあり、詰将棋名手である谷川浩司の面目躍如。
 
 端から見てあぶなくても、本人からすれば、「ま、これくらいは」てなもんであろう。
 
 ところがである、終局後副立会人脇謙二七段が困ったような様子で対局室に入ってきたのだ。
 
 手にこの将棋の棋譜を持ち、その隣には、ひとりの少年

 彼がこの戦いの記録係をつとめた、立石径三段
 
 そして、脇はそこにいる人たちに、こう伝えたのだ。
 
 


 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」


 

 

 (続く

 


 

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「伝説の三段」立石径は、なぜ奨励会をやめ医者になったのか

2024年08月23日 | 将棋・雑談

 「立石君が、詰んでると言ってます」
 
 
 というフレーズを聴いてピンとくる方は私と同世代以上の、それもかなりのディープな将棋ファンであろう。
 
 私も久しぶりに思い出したのが、今期の加古川清流戦のこと。
 
 立石径アマが貫島永州三段に勝利したというニュースを見たからだが、まさか今になって、立石さんの名前が将棋関連で出てくるとはとビックリしたものだった。
 
 立石径。
 
 かつて奨励会に在籍し三段まで上がったが、17歳という若さで突然退会し、関西の棋界に衝撃をあたえた人物。
 
 立石三段といえば当時、久保利明矢倉規広と並ぶ「関西三羽烏」と言われていた俊英で、谷川浩司村山聖の次代をになう存在として、プロ入り前から注目されていたのだ。
 
 中でも、立石はその先頭を走っており、久保や矢倉も、
 
 


 「立石君の背中を常に追いかけていた」



 
 
 口をそろえ、プロ入りどころか、A級タイトルもねらえる英才だっはずなのだ。

 それが、突然の退会劇。
 
 今でいえば奨励会時代の伊藤匠叡王か、先日の竜王戦で、四段昇段が期待された山下数毅三段が、なにも言わず急に消えたようなものである。
 
 立石さんのその後は、『将棋世界』による元奨励会員を追いかける特集(今泉健司五段や、藤内忍指導棋士六段も登場していた)で、少しばかり知られるようになる。
 
 もともと勉強が好きで、人の役に立つ仕事がしたいと願っていた立石三段は、自分は「勝負師」に向かない性格だという想いもあり、悩んだ末に医学の道を志す。
 
 高校は中退していたので、1から勉学をやり直し、3年かかったものの神戸大学医学部に合格。
 
 その後は小児科医として働き、将棋とは無縁の生活を送っていたのだ。
 
 かつての決断に「後悔はない」と言い切り、お子さんも生まれ、充実した生活を送られているようだった。

 次に、立石径と言う名を思い出すのは、さらに経って、鍋倉夫先生が描く将棋マンガ『リボーンの棋士』を読んだとき。

 ここに、立石さんをモデルにした人物が出てくる。
 
 作中では、ちょっと屈折した人物のように描かれているが、『将棋世界』のインタビューを読んだかぎりでは立石さん本人に、マンガのようなヤダ味は感じられない。
 
 あれは、あくまでフィクションの登場人物と受け取るべきだろうが、1992年の出来事が、令和に連載されていた作品に登場する。

 ここからも、「立石ショック」が、いかに大きなものだったか(『リボーン』の監修に元奨励会三段の鈴木肇さんが関わっている)、わかろうというものだ。
 
 そんな立石さんによると、2人お子さんが将棋に興味を持ったのがきっかけで、将棋への想いがよみがえったという。
 
 おそらくは藤井聡太七冠の活躍と、その余波であるブームの存在があるのだろうが、そう考えると「ヒーロー」というものの存在のすごさを感じるところ。
 
 彼はただ勝つだけでなく、そのことによって間接的にひとりの「将棋指し」を復活させたのだ。
 
 人が生きる理由が、もし地位でも金でも名誉でもなく、
 
 
 「この世界に、願わくば良い影響をあたえること」
 
 
 だとすれば、やはり彼の存在は様々なところに波及し、なにかを生み出し続けている。
 
 将棋の地位向上競技人口の増加、メディアの露出に女性ファンの獲得。
 
 立石径の話題も、またそのひとつなのだ。
 
 一度は将棋界をはなれた「天才少年」が、2人の子宝に恵まれ、その子供たちが「藤井聡太たち」の戦いを見て目を輝かせる。
 
 それを見た父親が、もう一度かつての自分を思い出して駒箱を開き、ついには公式戦勝利する。
 
 おお、まさにこれこそ、リアル『リボーンの棋士』ではないですか。

 

 


 (立石径三段を「伝説」にした、タイトルホルダーを超えた詰みはこちら

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誤爆メッセージで学ぶ「核武装による抑止力」理論 その2

2024年08月21日 | 若気の至り

 前回の続き。

 友人トヨツ君が、彼女に送るはずのラブラブメールをよりにもよって誤送信

 その痛い内容に爆笑を誘われ、友人同士の飲み会で、ぜひ披露したいと勇躍出かけて行ったのであった。

 

 


 「愛してるよ。最近忙しくてゴメン。明日時間があるとき電話するね。大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 」


 

 

 先日のフワちゃんの炎上劇も、

 

 「アカウントを乗っ取られたのでは」

 「裏アカに出すはずのを誤爆したのでは」

 

 なんて意見があったけど、どっちにしても活字として発言が残るのはコワイものだが、こんなものがウケないはずがない。

 よくパーティーグッズで「本日主役」と書かれたタスキみたいなのが売ってるけど、ホント気分はあんな感じ。

 最初の注文をするのも、もどかしく、

 

 


 「なあなあ、今日はめっちゃおもろい話があるねん」




 ふだんの会話なら、自分から「めっちゃおもろい」などと申告してトークのハードルをあげるのは自殺行為、人類最大の愚行である。

 しかし、今回だけは例外だ。なんたって愛の誤爆メッセージ。

 一介の男子が、これまですべて築き上げてきた名誉栄光を一撃のもとに葬り去るだけの破壊力を持った爆弾である。

 これにはいくらバーの高さを上げても、鳥人のごとく楽々と乗り越えることになるだろう。

 大空へはばたけ、オレたちの夢!

 皆が、いぶかしそうに「なんやねん」と視線を集めたところ、私はおっとり刀でケータイを取り出し、

 「それはな……」。

 言いかけたところで、突然そこから着信音が鳴りだした。

 おいおい、これから盛り上がるところやのに。なんやと取り出してみると、メールを受信している。

 だれやねん、タイミング悪いなあと差出人を見ると、なんとトヨツ君であった。

 なるほど、彼は自らのを暴かれることを良しとせず、今ここで悪あがき的にケータイを鳴らしたのだ。

 だが、そんなもん一時しのぎではないか。なんと往生際が悪い。

 どうせ「やめてくれ、なんなら土下座でもしましょうか?」とか書いてあるのだろう。

 まったく情けない。男ならこういうときは、潔く斬られんかい。

 やや、あきれながらメールを開いてみると、そこには、




 「こないだは長文メールいただいて、ビックリしました。詩人なんですね」




 なんじゃこりゃ。

 はて、こないだトヨツ君にメールなんて送ったっけ? しかも、詩人ってなんやいな……。

 熟考すること数秒、全身から血の気がさーっと引いていく音が、聞こえた気がした。

 将棋のプロ棋士はよく、



 「悪手を指すと、全身からが吹き出て、びっしょりになる」



 と言っていたが、私の場合はわきの下だった。

 冷たい汗がつーと滴り落ちるのがわかった。
 
 当時の私は頻繁にメールをする女の子がいたのである。

 なんとかふしだらな仲になれないかと、あれこれ模索していた段階だったので、彼女に対していろいろと軽薄なメールを送っていたらしいのだ。

 らしいというのは、たいてい酔っていて記憶にないから。

 あわててケータイをチェックすると、やはりそうであった。

 1週間ほど前の彼女へのメールが、誤爆ってトヨツ君のもとへと送信されていた。

 し、しまったあ

 私としたことが、とんだ失態である。まさか、このタイミングで自分も同じことをしてしまうとは!

 しかも、そのころ中島らもさんの影響で、なんの興味もないボードレールなど読んでおり、それを丸パクリでもしたを送っていたらしいのだ。

 ぎやあああああ!! えらいこっちゃあ!

 おそるおそる読んでみると、これがまあ、トヨツ君のことを言えないというか、それに輪をかけて、こっぱずかしい内容であった。

 さすがに、ここでさらすのは無理だが(←友達のはさらしたクセに!)、件名が「悪の華」で、書き出しが

 

 「嗚呼、巴里の憂鬱

 「あなたを見ると、マロニエの並木道を歩く切なさを感じます。like the wind

 

 ……って、おまえこんときパリ行ったことねーじゃん! てか、マロニエってなに

 「Like the wind」って、たぶんレースゲーム『パワードリフト』のBGMから取ってるよなあ。
 
  たしかにいい曲だけど、恋文にセガゲームのこと書くなよ! たぶん、英語の意味もよくわかってないし。

 顔を上げると、彼がケータイをかかげてニヤニヤしている。そこにはこう書いてあった。




 「そっちがその気なら、わかるよな?」




 われわれは凄腕ガンマンか、武道達人のごとく、ケータイを手に、おたがいに見合ったまま一歩も動けなかった。

 に動いたら、こっちも破滅である。

 まさに冷戦時代、米ソのにらみ合いと同じだ。

 キューバ危機もかくやで、こうなると、残された道はひとつしかあるまい。

 私は静かにケータイを閉じると、




 「まあ、これからはおたがい、仲良くしようじゃないか」




 ゆっくりとを差し出した。彼はそれを見て緊張を解くと、




 「ああ。人と人が争うのって、本当に苦しく、つらいよな」




 その手を強く握り返してきたのである。




 「憎しみの連鎖をここで断ち切ろう」




 決意を新たにする、われわれであった。

 それを見ていた周囲の連中は、



 「で、おもろい話って、なんやねん」



 うながしてくるのだが、すでに憎しみを乗り越え、世界平和を実現していた、われわれの耳には届かなかった。

 こうして私とトヨツ君は、歴史的和解に至ったのである。人を傷つけてまで笑いを取ろうという者は、もうここには存在しない。

 それもこれも、たがいの手にある「チュッチュチュ~」と「巴里の憂鬱」「マロニエの並木道」という、必殺の誤爆メールのおかげであった。

 これを駆使すれば、私はトヨツ君に大きなダメージをあたえることができるが、次の瞬間報復の一撃で、すべてが終了

 まさに核兵器級の威力があるからこその停戦であり、皮肉といえば皮肉であるが、強大なる破壊力の前には、人は沈黙せざるを得ないのだ。

 私も基本的には、核廃絶の方向で世界には動いてほしいが、ただ経験的に見て


 「大量破壊兵器抑止力



 というのは、哀しいかな存在はするかもなあ、と実感。

 そら、なにいわれても大国が手放さんわけやと、世界情勢をしみじみ学んだの大阪府下某駅前の鳥貴族であった。


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誤爆メッセージで学ぶ「核武装による抑止力」理論

2024年08月20日 | 若気の至り

 SNSの失敗は、おそろしいものがある。

 先日、タレントのフワちゃんが、不適切なメッセージをで発信してしまい炎上

 ラジオやCM、果ては教科書に載る予定だったのが取り消しになったり(教科書ってすごいね)、大変な事態になってしまった。

 令和に猛威を振るう「キャンセルカルチャー」のすさまじさであり、これには、

 

 「あの程度のことで、ここまで大きなものを失うのはおかしい」

 「いや、あんなヒドイ内容をネットで発信することの方が異常

 

 などなど賛否両論あろうが、「正しいこと」というのは良くも悪くもというか、残念なことに「論理」や「正義」ではなく「時代」が勝手に決めるものではある。

 その是非はともかく(そもそも「正しいこと」なんて存在しないしな)、それに乗って人気者になったフワちゃんが、同じものに足を取られたのは皮肉としか言いようがない。

 これは有名人だけでなく、われわれのような素人も他人事ではなく、今回はそういうお話。

 
 

 ヤングのころ家でテレビを見ていると、携帯にメール(まだガラケーの時代)が届いた。

 送り主は友人トヨツ君。

 こんな遅くに、なんぞ用かいなと読んでみると、その内容というのが、

 


 「愛してるよ。最近いそしくてゴメンね。明日時間があるとき電話する。大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 」




 ………………。

 いきなりを語られてしまった。

 トヨツ君とはつきあいも長いが、まさか彼がそのような感情を持っているとは思いもしなかった。

 別に、同性同士が愛を語ることにおいては偏見はない。愛の形は千差万別である。

 だが、いかんせん私自身は完全無欠にノンケである。

 やはり、つきあうには男ではなくて、できれば元欅坂46長濱ねるさんでなくては困るのだ。

 友を傷つけるのは本意ではないが、この想いは受け入れられないか……。

 などと煩悶するまでもなかろう、これはどうみても誤爆である。

 トヨツ君といえば天下無敵の女好き、バリバリのプレイボーイ

 彼女だか、それともナンパで絶賛口説き中だか知らないが、女子に送るものを私のところに間違って送信してしまったのだ。阿呆だねえ。

 恋愛関係のやり取りというのは、たいてい正視できないような痛いものと相場が決まっているが、これもまたなかなかのものである。



 大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 

 

 とか、ようやりまっせ、ホンマ。

 ようわからんけど、魯迅の『狂人日記』とか、こんな内容ちやうの?

 部外者のとっては燃えないゴミも同然だが、まあ送られてきたものは真摯に受けとめる所存である。

 へー、コイツ女にはこんな文体でメッセージ送ってるんや。

 ウッシッシ、こらええわ。今度みんなに見せて笑いもんにしたろ。

 悪いヤツがいたもんであるが、これぞ正真正銘の自業自得。なははは、トヨツ君敗れたり!

 友に対して思わぬ切り札を手に入れた私は、さっそく、




 「愛のこもったメールありがとう。僕も早く会いたいよ」




 そう返事してやると、にわかには意味がわからなかったのか、すぐに、




 「はあ? なにいうてるねん、頭おかしなったか?」




 間もなく、ようやっと状況が飲みこめたのであろう。おそらくは真っ青な顔をしながら返信してきた。



 


 「すまん。さっきのは、なかったことにして!」




 
 こちらは静かにうなずくと、あたかも不治の病で、余命幾ばくもない恋人の手を取って言うかのように、




 「いや、きっとキミのことは忘れない」




 おそらく友は、声にならぬ雄叫びをあげながら、ケータイをにたたきつけていたであろう。おお、ゆかいゆかい

 それからしばらく、私はすこぶる機嫌のよい日々を過ごした。

 どんなイヤなことがあっても、「チュッチュチュ~」でゲラゲラ笑えば心は日本晴れであるである。「人の不幸はの味」とはよく言ったものだ。

 と、ここで終われば、この話はハッピーエンド(?)であるが、そうはならないのが人生の妙味である。

 それから一月ほどして、ある飲み会が開かれた。

 当然、私はトヨツ君のメッセージを持参し、「平成の爆笑王」として君臨するはずだったが、なかなかどうして。

 これが、そうはうまくいかないのは、まあだいたいが、皆様のご想像通りである。

 

 (続く

 

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